【寄稿】『ウェッジ』11月号に、グローバル・ジハードの組織理論と、世代的変化について

「イスラーム国」のイラクでの伸長(6月)、米国の軍事介入(8月イラク、9月シリア)、そして日本人参加未遂(10月)で爆発的に、雪崩的に日本のメディアの関心が高まって、次々に設定される〆切に対応せざるを得なくなっていましたが、それらが順次刊行されています。今日は『ウェッジ』11月号への寄稿を紹介します。

池内恵「「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード」『ウェッジ』2014年11月号(10月20日発行)、10-13頁

11月の半ばまでの東海道新幹線グリーン車内で、あるいはJRの駅などでお買い求めください。

ウェッジの有料電子版にも収録されています。

また、この文章は「空爆が効かない「イスラム国」の正体」という特集の一部ですが、この特集の記事と過去の別の特集の記事を集めて、ブックレットのようなサイズで電子書籍にもなっているようです。

「イスラム国」の正体 なぜ、空爆が効かないのか」ウェッジ電子書籍シリーズ「WedgeセレクションNo.37」

電子書籍に収録の他の記事には、無料でネット上で見られるものもありますが、私の記事は無料では公開されていません(なお、電子書籍をお買い求めいただいても特に私に支払いがあるわけではありません。念のため)。

なお、『週刊エコノミスト』の電子書籍版に載っていない件については、コメント欄への返信で説明してあります。

トルコと米国の当面の妥協──イラクのクルド武装組織をシリアに投入

シリアでの「イスラーム国」への対処について、決定的な鍵となるトルコの姿勢が具体化しつつある。

米国のトルコへの強い参戦圧力と、独自の解決策や懸念を擁してそれに抗してきたトルコとの外交的なせめぎ合いに変化がみられた。

注目されるのはこの二つの動き。

10月19日:米軍がシリア北部コバー二ー(アラブ名アイン・アラブ)のクルド武装勢力YPGに殺傷力を持つ武器を投下。

10月20日:トルコがイラクのクルド武装勢力(ペシュメルガ)に、コバー二ーの戦闘に参加するためにトルコ領内を通過することを許可。

米軍は、19日の武器供与に関して、イラクのクルド武装勢力に米国が供与したものをシリアに運んでいるだけ、というややこしい法的な説明をしている。また、現地の「クルド部隊(Kurdish forces)」に供与するために投下すると記すだけで、具体的に宛先を明記していない。

なぜイラクのクルド勢力に与えた武器を迂回して(と言っても米軍そのものが運搬して届けるのだが)シリアに回すなどというややこしい方法を取るかというと、オバマ政権が固執してきた「シリア内戦のいかなる勢力にも致死性の武器を供与しない」という方針を変えていないと言い張るためである。

シリアの反体制を支援するのだけれども、致死性(lethal)の武器は与えない、というオバマ政権の政策は、現場では珍妙な帰結をもたらしていた。要するに、暗視ゴーグルとか通信施設なら供与していい、というのである。そんなものいくらもらっても役立たんよ、と言われることが分かりきっているものを供与しようと持ちかけ続けたことで、米国がシリアでまるで相手にされなくなったことはいうまでもない。

また、コバー二ーで戦っているのは人民警護隊(YPG)という組織だが、この組織はトルコのクルド民族主義の反体制武装組織PKKとの関係が深いシリアの民主統一党(PYD)が主体になって組織した自警団と見られている。欧米はPKKと共にPYDもテロ組織と認定してきた。YPGに武器を供与したと公式には言いにくい。

20日のトルコの動きにしても、シリアではなく「イラクの」クルド武装勢力をわざわざトルコ領内を通ってコバー二ーに行かせる、という話である。これは、シリアのクルド武装組織とトルコは関係が悪いが、イラクのクルド武装組織(ペシュメルガ)とは同盟と言っていいほど関係が良いからである。

シリア「イスラーム国」についてのトルコの立場については、このブログで何度も取り上げてきたので、丹念に読んできた人にとっては、これらの動きが何を意味するか、分かるだろう(「トルコ」で検索してみてください)。

フェイスブックでは通知してあったのだけれども、この動きが表面化する直前までの状況について、『フォーサイト』でまとめておいた。有料ということもありこのブログでは通知が後回しになっていた。

池内恵「「イスラーム国」問題へのトルコの立場:「安全地帯」設定なくして介入なし」《中東―危機の震源を読む(89)》『フォーサイト』2014年10月17日

ここで書いておいたのは次のようなこと。

米国はトルコを、シリアの「イスラーム国」掃討作戦のための現地同盟国として空爆参加そして地上部隊を出させたい。

それに対してトルコは、「イスラーム国」掃討のために、トルコとシリアで反トルコ政府の活動をやって来たクルド武装勢力PKKとその関連組織であるシリアのYPGを支援することは許せないとする。また、アサド政権の弾圧こそが問題の根源である以上、アサド退陣をもたらさない解決策はあり得ないとして、シリア北部に飛行禁止区域を設定しシリアの反政府勢力の安全地帯とする構想を提示している。

安全地帯構想自体は、1991年の湾岸戦争の際にイラク北部に設定したものがあり、それを基礎に現在のイラクのクルド地域の自治が成立した。イラクのクルド地域政府は中央政府との関係を薄れさせ、トルコの経済圏として繁栄してきた。

同じようなことをシリア北部でも行うならトルコは対「イスラーム国」の参戦に同意するだろう、というのがこの分析の段階での将来見通しだった。

このように異なる思惑を持つ米・トルコの同盟国同士が綱引きをしてきた。『フォーサイト』の記事では、米は「トルコが参戦に同意した」という情報を盛んに流して既成事実にして参戦に追い込もうとし、逆にトルコは欧米諸国がトルコの提示した安全地帯構想を受け入れた、という情報を流すという様子も描いておいた。

そうこうしている間に現地の状況変化が進んでいった。コバー二ー陥落寸前かというところまで一時は行って、欧米メディアの危機意識が高まったが、逆にクルド武装勢力への西欧諸国からの武器供与が進んで、かなり反撃しているという報道も最近は出るようになった。

対「イスラーム国」の抵抗戦で戦果を挙げ、クルド民族主義がシリア側でもトルコ側でも高揚し、PYGは欧米諸国から、それまでの「テロリスト」という扱いではなく、「フリーダム・ファイター」としてもてはやされるようになっている。トルコのコントロールが効かない状況になりかけている。

ここで米国が、イラクへ一度供与した武器をクルド勢力がシリアの民族同胞に移送したいというから移送した、という無理な理屈でシリアのクルド勢力に武器を供与し、決定的な圧力をかけた。

トルコはこれに正面からは同意していないけれども、イラクのクルド武装組織をコバー二ーでの戦闘に参加させる、つまりシリア北部の紛争で、トルコに敵対的なPKK=PYD系の武装組織に主導を握らせず、息のかかったイラクのクルド武装組織を導入することで、トルコのコントロール下での解決を図っていると言える

これは米とトルコの、当面のぎりぎりの妥協だろう。米国はトルコが対「イスラーム国」連合で協力姿勢に転じたと宣言し、トルコは自らの提示する安全地帯構想への第一歩と主張できる。湾岸戦争以後にやったイラク・クルドへの解決策をシリア・クルドに対しても適用する、という形である。

10月20日の米公共放送PBSの「ニューズアワー」の報道と論評は問題の根幹をうまく描いている。NHKBSでも21日午後に英語字幕・翻訳付きで放送していたが、ホームページでは英語のトランスクリプト完備で全編を視聴できる。

英語教材として、PBSは最適ではないか。きちんと発音しているし論調も客観的で冷静だ。

“U.S. airdrops military aid for Kurds fighting Islamic State in Kobani – Part 1,”PBS, October 20, 2014 at 6:35 PM EDT

“Why U.S. and allies can’t afford to let Kobani fall to Islamic State – Part 2,”
PBS, October 20, 2014 at 6:30 PM EDT

Part 1で、米軍のシリアのクルド勢力(YPGあるいはPYD)への武器投下について、エルドアン大統領が公式には決して認めていない様子が、キャスターのレポートと記者会見の抜粋で報じられている。

MARGARET WARNER: Previously, Ankara has insisted it wouldn’t allow men or materiel cross its border to aid Kurds in Kobani. That’s mainly because the Syrian Kurdish fighter group in Kobani, called the PYD, is allied with a Kurdish group in Turkey, the PKK, that waged a bloody 30- year insurgency.
Just yesterday, after President Obama notified him of the coming U.S. airdrops by phone, Turkish president Recep Tayyip Erdogan made his displeasure clear.

まずキャスターがトルコはコバー二ーのPYDへ武器供与することに強く反対してきたと指摘する。米軍による武器供与に関して、先立つ18日に行われていたエルドアンの発言が注目された。

PRIME MINISTER RECEP TAYYIP ERDOGAN, Turkey (through interpreter): The PYD is, for us, equal to the PKK. It is also a terror organization. It would be wrong for the United States, with whom we are friends and allies in NATO, to talk openly and to expect us to say yes to supplying arms to a terror organization. We can’t say yes to that.

「PYDは、われわれにとってはPKKと同じです。これはテロ組織でもある。NATOの友邦である米国が、おおっぴらに、テロ組織に武器を供与することに賛成せよと言うのはよくないでしょう。賛成するとは言えませんよ」

これに対してケリー国務長官のしどろもどろの弁明は次の通り。

JOHN KERRY, Secretary of State: While they are a offshoot group of the folks that the — our friends the Turks oppose, they are valiantly fighting ISIL. And we cannot take our eye off the prize here. It would be irresponsible of us, as well as morally very difficult, to turn your back on a community fighting ISIL, as hard as it is, at this particular moment.

「彼らは、われらの友人トルコが反対する人たちの分派集団だが、彼らは「イスラーム国」と勇敢に戦ってもいる。この好機を見過ごすわけにはいかない。「イスラーム国」と戦っている人たちに背を向けるのは、無責任だし、倫理的に難しい。しかもこんな大事な時なんだから」

BBCの「なぜトルコはイラクのクルドに「イスラーム国」と戦わせたいのか」も合わせて読んでみたい。

“Islamic State: Why Turkey prefers Iraq’s Kurds in fight against IS,” BBC, 20 October 2014 Last updated at 16:52

解決策というよりは当座しのぎの対応である。イラクとシリアのクルド武装組織が協調できるのか、それがトルコでのクルド民族主義に波及しないのか、協調ができた場合は今度はクルド領域もイラクとシリアでつながってしまってイラク国家の崩壊がいっそう進むのか、等々、新たな問題を引き起こしそうな対処策だが、このようなその場その場の対処策を繰り返しながら、現地の諸勢力の間の勢力均衡が達成されるまで紛争は続きそうだ。

第1次世界大戦後のトルコ・シリア・イラクの国境画定も同じような状態だったのだと思う。あの時は唯一当事者能力があったトルコ軍が、ふがいないオスマン帝国スルターンから離反して共和国の独立戦争を戦って、ある程度失った土地を奪い返して今の国境線になったのでした

今回は、「イスラーム国」が実効支配を固めて独自の国家をイラク・シリア国境地帯に確保するか、クルド民族主義が一体化して国を作るのか、あるいはトルコやイランなどの地域大国が勢力圏を拡大するのか、将来は未確定である。

陰謀論に花束を

今日の、BSスカパー「Newsザップ」出演では、12時から午後3時までずっとスタジオに座りっぱなしだったので、極度に疲労しました。こんなことはしょっちゅうやってられませんね。

Newsザップ

おまけに、今日に限って、米国ダラスの病院内でのエボラ出血熱の二次感染の事例が生じて米国が浮き足立っているので、CNNは特別編成でアマンプールの番組が取り止め。BBCもトップニュースでこの話題に。

毎時0分や30分の定時ニュースで、シリアやイラク、イエメンやリビアの話題は省略されるか、後の方(毎時20分ごろや、50分ごろ)に回されたので、ザッピングの対象にならず。

それでも中東の話をしましたが。

レギュラー・ゲストのアーサー・ビナードさん。

詩人。

国際政治については、典型的な米国超リベラル派らしく、陰謀論炸裂。

まあ中東政治に陰謀はつきものだけど、その多くは米国主体ではなく、現地の諸勢力が地域大国と域外大国とNGOとかを盛大に巻き込みながらやっているのだから、なんでも米国が動かしていると言っていては、中東は分かりません。

中東に盛んな陰謀論とは別に、もっと現実的で厄介な陰謀がたくさんあるのです。それを読み解けないと、手玉に取られてしまいます。

あまりにひどい時はこちらも重ねてどのように見ればいいかを解説しましたが、思想・言論は自由なので、たいていはスルーして放置しておきました。

詩人なんだからどうぞ奔放に。

ただし、メディアがそういう詩人の政治論と私の分析を同列に扱って、かつ一般読者・視聴者に「印象がいい」「良い人」に見える(とメディアが考える)方に軍配を上げるような扱いをした時には、私は徹底的に怒るけれどね。

それは私にとって譲れない倫理の問題だから。

今から10年前のとある事件(それは今イラクとシリアで生じていることに、紆余曲折ありながらつながっている)についてのとあるメディア企業のやり方については、今でも、許しも忘れもしていない。『イスラーム世界の論じ方』の注を詳細に見ていただければ、ぼんやりと何がどうだったか分かるかもしれない。

ビナードさん、最近うちの父といくつも一緒に仕事してくださっているらしい。うちの父も政治の話になると、まあビナードさんと似たような感じのぽわっとした現実感のなさがある。

ただし父は、人間社会の本質に関しては、政治の制度や社会構造に関する情報は恐ろしく皆無なのにもかかわらず、ある面で異様に勘が鋭い。もし理屈で説明させれば陰謀論みたいなものになってしまうのだろうが、そういうことは人前で決して言わない防衛本能は鋭い。なので、明らかにおかしいだろ、という政治的発言をしたのは見たことがない(いや、探せばいろいろあるかもしれませんが・・・)。その辺、世の文系知識人とは全く違うと思う。それがどこからきているのかは私にもよく分からない。文学だ学問だ云々というよりももっと深いところでの人間としてもって生まれた知覚・防衛本能なんだろう。外当たりはいいけれども、あの人は、お人よしではないですよ。

ビナードさんがしゃべっている間に浮かんだポエム。

みえるもののむこうがわに
みえないものをみるのはいい
みえないものだけをみはじめると
なにもみえなくなる

さとし

お粗末でした。早々に宗教政治思想に路線転換しておいてよかった~

トルコのシリア北部に対する政策は1991年のイラク北部に対するものとそっくり

トルコ国会は10月2日(木)にシリアとイラクへ軍の越境攻撃を認める決議を採択した

これによってエルドアン大統領・ダウトウル首相の現政権はシリア・イラク情勢に軍事的に対処するためのフリーハンドを得たことになる。

米主導のイラクとシリアでの「対イスラーム国」への空爆にトルコが参加を渋ってきたことはすでに書いた。空爆に参加しないだけでなく、NATOに提供してきたインジルリク空軍基地の使用をこの件に関しては拒否した。

それではこの決議で、トルコの立場は変わったのだろうか?

おそらくそうではない。その後の閣僚の発言や軍の実際の動きを見ても、トルコの立場は変わっていない。

シリアとイラクへの軍事介入を一つの選択肢として承認したことは、自動的に米主導の軍事行動に参加することを意味しない。軍事行動はとるかもしれないが、手段も目標も米が湾岸産油国とヨルダンを従えて行なっている軍事行動とは異なるものとなるだろう。なぜならば、トルコが考える介入の目的と、アメリカの介入の目的が食い違っているからだ。

そのことはシリアのアサド政権も当然分かっていて、米が実際にシリアを空爆してもなんら阻止する手立てを講じておらず、事実上受け入れている(シリアの親分イランのローハーニー大統領がこれに苦言を呈していたりする)のに対して、トルコ国会が武力行使を承認しただけで強く反発している

先日書いたように、トルコはシリア領内での「安全地帯」設置を掲げている。今回の決議も、「安全地帯」構想を実現するための手段としての軍事行動を承認したものと考えていいだろう。「安全地帯」構想は、シリアの領土の実質上の分割と、北部がトルコの実質的な勢力圏に入ることを意味し、アサド政権の長期的な排除を意味する。

米国のシリアでの軍事行動の目的は「イスラーム国」の抑制と破壊のみである。それに対してトルコは国境を接し、国境を超えた住民のつながりや経済圏を有するがゆえに、シリアをめぐる国益はもっと複雑であり、単に「テロリストを空爆する」というだけの政策では受け入れられない。「イスラーム国」が手が付けられないほどに伸長するのは困るが、イスラーム国だけを攻撃しても問題は解決しないとする立場だ。

トルコとしては、アサド政権が統治できなくなったシリア北部でクルド人武装勢力が伸長し、トルコ領内のクルド人の反政府武装勢力PKKと一体化することを恐れている。押し寄せてくる難民は経済的・社会的負担を招くだけでなく、武装勢力・不安分子の侵入をもたらしかねない。クルド人難民がシリアに戻って「イスラーム国」やアサド政権と戦うならともかく、トルコのクルド武装勢力に合流してトルコ政府と戦いかねないのである。「イスラーム国」に対抗する地上部隊勢力を育成するという形で、欧米やイランがシリアのクルド人武装勢力に武器を提供する動きに、トルコは神経をとがらせている。シリア北部のクルド人勢力の中で台頭している武装勢力YPG(人民保護部隊)はPKKとの関係がささやかれる。「イスラーム国」対策に供給した武器は、その武器はやがてトルコに向けられかねない。

また、YPGはアサド政権と決別したわけではない。アサド政権が存続すれば、政権の手先としてトルコ側にクルド独立闘争を仕掛けてきかねない。イランの属国となったシリア・アサド政権がクルド人勢力を手先にして国境越しに攪乱工作を仕掛けてくる、というのはトルコにとって耐えがたい。

こういった複雑な事情を抱えているトルコにとって、「テロの脅威がある」といって「イスラーム国」だけ破壊して米国が去れば、極端な話、トルコ・シリア国境がアフガニスタン・パキスタン国境のようになりかねない。

トルコにとっては、欧米が主導してシリア北部に安全地帯を設定し、実際に空軍力でそれを実施するのであれば、トルコも重要な役割を担い、それによって勢力拡大という利益を得たい、というのが原則的な立場だと思われる。

もちろん「同盟国ではないのか」「イスラーム国の伸長を黙認してきたのではないか」という米側からの批判の声が高まるのは避けたいので、若干米の意に沿う形での介入を行うかのような印象を醸し出している様子がないわけではない。決議に際しては、対「イスラーム国」であることを協調しているものの、実態は異なるだろう。

野党のCHP(共和人民党)は、武力行使承認決議は対「イスラーム国」ではなく、対アサド政権だ、と批判しているが、実態としてはそのような側面を含むだろう。

エルドアン政権は軍事行動の選択肢にフリーハンドを得たうえで、「安全地帯」構想を受け入れるよう米に求めて、交渉が続いている模様だ。
“Turkey to sit down at negotiation table with US after mandate vote,” Hurriyet Daily News, Oct. 3, 2014.

アメリカはこれをすぐには受け入れないだろうが、欧米諸国による空爆だけでは「イスラーム国」の攻勢を止められないことが分かってくれば、選択肢の一つに浮上してくるだろう。

これには前例がある。1991年の湾岸戦争の際にも、イラク北部で、現在のシリア北部のように、クルド人難民がトルコ国境に大量に押し寄せる事態が生じた。それに対して当時のオザル大統領は、国境を封鎖し、軍事力でイラク軍とクルド部隊の双方のトルコ側への伸長を阻止したうえで、欧米と協調して、「飛行禁止空域」をイラク北部に設けさせ、現在のクルド自治区(クルド地域政府)の成立の発端を作った。空軍基地の提供などで湾岸戦争の遂行に不可欠の役割を果たす見返りに、国内へのクルド問題の飛び火を阻止するスキームを欧米に受け入れさせ、トルコの勢力圏をイラク内に延伸したと言えよう。トルコの軍事力と地の利を提供して欧米の力と正統性を引き込んで、イラク側にクルド問題を封じ込め、トルコの経済圏として影響下に置いたのである。

上にリンクで示した二つの記事を読んでいると、1991年の話が今の話とほとんど変わりなく感じられる。クルド難民が大量に押し寄せ、トルコが国境地帯に封じ込めようと躍起になっているところとか、状況もそっくり。

おそらく当時のオザル大統領がイラク北部に関してやったことと同様のことを、エルドアン政権はシリア北部について試みようとしているのではないかと思われる。

アサド政権の排除か、それが実現しない間は「安全地帯」のシリア北部への設定が必要、という解決案を示すトルコと、シリア問題への解決案は出さずに、「イスラーム国」のみを対象にした「外科手術」的な介入を行ないたい欧米諸国との立場の隔たりは大きい。

そのため、トルコは当面は「安全地帯」構想を掲げて交渉しつつ、「イスラーム国」とYPGらクルド人武装勢力の「相討ち」による双方の消耗を図る期間が長く続きかねない。必要に応じて、今回の決議で得た越境しての軍事介入の選択肢を限定的に行使しつつ、長期戦で臨むだろう。

これに対してはトルコのクルド武装勢力PKKが反発している。PKKの指導者でトルコの獄中にあるアブドッラー・オジャラン氏は10月1日、シリア北部の国境地帯コバーニーで「イスラーム国」と激しい戦闘を繰り広げているYPGが殲滅させられるようなことがあれば、PKKとトルコ政府との間で進んできた和平プロセスを打ち切ると宣言している。

トルコ(エルドアン政権)・シリア(アサド政権)・クルド武装勢力(PKK/YPG)の3者がトルコ・シリア国境でせめぎ合う中に「イスラーム国」が泳がされている状態だ。

ジョージ・フリードマン『続・100年予測』に文庫版解説を寄稿

以前にこのブログで紹介した(「マキャベリスト・オバマ」の誕生──イラク北部情勢への対応は「帝国」統治を学び始めた米国の今後を指し示すのか(2014/08/21))、地政学論者のジョージ・フリードマンの著作『続・100年予測』(早川文庫)に解説を寄稿しました。帯にもキャッチフレーズが引用されているようです。


ジョージ・フリードマン『続・100年予測』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

単行本では邦訳タイトルが『激動予測』だったものが、文庫版では著者の前作『100年予測』に合わせて、まるで「続編」のようになっている。


ジョージ・フリードマン『100年予測』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

確かに、『激動予測』ではありふれていてインパクトに欠けるので、文庫では変えるというのは良いが、かといって『続~』だと『100年~』を買ってくれた人が買ってくれる可能性は高まるかもしれないが、内容との兼ね合いではどうなんだろう。

英語原著タイトルはThe Next Decadeで、ずばり『10年予測』だろう。100年先の予測と違って、10年先の予測では個々の指導者(特に超大国の最高権力者)の地政学的認識と判断が現実を左右する、だから指導者はこのように世界情勢を読み解いて判断しなさい、というのが基本的な筋立てなのだから、内容的には「100年」と呼んでしまっては誤解を招く。

こういった「営業判断」が、日本の出版文化への制約要因だが、雇われで解説を書いているだけだから、邦訳タイトルにまで責任は負えません。

本の内容自体は、興味深い本です。それについては以前のブログを読んでください。

ただし、鵜呑みにして振りかざすとそれはそれでかっこ悪いというタイプの本なので、「参考にした」「踏まえた」とは外で言わないようにしましょうね。あくまでも「秘伝虎の巻・・・うっしっし」という気分を楽しむエンターテインメントの本です。

まかり間違っても、「世界の首脳はフリードマンらフリーメーソン/ユダヤ秘密結社の指令に従って動いている~」とかいったネット上にありがちな陰謀論で騒がんように。子供じゃないんだから。

フリードマンのような地政学論の興味深いところ(=魔力)は、各国の政治指導者の頭の中を知ったような気分になれてしまうこと。政治指導者が実際に何を考えているかは、盗聴でもしない限り分からないのだから、ごく少数の人以外には誰にも分からない。しかし「地政学的に考えている」と仮定して見ていると、実際にそのように考えて判断し行動しているかのように見えてくる。

今のオバマ大統領の対中東政策や対ウクライナ・ロシア政策でも、見方によっては、フリードマンの指南するような勢力均衡策の深謀遠慮があるかのように見えてくる。

しかし実際にはそんなものはないのかもしれない。単に行き当たりばったりに、アメリカの狭い国益と、刹那的な世論と、議会の政争とに煽られて、右に行ったり左に行ったり拳を振り上げたり下げたりしているだけなのかもしれない。あるいは米国のリベラル派の理念に従って判断しつつ保守派にも気を利かせてどっちつかずになっているのかもしれない。

でも、行き当たりばったり/どっちつかずにやっていると、各地域の諸勢力が米側の意図を読み取れなくなって、米の同盟国同士の関係が齟齬をきたしたり、あるいは敵国が米国の行きあたりばったりを見切って利用したり、同盟国が米国に長期的には頼れないと見通して独自の行動をとったりして、結局混乱する。しかしどの勢力も決定的に状況を支配できないので、勢力均衡的な状況が結果として生まれることも多い。

で、その状況を米国の大統領が追認してしまったりすると(まあするしかないんだけど)、あたかも最初からそれを狙っていた高等戦術のようにも見えてくる、あるいはそう正当化して見せたりもする。

そうするとなんだか、世界はフリードマン的地政学論者が言ったように動いているかのようにも見えてくるし、ひどい場合は、米国大統領がフリードマンに指南されて動いているとか、さらに妄想をたくましくしてフリードマンそのものが背後の闇の勢力に動かされていて、この本も世界を方向付ける情報戦の一環だとか、妄想陰謀論に支配される人も出てくる。

本って怖いですね。いえ、だから素晴らしい。

でもまあ結局この本で書いてあることは、常にではないが、当たることが多い。商売だから、「外れた」とは言われないように仕掛けもトリックも埋め込んで書いている。「止まった時計は、一日に二回正しい時を刻む」的な議論もあるわけですね。その辺も読み取った上で、「やっぱり読みが深いなあ」という部分を感じられるようになればいいと思う。

改めて、決して、外で、「読んだ」っていわないように。

トルコはシリア北部の安全地帯化を提案、空爆には依然として不参加

米国のシリア空爆には、湾岸産油国が象徴的に参加しているが、実質的な解決には地上での同盟勢力が欠かせず、それが得られないところが最大の制約になっている。

空爆自体は、アサド政権の黙認と歓迎の下、空軍・対空防衛能力がほぼ皆無の「イスラーム国」及びイスラーム過激派諸勢力に対して行われており、攻撃する側に、誤爆・事故以外の危険はほとんどない。

しかし「イスラーム国」が入り込んでくることを可能にしたシリア北部・東部の状況を変えるには、空爆だけでは不十分で、地上軍を含んだ現地の勢力の支援が必要であると共に、シリア内戦そのものの解決が必要になる。

この点で、トルコの動向が最大の鍵になる。

トルコはこの問題で、米国の空爆を支持しつつも、空爆への参加は否定し、NATOに提供しているインジルリク空軍基地についてもシリア空爆への使用は拒否している。

その理由として、6月にイラクのモースルで「イスラーム国」によって総領事館が襲撃され、49人の人質を取られていたことが、「言い訳」のように挙げられてきたが、これも解決したので、トルコの真意がいよいよ問われることになる。

トルコ側は、副首相が、「まずアメリカの真意を聞きたい」といった趣旨の発言で牽制してきたが、ここにきてエルドアン大統領がトルコ側の意志を発信し始めている。

エルドアン大統領は、国連総会に出席するために訪れていたニューヨークから帰国する途中の9月26日、大統領専用機上で、ヒュッリイエト紙のインタビューに応じ、シリア北部に反政府勢力の「安全地帯」を設定する構想を明かしている。

“Turkey ‘to do whatever needed’ in anti-ISIL coalition, Erdoğan says,” Hurriyet Daily News, Sep. 27, 2014.

今回の発言は、トルコがシリアに地上軍を派遣する可能性に触れたという面において注目されるかもしれないが、それは現在の形での米軍主導のシリア空爆にトルコが参加や支援を行う姿勢に転じたという意味ではない。むしろ、トルコにとって容認できる形でのシリア問題の解決策が採りいれられなければ、トルコは有意義な形で参加しない、と暗に示したとも受け止められる。今回の談話でエルドアンはアメリカのシリア空爆の意義を認めたものの、「安全地帯」設定、というトルコの提案する解決策以外では、いかなる形でも軍を派遣すると明言していない。エルドアンのニューヨークの国連での発言はトルコが立場を転じて空爆に参加する可能性を示唆したものとして報じられがちだが、トルコの基本姿勢は別のところにあると考えた方がいい。少なくとも、米国への支援の見返りに、シリアへの「安全地帯」設立という大きな条件を課しているとも言える。

「シリア北部に安全地帯を確保するための飛行禁止区域を設定するためのシリア空爆」には参加する、というのであれば、それはアサド政権の空軍・対空戦力への攻撃を含むということになりかねず、現状のシリア攻撃とは全く目的と質を異にする。

シリア北部への「安全地帯(secure zoneあるいはbuffer zone)」設定という案は、以前からシリアの反政府勢力から要求されており、トルコも繰り返し提案してきた

2012年10月ごろに報じられた、その当時トルコが意図した安全地帯はこの地図のようなものだったとされる。一部の報道では現在の問題を議論する際にもこの地図が流用されているが、トルコと関係諸国との議論で同じ領域が念頭に置かれているかどうかは定かではない。

トルコによるシリア北部安全地帯
出典:Day Press

「イスラーム国」が急激に伸張し、それに対してシリア空爆が行われ、トルコの参加の有無と最終的な決着のあり方に注目が集まるこの段階で、エルドアン大統領が改めて提起したことは意味深いだろう。帰国直後のイスタンブール空港での共同記者会見でも同様の姿勢を敷衍している。

すでに9月半ばにもエルドアン政権は、「イスラーム国」対策として安全地帯を再提起する意志を示していたが【“Turkey Renews Syria Buffer-Zone Push As U.S. Builds Coalition,” The Wall Street Journal, Sep. 16, 2014.】【“Turkey considers buffer zone with Syria and Iraq to contain Isis,” Finantial Times, September 16, 2014.】、今回のインタビューでは具体的にトルコの提案として明言した。

ニューヨークへの出発前にエルドアン政権の安全保障会議でも議論されたようだ

短期的な実現可能性はともかく、シリア内戦が続く限り、トルコ主導でのシリア国内での安全地帯の切り分け(見方によっては事実上のトルコの勢力圏の設定)という案は浮上し続けるだろうし、有力なオプションとして俎上に上り続けるだろう。

ヒュッリイエトの英語版の記事によれば、安全地帯の設定には主に次の三つの要素を含む。

– There are three issues that we insistently emphasize: 1) The declaration of a no-fly zone 2) The declaration of a safe zone 3) Training and equipment [for the Syrian rebels]. I believe that an agreement will be reached [between coalition partners] on these issues. The talks are ongoing.

(1)飛行禁止区域を宣言する。(2)安全地帯を宣言する。(3)安全地帯でシリア反体制派を訓練・装備する。

トルコにとって、トルコに都合のいい形でシリア内戦を終わらせるために、シリア国内のトルコに接した部分に、トルコの勢力圏と言ってもいい領域を設けるというのが、「安全地帯構想」の実態だろう。

逆に一番都合が悪いシナリオを描けば、次のようになる。シリア内戦のどさくさまぎれにシリアのクルド人勢力の独立機運が高まり、欧米からの支援を得て武装化の度合いを高め、イラクのクルド勢力と一体化すると共に、トルコのクルド人勢力とも一体化し、越境する難民と共に、独立武装闘争をトルコ国内に持ち込む、というものだが、この劇画的悪夢のようなシナリオの一部の要素はすでに現実化してしまっている。シリアのクルド勢力は中央政府の統治が及ばなくなったことを背景に教育のクルド語化を進めており、難民は今月だけでもシリアのクルド人地域から13万人がトルコに流入しており、近い将来に40万人にも及ぶとみられている。欧米諸国がクルド勢力への武器支援を強めており、シリアのクルド地域ではトルコのクルド地域でトルコ政府と軍事闘争を繰り広げてきたPKKの関連組織が台頭している。欧米へ移民したクルド人あるいはクルド人領域の宗教的少数派が、イスラーム過激派と同様に、義勇兵としてクルド領域に還流してきている。

シリア北部の「安全地帯化」は、アサド政権やクルド勢力や難民といった問題をすべて国境の向こう側、つまりシリア側に封じ込めて、トルコへの波及を水際で食い止めようとするものである。この構想に米国をはじめとした国際社会の正統化が得られれば、また域内の主要国の賛同や参加が得られれば、トルコは積極的に関与してもいい、というのがトルコが交渉で要求する「最大ライン」だろう。

この構想にはモデルがある。米国は1991年の湾岸戦争以来、イラク北部クルド地域上空に「飛行禁止区域(no-fly zone)」を設定してクルド人の実質上の自治区を成立させ、バルザーニー現クルド地域政府大統領らのクルド人勢力を実質上の米国の同盟勢力としてきた。2003年のサダム・フセイン政権の打倒後の新体制で、クルド地域は独立は控える代わりに高度の自治を得た。イラクのクルド地域政府とはトルコのエルドアン政権は良好な関係にあり、トルコはクルド地域の北部との経済的な結びつきを深め、政治・経済的な影響圏としている。

トルコから見れば、同じことをシリアの北部で、再び米国主導でやるなら、トルコは場合によっては地上軍の負担も含む役割を担っていい、ということなのだろう。

何もかもトルコの狙い通りに中東国際政治が動くということはないが、同時に、トルコにとって受け入れられない、トルコが参加しない解決策も、シリア問題に関しては実現しにくい。シリア北部への安全地帯設立構想は、どこかの段階で、有力な解決策の一つとして浮上する可能性があり、注目しておく必要がある。

ニューヨークの国連総会の舞台裏で安保理常任理事国を中心に、トルコの提案が議論されたことは確かだろう。

これは本質的には中東の地域大国間の勢力関係の再設定で物事を解決しようとする方式なので、イランとサウジアラビアとイスラエルという並び立つ地域大国の傘下のメディアが敏感に反応しているのも肯ける。

“Erdogan calls for no-fly zone over Syria,” Press TV, Sep 27, 201403:56 PM GMT.

“On Turkey, buffer zones and a bipolar world view,” al-Arabiya, 27 September 2014.

“Erdogan: Turkish troops could be used to establish secure zone in Syria,” Haaretz, Sep. 27, 2014.

UAEは女性パイロットを、サウジは王子様パイロットを動員して、米世論と対イスラーム国でイメージ戦略

今日はこの写真から。

シリア空爆へのUAE女性パイロットの参加
出典:The National

写っているのは、アラブ首長国連邦(UAE)空軍のマリヤム・マンスーリー少佐。戦闘機のパイロットです。

なお、Tne National はUAEアブダビの英字紙です。

9月23日(現地時間)の米国の対シリア空爆に参加したUAEは、「女性パイロットがミッションを率いた」と欧米メディアに流して、情報戦・イメージ戦略に乗り出している。

サウジも同様である。こちらは王子様パイロットを出してきた。これもThe Nationalが広報に務めています。

シリア空爆へのサウジ王子の参加
出典:The National

ハーリド・ビン・サルマーン王子は、サルマーン皇太子の子息でサウジ空軍の戦闘機パイロット。

ん?サルマーン皇太子の子息でパイロットというと別の有名な人がいたな?と思ったら、スルターン・ビン・サルマーン王子(Sultan bin Salman 1956 –)がいました。ハーリドよりずっと年上のお兄さん(多分腹違い)ですね。

お兄さんのスルターン・ビン・サルマーン王子もサウジ空軍パイロットを経て、1985年にスペースシャトル・ディスカバリーに搭乗した。アラブ人ムスリムとして初の宇宙飛行士となった。

「宇宙飛行士」というと米国では全面的に信頼されるから、サウジ王家がスペースシャトルに乗組員を送り込むのは、パブリック・ディプロマシーの一環ですね。

サルマーン皇太子は、スデイリ家という有力外戚家を母君に持つという以外にはそれほど特色がない人で、歴代の実力ある国王・皇太子が同じ母から生まれた兄弟で、かつ長生きしたので皇太子位が転がり込んできたという人。

(初歩的説明:サウジアラビアは初代アブドルアジーズ王の息子兄弟で今に至るまで王位を継承し続けており、母親を異にする兄から弟へと、代々王位が継承されてきている。まだこの下に数名弟がいるが、そろそろ第3世代に受け継がないといけないので、そこで異変があるかどうかが注目されている)。

そのため、サルマーン皇太子は有力官庁(国防省とか内務省とか、ちょっと毛色が違うけど外務省とか)の要職にはつい最近まで縁遠く、その息子たちも、政治的に有力なポストには就いてこなかった。しかしそこで宇宙飛行士や戦闘機パイロットといった実権はないがカッコいい職業に息子たちを就かせていたのですね。サウジ王家の兄弟たちもそれぞれに家系に特色を持って競っているのだな。今回はその資産を活用して皇太子の株も上がったかも。

さて、シリア空爆の初日に、女性パイロットと王子様パイロットが乗っていた、というのはもちろん偶然ではなく、意図してのことだろう。目的はもっぱら広報面にあるだろう。

サウジやUAEの空爆参加には、戦闘上は実質的な意味はそもそもない。アメリカにとっては、オバマ大統領が空爆開始直後に言った、「アメリカ単独ではない」ということを示すと共に、「アラブ世界のムスリム諸国が賛同している」と示すために必要だった。

サウジやUAEから言えば、対アメリカと、対イスラーム国(とその潜在的支持層)の両方に意味があるだろう。

サウジを筆頭に、湾岸産油国は、「そもそもイスラーム国に資金援助をしたのは湾岸産油国だろう」「イスラーム国のイデオロギーって、サウジの公定イデオロギーのワッハーブ派が根っこにあるんじゃないの?」と疑われ、それぞれにある程度真実と言える面があるので、政府としては苦しい立場に追い込まれている。

ニューヨーク・タイムズにこんな風に書かれるのはきつい。

“ISIS’ Harsh Brand of Islam Is Rooted in Austere Saudi Creed,” The New York Times, Sep 24, 2014.

「イスラーム国」が米国人の人質を斬首した、というのがここまで急激にアメリカが開戦に踏み切るきっかけとなったのだが、考えてみればサウジでは毎週金曜日に公開で斬首で死刑をやっているではないか、とか、突かれると苦しい点がありすぎる。

「イスラーム国」と言えば「女性の権利抑圧」が欧米世論に強く印象づけられている。欧米の世間一般の、「イスラーム教徒・アラブ人は野蛮」といった偏見を裏打ちするような行動を「イスラーム国」は繰り返している。欧米が「先進的」とみなす価値観からの乖離を「イスラーム国」側がこれ見よがしに際立たせ、それを欧米メディアも盛んに取り上げて、「開戦やむなし」の雰囲気が急速に形成された。

サウジやUAEとしては、「スンナ派アラブの保守的な社会が問題の原因でしょ」と言われるのがもっともつらい。単に戦闘に参加して義理立てするだけでなく、より積極的な意味を欧米社会に印象づけたい。

そこで、かっこいいパイロットの王子様と、そして欧米の予想を裏切る美人女性パイロットを出してきて、「先進的な湾岸産油国が、後進的で野蛮な「イスラーム国」を退治している」というイメージを作り出そうとしている。

ここで、「王子様」、そして何よりも、「女性パイロット」は欧米世論のイメージを変えるのに有力なカードだ。女性が自動車すら運転できないサウジには女性パイロットはいないだろうから、ここはUAEから借りてくる。

欧米のPR会社でも噛んでいそうだ。UAEの女性パイロットについては、6月にThe National が報じてあった。

Emirati woman who reached for the skies, The National, June 10, 2014.

さて、「シリア空爆に35歳・ムスリム・アラブの美人女性パイロットが」という情報は、欧米主要メディアに軒並み取り上げられ、ネット上での情報拡散も引きおこし、PR作戦の狙い通りになっている。

ISIS Fight: Mariam Al Mansouri Is First Woman Fighter Pilot for U.A.E.(米NBCテレビ)

英テレグラフでの報道。
“Saudi prince and Emirate’s first female fighter pilot take part in Syria air strikes,”The Telegraph, “25 Sep 2014.

イラク空爆に参加を表明しているオーストラリアでも。
“Major Mariam Al Mansouri trending online as pictures emerge of United Arab Emirates female fighter pilot leading air strikes,” news.com.au

欧米のリベラル派の論調は、「女性が社会進出している」というだけでいきなり「先進的」と評価してしまいがちだ。「遅れているイスラーム世界なのに女性がパイロットに」という論理で、すごい差別・偏見にまみれた前提に立ったうえで、一転して高評価してしまうのである。これが欧米世論の単純なところで、それをよく分かって情報発信している。「王子様」というとキャーキャー言うのはどこも同じだし。

また、ニューヨーク・デイリー・ニュースのような米大衆紙にもウケている。
UAE’s first female fighter pilot likely dropping bombs on ISIS militants in Syria, New York Daily News, Sep 24, 2014.

「アラブ人・ムスリムは遅れている」といった議論に最も親和的なこういう保守系大衆紙は、同時に「美人」となると一斉に食いつく。こういう「欲望」の刺激がインターネット上でのイメージ形成と、それに依拠した漠然とした政策への支持の取り付けには欠かせない。

FOXニュースなどは、喜び過ぎてなのか、あるいは普段の「アラブ・ムスリム=野蛮で女性抑圧」という自らが信じるステレオタイプと合わない美人パイロットの出現に動揺したのか、なにやら失言したらしい。

“Fox News presenters mock female pilot who took part in campaign against Isis,” The Guardian, Sep 25, 2014.

“Fox Host Reaction to Female Fighter Pilot: “Boobs on the Ground”,” Slate.com, Sep 25, 2014.

このように、基本は欧米世論向けと考えていいが、同時に、「イスラーム国」に参加してしまうような、欧米の若者たちの関心や気分を逸らすためにも、こういったイメージ戦略は重要だと思う。

要するに「イスラーム国に入って戦うとカッコいい」と、一定数の(少数だが)若者が思ってしまっている状況がよくない。

これを正すには、イスラーム教の教義や解釈を根本的に変えてもらうとか、欧米社会でもイスラーム諸国でも若者が全員幸せに目的意識とやる気を持って生きていけるようにするとか、根本的な解決策は考えられるが、近い将来に実現しそうにない(遠い将来にもそもそもできるのか?)。

しかしそもそも、こういった運動に参加するのは、末端の構成員のレベルでは、単に「流行っているから」というだけの場合が多い。そうであれば、「もっと別の流行」を作り出して関心を逸らすというのが一つの有効な方法だろう。

「美人女性パイロットに萌え~」とか「王子様素敵~」といった話にしてしまうというのは、案外いい方法かもしれない。

それがサウジやUAEの社会の実態を反映しているとは言えないにしても、そもそも「イスラーム国」自体が、妄想と現実を混同して行動した結果、偶然環境条件が合致して出現してしまった、という側面が大きいのだから、対抗するイメージ戦略で、膨れあがったイメージを打ち消すのは、試みる価値のある対処策だろう。

追記:その後も広まっているようです。緒戦のPR作戦は好調ですが、後が続くか。現地の戦況や各国社会の実態は別ですからねえ。

“Arab Woman Led Airstrikes Over Syria,” The New York Times, Sep 25, 2014.

“Female Arab pilot sticks it to Jihadists,” The Times of Israel, 26 Sep 2014.

シリア空爆への続報と同盟国のホンネ

9月23日に開始された米国のシリア空爆についての続報などを急ぎとりまとめ。時間がたつと忘れてしまうと思うので、タイムカプセルのようにリンクを張っておこう。

空爆はすでに二日目に入っているが、それほど特筆すべき事実は出てきていない。むしろ初日に一斉に出てきた各種論評で出てきた論点を消化する必要がある。

初日の空爆の詳細についての記事をいくつか挙げておこう。初日の空爆についての米軍や大統領の発表で、(1)湾岸産油国+ヨルダンの計5か国と一緒に行ったので米単独ではないよ、というところと、(2)ついでにホラサーン・グループもあんまり危険だから攻撃しといたよ、という内容が、事前に予想されていた中でやや意外、あるいはかなり意外だったところだ。

CNNはこの二つの種類の攻撃について、時間帯と攻撃対象と参加者を整理している。

“Arab nations join U.S., expand fight against terror to Syria,” CNN, Updated September 23, 2014.

The operation began Tuesday, September 23 around 3:30 a.m. local time (8:30 p.m. ET Monday) with a series of Tomahawk missiles launched from U.S. Navy ships, followed by attacks from bomber and fighter aircraft. The first strikes, conducted independently by the United States, hit targets west of Aleppo against the Khorasan Group. Khorasan is a splinter al Qaeda group actively plotting against a U.S. homeland target and Western targets, a senior U.S. official told CNN on Tuesday.

・・・とあるように、朝3時30分にまずホラサーン・グループを、米が単独で攻撃した。

続いて、シリア東部のラッカや、デリゾール県、ハサケ県への攻撃を行い、こちらには湾岸諸国とヨルダンも参加した、ということです。

Arab partners then joined U.S. forces to conduct two waves of airstrikes against ISIS targets, focusing on the city of Raqqa, the declared capital of ISIS’ self-proclaimed Islamic State. Areas to the east were also hit.

地図にすると、このような感じ。青色が米単独のホラサーン・グループへの空爆で、赤色は「連合国」の空爆。

米のシリア空爆初日の有志連合国_CNN
出典:CNN

連合国といっても大部分は米軍による攻撃だと早速認めている。まあ、湾岸産油国やヨルダンにトマホークを撃たせたりしないだろう(そんなの持っていたらイスラエルが許さない)。

U.S. Is Carrying Out Vast Majority of Strikes on ISIS, Military Officials Say, The New York Times, Sep 23, 2014.

空爆初日に行われた米メディアの議論や報道はやはり当事者で批判の自由がある国だけに参考になる。

政治的な中立性がわりに高いのは米公共放送PBSだ。番組で取り上げた専門家の討論や報道のほとんどすべてが、ウェブ上で無料で映像で見られるだけでなく、トランスクリプトも公開されている(日本でもNHKBS1で9月24日の午後4時からやっていた)。三部構成で、簡潔になかなかいいポイントをついている。代表的な論客も網羅している。

U.S. and Arab partners begin air war against Islamic State in Syria – Part 1, PBS, September 23, 2014 at 9:39 PM EDT.

Constancy of U.S. leadership is concern for some anti-Islamic State coalition partners – Part 2, PBS, September 23, 2014 at 9:35 PM EDT.

How do airstrikes on Islamic State complicate the war in Syria? – Part 3, PBS, September 23, 2014 at 9:31 PM EDT.

まあこれらの国はいずれも米国の基地を置いているから、その基地から米艦船が発進するだけで、ミサイルが上空を通過するだけで、「攻撃に参加した」と言ってしまう可能性すらある。この記事では「少なくともほんのちょっとは参加したよ。重要じゃないけどね」程度の話になっている。

Part 1での事実関係と主要映像のまとめも簡潔で、Part 3でシリア専門家のジョシュア・ランディスやイスラーム過激派組織が専門のアンドリュー・テイブラーといった、この問題でおなじみの論者が出てくるのもいいが、より面白いと思ったのはPart 2でレポートしている、同盟国の微妙な反応、というところ。

MARGARET WARNERが各国の政権に近い人たちに聞いてきてレポートしているのだが、空爆に参加した国にしても、一つとしておおっぴらに「参加した」とは宣伝していないことに注目している。

これは面白い点で、アメリカが「彼らも参加した」と大々的に発表して、それらの国が否定していない、というような具合なのだ。特にアラビア語の媒体では、「米国が同盟国と一緒に」としか書かれず、具体的に参加した各国政府の主体的な姿勢は何ら報じられていない。外電を引き写すのみ。沈黙しているわけです。

さて、ウォーナーさんは攻撃に直接参加した5か国に当たってみて、次のような反応を得たという。

I thought the most interesting reaction, Judy, was from the five Gulf states, or Jordan and the four Gulf states that did participate. None of them boasted about it. And I saw one of them late this afternoon. And, unfortunately, I cannot name who he was, who said, this is very sensitive for us. We’re now partnering with the United States. But we have got a reputation on the line, and what we keep asking the Americans is, what comes the day after?

And he left the suggestion that they really don’t have an answer yet.

キャスターのJudy Woodruffとのやり取りなので分かりにくいところがあるかもしれないが、面白いのは攻撃に参加した国の匿名の高官の発言だ。”what we keep asking the Americans is, what comes the day after?”
「攻撃の後はどうするんだ?」と米政府に来ても、答えをもらえていない、ということ。

これにキャスターが食いついて、米の同盟国は米主導の空爆についてトーンが異なるのかい?と聞く。
JUDY WOODRUFF: Well, so, Margaret, it’s interesting because a number of these countries have been critical of the U.S.’s uncertain leadership. Are they taking a different tone about that today because of the U.S. leading these strikes?

再びウォーナーさんが「そうだそうだ」と答える。
MARGARET WARNER: You know, Judy, you put your finger right on it.

そして、次のように同盟国の心の内を読み解く。
That is — the concern is the constancy of U.S. leadership. I mean, from President Obama saying he would strike Syria last year over chemical weapons and then backing off or announcing he’s going to Afghanistan, but announcing an end date, even countries that didn’t want the U.S. to do those things were shaken or rattled by that.

(意訳)同盟国が心配しているのは、アメリカのリーダーシップが貫徹できるかということ。つまり、オバマは去年、化学兵器をめぐってシリアを空爆すると言ってから引き下がった。あるいはアフガニスタンに増派すると言いながら同時に撤退の期限を切った。米国の政策に反対する国ですら、そんなことをされると動揺し慌てたのだ。

And so these countries do feel they could be out on a limb. They have joined this public coalition now with the United States. So that is the — I would say that is the number one concern. And I still think the United States has a long way to go to persuade them that they’re in it, that this president is in it for the long haul.

(意訳)同盟国は、苦しい立場に追い込まれないかと心配している。今や公に米国との連合に加わった。そのことが、ええ、そのことが彼らにとってまず不安なんです。米国は同盟国に、一緒にきてくれ、米大統領もずっと一緒にいるから、と説得し切れていないと私は思うのです。

・・・つまり同盟国の不安というのは、「米国と一緒に行動して、後ではしごを外されないか」ということだというのですね。

今回米国のシリア空爆に参加した国は、米国が基地を置いて、安全保障を全面的に担っている、湾岸産油国や君主国(ヨルダン)だった。

シリアと国境を接しているのはヨルダンだけである。それ以外の国は、サウジアラビアなど、まだ直接の脅威は感じていないけれども、米国との関係上付き合いで参加している、というような具合である。

これらの国にとっては、もし参加しなければ、「スンナ派の過激派テロを生んだ張本人だ!」などと名指しされて敵国扱いされかねない。そもそも米国がシリアの反体制派を支援してやれ、と言ってきたから武器や資金を供与してきたのに・・・という言い分がある(それが全面的に正しいとは言えないにしても)。

問題なのは、米国・オバマ政権が本当のところ何を考えているか分からない、あるいは将来にわたって同じ姿勢でいるか分からない、という印象が非常に高まっていて、同盟国の政権が米国に全面的にコミットできる状況にないことだろう。

そして、シリアとイラクの問題を解決するのに不可欠なトルコが参加していない。トルコはシリアとイラクに長い国境線で接し、国境地帯を経済圏に収め、展開できる軍事力が周辺諸国の中で群を抜いて大きい。

トルコの思惑が何なのか、今後どのような形で参加するのか、その条件は、となるとかなり重要で複雑な問題なので、別の機会に考えてみるが、次の記事がちらっと雰囲気の一部を伝えていると思う。

Ankara wants to hear US scenario on Syria, Hurriyet Daily News, Sep 24, 2014.

この記事ではシリア空爆に対するトルコの最初の公式の反応として、アクドアン副首相の発言を引いている。
“[The U.S-led coalition] should openly disclose their scenarios about the future of Syria and the al-Assad regime. We’ll evaluate our position only after hearing these scenarios from them,” Deputy Prime Minister Yalçın Akdoğan told the Hürriyet Daily News yesterday.

要するに、空爆をして、その後シリアをどうしたいのか、アサド政権をどうするのか、オバマ政権が率直に開示してくれないと、協力できないよ、ということ。

ここにも同盟国の米政権の本音や決意に対する不信感がある。状況が悪いと感じたら、世論や議会の風向きが変わったら、オバマ政権は突然はしごを外してしまうんじゃないの?そういったときは、米国のメディアや議会も、「トルコが悪い」「そもそもトルコのせいでこんな問題が起きた」とかあることないこと言って、それを言い訳に大統領も足抜けしてしまうんじゃないの?ということ。

トルコにしてみれば、オバマ大統領がかっこよく「アサドは去らなければならない」と語り、対策を取ると言いながら自国では何もやりたがらずトルコに丸投げした挙句、イスラーム過激派が台頭したところ「責任とれ」と言わんばかりに非難されたことでかなり懲りており、米国に対して極めて冷淡になっている。トルコの施策とその精度に問題がないとは言えないが、丸投げしておいて出来ばえに文句付けた上に、そもそもの原因まで押し付けられてはたまらない、というのはそれなりに筋が通っている。

トルコは政争が激しいから、しばしば現政権への悪口をアメリカやらイスラエルやらに売り込んで揺さぶろうとする元気な人も多い。しかしここでは普段は政権批判が激しい世俗主義系のヒュッリイエト英語版も、トルコの基本姿勢として中道のラインを示している。それは次のようなところだ。

The deputy prime minister’s statement is a clear reflection of Ankara’s stance on the international coalition against the growing threat of ISIL. Ankara believes that ISIL is a product of the Syrian regime’s oppression and destroying ISIL will have not much meaning as long as the al-Assad regime stays in power.

“Today it’s ISIL, tomorrow something else. As long as you have the al-Assad regime there, you will continue to deal with radical and jihadist groups,” a Turkish official had said earlier.

トルコの状況認識:「イスラーム国」はシリアのアサド政権の弾圧がもたらした産物だ。イスラーム国を破壊してもアサド政権が権力を握り続ければ意味がない。

Turkey said it would reconsider its position toward joining the anti-coalition forces after it safely rescued 46 of its citizens from ISIL, but has strongly underlined that its participation will be limited to providing humanitarian assistance to Syrians fleeing from ISIL’s violence. Turkey is already hosting around 1.5 million Syrian refugees, with 200,000 of them having crossed into Turkey in less than 48 hours.

トルコの有志連合への参加の条件:難民への人道援助に限定する。

・・・といったところですね。トルコは裏交渉でもっといろいろなことを言っている可能性があり、交渉の結果次第では立場を大きく変えるかもしれない。しかし現状ではこの原則論から表面上は一歩も出ていない。

トルコとしては、参加の条件として、シリアがどうなろうとそれがトルコ国内の治安の動揺、国家の崩壊に結びつくことがないような方策を伴うことを、アメリカに要求しているのだろう。そこで出てくるのが「緩衝地帯(buffer zone)」あるいは「安全地帯(safe haven)」の議論。

トルコ・シリア国境地帯のシリア側に、反体制派が政権から空爆を受けずに展開できる領域を設ける。そのためには上空を「飛行禁止空域」と設定して米国などがシリア政府の空爆を阻止する必要がある、という話。

緩衝地帯の設定は、シリアの分割につながりかねない。

しかし湾岸戦争後に米国はイラク北部のクルド人地域で同様のことをやった。なぜシリアでそれができないの?というのがトルコの立場だろう。それが反体制派に対する人道支援としてももっとも抜本的である、と主張するのだろう。

これを米国が呑んで、本気で実施する姿勢を見せなければ、トルコは大きな協力をしないのかもしれない。こういった交渉に対して、ロシアはどう出るのか?

このあたりは流動的なのでまだ決定的なことは言えない。

米国のシリア空爆への第一報と論調

9月23日早朝(現地時間朝だいたい5時ごろとみられる)に、アメリカ主導で、湾岸産油国とヨルダンが形式的に加わった多国籍軍が、シリア北部・東部への空爆を開始した。9月10日のオバマ大統領の演説で明らかにされていた、「イスラーム国」への空爆をイラクからシリアに拡大するという決定を実行に移した形だ。

空爆が行われた地点は次のようなものと見られている。

米のシリア空爆初日
出典:Syria Direct

米国や西欧のテレビや新聞はこの話題で持ちきりだが、日本では、祝日でニュース番組があまりないとか記者が休んでいるせいもあるのか、あまり報道がない。

世界情勢で肝心なことは金曜日の夜から週末にかけて起こることが多く、印象では新聞休刊日に起こることが多い(統計的な根拠はありませんが・・・)。今回は秋分の日の休日でしたねー。

それはともかく、日本のメディアを中東情勢の情報収集に使うことは、私の場合はまずない。英語では情報が洪水のように流れていて、押し流されてしまいそうだ。アラビア語のものも英語からの引用が多い。ロイターやAP、AFPといった国際メディアの影響力は世界の隅々に及んでいる。

戦争開始前後の情報は有益かどうか、なんらかの意図で操作されていないかどうか、精査しないといけないので、扱いが難しい。覚書として、主要なものだけまとめておこう。

ほんの数分間で、今明らかになっていることを確認したい時は、たいていはまずガーディアンかBBCなどイギリス発のグローバル・メディアを見ますね。空爆の標的はラッカ中心、参加した国(バーレーン、カタール、サウジ、UAE、ヨルダンという、米に安全保障を全面的に依存した湾岸産油国+君主国が名前を寄せました)、シリア政府の反応(国連の場で事前通告されたからOKよ~♪~)といった、現時点で共通に知られている基本的な事項を列挙しています。
US launches air strikes against Isis targets in Syria, The Guradian, 23 September 2014.

米政府高官のリークも含めて活発に「イスラーム国」への軍事攻撃を報じ、方向づけてきたニューヨーク・タイムズは読まねばならないでしょう。
Airstrikes by U.S. and Allies Hit ISIS Targets in Syria, The New York Times, Sep 22, 2014.

「大本営発表」がそのまま流れるきらいもありますが、世界共通(アラブ世界の新聞も含めて)でメディアに参照されるロイターは見ておくべきでしょう。
U.S. and Arab allies launch first strikes on fighters in Syria, Reuters, WASHINGTON/BEIRUT Tue Sep 23, 2014 10:16am EDT.

アル・ジャジーラの英語版もさっと見ておきましょう。
US begins bombing ISIL strongholds in Syria: US says attacks involve bombers, fighters and cruise missiles, while reports state involvement of Arab allies, al-Jazeera English, 23 Sep 2014 04:48.

前日の22日にイスラーム国の報道官とされるアブー・ムハンマド・アドナーニーが全世界のイスラーム教徒にテロを呼びかけたビデオを公開したことを、今回の空爆と絡めて報じているのが若干の特徴でしょうか。これについてはニューヨーク・タイムズも別の記事でイラクへの空爆と絡めて言及はしていますが(“Weeks of U.S. Strikes Fail to Dislodge ISIS in Iraq,” The New York Times, Sep 22, 2014)。

イスラーム国は欧米への直接的な脅威と言えるのか(あるいはシリアとイラクと周辺諸国にとってのみ脅威と言えるローカルな問題なのか)、シリアへ空爆を行うことで、欧米諸国でのテロが増えるのか減るのか、という問題が一つの重要な論点なのですが、イスラーム国側は「空爆をすることでテロが増えるよ」と牽制しているわけです。

実際に「イスラーム国」が欧米でテロを行う計画や組織を持っているか、というと疑問ですが、このような呼びかけに応えて「勝手に」テロを行うものや組織が現れてくる可能性は否定できません。そしてそれこそが「イスラーム国」に代表されるグローバル・ジハードの戦略・戦術論でしょう。しかし「勝手に」呼応して結果として現れる現象に事前に対処することは困難です。また、シリアとイラクでいくら組織を壊滅させても、もともと物理的にはつながりがない欧米諸国の共鳴者をなくすことはできず、かえって刺激するかもしれません。

では一件、二件、テロがあったとして、心理的には多大な影響を及ぼすでしょうが、それが直接的な脅威と言える規模のものになりうるのか、というと「恐らくそうではない」と思います。しかしテロの効果とは元来が、心理的な動揺を生じさせて政治的な大きな帰結を呼び込むところにあります。物理的な規模は小さくても、重大な政治的帰結(対テロ戦争の拡大と泥沼化)をもたらしてしまうかもしれません。そういったことを考えるきっかけとなる記事です。

米国防総省のプレス・リリースは下記の通り。
U.S. Military, Partner Nations Conduct Airstrikes in Syria

標的とか手段とか、「同盟国」とかは、どの報道も基本はこのプレス・リリースを踏まえているというのが分かる。
A mix of fighters, bombers, remotely piloted aircraft and Tomahawk Land Attack Missiles conducted 14 strikes against ISIL targets.

The strikes destroyed or damaged multiple ISIL targets in the vicinity of the towns of Ar Raqqah in north central Syria, Dayr az Zawr and Abu Kamal in eastern Syria and Al Hasakah in northeastern Syria. The targets included ISIL fighters, training compounds, headquarters and command and control facilities, storage facilities, a finance center, supply trucks and armed vehicles, the news release said.

The United States employed 47 Tomahawk Land Attack Missiles, launched from the USS Arleigh Burke and USS Philippine Sea, which were operating from international waters in the Red Sea and North Arabian Gulf. In addition, U.S. Air Force, Navy and Marine Corps fighters, bombers and remotely piloted aircraft deployed to the U.S. Central Command area of operations participated in the airstrikes.

Bahrain, Jordan, Saudi Arabia, Qatar and the United Arab Emirates also participated in or supported the airstrikes against ISIL targets. All aircraft safely exited the strike areas.

ただ、このプレス・リリースには若干妙なことも書かれている。それが、次の部分だ。

Separately, the United States also took action to disrupt the imminent attack plotting against the United States and Western interests conducted by a network of seasoned al-Qaida veterans known as the Khorasan Group. The group has established a safe haven in Syria to develop external attacks, construct and test improvised explosive devices and recruit Westerners to conduct operations, the release said. These strikes were undertaken only by U.S. assets.

In total, U.S. Central Command forces conducted eight strikes against Khorasan Group targets located west of Aleppo, to include training camps, an explosives and munitions production facility, a communication building and command and control facilities.

上の地図では左上の端に表示されている、アレッポの西でホラサーン・グループへの空爆

「ホラサーン・グループ」ってなんだ?と思った人もいるでしょう。つい最近になって浮上してきた、シリア北部で勢力を伸ばしているアル=カーイダ系の組織。

具体的にはニューヨーク・タイムズのこの報道を通じて、世界中に知られた。

“U.S. Suspects More Direct Threats Beyond ISIS,” The New York Times, Sep 20, 2014.

20日に急に報じられて、米時間22日にはもう空爆されている。当然、米政府がニューヨーク・タイムズにリークしたと思われる。あるいはニューヨーク・タイムズが報じたから空爆したのか?というとまさかそうではないと思うが、「もしかしたらそうなんじゃないの?」と思ってしまうほど、オバマ政権の外交政策への評判は悪い。要するに世論と国内政治を意識し過ぎて、定見なく行動した結果、うまくいっていない、と思われてしまっている。

ホラーサーン・グループは「アル・カーイダ系」ということになっている。また、米国あるいは欧米の権益へのテロを行う計画を持っていると上記の記事で報じられている。

それに対して、今回の主要な対象であるはずの「イスラーム国」は「アル・カーイダ」本体とは疎遠になっている。また、「米国の本土への攻撃」という意味での「直接的な」脅威となっているかというと、専門家であれば、能力面でも意図でも、「その可能性はないわけではないが、現時点ではおそらくないだろう」としか言えないだろう。「勝手にやる共鳴者が出てくれば分かりませんが、組織的なつながりはないでしょう」「米国や現存の世界秩序に対する強い敵を持っているのは確かだが、現実に脅威となるような規模の組織になって実際に行動するのはいつか分かりません」というのが、「ウケよう」とかいった邪念を抜きにすれば、専門家が採らざるを得ないポジションだろう(参考:クラッパー米国家情報長官のコメント)。

オバマ大統領は対シリア・イラク問題での米国の軍事介入の基準を精緻な論理で示してしまっている。そこでは、「米国への直接的な脅威」がある場合以外は、極力直接の軍事介入を避けるものと規定して、支持層の理解を得ている。

また、議会での政争の結果、シリア空爆に関する議会の明確な承認が議決されていない。そこで、空爆の法的根拠としては、2001年の9・11テロを受けて可決された、大統領にアル・カーイダとのテロとの戦いで必要な軍事力を行使することを一任する法律に基づかざるを得なくなっている。この法律にオバマ大統領は批判的で、早く廃止したいと言っていた。「アンチ・ブッシュ」として当選したオバマ大統領としては、この法律に依拠せざるを得ないということ自体が政治的な失点であるが、そもそもこの法律でもシリア空爆を正当化できない、という批判が強い。純法律的には、イラク政府を守るために必要だからシリアを攻撃しても正しい、と強弁するしかなくなる。

だから、無理やり、「アル・カーイダ系」の、「直接米本土を狙っている」と報じられている(と言ってもリークだろ)組織も対象にして空爆を正当化したんじゃないの?と邪推されても無理はない。

反対派はどうであれ批判するのだろう。空爆を支持し、むしろ促しながら、議会では承認決議を出さずに追い詰める、といった共和党側の戦術には問題が多い。しかし政権側が、批判を逸らすために姑息な手段を採っている、と多くがみなすようになると、野党側の仕掛けてくる政争と同列になってしまい、施策のすべてに疑問符が付されてしまう。直前に、親オバマの新聞にリークしておいて、空爆を行って、アル・カーイダ系も標的に入っているよ、アメリカへのテロを計画しているから法律違反じゃありませ~ん、と言うのはどうにも姑息な印象がある。

ワシントン・ポストのコラムでは、そういうオバマ政権への批判が並ぶ。

Richard Cohen, “Obama’s unscripted foreign policy,” The Washington Post, Sep 22, 2014.

オバマ大統領のスピーチはいつも現状認識・分析において的確だし、米世論の各層に巧みに働きかけ、言質を取らせない。最高のコミュニケーションズ・オフィサーだろう。しかしそれが、超大国の最高権力者として自国民にも他国民にも多大な影響を与える米大統領としてふさわしいふるまいなのだろうか。最高レベルのレトリック・論理を駆使した発言も、状況が変わるたびに頻繁に繰り返されるうちに、「巧言令色鮮【すく】なし仁」という印象を与えるようになってきている。オバマを基本的に支持するコーエン氏にとってもいい加減我慢がならなくなっているようだ。どうやったってうまくいかないことはある。それでも行動しないといけないこともある。そうであれば、言い逃れをするのではなく、一貫した信念を語れ、ということだろう。
Things may yet get worse — and even more complicated. (Are there any more ethnic groups yet to be heard from?) In that event, Obama has to ready the American people for whatever may come. Yet, he operates in spurts — a speech here, a speech there and then a round of golf. What he needs — what we need — is consistency of message and, above all, a willingness to re-examine his own assumptions.

対照的に、保守派はもとから何が何でもオバマを批判するのだが、保守派の単刀直入な世界観は、「イスラーム国」の同様に頑固で単純な世界観を読み解くには適切なんだな、と思わせるコラムがあって、示唆的。それがオバマ政権批判としても正鵠を射たものとなっている。
Charles Krauthammer, “Interpreting the Islamic State’s jihadi logic,” The Washington Post, Sep 18, 2014.

なんで「イスラーム国」は英米人を残酷に殺害する映像を流したりするのか?米国の攻撃で壊滅的な打撃を受けると分かっていないのか?それほど狂信的なのか?といった質問は私も随所で受けるが、答え方はクラウトハマーのものと似ている。

惨殺映像で米国を挑発すれば、短期的には米国の攻撃を受けるが、長期的には、同様のことを繰り返していれば米国人は嫌になって帰っていくと読んでいるのだろうと思われる。短期的にも、米国人を支配下に置いてその無力さを見せつけ、自らの強さを印象づければ、アラブ世界やイスラーム世界で一定の支持を得られると考えているだろう。実際、イラク戦争を広い意味で、2003年から2004年から08年ぐらいまでのテロ・武装蜂起を経て2011年の米軍撤退までという長いスパンでとらえれば、そのような見方には説得力がある。毎回毎回テロをやられて、嫌になって米国は引いて行った、だから同じことをやれば同じ結果になる、という見方は、それなりに合理的であり、「狂信者の非合理的な認識に基づく暴走」とは言い切れない。その価値観や行動様式には共感できないが、現にそのような見方を持つ人が中東やイスラーム世界には多いということについては、私も自らの観察から、同意できる。

Because they’re sure we will lose. Not immediately and not militarily. They know we always win the battles but they are convinced that, as war drags on, we lose heart and go home.

米国のリベラル派の理念的な世界観では、こういった論理や道筋がうまく理解できないのではないかと思う。

NHK「深読み」の後記(3)石油の密輸ってどうやるの

本日の「NHK 週刊ニュース深読み」の後記(3)。これでおしまい。

「イスラーム国」の資金はどうなっているの?という話で、当初は「サウジアラビアなどの裕福な個人が喜捨をして支援したので資金が潤沢だ」という話が多かった。そうであれば、サウジアラビア政府などがもっと締め付ければ資金は枯渇するとも考えられる。また、サウジ何やってるんだ、という批判にも結び付く。

しかしこれはかなり昔の話で、シリアでアサド政権が反対派を弾圧している、義勇兵を送れ、という話でアラブ世界が盛り上がった当初の時代。

最近は、イスラーム国や競合する諸武装集団は欧米人の人質を取って、莫大な身代金を取ったり、イラク政府軍が潰走して残された豊富な武器・物資を手に入れたり、掌握した街で略奪や銀行資金を押さえたりで、独自の資金源を得てしまい、外部の支援に頼っていない、という見方が有力になっている。

その中でも、シリアの東部で油田を押さえて、それを密輸するルートを確保してしまっている、というのが大きい。またイラクでも油田や製油所を押さえて、原油あるいはある程度精製した形でも密輸しているのではないかと見られる。

シリアは大規模な産油国ではないが、「イスラーム国」のような「国」と言っても究極の「小さな政府」でしかない存在にとっては、細々とした小規模の油田からの収入だけでも、自らを維持するのには十分だろう。武器とか弾薬とかは敵から「戦利品」として略奪してしまうわけだし(中世のイスラーム法学書で戦利品についてばっちり規定してあるので全然悪いと思っていないんだろうな)。

NHKの番組では常岡さんが「石油を大量のポリタンクに詰めて筏に乗せて川を下っていくのを目撃した」といった貴重な証言をしてくださっていた(正確な発言はビデオを見ないと再現できないので、外出先からの今は記憶で)。

朝の番組なので、私も「それは原始的ですね」とか応じてしまったが、その後に言ったように、もっと多くの量がタンカートラック(タンクローリーというのかな日本では)で輸送されているはずで、そうでもなければ今言われているような規模の収入にはならないのではないか。もちろん末端での運搬や分配では最終的にはポリタンクが使われているのだろうけど。

こういう現場の証言は臨場感がありたいへん貴重なので聞かせていただけると嬉しいのだが、同時に、活字派の私としては通常、全体の大まかなデータから考えている。

例えばニューヨーク・タイムズの1週間ほど前の報道では、シリアのイスラーム国からトルコへの石油の密輸を取り締まれと米国が言っているのだが、トルコ政府は腰が重い、という。これをトルコの英字紙Today’s Zaman(現政権と対立している宗教団体ギュレン運動が傘下に収めた新聞)が引いて報じている。

“Struggling to Starve ISIS of Oil Revenue, U.S. Seeks Assistance From Turkey,” The New York Times, September 13, 2014.

“Report: US unable to persuade Turkey to cut off ISIL’s oil revenue,” Today’s Zaman, September 14, 2014.

NYTでは、次のような数字が挙げられていますね。
“The territory ISIS controls in Iraq alone is currently producing anywhere from 25,000 to 40,000 barrels of oil a day, which can fetch a minimum of $1.2 million on the black market,”

“Some estimates have placed the daily income ISIS derives from oil sales at $2 million, though American officials are skeptical it is that high.”

一番目の数字、25,000バレル/日から40,000バレル/日、というのも幅が広いが、それが闇市場で少なくとも120万ドルに値するそうなので、これが正しいとすると、1バレル30ドルから48ドルぐらいで売っているということになる。最近の原油の国際市場が1バレル100ドル以上と考えると、半額から7割引きぐらいして売っているのですね。こうなると禁止されても買う人は出てくるでしょう。

イラクやリビアやシリアといった国の混乱に際しての教訓の一つは、「意外に、どんなに混乱しても原油は市場に出てくるものだ」というものでしょう。中東情勢の混乱というと、反射的に「⇒原油産出・輸送の途絶⇒品薄・高騰」といった議論が出ますが、じっと見ていると、そうではないのですね。

それに、経済学的な発想では、産油国の諸政府が安定して、相互関係も良好で、カルテルを結んでしまうという状況の方が原油が高くなるのであって、「混乱」していて民兵集団が乱立して油井を押さえたりしている時はむしろ、筋の悪い商品を無理をして売ろうとするので、叩き売りになると見た方が良い。何よりも、カルテルが形成できない。本来あるべき姿よりも効率悪く産出・流通させることになるので、産出量が増えたりはしないが、細々とどこからか、間接的には市場に出てくる。直接国際市場には売れないが、隣国とかに売って、隣国は正規の石油を売りに出す。

もちろん、湾岸産油国全体を支配する「大イスラーム国」ができたりすると、石油兵器を発動したりするのかもしれませんが・・・・しかしそれはもし万が一あっても遥かにずっと先の話でしょう。

しかし日量25,000~40,000バレルをポリタンクで運ぶのは無理なので、基本はタンカートラックで運んでいるのでしょう。米軍は今のところこのタンカートラックへの空爆は行っていない、とNYTでは報じられていますが、トルコからシリアを経てサウジアラビアに至る(ちょっとエジプトをかすめたりもする)あのあたりのトラック輸送ルートは基本的にトルコ人のアラビア語もしゃべる人たちが押さえていると、私も体験上感じていますので、シリア領内で空爆してもおそらくトルコ人運転手が死ぬ。トルコの政府と社会を敵に回しては対イスラーム国の戦略が成り立たないので、アメリカも今のところ攻撃で阻止するのは控えて、トルコに何とかしてほしいと言っているのでしょう。

6月には、トルコ軍がハタイ県でタンカートラックを破壊して密輸を阻止したという報道がありましたが、徹底はされていないのでしょう。

タンカー・トラックによる密輸というのは、例えば湾岸戦争後のサダム・フセイン政権に課された経済制裁・石油輸出禁止を潜って、ヨルダンへ密輸されているのを私も見たことがあります。ヨルダンからタクシーを借りて深夜にイラクへ越境した時に、暗闇に目を凝らすと、道端に点々と停まっている巨大なタンカートラックのシルエットが浮かび上がってきた。密輸がバレないようにか、あるいは単に怖いもの知らずなのか、路肩に停止していても明かりも反射板もつけていない。暗闇でもしタンカーに衝突したらおしまいだよ、と運転手に言われて、すごく怖かった覚えがあります。

もちろんヨルダン人のタクシーの運転手も酒やらたばこやら密輸していましたが。連れて行ってくださった女性のNGO活動家は目ざとく、「あの運転手はイラクからの帰りに身なりがよくなってシャツもアイロンが効いている。あちら側に現地妻がいるに違いない」とピーンと来ておられました。なるほど。国境超えると本妻の追及が及ばない・・・シリアとイラクのイスラーム国だ。

・・・・イラク北部のクルド人地域からは、イラク中央政府の禁止を破ってトルコやイランに密輸されており、色々な映像があります。

イラク(クルド)⇒イランの密輸の光景を垣間見られる報道を二つほど挙げておきます。

(1)動画で、タンカー・トラックが並んでいますね。
“Tanker trucks line up on North Iraq-Iran border,” al-Jazeera English, 5 Feb, 2011.

(2)タイム誌が何枚も写真を載せてくれている。こちらはポリタンク方式。
“Smuggling Between Iran and Iraq,” Time, (出版日付不詳)

今日はマニアックなことをいろいろ思い出して記してしまった。おやすみなさい。

NHK「深読み」の後記(2)モースルの総領事館員らトルコの人質が全員解放された

土曜日朝の「NHK 週刊ニュース深読み」で話していたことの続報(2)。

対「イスラーム国」で周辺諸国の足並みがそろわない理由として、トルコについては「イスラーム国のモースル制圧の際に、トルコ総領事館員ら49人を人質に取ったままである」点が常岡さんより言及されていましたが、ちょうどこの日、現地トルコの時間で早朝、人質が全員解放されたようです。

これはかなり大きなニュースです。
“Turkey says hostages held by ISIL are free,” Today’s Zaman, September 20, 2014.

“PM DAVUTOĞLU: TURKISH HOSTAGES SEIZED BY ISIS FREED,” Daily Sabah, September 20, 2014.

“First details emerging of Turkey’s rescue of 49 hostages from ISIL,” Hurriyet Daily News, September 20, 2014.

“101 days of captivity end for 49 captives after intel agency operation,” Hurriyet Daily News, September 20, 2014.

“As it happened: Turkey’s 49 hostages freed in MİT operation, says President Erdoğan,”Hurriyet Daily News, September 20, 2014.

人質たちはすでにトルコのシャンルウルファに移送されたようです。サイクス・ピコ協定ではフランス勢力圏のシリアに含まれていたのが、トルコ共和国の独立戦争でフランスから取り戻した都市のひとつ、旧ウルファですね。これについては「トルコの戦勝記念日(共和国の領土の確保)」(2014/08/30)のエントリを参照。

6月11日に人質に取られて以来、これまで表面上は行方も知れなかったので、どこに隠されていたのか、どうやって解放させたのか、なぜこの時期に?など大いに関心を引きますが、それよりもなお、専門家の念頭に浮かんでくるのは、「トルコは今後どうするのだろう?」ということでしょう。

というのは、「トルコのエルドアン政権はイスラーム国への介入をやりたがっていない」というのは周知の事実だからである。これまで「人質取られているから」というのを消極姿勢・非協力の口実にしていたのが、それがなくなってしまうとどうなるのか?あるいはこれはトルコの政策変化の結果なのか、あるいは政策変化をもたらすのか?あるいはトルコにおかまいなしにアメリカが軍事介入を深めるきっかけなのか?など、人質略取と解放そのものよりも、波及や背景が気になります。

トルコはシリアへのジハード義勇兵の越境や資金の流れについては制限するようになっているが、米国が期待する地上軍を含めた戦闘部隊の派遣や、米国の「イスラーム国」空爆への空軍基地の提供を拒否している。ウォール・ストリート・ジャーナルなどは「トルコはもはや同盟国ではない」と気勢を上げている

そんな中でのトルコ人人質全員が一度に解放されたことには、なんだか唐突感がある。そして、今、「イスラーム国」とそれへの対処をめぐるあらゆるニュースに、この「不審な感じ」がどことなくある。その由来が何かは突き止められないのだけれども。

「イスラーム国」への対処という形で、限定的と言いながら、いつの間にか再び大規模な戦争状態に陥りかねない、誰がどこで糸を引いているのか分からない、不透明な現状への疑心暗鬼が募る。

トルコ政治の今後の展開は中東情勢の軸になる

先月のトルコの大統領選挙について、選挙直前にNHKBS1の『国際報道2014』で行った解説の全文おこしがNHKのホームページに掲載されているようです。

「世界が注視 トルコ「エルドアン大統領」誕生か」NHKBS1『国際報道2014』2014年8月8日(金)

解説トルコ大統領選挙とエルドアンNHKBS1

私の校閲は受けていない、つまりテレビでしゃべったところが言い間違いなども含めて全部載っているはずですが、しかし「てにおは」などは実際に喋ったものよりも過剰に口語的(幼稚に?)なっていたりする。急いでいて私が言い間違えている部分もあるだろうが、あきらかに違うところもある。つまりテープおこしをした人が、そのような間違った「てにおは」や言葉遣いをしているから、書き起こし文に反映されてしまっているように見える。これはこの番組ホームページの全文おこし全体に、他の回についても共通する特徴なので、どういう会社がテープおこしを請け負ってどういう手順で文章作成をしているのかが気になる。

ただし発言の実質的内容自体はしゃべったままなので、内容には私が責任を負っています。また、これは選挙前の分析だが、基本的に選挙後の分析としてもまったく同じことを言うだろう。

(なお、アナウンサーが読み上げた部分で、「トルコでは首相は3期までしか認められていない」というのは間違いで、与党AKP(公正発展党)が党首の任期を連続3期までと制限しているだけです。エルドアンの人気と実力から言えば、AKPの党規を改正して首相になることも可能だったはず。それをせずに、党首の地位は名目上離れ、現状では憲法上は権限は名誉職的なものにとどまるはずの大統領職に就任して、与党の圧倒的多数も来年の議会選挙で確保して憲法改正して大統領権限を強化してより思い通りの統治をしようとしているところに、危うさを感じて批判する勢力がいるのです)

選挙結果そのものの分析としては、このブログの次の項を参照してください。
「トルコ大統領選挙は地域間格差による明瞭な結果が出た」(2014/08/11)

また、「エルドアンの強化された大統領への道」は、今年3月末の統一地方選挙の際に明らかになっていたので、その時にすでに全体の方向性は『フォーサイト』に書いてあります。基本的にこの時書いたことが、私が知っている限りのトルコ政治の趨勢で、統一地方選挙、大統領選挙まではその当時に想定されたシナリオ通りに進んでいると言えます。


「エルドアン首相はトルコの「中興の祖」となれるか」『フォーサイト』2014年3月19日

ブログでも関連記事を紹介しておきました。
「トルコの3・30地方選挙がエルドアン政権の将来を左右する」(2014/03/19)

この先、来年の議会選挙で3分の2の議席をAKPあるいは連立で確保して、大統領権限を憲法上も明確に定義する改正を行えるか、首相に繰り上がったダウトウルなどとの関係がうまくいくか、経済や外交などの難問が降りかかってくる中でAKPとエルドアンへの支持が続くか、などが課題です。

また、トルコ政治は単にトルコにとって重要なだけではありません。イラクやシリアの「イスラーム国家」への対策で実際に実効性のある対策を取りうる数少ない主体であるとか、ガザをめぐる紛争でもイスラエルとハマースの両方にレバレッジを持っているほぼ唯一の国であるとか、重要な役割や拒否権を持っているので、だからこそ内政に注目しています。

そのあたりは、NHKBS1での解説の最後の方でも急いで短く話してあります。

「・・・トルコは依然として中東の安定をもたらすのに不可欠な国なんですね。
この地図を見ても分かりますけど、不安定なシリア、それからイラク、いずれも国境を接していて、直接、経済的に、あるいは安全保障面で安定化のために影響力を行使できる国っていうのは、やはりトルコしかないんですね。」

「中東の不安定な諸国のいろんな問題について、いずれもトルコを抜きにしては解決できないというのは現状なんですね。」

***

それはそうとして、テレビの報道や発言の全文おこしをホームページに公開することは重要。日本はテレビ局の報道や、そこに出る解説者の発言が活字で残らないので、非常に無責任になっており、議論が生産的にならない構造がある。テレビがあいまいな表現や印象操作で世論を方向づけてしまったり、特派員経験者だと称するテレビ・新聞記者上がりの基本的に無知な解説委員が荒唐無稽な海外事情解説をしていたり、テレビに出られるというと知りもしないテーマについてまで訳知り顔で話して学者の発言が、日本の世論や常識を作ってしまっている面がある。主要なニュース番組の特集などは全て活字にして公開しておく、そうでない番組は信用されない、というようになれば、これは変わるはずだ。

~夏休みの自由研究の課題を発表~トルコの英字紙3紙を読み比べてみよう

いつもはこのブログではかなり懇切に中東に関するメディアの紹介や新聞記事の内容を解説していると思うが、今日は忙しいし、せっかくトルコにいるのでいろいろやることがある。

なので今回は媒体と記事のタイトルだけ。ちょうど夏休みの自由研究を駆け込みでやる時期なので、頑張ってみる人は自分で読み進んでください。

ちょうど滞在中の8月28日には、先日の大統領選挙の結果を受け、エルドアン首相が大統領に就任した。代わりに首相にはダウトウル外相が首相に指名された。翌29日にはダウトウル内閣が発足。

エルドアン大統領就任2014年8月28日
エルドアン新大統領夫妻とギュル前大統領夫妻

今後のトルコを基礎づける重要な動きが続くが、これをどう報じ、論評するか、トルコは各新聞が明確に党派性を打ち出すので、いわば「ポジション・トーク」が満載。慣れてくると読まないでもほぼ内容の見当がつき、タイトルや筆者の名前を見るだけでほとんど隅々まで予想できるようになる。

そのようになるための訓練として、下記の課題。

【課題】トルコにはウェブ上で読める主要な英字紙が3つある。『Daily Sabah』『Hurriyet Daily News』『Daily Zaman』の三紙のエルドアン大統領就任、ダウトウル首相就任、ダウトウル内閣組閣についての記事を読み、それぞれの媒体の政治的背景と、論調の特徴、相互の対立点についてまとめてみる。

という感じでいいんじゃないですか。

ウェブの紙面はどんどん更新されてしまうので、8月28日から29日午前にかけて画面に大きく出ていた記事をピックアップしてURLを張り付けておきます。

1.Daily Sabah
ERDOĞAN SWORN IN AS FIRST DIRECTLY ELECTED PRESIDENT OF TURKEY

SUCCESS STORY OF THE MAN WHO HAS BEEN LEADING TURKISH POLITICS FOR OVER A DECADE

NEW PM DAVUTOĞLU SEEKS SECOND ECONOMIC BOOM

PRESIDENT ERDOĞAN AND PRIME MINISTER DAVUTOĞLU

PRIME MINISTER DAVUTOĞLU ANNOUNCES THE NEW CABINET

BABACAN: THE ONLY MINISTER TO SERVE IN ALL AK PARTY GOV’TS SINCE 2002

“NEW TURKEY” MEANS NEW UNION AND PEACE

12 MORE GÜLENIST OFFICERS DETAINED OVER ESPIONAGE

2.Hurriyet Daily News

Erdoğan sworn in as Turkey’s 12th President

As it happened: Erdoğan takes over Turkey’s presidency after tense parliamentary ceremony

Erdoğan as 12th president and successor to Atatürk

Main opposition leader slams Erdoğan, boycotts presidential inauguration

Davutoğlu takes helm, pledges unity, harmony with presidency

The prime foreign minister

3.Daily Zaman

Kılıçdaroğlu: CHP won’t respect Erdoğan until he respects Constitution

Erdoğan sworn in as president, main opposition boycotts ceremony

Several media outlets denied entry to presidential palace

Turkish police fire teargas at protesters after Erdoğan sworn in

All 13 officers detained in Adana set free

Power back on in tense Southeast towns

Incoming Prime Minister Davutoğlu to announce new cabinet

Davutoğlu announces new government, Çavuşoğlu new foreign minister

Davutoğlu pledges to toe the line for Erdoğan

Erdoğan uses aggressive, discriminatory rhetoric in farewell speech

Attendance at Erdoğan’s inauguration not to be as planned

Historic character of mansion destroyed in renovations for Erdoğan

「マキャベリスト・オバマ」の誕生──イラク北部情勢への対応は「帝国」統治を学び始めた米国の今後を指し示すのか

しばらくブログの更新が途絶えていた。北の方の涼しい所に行ってきまして、ウェブ環境があまり良くなく、長期的な読書と思索に専念していました。

その間のニュースは活字データで押さえていましたが、主要な話題は、

(1)ガザ情勢は、以前に書いた通り、停戦を繰り返しながら収束局面続く。
(2)イラク北部情勢への米国の直接介入は、限定空爆を適宜行いつつ、同盟国(勢力)への支援を本格化する形で、長期化する模様。

というところでしょうか。

(1)は、様々な理由で、過剰に注目が集まりますが、国際政治学的に一番重要なことは、この問題が中東政治の最重要な問題ではなくなった(ないとみなされるようになった=誰に?米国からも、周辺アラブ諸国からも、イランやトルコなどからも)ということでしょう。

人道的側面から言えば重要と言えますが、それでもシリアやイラクでも同様(あるいはそれ以上)の人道的悲劇が現に進行している、という問題との比較考量からは、相対化されかねません。

それよりも重要なのは、リアリズムの観点から、もうパレスチナ問題は中東の最重要の問題として扱わない、という立場を、域内の諸勢力と、米国など域外の勢力が採用している、ということでしょう。そうなると、パレスチナの指導層だけでなく、むしろイスラエルの首脳・ネタニヤフ首相の方が、苦しい立場に立たされます。

この話はまた今度に。

(2)について、現状とその意味を良く考える時期にあると思われます。考えさせられることが多い、事態の進展です。

8月8日以降の空爆の地点をまず見てみましょう。

イラク北部米空爆
出典:ニューヨーク・タイムズ

非常に限定的で、エルビール防衛やモースルのダムの奪還など、クルド勢力(クルド地域政府とその部隊)への支援に絞っています。一時的にISIS(自称「イスラーム国家」)の進軍を食い止め、戦況を変えていますが、それだけで決定的で恒久的な影響を残す規模と性質の介入とは言えません。

それでは本腰でないかと言えば、そうではなく、米国は「本気」と思います。長期間かけてこの種の介入を続けることをオバマ大統領は明言しています。

重要なのは、「オバマは戦争大統領だ、ブッシュと同じ(以下)だ」といった批判も、逆に、「オバマは弱腰だ、中途半端だ」といった批判も、おそらく見当外れなこと。

最近の論稿で一番おもしろかったのは、
Stephen M. Walt, Is Barack Obama More of a Realist Than I Am?, Foreign Policy, August 19, 2014.

オバマって、意外に、すごくリアリストで、戦略的なんじゃないの?アメリカが最も利己的にふるまったら、オバマの外交政策になるんじゃないの?という趣旨の議論です。

ウォルトはリアリズムの立場から、オバマおよびオバマ政権を、「政権内の理想主義者に引っ張られてしばしば不要な介入を行って失敗している」という方向で批判してきました。これは共和党のタカ派などの、「オバマは平和主義で、必要な介入を本腰を入れてしていない」という批判とは別で、また民主党左派・リベラル派の「戦争を終わらせるはずだったオバマが戦争をまた始めたことに失望した」という批判とも別です。

ウォルトの今回の議論は、オバマはこれまでのアメリカの大統領にない、非情で利己的なリアリストなんじゃないの?と論じています。

要するに、オバマは理想主義的な介入論あるいは介入反対論のどちらかに依拠しているのではなく、リアリストの中でももっとも露骨な、「アメリカさえ良ければいい」「敵国・敵対勢力はもちろん、同盟国あるいは若干微妙な同盟国のいずれもそれぞれ損をするが、しかしアメリカには逆らえない」ような効果を持つ介入(あるいは非介入)を行ってきているのだ、というのである。

「アメリカが最も強い立場にいるから最終的な責任を持つ」のではなく、「アメリカが最も強い立場にいることを利用してアメリカが負いたくない責任やコストはよそに回す」という原則にオバマは従っているのであり、それは最も利己的なリアリストの立場だ、という。

確かに、シリアで介入しなかったこと、イランに歩み寄っていること、ガザ紛争でハマースを批判しつつじわじわとイスラエルのネタニヤフ首相からはしごを外し、恒久和平の実現に力を尽くそうとはしない、といった積み重ねの上で、今回のイラク介入の手法を見ると、古典的なリアリストの勢力均衡論、さらに言えば地政学論者の帝国統治論の処方箋を着々と米外交、特に中東政策に持ち込んできたと読み解けるのです。

少なくともあと2年の任期中は、もはや他の選択肢は失われたものと見極め、徹底した地政学論者の路線で行きそうなことが、イラク介入の手法から、誰の目にも明らかになっています。

明らかになった、オバマ政権のイラク介入の手法は、

(1)米の直接介入は限定的、地上軍派遣なし。介入は直接的に米の権益・人員が脅かされたときのみ。
(2)現地の同盟国(勢力)を使う。この場合はイラクのクルド勢力。かなり距離を置きながら、イラク中央政府への支援を続行。
(3)現地の同盟勢力が全面的に排除されかねない状況下では米国が加勢するが、それ以外は現地同盟勢力に戦わせる。
(4)立場の異なるクルド勢力とイラク中央政府への援助を並行して行い、時には競わせ、時には連合させる。決定的にどちらかが強くならないように匙加減をする。

というものです。まるっきりリアリズム、それも露骨な勢力均衡、オフショア・バランシング論です。

8月7日にオバマがイラク北部への軍事介入命令を発表した時には、米人員の保護と並んで、スィンジャール山に孤立した少数派ヤズィーディー教徒の保護を正当化の根拠に掲げましたが、実際に数日空爆した後、ヤズィーディー教徒の避難民の救出に向かうかと思えば、オペレーションを停止。しかもその理由は、「当初言われていたほどの避難民がいなかったから」。

数万人の避難民がいる、と言われていたので介入したが、数日後になって5000人ぐらいしかいないことが分かった、として人道介入の方は手じまいすると宣言したのです。

一方、米の国益に深く関係する、エルビール防衛・クルド勢力支援は続行する。それによってISISと戦わせる。これが最初からの目的だったことは明らかです。

ヤズィーディー教徒の保護というお題目は、いかにも取って付けたものに見えましたが、建前なら建前で言い続けることもなく、介入の正当化根拠に使った後はさっさと「そんなにひどくなかった」と公言してそちらのオペレーションは縮小する、というところに、オバマ大統領のリアリズム・勢力均衡に徹したイラク介入の手法への「本気度」が窺われます。

私の方は、今週、少しネットから離れて本を読んでいた時に、頼まれた仕事の関係で読み返したこの本が実に今のイラク情勢にシンクロしていると思いました。


ジョージ・フリードマン(櫻井祐子訳)『激動予測: 「影のCIA」が明かす近未来パワーバランス』

この本についてはそのうち原稿を書くと思いますが、イラク再介入の手法や、その他の対中東政策を見るうえで印象深いフレーズをいくつか抜き出しておきます。

フリードマンは、米国が唯一の超大国となり、望むと望まざるとに関わらず「帝国」として世界統治を行なわなくてはならなくなった画期を、1991年の湾岸戦争とみているようです。そこから10年間のユーフォリアの時代も、2001年の9・11事件以降の10年間のジョージ・W・ブッシュ流の直接介入の時代も、いずれも帝国の統治の作法を知らなかった純真なアメリカの迷いの時代として切り捨てています。そして、2011年以後の10年にこそ、本当の帝国の世界統治が確立されるのだ、と説き、オバマ大統領にあるべき政策の姿を進言する、という形式でこの本を書いています。

「アメリカは覇権国家ともいえる座に就いて、まだ二〇年しかたっていない。帝国になって最初の一〇年は、めくるめく夢想に酔った。それは、冷戦の終結が戦争そのものの終結をもたらしたという、大きな紛争が終わるたびに現われる妄想である。続く新世紀の最初の一〇年は、世界がまだ危険であることにアメリカ国民が気づいた時期であり、アメリカ大統領が必死になってその場しのぎの対応で乗り切ろうとした時期でもあった。そして二〇一一年から二〇二一年までは、アメリカが世界の敵意に対処する方法を学び始める一〇年になる。」(52頁)

「世界覇権のライバル不在のなか、世界をそれぞれの地域という観点からとらえ、各地域の勢力均衡を図り、どこと手を結ぶか、どのような場合に介入するかを計画しなくてはならない。戦略目標は、どの地域にもアメリカに対抗しうる勢力を出現させないことだ。」(53頁)

このような大原則から、全世界の諸地域において次のような原則に基づく政策を行なうべきだと主張します。

「一.世界や諸地域で可能なかぎり勢力均衡を図ることで、それぞれの勢力を疲弊させ、
アメリカから脅威をそらす
二.新たな同盟関係を利用して、対決や紛争の負担を主に他国に担わせ、その見返りに
経済的利益や軍事技術をとおして、また必要とあれば軍事介入を約束して、他国を支援する
三.軍事介入は、勢力均衡が崩れ、同盟国が問題に対処できなくなったときにのみ、最
後の手段として用いる」(55‐56頁)

フリードマンの主張の面白い所は、通常の議論では、ジョージ・W・ブッシュ前大統領の時期のアメリカの政策を「帝国」的として批判するものが多いのに対して、それは歴史上の数多くの帝国が行ってきた政策とは全く違う、非帝国的、あるいは帝国であることに無自覚であるが故のふるまいであったと議論する点です。歴代の帝国は勢力均衡で世界各地の諸勢力を競わせて統治していたのであって、冷戦終結後の20年間のようにアメリカという帝国自身が世界中に軍事力を展開させたのは異例であると言います。オバマ大統領あるいはその次の大統領こそが、真の意味でアメリカに帝国的世界統治、すなわち勢力均衡に基づく敵国の封じ込め、同盟国の統制を持ち込む(べき)主体であるとしています。

「次の一〇年のアメリカの政策に何より必要なのは、古代ローマや一〇〇年前のイギリスにならって、バランスのとれた世界戦略に回帰することだ。こうした旧来の帝国主義国は、力ずくで覇権を握ったのではない。地域の諸勢力を競い合わせ、抵抗を扇動するおそれのある勢力に対抗させることで、優位を保った。敵対し合う勢力を利用して互いをうち消し合わせ、帝国の幅広い利益を守ることで、勢力均衡を維持した。経済的利益や外交関係を通じて、従属国の結束を保った。国家間の形式的な儀礼ではなく、さり気ない誘導をとおして、近隣国や従属国の間に、領主国に対する以上の不信感を植えつけた。自軍を用いた直接介入は、めったに用いられることのない、最後の手段だった。」(24-25頁)

このような各地域内部での勢力均衡を促進する政策へと転換する第一の地域が中東である、というのがフリードマンの主張で、そのためか、この本の半分ぐらいは中東に割かれています。

そこからは、イスラエルから徐々に距離を置き(イスラエル対アラブの勢力均衡の回復)、イランに接近する(イラン対イラク・および湾岸アラブの勢力均衡がイラク戦争で回復不能なまでに大きく崩れた以上、ニクソンの対中接近並みの異例の政策変更が必要だという)、といった政策が進言されます。いずれもオバマ政権が行っていると見られている政策です。

また、これと並行して、他地域では、冷戦終結時点でロシアの勢力圏を完全に崩壊させなかった失敗がゆえに「ロシアの台頭」が不可避であり、それを盛り込んで西欧とロシアの勢力均衡を図るべき、という議論にも発展します。そして西太平洋地域でも、日本と中国を均衡させ、そのために適宜韓国とオーストラリアも利用する、という手法を進言します。

今のイラク対策を見ていると、米大統領に「マキャベリ主義者たれ」と進言する、リアリスト・地政学論者のフリードマンの主張に、残り任期2年余りの現在、オバマ大統領とその政権は、全面的に従っているように見えます。

そうなると必然的に、西太平洋地域でも同様の勢力均衡策が採られるのか・・・というポイントが、日本をめぐる米外交政策を見る際にも、注視されていくようになるでしょうね。

ガザ紛争で再び72時間停戦──収束に向かう遅々とした歩み

イスラエル・ガザ紛争については、空爆開始から数えて29日目の8月5日朝に発効した一時停戦(72時間)を画期として、一時的な揺り戻しはあれども、収束に向かっているものと考えています。

エジプトは8月10日(日)に、この日の夜9時からの再度の一時停戦(72時間)を双方に呼びかけイスラエルと、ハマースおよびイスラーム・ジハード団がこれを受け入れ、現在のところ双方の攻撃が止んでいます。

8日の一時停戦期限切れの後もカイロに残っていたパレスチナ側の交渉団が、「10日までにイスラエル側が停戦延長のための条件を呑まないなら代表団は帰国するぞ」と、中東のスーク(バザール)の交渉のように迫ったところで、深夜の停戦提案・受け入れとなったようです。

8日の一時停戦期限切れを前に帰国していたイスラエル側の交渉代表団も、早速翌11日(月)に戻ってきて、エジプト軍諜報部長(Mohammed Ahmed Fareed al-Tohami)の仲介で間接対話が続いている模様です。

今回の一時停戦の期限切れは13日夜(日本時間14日未明)ですが、そのぎりぎりまで交渉が続き、またも「停戦延長か否か」を議論することになりそうです。

イスラーム・ジハード団は交渉妥結近いという見通しを発表していますが、隔たりが大きい紛争再会必至とする説まで各種が交渉当事者周辺や援助関係者から、様々な思惑で発信されています。

エジプトの仲介姿勢にも、パレスチナ・イスラエル双方の立場や意思決定主体にも、不透明なところが多いのですが、基本的には収束モードに入っているといえます。

今回の一時停戦もまた期限切れとなるかもしれませんが、断続的に攻撃と交渉を続けていき、徐々に攻撃の規模が小さくなっていったところで何らかの国際的枠組みを導入して恒久的停戦にもっていく、という形での収束が考えられます。

8月8日朝に一回目の一時停戦が切れた際には、予告通りガザからロケット弾攻撃が再開され、停戦延長を宣言していたイスラエルも予告通り報復攻撃を行いました。ただし双方ともに一時停戦以前と比べると限定的で(死者は出ていますが)、政治的メッセージとしての軍事行動の色彩が濃く、カイロでの交渉も断続的に続いてきました。

イスラエル側は、すでに軍事的には主要な目標を達成しているため、「一方的停戦」を続けることに異存はなく、ハマースあるいはイスラーム・ジハード団が攻撃してきたときのみ報復する、という形で当分対処するのではないかと思われます。

イスラエルの閣内強硬派や、言論人には、一定期間ガザを占領してハマースを根絶せよと主張する者もいますが、ネタニヤフ首相としては、地上部隊の駐留ではイスラエル兵に多くの死者が出る可能性が高いため、支持率低下や掃討作戦失敗の責任を取らされることを恐れて、自重するのではないかと思います。国際世論対策としても、「イスラエル側は停戦延長を認めているのに、ガザからロケット弾が発射される」という形を作ることが当面は有利と考えているでしょう。

ハマースとしては、単に一時停戦が延長されるだけでは、ガザの封鎖解除という最低限の目標も達成できないため、苦しい立場に立たされています。かといって自ら主導で停戦延長を拒否、攻撃再開、を繰り返していては、国際的な孤立を深めると共に、ガザの市民の民心の離反も招きかねません。

イスラエル側の立場にエジプト政府が全面的に同調して、むしろスィースィー政権が敵とみなすハマースのガザ支配を打倒する絶好の機会と考えている様子であることが、いっそうハマースの立場を弱めています。

ヨルダン川西岸を支配するパレスチナ自治政府のファタハ(アッバース大統領率いる)も、これを機会にガザへの支配を取り戻そうと試みています

どのような形での停戦の恒久化が可能か。

以前に掲げた複数のありうるシナリオのどのあたりが今議論の俎上に上っているのかを,、もう一度見てみましょう。

(1)停戦 ハマースの抑制・安全保障措置なし
  →数年に一度同様の紛争を繰り返す
(2)停戦 ハマースの抑制・安全保障措置あり
  →(2)-1 ファタハ(ヨルダン川西岸を支配、アッバース大統領)の部隊がガザに部分的に展開
  →(2)-2 国際部隊(国連部隊、地域大国、域外大国等)がガザに展開、停戦監視
(3)衝突再燃、イスラエルがハマースを全面的に掃討
  →(3)-1 ガザ再占領(ほぼあり得ない)
  →(3)-2 ハマースの壊滅後にイスラエル軍撤退、ファタハ部隊が展開
  →(3)-3 ハマースの壊滅後にイスラエル軍撤退、治安の悪化、民兵集団跋扈
         →ISISなどのイスラーム主義過激派が伸長

現状では、(2)-1と(2)-2を折衷する方向で議論がなされているようです。

主導権を握っているのはイスラエルで、交渉がうまくいかなければ一方的に停戦を続けて(1)の既定路線に戻ればいい。また、ハマース側の攻撃が予想以上に大規模で、持続的な脅威とイスラエル国内で認識されるほどになれば、(3)の方向に向かっていく可能性もないわけではありません。

イスラエルとしては、現在のところ、ファタハを強めてガザを支配させ、ハマースを武装解除する枠組みを作ることを、ガザ封鎖解除の前提条件として譲るつもりはないのでしょう。しかしハマースとしては「武装抵抗で封鎖解除をもたらした」と勝利を宣言できる形でなければ武装解除には応じないでしょう。

ファタハ系の治安部隊のガザへの導入をハマースが認めるか、どの時点で認めるかが、恒久停戦をもたらす際の一つのハードルとなります。そう簡単にハマースは武装解除を呑めないと思うので、一時停戦の終了、散発的攻撃再開、報復攻撃、という一連の動きが繰り返される可能性があります。

ガザ全域をファタハが支配するというよりは、ファタハの部隊がエジプトおよびイスラエルとの間の国境検問所に配備されて、その監視下でハマースの武装強化を制約しつつ、限定的に封鎖解除を行っていく、という手順が考えられます。

その場合、放っておけば、2007年と同様の、ファタハ対ハマースの治安部隊同士の衝突となりかねないので、ファタハとハマースの分離、および国境検問所の監視のために、国連の枠組みの下でEUなどの国際部隊を導入する案などが各種提案されています。こういった国際社会からの提案・助け舟を引き出すためのアドバルーン・指針と見られるのが、イスラエルのモファズ元防衛大臣による、ハマースの武装解除・ガザ非武装化とガザの再建を国際部隊の導入や国際社会の資金援助で行うするう包括的プランです

ガザ紛争については今後時間をかけて、何らかの国際的枠組みの下で解決を図っていくことになりますが、関心を低めないでいたいものです。

下記にこれまでの解説を一覧にしておきます。

【寄稿】ガザ紛争激化の背景、一方的停戦の怪、来るなと言われたケリー等々(2014/07/16)

ガザ紛争をめぐる中東国際政治(2014/07/26)

【地図と解説】イスラエル・ガザ紛争の3週間と、今後の見通し(2014/07/28)

イスラエル・ガザの紛争に収束の兆し(2014/08/07)

ガザの一時停戦が延長合意ないまま期限切れ──ハマース軍事部門は挑発に出るか(2014/08/08)

ガザ情勢のライブ・アップデートはこちらから(2014/08/08)

トルコ大統領選挙は地域間格差による明瞭な結果が出た

トルコ大統領選挙の投票が10日に行われ、正式な開票結果の発表はまだですが、エルドアン首相が勝利したようです。第一回投票で52%弱を獲得し、決選投票を行わずに当選が決まりそうです。

8月8日のNHKBS1「国際報道2014」でも解説しました(特集「世界が注視 トルコ『エルドアン大統領』誕生か」)が、事前の大方の予想通りの結果になったようです。あとは投票率の意味をどう読むかぐらいでしょう。

トルコ政治経済についてのこれまでの解説のエントリはここから辿れます

トルコの大統領選挙については、特にエルドアンの勝利については、内政面でも外交面でも「とやかく」言う向きが特に西欧メディアに多く、そこには西欧メディアに発信力が大きいトルコの世俗主義派エリート・知識人・ジャーナリストの影響が強く感じられます。そのような言説も確かに重要ですが、もっと肝心なのはこの地図です。

トルコ大統領選挙2014結果色分け
出典:Daily Sabah

トルコは県が81もあります。

リンク先の元記事を見ていただくと、インタラクティブで各県ごとの各候補者の得票率が出てきます。また県ごとの得票率の一覧表も掲載されており、アップデートされていくようなので便利です。

きれいに色が塗り分けられている、つまり候補者・政党の支持が地域によってきれいに分かれているということが重要です。そしてこの地域による差が出てくる要因としては次の二つが最も大きいと考えられています。

(1)第一には、開発の度合いや、開発が進展した時期的な差、それに基づくある種の階層差。これがエルドアン首相への支持や政権の選挙での勝利にもっとも深く関係しています。

(2)第二に、少数民族クルド人が別の投票行動をとるという傾向も明らかになっています。

(1)から見てみましょう。

赤(55県)が、エルドアンが一位になった県。そのうち二つの県以外では一位になるだけでなく過半数を取っています。エルドアンは与党公正発展党(AKP)の党首で2002年の選挙で勝利し2003年以来首相の座についてきた。そこでもたらした経済発展や、内政の安定(特に軍や司法によるクーデタの封じ込め)、そして外交上の地域大国化が、国民の過半数に支持されていると言えましょう。

青(15県)が主要野党二党が連合して推した主要対抗馬のイフサンオール候補(Ekmeleddin İhsanoğlu)が一位になった県。最大野党の共和人民党(CHP)と、極右民族主義の民族主義者行動党が連合して推した候補で、イスラーム協力機構事務総長を9年間にわたり務めていた人です。

紫(11県)がデミルタシュ候補(Selahattin Demirtaş)が一位になった県。ディヤルバクル生まれのクルド人で、クルド人やマイノリティの権利を擁護する人民民主党の候補です。

このように、結果は地域できれいに分かれています。

トルコは「アジアとヨーロッパの架け橋」と言われ、最大の都市のイスタンブールのボスフォラス海峡でまさにアジアとヨーロッパが分かれていますが、エルドアンが押さえているのはそのアジア側の、広大なアナトリア半島の内陸部から黒海沿岸地域にかけてです。これらの地域は全般に低開発ですが、エルドアン政権期が開発政策を全国に広げることで、過去10年の経済成長の恩恵に浴してきました。ここの膨大な人口から圧倒的な支持を受けることで、エルドアン首相は揺るぎない政権運営をしてきました。

対抗馬のイフサンオール候補は、ヨーロッパ側のエディルネや、ヨーロッパとの関係が深いイズミルなど地中海沿岸地域のほとんどすべての県で過半数あるいは1位の座を獲得しています(イスタンブール以外)。こちらはトルコ内での先進地域・先行して発展した地域です。

オスマン帝国崩壊後のトルコ民族国家・共和国としての独立後、軍や財閥などエリート層が欧化主義・世俗主義で開発を牽引した際には、ヨーロッパ側・地中海側から先に発展した。現在野党の共和人民党は建国の父ケマル・アタチュルクが創設した党です。トルコの「ヨーロッパとして」の発展を牽引し、それによって軍・官僚組織といった国家機構、あるいはヨーロッパとつながった財閥・大企業に連なるエリート層は、今でも共和人民党に結集しています。彼らはヨーロッパ側・地中海側の諸県や、イスタンブール中心部に権益を保持し実際に住んでいます。

こういった近代化の過程でのエリート層と庶民の格差が、明確に地域的な差になって現れることは途上国ではよくあることです(タイなどは典型ですね)。

しかしトルコの場合、建国期のエリート層が開発独裁をやって豊かになるというところで終わらずに、エルドアン率いる公正発展党がさらに次の段階の発展をもたらし、新たな中間層を出現させた、という点で途上国の開発事例の中では、特に中東では、傑出しています。

ヨーロッパ側でも、イスタンブールではエルドアンが勝っているところが象徴的です。イメージ的に言えば、イスタンブールの中心部の近代初期に発展した新市街など、建国期のエリートが集まる地域では共和人民党支持(あるいはより正確に言えば「反エルドアン」)が多いのに対して、イスタンブールの外郭に広がるスプロール地帯・新興住宅地では圧倒的にエルドアン支持。そのような地域がイスタンブールのアジア側の近隣の県にも広がっています。

つまりアナトリア半島から続々上京してイスタンブール周辺に住み着いて経済機会を狙い、子弟に教育を受けさせているような新興中間層が、エルドアンとAKPの元々の支持基盤なのです。彼らに支持されて政権につき、彼らが豊かになるような政策を力強く実施し、実際に経済発展をもたらしたから、エルドアンは支持されているのです。

「都市近郊の新興住宅地での圧倒的なエルドアン支持」については、例えばフィナンシャル・タイムズの特派員が良い記事を書いています。

Daniel Dombey, “Erdogan favourite to win presidential poll despite concerns,” The Finantial Times, August 6, 2014.

英語版は有料ですが、日本語訳を見つけましたのでご紹介。

「トルコ大統領選、エルドアン氏の勝利濃厚権威主義への懸念をよそに、貧困層と敬虔な信者から圧倒的な支持」JBPress、2014.08.08(金)

イスタンブールのアジア側の郊外のスルタンベイリ(Sultanbeyli)区を取り上げているところが心憎い。

スルタンベイリとはここ。まさにイスタンブールの郊外、アジア側です。

Sultanbeili地区イスタンブール
出典:Wikipedia

日本の報道でもぜひ参考にしてほしい書き方です。

単に「信仰篤い庶民がエルドアンを支持している」というのが日本語でありがちな報道です。「庶民の声」というのも単に漫然と庶民っぽい人に話を聞いたというものにしかならない。取材する地区選びでも、単に「見た感じが庶民っぽい」ところに行くだけでは、大人の取材ではないのです。

重要なのは、トルコにおける「エルドアンを支持する庶民」とはどのような社会学的、政治経済的、歴史的条件によって作られた存在なのか、ということです。この辺りを、概念的な骨組みで記事にメリハリをつけられるかどうかで、欧米のジャーナリスト(多くは大学院修士課程ぐらいをキャリアの途中で出ている)と、日本の記者(大部分が学部卒で、失礼ながら印象では、元気が良いもののあんまり成績が良くない人が行く=東大の場合。入社したらひたすらオン・ザ・ジョブ・トレーニングでべたっとした取材法を学ばされ、二度と大学で概念操作を鍛えられることがない)とでは、大きく差が出ます(概念的に書くとデスクが通してくれない、といった社内事情の言い訳・泣き言を聞く必要はありません。日本は読者のレベルが低いから?馬鹿にしないでください)。

フィナンシャル・タイムズ記事では、具体的にスルタンベイリ区を取り上げて「大都市近郊の新興住宅地」を代表させ、そこに住む人の典型、こういった街区にありがちな風景、そして近年の大きな変化を記して、それらが多数派の「エルドアン支持」に帰結することを、短い文章で描いています。「エルドアン政権以前の時期はゲジェコンドゥと呼ばれる低開発地帯で、政府の政策からは打ち捨てられ、居住・所有の権利も定かでなく、インフラも整っていなかったが、エルドアン政権がインフラ整備をし法的整理もしていった」という、イスタンブール近郊の新興住宅地の社会学的、政治経済学的、歴史学的な条件を、概念的に背骨を通した上で、しかしあくまでも具体的で血の通った描写を行っています。

なお、スルタンベイリ区の自治体のホームページを見ると、70%がエルドアンに投票したようです。これはフィナンシャル・タイムズ記事が3月の統一地方選挙でのこの地区でのAKPの得票率として挙げていた69%という数値とほぼぴったり一致します。

海外報道でのこのあたりの精度が、一流紙と呼ばれる所以でしょう。

この記事では取り上げていませんが、逆にイスタンブールの中心部を取り上げれば、対照的な描写になるだろうということも当然示唆されます。それは概念的に書いてあるからです。

もしイスタンブール中心部で歴代優雅な暮らしをしてきた(という意識のある)旧来からのエリート層・西欧化した上流階層を登場させれば、彼らの口を借りて「アナトリアの田舎者にイスタンブールが包囲されている」という心象風景を描くことになり、それによって、AKPの長期政権化によって台頭する新興エリートに脅威を感じる旧エリート層の姿が描かれるでしょう。新興エリート層を押し上げるアナトリア半島からの人口流入圧力や、流入民によって都市近郊に膨れ上がる新興中間層に強い圧迫感を感じ、反エルドアンで凝り固まっていくことが明らかにされるでしょう。

イスタンブール中心部あるいはヨーロッパ側・地中海側の地域のエリート層は、外国語能力も高く(中等教育から全部英語でやっている)、欧米市民社会や欧米主要メディアとの接触も多いので、彼らの発言が多く国際的に出回ります。そこから「エルドアン危うし」という印象が選挙のたびに国際的な報道では強まるのですが、ふたを開けてみると毎回「エルドアン圧勝」となるのです。フィナンシャル・タイムズの記事は、欧米メディアで主流を占めがちな世俗主義的なエリートのエルドアン批判を相対化する役割も果たしています。

(2)のトルコ/クルドの民族的な差異による投票行動の違いについても見てみましょう。

南東部の、紫で塗られたデミルタシュ候補が過半数あるいは一位となった地域は、クルド人が多数を占める地域に重なります。クルド人の権利を主張する政党や候補者が出てこれるようになっただけでも、エルドアン政権期の非常に大きな変化です。ただしクルド人政党が単独で大統領選挙に勝つことはできないでしょう。

重要なのは、クルド人政党が勝てないのに対抗馬を出したのはなぜか。もちろん存在感を示したい、というのが第一でしょう。存在感の主張の内には、エルドアン政権に一定程度の批判を突き付けるという面ももちろんあるでしょうが、間接的にはエルドアン支援になっています。

本当に反エルドアンであれば、共和人民党と連立候補を立てればよかったでしょうが、それはせず、独自候補を立てた。それによって共和人民党の勝利の可能性を低め、エルドアンが勝つ可能性を高めた。

もちろん、二人の野党候補がそれぞれ善戦して、第1回投票でエルドアンが過半数を取れず決選投票に持ち越された場合どうなったかというのは、分かりません。デミルタシュ候補がイフサンオール候補支持を打ち出して、一気に反エルドアンでまとまるという可能性が全くなかったとは言い切れません。でもおそらくそのようなことは起こらなかったでしょう。

なぜかというと、クルド人の存在を否定し、強く弾圧してきたのは歴代の共和人民党政権だからです。共和人民党政権は、どの選挙でも常にクルド地域では負けています。あからさまなクルド人政党、権利擁護の主張が許されなかった時代も、東南部のクルド人たちは野党に投票するという形で、トルコ民族主義の中央政府・共和人民党に「No」の意志を表明していたのです。

それに対して、エルドアン政権期には、クルド人への権利付与が進み、クルド独立運動の武装勢力との和平も一定程度進みました。これはEU加盟交渉で条件づけられたという外在的要因が強いですが、同時に、選挙で勝ってきた大衆政治家であるエルドアン首相が、票田としてのクルド人に目をつけたという要因もあります。

クルド人地域はアナトリア半島の内陸部・黒海沿岸地域と、低開発という点では共通しています。民族紛争に対する掃討作戦といった政策を別にすれば、アナトリアの底辺を底上げして新興中間層に押し上げるというエルドアン政権の推進した経済開発政策は、クルド人地域にとっても大きな恩恵をもたらすものです。それによって、エルドアン政権期のAKPはクルド地域でも与党化を進めてきたのです。ですので、もし決選投票に持ち込まれたら、クルド地域の多数派はエルドアンに投票し、やはり圧倒的多数でエルドアンが勝ったのではないでしょうか。

どちらかというと今回のデミルタシュ候補の出馬は、反エルドアンの姿勢を打ち出したというよりは、クルド地域をも支持基盤化するAKPに対抗して出ざるを得なかったということなのではないかと思います。もし候補を出さずに、第一回投票から「AKP対共和人民党」の一騎打ちとなって、南東部クルド地域が全面的にエルドアンに投票して勝たせてしまったら、クルド人政党の役割はなくなってしまいかねません。せめて、「決選投票でクルド票をエルドアンに提供して恩を売る」方が、後々のレバレッジになったでしょう。そのような戦略判断からいうとデミルタシュ候補は負けを承知で立候補した意味があったと言えます。しかし第1回投票でエルドアンが過半数を取ってしまったので、結果的にキャスティング・ボートは握れませんでしたが。

もちろん、エルドアンが大統領となって強権化するのではないかといった、共和人民党支持側の勢力が欧米メディアを使って流す危惧の念には正当な面も多くあります。もともとは改革派の庶民の政党だったAKPが、長期政権化して党指導部はエリート化して汚職にまみれています。旧来型エリートによるクーデタなど超法規的な政権転覆の陰謀を恐れるあまり、過度に対決的な姿勢で臨みメディア規制などもしています。

その背景にある国論の分裂は、上記に記したような政治経済的な階層差を背景にしているだけに、解消が困難です。そしてこの国論の分裂を、エルドアンが大統領となればいっそう煽り対決姿勢を強めるのでは、という危惧の念にはもっともという面もあります。

そして、経済の高度成長が頭打ちになった今、支持層への更なる配分は困難となり、旧来型エリート層の反発も強まるでしょう。中東における政治的・経済的な成功モデルであったトルコの前途が多難であることは確かです。

ですが、選挙をやるとなると、エルドアンとAKPの優位は当分の間揺るがないでしょう。

最大の原因は、対抗馬・対抗勢力がいないこと。選挙は可能な選択肢から選ぶものですから、共和人民党なり新たな野党なりが勝てる候補を出さねばなりません。しかし、汚職や強権姿勢と言えば元来共和人民党のお家芸なわけで、与党化・エリート化したAKPが問題を抱えるようになっても、有権者から言えばまだ当分は「どっちもどっち」でしょう。そしてエルドアンを批判するだけでなく、エルドアンに代わる有能でカリスマ性のある候補者を出してくる、という点で、今回の大統領選挙では共和人民党は「不戦敗」に等しいものでした。

イフサンオール候補は、確かにイスラーム協力機構事務総長として国際的に知られた人物であり(私も一度会議の席上で会話したことがあります)、人格識見を備えた人物なのでしょう。しかしまさに国内での政治活動歴はほとんどないので一般的知名度も低く、共和人民党を指導する立場でもないので組織的支持もありません。

そもそも保守的でイスラーム的な人物なので、エルドアン・AKPとの違いを出せないのです。エルドアンとAKPが支持されていると分かっているからこそ、それに「被る」候補者を出してきた、共和人民党の本来の政策である世俗主義を打ち出すことを避けた、という苦肉の策でしょう。最初から勝ち目はなかったと言わざるを得ません。