【寄稿】『公研』10月号の「独裁の政治学」をめぐる対談をウェブに公開

『公研』に寄稿しました。サザンメソジスト大学の武内宏樹准教授(政治学・中国政治)との対談です。

武内宏樹・池内恵「独裁国家の仕組み」『公研』2016年10月号、通巻第638号、36−67頁

長大です。32頁に及びます。『公研』の過去の対談の中でも群を抜いて最長とのこと。

2時間半ぐらいしゃべったのではないでしょうか。中東や中国を政治学から見る際の厄介な問題について、論文に直接は書かないが論文を書く際に頭を悩ませていることについて、学会に行って空き時間に喫茶スペースで延々と喋っているようなことをそのまま文字にしてあります。

『公研』は、官庁やメディアの一部で知っている人は非常によく知っている、知らない人は全く知らない、一般的には全くと言っていいほど知られていない媒体です。しかし研究者の普段話している、考えていることを、ほとんどそのまま書いたり話したりしても載せてもらえる、数少ない媒体となってきました。そのために、一部の人には非常に注目されています。

以前に、待鳥聡史先生との対談が載った時も、密かにこの欄でお知らせしたことがあります。

『公研』は公共産業研究調査会の会員企業にのみ配られるため、書店などでは市販されていません。また、ウェブサイトでも記事を載せておらず、最新号バックナンバーの表紙と目次が見られるのみ。

今回、編集部の許可を得まして、武内先生のホームページにアップロードしていただいていますので、どなたでもお読みいただけます【本文はこちらから】

【一ヶ所訂正。最後の67頁上段でサウジの「プラン2030」とあるのは、もちろん「ヴィジョン2030」のことです。なにしろすごい勢いで二人とも喋っていますので、「国家改造のマスタープランとして発表されたヴィジョン2030とその当面の行動計画」というような意味で複数のことを同時にまとめて話したことを、速記に手を入れる際になんとなく「プラン」としてしまい、校正でも気づかずにそのままになってしまいました(対談の時も、校正の段階でもいずれも、最後の頁までくるともう疲れてきていましたので・・・)。まあサウジの個別の話をするのはこの対談の目的ではなく、政治学上の、独裁国家の安定性と不安定性を見るための理論的な難しさについてひたすら考えておりましたので、こういった細部についてはあまり気を配っていません。本質に関わらない細かな言い間違いも含めて、学会の空き時間とか懇親会での会話を記録するような趣向とお考えください。】

 

秋は学会(3)アジ研のセミナー「中東域内政治の新展開」でモデレーターを

秋の学会の流れでもう一つ。

ジェトロ・アジア経済研究所の「専門講座」が赤坂アークヒルズのジェトロ本部内で開かれます。イラン、トルコ、サウジの専門家が報告し、私はモデレーターを務めさせていただきます。

アジア経済研究所専門講座「中東域内政治の新展開——イラン・トルコ・サウジの視点から」
2016年11月4日(金)14時30分~17時05分 (開場:14時00分)

参加は無料です(先着200名)。ウェブサイトから事前申し込みが必要です。

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アジア経済研究所(通称「アジ研」)は、日本でほぼ唯一の(世界でも稀な)、発展途上国全域をカバーした地域研究・開発研究の機関で、かつては独立した特殊法人でありましたが、橋本行革の際に共に経済産業省管轄の特殊法人だったジェトロ(日本貿易振興会・当時。現・日本貿易振興機構)と統合しました。以前は曙橋(防衛省の隣・現在は中央大学の市ヶ谷キャンパスの建物)にありましたが、現在は海浜幕張に移転しています。

ジェトロとの統合効果で、こういった広く関心を呼びそうな講演会・セミナーは、都心・赤坂のジェトロ本部の大きなセミナールームで開催してくれます(多くは無料。有料の場合も数千円程度です)。

私の最初の就職先もこちらで、10年・20年かけて研究者を育ててくれるこの組織の特典を利用することもなく、3年で転出してしまい、おそらく最短滞在記録のOBとなってしまいましたが、その後もなにかと研究会・講演会など、あるいは専門誌への論文の寄稿特集の企画・編集などで声をかけてくださることがあり、新たに創刊された現代中東分析の学術誌『中東レビュー』にも長い論文を寄稿させていただきました。今後も編集のお手伝いをしたり、論文を投稿するなど、関与していきたいと思っています。

今回も、シニアの研究員から、若手のすでに実績ある研究員まで、経産省傘下の機関ならではの、豊富な人的・組織的リソースを動員して、専門知識を一般に公開してくれますので、ぜひご来場ください。

詳細はこちらから

念のため、セミナーの紹介文を以下に貼り付けておきます。

9.11米国同時多発テロから15年目の今年、米国では第45代大統領を選出する選挙が大詰めを迎え、欧州を巻き込みながら激動を続ける中東情勢もまた再び新たな段階に入ろうとしています。本講演会では中東情勢を理解するための最も重要な要件でありながら日本では正面から取り上げられることの少ない中東の域内国際関係を各国の専門家が整理し、今後数年間の見取り図を得ることを目的とします。

2011年初頭からの「アラブの春」を経た現在、中東域内の主要なアクターは大きく様変わりしており、それはイラン、トルコ、サウジアラビアの三カ国であるとみられます。米国の新大統領が最初に取り組むべき最大の課題のひとつはシリア問題でありますが、この三国はシリアに関してそれぞれ異なる利害を有しています。

さらにこれら三カ国間の相互の二国間関係はそれぞれ錯綜しており、一国からのみの視点では到底バランスのとれた理解に至ることは難しいです。そこで本講演会では上記三カ国の専門家が幾つかの共通の設問についてそれぞれの国の立場からの回答を試み、最後の質疑応答および討論の時間に中東政治の今後数年間の展望に至ることができれば幸いと考えます。

皆様のご参加をお待ちしています。

開催日時
2016年11月4日 (金曜) 14時30分~17時05分 (開場:14時00分)

会場
ジェトロ本部5階 展示場 pdf
(東京都港区赤坂1-12-32 アーク森ビル5階)
最寄り駅:東京メトロ 南北線六本木一丁目駅・銀座線溜池山王駅・日比谷線神谷町駅

プログラム
(予定)

14:30~14:40
趣旨説明
鈴木均(新領域研究センター上席主任調査研究員)

14:40~15:10 講演1 「イランからみた中東域内政治」
鈴木均

15:10~15:40
講演2 「トルコからみた中東域内政治」
今井宏平(地域研究センター 中東研究グループ研究員)
15:40~15:55 休憩

15:55~16:25
講演3 「サウジアラビアからみた中東域内政治」
福田安志(新領域研究センター 上席主任調査研究員)

16:25~17:05
質疑応答・討議、総括
<モデレーター>
池内恵 氏(東京大学先端科学技術研究センター准教授)
<パネリスト>
鈴木均
今井宏平
福田安志

使用言語
日本語

主催
ジェトロ・アジア経済研究所

参加費
無料

定員
200名 ※定員になり次第、締め切ります。

お申し込み締切
2016年11月1日(火曜)17時00分 (ただし、定員に達した場合、事前に締め切らせていただきます。)

※ 取材のため会場内にメディアのカメラや撮影チームが入る可能性もありますのでご了承ください。

【今日の一枚】(32)中東の国境線を引き直すなら(6)「イスラーム復興」の野望

中東再分割の地図をいろいろ紹介してきましたが、最も話題になった、印象に残っているのはこれかもしれません。

イスラーム国黒地図2世界
出典:“The ISIS map of the world: Militants outline chilling five-year plan for global domination as they declare formation of caliphate – and change their name to the Islamic State,” Daily Mail, 30 June 2014.

「イスラーム国」が目指すカリフ制の支配領域は、ここまでなのだ、と真偽は不明ですがウェブ上で出回っているものを、いろいろな新聞が転載して、よく知られるようになったものです。

日本の世界史の教科書に載っているような、イスラーム世界の栄光の時代に征服して支配していた土地は全部取り戻すというのですね。「イスラーム国」あるいはそれを支持する勢力がこのような世界観と地理感覚・地理概念を持っていることは確かです。

【今日の一枚】(31)中東の国境線を引き直すなら(5)イスラーム国の黒地図

中東再分割の地図でもっとも有名といえば、「イスラーム国」による中東、そして世界の再分割の野望を示したものとして出回っている、黒地図でしょう。真偽のほどは分かりません。このような発想は広くアラブ世界の民族主義的な界隈に広がっていることは確かですが。

イスラーム国の黒地図1
出典:“The Fall of Mosul to the Islamic State of Iraq and al-Sham,” Institute for the Study of War, June 10, 2014.

「イスラーム国」がモースルを占拠して大きな話題になってすぐに、ISWがブリーフィングのプレゼンテーションのスライドを公開して、その中に、どこからか入手した、「イスラーム国」側がもくろむイラクとシリアの新たな「州(wilaya)」への分割計画を示したものとみられる、このおどろおどろしい黒く塗られた地図が入っていました。これがその後の「イスラーム国」に関する議論でも使われ続けています。実際、その後の「イスラーム国」はおおむねこの地図に基づいた統治・行政区画を主張しています。

これまでに示したように、欧米の言論の場で中東再分割とその地図についての議論が盛り上がっていたところに、「イスラーム国」が出てきて、どことなく符合する独自の案を出してきた(ように見えた)ことが、様々な想像力を刺激したのでしょう。

【今日の一枚】(30)中東の国境線を引き直すなら(4)2007年末のゴールドバーグの記事

ロビン・ライトの中東再分割地図の記事がニューヨーク・タイムズ紙に出て議論の軸になると(この人は英語圏で中東に関していつもそのような役割を負うようですが)、例のArmed Forces Journalはじめ、「うちがこの件では元祖だよ」と言い出すようになったのですが、その中で話題なったのは、オバマ大統領とも近く、中東やイスラエルに強いジャーナリストのジェフリー・ゴールドバーグが2014年6月に出した論稿。「イスラーム国」がイラクのモースルを陥落させ、「中東の地図を塗り替える」と息巻いたところで、「うちは2007年にはこのことを予期していました」と「ドヤ顔」です。まあこういうのも「だからアメリカの陰謀だ」という話のネタになってしまうのですが。

中東分割案アトランティック2007
出典:Jeffrey Goldberg, “The New Map of the Middle East:  Why should we fight the inevitable break-up of Iraq?,” The Atlantic,  June 19, 2014.

この地図はアトランティック誌の2008年1・2月号に最初に載ったものでした。

Jeffrey Goldberg, “After Iraq: A report from the new Middle East—and a glimpse of its possible future,” The Atlantic, January/February 2008.

 

【今日の一枚】(29)中東の国境線を引き直すなら(3)米退役軍人作家の奇想

中東再分割の地図としてもっとも有名で、物議を醸したものが、これ。2006年に、米国の退役軍人の作家が、米軍人さん向けの雑誌Armed Forces Journalに載せたもの。民族や宗派に合致するように国境線を引いたら、こうなるよ、と大胆に引き直してみせた。

中東分割案2006Armed Forces Journal出典: Ralph Peters, “Blood borders,” Armed Forces Journal, June 1, 2006.

これは別に米国の政策でもなんでもなくて、ただ仮説として面白半分に書いただけなようだが、軍人さん向けの雑誌に載ったために、「米国の陰謀!」として中東及び世界の陰謀論で使いまわされる結果となった。

ウェブ版の記事には地図が載っていないのだが、話題になりすぎたから隠したというわけでもなく、単に紙媒体からウェブにデータを移行するときに載らなかったみたい。

2013年9月にロビン・ライトがNYTで中東再分割地図を、ネタとはいえ多少本気な感じで提案して話題になった時に、AFJの編集部も、「弊誌ではずっと先にやっていました」と、改めてウェブサイトに地図を載せている。悪びれた様子はない。「米政府の見解とは無関係、言論の自由です」ということなのだろうが、米国がやることはいちいち注目されるので、もう少し配慮がないものか。「イスラーム国は中東分割をたくらむ米国の陰謀」といった議論をする論者には、軍人さん向けの一般誌のお楽しみの記事でも「動かぬ証拠」になってしまいます。

“Peters’ “Blood borders” map,” Armed Forces Journal, October 2, 2013.

【今日の一枚】(28)中東の国境を引き直すなら(2)キング・クレーン報告書

中東を再分割するなら?という思考実験で用いられる地図のその2。1919年のキング・クレーン委員会の報告書で行われた提案。2013年にアトランティック誌が引っ張り出して来て、ちょっと話題になりました。

キングクレーン委員会

出典:“The Middle East That Might Have Been: Nearly a century ago, two Americans led a quixotic mission to get the region’s borders right,” The Atlantic, February 13, 2015.

1916年のサイクス=ピコ協定での植民地分割密約に固執する英仏に対して、民族自決を掲げたキング・クレーン委員会はキングとクレーンの二名を団長とするアメリカ人主体の調査団を送り込みました。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)でも書いたように、実際には1920年のセーブル条約でいったん極端に分割されたオスマン帝国領土を、1923年までに新生トルコ共和国が一定程度奪い返して決着します。

しかし、より現地の民族・宗教・宗派を考慮して線引きすればこうなったかもしれない、というのがキング・クレーン報告書です。

その後人口構成が変わっているので、アルメニアのところなどは現在は全く現実味がありませんが。イスタンブルの国際管理など、現代には考えられないことですが。

【今日の一枚】(27)中東の国境を引き直すなら(1)ロビン・ライトが書いたもの

シリアの分割を考えるときに参照される歴史地図を先日示しましたが、中東全体に国境線を引き直すなら、という思考実験は多く行われています。いくつか紹介しましょう。

一つはこれ。

中東分割地図1(NYT)
出典:Robin Wright, “Imagining a Remapped Middle East,” The New York Times, September 28, 2013.

この地図に付された記事はこれ。筆者は中東ジャーナリストのロビン・ライト。ワシントンの政治家にも近い有力・有名な人なので、アドバルーンか?と噂されたものです。

Robin Wright, “How 5 Countries Could Become 14: Slowly, the map of the Middle East could be redrawn,” The New York Times, September 28, 2013.

【今日の一枚】(26)シリア内戦の地図と言えばInstitute of the Study of War

地図をいろいろ紹介していますが、これらはみな、英語圏の有力メディアやシンクタンクが上手にcartographyを駆使して作ってくれたものを借用しています(出典とURLは明記してあります)。

New York TimesとかEconomistとか、そういった地図を作るのが上手な人を囲い込んで投資しているから上手なのですが、地図を作る人自体は中東については専門ではないので、中東の情報はシンクタンクなどから仕入れてきています。最も多く参照されるのがInstitute of the Study of Warです。

Institute of the Study of Warのウェブサイトを見ると、逐一レポートが公開されていて、その目玉は戦況を描いた地図です。最近のものだと、
“RUSSIAN AIRSTRIKES IN SYRIA: JULY 28 – AUGUST 29 2016,” Aug 30, 2016.
でしょうか。このような地図が掲載されています(地図PDFへのダイレクトリンク)。

シリア内戦地図2016年8月ISW

トルコの支援で国境地帯に辛うじてへばりついている反体制派が黄色いエリアで塗られていたり、ロシアの空爆が、アラド政権が奪還を目指すアレッポに集中的に行われていたり、といったことが分かります。

【今日の一枚】(22)英エコノミストのDaily Chartはやはり秀逸

昨日、英Economistのシリア内戦勢力図が、4月段階のものと8月段階のものを比べてみると、やはり簡にして要を得た、優れたものであることを見てきました。

日々の記事に添えられた地図やグラフがすばらしいのですが、こういったグラフィックを集めたDaily Chartというカテゴリのコーナーはお勧めですね。

拙著『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』は今年5月の100周年に合わせて出し、地図を多く作成して添えておきましたが、Economistも記念日に合わせてDaily Chartに地図を配信していました。

英エコノミストDaily Chart_May_16_2016
“Daily chart: Sykes-Picot 100 years on,” The Economist, 16 May 2016.

英仏だけでなく、より中東に密着したロシアが、この協定に加わっていたことを描いていますね。帝政ロシアはトルコ南東部の、当時アルメニア人やクルド人が多く住んでいた地域に、南コーカサスの勢力範囲を延伸して介入してきた。そして、イスタンブル周辺の戦略的要衝のボスフォラス・ダーダネルス海峡の支配圏も、英仏に対して認めさせた。結局帝政ロシアが翌年の革命で崩壊したので夢と終わったのですが。そうでなければ世界地図は大きく変わっていたでしょう。

サイクス=ピコ協定は、それが何かの原因というよりは、露土戦争と東方問題の「結果」であるという認識があると、現代の中東情勢を見る際にも、現地の地政学的環境を踏まえた視点が定まります。

【寄稿】『中央公論』9月号に宇野重規さんとの対談が

宇野重規範さんとの対談が『中央公論』9月号に掲載されました。

宇野重規・池内恵「宗教と普遍主義の衝突」『中央公論』2016年9月号(8月10日発売)


『中央公論』2016年9月号

テロや難民問題、そしてSNSの時代の民主主義そのものが、欧州に発し世界に広げてきた普遍主義の理念の限界をあらわにしていく、という課題について対談の席を設けていただきました。

お相手は最近『保守主義』(中公新書)が売れている宇野さん。

私自身は、自由主義や人権といった観念の普遍性そのものが捨て去られたり乗り越えられたりしているわけではないが、その適用の限界が見えてきている、そしてグローバル化の中でイスラーム教という別種の根拠を持った普遍主義との間で摩擦が生じている、という点を、日々の事件や事象の中に常に見出していますので、それについて理論的に考えられて、勉強になりました。

私自身は西欧起源の普遍主義は嘘だ!という立場では全くないのですが、自由や人権という理念を無自覚に内在化していることで、逆にイスラーム教の別種の普遍主義の主張が存在して力を持ち、現に世界の人口のかなりの割合を動かしていることに気づけなくなり、適切に対処できなくなる、そしてそここそが、西欧の近代の自由や人権の基礎が綻びるところなのだ、という問題を以前からあちこちで論じていますが、それをまとめて言う機会を、そして言って受け止めてもらうならもっとも適切な相手を得ました(宇野さんにとって私が適切な対談相手だったかはわかりませんが・・・)。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』の出版意図についても話したりしています。

対談した頃にNHKのスクープがあって、巻頭特集をそっちで組むために、編集部は忙しかったようですね。。。

縦横にお話できて、誌面に乗りきらないところも多くある、有益な対談でした。

【寄稿】ラマダーン月のテロについて、宗教的背景と論点整理を『中東協力センターニュース』に

2週間ほどブログの更新を休んでおりました。ドイツから南仏にかけて、じっくり考えながら動いておりましたので、ネットの繋がりも悪く、時間もなく。地図シリーズ、毎日更新していたのが途絶えてしまいましたが、そのうち再開します。まずは論文を優先ですね。

その間に出版されていた成果を順次アップしていきます。まずはこの一本。

池内恵「ラマダーン月のテロ続発の思想・戦術的背景」(連載「中東 混沌の中の秩序」第6回)『中東協力センターニュース』2016年7月号、14−22頁

ダイレクトリンクはこちら

イスラーム教の断食月であるラマダーン月は、今年は7月5日に終わりましたが、この時期にテロへの扇動がなされ、実際にテロが相次ぎました。日本での一般的な印象や言説として、「敬虔さが増す断食月になぜテロをやるのか」という議論がありますが、異なる宗教規範の元では、断食が課されているということと異教徒・背教者との戦闘行為への熱が一部で高まることとは矛盾しない場合があります。事件に関する基礎的事実関係を整理しつつ、そのあたりの議論の混乱の解消を試みたもので、ぜひ読んでみてください。

ラマダーン月の終わりとともにテロの連鎖が終わるのではなく、むしろラマダーン月のテロ続発に触発されたのか、7月後半には特にドイツやフランスでテロが続きました。私の西欧滞在中にローン・ウルフ型のテロが西欧でピークに達した感がありました。

【寄稿】イスタンブル・アタチュルク空港のテロについてコメント(毎日新聞)

6月28日にトルコ・イスタンブルのアタチュルク空港で起きた銃撃・自爆テロについて、6月30日の『毎日新聞』朝刊の国際面(8面)にコメントを寄せていました。その後すぐ7月1日にバングラデシュのダッカで日本人が巻き込まれるテロ事件があったので、忘れられてしまいがちですが、重要な事件です。

池内恵「IS包囲網へ加わり、標的に」『毎日新聞』2016年6月30日朝刊

 トルコが過激派組織「イスラム国」(IS)に標的になったとみられる要素は三つある。トルコはISと正面から事を構えるのを避ける傾向があったが、南東部スルチで昨年7月に起きたテロ以降、IS支持勢力への摘発を強め、敵視された。

 6月初旬から米国の支援を受けたクルド主体の武装勢力がトルコ国境近くでIS支配下のシリア北部のマンビジュを攻撃しているが、トルコは表だって反対せず、近辺で連動してISと戦っている。

さらに、ここ数日でエルドアン政権は大きくかじを切った。ロシア軍機墜落事件について露側に謝罪し、不和になっていたイスラエルとの関係改善も進めた。さらに、トルコの支援するムスリム同胞団の政権を倒したエジプトの軍主導の政権にも歩み寄った。

いずれも国内のクルド人勢力を支援しかねない国だ。それでも歩み寄ることで当面の敵をISに絞り、IS包囲網に加わることを明確にした。ISは(トルコの方針転換で)トルコが決定的に敵側に回ったと認識したかもしれない。

【今日の一枚】(20)ヴェルサイユ会議(1919)でのクルド人の国家・領土要求

シリアで、イラクで、そしてもしかすると将来はトルコでも、クルド人の自治や独立要求が強まってくると、そもそもクルド人の国家独立要求の範囲は最大どのあたりまでなの?という関心が沸きます。

国家独立や自治を要求する範囲は、政治状況による、としか言いようがありません。クルド人が住んでいるエリアはありますが、多数派として住んでいる場合と少数派として住んでいる場合が混在しています。時代によって、クルド人の居住範囲は移り変わります。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』でも取り上げましたが、第一次世界大戦中と直後が、1つの画期でした。

この時期にクルド人の独立・自治要求が公的に現れ始めました。

最初の国際的な外交舞台での独立・自治要求の範囲を、図示したのがこの地図です。1919年のもの。

クルド人の国家要求範囲1919
Hakan Özoğlu,”Lessons From the Idea, and Rejection, of Kurdistan,” The New York Times, July 5, 2014.

ニューヨーク・タイムズ紙のこのコラムに付された記事は、もともとこのコラムの著者が出した本に掲載された地図に依拠しています。本の中の地図が載っている該当頁を、著者がグーグル・ブックスへのリンクで示してくれているので、それを見てみましょう。

クルド人の領土要求1919シェリーフ・パシャ

地図に付された解説によりますと、1919年のヴェルサイユ講和会議に向けて、クルド人の有力者であるシェリーフ・パシャが、クルド人の独立あるいは自治の領域範囲を地図で示したとのこと。この地図を見てみますと、アルメニア人と領域要求が衝突しないように、アルメニア人が強く領土と主張するヴァン湖のあたりが除外されていたり、地中海岸に到達せず、キリキアのあたりも主張していない。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムではこの地図をより見やすく現在の地図の上に被せてくれています。

しかしこれは妥協しすぎだと、別のクルド人有力者が異を唱え、もっと広くガバッとクルド人の領域を主張した地図を示していたようです。イギリスの外交文書館に残っていました。

クルド人領土要求ベディルハーン

こちらの地図では、ヴァン湖も含めており、地中海岸にまで主張する領域が到達しています。

出典はHakan Özoğlu, Kurdish Notables and the Ottoman State: Evolving Identities, Competing Loyalties, and Shifting Boundaries, State University of New York Press, 2004, pp. 39-40.

【今日の一枚】(19)シリア内戦・クルド人勢力(その4)

シリアのクルド人勢力が、シリア内戦と「イスラーム国」に対抗して結束し、米国やロシアの支援を集めていくことで、3つの飛び地が1つにまとまろうとしている。現在はまだ2つに分かれていますが、最近のマンビジュでの戦闘は、それが場合によっては1つになってしまう可能性を示唆しています。

それがトルコやイラクのクルド人勢力や、中央政府を刺激していく。これらの過程は、記録・記憶され、後に検証もされるべきものでしょう。この地図は2015年8月の段階のものです。

シリア北部クルド領域2015年5月・8月の拡大

“Why Turkey Is Fighting the Kurds Who Are Fighting ISIS,” The New York Times, August 12, 2015.

この地図では2015年5月28日から8月初頭の間のシリア北部のクルド人勢力の支配領域の変化が図示されています。2014年以来の「イスラーム国」によるコバネの包囲を撃退した後に、逆にテッル・アブヤドなどを制圧することで、従来のクルド人が多数派を占める領域を超えて、クルド人勢力が支配領域を広げていきます。

それに対してトルコは、トルコ・シリア回廊ともいうべき、アレッポの北方の、ユーフラテス河以西の地域に「安全地帯」という名の、トルコの勢力圏を確保する、と米国に主張して対峙するのです(下記の赤い点線の間の範囲)。

シリア北部クルド人地域へのトルコの勢力圏主張

“Inside Syria: Kurds Roll Back ISIS, but Alliances Are Strained,” The New York Times, August 10, 2015.