トルコと米国の当面の妥協──イラクのクルド武装組織をシリアに投入

シリアでの「イスラーム国」への対処について、決定的な鍵となるトルコの姿勢が具体化しつつある。

米国のトルコへの強い参戦圧力と、独自の解決策や懸念を擁してそれに抗してきたトルコとの外交的なせめぎ合いに変化がみられた。

注目されるのはこの二つの動き。

10月19日:米軍がシリア北部コバー二ー(アラブ名アイン・アラブ)のクルド武装勢力YPGに殺傷力を持つ武器を投下。

10月20日:トルコがイラクのクルド武装勢力(ペシュメルガ)に、コバー二ーの戦闘に参加するためにトルコ領内を通過することを許可。

米軍は、19日の武器供与に関して、イラクのクルド武装勢力に米国が供与したものをシリアに運んでいるだけ、というややこしい法的な説明をしている。また、現地の「クルド部隊(Kurdish forces)」に供与するために投下すると記すだけで、具体的に宛先を明記していない。

なぜイラクのクルド勢力に与えた武器を迂回して(と言っても米軍そのものが運搬して届けるのだが)シリアに回すなどというややこしい方法を取るかというと、オバマ政権が固執してきた「シリア内戦のいかなる勢力にも致死性の武器を供与しない」という方針を変えていないと言い張るためである。

シリアの反体制を支援するのだけれども、致死性(lethal)の武器は与えない、というオバマ政権の政策は、現場では珍妙な帰結をもたらしていた。要するに、暗視ゴーグルとか通信施設なら供与していい、というのである。そんなものいくらもらっても役立たんよ、と言われることが分かりきっているものを供与しようと持ちかけ続けたことで、米国がシリアでまるで相手にされなくなったことはいうまでもない。

また、コバー二ーで戦っているのは人民警護隊(YPG)という組織だが、この組織はトルコのクルド民族主義の反体制武装組織PKKとの関係が深いシリアの民主統一党(PYD)が主体になって組織した自警団と見られている。欧米はPKKと共にPYDもテロ組織と認定してきた。YPGに武器を供与したと公式には言いにくい。

20日のトルコの動きにしても、シリアではなく「イラクの」クルド武装勢力をわざわざトルコ領内を通ってコバー二ーに行かせる、という話である。これは、シリアのクルド武装組織とトルコは関係が悪いが、イラクのクルド武装組織(ペシュメルガ)とは同盟と言っていいほど関係が良いからである。

シリア「イスラーム国」についてのトルコの立場については、このブログで何度も取り上げてきたので、丹念に読んできた人にとっては、これらの動きが何を意味するか、分かるだろう(「トルコ」で検索してみてください)。

フェイスブックでは通知してあったのだけれども、この動きが表面化する直前までの状況について、『フォーサイト』でまとめておいた。有料ということもありこのブログでは通知が後回しになっていた。

池内恵「「イスラーム国」問題へのトルコの立場:「安全地帯」設定なくして介入なし」《中東―危機の震源を読む(89)》『フォーサイト』2014年10月17日

ここで書いておいたのは次のようなこと。

米国はトルコを、シリアの「イスラーム国」掃討作戦のための現地同盟国として空爆参加そして地上部隊を出させたい。

それに対してトルコは、「イスラーム国」掃討のために、トルコとシリアで反トルコ政府の活動をやって来たクルド武装勢力PKKとその関連組織であるシリアのYPGを支援することは許せないとする。また、アサド政権の弾圧こそが問題の根源である以上、アサド退陣をもたらさない解決策はあり得ないとして、シリア北部に飛行禁止区域を設定しシリアの反政府勢力の安全地帯とする構想を提示している。

安全地帯構想自体は、1991年の湾岸戦争の際にイラク北部に設定したものがあり、それを基礎に現在のイラクのクルド地域の自治が成立した。イラクのクルド地域政府は中央政府との関係を薄れさせ、トルコの経済圏として繁栄してきた。

同じようなことをシリア北部でも行うならトルコは対「イスラーム国」の参戦に同意するだろう、というのがこの分析の段階での将来見通しだった。

このように異なる思惑を持つ米・トルコの同盟国同士が綱引きをしてきた。『フォーサイト』の記事では、米は「トルコが参戦に同意した」という情報を盛んに流して既成事実にして参戦に追い込もうとし、逆にトルコは欧米諸国がトルコの提示した安全地帯構想を受け入れた、という情報を流すという様子も描いておいた。

そうこうしている間に現地の状況変化が進んでいった。コバー二ー陥落寸前かというところまで一時は行って、欧米メディアの危機意識が高まったが、逆にクルド武装勢力への西欧諸国からの武器供与が進んで、かなり反撃しているという報道も最近は出るようになった。

対「イスラーム国」の抵抗戦で戦果を挙げ、クルド民族主義がシリア側でもトルコ側でも高揚し、PYGは欧米諸国から、それまでの「テロリスト」という扱いではなく、「フリーダム・ファイター」としてもてはやされるようになっている。トルコのコントロールが効かない状況になりかけている。

ここで米国が、イラクへ一度供与した武器をクルド勢力がシリアの民族同胞に移送したいというから移送した、という無理な理屈でシリアのクルド勢力に武器を供与し、決定的な圧力をかけた。

トルコはこれに正面からは同意していないけれども、イラクのクルド武装組織をコバー二ーでの戦闘に参加させる、つまりシリア北部の紛争で、トルコに敵対的なPKK=PYD系の武装組織に主導を握らせず、息のかかったイラクのクルド武装組織を導入することで、トルコのコントロール下での解決を図っていると言える

これは米とトルコの、当面のぎりぎりの妥協だろう。米国はトルコが対「イスラーム国」連合で協力姿勢に転じたと宣言し、トルコは自らの提示する安全地帯構想への第一歩と主張できる。湾岸戦争以後にやったイラク・クルドへの解決策をシリア・クルドに対しても適用する、という形である。

10月20日の米公共放送PBSの「ニューズアワー」の報道と論評は問題の根幹をうまく描いている。NHKBSでも21日午後に英語字幕・翻訳付きで放送していたが、ホームページでは英語のトランスクリプト完備で全編を視聴できる。

英語教材として、PBSは最適ではないか。きちんと発音しているし論調も客観的で冷静だ。

“U.S. airdrops military aid for Kurds fighting Islamic State in Kobani – Part 1,”PBS, October 20, 2014 at 6:35 PM EDT

“Why U.S. and allies can’t afford to let Kobani fall to Islamic State – Part 2,”
PBS, October 20, 2014 at 6:30 PM EDT

Part 1で、米軍のシリアのクルド勢力(YPGあるいはPYD)への武器投下について、エルドアン大統領が公式には決して認めていない様子が、キャスターのレポートと記者会見の抜粋で報じられている。

MARGARET WARNER: Previously, Ankara has insisted it wouldn’t allow men or materiel cross its border to aid Kurds in Kobani. That’s mainly because the Syrian Kurdish fighter group in Kobani, called the PYD, is allied with a Kurdish group in Turkey, the PKK, that waged a bloody 30- year insurgency.
Just yesterday, after President Obama notified him of the coming U.S. airdrops by phone, Turkish president Recep Tayyip Erdogan made his displeasure clear.

まずキャスターがトルコはコバー二ーのPYDへ武器供与することに強く反対してきたと指摘する。米軍による武器供与に関して、先立つ18日に行われていたエルドアンの発言が注目された。

PRIME MINISTER RECEP TAYYIP ERDOGAN, Turkey (through interpreter): The PYD is, for us, equal to the PKK. It is also a terror organization. It would be wrong for the United States, with whom we are friends and allies in NATO, to talk openly and to expect us to say yes to supplying arms to a terror organization. We can’t say yes to that.

「PYDは、われわれにとってはPKKと同じです。これはテロ組織でもある。NATOの友邦である米国が、おおっぴらに、テロ組織に武器を供与することに賛成せよと言うのはよくないでしょう。賛成するとは言えませんよ」

これに対してケリー国務長官のしどろもどろの弁明は次の通り。

JOHN KERRY, Secretary of State: While they are a offshoot group of the folks that the — our friends the Turks oppose, they are valiantly fighting ISIL. And we cannot take our eye off the prize here. It would be irresponsible of us, as well as morally very difficult, to turn your back on a community fighting ISIL, as hard as it is, at this particular moment.

「彼らは、われらの友人トルコが反対する人たちの分派集団だが、彼らは「イスラーム国」と勇敢に戦ってもいる。この好機を見過ごすわけにはいかない。「イスラーム国」と戦っている人たちに背を向けるのは、無責任だし、倫理的に難しい。しかもこんな大事な時なんだから」

BBCの「なぜトルコはイラクのクルドに「イスラーム国」と戦わせたいのか」も合わせて読んでみたい。

“Islamic State: Why Turkey prefers Iraq’s Kurds in fight against IS,” BBC, 20 October 2014 Last updated at 16:52

解決策というよりは当座しのぎの対応である。イラクとシリアのクルド武装組織が協調できるのか、それがトルコでのクルド民族主義に波及しないのか、協調ができた場合は今度はクルド領域もイラクとシリアでつながってしまってイラク国家の崩壊がいっそう進むのか、等々、新たな問題を引き起こしそうな対処策だが、このようなその場その場の対処策を繰り返しながら、現地の諸勢力の間の勢力均衡が達成されるまで紛争は続きそうだ。

第1次世界大戦後のトルコ・シリア・イラクの国境画定も同じような状態だったのだと思う。あの時は唯一当事者能力があったトルコ軍が、ふがいないオスマン帝国スルターンから離反して共和国の独立戦争を戦って、ある程度失った土地を奪い返して今の国境線になったのでした

今回は、「イスラーム国」が実効支配を固めて独自の国家をイラク・シリア国境地帯に確保するか、クルド民族主義が一体化して国を作るのか、あるいはトルコやイランなどの地域大国が勢力圏を拡大するのか、将来は未確定である。