【今日の一枚】(32)中東の国境線を引き直すなら(6)「イスラーム復興」の野望

中東再分割の地図をいろいろ紹介してきましたが、最も話題になった、印象に残っているのはこれかもしれません。

イスラーム国黒地図2世界
出典:“The ISIS map of the world: Militants outline chilling five-year plan for global domination as they declare formation of caliphate – and change their name to the Islamic State,” Daily Mail, 30 June 2014.

「イスラーム国」が目指すカリフ制の支配領域は、ここまでなのだ、と真偽は不明ですがウェブ上で出回っているものを、いろいろな新聞が転載して、よく知られるようになったものです。

日本の世界史の教科書に載っているような、イスラーム世界の栄光の時代に征服して支配していた土地は全部取り戻すというのですね。「イスラーム国」あるいはそれを支持する勢力がこのような世界観と地理感覚・地理概念を持っていることは確かです。

【今日の一枚】(31)中東の国境線を引き直すなら(5)イスラーム国の黒地図

中東再分割の地図でもっとも有名といえば、「イスラーム国」による中東、そして世界の再分割の野望を示したものとして出回っている、黒地図でしょう。真偽のほどは分かりません。このような発想は広くアラブ世界の民族主義的な界隈に広がっていることは確かですが。

イスラーム国の黒地図1
出典:“The Fall of Mosul to the Islamic State of Iraq and al-Sham,” Institute for the Study of War, June 10, 2014.

「イスラーム国」がモースルを占拠して大きな話題になってすぐに、ISWがブリーフィングのプレゼンテーションのスライドを公開して、その中に、どこからか入手した、「イスラーム国」側がもくろむイラクとシリアの新たな「州(wilaya)」への分割計画を示したものとみられる、このおどろおどろしい黒く塗られた地図が入っていました。これがその後の「イスラーム国」に関する議論でも使われ続けています。実際、その後の「イスラーム国」はおおむねこの地図に基づいた統治・行政区画を主張しています。

これまでに示したように、欧米の言論の場で中東再分割とその地図についての議論が盛り上がっていたところに、「イスラーム国」が出てきて、どことなく符合する独自の案を出してきた(ように見えた)ことが、様々な想像力を刺激したのでしょう。

【今日の一枚】(30)中東の国境線を引き直すなら(4)2007年末のゴールドバーグの記事

ロビン・ライトの中東再分割地図の記事がニューヨーク・タイムズ紙に出て議論の軸になると(この人は英語圏で中東に関していつもそのような役割を負うようですが)、例のArmed Forces Journalはじめ、「うちがこの件では元祖だよ」と言い出すようになったのですが、その中で話題なったのは、オバマ大統領とも近く、中東やイスラエルに強いジャーナリストのジェフリー・ゴールドバーグが2014年6月に出した論稿。「イスラーム国」がイラクのモースルを陥落させ、「中東の地図を塗り替える」と息巻いたところで、「うちは2007年にはこのことを予期していました」と「ドヤ顔」です。まあこういうのも「だからアメリカの陰謀だ」という話のネタになってしまうのですが。

中東分割案アトランティック2007
出典:Jeffrey Goldberg, “The New Map of the Middle East:  Why should we fight the inevitable break-up of Iraq?,” The Atlantic,  June 19, 2014.

この地図はアトランティック誌の2008年1・2月号に最初に載ったものでした。

Jeffrey Goldberg, “After Iraq: A report from the new Middle East—and a glimpse of its possible future,” The Atlantic, January/February 2008.

 

【今日の一枚】(29)中東の国境線を引き直すなら(3)米退役軍人作家の奇想

中東再分割の地図としてもっとも有名で、物議を醸したものが、これ。2006年に、米国の退役軍人の作家が、米軍人さん向けの雑誌Armed Forces Journalに載せたもの。民族や宗派に合致するように国境線を引いたら、こうなるよ、と大胆に引き直してみせた。

中東分割案2006Armed Forces Journal出典: Ralph Peters, “Blood borders,” Armed Forces Journal, June 1, 2006.

これは別に米国の政策でもなんでもなくて、ただ仮説として面白半分に書いただけなようだが、軍人さん向けの雑誌に載ったために、「米国の陰謀!」として中東及び世界の陰謀論で使いまわされる結果となった。

ウェブ版の記事には地図が載っていないのだが、話題になりすぎたから隠したというわけでもなく、単に紙媒体からウェブにデータを移行するときに載らなかったみたい。

2013年9月にロビン・ライトがNYTで中東再分割地図を、ネタとはいえ多少本気な感じで提案して話題になった時に、AFJの編集部も、「弊誌ではずっと先にやっていました」と、改めてウェブサイトに地図を載せている。悪びれた様子はない。「米政府の見解とは無関係、言論の自由です」ということなのだろうが、米国がやることはいちいち注目されるので、もう少し配慮がないものか。「イスラーム国は中東分割をたくらむ米国の陰謀」といった議論をする論者には、軍人さん向けの一般誌のお楽しみの記事でも「動かぬ証拠」になってしまいます。

“Peters’ “Blood borders” map,” Armed Forces Journal, October 2, 2013.

【今日の一枚】(28)中東の国境を引き直すなら(2)キング・クレーン報告書

中東を再分割するなら?という思考実験で用いられる地図のその2。1919年のキング・クレーン委員会の報告書で行われた提案。2013年にアトランティック誌が引っ張り出して来て、ちょっと話題になりました。

キングクレーン委員会

出典:“The Middle East That Might Have Been: Nearly a century ago, two Americans led a quixotic mission to get the region’s borders right,” The Atlantic, February 13, 2015.

1916年のサイクス=ピコ協定での植民地分割密約に固執する英仏に対して、民族自決を掲げたキング・クレーン委員会はキングとクレーンの二名を団長とするアメリカ人主体の調査団を送り込みました。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)でも書いたように、実際には1920年のセーブル条約でいったん極端に分割されたオスマン帝国領土を、1923年までに新生トルコ共和国が一定程度奪い返して決着します。

しかし、より現地の民族・宗教・宗派を考慮して線引きすればこうなったかもしれない、というのがキング・クレーン報告書です。

その後人口構成が変わっているので、アルメニアのところなどは現在は全く現実味がありませんが。イスタンブルの国際管理など、現代には考えられないことですが。

【今日の一枚】(27)中東の国境を引き直すなら(1)ロビン・ライトが書いたもの

シリアの分割を考えるときに参照される歴史地図を先日示しましたが、中東全体に国境線を引き直すなら、という思考実験は多く行われています。いくつか紹介しましょう。

一つはこれ。

中東分割地図1(NYT)
出典:Robin Wright, “Imagining a Remapped Middle East,” The New York Times, September 28, 2013.

この地図に付された記事はこれ。筆者は中東ジャーナリストのロビン・ライト。ワシントンの政治家にも近い有力・有名な人なので、アドバルーンか?と噂されたものです。

Robin Wright, “How 5 Countries Could Become 14: Slowly, the map of the Middle East could be redrawn,” The New York Times, September 28, 2013.

【今日の一枚】(26)シリア内戦の地図と言えばInstitute of the Study of War

地図をいろいろ紹介していますが、これらはみな、英語圏の有力メディアやシンクタンクが上手にcartographyを駆使して作ってくれたものを借用しています(出典とURLは明記してあります)。

New York TimesとかEconomistとか、そういった地図を作るのが上手な人を囲い込んで投資しているから上手なのですが、地図を作る人自体は中東については専門ではないので、中東の情報はシンクタンクなどから仕入れてきています。最も多く参照されるのがInstitute of the Study of Warです。

Institute of the Study of Warのウェブサイトを見ると、逐一レポートが公開されていて、その目玉は戦況を描いた地図です。最近のものだと、
“RUSSIAN AIRSTRIKES IN SYRIA: JULY 28 – AUGUST 29 2016,” Aug 30, 2016.
でしょうか。このような地図が掲載されています(地図PDFへのダイレクトリンク)。

シリア内戦地図2016年8月ISW

トルコの支援で国境地帯に辛うじてへばりついている反体制派が黄色いエリアで塗られていたり、ロシアの空爆が、アラド政権が奪還を目指すアレッポに集中的に行われていたり、といったことが分かります。

【今日の一枚】(22)英エコノミストのDaily Chartはやはり秀逸

昨日、英Economistのシリア内戦勢力図が、4月段階のものと8月段階のものを比べてみると、やはり簡にして要を得た、優れたものであることを見てきました。

日々の記事に添えられた地図やグラフがすばらしいのですが、こういったグラフィックを集めたDaily Chartというカテゴリのコーナーはお勧めですね。

拙著『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』は今年5月の100周年に合わせて出し、地図を多く作成して添えておきましたが、Economistも記念日に合わせてDaily Chartに地図を配信していました。

英エコノミストDaily Chart_May_16_2016
“Daily chart: Sykes-Picot 100 years on,” The Economist, 16 May 2016.

英仏だけでなく、より中東に密着したロシアが、この協定に加わっていたことを描いていますね。帝政ロシアはトルコ南東部の、当時アルメニア人やクルド人が多く住んでいた地域に、南コーカサスの勢力範囲を延伸して介入してきた。そして、イスタンブル周辺の戦略的要衝のボスフォラス・ダーダネルス海峡の支配圏も、英仏に対して認めさせた。結局帝政ロシアが翌年の革命で崩壊したので夢と終わったのですが。そうでなければ世界地図は大きく変わっていたでしょう。

サイクス=ピコ協定は、それが何かの原因というよりは、露土戦争と東方問題の「結果」であるという認識があると、現代の中東情勢を見る際にも、現地の地政学的環境を踏まえた視点が定まります。

ダッカ事件をめぐって(3)ジハードの論理

ダッカ事件に際しての備忘録その(3)。

ダッカ事件に際しては、ジハードという理念を奉じて攻撃を行う場合の、武装集団(あるいは個人)側からの世界の見え方、敵の見え方について、日本の常識や通念からは理解しにくいことにより、知らず知らずのうちに、あるいは半ば意図と願望と思惑に基づく、事件の基本的事実を捻じ曲げる議論が無数に発信されていきました。

これらがSNSで集約され、一定の人間の頭の中では「事実」となっていくのもまた、SNSは可視化してくれます。そのような仮想現実を強固に頭の中に備え付けた人が、メディアなどで影響力を持つことは、民主主義にとって重大なリスクを増大させます。

思い込みから脱洗脳するために、役に立ちそうな記事をいくつかシェアしましたが、その一部にはコメントをつけました。それらのうち1つをここに転載します。これはアゴラにも転載されています。

7月3日 17:14 https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205282278655536

 池内恵「ダッカテロ 〜 日本人が知らないジハードの論理」『アゴラ』2016年07月03日 18:00

(時事通信)実行犯、20~28歳学生か=標的は「外国人と異教徒」-バングラ

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016070300088&g=isk

ジハードの 論理からいって、このような手順は基本。

【また、実行犯は人質になったバングラデシュ人の男性店員に対し、ベンガル語で「心配するな。われわれは外国人と非イスラム教徒を殺しに来ただけだ」と話していた。一人ひとりにイスラム教の聖典コーランの一節を暗唱させ、できなければ殺害したという。】

穏健なイスラーム教徒がこれを回避するには、例えばバングラデシュと日本という国同士が和平を結んでいるから、その国民を殺してはいけない、などと反論できますが、その和平が、多神教徒でイスラームを受け入れない国とのものだから無効、と唱えると、少なくとも平行線になり「見解の相違」になってしまいます。

なお、イスラーム教徒もジハードの一環として攻撃の対象になる場合がありますが(今回は治安部隊の要員が複数亡くなっている)、敵と同盟したことを理由に正当化する思想が強くあります。あるいはなんらかの理由でムスリムではなくなった(背教した=不信仰者・カーフィルになった)ととらえてジハードの対象にすることを「タクフィール」と呼び、今現在のイスラーム過激派の問題の中心の問題です。

それについて日本の多くの人が知らないのはやむをえないですが、知らないからといって存在しないなどと言い張ってはいけません。

【今日の一枚】(20)ヴェルサイユ会議(1919)でのクルド人の国家・領土要求

シリアで、イラクで、そしてもしかすると将来はトルコでも、クルド人の自治や独立要求が強まってくると、そもそもクルド人の国家独立要求の範囲は最大どのあたりまでなの?という関心が沸きます。

国家独立や自治を要求する範囲は、政治状況による、としか言いようがありません。クルド人が住んでいるエリアはありますが、多数派として住んでいる場合と少数派として住んでいる場合が混在しています。時代によって、クルド人の居住範囲は移り変わります。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』でも取り上げましたが、第一次世界大戦中と直後が、1つの画期でした。

この時期にクルド人の独立・自治要求が公的に現れ始めました。

最初の国際的な外交舞台での独立・自治要求の範囲を、図示したのがこの地図です。1919年のもの。

クルド人の国家要求範囲1919
Hakan Özoğlu,”Lessons From the Idea, and Rejection, of Kurdistan,” The New York Times, July 5, 2014.

ニューヨーク・タイムズ紙のこのコラムに付された記事は、もともとこのコラムの著者が出した本に掲載された地図に依拠しています。本の中の地図が載っている該当頁を、著者がグーグル・ブックスへのリンクで示してくれているので、それを見てみましょう。

クルド人の領土要求1919シェリーフ・パシャ

地図に付された解説によりますと、1919年のヴェルサイユ講和会議に向けて、クルド人の有力者であるシェリーフ・パシャが、クルド人の独立あるいは自治の領域範囲を地図で示したとのこと。この地図を見てみますと、アルメニア人と領域要求が衝突しないように、アルメニア人が強く領土と主張するヴァン湖のあたりが除外されていたり、地中海岸に到達せず、キリキアのあたりも主張していない。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムではこの地図をより見やすく現在の地図の上に被せてくれています。

しかしこれは妥協しすぎだと、別のクルド人有力者が異を唱え、もっと広くガバッとクルド人の領域を主張した地図を示していたようです。イギリスの外交文書館に残っていました。

クルド人領土要求ベディルハーン

こちらの地図では、ヴァン湖も含めており、地中海岸にまで主張する領域が到達しています。

出典はHakan Özoğlu, Kurdish Notables and the Ottoman State: Evolving Identities, Competing Loyalties, and Shifting Boundaries, State University of New York Press, 2004, pp. 39-40.

【今日の一枚】(19)シリア内戦・クルド人勢力(その4)

シリアのクルド人勢力が、シリア内戦と「イスラーム国」に対抗して結束し、米国やロシアの支援を集めていくことで、3つの飛び地が1つにまとまろうとしている。現在はまだ2つに分かれていますが、最近のマンビジュでの戦闘は、それが場合によっては1つになってしまう可能性を示唆しています。

それがトルコやイラクのクルド人勢力や、中央政府を刺激していく。これらの過程は、記録・記憶され、後に検証もされるべきものでしょう。この地図は2015年8月の段階のものです。

シリア北部クルド領域2015年5月・8月の拡大

“Why Turkey Is Fighting the Kurds Who Are Fighting ISIS,” The New York Times, August 12, 2015.

この地図では2015年5月28日から8月初頭の間のシリア北部のクルド人勢力の支配領域の変化が図示されています。2014年以来の「イスラーム国」によるコバネの包囲を撃退した後に、逆にテッル・アブヤドなどを制圧することで、従来のクルド人が多数派を占める領域を超えて、クルド人勢力が支配領域を広げていきます。

それに対してトルコは、トルコ・シリア回廊ともいうべき、アレッポの北方の、ユーフラテス河以西の地域に「安全地帯」という名の、トルコの勢力圏を確保する、と米国に主張して対峙するのです(下記の赤い点線の間の範囲)。

シリア北部クルド人地域へのトルコの勢力圏主張

“Inside Syria: Kurds Roll Back ISIS, but Alliances Are Strained,” The New York Times, August 10, 2015.

【今日の一枚】(18)シリア内戦 クルド人勢力(その3)勢力の拡大

さて、シリア内戦の地図集に戻りましょう。

今日は、「イスラーム国」がシリア北東部で2014年後半に一気に拡大した上で、支配領域を失っていく過程で、クルド人勢力が支配領域を広げていく様子を順に図示した地図を見ておきましょう。

クルド人勢力の台頭2014から2015年
“How Control of Syria Has Shifted,” The New York Times, October 2, 2015.

緑の部分がクルド勢力(拡大するには元記事をクリックしてください)。2014年の1月時点では3つに分断されていたものが、まず2015年1月には真ん中のコバネが「イスラーム国」に包囲、制圧されてほとんど消滅していますが、それが2015年10月の地図ではコバネを取り戻し、東のジャジーラとコバネをつないで、拡大しています。

【今日の一枚】(17)イスタンブル・アタチュルク空港で銃撃・自爆テロ

ここのところシリア内戦や「イスラーム国」、クルド人勢力の台頭などについて、地図を通じて紹介する長期シリーズが続いていますが、今日はトルコ。イスタンブルのアタチュルク空港で28日夜(現地時間)に起きたテロ事件(当日のライブ・アップデート)について地図をまとめておきましょう。(だんだん「一枚」じゃなくなってきたので通しタイトルを今日から変えました)

本来は、シリアやイラクやリビアやイエメンの内戦、イスラーム国の各地での広がりなどを順に紹介しているうちに、「本丸」とも言えるトルコに紛争が波及して・・・という順序を思い描いていたのですが、トルコへの波及が加速していますので、早めにトルコを見ておきましょう。

今回は思いっきり初歩的に、トルコ全体の中のイスタンブルの位置と、イスタンブルの中のアタチュルク空港の位置から。

イスタンブル・アタチュルク空港
“Istanbul Ataturk airport attack: 41 dead and more than 230 hurt,” BBC, 29 June, 2016.

アタチュルク空港はトルコ最大、ヨーロッパ全体でもパリやロンドンに次ぐ規模です。イスタンブルのヨーロッパ側の旧市街から少し西に行ったところにあります。

イスタンブルには国際空港がもう1つ、LCC向けのサビーハ・ギョクチェン空港がアジア側にあります。ここでも昨年12月23日にテロが起きましたし、西欧のジハード志願者がシリアの「イスラーム国」に行くときにこの空港を経由していることが監視カメラの映像で記録されていたりもします。

ここのところイスタンブル中心部や、空港でのテロが周期的に起きています。主要なものはこれら。トルコ南東部で頻発する、クルド民族主義のPKKによる、軍や警察施設を狙ったテロは含まれていません。

2016
7 June, Istanbul: Car bomb kills seven police officers and four civilians. Claimed by Kurdish militant group TAK
19 March, Istanbul: Suicide bomb kills four people in shopping street. IS blamed
13 March, Ankara: Car bomb kills 35. Claimed by TAK
17 February, Ankara: 29 killed in attack on military buses. Claimed by TAK
12 January, Istanbul: 12 Germans killed by Syrian bomber in tourist area

2015
23 December, Istanbul: Bomb kills cleaner at Istanbul’s Sabiha Gokcen airport. Claimed by TAK
10 October, Ankara: More than 100 killed at peace rally outside railway station. Blamed on IS
20 July, Suruc, near Syrian border: 34 people killed in bombing in Kurdish town. IS blamed

それらの位置を地図に図示したものも見ておきましょう。

イスタンブルテロ現場2015•2016

“ISIL ‘key suspect’ in Istanbul’s Ataturk airport attack,” al-Jazeera, 29, June, 2016.

警備の厳しいはずの空港にどのようにして攻撃を仕掛けたのか、拡大してみてみましょう。

イスタンブル・アタチュルク空港テロ現場

“Istanbul Ataturk airport attack: 41 dead and more than 230 hurt,” BBC, 29 June, 2016.

この地図で薄い青緑に塗られているところが空港の建物ですが、ここにタクシーで乗り付けて、銃を乱射しながら警備を突破して建物内に侵入、そのうち一人はアライバルの階まで移動してから、自爆しています。

昨年(2015年)以来、トルコでのテロはイスタンブルに限定されません。政治の首都アンカラと、そして南東部でも。今年3月13日のアンカラ、19日のイスタンブルでのテロを受けてドイツのDWが作ってくれた地図を転載しておきましょう。

トルコのテロ現場2015•2016年
“Turkey blames ‘Islamic State’ for Istanbul suicide bombing,” DW, 20 March, 2016.

トルコで状況を大きく変えたのが、昨年7月20日の、南東部のシリアとの国境の町スルチでのクルド系団体の集会に対して行われたテロ。「イスラーム国」による犯行と見られています。

これによって、トルコ政府は一方で「イスラーム国」との戦いの前線に立つとともに、イスラーム主義過激派を温存してクルド人への対抗勢力にさせた、と疑うクルド系のPKKとも全面対決することになりました。政府とPKKとの間で進められてきた和平交渉は頓挫し、クルド人の拠点としディヤルバクルなどで、軍・治安部隊とPKK、あるいはその過激分派のTAKとの紛争が続きます。PKKは越境してイラク北部にも拠点を置いており、そこにもトルコは空爆を加えています。

アンカラでのテロは、昨年10月10日のものは「イスラーム国」が疑われていますが、今年2月17日、3月13日のギュヴェン公園付近でのものはPKK系のTAKの犯行であることが判明しています。

クルド民族運動のTAKは軍や警察施設・車両を狙うのに対して、「イスラーム国」は観光客など外国人・非ムスリムを狙う傾向があります。またトルコで「イスラーム国」関連と見られるテロでは、これまではいきなり自爆していましたが、今回はまず銃撃してから自爆しています。また、トルコで「イスラーム国」関連と見られるテロでは、「イスラーム国」はほとんどはっきり犯行声明を出さないという特徴があります。これがどうしてなのかは様々な推測が可能になるところです。

アンカラでのテロの場所も図示しておきましょう。

アンカラテロ現場2015•2016
“Turkey caught in overlapping security crises,” BBC, 14 March, 2016.

【今日の一枚】(15)シリア内戦 クルド人勢力の台頭(その1)自治政府宣言

これまでに、シリア内戦について、アサド政権がロシアの空爆に支援されてアレッポ北方で進めた勢力拡大(2016年2月)、米国が支援する新シリア軍による南部のタニフの制圧と、それに対するロシアの空爆、そして「イスラーム国」が2014年から2015年にかけて伸長する様子を地図で見てきました。

それと並行して、シリア北部のクルド人勢力が台頭してきます。三つの飛び地のうち東の二つ、つまりジャジーラとコバネをつなげ、トルコとの国境地帯に帯状の勢力範囲を確保しようと、ユーフラテス河を越えてマンビジュを攻略にかかる、というのが2016年6月の展開です。

その間の重要な画期といえば、クルド人勢力が今年3月に行った自治政府宣言でしょう。

今年3月17日に、シリアのクルド人勢力が、一方的にシリアの連邦化と、「ロジャヴァ(西クルディスターン)」の自治政府宣言を行いました。

シリア・クルドの自治宣言

“Syria Kurds, regime to press talks after deadly clashes,” Daily Mail (AFP), 23 April 2016.

シリアのクルド人勢力が支配する領域が、コバネから東はテッル・アブヤドなども含むようになり、またユーフラテス川を超えてマンビジュに及ぼうとするところも、細かく見ると描かれています。

また、この地図で、シリアだけでなく、トルコとイラクを含んだ広域の中東地図の中で、クルド人が多く住む地域全体を視野に入れ、その上で、シリアの北部の自治政府を宣言した地域を見てみましょう。すると、シリアでクルド人勢力の自治が確立していけば、やがて将来には、イラクですでに高度な自治を達成しているクルディスターン地域政府(KRG)とつながるのではないか、そして最大のクルド人人口を擁するトルコにも自治要求や分離主義運動が飛び火するのではないか、と危惧される理由が分かります。

地理的には、シリアのクルド人の居住地域は、トルコのクルド人居住地域の延長に見えます。シリアのクルド人が自治や独立に進むと、「本体」というべきトルコ南東部のクルド人地域に自治・独立の動きが進み、紛争が拡大することが危惧されます。

とはいっても、クルド人だからといって政治的に結集するとは限らず、それぞれの国で権利や権限を要求する手段としてクルド人の内外での紐帯を利用しているだけかもしれず、必然的に各国のクルド人勢力が国境を横断して一つの民族国家を目指すとは限りません。今のところは、イラクとシリアではそれぞれの国の中央政府の弱体化に乗じて自治の範囲を拡大しつつ、それぞれの中央政府からより多い権限や資源の分配を求める動きが主であるようです。依然として、既存の主権国家の枠を前提とした政治運動としての色が濃いものです。

しかしもし各国のクルド人勢力が、国境を超えた結集・統合・独立を求めた方が有利になるような環境変化、あるいはそれ以外の選択肢が極めて不利となるような状況が生まれた場合には、話が違ってきます。

【今日の一枚】(14)「イスラーム国」(その4)2015年半ばの最大版図

2015年初頭の段階で、「イスラーム国」のイラクとシリアでの領域支配は拡大一方だったことを前回に示しましたが、その結果としての最大版図はどれぐらいだったか。

ここではニューヨーク・タイムズ紙のよく使われている地図を示しておきましょう。2015年の5月段階のもの。出典は、以前にも参照した、”How ISIS Expands”というウェブ版の特設ページです。

How ISIS Expands NYT May 2015
“How ISIS Expands,” The New York Times, May 21, 2015.

前回までの地図と異なり、「イスラーム国」の支配領域のうち、住民がほとんどいない地域を白抜きに塗る慣行が、どうやら2015年の前半に定着している様子があります。

また、この地図では「イスラーム国」だけを塗っています。

ここに、イラクとシリア両国でのクルド系勢力の台頭や、トルコによるそれに対する警戒・反発とシリアとの国境地帯への飛行禁止区域の設定の要求、イランの革命防衛隊の将官や兵士たち、レバノンのシーア派民兵組織ヒズブッラーによる部隊の投入、等々、様々な主体が錯綜する様子が、この地図の上に描かれていくことになります。

【今日の一枚】(13)「イスラーム国」(その3)2015年の領域縮減

2014年6月からこの年の暮れまではもっぱら「イスラーム国」がイラクとシリアで勢力を拡大し固める方向で進んだこと、その結果としての2015年5月当時の勢力範囲をここまでに示してきました。

2015年を通じて「イスラーム国」に対する様々な主体による軍事行動が行われた結果、勢力範囲が縮小に転じました。これについては、軍事情報誌Jane’sを発行するIHSが取りまとめて2015年12月21日に発表した地図が、各紙で転載・参照されています。

IHS Janes ISIS Shrink 2015

この地図は、専門家はIHSのウェブサイトで直接見て、その後、日本の報道関係者などには、インディペンデントなどの記事で解説されたことで徐々に伝わり、年明けごろに広まっていった記憶があります。

“Islamic State’s Caliphate Shrinks by 14 Percent in 2015,” IHS Newsroom, December 21, 2015.

このように、IHSは「イスラーム国」が2015年の間に失った領域と得た領域を差し引きすると、14%縮減したと結論づけました。赤いところが失った領域ですね。

ここから「イスラーム国」の「退潮傾向」の論調が定着しました。それが本当に事実かどうかは別にして、そのような流れが報道の中では定まったということです。言ってみれば、「イスラーム国」は勝っていない、という情報戦が、このあたりから明確に機能し始めたということでもあります。

IHSの地図を参照した記事としては例えば以下のものがあります。

“ISIS’ Territory Shrank in Syria and Iraq This Year” The New York Times, December 22, 2015.

“How the war on Isis is redrawing the map of the Middle East,” Independent, 4 January 2016.

IHSは2016年3月には追加の取りまとめ結果を発表し、2016年1月から3月にさらに「イスラーム国」の勢力範囲は縮小し、前年度と合わせて、最大版図に比べて22%縮減したと結論づけています。赤で記された失った領域が広がっているのがわかると思います。そして、失った領域を誰が取っているかが、新たな政治問題になっていくのです。

“Islamic State loses 22 per cent of territory,” IHS Jane’s 360, 16 March 2016.

このシリーズは毎日地図一枚に限定するという趣向ですが、今回に限りもう一枚貼っておきますので、「間違い探し」をしてみましょう。

IHS Janes ISIS Shrink 2 2016