【寄稿】イスタンブル・アタチュルク空港のテロについてコメント(毎日新聞)

6月28日にトルコ・イスタンブルのアタチュルク空港で起きた銃撃・自爆テロについて、6月30日の『毎日新聞』朝刊の国際面(8面)にコメントを寄せていました。その後すぐ7月1日にバングラデシュのダッカで日本人が巻き込まれるテロ事件があったので、忘れられてしまいがちですが、重要な事件です。

池内恵「IS包囲網へ加わり、標的に」『毎日新聞』2016年6月30日朝刊

 トルコが過激派組織「イスラム国」(IS)に標的になったとみられる要素は三つある。トルコはISと正面から事を構えるのを避ける傾向があったが、南東部スルチで昨年7月に起きたテロ以降、IS支持勢力への摘発を強め、敵視された。

 6月初旬から米国の支援を受けたクルド主体の武装勢力がトルコ国境近くでIS支配下のシリア北部のマンビジュを攻撃しているが、トルコは表だって反対せず、近辺で連動してISと戦っている。

さらに、ここ数日でエルドアン政権は大きくかじを切った。ロシア軍機墜落事件について露側に謝罪し、不和になっていたイスラエルとの関係改善も進めた。さらに、トルコの支援するムスリム同胞団の政権を倒したエジプトの軍主導の政権にも歩み寄った。

いずれも国内のクルド人勢力を支援しかねない国だ。それでも歩み寄ることで当面の敵をISに絞り、IS包囲網に加わることを明確にした。ISは(トルコの方針転換で)トルコが決定的に敵側に回ったと認識したかもしれない。

ダッカ事件をめぐって(2)テロとデマの時代

ダッカ事件については、『フォーサイト』で背景と全体像を解説した以外は、Facebookで記事をシェアしたり、NewsPicksで流れてくる日本語の記事をシェアしたり(自動でフェイスブックとツイッターに流れる。その逆はない)していましたが、日本での議論を見ていると、事実に基づかない、しかし願望や思い込みに基づいた議論が容易に提起され、容易に広まっていき、独特の「空気」を作っていき、それを見て消費者におもねるメディア産業の付和雷同を誘う(あるいはそもそも記者やディレクターの水準がSNSの素人と大差ない)場合が多いことに、いつもながら気づかされました。

そしてそのような状況を放置することが重大な帰結につながりかねないことは、直前の英国の国民投票の結果から、いっそう明らかになっていました。英国人がこれまで過度にと言えるまで得をしていた条件を捨て去るような判断を行ってしまう。そこには「二番手エリートの焦りとルサンチマン」が大きく関わっています。

ファラージュのような三・四番手以下の少数政党の党首や、ボリス・ジョンソンのように与党保守党内で出世が頭打ちの人物が、なんら成算がないにもかかわらず、離脱論と反エスタブリッシュメントで世論を煽り、いざ離脱が過半数になると、役割を終えずいずれも逃亡してしまう。

「二番手エリート」がポピュリズムで目先の出世を図る時に、社会全体がどれだけ損失を被るか。目の当たりにしました。

これについて、EU研究と宇宙政策、最近は経済制裁・貿易管理でイランにも強い、鈴木一人さんのブログのポスト「『デマ』時代の民主主義」が非常に参考になりました。

鈴木一人「『デマ』時代の民主主義」ブログ「社会科学者として」2016年6月26日

このコラムは、他のサイトに転載されていきます。

http://www.huffingtonpost.jp/kazuto-suzuki/lies-politics_b_10699690.html
http://blogos.com/outline/181095/

鈴木さんとしては様々な専門的な著作ではなくこのブログ・ポストで注目されることは必ずしも本意ではなかろうとは思います。いつも緻密な概念と、慎重な言葉遣いで議論する鈴木さんが(今回も慎重ですが)、しかし言わねばならなかったんだろうな、と思いました。

これに触発され私も、英国のEU離脱をめぐる国民投票については言いたいことがあったので、長めのポストをFacebookに投じてみました。その際には、待鳥聡史『代議制民主主義 ーー「民意」と「政治家」を問い直す』(中公新書)の紹介という形で行いました。

6月28日 23:15 https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205256784258192

これはずいぶんたくさん読まれたようです。

また、アゴラにも転載されます。アゴラとの間では、私のFacebookアカウントへのポストから、アゴラ編集部が見繕って転載することへの許可を出してあります。転載の際に、Facebookへのポストにはタイトルが付いていませんので、アゴラ編集部がタイトルをつけてくれます。

何が転載されるか、どういうタイトルがつくか、私はほとんど全く関与していませんので、何が誰にどう届くかわからない、運を天に任せた「瓶詰通信」と私は読んでいますが・・・

ここに、Facebookに載せてアゴラに転載されたポストの本文を貼り付けておきます。

池内恵「EU離脱はEUでなく、民主主義の仕組みの問題」『アゴラ』2016年06月29日 06:00

英国のEU離脱国民投票可決で大騒ぎしていますが、これは本質的にEUの仕組みの問題というよりも、民主主義の仕組みの問題です。離脱票を投じる人が「EUのせいでこうなった」と思っていることの多くが実際はEUのせいじゃないんですから。

あるいは、そのことは実は分かっているけど、政治的思惑で「EUのせいだ」と言ってみたり、エスタブリッシュメントに対する「No」の意思表示として住民投票を使っている。筋金入りの英国独立万歳と言っている人以外の、中間で揺れている人たちの多くは、自国のエスタブリッシュメントやブリュッセルの官僚に対して「No」という意志は示したいけれども、本当に英国がEUから出てしまうと困る、だから離脱賛成票49.99%で思いっきり焦らせて、EU本部に対しても更に譲歩させられればいいな、というつもりだったのだろう。

移民・難民問題だって、英国の場合は、いくら過去10年ほど東欧から労働者が大挙してきているのが目立つとは言っても、文化的な摩擦は起こしていない。

それよりもはるかに数が多く、一部で摩擦があるのは、南アジアや中東やアフリカなど旧植民地・英連邦諸国からの移民で、これはEUのせいではない。嫌なら英国の法律を変えればいいだけである。

英国の移民問題は英国が世界中で植民地主義支配をしたツケが回って生じているのであって、EUの政策が寛容だからではない。ツケと言ったって、利益のほうがはるかに大きい。旧植民地諸国に行けば英国の法律や学位がそのまま通用して、旧植民地の諸国が苦労してお金をかけて学校で育てたお医者さんとかを英国に頭脳流出させてこき使い、逆に英国人は外国語を喋れなくても英連邦諸国を中心に世界中に出稼ぎに行ける有利な立場にいる。それがEUとも互換性があると更に有利、といううまい話だったはずだが、藪蛇の離脱投票で、EUから勝ち取ってきた好条件は取り上げられてしまいそうだ。

現在問題になっているシリア難民などは、英国は「対岸の火事」として見ていればいい立場だった。まず圧倒的な自然の壁としてドーバー海峡が止めてくれているし、西欧大陸側がなんとか押しとどめてくれている。英国は経済移民を選択して受け入れ(その多くは英連邦諸国から、あるいは湾岸産油国など英国が支配していた国から)、問題含みの政治難民についてはむしろ自然の障壁とEUの制度的障壁によって護られて来た、いわば「いいとこ取り」をしてきたはず。

それによって得た利益が庶民にまで届いていない(気がする)というのは確かだろうし、エリートの側がそのような庶民を顧慮しているように見えないのも確かである。しかしEUがなかったら、英国の庶民の暮らしはもっとずっと酷かっただろう。だってかつての大英帝国を支えた産業革命時代以来、ろくに新しい産業が育っていない地方が多いのに、それでもなぜかまあまあの生活をできている。それはなぜかというと英国に都合のいいシステムを作って、途上国からも大陸ヨーロッパからも吸い上げてきたからでしょう。もちろん、それで潤うのはもっぱら上層だと言っても、上の方の産業があるから、庶民もつましくても極貧にはならずに過ごせてきたのではないかな。

・・・などといった論点をめぐる判断と意思決定は、単純なYes, Noをめぐる投票では表出・集約され得ない。そもそもEUというのは「ダシ」にされているにすぎないのだから。

確かに不満はあるだろうし、現在の世界がそのままこれでいいとは思わない人が多いという意志は表出されたが、そのせいで現状のつましい生活を可能にしている制度すらぶち壊してしまう、あるいは実は英国人が不当に得ていた利益を返上してしまうことになって今更慌てている、ということになると、直接投票による民主主義の危うさを如実に示した事件という側面がより重要なのではないか。

・・・で、この本。昨年の、議会での多数決は民意を反映していないと論じ、デモや国民投票による「直接民主主義」を安易に寿ぐ風潮に対して、選出された議員たちによる討議と意思決定のクッションを入れた「代議制」の意味を十分に嚙みしめる必要性を説いていたのだが、今こそ改めて読んでみると実に味わい深いだろう。

この本に各新聞などが出す論壇賞的なものが与えられていないのも解せないところ。本当にアクチュアルな問題を先の先まで考えて書いた本だと思います。

直接民主主義は、実態としては、ある程度以上複雑な社会では、論点や争点の適切な設定や、事実についての認識を広く社会に行き渡らせることができないまま実行に移される他なく、多くにとって意図しない結果をもたらします。

直後のダッカでのテロに際しての、SNSやNHK及び民放テレビの番組報道でなされた議論には、一部の極論を繰り返す「知識人」に煽られて、基本的な事実を理解しようとしないどころか、荒唐無稽な陰謀論の種が撒かれる素地が浮かび上がってきました。テロの威嚇と、日本社会を構成する多くの人の外国に関する無知につけ込んだこういう議論は、事件が起こるたびに出てくるので、多くの場合は放置しているのですが、しかし繰り返し事件のたびに威勢のいい極論や、陰謀論や、印象操作の議論が繰り返されているのを放置しておけば、やがて、国民の多くが誤った認識に基づいて、決定的な危機に際して、自傷行為というしかない判断を下しかねません。

そこで、Facebookで短時間で、いくつか書いてみました。

7月3日 22:24 (https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205283557687511)

デマクラシーの時代。
イギリスの現在は日本の未来かもしれない。
鈴木さんのブログから転載したハフィントン・ポスト自体がデマの拡散源にしばしばなるが、そういうところに入り込んで中和しないといけないのが専門家の役割なのか。
【「デマ」を信じることで、自らの不満や怒りを収め、それらの感情を代弁してくれていると溜飲を下げ、それを信じ込むことで「デマ」が作り出す幻想に身を委ねることで心の安寧を獲得するということも、SNSの中では多く見られる。】

それでもなお、歪み、かつ思慮の浅い思い込みによる見当はずれな議論がSNSだけでなく、それらを反映した民放番組などに溢れるようになると、次のような基本的な事実について記して注意を喚起する必要が出てきました。1997年のルクソール事件の話です。かつてアラブ人は親日的だった

そもそも「アラブ人」と「バングラデシュ人」や「アフガニスタン人」を混同して議論するなど、メディア産業に従事する人たちの議論は、とてつもない誤謬と浅薄な思い込みに溢れていました。まさにデマの時代の民主主義の難しさを痛感しました。

7月3日 23:15 https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205283800973593

これはアゴラにまた転載されました。その際には次のようなタイトルが付いています。

池内恵「デマの時代の民主主義」『アゴラ』2016年07月04日 06:05

しかしこれはちょっと困ったことで、なぜかというと、もともと「デマの時代の民主主義」とは、鈴木一人さんのブログのタイトルや議論の内容を指して私が使っていたものです。それを、転載とはいえ、私の記事のタイトルにされてしまうと、元々の鈴木さんのブログに読者がたどり着けなくなったり、この問題について誰が何を言っているかが分かりにくくなります。それで末尾に「付記」を後から追加しました。以下がアゴラに転載された本文と付記です。

 

当たり前すぎることもしつこく言わなくてはいけない、デマの時代の民主主義においては、「ルクソール事件」について再確認しましょう。

1997年11月17日、エジプトのルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿で、「イスラーム集団」が観光客を襲い、58名の外国人を殺害した。そのうち10人は日本人だった。
なお、エジプト人で殺害されたのは4名のみ。

遺跡の閉ざされた敷地で、丸腰の外国人を追い詰め、順に殺害し、刃物で切り裂いた。「日本人である」ことなどもちろん助かる理由にはならなかった。日本人の旅行者の多くは、新婚旅行中のカップルだった。命乞いをする観光客たちを無慈悲にいたぶって殺害していった様子が伝わる。

いうまでもなく、ルクソール事件は、9・11テロよりも、イラク戦争よりも、自衛隊派遣よりも、「イスラーム国」への対峙よりも、前である。それらよりもとっくの昔に日本人はジハード主義のテロの対象になっていた。

当時、非常に大きく報じられたはずである。ただし、事件の意味については、適切に解説されなかったと記憶している。

「かつてアラブ人(あるいはイスラーム教徒、等々)は親日であり、日本の何らかの政策によってテロの対象になった」などという言説は、基礎的な情報を踏まえずに行われているものであり、考慮に値しない。

しかし「値しない」と言って放置していると、ある時に熱に浮かされて、社会が誤った選択をしてしまうかもしれない。

デマの時代の民主主義とは、このように、最低限の情報も踏まえずに嘘を言い切る、不満を募らせた(小)エリートたちが、社会を奈落の底に導く危険を、常に秘めている。

【転載にあたっての付記(池内恵)】

この項目は、鈴木一人さんの「『デマ』時代の民主主義」に触発された応答として書かれたものです。最初の応答と併せてお読みください。アゴラへの転載のタイトルは「デマの時代の民主主義」としてありますが、この用語は鈴木一人さんによるものなのでより詳細は、ぜひ鈴木さんの「社会科学者として」ツイッターをフォローしてみてください。

ダッカ事件をめぐって(1)背景と経緯

地図シリーズはほんのちょっと中断して、7月1日(金)の夜9時40分頃(現地時間)にバングラデシュのダッカで起こったカフェの襲撃大量殺害事件について、これまでに書いてきたことをまとめておきましょう。

ここのところ突発的な事件への対応としては、Facebookでコメンタリーを書くことが多くなっています。それは、イスラーム世界をめぐる事件が頻発するのと、本業の論文・授業・講演・単行本の執筆が忙しくて、ブログにログインして書式を整えて書く時間すらなくなっているからです。イスラーム世界ではテロもデモも政変も、現地の休日で週末の金曜日に事態が動くことが多く、ちょうど日本ではテレビのニュース番組がなかったり、新聞が週末編成になって即応性に欠けたり、週明けが新聞休刊日で発行されていなかったりすることから、組織的なメディア企業があまり機能しておらず、その間に私がダイレクトに読者に情報を届けることが恒例化しています。

週末にダイレクトに読者に届けるといっても、その時間は本来は私が論文や本を執筆するために割り当てていた時間なので、ここ数年のように週末ごとのように中東やイスラーム世界で何か事件が起きて中断されると、私の今後に差し支えます。

なるべく連絡コストをかけずに公益に資する情報を提供するには、もっとも時間と労力のかからない媒体を選ぶのが最適ですが、そうすると、今のところはFacebookでしょうか。しかしFacebookでは、アカウントを持っている人しか読めないということや、後から検索してもあまりうまく引っかかってこないので、自分が書いた文章すら、短時間では回収できない、という問題があります。

ですので、これから数日かけて、このブログで、7月1日夜(現地時間)発生のダッカ事件に際して、Facebookや、新潮社の『フォーサイト』で書いた文章をここに採録して、データベースの用に供します。ここに載せないものはFacebookを丹念に見ていくと載っています。

まず、『フォーサイト』では、ダッカの事件に至る、バングラデシュでここ数年断続的に生じてきた、鉈や銃を用いた襲撃・惨殺事件を中心に、背景をまとめました。

池内恵「ダッカのカフェ『ホーリー・アーティザン・ベーカリー』へのテロ事件の要点」『フォーサイト』2016年7月3日

また、現地紙を中心に、初期の報道から興味深い部分をまとめました。

池内恵「ダッカのテロはインドで「イスラーム国」への呼応テロを刺激するか」『フォーサイト』2016年7月3日 13:23

池内恵「ダッカのテロの組織と犯人像(初期の報道)」『フォーサイト』 2016年7月3日 18:00

【発表】『PHPグローバル・リスク分析』2016年版

『2016年版 PHPグローバル・リスク分析』が、本日午後、発表されました。

PHPグローバル・リスク分析2016年版

私も末席で参加させていただき、普段あまり顔をあわせる機会がない様々な業界の皆様の、談論風発に大いに触発され、ほんのわずかですが貢献もいたしました。

「グローバル・リスク分析」プロジェクトは2012年から始まって今回が5回目。私は2013年版から参加させてもらっています。

今年はこれまでと少し趣向を変え、10のリスクについて、箇条書きスタイルで一枚にまとめ、単刀直入な見やすさを重視しています。オーバービューを地図に埋め込んだり、各専門家が一致できる10のリスク以外にも「ブラックスワン」の出現の兆候となるノイズあるいはシグナルに耳を澄ますための「Buzzwords」といった新コーナーを設置。これまでは各リスク項目について、それをリスクとみなす文脈やインプリケーションをかなり詳細に書き込んできたのですが、読む側も書く側もマンネリ化してくるといけないので、ここらで新機軸です。

PHP総合研究所のウェブサイトから、10の項目だけここに書き写しておきます。【全文はここをクリックするとPDFでダウンロードできます

年明けには、イアン・ブレマー氏のやっているユーラシア・グループの「世界の10大リスク」も発表されることでしょう。対照させてみてください。

また、こういった定時観測は、過去のものから順に読んでいくと面白いです。PHP総研のウェブサイトで2012年版から全て見られます。昨年のものについてこちらから

◆グローバル・リスク2016
リスク1. 中国経済悪化と国際商品市況低迷に挟撃されるアジア中進諸国
リスク2. 止まらない中国の海洋進出が招く緊張の増大と拡大
リスク3. 深まる中国依存と主体思想の狭間で揺れ動く北朝鮮
リスク4. テロと移民問題がもたらすEUの亀裂と反統合の動き
リスク5. グローバル化するISILおよびその模倣テロ
リスク6. 加速するサウジアラビアの国内不安定化と原油市場の混乱
リスク7. 地域覇権をめざし有志連合内で「問題児化」するトルコ
リスク8. 選挙イヤーが宙づりにする米国の対外指導力
リスク9. 金融主導グローバル化の終焉で幕が開く、大企業たたきと「P2P 金融」時代
リスク10. 加速するM2M/IoTが引き金を引くサイバー脅威の現実化

【寄稿】トルコのシリア国境の町スルチュでクルド勢力を狙った自爆テロ

連休も講演をすませてあとは必死に論文書きをしていたが終わらず。いや、そのうち二本は終わったんだが大きいのが二本終わっていない。限界までやっているんだがなあ。

しかし日々のニュースは見ておかないとついていけなくなる。論文にも関係あるし。

没頭しているとこのブログにはほとんど手をつけられないのだが、英語やアラビア語のニュースはPC画面ではこの横に表示されるツイッターの窓@chutoislamで、空いた時間の一瞬をついてリツイートしてあります。また、『フォーサイト』では日本語でニュースの要約・解説をする「中東通信」をやっています。

最新のものは、池内恵「トルコのシリア(コバネ)との国境の町スルチュで支援団体の集会に自爆テロ」『フォーサイト』2015年7月20日

それにしてもややこしい。シリア北部のコバネの戦闘は注目を集めましたが、「イスラーム国」から奪還する勢力となったクルド人勢力に対して、コバネと接するトルコ側で自爆テロ。それもトルコ側とシリア側で同時にやっている・・・

トルコ政府からいうと「トルコ側でもシリア側でもクルド勢力は一体」ということを同時攻撃で見せつけられたわけで・・・「イスラーム国」はサウジやクウェートではシーア派を狙って、被害者と中央政府を分断する戦略ですが、同じことをトルコではクルド人を狙うことでやっているように見えます。これは効果がありそう。トルコ側のクルド人が「トルコ政府は頼りにならない」と武装化する→トルコ政府はトルコ側とシリア側のクルド勢力を攻撃→クルド勢力が一体化して独立武装闘争へ・・・なんてことにならないようにお願いしますよ。本当に行ける国がなくなってしまうではないか。

でも、この調子だと次にイスタンブールが狙われそうなのが怖い。あんな大きな都市だから、万が一テロがあっても自分が巻き込まれる可能性は極めて低いのだが、一回テロがあれば政府の「退避勧告」みたいな話になってしまいかねない。

チュニジアの危険度引き上げ

7月10日、日本の外務省が、チュニジアの危険情報を引き上げました。

チュニジア渡航延期勧告2015年7月10日
(7月10日の最新の危険情報)

《なお、外務省のホームページはPCで見ている時にスクロールしにくいので、改善の余地ありですね。マウスを画面内のどこに置いていてもスクロールすれば下まで見られるようにしてほしい。急いで見る時に操作に手間取る》

イギリス外務省も観光客にチュニジア全土に「どうしてもという場合以外の渡航取りやめ」を要請し、トマス・クックなど主要旅行代理店が今夏の予約受付を停止し既存ツアーもキャンセル、現地からの引き上げ便を手配して旅程の途中で顧客を帰国させているようです。

英国民の退避の様子を伝えるBBCの記事にはチュニジア危険情報の略図があります

チュニジア危険情報英外務省7月9日

英国務省の危険情報ホームページ(チュニジアの項)ではより詳細です。

チュニジア危険情報英国無償HP2015年7月9日

日本外務省と地理的にはほぼ同じ塗り分けですね。渡航回避の緊急性の度合いについては異なるものさしであるようですが。

6月26日のテロの直後は、「テロに屈しない、生活様式を変えない」という原則を示していた英国も、チュニジアの治安当局がテロを防ぎきれない、という情報判断をした模様です。これは治安当局の能力の限界もあると同時に、多くのジハード主義者が隣国リビアあるいはイラク・シリアから帰還しているということをおそらく意味しているものと思います。これはかなり由々しき事態です。

今回の日本外務省の危険度評価引き上げを3月のバルドー博物館襲撃の時点での日本外務省の危険情報と比べてみてください。

チュニジア危険情報地図(小・広域地図ボタン付き)
(今年3月の時点のもの)

違いは、これまでは西部のカスリーン県と南部の国境地帯以外のチュニジアの主要部は第一段階の「十分注意」(黄色)だった(ただし3月のバルドー博物館へのテロを受けて首都チュニスが第二段階「渡航の是非を検討してください」に急遽引き上げられていた)のが、7月10日の危険度引き上げで、チュニジア全土が第二段階になり、カスリーン県と国境地帯は従来通り第三段階の「渡航の延期をお勧めします」になったこと。

ただ、カスリーン県の南のガフサは、しょっちゅう掃討作戦をやっているので、カスリーン県並みにもう一段階危険度を上げてもいいんじゃないかとも思うが。ガフサ県を含む散発的に掃討作戦が行われている県については列挙して注意喚起はされているが。大きな県なので全体が危険ということはない。

チュニジアは戦争をやっているわけではないので、最終の第四段階の退避勧告(赤色)になっているエリアはない。

しかしいざテロや掃討作戦が起これば、その瞬間その場所は危険になることは間違いない。問題はいつどこでそういう状態になるかが、攻撃する側が場所を選べるテロという性質上、定かでないことだ。

こうなると、仕事で行くなら十分に注意して、時期と場所を慎重に選んで、かつ一定のリスクを覚悟して行くしかないが、不要不急の観光は避けましょう、ということにならざるを得ない。

外務省のリスク情報の読み方については上記地図を転載した3月のこの記事を参照してください。

帰国しました:中東諸国のリスク

10日間ほど、アラブ首長国連邦で資料収集に没頭していましたので、ブログの更新が減っていました。

ちょうど帰国したところです。

現地調査は、次の次の次ぐらいに取り組んで成果を出す課題について、今のうちに見て、考えて、調べるために行うものですから、すぐにどうだったこうだったとブログに書くことはありません。ただいま資料を整理し、消化中です。

合間に手早く撮った写真などは、以前チュニジアについて試してみましたが、ブログの素材として用いるかもしれません。それはまた時間が出来た時に。あくまでも副産物ですので、調査の本体は論文や本になります。

短い現地滞在中に、国際的に大きなニュースとなった事件が相次ぎました。日本ではそれほど報じられていないかもしれませんが、中東、西欧、米国のメディアでは今でも事件後の状況を注目して見ています(並行してギリシアのデフォールト問題のカウントダウンで盛り上がっていますが)。

6月26日(金) クウェートのシーア派モスクへの自爆テロ、チュニジア・スースのビーチ・ホテル襲撃、フランス・リヨン近郊の化学工場への襲撃

6月29日(月) エジプト・カイロ郊外ヘリオポリスで検事総長が爆殺される

7月1日(水) エジプト・カイロ郊外10月6日市でムスリム同胞団の幹部ら13名を治安部隊が殺害
        エジプト・シナイ半島北部シャイフ・ズワイドで「イスラーム国」の「シナイ州」を名乗る勢力がエジプト軍の拠点複数を一斉に攻撃、エジプト軍と交戦

ただし、これらに並行して、イエメン内戦とリビア内戦が激しく続いており、私がいたアラブ首長国連邦を含むアラブ湾岸産油国(GCC)はこの二つの内戦に深く関与しているため、それらは上記のテロと同様に注目されていました。

「イスラーム国」のプロパガンダに影響されたとみられる、クウェートのシーア派モスクへの攻撃は、宗派紛争を惹起しGCC諸国の社会・政治を内側から揺るがす可能性があるため、連動・連鎖反応ががあると危機的です。

イラク南部からクウェート、バーレーン、サウジアラビア東部にかけてのシーア派が多く住み、巨大な油田を抱える地帯に混乱を及ぼすことを全力で防ぐのが、ペルシア湾岸のアラブ産油国(GCC)の共通の安全保障上の課題として、大きく見えてきています。

今回の渡航先を選ぶ際には、クウェートとチュニジアを真剣に検討した上で、リスク懸念からやめておきました。2月に行ったチュニジアにもう一度行って、リビアの内戦からの波及の程度を見てみたいと思っていましたが、「イスラーム国」がチュニジアの安定を揺さぶる宣伝を行い、チュニジア国内に呼応する勢力が曖昧ながら存在する以上、滞在中の安全確保が万全にできないと判断して見送りました。クウェートとバーレーンの宗派間関係も見ておきたかったのですが、5月にサウジ東部で相次いだシーア派モスクへのテロ以後は、標的がクウェートにも拡大する可能性があったため、これも回避しました。

もちろんイラクやシリアは論外です。

エジプトについては、広い国ですから、滞在中にどこかでテロや辺境での衝突があっても直接に被害を受ける可能性は低いですが、以前よりも爆破の起きる場所が多様化しているため、安全の確保に確証が持てません。特に・軍・警察関連の施設とその周辺は危険を伴います。6月30日から7月3日にかけての、2013年のクーデタ関連の象徴的な日付には局地的・突発的な騒乱状態が予想されたため、安全上の制約から自由に動き回ることができないのであれば成果も得られにくいとみてエジプトもまた渡航を回避しました。

しかしこうしてみると、アラブ諸国で行けるところがどんどんなくなってしまいますね。

現状ではアラブ首長国連邦とオマーンとモロッコが、残された数少ない安心できる場所といえるでしょうか。ヨルダンは目立ったテロ事件は最近起きていませんが、台風の目の中に入ると風が止む、といった状態です。

外国人労働者の方が居住者の多数を占めるこの国は、国家というよりは多国籍企業やグローバル・シティとして捉えた方が良いこともあります。しかし近年に、シリアやイエメンやリビアに直接の軍事介入をするなど、従来とは違う、国際政治・安全保障上の存在感を増しています。それがどれだけ実体を伴ったものなのか、持続可能なのか、追っていろいろ考えてみましょう。

MERS(中東呼吸器症候群)がなぜ韓国で?

昨日は原稿を書きながら長野新幹線で往復という慌ただしい1日。今日も休日出勤で朝から晩まで一般聴衆や学生さんの相手します。

というわけで要点だけ。韓国で2次・3次感染が出て大問題になっているMERS(中東呼吸器症候群)について。

結論から言うと、今回は「中東」の問題というよりも韓国の保健衛生体制がなぜ感染拡大を止められなかったか、そもそもなぜ韓国人が多く中東にいるのかといった点に私としては関心が向く。中東で感染爆発が起こっているとは言えないからだ。もちろん、感染源が日本にとっては近くに来たというのは危険ではあるし、世界全体から見ても、感染源の広がりは深刻な危険をもたらす。しかしウイルスの変異によるヒト−ヒト感染力の強まりといった病原体そのものの変化はまだ確認されていない。

MERSについては昨年の流行の時期に短く記していた。

「MERS(中東呼吸器症候群)はラクダでうつるらしい(2014年2月25日)」

「メッカ巡礼とパンデミックの関係(2014年3月1日)」

2012年以来、春から初夏にかけて毎年感染者が出ている。中東では今年が特に多いわけではない。しかし今回は韓国人の帰国者を感染源に院内感染で2次・3次感染が進んだ。ここで封じ込めに失敗すれば中東の外に新たな感染源を作ることになるため、強く関心を寄せていく必要はある。

韓国での感染の事例は、中東以外の国ではイギリスとフランスに次ぐもので、東アジアでは初めてである。しかも中東の外では最大規模の2次・3次感染が生じたことが憂慮される。

ただし、病原体としてのMERSが変異して感染力が強まったといった事実はまだ確認されていない。もしそのような事実があれば次の段階に入ったことになる。そうでなければ、MERSそのものや中東の問題というよりは、一人の中東訪問帰国者の感染者から2次・3次と感染を拡大させることを許した韓国の医療・保健衛生の制度や患者や医師の行動の問題として、日本での今後の対応に生かすためにも注視する必要があるだろう。

MERSは感染症としては一般に次のような特徴を持つ。私が短時間で資料に目を通した限りでは、昨年までと変わっていない。

(1)大部分の感染者はサウジアラビア人である。それ以外の国の感染者も大部分がサウジアラビア渡航・滞在の際に感染したとみられる。
(2)治療薬やワクチンがなく、発症者の3割から4割が死亡するという致死率の高さが特徴。ただし、感染に気づいていないか、病院で診療を受けない事例が多くありそうなことを考えれば、感染者の致死率はもっと低くなる。
(3)コウモリからヒトコブラクダを通じてヒトに感染するルートが知られている。
(4)ヒトからヒトへの感染は起こりにくく、大部分が院内感染か家庭内での感染である。

未解明の部分が多いようだが、中東のヒトコブラクダの多くがMERSウイルスに感染して抗体を持っており、ウイルスがヒトコブラクダと濃密に接触するヒトに感染するようになり、さらに、感染力は弱いもののヒトからヒトへ感染するようになった模様だ。病気のラクダを治療して感染したと見られる事例が知られる。

以上は私が知る限りの事項のまとめですので、感染の広がりの詳細や、潜伏期間や感染力・経路、治療法などの正確なところは、下記のような公的機関のホームページを参照してください。
国立感染症研究所(基礎情報)http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/alphabet/mers/2186-idsc/5703-mers-riskassessment-20150604.html
厚生労働省(Q&A)http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers_qa.html
厚生労働省(アップデート)http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html

日本で関心を集めるのは、単に感染症が恐ろしいというだけでなく、「中東の病気がなぜ韓国で?」という疑問が湧き、「韓国で流行すれば日本にもくるのではないか」と恐れるからだろう。

しかしウイルスの大きな変異がなく感染力が低いままであれば、韓国で感染者が出ていても、それが日本に及ぶルートはかなり絞られてくる。(1)日本人が韓国に行って韓国の病院で院内感染する、(2) 韓国人の感染者が発症前あるいは発症後に日本に渡航して日本の病院で院内感染を広める、といった想定される経路はかなり特殊で、可能性はそれほど高くなく、対策 の用意さえしておけば、パニックになる必要はないのではないかと思う。

「なぜ」の方は、中東に出入りしていると感覚的にわかる。要するに韓国企業の中東進出が著しいのである。企業が進出するだけでなく、「人が多く行っている」ことが、日本と比べた時の特徴だ。おそらく日本と比べると一桁は多い数の韓国人ビジネスマンが中東を出入りしている。

例えば、ドバイで世界一高いビルが建ちましたね。ブルジュ・ハリーファ(ハリーファ・タワー)。

Burj Khalifa

あれの建設を請け負ったのもサムスン建設でした。サムスンが全体を請け負って、人も多く出しつつ、各国・各社の技術や労働者を集めてきて、現地の財閥ゼネコンと組んで建設した。

日本企業は韓国が親請けした大規模プロジェクトに、「納入業者」として入る場合が増えてきている。発電所ならタービンとか、都市交通システムなら列車車両とか。高度な技術やノウハウを必要とする中核的な部分を担っているので、必ずしも「下請け」という雰囲気ではないが、プロジェクト全体やインフラを全面的に担ってリスクを負い利益を得ているわけではない。

それは端的に言うと、日本は中東に大規模に人を送り込むことはできない国なのである。環境が過酷で社会文化的なギャップが大きく政治的な不安定性や不透明性がある中東で、現地の人たちや各国からの労働者達と揉まれてやっていけます、やっていく気があります、という日本人を大人数集めることは難しい。そういう人材が育成されにくいという制度の問題と、そもそもそんなことをやろうという人が少ないという主体の意志の問題は、鶏と卵のような話であって、どっちが原因でどっちが結果かはわからないが、とにかく中東で大きなプロジェクトをやろうとしても現地に行って事業を完遂してくれる人材を集めることが難しいことは確かだ。

ごく一部、日揮のように、かなりの人員を集めて現地に送り込んで巨大プラントを何年もかけて作って引き渡して帰ってきてまたよそに出かけていく、ということを大規模にやり続けていける企業があるが、それは例外。そういう企業には、日本社会の中では珍しい、外向けアニマル・スピリッツが強い人たちが集まってきます。

韓国の場合は、よほどの学歴か、コネでもない限りは就職が難しいので、それぞれが必死にアラビア語とかロシア語とかスペイン語とかできて現地でガツガツやってくる能力を身につけて就職する。現地に何年でも行って来いと言われることを当然と考える人たちがいっぱいいるのでサムスンなどはどんどん受注できるんですね。

このことは、2000年前後に、中東で日本人留学生や駐在員たちのコミュニティを避けて人知れず庶民街で勉強していた時以来、感じているものです。

中東で中の下ぐらいの階層のエリアに行くと、日本人がいない代わりに、とにかくいっぱい韓国人留学生がいたものである。欧米人や日本人が中東で苦労する、慣習やインフラ不備による不快感やギャップをそれほど感じていない様子で、野心的に、実践的に勉強していた。日本の場合はアラビア語ができたって一流企業に就職できなかったから、学者になりたいというような人しか中東に勉強に来なかった。韓国の場合は、語学を身につけて就職→過酷な現場で通訳から叩き上げて中堅社員に、といったキャリアを想定する人たちが大勢来ていた。

かつてはイランのIJPCのように、日本企業が総力を挙げて中東に大規模に人を送り込んで大規模プロジェクト全体を主導するという時代があったが、そのような時代はもう過ぎたということなのですね。韓国だって世代が変わるとどうなるかわからないが。

日本企業では「たとえ経営陣が大規模プロジェクトを受注してきても、組合が許してくれない」などという話も聞く。また、大規模なプロジェクトを請け負って事業を完遂させるまでのリスクを負えなくなっているのではないか。そこで、利幅は限られているがリスクは低く、人員も限定される納入業者の立場に甘んじるしかなくなっている。もちろん、それは産業の高度化とも言えるし、高度技術にシフトして、投資収入やライセンス収入に依存するようになるという、先進国が進まざるを得ない方向に進んでいるとも言えるのだが、人的資源の「空洞化」の側面があることは否めない。

韓国の場合、感染者との接触者がそれを隠して中国に入国したりしているのを見ても、中東に来ていたバイタリティのある人たちを思い出して、さもありなんという気がしてくる。

ちなみに中国人は韓国よりさらに一桁多い数が中東に行っている。それではなぜMERSウイルスの感染・発症例が出ていないのか?という疑問がありうる。

さあ、なぜだかわかりません。偶然まだ感染者が出ていないのかもしれない。感染者が出ていても隠しているという可能性がないではないし、気づかれずに亡くなっていたり治っていたりするという可能性がないわけではない。

ただ、現地情勢を見ている限りでは、中国と韓国では企業の中東での進出の仕方が違うので、現地社会との接触のあり方が違うのではないかとは推測できる。中国企業は確かに膨大な数の中国人労働者を連れてくるが、空港に降りるとそのままバスに乗せて砂漠の中の現場に連れて行ってしまう。だから現地社会との接触があまりなく、そのため感染が起きていないのではないかとも考えられる。

英語でかなりわかりやすいまとめが出ていたので幾つか紹介。

What You Need to Know About MERS, The New York Times, June 4, 2015.

感染症としてのMERSの特性を簡潔にまとめた上で、巡礼などサウジ特有の社会文化との関連性も主要な論点を網羅している。

As MERS Virus Spreads, Key Questions and Answers, National Geographic, June 4, 2015.

主に医学的・疾病対策的な側面からの詳しいルポ。読み易いが読み応えがある。今後の対策として、人間ではなくラクダにワクチンを打つ方法なども紹介されている。

外務省の海外安全情報の読み方ーーリスクを測る・基礎編(付録:ケニア・ガリッサの危険度)

シリアで人質に取られ殺害された二人の日本人の事件に際しては、「危険な地域になぜいった」「危険な地域に入ろうとする人を止める方法はないのか」といった問題が浮上しましたが、3月18日のチュニジア・チュニスのテロでは、比較的安全とされている地域に世界中の観光客と一緒にツアーで行ったら銃撃されて殺害された、という事態でしたので、「どこへ行ったら安全なのか」「どうやって危険を察知したらいいのか」という問題に関心が及び始めています。

個人の観光客のレベルでも、海外でのリスクをどう測り、身を守るかが、グローバル・ジハードをはじめとしたテロの拡散により、大きな課題となっています。

今日は基礎的な情報源として、外務省が発信している、安全(危険)情報の読み方を、記しておきます。完全・十分とは言えないですし、これだけでリスクをなくすことができるわけではないですが、これを見ておくことは、最低限必要な情報を入手するための手がかりとなります。

この記事のアップロードに合わせて「リスク」のカテゴリを新設しました。今後、私の目に付いたリスク情報を発信したり、リスク情報を個人や組織が読み解く手がかりや関連書籍などについて掲載する予定です。

【この項目は本来、4月3日朝に自動アップロードするために事前に書いて設定してありました。当初は北アフリカの事例を素材にしていましたが、4月2日にケニア東部ガリッサでシャバーブとみられる組織が大学を襲撃し死傷者が多く出ているため、ケニアの事例を加えました】

まず「外務省海外安全ホームページ」のトップページを見てみましょう。

http://www.anzen.mofa.go.jp/

「中東」や「アフリカ(北部)」といった地域ごとに分かれています。


地図をクリックして、「アフリカ(北部)の地域渡航情報」を表示してみましょう。

http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcareahazardinfo.asp?id=14


例えば、3月18日のバルドー博物館のテロがあった「チュニジア」をクリックしてみましょう。 

http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcinfectionspothazardinfo.asp?id=113#ad-image-0

そうすると、このような地図が出てきます。

チュニジア危険情報地図(小・広域地図ボタン付き)

この地図をクリックすると、拡大した地図が別ウィンドウで立ち上がり、各県・地域の危険度を詳細に見ることができます。

使い方のポイントを記しておきましょう。

1.基本は各国別に表示されている

→県や地域による危険度の違い・グラデーションに注意しよう。

国によっては、非常に細やかに、危険度が高い地帯とそうでもない地帯を塗り分けてくれていることがあります。かなり正確で、根拠があるものです。

→ただし、国境を越えた、複数の国にまたがる脅威の所在が見えにくいきらいがある。

注意すべきなのは、基本は国ごとに危険度が指定されているため、グローバル・ジハードのように国を超えて組織や人が離合集散する脅威については、見えにくいことです。

ある程度広範囲に見る方法はあります。例えば、世界地図→「中東」あるいは「アフリカ(北側)」などの地域単位の地図に進んだところで、地図の中の「危険度表示」をクリックしてみましょう。そうすると、すべての国の危険度が色分けされるので、相対的にどのあたりが危険か、感覚的にある程度わかってきます。

また、各国の地図を表示させた最初の地図の下にある、「広域地図表示」のボタンをクリックしてみましょう。再びチュニジアの地図を見ると、下にありますね。

チュニジア危険情報地図(小・広域地図ボタン付き)

下のボタンをクリックする。

そこでは隣国のリビアやアルジェリアの国境付近が表示されます。拡大したり動かしたりできます。そこで「周辺国危険度情報」のボタンをクリックしましょう。

そうすると、このように、国境の向こう側の隣国の危険度も表示されます。そうすると国境のこちら側に波及してくる事態も、ある程度推測できます。

チュニジア広域危険情報

しかしそれでも、基本は国ごとに色分けしてあるので、限界があります。

例えば、モロッコは全面が黄色の第1段階「十分注意してください」です。しかし隣国のアルジェリアとの国境を越えると、ちょっと赤っぽい第2段階の「渡航の是非を検討してください」になります(アルジェリア南部では第3段階の「渡航の延期をお勧めします」になります)。

モロッコ広域危険情報

私はこのモロッコの危険情報が間違っていると言いたいのではないのですが、素人考えでも、国境のこちら側は一体が安全で、国境を越えると突然一面に危険になる、ということがあるのか、疑問が出てきます。

もちろん、原則的には国ごとに分けるべきでしょう。ある場所の危険度は、その国の中央政府がどれだけ国土の隅々まで管理しているか否かにかかっていることが多いですから、中央政府が安定している国は、隅々まで安定していると考えられます。隣国の中央政府が不安定・弱体化していれば、ほんの数キロ離れた国境の向こう側では突然危険度が高くなる、ということもありえます。

しかし、中央政府が安定している国でも、隣国が極めて不安定だと、国境付近や、地理的な要因から中央政府の管轄が及びにくい地域において、部分的に治安が悪化する可能性があります。均質に一つの国の中が安全だとか危険だとか言うことができない状況が生まれてきています。

外務省の海外安全情報でも、可能な限り一国内の危険度にもグラデーションをつけている場合があります。県単位で、あるいは地域単位で塗り分けている場合があります。アルジェリアの北部と南部、さらに国境地帯での、危険度の違いなどです。

チュニジアはもっとも細やかに危険度に差をつけていて、これはかなり精度が高いといえます。ただし、3月18日の事件が首都チュニスで起こったということを除けば。チュニスは事件が起こるまで、危険度1の「十分注意してください」でした。これが事件後に危険度2に引き上げられました。

さて、4月2日に、ケニア東部のガリッサで、大学に武装集団が押し入って銃を乱射し、多くの死傷者を出す事件が発生しました

この機会に、ケニアの安全(危険)情報を見てみましょう。ケニアのページを見ると、「危険情報」のところに目立つように文書がリンクされており、クリックすると地図付きで文書が表示されます。地図を拡大して、「周辺国危険情報」もクリックしてみると、このようになります。

ケニア広域危険情報

危険情報を読みますと、東部のソマリアとの国境地帯、ダダーブ難民キャンプ、そしてガリッサに、最高レベルの赤色で塗られる、「退避勧告」が出されていることが分かります。地図にも明確にこれが示されています。

●ソマリアとの国境地帯、北東地域ダダーブ難民キャンプ周辺地域及び北東地域ガリッサ郡ガリッサ
 :「退避を勧告します。渡航を延期してください。」(継続)

また、国境地帯を含む各県には、上から二番目の「渡航の延期をお勧めします」の危険情報が出されています。

●北東地域ワジア郡、ガリッサ郡(ダダーブ難民キャンプ周辺地域及びガリッサを除く)及び沿岸地域ラム郡(ソマリアとの国境地帯を除く)
 :「渡航の延期をお勧めします。」(継続)

このように、海外に行くときは、旅程表に含まれる国とその地域にどの程度の危険情報が発せられているか、確認しておくといいでしょう。

2.広域情報を読んでみよう

→必ずしも高いレベルの危険情報が出ていない国でも、地域を横断して突発的に危険が及びうることが予想されている場合は、「広域情報」が提供されていることがあります。

各国のページに、地図には描かれてはいませんが文章で、国を横断して生じてくる可能性のある脅威・危険の所在について特記してあります。例えば、モロッコは全土が黄色の第1段階とされていますが、「広域情報」と「スポット情報」で、潜在的・突発的な脅威の存在が特記されています。ここを読んでおくと、一国ごとの危険度の塗り分けを越えた、流動的な危険の所在が見えてきます。

●【広域情報】 2015年03月19日
ISILから帰還した戦闘員によるテロの潜在的脅威に関する注意喚起

◆【スポット情報】 2015年02月03日
モロッコ:テロの脅威に関する注意喚起

→ただしこういった情報は、予備知識がないと何のことかわからないかもしれません。

読み取り方がわからない時、分かる人に聞いてみましょう。大使館・総領事館に聞いてみると、意外に親切に教えてくれる(かもしれない)。

本当はリスク情報をより細やかにして、渡航者が観光客であるか、ビジネスで行くのかなども考慮した上で情報を発信する企業などが育つといいのですが。

3.しばしば事後になってしまうが:渡航情報(危険情報) を読んでみよう

大事件が起きた時などは、渡航情報が特に発せられて、ホームページの上の方の目立つところに載っています。今なら、3月18日のチュニスのテロを受けて、チュニスの危険度が引き上げられたことが、外務省の安全情報のホームページに特に告知されています。

事件の後では遅いではないか、という考え方もあるが、そもそも秘密組織の行動を予測することは困難です。当事者たちが意図を隠すからです。一つ大きな事件が起きた後は便乗犯も出てきますし取り締まりも厳しくなりますから、衝突が連鎖したり反作用が生じたりする。特に注意が必要です。

チュニジアについての渡航情報(危険情報)の発出 (2015年3月19日)

4.大前提として:首都の重要施設、ランドマークはいかなる国でもテロの潜在的対象

→これは外務省としてはおそらく一番書きにくいことだと思うのですが、首都は常に高い確率でテロのターゲットになります。
しかし外務省では安全情報で首都の危険度を上げることは、おそらく躊躇しているでしょう。

首都は通常主要な空港があり、経済活動の多くが行われるため、首都を危険と認定すると多くの交流が途絶えてしまいかねないという事情があります。観光客はどこに行くにしてもまず首都を通ることが一般的です。それが一番便利だからです。相手国政府は首都の危険性を認定されることを非常に嫌いますので、外交関係上も、首都の危険度を引き上げるのは勇気がいります。

また首都は規模が大きいため、テロなどが生じても実際に遭遇する確率は低いとはいえます(ただし、小さい国であらゆるものが首都のある地域に集まっている場合などは、首都で何か事件に巻き込まれる可能性がある)。

実際、チュニジアも首都チュニスの危険度は一番下の「十分注意」に止められていました。それが3月18日のバルドー博物館でのテロを受けて下から2段階目に引き上げられたのです。

ケニアの例でも、見にくいですが、地図を拡大すると、首都ナイロビは現在のチュニス同様、下から2番目(上から3番目)の、「渡航の是非を検討してください」になっています。2013年9月21日にナイロビのショッピング・モール「ウェストゲート」が襲撃された事件があったことなどから、引き上げられているのでしょう。

→そもそも観光客はテロの対象になりやすいということは、厳しい現実ですが、知っておいたほうがいいでしょう。観光名所やランドマークで事件を起こすと国際的な注目が集まるため、テロ実行者にとって効果が大きくなります。海外からの観光客はほぼ必ず丸腰ですから、反撃してくる可能性のない、いわゆる「ソフトターゲット」です。

また、観光客を狙うことで経済的な打撃を与えることによる政治的な効果を目論む勢力が活動を活発化させている国・地域の場合、現地の一般人よりも観光客の方が身に危険が及ぶ可能性が高い場合があります。

これを言ってしまうと、そもそも観光客だからこそ危ないということになってしまいます。観光名所やランドマークに行くからこそ観光になるのであって、それを避けるということになるとなんのために観光に行っているかわからなくなる。この問題には解決策がありません。そもそもそのような不自由を生じさせることがテロの目的なのですから。

(まあ私個人は町の食堂で現地の人と喋りながら新聞を読んでいるだけで観光になる人間なので、一番リスクが低いのですが・・・)。

『中東 危機の震源を読む』が増刷に

2009年に刊行した『中東 危機の震源を読む』が増刷されました。

2004年12月から2009年4月までに、国際情報誌『フォーサイト』誌上で行った、毎月の「定点観測」をまとめたものです。当時は『フォーサイト』は月刊誌でした。

足掛け5年にかけて行った定点観測を見直すと、その先の5年・10年にわたって生じてくる事象の「兆し」があちこちに散らばっています。自分でも、書き留めておいて良かったと思います。そうしないとその瞬間での認識や見通しはのちの出来事によって上書きされ、合理化されてしまいます。

瞬間瞬間での認識と見通しを振り返ることで、現在の地点からの将来を展望する際の参照軸が得られます。

今年になって中東やイスラーム世界が突然話題になったと思っている人は、この本を読んでみれば、今起こっていることの、ほぼ全てが2000年台半ばから後半にかけて生じていたことの「繰り返し」であることに、気づくでしょう。それはより長期的な問題の表れであるからです。

当時からこういった分析を本気で読んでいた方にとっては、今起こっていることは、驚くべきことではなく、「来るべきものが来た」に過ぎないでしょう。

新しい帯が付いています。

中東帯付カバーおもて小

裏表紙側の帯を見てみましょう。

中東帯付カバーうら小

ここで項目一覧になっているのは、この本の目次から抜き出したものです。今新たに作ったキャッチフレーズではありません。

*アメリカ憎悪を肥大させたムスリム思想家の原体験
*イラク史に塗り込められたテロと略奪の政治文化
*「取り残された若者たち」をフランスはどう扱うのか
*風刺画問題が炙り出した西欧とイスラームの対立軸
*安倍首相中東歴訪で考える「日本の活路」

なお、裏表紙の真ん中に刷ってある「イスラームと西洋近代の衝突は避けられるかーー」云々も、初版の2009年の時から印刷してあります。

このような議論は「西洋近代はもう古い」「イスラーム復興で解決だ」と主張していた先生方が圧倒的に優位で、「イスラーム」と名のつく予算を独占していた中東業界や、中東に漠然とオリエンタリズム的夢を託してきた思想・文学業界では受け入れられませんでした。

しかし学問とはその時々の流行に敏感に従うことや、学会の「空気」を読んで巧みに立ち回ることではないのです。学問の真価は、事実がやがて判定してくれます。

「イスラーム国」による日本人人質殺害予告について:メディアの皆様へ

本日、シリアの「イスラーム国」による日本人人質殺害予告に関して、多くのお問い合わせを頂いていますが、国外での学会発表から帰国した翌日でもあり、研究や授業や大学事務で日程が完全に詰まっていることから、多くの場合はお返事もできていません。

本日は研究室で、授業の準備や締めくくり、膨大な文部事務作業、そして次の学術書のための最終段階の打ち合わせ等の重要日程をこなしており、その間にかかってきたメディアへの対応でも、かなりこれらの重要な用務が阻害されました。

これらの現在行っている研究作業は、現在だけでなく次に起こってくる事象について、適切で根拠のある判断を下すために不可欠なものです。ですので、仕事場に電話をかけ、「答えるのが当然」という態度で取材を行う記者に対しては、単に答えないだけではなく、必要な対抗措置を講じます。私自身と、私の文章を必要とする読者の利益を損ねているからです。

「イスラーム国」による人質殺害要求の手法やその背後の論理、意図した目的、結果として達成される可能性がある目的等については、既に発売されている(奥付の日付は1月20日)『イスラーム国の衝撃』で詳細に分析してあります。

私が電話やメールで逐一回答しなくても、この本からの引用であることを明記・発言して引用するのであれば、適法な引用です。「無断」で引用してもいいのですが「明示せず」に引用すれば盗用です。

このことすらわからないメディア産業従事者やコメンテーターが存在していることは残念ですが、盗用されるならまだましで、完全に間違ったことを言っている人が多く出てきますので、社会教育はしばしば徒労に感じます。

そもそも「イスラーム国」がなぜ台頭したのか、何を目的に、どのような理念に基づいているのかは、『イスラーム国の衝撃』の全体で取り上げています。

下記に今回の人質殺害予告映像と、それに対する日本の反応の問題に、直接関係する部分を幾つか挙げておきます。

(1)「イスラーム国」の人質殺害予告映像の構成と特徴  
 今回明らかになった日本人人質殺害予告のビデオは、これまでの殺害予告・殺害映像と様式と内容が一致しており、これまでの例を参照することで今後の展開がほぼ予想されます。これまでの人質殺害予告・殺害映像については、政治的経緯と手法を下記の部分で分析しています。

第1章「イスラーム国の衝撃」の《斬首による処刑と奴隷制》の節(23−28頁)
第7章「思想とシンボル−–メディア戦略」《電脳空間のグローバル・ジハード》《オレンジ色の囚人服を着せて》《斬首映像の巧みな演出》(173−183頁)

(2)ビデオに映る処刑人がイギリス訛りの英語を話す外国人戦闘員と見られる問題
 これまでイギリス人の殺害にはイギリス人戦闘員という具合に被害者と処刑人の出身国を合わせていた傾向がありますが、おそらく日本人の処刑人を確保できなかったことから、イギリス人を割り当てたのでしょう。欧米出身者が宣伝ビデオに用いられる問題については次の部分で分析しています。

第6章「ジハード戦士の結集」《欧米出身者が脚光を浴びる理由》(159−161頁)

(3)日本社会の・言論人・メディアのありがちな反応
「テロはやられる側が悪い」「政府の政策によってテロが起これば政府の責任だ」という、日本社会で生じてきがちな言論は、テロに加担するものであり、そのような社会の中の脆弱な部分を刺激することがテロの目的そのものです。また、イスラーム主義の理念を「欧米近代を超克する」といったものとして誤って理解する知識人の発言も、このような誤解を誘発します。

テロに対して日本社会・メディア・言論人がどのように反応しがちであるか、どのような問題を抱えているかについては、以下に記してあります。

第6章「ジハード戦士の結集」《イスラーム国と日本人》165−168頁

なお、以下のことは最低限おさえておかねばなりません。箇条書きで記しておきます。

*今回の殺害予告・身代金要求では、日本の中東諸国への経済援助をもって十字軍の一部でありジハードの対象であると明確に主張し、行動に移している。これは従来からも潜在的にはそのようにみなされていたと考えられるが、今回のように日本の対中東経済支援のみを特定して問題視した事例は少なかった。

*2億ドルという巨額の身代金が実際に支払われると犯人側が考えているとは思えない。日本が中東諸国に経済支援した額をもって象徴的に掲げているだけだろう。

*アラブ諸国では日本は「金だけ」と見られており、法外な額を身代金として突きつけるのは、「日本から取れるものなど金以外にない」という侮りの感情を表している。これはアラブ諸国でしばしば政府側の人間すらも露骨に表出させる感情であるため、根が深い。

*「集団的自衛権」とは無関係である。そもそも集団的自衛権と個別的自衛権の区別が議論されるのは日本だけである。現在日本が行っており、今回の安倍首相の中東訪問で再確認された経済援助は、従来から行われてきた中東諸国の経済開発、安定化、テロ対策、難民支援への資金供与となんら変わりなく、もちろん集団的・個別的自衛権のいずれとも関係がなく、関係があると受け止められる報道は現地にも国際メディアにもない。今回の安倍首相の中東訪問によって日本側には従来からの対中東政策に変更はないし、変更がなされたとも現地で受け止められていない。

そうであれば、従来から行われてきた経済支援そのものが、「イスラーム国」等のグローバル・ジハードのイデオロギーを護持する集団からは、「欧米の支配に与する」ものとみられており、潜在的にはジハードの対象となっていたのが、今回の首相歴訪というタイミングで政治的に提起されたと考えらえれる。

安倍首相が中東歴訪をして政策変更をしたからテロが行われたのではなく、単に首相が訪問して注目を集めたタイミングを狙って、従来から拘束されていた人質の殺害が予告されたという事実関係を、疎かにして議論してはならない。

「イスラーム国」側の宣伝に無意識に乗り、「安倍政権批判」という政治目的のために、あたかも日本が政策変更を行っているかのように論じ、それが故にテロを誘発したと主張して、結果的にテロを正当化する議論が日本側に出てくるならば、少なくともそれがテロの暴力を政治目的に利用した議論だということは周知されなければならない。

「特定の勢力の気分を害する政策をやればテロが起こるからやめろ」という議論が成り立つなら、民主政治も主権国家も成り立たない。ただ剥き出しの暴力を行使するものの意が通る社会になる。今回の件で、「イスラーム国を刺激した」ことを非難する論調を提示する者が出てきた場合、そのような暴力が勝つ社会にしたいのですかと問いたい。

*テロに怯えて「政策を変更した」「政策を変更したと思われる行動を行った」「政策を変更しようと主張する勢力が社会の中に多くいたと認識された」事実があれば、次のテロを誘発する。日本は軍事的な報復を行わないことが明白な国であるため、テロリストにとっては、テロを行うことへの閾値は低いが、テロを行なって得られる軍事的効果がないためメリットも薄い国だった。つまりテロリストにとって日本は標的としてロー・リスクではあるがロー・リターンの国だった。

しかしテロリスト側が中東諸国への経済支援まで正当なテロの対象であると主張しているのが今回の殺害予告の特徴であり、重大な要素である。それが日本国民に広く受け入れられるか、日本の政策になんらかの影響を与えたとみなされた場合は、今後テロの危険性は極めて高くなる。日本をテロの対象とすることがロー・リスクであるとともに、経済的に、あるいは外交姿勢を変えさせて欧米側陣営に象徴的な足並みの乱れを生じさせる、ハイ・リターンの国であることが明白になるからだ。

*「イスラエルに行ったからテロの対象になった」といった、日本社会に無自覚に存在する「村八分」の感覚とないまぜになった反ユダヤ主義の発言が、もし国際的に伝われば、先進国の一員としての日本の地位が疑われるとともに、揺さぶりに負けて原則を曲げる、先進国の中の最も脆弱な鎖と認識され、度重なるテロとその脅迫に怯えることになるだろう。

特に従来からの政策に変更を加えていない今回の訪問を理由に、「中東を訪問して各国政権と友好関係を結んだ」「イスラエル訪問をした」というだけをもって「テロの対象になって当然、責任はアベにある」という言論がもし出てくれば、それはテロの暴力の威嚇を背にして自らの政治的立場を通そうとする、極めて悪質なものであることを、理解しなければならない。

コメント『毎日新聞』にシャルリー・エブド紙へのテロについて

フランス・パリで1月7日午前11時半ごろ(日本時間午後7時半ごろ)、週刊紙『シャルリー・エブド』の編集部に複数の犯人が侵入し少なくとも12人を殺害しました。

この件について、昨夜10時の段階での情報に基づくコメントが、今朝の『毎日新聞』の国際面に掲載されています。

10時半に最終的なコメント文面をまとめていましたので、おそらく最終版のあたりにならないと載っていないと思います。
手元の第14版には掲載されていました。

「『神は偉大』男ら叫ぶ 被弾警官へ発泡 仏週刊紙テロ 米独に衝撃」『毎日新聞』2014年1月8日朝刊(国際面)

コメント(見出し・紹介含む)は下記【 】内の部分です。

【緊張高まるだろう
池内恵・東京大准教授(中東地域研究、イスラム政治思想)の話
 フランスは西欧でもイスラム国への参加者が多く、その考えに共鳴している人も多い。仮に今回の犯行がイスラム国と組織的に関係のある勢力によるものであれば、イラクやシリアにとどまらず、イスラム国の脅威が欧州でも現実のものとなったと考えられる。イスラム国と組織的なつながりのないイスラム勢力の犯行の場合は、不特定多数の在住イスラム教徒がテロを行う可能性があると疑われて、社会的な緊張が高まるだろう。】

短いですが、理論的な要点は盛り込んであり、今後も、よほどの予想外の事実が発見されない限り、概念的にはこのコメントで問題構図は包摂されていると考えています。

実際の犯人がどこの誰で何をしたかは、私は捜査機関でも諜報機関でもないので、犯行数時間以内にわかっているはずがありません。そのような詳細はわからないことを前提にしても、政治的・思想的に理論的に考えると、次の二つのいずれかであると考えられます。

(1)「イスラーム国」と直接的なつながりがある組織の犯行の場合
(2)「イスラーム国」とは組織的つながりがない個人や小組織が行った場合。グローバル・ジハードの中の「ローン・ウルフ(一匹狼)」型といえます。

両者の間の中間形態はあり得ます。つまり、(1)に近い中間形態は、ローン・ウルフ型の過激分子に、「イスラーム国」がなんらかの、直接・間接な方法で指示して犯行を行わせた、あるいは犯行を扇動した、という可能性はあります。あるいは、(2)に近い方の中間形態は、ローン・ウルフ型の過激分子が、「イスラーム国」の活動に触発され、その活動に呼応し、あるいは自発的に支援・共感を申し出る形で今回の犯行を行った場合です。ウェブ上の情報を見る、SNSで情報をやりとりするといったゆるいつながりで過激派組織の考え方や行動に触れているという程度の接触の方法である場合、刑法上は「イスラーム国」には責任はないと言わざるを得ませんが、インスピレーションを与えた、過激化の原因となったと言えます。

「イスラーム国」をめぐるフランスでの議論に触発されてはいても、直接的にそれに関係しておらず、意識もしていない犯人である可能性はあります。『シャルリー・エブド』誌に対する敵意のみで犯行を行った可能性はないわけではありません。ただ、1月7日発売の最新号の表紙に反応したのであれば、準備が良すぎる気はします。

犯行勢力が(1)に近い実態を持っていた場合は、中東の紛争がヨーロッパに直接的に波及することの危険性が認識され、対処策が講じられることになります。国際政治的な意味づけと波及効果が大きいということです。
(2)に近いものであった場合は、「イスラーム国」があってもなくても、ヨーロッパの社会規範がアッラーとその法の絶対性・優越性を認めないこと、風刺や揶揄によって宗教規範に挑戦することを、武力でもって阻止・処罰することを是とする思想が、必ずしも過激派組織に関わっていない人の中にも、割合は少ないけれども、浸透していることになり、国民社会統合の観点から、移民政策の観点からは、重大な意味を長期的に持つでしょう。ただし外部あるいは国内の過激派組織との組織的なつながりがない単発の犯行である場合は、治安・安全保障上の脅威としての規模は、物理的にはそう大きくないはずなので、過大な危険視は避ける必要性がより強く出てきます。

私は今、研究上重要な仕事に複数取り組んでおり、非常に忙しいので、新たにこのような事件が起きてしまうと、一層スケジュールが破綻してしまいますが、適切な視点を早い時期に提供することが、このような重大な問題への社会としての対処策を定めるために重要と思いますので、できる限り解説するようにしています。

現状では「ローン・ウルフ」型の犯行と見るのが順当です(最近の事例の一例。これ以外にも、カナダの国会議事堂襲撃事件や、ベルギーのユダヤ博物館襲撃事件があります)

ただし、ローン・ウルフ型の犯行にしても高度化している点が注目されます。シリア内戦への参加による武器の扱いの習熟や戦闘への慣れなどが原因になっている可能性があります。

ローン・ウルフ型の過激派が、イラクとシリアで支配領域を確保している「イスラーム国」あるいはヌスラ戦線、またはアフガニスタンやパキスタンを聖域とするアル=カーイダや、パキスタン・ターリバーン(TTP)のような中東・南アジアの組織と、間接的な形で新たなつながりや影響関係を持ってきている可能性があります。それらは今後この事件や、続いて起こる可能性のある事件の背後が明らかになることによって、わかってくるでしょう。(1)と(2)に理念型として分けて考えていますが、その中間形態、(2)ではあるが(1)の要素を多く含む中間形態が、イラク・シリアでの紛争の結果として、より多く生じていると言えるかもしれません。(1)と(2)の結合した形態の組織・個人が今後多くテロの現場に現れてくることが予想されます。

本業の政治思想や中東に関する歴史的な研究などを進めながら、可能な限り対応しています。

理論的な面では、2013年から14年に刊行した諸論文で多くの部分を取り上げてあります。

「イスラーム国」の台頭以後の、グローバル・ジハードの現象の中で新たに顕著になってきた側面については、近刊『イスラーム国の衝撃』(文春新書、1月20日刊行予定)に記してあります。今のところ、生じてくる現象は理論的には想定内です。

ユーラシア・グループの2015年リスク予測も発表

ユーラシア・グループが5日に今年の10大リスク予測を発表しましたね。

私も参加させてもらったPHP総研のグローバル・リスク予測(「2015年のグローバルリスク予測を公開」2014/12/20)と比較してみたいが、新年早々締め切りがどんどん来ていて切羽詰まっているので時間ありません。

簡単な紹介はこれかな。

「2015年最大のリスクは欧州政治 米調査会社予測 ロシアや「金融の兵器化」も上位」『日本経済新聞』(電子版)2015/1/5 21:04

「アジアのナショナリズム」は騒がれているけど実際はそう危険でもないよ、というのはアジアの顧客を重視して拠点を置いているユーラシア・グループらしい冷静さ。

アメリカの主流の人たちは非常にトランス・アトランティック(環大西洋)な世界に生きている。その延長線上の「勢力範囲」である中東とかアフリカまでについてはえらく強いが、アジア太平洋地域は「裏世界」(「裏日本」みたいな意味で)としか思っていないからよく分かっていない。なので「日本でナチスが台頭」みたいないい加減な話を、無知で無関心で、おそらく内心見下しているが故に、信じてしまうことがある。

ユーラシア・グループはアジア太平洋側に顧客を持っているから、安易に欧米の真ん中辺の人たちの発想で情報提供をすると見限られてしまうので、今年は抑え気味に来ていますね。煽って注目を集めようとする時も多いのですが。

まあおみくじとか新年初売りの景気付けの口上みたいなものと思ってください。

これについての吉崎達彦さんの解説があると、一年が始まった気がします(昨年はこれ)。

今年はハッピ着て鉢巻きしてやってほしい。新年開運予測。

2015年のグローバルリスク予測を公開

昨日12月19日(金)に、私も参加させていただいた、「2015年版PHPグローバル・リスク分析」レポートが公開されました。

cover_PHP_GlobalRisks_2015.jpg

PHP総研のウェブサイトから無料でダウンロードできます。

2015年に想定されるリスクを10挙げると・・・

リスク1.オバマ大統領「ご隠居外交」で迷走する米国の対外関与

リスク2. 米国金融市場で再び注目されるサブプライムとジャンク債

リスク3. 「外国企業たたき」が加速する、景気後退と外資撤退による負の中国経済スパイラル

リスク4. 中国の膨張が招く海洋秩序の動揺

リスク5. 北朝鮮軍長老派の「夢よ、もう一度」 ―核・ミサイル挑発瀬戸際外交再開

リスク6. 「官民総債務漬け」が露呈間近の韓国経済

リスク7. 第二次ウクライナ危機がもたらす更なる米欧 -露関係の悪化と中露接近

リスク8. 無統治空間化する中東をめぐる多次元パワーゲーム

リスク9. イスラム国が掻き立てる先進国の「内なる過激主義」

リスク10. 安すぎるオイルが誘発する産油国「専制政治」の動揺

という具合になりました。果たして当たるでしょうか。

なお、1から10までに、「どれがより危険か」とか「どれが起こる可能性が高いか」といった順位はつけておりません。論理的な順序や地域で並べたものです。

このプロジェクトには2013年度版から参加させていただいており、今回で3年連続です。毎年10のリスクを予測して、長期間続けて経年変化を見ると、その間の国際政治・社会の変化が感じられるようになるのではないかな。中東・イスラーム世界関連は大抵2個半ぐらいの席を安定的に確保。中東関連に2つ割り当てるか3つ割り当てるかで毎回悩むところです。中東問題が拡散して、世界の問題になると帰って項目としては減ったりする。アメリカの外交政策の問題として別項が立って、その項目がかなりの部分中東問題であったりするわけですね。別に他の分野とリスクのシェアの取り合いをしているわけではありませんが、他の項目や全体とのバランスで毎回悩むところです。

2014年度版についてはこのエントリなどを参照してください

年明けにはEurasia Groupが恒例のリスク・トップ10を発表して話題になるので、その前に出してしまおうというのが当方の戦略。二番煎じのように見られると困りますからね。

Eurasia Groupの2015年版がでたら、ぜひそれとの比較もしてみてください。

リスクが高そうな分野の専門家が集まってリスクを予測しているうちに、年々本当にリスクが顕在化していくので全員がいっそう忙しくなり、皆死にそうになりながら、年末になると集まって議論をして文章を練っています。今年は特に、私も緊急出版の本の入稿とかちあったので、大変な思いをしまして他の専門家の方々にひたすら助けていただきました。それでもいくつも私の論点を取り入れてもらっています。取りまとめをして引っ張っていってくださった皆様、ありがとうございました。

こちらは本一冊の原稿や校正を戻したものの最後の詰めが残っており、もう一冊の共著もヤマ場に差し掛かり、さらに、ここ数年、一番力を入れてきた著作を、年末年始に脱稿せねばならない。

というわけで面会謝絶・隠遁生活の年末が始まります。

【寄稿】『ウェッジ』11月号に、グローバル・ジハードの組織理論と、世代的変化について

「イスラーム国」のイラクでの伸長(6月)、米国の軍事介入(8月イラク、9月シリア)、そして日本人参加未遂(10月)で爆発的に、雪崩的に日本のメディアの関心が高まって、次々に設定される〆切に対応せざるを得なくなっていましたが、それらが順次刊行されています。今日は『ウェッジ』11月号への寄稿を紹介します。

池内恵「「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード」『ウェッジ』2014年11月号(10月20日発行)、10-13頁

11月の半ばまでの東海道新幹線グリーン車内で、あるいはJRの駅などでお買い求めください。

ウェッジの有料電子版にも収録されています。

また、この文章は「空爆が効かない「イスラム国」の正体」という特集の一部ですが、この特集の記事と過去の別の特集の記事を集めて、ブックレットのようなサイズで電子書籍にもなっているようです。

「イスラム国」の正体 なぜ、空爆が効かないのか」ウェッジ電子書籍シリーズ「WedgeセレクションNo.37」

電子書籍に収録の他の記事には、無料でネット上で見られるものもありますが、私の記事は無料では公開されていません(なお、電子書籍をお買い求めいただいても特に私に支払いがあるわけではありません。念のため)。

なお、『週刊エコノミスト』の電子書籍版に載っていない件については、コメント欄への返信で説明してあります。

ジョージ・フリードマン『続・100年予測』に文庫版解説を寄稿

以前にこのブログで紹介した(「マキャベリスト・オバマ」の誕生──イラク北部情勢への対応は「帝国」統治を学び始めた米国の今後を指し示すのか(2014/08/21))、地政学論者のジョージ・フリードマンの著作『続・100年予測』(早川文庫)に解説を寄稿しました。帯にもキャッチフレーズが引用されているようです。


ジョージ・フリードマン『続・100年予測』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

単行本では邦訳タイトルが『激動予測』だったものが、文庫版では著者の前作『100年予測』に合わせて、まるで「続編」のようになっている。


ジョージ・フリードマン『100年予測』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

確かに、『激動予測』ではありふれていてインパクトに欠けるので、文庫では変えるというのは良いが、かといって『続~』だと『100年~』を買ってくれた人が買ってくれる可能性は高まるかもしれないが、内容との兼ね合いではどうなんだろう。

英語原著タイトルはThe Next Decadeで、ずばり『10年予測』だろう。100年先の予測と違って、10年先の予測では個々の指導者(特に超大国の最高権力者)の地政学的認識と判断が現実を左右する、だから指導者はこのように世界情勢を読み解いて判断しなさい、というのが基本的な筋立てなのだから、内容的には「100年」と呼んでしまっては誤解を招く。

こういった「営業判断」が、日本の出版文化への制約要因だが、雇われで解説を書いているだけだから、邦訳タイトルにまで責任は負えません。

本の内容自体は、興味深い本です。それについては以前のブログを読んでください。

ただし、鵜呑みにして振りかざすとそれはそれでかっこ悪いというタイプの本なので、「参考にした」「踏まえた」とは外で言わないようにしましょうね。あくまでも「秘伝虎の巻・・・うっしっし」という気分を楽しむエンターテインメントの本です。

まかり間違っても、「世界の首脳はフリードマンらフリーメーソン/ユダヤ秘密結社の指令に従って動いている~」とかいったネット上にありがちな陰謀論で騒がんように。子供じゃないんだから。

フリードマンのような地政学論の興味深いところ(=魔力)は、各国の政治指導者の頭の中を知ったような気分になれてしまうこと。政治指導者が実際に何を考えているかは、盗聴でもしない限り分からないのだから、ごく少数の人以外には誰にも分からない。しかし「地政学的に考えている」と仮定して見ていると、実際にそのように考えて判断し行動しているかのように見えてくる。

今のオバマ大統領の対中東政策や対ウクライナ・ロシア政策でも、見方によっては、フリードマンの指南するような勢力均衡策の深謀遠慮があるかのように見えてくる。

しかし実際にはそんなものはないのかもしれない。単に行き当たりばったりに、アメリカの狭い国益と、刹那的な世論と、議会の政争とに煽られて、右に行ったり左に行ったり拳を振り上げたり下げたりしているだけなのかもしれない。あるいは米国のリベラル派の理念に従って判断しつつ保守派にも気を利かせてどっちつかずになっているのかもしれない。

でも、行き当たりばったり/どっちつかずにやっていると、各地域の諸勢力が米側の意図を読み取れなくなって、米の同盟国同士の関係が齟齬をきたしたり、あるいは敵国が米国の行きあたりばったりを見切って利用したり、同盟国が米国に長期的には頼れないと見通して独自の行動をとったりして、結局混乱する。しかしどの勢力も決定的に状況を支配できないので、勢力均衡的な状況が結果として生まれることも多い。

で、その状況を米国の大統領が追認してしまったりすると(まあするしかないんだけど)、あたかも最初からそれを狙っていた高等戦術のようにも見えてくる、あるいはそう正当化して見せたりもする。

そうするとなんだか、世界はフリードマン的地政学論者が言ったように動いているかのようにも見えてくるし、ひどい場合は、米国大統領がフリードマンに指南されて動いているとか、さらに妄想をたくましくしてフリードマンそのものが背後の闇の勢力に動かされていて、この本も世界を方向付ける情報戦の一環だとか、妄想陰謀論に支配される人も出てくる。

本って怖いですね。いえ、だから素晴らしい。

でもまあ結局この本で書いてあることは、常にではないが、当たることが多い。商売だから、「外れた」とは言われないように仕掛けもトリックも埋め込んで書いている。「止まった時計は、一日に二回正しい時を刻む」的な議論もあるわけですね。その辺も読み取った上で、「やっぱり読みが深いなあ」という部分を感じられるようになればいいと思う。

改めて、決して、外で、「読んだ」っていわないように。