【寄稿】新潮選書50周年企画に短文を寄せました

新潮社の『波』に寄稿しました。

「[新潮選書50周年特別企画]選書著者が答える『私にとって選書とは何か?』」に短文を寄せています。

今年は新潮選書創刊から50周年。これを記念して『波』で特集を設定して、そこにこれまでの執筆者が短文を寄せています。

猪木武徳先生(『自由の思想史 市場とデモクラシーは擁護できるか』)や、苅部直先生(『「維新革命」への道 「文明」を求めた十九世紀日本』)など。

椎名誠さん、池澤夏樹さん、片山杜秀さんなども短文を寄せています。

私も『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』の書き手として、この本を第一弾に新潮選書のフォーマットを利用して立ち上げていこうとしている「中東ブックレット」シリーズのマニュフェストのようなものを書きました。

ブログやSNSで情報を伝えることができる時代に、選書というフォーマットはどのように役に立てるか、がテーマです。

そういえば昨年の6月も、新潮選書のフェアに文章を寄せていました。あれもかなり力が入った特集でした。

池内恵「SNS時代こそ選書の出番」『波』2017年9月号(第51巻第9号・通巻第573号), 82頁

【書評】webRonzaに『サイクス=ピコ協定』の書評(記録メモ)

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』への書評をこのブログで記録しておきたいのですが、採録できていないものが多くあります。少し前のものですが、ここでメモしておきます。

木村剛久「[書評]『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』」webRonza、2016年7月14日

ウェブロンザは有料サイトですが、これは無料で読めるようです。「神保町の匠」というコーナーで、三省堂とタイアップしているようです。

非常に丹念に内容を紹介してくださっています。木村さんはこの本の紹介にとどまらず、第一次世界大戦後の戦後の秩序形勢という文脈で、柳田國男が国際連盟の委任統治委員会として提出した英文報告書の内容を引いて、読者にさらなる興味・関心を掻き立ててくれています。

【書評】『望星』で『サイクス=ピコ協定』について

もう一本、じっくり読み込んで書評していただいていたのを、ちょっと遅くなりましたが、紹介します。

丸山純「中東の過去と現在を見通してイスラームとの共生を探る」『望星』2016年12月号(通巻571号)、東海教育研究所、2016年12月1日発行、104−107頁

『望声』は東海教育研究所が発行、東海大学出版部から発売されている。丸山さんは「デジタルエディター」の方です。この雑誌の「忙中本あり 閑中本あり」という書評連載で取り上げてくださっています。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』を読み込み、そこで紹介した映画『アラビアのロレンス』を改めて観て、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)についても言及があります。

私の本に触れた上で、常岡浩介さんの『イスラム国とは何か』(旬報社)桜木武史さんの『シリア 戦場からの声』(アルファベータブックス)などに手を伸ばす、というところが、いいですね。

【書評】『サイクス=ピコ協定』が『歴史と地理 世界史の研究』(山川出版社)で書評

まず、『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』の7刷が決定しました!

少部数ずつ小刻みの増刷ですから、累計しても「ベストセラー」というほどの数ではありませんが、刊行から一年あまり、ずっと売れ続けているのは素晴らしいことです。

ずっと紹介したいと思っていたのですが、教育の現場や、ジャーナリストの下調べの段階で、この本が丁寧に読まれ、懇切に書評を書いてくださっている場合が方々にあります。このブログではそれらをまとめて一覧できるようにしておきたいのですが、どうしても手が回りません。気づいたものを急ぎメモしておきます。

近年の教科書は、歴史学で一つ一つの事実を確定する手続きの末生まれた学説を取り入れることにはかなり熱心なのですが(そこで聖徳太子の歴史事実としての記述が消えたりして政治的に物議を醸したりする=個人的には「聖徳太子信仰」は歴史上の重要な事実なので、どのように神話が生まれて影響を持ってきたかを客観的に教える素材としては大変いいと思うのですが、そのような「事実ではないかもしれないが政治的に重要であり続けてきた話」を扱うというのは初中等教育では難しいのかもしれません)、歴史をどう捉えたらいいのかという解釈を見いだすことがいっそう困難になっているようです。

もちろんかつてはマルクス主義のような、目的論的で、終末論的でさえあるストーリーが広く信じられていたため、それに沿って歴史を描けば、とりあえず分かりやすく、さらに、なんとなく勧善懲悪論とも似通っているため、理解しやすく、教えやすかったと思うのですが、そのような時代は終わってしまって、かつ統一的な価値観がなくなっていって、世界史を教える時に方向性を示すことが難しくなっているのが現状でしょう。

歴史の流れ、個々の事象のより大きな枠の中での意味づけという、原史料だけからは出てこないものについて、ある程度の根拠のある形で提示してくれる書物が求められているにもかかわらず、「ちゃんとした研究者」として認められるプロセスの中で、そのようなストーリーを示すことは、それほど重視されていない(場合によってはそんなことをしていると不利になる)ため、あまり書かれることがない。逆に、大胆に「俺の世界史」みたいなものが著名人によって描かれてベストセラーになる傾向もありますが、そういった本は、面白いですが、根拠が不明で、賞味期限も短い。

また、学会で支配的なグランドセオリーのようなものに従って全体の筋書きを描いてしまうと、一部の一方的な見方に偏ってしまったり、学会の世代交代でがらっと変わってしまったりする。教育現場で世界史になんらかのストーリーをつけて教えること自体が、難しくなっているのかもしれません。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』は、中東の近代史の事実の群に、それなりに普遍性のある意味づけを行う手がかりを示すことを意図した本で、それが私の「主張」に見える部分もあるのでしょうが、「客観的にこのように見ることもできますよ」と言える概念をいくつか提示している。そこを着実に読み取ってもらっている様子があります。

山本勝次『歴史と地理』第701号・世界史の研究(250)、山川出版社、2017年2月、69頁

「中東をめぐる近現代史が、国際関係を中心に教科書とは違った枠組みで整理されている」とこの本を意味づけて、「本書を読みながら、多くの場面で世界史の意外な関係性に気づかされた」と書いてくださっています。また、「本書の分析視覚を通して、中東情勢を歴史的にとらえることができるようになるだけでなく、二○世紀世界史を俯瞰することも可能にしてくれる」という評価は、まさに私がこの本で意図したことを正面から認めてくださっていて、嬉しいです。

書評を書いてくださった山本先生は、東京学芸大学附属国際中等教育学校教諭とのこと。

歴史を、事実や年号の「暗記もの」として、「覚える」ものとしてではなく、概念を使って把握するものとして教えてもらえる生徒は、大変幸運ではないでしょうか。

『日経新聞』で紹介(記録メモ)

昨日の日経新聞への寄稿をPDFデータで手元に残しておこうと日経テレコンを検索したところ、昨年12月にも『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』について取り上げていただいていたようです。時事問題に関係する本を紹介する「読むヒント」というコーナーで、『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』を中心に、『イスラーム国の衝撃』も併せて言及してくださっています。書き手は松尾博文編集委員。学部時代の先生の中村廣治郎先生の著作と一緒に紹介してくださっているのがありがたいですね。

「「イスラム国」の実態は――中東の構造変化が背景、民衆の不満吸収し成長(読むヒント)」日本経済新聞2016年12月5日

【寄稿】『京都新聞』にインタビューが掲載されました

『京都新聞』にインタビューが掲載されていました。じっくり時間をとって話を聞いていただき、また時間をとって順番を待って文化欄に大きめのスペースを確保してもらって、満を持しての掲載。

「100年前の状況に近づく中東混迷 「サイクス=ピコ協定 百年の呪縛」など関連著書出版 東大准教授・池内恵さん」『京都新聞』2016年11月22日(朝刊17面)

おそらくウェブ上では読めないのでしょうね。また、京都新聞のデジタル版を見ると、「バックナンバーは過去10日」「毎日朝刊の最大10頁のみ」ということなので、デジタル版を購読しても読めなさそう(紙版を購読しているとデジタルは無料だそうです)。

うーん、もったいない。京都情報なら他府県からデジタルのみで購読する人が大勢いるのではないかな、と思うのだが。

せっかく「京都にいないと読めないプレミアム」感が強いので、ここでも文面は公開しません・・・

秋は学会(1)日本国際政治学会(10月14日〜16日)

秋は特に学会が多いですね。週末がほとんど潰れてしまいます。今時の大学教員は事務作業が多く、平日は研究をほとんどできませんので、週末の学会のための準備を別の週末や深夜にやるということが多くなります。

今年の秋の学会は、自分で報告するよりも、「お世話する」ことが多くなりました。いくつか挙げておきます。一般聴衆向けの公開講演会も含まれますので、ご関心のある方はぜひ。

日本国際政治学会・2016年度研究大会(10月14日〜16日・幕張メッセ国際会議場)

日本国際政治学会では、任期2年間の企画・研究委員会という役を2015年から引き受けていましたが、昨年あまりに忙しくて企画を出せなかったので今年は部会企画を三つ出したところ全部通ってしまいました。そのうち二つは直接運営のお世話をしますので、作業で目が回っています(なお、内規により企画委員はパネル報告やコメントをしないのが原則なので、あくまで裏方です)。2年分のお仕事をして、無事放免される予定です。当分こういったお世話の仕事はやらないのではないかと思います。

10月14日(金) 13:00-15:30 部会2「多元的政軍関係」
司会・討論
宮本悟(聖学院大学)

報告
佐野秀太郎(防衛大学校)「21世紀における軍事組織の在り方~民間軍事警備会社(PMSC)が提起する課題」
山尾大(九州大学)「分断社会の多元的な政軍関係――戦後イラクを事例に」
吉岡明子(日本エネルギー経済研究所中東研究センター)「未承認国家の「国軍」形成における課題:イラク・クルディスタンの事例から」

討論
池田明史(東洋英和女学院大学)

 

10月15日(土) 9:30-12:00 部会7「インサージェンシーの地域比較」
討論・司会
中西嘉宏(京都大学)

報告
山根健至(福岡女子大学)「フィリピンにおけるカウンター・インサージェンシーと非国家主体の役割」
髙岡豊(公益財団法人中東調査会)「シリア紛争に伴う非国家主体の台頭:シリア北東部の事例から」
馬場香織(アジア経済研究所)「近年のメキシコにみる麻薬紛争と自警団の台頭」

討論
本名純(立命館大学)
小泉悠(公益財団法人 未来工学研究所)

 

10月16日(日) 9:30-12:00 部会8「帝国の解体と再生(サイクス=ピコ協定100周年)」
司会
浅野豊美(早稲田大学)

報告
坂元一哉(大阪大学)
「戦後日本と『帝国』再生の条件:憲法、平和条約、安保条約」
廣瀬陽子(慶應義塾大学)
「未承認国家の誕生と存続:帝国・連邦の遺産」
赤川尚平(慶應義塾大学)
「オスマン帝国の解体とイギリス外交」

討論
岡本隆司(京都府立大学)
佐藤尚平(金沢大学)

このうち上二つは「政軍関係」について、特に中東で非国家主体が大きく関わってきていることをどう捉えるか、という問題関心から企画したもので、連続性・一貫性があります。二つの部会で出てくる多くの事例から、新たな状況を踏まえた政軍関係論が立ち上がってくることを期待しています。

私自身がこのテーマを含む課題に取り組んでいるところでもありまして、企画をして様々な研究者に知見を報告してもらうことは、私個人に取っても有益であり、楽しみにしています。

また、部会8「帝国の解体と再生」も、タイトルと、括弧の中の添え書きを見れば、やはり私の最近の仕事と直接に関わっています。

これと・・・

これですね。

裏方をやって何が楽しいかというと、自分の興味のある対象について、自分ではできないことを他の人にやってもらうことができることです。

日本国際政治学会の研究大会の多くは、研究者向けですね。ただし一般向けを意識した「市民公開講座」もあります。

今年は60周年記念大会なのでひときわ規模も大きく、海外から招聘して英語パネルも多くなっています。

非会員でも登録して参加費を払えば聴くことができますが、専門的にその分野に取り組む訓練を受けたことがない人には、それほど強くお勧めしません。

専門家の間の議論の積み重ねの成果が、将来なんらかの形で一般読者の目に触れるところに来ると思いますので、その時までお待ちください。

【今日の一枚】(32)中東の国境線を引き直すなら(6)「イスラーム復興」の野望

中東再分割の地図をいろいろ紹介してきましたが、最も話題になった、印象に残っているのはこれかもしれません。

イスラーム国黒地図2世界
出典:“The ISIS map of the world: Militants outline chilling five-year plan for global domination as they declare formation of caliphate – and change their name to the Islamic State,” Daily Mail, 30 June 2014.

「イスラーム国」が目指すカリフ制の支配領域は、ここまでなのだ、と真偽は不明ですがウェブ上で出回っているものを、いろいろな新聞が転載して、よく知られるようになったものです。

日本の世界史の教科書に載っているような、イスラーム世界の栄光の時代に征服して支配していた土地は全部取り戻すというのですね。「イスラーム国」あるいはそれを支持する勢力がこのような世界観と地理感覚・地理概念を持っていることは確かです。

【今日の一枚】(31)中東の国境線を引き直すなら(5)イスラーム国の黒地図

中東再分割の地図でもっとも有名といえば、「イスラーム国」による中東、そして世界の再分割の野望を示したものとして出回っている、黒地図でしょう。真偽のほどは分かりません。このような発想は広くアラブ世界の民族主義的な界隈に広がっていることは確かですが。

イスラーム国の黒地図1
出典:“The Fall of Mosul to the Islamic State of Iraq and al-Sham,” Institute for the Study of War, June 10, 2014.

「イスラーム国」がモースルを占拠して大きな話題になってすぐに、ISWがブリーフィングのプレゼンテーションのスライドを公開して、その中に、どこからか入手した、「イスラーム国」側がもくろむイラクとシリアの新たな「州(wilaya)」への分割計画を示したものとみられる、このおどろおどろしい黒く塗られた地図が入っていました。これがその後の「イスラーム国」に関する議論でも使われ続けています。実際、その後の「イスラーム国」はおおむねこの地図に基づいた統治・行政区画を主張しています。

これまでに示したように、欧米の言論の場で中東再分割とその地図についての議論が盛り上がっていたところに、「イスラーム国」が出てきて、どことなく符合する独自の案を出してきた(ように見えた)ことが、様々な想像力を刺激したのでしょう。

【今日の一枚】(30)中東の国境線を引き直すなら(4)2007年末のゴールドバーグの記事

ロビン・ライトの中東再分割地図の記事がニューヨーク・タイムズ紙に出て議論の軸になると(この人は英語圏で中東に関していつもそのような役割を負うようですが)、例のArmed Forces Journalはじめ、「うちがこの件では元祖だよ」と言い出すようになったのですが、その中で話題なったのは、オバマ大統領とも近く、中東やイスラエルに強いジャーナリストのジェフリー・ゴールドバーグが2014年6月に出した論稿。「イスラーム国」がイラクのモースルを陥落させ、「中東の地図を塗り替える」と息巻いたところで、「うちは2007年にはこのことを予期していました」と「ドヤ顔」です。まあこういうのも「だからアメリカの陰謀だ」という話のネタになってしまうのですが。

中東分割案アトランティック2007
出典:Jeffrey Goldberg, “The New Map of the Middle East:  Why should we fight the inevitable break-up of Iraq?,” The Atlantic,  June 19, 2014.

この地図はアトランティック誌の2008年1・2月号に最初に載ったものでした。

Jeffrey Goldberg, “After Iraq: A report from the new Middle East—and a glimpse of its possible future,” The Atlantic, January/February 2008.

 

【今日の一枚】(29)中東の国境線を引き直すなら(3)米退役軍人作家の奇想

中東再分割の地図としてもっとも有名で、物議を醸したものが、これ。2006年に、米国の退役軍人の作家が、米軍人さん向けの雑誌Armed Forces Journalに載せたもの。民族や宗派に合致するように国境線を引いたら、こうなるよ、と大胆に引き直してみせた。

中東分割案2006Armed Forces Journal出典: Ralph Peters, “Blood borders,” Armed Forces Journal, June 1, 2006.

これは別に米国の政策でもなんでもなくて、ただ仮説として面白半分に書いただけなようだが、軍人さん向けの雑誌に載ったために、「米国の陰謀!」として中東及び世界の陰謀論で使いまわされる結果となった。

ウェブ版の記事には地図が載っていないのだが、話題になりすぎたから隠したというわけでもなく、単に紙媒体からウェブにデータを移行するときに載らなかったみたい。

2013年9月にロビン・ライトがNYTで中東再分割地図を、ネタとはいえ多少本気な感じで提案して話題になった時に、AFJの編集部も、「弊誌ではずっと先にやっていました」と、改めてウェブサイトに地図を載せている。悪びれた様子はない。「米政府の見解とは無関係、言論の自由です」ということなのだろうが、米国がやることはいちいち注目されるので、もう少し配慮がないものか。「イスラーム国は中東分割をたくらむ米国の陰謀」といった議論をする論者には、軍人さん向けの一般誌のお楽しみの記事でも「動かぬ証拠」になってしまいます。

“Peters’ “Blood borders” map,” Armed Forces Journal, October 2, 2013.

【今日の一枚】(28)中東の国境を引き直すなら(2)キング・クレーン報告書

中東を再分割するなら?という思考実験で用いられる地図のその2。1919年のキング・クレーン委員会の報告書で行われた提案。2013年にアトランティック誌が引っ張り出して来て、ちょっと話題になりました。

キングクレーン委員会

出典:“The Middle East That Might Have Been: Nearly a century ago, two Americans led a quixotic mission to get the region’s borders right,” The Atlantic, February 13, 2015.

1916年のサイクス=ピコ協定での植民地分割密約に固執する英仏に対して、民族自決を掲げたキング・クレーン委員会はキングとクレーンの二名を団長とするアメリカ人主体の調査団を送り込みました。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)でも書いたように、実際には1920年のセーブル条約でいったん極端に分割されたオスマン帝国領土を、1923年までに新生トルコ共和国が一定程度奪い返して決着します。

しかし、より現地の民族・宗教・宗派を考慮して線引きすればこうなったかもしれない、というのがキング・クレーン報告書です。

その後人口構成が変わっているので、アルメニアのところなどは現在は全く現実味がありませんが。イスタンブルの国際管理など、現代には考えられないことですが。

【今日の一枚】(27)中東の国境を引き直すなら(1)ロビン・ライトが書いたもの

シリアの分割を考えるときに参照される歴史地図を先日示しましたが、中東全体に国境線を引き直すなら、という思考実験は多く行われています。いくつか紹介しましょう。

一つはこれ。

中東分割地図1(NYT)
出典:Robin Wright, “Imagining a Remapped Middle East,” The New York Times, September 28, 2013.

この地図に付された記事はこれ。筆者は中東ジャーナリストのロビン・ライト。ワシントンの政治家にも近い有力・有名な人なので、アドバルーンか?と噂されたものです。

Robin Wright, “How 5 Countries Could Become 14: Slowly, the map of the Middle East could be redrawn,” The New York Times, September 28, 2013.

【今日の一枚】(26)シリア内戦の地図と言えばInstitute of the Study of War

地図をいろいろ紹介していますが、これらはみな、英語圏の有力メディアやシンクタンクが上手にcartographyを駆使して作ってくれたものを借用しています(出典とURLは明記してあります)。

New York TimesとかEconomistとか、そういった地図を作るのが上手な人を囲い込んで投資しているから上手なのですが、地図を作る人自体は中東については専門ではないので、中東の情報はシンクタンクなどから仕入れてきています。最も多く参照されるのがInstitute of the Study of Warです。

Institute of the Study of Warのウェブサイトを見ると、逐一レポートが公開されていて、その目玉は戦況を描いた地図です。最近のものだと、
“RUSSIAN AIRSTRIKES IN SYRIA: JULY 28 – AUGUST 29 2016,” Aug 30, 2016.
でしょうか。このような地図が掲載されています(地図PDFへのダイレクトリンク)。

シリア内戦地図2016年8月ISW

トルコの支援で国境地帯に辛うじてへばりついている反体制派が黄色いエリアで塗られていたり、ロシアの空爆が、アラド政権が奪還を目指すアレッポに集中的に行われていたり、といったことが分かります。

【今日の一枚】(25)シリアを分割するなら フランス委任統治時代の試み

本日の地図はこれ。諸勢力が割拠して、徐々に複雑な戦線がまとめられていった先に、何があるか。思考実験ですが、かつてはこんな地図もあったよ、ということで時々参照される地図です。かつてシリアはこのように「分割」されていた時期がありました。

シリアのフランス委任統治分割案
出典:Wikipedia

第一次世界大戦後、サンレモ会議(1920年4月19-26日)を経てセーブル条約(1920年8月10日)が結ばれ、英・仏がイラクとシリアに委任統治領を確保しました。大戦中の英・仏のサイクス=ピコ協定は、その一部分・骨格が残りつつ、随所に変更されました。

当初よりも大幅に影響圏を縮小して、現在のシリアとレバノンにほぼ等しい領域を委任統治領として確保したフランスは、当初、委任統治領を6つの「国」「地区」に分けて統治しました。「国」といっても独立させたわけではなく、フランスが知事を任命して統治していたのですが。

1920年にまず、(1)大レバノン国、(2)ダマスカス国、(3)アレッポ国、(4)アラウィー国(あるいはアラウィー山国)の四つの「国」に分けられました。さらに1921年にはまずダマスカス国から(5)ドゥルーズ国(あるいはドゥルーズ山国)が切り分けられ、また、フランスとトルコ(アンカラ政権)と条約(10月20日)により、アレッポ国のうち(6)アレクサンドレッタ地区(Sanjak of Alexandretta; アレクサンドレッタはトルコ語ではIskenderun、アラビア語ではal-Iskandarunと呼ばれる)が特別な自治権を与えられました。

サイクス=ピコ協定は「民族・宗派の分布に合致していない」と批判されますが、フランスは当初6つの「国」「地区」に分けて、ある程度「民族・宗派の分布に合致した」領域の「国」に分けていたのです。しかしこれはうまくいきませんでした。

結局、1924年以降、ダマスカス国、アレッポ国、アラウィー国、ドゥルーズ国が順次統合されてシリアになります(1941年9月にフランスから独立宣言)。それに対して大レバノン国は分離して、1926年にレバノン共和国となります(1941年11月にフランスから独立宣言)。また、シリアに含まれていたアレクサンドレッタ自治地区は、住民投票を経て1938年に「独立」し、翌39年にはトルコに編入されハタイ県となります。

シリアの内戦により、中央政府(アサド政権)が国土の一元的支配を喪失して久しいですが、もし国家分裂が恒常化すれば、例えばこの地図のような「シリア分割」を行い、主権国家としてのシリアの外枠は残しつつ、連邦制を導入するといった方策が議論されるようになるでしょう。かつてのアレッポ国が、アレッポ周辺で政権は反体制派の複数の勢力が争う場になり、ラッカは「イスラーム国」の拠点となり、トルコとの国境付近のクルド人の多い地域は連邦制・自治領域化を主張するなど、争点となっています。かつてトルコに編入されたハタイ県の近辺も、トルコと関係の深いトルクメン人の反体制派勢力とアサド政権が激しく戦い、ロシアの空爆がトルコを刺激するなど、ホットスポットになっています。

かつての「アレッポ国」の中をさらに細分化する複数の勢力が激しく争っていることからも、この地図のようにシリアを分割して連邦国家を成立させることはそれほど容易ではないようです。中東に国境線を「適切に」引くことはそれほど困難なのです。

【今日の一枚】(22)英エコノミストのDaily Chartはやはり秀逸

昨日、英Economistのシリア内戦勢力図が、4月段階のものと8月段階のものを比べてみると、やはり簡にして要を得た、優れたものであることを見てきました。

日々の記事に添えられた地図やグラフがすばらしいのですが、こういったグラフィックを集めたDaily Chartというカテゴリのコーナーはお勧めですね。

拙著『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』は今年5月の100周年に合わせて出し、地図を多く作成して添えておきましたが、Economistも記念日に合わせてDaily Chartに地図を配信していました。

英エコノミストDaily Chart_May_16_2016
“Daily chart: Sykes-Picot 100 years on,” The Economist, 16 May 2016.

英仏だけでなく、より中東に密着したロシアが、この協定に加わっていたことを描いていますね。帝政ロシアはトルコ南東部の、当時アルメニア人やクルド人が多く住んでいた地域に、南コーカサスの勢力範囲を延伸して介入してきた。そして、イスタンブル周辺の戦略的要衝のボスフォラス・ダーダネルス海峡の支配圏も、英仏に対して認めさせた。結局帝政ロシアが翌年の革命で崩壊したので夢と終わったのですが。そうでなければ世界地図は大きく変わっていたでしょう。

サイクス=ピコ協定は、それが何かの原因というよりは、露土戦争と東方問題の「結果」であるという認識があると、現代の中東情勢を見る際にも、現地の地政学的環境を踏まえた視点が定まります。