【寄稿】週刊エコノミストの読書日記にガザーリーの『哲学者の自己矛盾』を書評

米東海岸を襲った暴風雪が過ぎ去った翌朝、街は雪掻き、交通機関の復旧作業などが淡々と始まっています。ニューヨーク市は観測史上第2位の降雪量だったようです。セントラル・パークの積雪で、これまでの最高記録は2006年2月11−12日の26.9インチなのに対して、2016年1月22−24日かけての降雪は26.8インチとその差僅かに0.1インチ・・・。どうせなら歴代1位を目撃したかった。マンハッタン島への車両の出入りが止められていたので半日間、いわば巨大な歩行者天国となっていた訳ですが、通行止めも解除され、交通が徐々に通常に戻ろうとしています。立ち往生していたニューヨークから順調に抜け出せそうな見通しとなってきました。

それはともかく、米国滞在中の用務の間にいろいろな原稿を書いて出しましたが、そのうちまた一つがそろそろ発売されるはずです。1月15日(月)発売の『週刊エコノミスト』で、5号に1度担当している読書日記の番が回ってきていました。私の担当回も、通算で18回になりました。

池内恵「聖戦テロの根底にある啓示と理性の闘争」『週刊エコノミスト』2016年2月2日号(2016年1月25日発売)、59頁

今回もKindle版には載っていません。紙のものだけに収録です。

アマゾンではこちらから。
『週刊エコノミスト』2016年2/2 号(2016年1月25日発売)

取り上げたのは、平凡社の東洋文庫に入った、中世のイスラーム神学・哲学の代表作、ガザーリー(中村廣治郎訳)『哲学者の自己矛盾』です。


『哲学者の自己矛盾: イスラームの哲学批判』中村廣治郎訳、平凡社東洋文庫、2015年

イスラーム世界はギリシア哲学を受け入れて後世に伝えた、とはよく言われますが、単に受け入れたのではなく、その論理を神学の体系化のために受け入れつつ、神の啓示が哲学・合理主義に優越することを、哲学の論理も用いて「論証」した。それがイスラーム思想がギリシア哲学そのものとは決定的に違うところです。

翻訳・解説は、私が東大文学部イスラム学科で学んだ当時の主任教授の中村廣治郎先生です。ゼミで原点を読んだ覚えがある『中庸の神学』とともに、ガザーリーの最も有名な著作の翻訳を次々に完成させておられます。『中庸の神学』にはガザーリーの精神的遍歴の歴史・知的自伝として有名な『誤りから救うもの』も収録されています。


『中庸の神学: 中世イスラームの神学・哲学・神秘主義』中村廣治郎訳、平凡社東洋文庫、2013年

さて、この書評を含む、さまざまな原稿を書きながら、米国やその先にさらに足を伸ばしたプエルトリコまで、転々と移動していたのですが、途中、テキサス州のダラスでお会いした方に、かつてイラクで日本の会社の社員としてビジネスに携わり、その後米国に移住して飲食店などを経営していらっしゃる方がいました。

その方が経営されている店の一つにお招きいただき、たっぷりおもてなしいただいたのですが、ご一緒にお出ましになった奥様が、イラク人。で、私がイスラーム思想について研究しているというと早速話が弾んだあとに、奥様と日本人の夫との間での、数十年繰り返されてきたと思われる宗教論争が始まりました。

これが実に面白い(と言っては悪いですが)。

日本の相対主義的・不可知論的な宗教・倫理・世界観と、イスラーム教の啓示の絶対性と哲学の論理を組み合わせた「絶対に正しい」とされる論理との間で、延々と行き違いが続くのです。

私も同様の行き違い・堂々巡りを繰り返す「対話」を、学生の頃にアラブ世界に出向いて、向こうの学生たちと夜を徹して議論していた頃に嫌という程体験しましたので、ご夫婦で一生続けておられるのを見ると、なんだか微笑ましく感じて、思わず忍び笑いをしてしまいました。

そして、イラク人の奥様が、真のイスラームを分かっていない(と感じる)夫に理解させようとする内容と論理が、まったくガザーリーがこの本で論証する内容とそのための論証方法と、同じなんです。

それはもちろん、ガザーリーが啓示と理性の対決で、イスラーム教徒の立場からは必然と見える論理を、行き着くところの極限まで考えたからであり、現代の議論はそれをなぞって、繰り返しているのです。

現代の人々が直接ガザーリーを読んで真似しているというよりは、啓示という観念を護持したまま哲学的論理を取り入れれば、自ずから可能な結論は似てくるため、ガザーリーが考えたことが自然と繰り返されるのですね。ガザーリーがたどり着いた結論と、結論に至るための論理的過程は、啓示と理性の間に必然的に立ち上がる問題に対する、ガザーリーの結論です。ガザーリーはこの共通の問題について、最も先の先まで考えた人であった。だからのちの時代の人はガザーリーの論理を直接知っているか知らないかに関わらず、同じようなことを言うのです。

啓示と理性の間での、啓示の優越性への信念や、啓示が理性と同じだけ合理的であると当時に、理性では到達的できない超越した絶対の真理を備えている、という信念、これらは「穏健派」であれ「過激派」であれ、共通しています。

啓示と理性の間に価値の優劣がなく、平行線上にあるということは、奥様は決して受け入れず、神が示した真理である啓示と、人間が考えたにすぎない誤謬を含むものとしての理性を、優劣をつけて理解している。このことは穏健派が自信を持って穏健派でいるために不可欠の基盤です。しかし究極的には過激派が武力・強制力を持って真理を地上に実現させようとする時に、この明確な真理への信念と、優越性の観念が、正統性を与えることにつながってしまう場合がある。それが難しいところです。

【寄稿】年初のサウジ・イラン緊張について『中東協力センターニュース』に

寄稿しました。

池内恵「サウジ・イラン関係の緊張ー背景と見通し」、連載《中東 混沌の中の秩序》第4回、『中東協力センターニュース』1月号、2016年1月20日発行、14ー25頁

中東協力センターニュース2016年1月号表紙

中東協力センターのウェブサイトの「JCCMEライブラリー」から、1月号掲載の各論考を無料でダウンロードできます。

私の論考のダウンロードのためのダイレクトリンクはこちらから。

サウジとイランは1月2日の、サウジによるシーア派説教しの処刑と、それに抗議した群衆によるテヘランのサウジ大使館への焼き討ちを受けて、一時はかなりの対立姿勢を双方が示しました。そこから見えてきたものは何か。

この間の政策論壇の主要な議論をまとめてリンク集を提供する、ワーキング・ペーパーを意図して書きました。現在サウジ論、米中東同盟論が、米のイランとの関係改善を受けて活発になっていますので、主要な議論の整理として、便利ではあると思います。

【寄稿】「アラブの春から5年」をテーマに『毎日新聞』に談話を

寄稿に近い談話とでも言えばいいでしょうか。長い時間話してまとめてもらったものをいろいろ直したものが、『毎日新聞』1月15日付朝刊に掲載されました。

《アラブの春 5年 独裁崩壊の代償 識者は見る》「◆アラブの混乱 地域分裂、危機は深まる 池内恵・東大准教授(イスラム政治思想) 」『毎日新聞』2016年1月15日朝刊

私の発言とされるものの部分の本文を貼り付けておきます。

 「アラブの春」で、独裁者が統治してきたアラブ世界は大きく変わった。もはや独裁は不可能になり、民主化にも行き詰まり、宗派、部族単位の分裂が強まって極めて統治が難しくなったのだ。

 独裁政権の崩壊はメディアの変化によるところが大きい。新聞やテレビなど従来のメディアは、政府などのプロパガンダを伝えていた。ところが突然、衛星放 送や携帯電話、インターネットが登場したことで人々は多様な情報に接し、自ら情報を発信できるようになった。独裁政権は情報統制できなくなり、崩壊すべく して崩壊したと言える。

 ただ、民主化を目指す過程で、各国はそれぞれ困難を抱えた。選挙を行うと組織の結束力が強く、反汚職を掲げるイスラム勢力が勝つ。だが、既得権益層は権 力の移譲や教義の押しつけを認めることができない。その結果、武力で覆すケースが出た。エジプトのクーデターは一例だ。

 リビアは憲法制定を目指して数回の選挙を実施したが、民意はその度に変わった。結果として二つの政府ができ、双方が武力を持って正統性を主張するように なった。イエメンは選挙をせずに多様な勢力の代表による対話を進めたが、結論を認められない反対勢力が政府を放逐した。シリアは政権の弾圧で地方住民が離 反し、義勇兵が入って内戦に陥った。

 アラブ世界は元々、政府が正規軍の他に特殊部隊など複数の武装組織を持っており、政治が分裂すると武力も分裂、拡散する。また各勢力が宗派などを頼りに 周辺国などに援助を求めるため、国際政治も宗派紛争化した。チュニジアは軍が強くなく、労働組合などが政党間を仲介できたため、辛うじて民主化の道を進ん でいる。

 昨年は第二次大戦後最大の人道危機と言われたが、今年はより事態が悪化する可能性がある。今後は長い時間をかけて宗派や部族で似通った人たちが住み分けしていく流れがいっそう進むと思う。その過程で難民はさらに増えるだろう。

 過激派組織「イスラム国」(IS)はアラブの春の混乱で存在が可能になった組織だ。国際社会の攻撃が激しくなれば、今の場所から移動するだろう。無秩序の場所は必ず存在するからだ。

 この混乱は基本的に地元の対立に根ざしているので、国際社会はできるだけ関わらない方がいい。だが、人道危機は進行するし、米国が関与しなければロシアの関与が強まるというのが国際社会のパワーバランスだ。先行きを読むのは難しい。
(構成:三木幸治)

【テレビ出演】1月1日放送の「ニッポンのジレンマ」が1月30日0時30分から再放送へ

米国出張で、米自治領プエルトリコ(学会)→テキサス州ダラス(サザンメソジスト大学)→同カレッジステーション(テキサスA&M大学)等を周って最後の用務をすませ帰国便に乗るはずだったニューヨークで、米東海岸を北上する暴風雪(Winter Storm Jonas→Blizzard 2016)に捕まり、足止めを食っております。SnowstormとBlizzardの定義を勉強いたしました。

20インチ以上、もしかすると24〜28インチ近くにもなろうかと予想されている、ニューヨークの観測史上(1869年以降)5指に入るとも喧伝される大雪のため、車両通行止めとなってマンハッタン島は「歩行者天国」状態になって静まり返っており、駸々と雪のみが降り続いておりまして、ホテルで缶詰になって遅れた原稿を進めています。

米国のもっと北、五大湖のあたりなどは気温もはるかに低く、ずっとBlizzardが吹いていると言っていいぐらい降雪・積雪もすごいので、雪国の人は大騒ぎを見て笑っているとは思いますが・・・「ニューヨーク雪まつり」のような雰囲気ですね。もっとも関連した死者も出ているのであまり興味本位ではいられませんが。

この機会に、1月初頭から滞っていた、刊行・テレビ出演情報の更新をいたします。

まず、元旦に放送されていた討論番組へのビデオ出演について。近く再放送されるようですので、今のうちにおしらせしておきます。

「ニッポンのジレンマ元日SP「 ”競争”と”共生”のジレンマ」NHK・Eテレ、2016年1月1日午後11時〜(150分)

ニッポンのジレンマ・ロゴ

これが、2016年1月30日(土)深夜0時30分〜3時(どうやら1月31日の0時30分〜3時ということらしいです。公式ウェブサイトの表記は紛らわしいというか、言語として間違っているのではないかと思います。1月30日24時30分〜と書くべきでしょう)に再放送される模様です

この番組の中で、スタジオの討論者ではなく、収録ビデオで出演しています。事前収録のVTRがスタジオで映し出される3人の「上の世代」(と言ってもあまり年齢が違わない人たちがスタジオに混じっていますが・・・)の一人として、間接的に参加しています。他の二人は堀江貴文氏、川上量生氏です

なぜかホームページにもこの3人の名前が載っておらず、事前にウェブで公開されていたらしいVTR(もしかすると放送されたものよりも長め)も視聴不能になっているなど、番組・ウェブサイトのいずれも全般に分かりにくい立て付けになっていますが、まあいいでしょう。番組にはフェイスブックのアカウントも存在しているようです。

研究室でディレクターとカメラに向かって長くしゃべった中のごく一部を切り取って編集されてVTRにされ、それを見せられたスタジオの論者があまり準備もせずに反応して、それがまた編集されているようですので、噛み合っていません。

キャッチフレーズのようにして言っておいたため、おそらく番組で必ず使うだろうな、と予想していた部分への反応がなかったのが(少なくとも編集後の放送されたものには)、残念でした。

その部分は、だいたい覚えている範囲では「2015年は西欧・欧米の普遍主義が実はそれほど普遍ではないことを様々な形で気づかされた年だった。2016年はそのことをもっとあからさまに認めてしまう年になるだろう」と、かなりアイロニーやニュアンスを載せて話したので、もう少し良く考えて欲しかったのですが、これについて誰も反応せず、学者の世界では良くある反応、つまり「文明の衝突」という言葉をあえて私が使ったところ「使っちゃいかん」と反応するという形の議論が行われ、それに反論する議論も出ましたが、煮えきらないまま終わったようです。

単に「文明の衝突」と言っていいのかいかんのか、という話ではなく(それは定義や目的次第で様々に議論できますが)、それとグローバル化が進む中で「普遍主義」が今後も理念的にそして実際的に可能なのかどうか、という話を加えて、思想的あるいは歴史的な状況認識を再検討したり、現状と将来を見通すための分析概念の再構成をしたりすれば面白かったと思いますが、考えてみたらそんな議論は既存の学問の枠組みの中で誰もやっていないのだから、突然テレビで行われるはずもないのかもしれません。しかしテレビは学会発表でも研究者の研究会でもないので、出る人はもっと「片鱗」を見せればいいんじゃないかと思いますが。

再放送で、この噛み合わない感じをぜひご覧ください。