イラク・シリアの内戦と介入は原油価格を下落させた

ある程度ものの分かった専門家の間でやり取りする際に常識となっている話が、その外に広まるまでにはタイムラグがある。結局伝わらない場合も多い。

中東情勢が原油市場に及ぼす影響というのもそんな課題の一つだ。

その関係で、やっとまともな報道になったな、と思わせてくれる記事があった。その記事で引用されている図を見れば一目瞭然だ。

WTI石油先物1-9月2014年毎日新聞9月30日
出典:「原油価格:下落続く 欧州、中国の景気懸念 需要先細り」『毎日新聞』2014年09月15日10時34分(最終更新 09月15日 12時21分)

イラク・シリアの内戦が「イスラーム国」の伸長に結びつき、それに対する米国の軍事介入という事態に至って、やおら「中東の地政学的リスクの高まり」が議論されるようになりました。

中東専門家の個別利益としては、「リスクの高まり」を煽る側に回れば、講演の依頼などで引っ張りだこになり、「日本政府は対策を取っているのかー」とか叫べば、政府・官庁のなんとか委員になれたりして、いろいろお得なのだろうが(じっさい、「えらく」なった先生は、過去の言動をトラッキングすると、こういう機会にこういう立ち回りをすることに機敏であったことが分かる)、私はそういうことは人生の目的ではないのでしない。

中東専門家として、あるいは国際政治を広く見ながら生活をしている人間として言えば、「地政学的リスクが高まったという認識は広まったが、国際市場への原油・天然ガスの安定・妥当な価格での供給を阻害するという意味でのリスクは高まっていない」というのが、「イスラーム国」の伸長・米国の介入の影響を現地情勢や諸指標を見て引き出せる結論。

これについては、モノの分かった諸専門家(地域情勢・エネルギー・原油市場に関する)と議論すれば、ほぼ同意してもらえる。「専門家」を名乗っていてもそうでない人がいる、という話には、私は関知しない。

この図の読み方ですが、「イラクとシャームのイスラーム国」が、イラク北部に急激に勢力を拡大したのが6月初頭。6月9日から10日にかけてモースルを占拠したのが世界に衝撃を与えた。この時期にだけ若干原油市場は上昇圧力を受けた。

しかし6月20日の近年の最高値(107.26ドル/バレル)を最後に、下落に転じ、ほぼ一直線に90ドル/バレル近くまで下がっている。

日本で原油価格下落の効果が感じられないって?
円安だからです。

90ドル/バレルという水準は、2月以前の水準だ。つまり、ウクライナ問題が紛糾して、クリミアやウクライナ東部をめぐって米露対決が激化する過程で押し上げられた分も帳消しにするほど下がっているのである。

地政学的リスクが原油市場に与えた影響ということで言えば、
(1)ウクライナ問題をめぐる米露対決では、原油市場は「買い」の反応をし、
(2)イラク・シリア問題が紛糾し「イスラーム国」が伸長し米国が軍事介入に踏み切ると、原油市場は「売り」の反応を示したことになる。

WTIをもう少し長期的に振り返ってみても、中東情勢の混乱は必ずしも原油価格の上昇に結びついていない。

2008年9月のリーマン・ショックで、それ以前の狂乱の高騰に見舞われていた原油価格はガクッと下がった。WTIでは、2008年の7月11日に一瞬つけた147.27ドル/バレル を最高値に、年末には一バレル30ドル台の前半にまで下がっていた。

これが2009年から2011年まで緩やかに回復していった。2011年1月以来のアラブ諸国の政権の動揺に際しても、さほど上がらず、1バレル100ドルの前後を行ったり来たりして安定してきた。

ウクライナ問題の勃発で、2014年の3月には105ドル/バレル水準に押し上げられ、さらに6月の「イスラーム国」の伸長で数日間は107ドル台に上がったものの、6月20日以来一貫して下落し、ウクライナ問題以前の水準に下がっている。

つまり、8月7日のイラク空爆表明、9月10日のシリアへの空爆拡大表明を経て、実際に現地で戦闘が激化し空爆が拡大してもなお、一貫して原油先物価格は下がり続けているのである。

要因を推測すれば、

(1)国際市場の側には、中国をはじめとした新興国市場の需要の鈍化があり、ヨーロッパの経済不振の長期化の見通しがある。

(2)中東側から見れば、リビアにせよ、イラクにせよ、あるいは小規模だがシリアやイエメンにせよ、国が内戦や混乱状態にあっても、民兵集団が跋扈して油田・石油精製施設が掌握されても、密輸を含んだ非合法な形を含んで、原油は国際市場に出る、という経験知が共有された。

そこから、「イスラーム国」の伸長に対しても原油市場はあまり反応せず、むしろ米国が介入して鎮静化することを見越して(あるいはイスラーム国への関心が高まることでウクライナをめぐる米露対決が緩和されることも見越して)、価格が下落したのではないかと思われる。

なんてことは、最近頻繁に出席させられる各種会合で議論していて、ごく自然に専門家に受け入れられていたのだが・・・

ああやってくれてしまった、藤原帰一先生・・・

藤原帰一「紛争から見える世界 − 権力が競合する時代に」東京大学政策ビジョン研究センター(朝日新聞夕刊『時事小言』2014年9月16日から転載)

昨今の国際情勢に共通する要素として「紛争が世界経済に及ぼす影響が大きい」として、その筆頭に「イラクとシリアの内戦は、原油価格の高騰を刺激した。」と書いてしまっている。

ですから、高騰していないんです。

ウクライナ問題による「地政学的リスク」は高騰要因になったかもしれませんが、イラク・シリア問題は逆にそれをも打ち消すような市場の動きを招いています。

「アラブの春」以来の有為転変を逐一目撃しながら抱いた雑感、「どんなに混乱していても原油は市場に出るんだなあ…」は、国際政治学者には共有されていないものだったのですね。

中東のことを不用意に語りさえしなければ素晴らしい先生なんだけどな・・・「国際政治学」が専門だからと言って国際政治の森羅万象が分かるはずはないのだから。

私の方は、9月12日の日経新聞朝刊「経済教室」に寄稿した拙稿でも、次のように書いておいてあります。まだその先にもっと価格が下落すると決まった段階ではなかったのですが、押し上げ効果も大したことなかったし、原油は変わらず出ているんだから、リスクリスクと騒ぐことない、と水をかけておきました。編集部側は「地政学的リスクの高まりが・・・」というテーマ設定をしているんだから「高くなりましたッ」と迎合して書いておけばもっと仕事来そうなもんだが、性格的にそういうことができないんですよ。でも結果として下がったでしょ。

以下抜き書き。全文はウェブ版を契約して読んでください。

「中東の地政学的リスクとはいかなるものなのだろうか。」

「中東産原油・天然ガスの国際市場への安定供給についていえば、これほどの混乱にもかかわらず、むしろ原油は値引きした密輸を含んだ自生的なルートで市場に流れ続けており、原油価格の急騰や供給・運搬ルートの途絶といった事態が近く生じるとの観測は、むしろ沈静化している。」

「イランの核問題での対立によるホルムズ海峡の閉鎖や、パレスチナ問題をめぐる地域規模の動乱といった、周期的に危機意識があおられるものの現実化しなかった致命的な一撃の可能性も低い。」

それではどういうリスクなのかというと・・・

「中東全域の治安や政治の安定度がおしなべて低下することで、中東地域に対する政治的・経済的な関与への自由で安全なアクセスが制約されること」

「「複雑怪奇」な中東情勢がもたらす多種多様な地政学的リスクの回避に、多大な労力を払わなければならない」

「リスクは、均等にではなく特定の国にかかってきかねない。」

「中東の石油を死活的に必要とする国とそうでない国で、混乱がもたらすリスクへの認識は異なる。」

といった話です。

ジョージ・フリードマン『続・100年予測』に文庫版解説を寄稿

以前にこのブログで紹介した(「マキャベリスト・オバマ」の誕生──イラク北部情勢への対応は「帝国」統治を学び始めた米国の今後を指し示すのか(2014/08/21))、地政学論者のジョージ・フリードマンの著作『続・100年予測』(早川文庫)に解説を寄稿しました。帯にもキャッチフレーズが引用されているようです。


ジョージ・フリードマン『続・100年予測』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

単行本では邦訳タイトルが『激動予測』だったものが、文庫版では著者の前作『100年予測』に合わせて、まるで「続編」のようになっている。


ジョージ・フリードマン『100年予測』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

確かに、『激動予測』ではありふれていてインパクトに欠けるので、文庫では変えるというのは良いが、かといって『続~』だと『100年~』を買ってくれた人が買ってくれる可能性は高まるかもしれないが、内容との兼ね合いではどうなんだろう。

英語原著タイトルはThe Next Decadeで、ずばり『10年予測』だろう。100年先の予測と違って、10年先の予測では個々の指導者(特に超大国の最高権力者)の地政学的認識と判断が現実を左右する、だから指導者はこのように世界情勢を読み解いて判断しなさい、というのが基本的な筋立てなのだから、内容的には「100年」と呼んでしまっては誤解を招く。

こういった「営業判断」が、日本の出版文化への制約要因だが、雇われで解説を書いているだけだから、邦訳タイトルにまで責任は負えません。

本の内容自体は、興味深い本です。それについては以前のブログを読んでください。

ただし、鵜呑みにして振りかざすとそれはそれでかっこ悪いというタイプの本なので、「参考にした」「踏まえた」とは外で言わないようにしましょうね。あくまでも「秘伝虎の巻・・・うっしっし」という気分を楽しむエンターテインメントの本です。

まかり間違っても、「世界の首脳はフリードマンらフリーメーソン/ユダヤ秘密結社の指令に従って動いている~」とかいったネット上にありがちな陰謀論で騒がんように。子供じゃないんだから。

フリードマンのような地政学論の興味深いところ(=魔力)は、各国の政治指導者の頭の中を知ったような気分になれてしまうこと。政治指導者が実際に何を考えているかは、盗聴でもしない限り分からないのだから、ごく少数の人以外には誰にも分からない。しかし「地政学的に考えている」と仮定して見ていると、実際にそのように考えて判断し行動しているかのように見えてくる。

今のオバマ大統領の対中東政策や対ウクライナ・ロシア政策でも、見方によっては、フリードマンの指南するような勢力均衡策の深謀遠慮があるかのように見えてくる。

しかし実際にはそんなものはないのかもしれない。単に行き当たりばったりに、アメリカの狭い国益と、刹那的な世論と、議会の政争とに煽られて、右に行ったり左に行ったり拳を振り上げたり下げたりしているだけなのかもしれない。あるいは米国のリベラル派の理念に従って判断しつつ保守派にも気を利かせてどっちつかずになっているのかもしれない。

でも、行き当たりばったり/どっちつかずにやっていると、各地域の諸勢力が米側の意図を読み取れなくなって、米の同盟国同士の関係が齟齬をきたしたり、あるいは敵国が米国の行きあたりばったりを見切って利用したり、同盟国が米国に長期的には頼れないと見通して独自の行動をとったりして、結局混乱する。しかしどの勢力も決定的に状況を支配できないので、勢力均衡的な状況が結果として生まれることも多い。

で、その状況を米国の大統領が追認してしまったりすると(まあするしかないんだけど)、あたかも最初からそれを狙っていた高等戦術のようにも見えてくる、あるいはそう正当化して見せたりもする。

そうするとなんだか、世界はフリードマン的地政学論者が言ったように動いているかのようにも見えてくるし、ひどい場合は、米国大統領がフリードマンに指南されて動いているとか、さらに妄想をたくましくしてフリードマンそのものが背後の闇の勢力に動かされていて、この本も世界を方向付ける情報戦の一環だとか、妄想陰謀論に支配される人も出てくる。

本って怖いですね。いえ、だから素晴らしい。

でもまあ結局この本で書いてあることは、常にではないが、当たることが多い。商売だから、「外れた」とは言われないように仕掛けもトリックも埋め込んで書いている。「止まった時計は、一日に二回正しい時を刻む」的な議論もあるわけですね。その辺も読み取った上で、「やっぱり読みが深いなあ」という部分を感じられるようになればいいと思う。

改めて、決して、外で、「読んだ」っていわないように。

トルコはシリア北部の安全地帯化を提案、空爆には依然として不参加

米国のシリア空爆には、湾岸産油国が象徴的に参加しているが、実質的な解決には地上での同盟勢力が欠かせず、それが得られないところが最大の制約になっている。

空爆自体は、アサド政権の黙認と歓迎の下、空軍・対空防衛能力がほぼ皆無の「イスラーム国」及びイスラーム過激派諸勢力に対して行われており、攻撃する側に、誤爆・事故以外の危険はほとんどない。

しかし「イスラーム国」が入り込んでくることを可能にしたシリア北部・東部の状況を変えるには、空爆だけでは不十分で、地上軍を含んだ現地の勢力の支援が必要であると共に、シリア内戦そのものの解決が必要になる。

この点で、トルコの動向が最大の鍵になる。

トルコはこの問題で、米国の空爆を支持しつつも、空爆への参加は否定し、NATOに提供しているインジルリク空軍基地についてもシリア空爆への使用は拒否している。

その理由として、6月にイラクのモースルで「イスラーム国」によって総領事館が襲撃され、49人の人質を取られていたことが、「言い訳」のように挙げられてきたが、これも解決したので、トルコの真意がいよいよ問われることになる。

トルコ側は、副首相が、「まずアメリカの真意を聞きたい」といった趣旨の発言で牽制してきたが、ここにきてエルドアン大統領がトルコ側の意志を発信し始めている。

エルドアン大統領は、国連総会に出席するために訪れていたニューヨークから帰国する途中の9月26日、大統領専用機上で、ヒュッリイエト紙のインタビューに応じ、シリア北部に反政府勢力の「安全地帯」を設定する構想を明かしている。

“Turkey ‘to do whatever needed’ in anti-ISIL coalition, Erdoğan says,” Hurriyet Daily News, Sep. 27, 2014.

今回の発言は、トルコがシリアに地上軍を派遣する可能性に触れたという面において注目されるかもしれないが、それは現在の形での米軍主導のシリア空爆にトルコが参加や支援を行う姿勢に転じたという意味ではない。むしろ、トルコにとって容認できる形でのシリア問題の解決策が採りいれられなければ、トルコは有意義な形で参加しない、と暗に示したとも受け止められる。今回の談話でエルドアンはアメリカのシリア空爆の意義を認めたものの、「安全地帯」設定、というトルコの提案する解決策以外では、いかなる形でも軍を派遣すると明言していない。エルドアンのニューヨークの国連での発言はトルコが立場を転じて空爆に参加する可能性を示唆したものとして報じられがちだが、トルコの基本姿勢は別のところにあると考えた方がいい。少なくとも、米国への支援の見返りに、シリアへの「安全地帯」設立という大きな条件を課しているとも言える。

「シリア北部に安全地帯を確保するための飛行禁止区域を設定するためのシリア空爆」には参加する、というのであれば、それはアサド政権の空軍・対空戦力への攻撃を含むということになりかねず、現状のシリア攻撃とは全く目的と質を異にする。

シリア北部への「安全地帯(secure zoneあるいはbuffer zone)」設定という案は、以前からシリアの反政府勢力から要求されており、トルコも繰り返し提案してきた

2012年10月ごろに報じられた、その当時トルコが意図した安全地帯はこの地図のようなものだったとされる。一部の報道では現在の問題を議論する際にもこの地図が流用されているが、トルコと関係諸国との議論で同じ領域が念頭に置かれているかどうかは定かではない。

トルコによるシリア北部安全地帯
出典:Day Press

「イスラーム国」が急激に伸張し、それに対してシリア空爆が行われ、トルコの参加の有無と最終的な決着のあり方に注目が集まるこの段階で、エルドアン大統領が改めて提起したことは意味深いだろう。帰国直後のイスタンブール空港での共同記者会見でも同様の姿勢を敷衍している。

すでに9月半ばにもエルドアン政権は、「イスラーム国」対策として安全地帯を再提起する意志を示していたが【“Turkey Renews Syria Buffer-Zone Push As U.S. Builds Coalition,” The Wall Street Journal, Sep. 16, 2014.】【“Turkey considers buffer zone with Syria and Iraq to contain Isis,” Finantial Times, September 16, 2014.】、今回のインタビューでは具体的にトルコの提案として明言した。

ニューヨークへの出発前にエルドアン政権の安全保障会議でも議論されたようだ

短期的な実現可能性はともかく、シリア内戦が続く限り、トルコ主導でのシリア国内での安全地帯の切り分け(見方によっては事実上のトルコの勢力圏の設定)という案は浮上し続けるだろうし、有力なオプションとして俎上に上り続けるだろう。

ヒュッリイエトの英語版の記事によれば、安全地帯の設定には主に次の三つの要素を含む。

– There are three issues that we insistently emphasize: 1) The declaration of a no-fly zone 2) The declaration of a safe zone 3) Training and equipment [for the Syrian rebels]. I believe that an agreement will be reached [between coalition partners] on these issues. The talks are ongoing.

(1)飛行禁止区域を宣言する。(2)安全地帯を宣言する。(3)安全地帯でシリア反体制派を訓練・装備する。

トルコにとって、トルコに都合のいい形でシリア内戦を終わらせるために、シリア国内のトルコに接した部分に、トルコの勢力圏と言ってもいい領域を設けるというのが、「安全地帯構想」の実態だろう。

逆に一番都合が悪いシナリオを描けば、次のようになる。シリア内戦のどさくさまぎれにシリアのクルド人勢力の独立機運が高まり、欧米からの支援を得て武装化の度合いを高め、イラクのクルド勢力と一体化すると共に、トルコのクルド人勢力とも一体化し、越境する難民と共に、独立武装闘争をトルコ国内に持ち込む、というものだが、この劇画的悪夢のようなシナリオの一部の要素はすでに現実化してしまっている。シリアのクルド勢力は中央政府の統治が及ばなくなったことを背景に教育のクルド語化を進めており、難民は今月だけでもシリアのクルド人地域から13万人がトルコに流入しており、近い将来に40万人にも及ぶとみられている。欧米諸国がクルド勢力への武器支援を強めており、シリアのクルド地域ではトルコのクルド地域でトルコ政府と軍事闘争を繰り広げてきたPKKの関連組織が台頭している。欧米へ移民したクルド人あるいはクルド人領域の宗教的少数派が、イスラーム過激派と同様に、義勇兵としてクルド領域に還流してきている。

シリア北部の「安全地帯化」は、アサド政権やクルド勢力や難民といった問題をすべて国境の向こう側、つまりシリア側に封じ込めて、トルコへの波及を水際で食い止めようとするものである。この構想に米国をはじめとした国際社会の正統化が得られれば、また域内の主要国の賛同や参加が得られれば、トルコは積極的に関与してもいい、というのがトルコが交渉で要求する「最大ライン」だろう。

この構想にはモデルがある。米国は1991年の湾岸戦争以来、イラク北部クルド地域上空に「飛行禁止区域(no-fly zone)」を設定してクルド人の実質上の自治区を成立させ、バルザーニー現クルド地域政府大統領らのクルド人勢力を実質上の米国の同盟勢力としてきた。2003年のサダム・フセイン政権の打倒後の新体制で、クルド地域は独立は控える代わりに高度の自治を得た。イラクのクルド地域政府とはトルコのエルドアン政権は良好な関係にあり、トルコはクルド地域の北部との経済的な結びつきを深め、政治・経済的な影響圏としている。

トルコから見れば、同じことをシリアの北部で、再び米国主導でやるなら、トルコは場合によっては地上軍の負担も含む役割を担っていい、ということなのだろう。

何もかもトルコの狙い通りに中東国際政治が動くということはないが、同時に、トルコにとって受け入れられない、トルコが参加しない解決策も、シリア問題に関しては実現しにくい。シリア北部への安全地帯設立構想は、どこかの段階で、有力な解決策の一つとして浮上する可能性があり、注目しておく必要がある。

ニューヨークの国連総会の舞台裏で安保理常任理事国を中心に、トルコの提案が議論されたことは確かだろう。

これは本質的には中東の地域大国間の勢力関係の再設定で物事を解決しようとする方式なので、イランとサウジアラビアとイスラエルという並び立つ地域大国の傘下のメディアが敏感に反応しているのも肯ける。

“Erdogan calls for no-fly zone over Syria,” Press TV, Sep 27, 201403:56 PM GMT.

“On Turkey, buffer zones and a bipolar world view,” al-Arabiya, 27 September 2014.

“Erdogan: Turkish troops could be used to establish secure zone in Syria,” Haaretz, Sep. 27, 2014.

【テレビ出演】28日(日)の午後6時54分~BS朝日「いま世界は」で解説

明日9月28日日曜日のBS朝日(BS5Ch)「いま世界は」(午後6時54分~8時54分)にスタジオ出演して米国のシリア空爆の現状と「イスラーム国」について解説する予定です。

番組の前半部分の7時ごろから30分程度の時間のみゲストとして解説するのではないかと思います。

番組情報についてはココからも。

ロゴはこれかな。

BS朝日「いま世界は」ロゴ

UAEは女性パイロットを、サウジは王子様パイロットを動員して、米世論と対イスラーム国でイメージ戦略

今日はこの写真から。

シリア空爆へのUAE女性パイロットの参加
出典:The National

写っているのは、アラブ首長国連邦(UAE)空軍のマリヤム・マンスーリー少佐。戦闘機のパイロットです。

なお、Tne National はUAEアブダビの英字紙です。

9月23日(現地時間)の米国の対シリア空爆に参加したUAEは、「女性パイロットがミッションを率いた」と欧米メディアに流して、情報戦・イメージ戦略に乗り出している。

サウジも同様である。こちらは王子様パイロットを出してきた。これもThe Nationalが広報に務めています。

シリア空爆へのサウジ王子の参加
出典:The National

ハーリド・ビン・サルマーン王子は、サルマーン皇太子の子息でサウジ空軍の戦闘機パイロット。

ん?サルマーン皇太子の子息でパイロットというと別の有名な人がいたな?と思ったら、スルターン・ビン・サルマーン王子(Sultan bin Salman 1956 –)がいました。ハーリドよりずっと年上のお兄さん(多分腹違い)ですね。

お兄さんのスルターン・ビン・サルマーン王子もサウジ空軍パイロットを経て、1985年にスペースシャトル・ディスカバリーに搭乗した。アラブ人ムスリムとして初の宇宙飛行士となった。

「宇宙飛行士」というと米国では全面的に信頼されるから、サウジ王家がスペースシャトルに乗組員を送り込むのは、パブリック・ディプロマシーの一環ですね。

サルマーン皇太子は、スデイリ家という有力外戚家を母君に持つという以外にはそれほど特色がない人で、歴代の実力ある国王・皇太子が同じ母から生まれた兄弟で、かつ長生きしたので皇太子位が転がり込んできたという人。

(初歩的説明:サウジアラビアは初代アブドルアジーズ王の息子兄弟で今に至るまで王位を継承し続けており、母親を異にする兄から弟へと、代々王位が継承されてきている。まだこの下に数名弟がいるが、そろそろ第3世代に受け継がないといけないので、そこで異変があるかどうかが注目されている)。

そのため、サルマーン皇太子は有力官庁(国防省とか内務省とか、ちょっと毛色が違うけど外務省とか)の要職にはつい最近まで縁遠く、その息子たちも、政治的に有力なポストには就いてこなかった。しかしそこで宇宙飛行士や戦闘機パイロットといった実権はないがカッコいい職業に息子たちを就かせていたのですね。サウジ王家の兄弟たちもそれぞれに家系に特色を持って競っているのだな。今回はその資産を活用して皇太子の株も上がったかも。

さて、シリア空爆の初日に、女性パイロットと王子様パイロットが乗っていた、というのはもちろん偶然ではなく、意図してのことだろう。目的はもっぱら広報面にあるだろう。

サウジやUAEの空爆参加には、戦闘上は実質的な意味はそもそもない。アメリカにとっては、オバマ大統領が空爆開始直後に言った、「アメリカ単独ではない」ということを示すと共に、「アラブ世界のムスリム諸国が賛同している」と示すために必要だった。

サウジやUAEから言えば、対アメリカと、対イスラーム国(とその潜在的支持層)の両方に意味があるだろう。

サウジを筆頭に、湾岸産油国は、「そもそもイスラーム国に資金援助をしたのは湾岸産油国だろう」「イスラーム国のイデオロギーって、サウジの公定イデオロギーのワッハーブ派が根っこにあるんじゃないの?」と疑われ、それぞれにある程度真実と言える面があるので、政府としては苦しい立場に追い込まれている。

ニューヨーク・タイムズにこんな風に書かれるのはきつい。

“ISIS’ Harsh Brand of Islam Is Rooted in Austere Saudi Creed,” The New York Times, Sep 24, 2014.

「イスラーム国」が米国人の人質を斬首した、というのがここまで急激にアメリカが開戦に踏み切るきっかけとなったのだが、考えてみればサウジでは毎週金曜日に公開で斬首で死刑をやっているではないか、とか、突かれると苦しい点がありすぎる。

「イスラーム国」と言えば「女性の権利抑圧」が欧米世論に強く印象づけられている。欧米の世間一般の、「イスラーム教徒・アラブ人は野蛮」といった偏見を裏打ちするような行動を「イスラーム国」は繰り返している。欧米が「先進的」とみなす価値観からの乖離を「イスラーム国」側がこれ見よがしに際立たせ、それを欧米メディアも盛んに取り上げて、「開戦やむなし」の雰囲気が急速に形成された。

サウジやUAEとしては、「スンナ派アラブの保守的な社会が問題の原因でしょ」と言われるのがもっともつらい。単に戦闘に参加して義理立てするだけでなく、より積極的な意味を欧米社会に印象づけたい。

そこで、かっこいいパイロットの王子様と、そして欧米の予想を裏切る美人女性パイロットを出してきて、「先進的な湾岸産油国が、後進的で野蛮な「イスラーム国」を退治している」というイメージを作り出そうとしている。

ここで、「王子様」、そして何よりも、「女性パイロット」は欧米世論のイメージを変えるのに有力なカードだ。女性が自動車すら運転できないサウジには女性パイロットはいないだろうから、ここはUAEから借りてくる。

欧米のPR会社でも噛んでいそうだ。UAEの女性パイロットについては、6月にThe National が報じてあった。

Emirati woman who reached for the skies, The National, June 10, 2014.

さて、「シリア空爆に35歳・ムスリム・アラブの美人女性パイロットが」という情報は、欧米主要メディアに軒並み取り上げられ、ネット上での情報拡散も引きおこし、PR作戦の狙い通りになっている。

ISIS Fight: Mariam Al Mansouri Is First Woman Fighter Pilot for U.A.E.(米NBCテレビ)

英テレグラフでの報道。
“Saudi prince and Emirate’s first female fighter pilot take part in Syria air strikes,”The Telegraph, “25 Sep 2014.

イラク空爆に参加を表明しているオーストラリアでも。
“Major Mariam Al Mansouri trending online as pictures emerge of United Arab Emirates female fighter pilot leading air strikes,” news.com.au

欧米のリベラル派の論調は、「女性が社会進出している」というだけでいきなり「先進的」と評価してしまいがちだ。「遅れているイスラーム世界なのに女性がパイロットに」という論理で、すごい差別・偏見にまみれた前提に立ったうえで、一転して高評価してしまうのである。これが欧米世論の単純なところで、それをよく分かって情報発信している。「王子様」というとキャーキャー言うのはどこも同じだし。

また、ニューヨーク・デイリー・ニュースのような米大衆紙にもウケている。
UAE’s first female fighter pilot likely dropping bombs on ISIS militants in Syria, New York Daily News, Sep 24, 2014.

「アラブ人・ムスリムは遅れている」といった議論に最も親和的なこういう保守系大衆紙は、同時に「美人」となると一斉に食いつく。こういう「欲望」の刺激がインターネット上でのイメージ形成と、それに依拠した漠然とした政策への支持の取り付けには欠かせない。

FOXニュースなどは、喜び過ぎてなのか、あるいは普段の「アラブ・ムスリム=野蛮で女性抑圧」という自らが信じるステレオタイプと合わない美人パイロットの出現に動揺したのか、なにやら失言したらしい。

“Fox News presenters mock female pilot who took part in campaign against Isis,” The Guardian, Sep 25, 2014.

“Fox Host Reaction to Female Fighter Pilot: “Boobs on the Ground”,” Slate.com, Sep 25, 2014.

このように、基本は欧米世論向けと考えていいが、同時に、「イスラーム国」に参加してしまうような、欧米の若者たちの関心や気分を逸らすためにも、こういったイメージ戦略は重要だと思う。

要するに「イスラーム国に入って戦うとカッコいい」と、一定数の(少数だが)若者が思ってしまっている状況がよくない。

これを正すには、イスラーム教の教義や解釈を根本的に変えてもらうとか、欧米社会でもイスラーム諸国でも若者が全員幸せに目的意識とやる気を持って生きていけるようにするとか、根本的な解決策は考えられるが、近い将来に実現しそうにない(遠い将来にもそもそもできるのか?)。

しかしそもそも、こういった運動に参加するのは、末端の構成員のレベルでは、単に「流行っているから」というだけの場合が多い。そうであれば、「もっと別の流行」を作り出して関心を逸らすというのが一つの有効な方法だろう。

「美人女性パイロットに萌え~」とか「王子様素敵~」といった話にしてしまうというのは、案外いい方法かもしれない。

それがサウジやUAEの社会の実態を反映しているとは言えないにしても、そもそも「イスラーム国」自体が、妄想と現実を混同して行動した結果、偶然環境条件が合致して出現してしまった、という側面が大きいのだから、対抗するイメージ戦略で、膨れあがったイメージを打ち消すのは、試みる価値のある対処策だろう。

追記:その後も広まっているようです。緒戦のPR作戦は好調ですが、後が続くか。現地の戦況や各国社会の実態は別ですからねえ。

“Arab Woman Led Airstrikes Over Syria,” The New York Times, Sep 25, 2014.

“Female Arab pilot sticks it to Jihadists,” The Times of Israel, 26 Sep 2014.

【地図と解説】「イスラーム国」の押さえる油田と密輸ルート

9月24日のシリア空爆の主要なターゲットの一つは、シリア東部の製油施設だったようです。

“U.S. and Arab aircraft attack oil refineries seized by Islamic State in Syria,” The Washington Post, Sep 24, 2014.

【それ以外の主要なターゲットには、シリア北部トルコ国境付近のクルド人の拠点コバーニー(アラビア語名アイン・アラブ)に迫るイスラーム国の攻勢の阻止だったようですが、これについては別の機会に】

「イスラーム国」がイラクの北部から中部を走るパイプラインや製油所、シリア東部の油田を押さえ、密輸で活動資金を得ているとみられる問題が、対策上の大きな課題になっています。シリアからトルコについての密輸については、先日このブログでも書いてみました(「NHK「深読み」の後記(3)石油の密輸ってどうやるの」2014/09/20)。

ワシントン・ポストの記事に付された地図では空爆の対象となった製油施設の位置が特定されていないので、別の新聞を見てみましょう。

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シリア東部の油田空爆_Sep 24 2014 Guardian
出典:The Gurardian

これはかなりの略図で、シリア東部デリゾール県のデリゾール、マヤディーン、アブー・カマール、それに北東部カーミシュリー県のハサケといった主要都市および「その周辺」が空爆されたと記してあり、それらの内に石油施設が含まれるとしています。それほど詳細ではありません。

シリアの油田や製油施設って、どこにあるのでしょう?

やっぱりニューヨーク・タイムズは毎回良い地図を出してきます。有料で、もしかしたら世界の世論を方向づけるための印象操作かもしれない、と疑いながらも、やはり技術力が高いと参照せざるを得ません。影響力は、政治的な感度と情報力と職人芸の合致したところから生まれるのです。

イラク・シリアの油田とパイプラインNYT_Sep 16
出典:The New York Times

シリアとイラク中部・北部の主要な油田、製油施設、パイプラインが記され、「イスラーム国」が掌握した油田が赤く塗られています。もちろんこれが全面的に正確であるとか、網羅的であるとは限りません。

これを見ると、シリアの東部あるいは北東部に油田が多くあり、特に東部デリゾール県のオマル油田が規模が大きく、そこを「イスラーム国」が押さえていることが重大である模様です。

シリア最大規模のオマル油田は、2013年11月にはアル=カーイダ系のヌスラ戦線が掌握し、それを「イスラーム国(当時はイラクとシリアのイスラーム国)」と争奪戦になっていたようですが、2014年7月に、前月のイラク北部での大攻勢で力をつけた「イスラーム国」が掌握していました。

“ISIS seizes key Syria oil field near Iraq,” The Daily Star, July 4, 2014.

シリアでの油田掌握と、特にそこからトルコへの密輸で、「イスラーム国」が資金を得ている、という報道・論調が、シリアへの「イスラーム国」への空爆拡大が米メディアで喧伝される過程で問題視されるようになりました。

決定づけたのはニューヨーク・タイムズのこの報道です。

Struggling to Starve ISIS of Oil Revenue, U.S. Seeks Assistance From Turkey, The New York Times, Sep 13, 2014.

この記事で上記のシリアからイラクの石油・パイプライン地図が付されていました。

ワシントン・ポストも「イスラーム国」の石油密輸の話を書いています。こちらはイラクの地図を掲げています。

イラクのイスラーム国の油田と製油施設_Sep 15 2014_WP
出典:
“Islamic State fighters drawing on oil assets for funding and fuel,” The Washington Post, Sep 15, 2014.

BBCは次のような地図でシリアとイラクの油田と精油所とパイプラインを描いています。今度はイラクの南部も入っているので、相対的な関係がちょっと分かるでしょうか。あくまでも大規模な油田はイラク南部にあります。イラクの中部や、シリアの東部は、規模はそれほど大きくない。ただし武装集団にとっては法外な資金源となります。

シリア空爆と石油パイプライン_Sep 25_BBC
出典:Islamic State crisis: US hits IS oil targets in Syria, BBC, 25 Sep 2014.

なお、今回示した地図では、いずれも、イラクのクルド地域からトルコあるいはイランへという密輸ルートは描かれていません。クルド地域政府は支配領域の中に別にパイプラインを引いてトルコに輸出できるように準備を進め、一部は送油を開始していますが、それは記されていません。

クルド地域政府の石油輸出、特にトルコへの輸出については、もっと複雑な話にもなり、広がりも別の方向にあるので、「パイプラインの国際政治」の連載の中で触れてゆくことにしましょう(【地図と解説】トルコから見るパイプラインの国際政治(1)ウクライナ紛争とイラク・シリア紛争で高まるトルコの重要性」(2014/09/21)。

さて、シリア空爆を前にしてメディアで盛り上がった、「イスラーム国」の石油密輸の問題で、買っている側として矢面に立ったのがトルコですが、現政権に比較的好意的なトルコ人論客(世俗主義的だが穏健イスラーム主義に歩み寄るタイプ)が、反論というか弁明をしています。

Mustafa Akyol, “The truth about Turkey and Islamic State oil,” al-Monitor, Sep 22, 2014.

「苦しい言い逃れ」という感じもありますが、トルコ・シリア間の商取引きの現場の実態を垣間見られるものであり、国際報道でありがちな実態とはかけ離れた一般化の問題などが提起されていて有益です。
(1)普段からトルコ、シリア間は地場の商取引が盛んで、ガソリンへの補助金で値段が安く抑えられているシリアからトルコへの密輸はルートがある。
(2)もともと血縁・地縁で国境をまたいでつながっている人たちがおり、国境をまたいだ商売で生計を立てており、しばしば密輸が絡む。
(3)クルド人対策で、密輸のお目こぼしを政府がしている。
(4)しかしポリタンクに詰めて何万バレルも毎日輸送することができるはずがない。

なんてことが読み取れます。
(1)(2)は「サイクス・ピコ協定など第一次大戦後に無理やり線を引いた」という問題を、トルコとシリアが実態としてはどのようにやり過ごしてきたかが分かる話であり、(3)は硬軟・清濁併せ呑んだクルド人対策の一端が窺われます。そもそも「親政府系クルド人へのお目こぼし」といった政策的なものじゃなくて「政府・軍の汚職だろ」というツッコミがコメント欄で入っていたりします。それもまた真実でしょう。

そして(4)については、物理的な制約から、「イスラーム国」からトルコなどへ密輸されていると報じられている量は、細部を見るとなんだか怪しい面もある、というのもそれなりに説得力がある反論だ。

アクヨル氏はロイター配信のこの写真を掲げつつ、政府高官の発言を引いて、このやり方でどれだけの量を運べるのか疑問を呈している。

トルコシリア間石油密輸の情景

The key question is how much of an illegal trade is there? The New York Times cited experts who placed the figure “at $1 million to $2 million a day.” Speaking to Al-Monitor, a presidential adviser who preferred to remain anonymous dismissed this claim. He said, “This is impossible. A barrel of oil would be sold for about $50 on the black market. This means 400,000 barrels of oil a day passing illegally from Iraq or Syria to Turkey. Yet, such an amount is impossible to carry by any of the smuggling methods, such as hoses, trucks or mules. There is indeed smuggling on the Turkey-Iraq and Turkey-Syria borders, but certainly not at these levels.”

これに対しては「え、大々的にトラック・タンカーで運んでるんじゃないんですか?」といったツッコミも予想される。それに反論できるのかどうか知らないが、トラック・タンカーで運ぶにしてもその場合は数珠つなぎで延々とトルコ・シリア国境の道路を埋め尽くすことになりそうなので、本当かなあ?と思う。見てきた人がいたら教えてください。

こういったことを考えたうえで、もう一度、上に掲げた、ニューヨーク・タイムズとBBCの地図を見ると、もっといい方法、パイプラインがある。

ただし、シリアの油田からつながるパイプラインは、いずれもトルコには向かっておらず、北東部からも、東部からも、西に向かい、ホムス付近を通って、タルトゥースとバニヤースに到達する。アサド政権の掌握地域である。

BBCの記事でも、
Oil is sold to local merchants, or to middlemen who smuggle it into Iraqi Kurdistan or over borders with Turkey, Iran and Jordan, and then sell to traders in a grey market. Oil is also sold to the Syrian government

と書いてある。ここではシリアとイラクの両方を合算して書いてありますが、シリア産のものについては、トルコに売るかアサド政権側に売るかしか最終的な販路はない。実はアサド政権側がヌスラ戦線やイスラーム国が掌握した油田から石油を買ってしまっている、という話は以前からあって、それも部分的に事実なのだろう。どう考えても直接にトルコに密輸しているだけでは捌き切れない。

そこから、「意図的にアル・カーイダ系あるいはイスラーム国の勢力を拡大させ、反政府勢力を分裂させる、国際介入を引き起こすために密輸を認めている」と穿った見方が出るゆえんだし、まあありそうな話だが、そのような深謀遠慮以前に、単なる「汚職」で政権側の有力者が介在して密輸をしているのではないか、とも推測できる。あくまでも推測ですが。アサド政権の高官から言えば、反政府勢力から安く買って正規ルートに乗せればその差額を取れるわけで、汚職の温床となるだろう。さらに、お目こぼししてトルコへの密輸ルートに介在したりすれば、アサド政権の高官を介して最終的にトルコに行っていてもおかしくない。でも多分シリア国内でけっこう使っちゃっているんでしょうね。「イスラーム国」景気で儲けている人たちがたくさんいそうだ。

シリア空爆への続報と同盟国のホンネ

9月23日に開始された米国のシリア空爆についての続報などを急ぎとりまとめ。時間がたつと忘れてしまうと思うので、タイムカプセルのようにリンクを張っておこう。

空爆はすでに二日目に入っているが、それほど特筆すべき事実は出てきていない。むしろ初日に一斉に出てきた各種論評で出てきた論点を消化する必要がある。

初日の空爆の詳細についての記事をいくつか挙げておこう。初日の空爆についての米軍や大統領の発表で、(1)湾岸産油国+ヨルダンの計5か国と一緒に行ったので米単独ではないよ、というところと、(2)ついでにホラサーン・グループもあんまり危険だから攻撃しといたよ、という内容が、事前に予想されていた中でやや意外、あるいはかなり意外だったところだ。

CNNはこの二つの種類の攻撃について、時間帯と攻撃対象と参加者を整理している。

“Arab nations join U.S., expand fight against terror to Syria,” CNN, Updated September 23, 2014.

The operation began Tuesday, September 23 around 3:30 a.m. local time (8:30 p.m. ET Monday) with a series of Tomahawk missiles launched from U.S. Navy ships, followed by attacks from bomber and fighter aircraft. The first strikes, conducted independently by the United States, hit targets west of Aleppo against the Khorasan Group. Khorasan is a splinter al Qaeda group actively plotting against a U.S. homeland target and Western targets, a senior U.S. official told CNN on Tuesday.

・・・とあるように、朝3時30分にまずホラサーン・グループを、米が単独で攻撃した。

続いて、シリア東部のラッカや、デリゾール県、ハサケ県への攻撃を行い、こちらには湾岸諸国とヨルダンも参加した、ということです。

Arab partners then joined U.S. forces to conduct two waves of airstrikes against ISIS targets, focusing on the city of Raqqa, the declared capital of ISIS’ self-proclaimed Islamic State. Areas to the east were also hit.

地図にすると、このような感じ。青色が米単独のホラサーン・グループへの空爆で、赤色は「連合国」の空爆。

米のシリア空爆初日の有志連合国_CNN
出典:CNN

連合国といっても大部分は米軍による攻撃だと早速認めている。まあ、湾岸産油国やヨルダンにトマホークを撃たせたりしないだろう(そんなの持っていたらイスラエルが許さない)。

U.S. Is Carrying Out Vast Majority of Strikes on ISIS, Military Officials Say, The New York Times, Sep 23, 2014.

空爆初日に行われた米メディアの議論や報道はやはり当事者で批判の自由がある国だけに参考になる。

政治的な中立性がわりに高いのは米公共放送PBSだ。番組で取り上げた専門家の討論や報道のほとんどすべてが、ウェブ上で無料で映像で見られるだけでなく、トランスクリプトも公開されている(日本でもNHKBS1で9月24日の午後4時からやっていた)。三部構成で、簡潔になかなかいいポイントをついている。代表的な論客も網羅している。

U.S. and Arab partners begin air war against Islamic State in Syria – Part 1, PBS, September 23, 2014 at 9:39 PM EDT.

Constancy of U.S. leadership is concern for some anti-Islamic State coalition partners – Part 2, PBS, September 23, 2014 at 9:35 PM EDT.

How do airstrikes on Islamic State complicate the war in Syria? – Part 3, PBS, September 23, 2014 at 9:31 PM EDT.

まあこれらの国はいずれも米国の基地を置いているから、その基地から米艦船が発進するだけで、ミサイルが上空を通過するだけで、「攻撃に参加した」と言ってしまう可能性すらある。この記事では「少なくともほんのちょっとは参加したよ。重要じゃないけどね」程度の話になっている。

Part 1での事実関係と主要映像のまとめも簡潔で、Part 3でシリア専門家のジョシュア・ランディスやイスラーム過激派組織が専門のアンドリュー・テイブラーといった、この問題でおなじみの論者が出てくるのもいいが、より面白いと思ったのはPart 2でレポートしている、同盟国の微妙な反応、というところ。

MARGARET WARNERが各国の政権に近い人たちに聞いてきてレポートしているのだが、空爆に参加した国にしても、一つとしておおっぴらに「参加した」とは宣伝していないことに注目している。

これは面白い点で、アメリカが「彼らも参加した」と大々的に発表して、それらの国が否定していない、というような具合なのだ。特にアラビア語の媒体では、「米国が同盟国と一緒に」としか書かれず、具体的に参加した各国政府の主体的な姿勢は何ら報じられていない。外電を引き写すのみ。沈黙しているわけです。

さて、ウォーナーさんは攻撃に直接参加した5か国に当たってみて、次のような反応を得たという。

I thought the most interesting reaction, Judy, was from the five Gulf states, or Jordan and the four Gulf states that did participate. None of them boasted about it. And I saw one of them late this afternoon. And, unfortunately, I cannot name who he was, who said, this is very sensitive for us. We’re now partnering with the United States. But we have got a reputation on the line, and what we keep asking the Americans is, what comes the day after?

And he left the suggestion that they really don’t have an answer yet.

キャスターのJudy Woodruffとのやり取りなので分かりにくいところがあるかもしれないが、面白いのは攻撃に参加した国の匿名の高官の発言だ。”what we keep asking the Americans is, what comes the day after?”
「攻撃の後はどうするんだ?」と米政府に来ても、答えをもらえていない、ということ。

これにキャスターが食いついて、米の同盟国は米主導の空爆についてトーンが異なるのかい?と聞く。
JUDY WOODRUFF: Well, so, Margaret, it’s interesting because a number of these countries have been critical of the U.S.’s uncertain leadership. Are they taking a different tone about that today because of the U.S. leading these strikes?

再びウォーナーさんが「そうだそうだ」と答える。
MARGARET WARNER: You know, Judy, you put your finger right on it.

そして、次のように同盟国の心の内を読み解く。
That is — the concern is the constancy of U.S. leadership. I mean, from President Obama saying he would strike Syria last year over chemical weapons and then backing off or announcing he’s going to Afghanistan, but announcing an end date, even countries that didn’t want the U.S. to do those things were shaken or rattled by that.

(意訳)同盟国が心配しているのは、アメリカのリーダーシップが貫徹できるかということ。つまり、オバマは去年、化学兵器をめぐってシリアを空爆すると言ってから引き下がった。あるいはアフガニスタンに増派すると言いながら同時に撤退の期限を切った。米国の政策に反対する国ですら、そんなことをされると動揺し慌てたのだ。

And so these countries do feel they could be out on a limb. They have joined this public coalition now with the United States. So that is the — I would say that is the number one concern. And I still think the United States has a long way to go to persuade them that they’re in it, that this president is in it for the long haul.

(意訳)同盟国は、苦しい立場に追い込まれないかと心配している。今や公に米国との連合に加わった。そのことが、ええ、そのことが彼らにとってまず不安なんです。米国は同盟国に、一緒にきてくれ、米大統領もずっと一緒にいるから、と説得し切れていないと私は思うのです。

・・・つまり同盟国の不安というのは、「米国と一緒に行動して、後ではしごを外されないか」ということだというのですね。

今回米国のシリア空爆に参加した国は、米国が基地を置いて、安全保障を全面的に担っている、湾岸産油国や君主国(ヨルダン)だった。

シリアと国境を接しているのはヨルダンだけである。それ以外の国は、サウジアラビアなど、まだ直接の脅威は感じていないけれども、米国との関係上付き合いで参加している、というような具合である。

これらの国にとっては、もし参加しなければ、「スンナ派の過激派テロを生んだ張本人だ!」などと名指しされて敵国扱いされかねない。そもそも米国がシリアの反体制派を支援してやれ、と言ってきたから武器や資金を供与してきたのに・・・という言い分がある(それが全面的に正しいとは言えないにしても)。

問題なのは、米国・オバマ政権が本当のところ何を考えているか分からない、あるいは将来にわたって同じ姿勢でいるか分からない、という印象が非常に高まっていて、同盟国の政権が米国に全面的にコミットできる状況にないことだろう。

そして、シリアとイラクの問題を解決するのに不可欠なトルコが参加していない。トルコはシリアとイラクに長い国境線で接し、国境地帯を経済圏に収め、展開できる軍事力が周辺諸国の中で群を抜いて大きい。

トルコの思惑が何なのか、今後どのような形で参加するのか、その条件は、となるとかなり重要で複雑な問題なので、別の機会に考えてみるが、次の記事がちらっと雰囲気の一部を伝えていると思う。

Ankara wants to hear US scenario on Syria, Hurriyet Daily News, Sep 24, 2014.

この記事ではシリア空爆に対するトルコの最初の公式の反応として、アクドアン副首相の発言を引いている。
“[The U.S-led coalition] should openly disclose their scenarios about the future of Syria and the al-Assad regime. We’ll evaluate our position only after hearing these scenarios from them,” Deputy Prime Minister Yalçın Akdoğan told the Hürriyet Daily News yesterday.

要するに、空爆をして、その後シリアをどうしたいのか、アサド政権をどうするのか、オバマ政権が率直に開示してくれないと、協力できないよ、ということ。

ここにも同盟国の米政権の本音や決意に対する不信感がある。状況が悪いと感じたら、世論や議会の風向きが変わったら、オバマ政権は突然はしごを外してしまうんじゃないの?そういったときは、米国のメディアや議会も、「トルコが悪い」「そもそもトルコのせいでこんな問題が起きた」とかあることないこと言って、それを言い訳に大統領も足抜けしてしまうんじゃないの?ということ。

トルコにしてみれば、オバマ大統領がかっこよく「アサドは去らなければならない」と語り、対策を取ると言いながら自国では何もやりたがらずトルコに丸投げした挙句、イスラーム過激派が台頭したところ「責任とれ」と言わんばかりに非難されたことでかなり懲りており、米国に対して極めて冷淡になっている。トルコの施策とその精度に問題がないとは言えないが、丸投げしておいて出来ばえに文句付けた上に、そもそもの原因まで押し付けられてはたまらない、というのはそれなりに筋が通っている。

トルコは政争が激しいから、しばしば現政権への悪口をアメリカやらイスラエルやらに売り込んで揺さぶろうとする元気な人も多い。しかしここでは普段は政権批判が激しい世俗主義系のヒュッリイエト英語版も、トルコの基本姿勢として中道のラインを示している。それは次のようなところだ。

The deputy prime minister’s statement is a clear reflection of Ankara’s stance on the international coalition against the growing threat of ISIL. Ankara believes that ISIL is a product of the Syrian regime’s oppression and destroying ISIL will have not much meaning as long as the al-Assad regime stays in power.

“Today it’s ISIL, tomorrow something else. As long as you have the al-Assad regime there, you will continue to deal with radical and jihadist groups,” a Turkish official had said earlier.

トルコの状況認識:「イスラーム国」はシリアのアサド政権の弾圧がもたらした産物だ。イスラーム国を破壊してもアサド政権が権力を握り続ければ意味がない。

Turkey said it would reconsider its position toward joining the anti-coalition forces after it safely rescued 46 of its citizens from ISIL, but has strongly underlined that its participation will be limited to providing humanitarian assistance to Syrians fleeing from ISIL’s violence. Turkey is already hosting around 1.5 million Syrian refugees, with 200,000 of them having crossed into Turkey in less than 48 hours.

トルコの有志連合への参加の条件:難民への人道援助に限定する。

・・・といったところですね。トルコは裏交渉でもっといろいろなことを言っている可能性があり、交渉の結果次第では立場を大きく変えるかもしれない。しかし現状ではこの原則論から表面上は一歩も出ていない。

トルコとしては、参加の条件として、シリアがどうなろうとそれがトルコ国内の治安の動揺、国家の崩壊に結びつくことがないような方策を伴うことを、アメリカに要求しているのだろう。そこで出てくるのが「緩衝地帯(buffer zone)」あるいは「安全地帯(safe haven)」の議論。

トルコ・シリア国境地帯のシリア側に、反体制派が政権から空爆を受けずに展開できる領域を設ける。そのためには上空を「飛行禁止空域」と設定して米国などがシリア政府の空爆を阻止する必要がある、という話。

緩衝地帯の設定は、シリアの分割につながりかねない。

しかし湾岸戦争後に米国はイラク北部のクルド人地域で同様のことをやった。なぜシリアでそれができないの?というのがトルコの立場だろう。それが反体制派に対する人道支援としてももっとも抜本的である、と主張するのだろう。

これを米国が呑んで、本気で実施する姿勢を見せなければ、トルコは大きな協力をしないのかもしれない。こういった交渉に対して、ロシアはどう出るのか?

このあたりは流動的なのでまだ決定的なことは言えない。

米国のシリア空爆への第一報と論調

9月23日早朝(現地時間朝だいたい5時ごろとみられる)に、アメリカ主導で、湾岸産油国とヨルダンが形式的に加わった多国籍軍が、シリア北部・東部への空爆を開始した。9月10日のオバマ大統領の演説で明らかにされていた、「イスラーム国」への空爆をイラクからシリアに拡大するという決定を実行に移した形だ。

空爆が行われた地点は次のようなものと見られている。

米のシリア空爆初日
出典:Syria Direct

米国や西欧のテレビや新聞はこの話題で持ちきりだが、日本では、祝日でニュース番組があまりないとか記者が休んでいるせいもあるのか、あまり報道がない。

世界情勢で肝心なことは金曜日の夜から週末にかけて起こることが多く、印象では新聞休刊日に起こることが多い(統計的な根拠はありませんが・・・)。今回は秋分の日の休日でしたねー。

それはともかく、日本のメディアを中東情勢の情報収集に使うことは、私の場合はまずない。英語では情報が洪水のように流れていて、押し流されてしまいそうだ。アラビア語のものも英語からの引用が多い。ロイターやAP、AFPといった国際メディアの影響力は世界の隅々に及んでいる。

戦争開始前後の情報は有益かどうか、なんらかの意図で操作されていないかどうか、精査しないといけないので、扱いが難しい。覚書として、主要なものだけまとめておこう。

ほんの数分間で、今明らかになっていることを確認したい時は、たいていはまずガーディアンかBBCなどイギリス発のグローバル・メディアを見ますね。空爆の標的はラッカ中心、参加した国(バーレーン、カタール、サウジ、UAE、ヨルダンという、米に安全保障を全面的に依存した湾岸産油国+君主国が名前を寄せました)、シリア政府の反応(国連の場で事前通告されたからOKよ~♪~)といった、現時点で共通に知られている基本的な事項を列挙しています。
US launches air strikes against Isis targets in Syria, The Guradian, 23 September 2014.

米政府高官のリークも含めて活発に「イスラーム国」への軍事攻撃を報じ、方向づけてきたニューヨーク・タイムズは読まねばならないでしょう。
Airstrikes by U.S. and Allies Hit ISIS Targets in Syria, The New York Times, Sep 22, 2014.

「大本営発表」がそのまま流れるきらいもありますが、世界共通(アラブ世界の新聞も含めて)でメディアに参照されるロイターは見ておくべきでしょう。
U.S. and Arab allies launch first strikes on fighters in Syria, Reuters, WASHINGTON/BEIRUT Tue Sep 23, 2014 10:16am EDT.

アル・ジャジーラの英語版もさっと見ておきましょう。
US begins bombing ISIL strongholds in Syria: US says attacks involve bombers, fighters and cruise missiles, while reports state involvement of Arab allies, al-Jazeera English, 23 Sep 2014 04:48.

前日の22日にイスラーム国の報道官とされるアブー・ムハンマド・アドナーニーが全世界のイスラーム教徒にテロを呼びかけたビデオを公開したことを、今回の空爆と絡めて報じているのが若干の特徴でしょうか。これについてはニューヨーク・タイムズも別の記事でイラクへの空爆と絡めて言及はしていますが(“Weeks of U.S. Strikes Fail to Dislodge ISIS in Iraq,” The New York Times, Sep 22, 2014)。

イスラーム国は欧米への直接的な脅威と言えるのか(あるいはシリアとイラクと周辺諸国にとってのみ脅威と言えるローカルな問題なのか)、シリアへ空爆を行うことで、欧米諸国でのテロが増えるのか減るのか、という問題が一つの重要な論点なのですが、イスラーム国側は「空爆をすることでテロが増えるよ」と牽制しているわけです。

実際に「イスラーム国」が欧米でテロを行う計画や組織を持っているか、というと疑問ですが、このような呼びかけに応えて「勝手に」テロを行うものや組織が現れてくる可能性は否定できません。そしてそれこそが「イスラーム国」に代表されるグローバル・ジハードの戦略・戦術論でしょう。しかし「勝手に」呼応して結果として現れる現象に事前に対処することは困難です。また、シリアとイラクでいくら組織を壊滅させても、もともと物理的にはつながりがない欧米諸国の共鳴者をなくすことはできず、かえって刺激するかもしれません。

では一件、二件、テロがあったとして、心理的には多大な影響を及ぼすでしょうが、それが直接的な脅威と言える規模のものになりうるのか、というと「恐らくそうではない」と思います。しかしテロの効果とは元来が、心理的な動揺を生じさせて政治的な大きな帰結を呼び込むところにあります。物理的な規模は小さくても、重大な政治的帰結(対テロ戦争の拡大と泥沼化)をもたらしてしまうかもしれません。そういったことを考えるきっかけとなる記事です。

米国防総省のプレス・リリースは下記の通り。
U.S. Military, Partner Nations Conduct Airstrikes in Syria

標的とか手段とか、「同盟国」とかは、どの報道も基本はこのプレス・リリースを踏まえているというのが分かる。
A mix of fighters, bombers, remotely piloted aircraft and Tomahawk Land Attack Missiles conducted 14 strikes against ISIL targets.

The strikes destroyed or damaged multiple ISIL targets in the vicinity of the towns of Ar Raqqah in north central Syria, Dayr az Zawr and Abu Kamal in eastern Syria and Al Hasakah in northeastern Syria. The targets included ISIL fighters, training compounds, headquarters and command and control facilities, storage facilities, a finance center, supply trucks and armed vehicles, the news release said.

The United States employed 47 Tomahawk Land Attack Missiles, launched from the USS Arleigh Burke and USS Philippine Sea, which were operating from international waters in the Red Sea and North Arabian Gulf. In addition, U.S. Air Force, Navy and Marine Corps fighters, bombers and remotely piloted aircraft deployed to the U.S. Central Command area of operations participated in the airstrikes.

Bahrain, Jordan, Saudi Arabia, Qatar and the United Arab Emirates also participated in or supported the airstrikes against ISIL targets. All aircraft safely exited the strike areas.

ただ、このプレス・リリースには若干妙なことも書かれている。それが、次の部分だ。

Separately, the United States also took action to disrupt the imminent attack plotting against the United States and Western interests conducted by a network of seasoned al-Qaida veterans known as the Khorasan Group. The group has established a safe haven in Syria to develop external attacks, construct and test improvised explosive devices and recruit Westerners to conduct operations, the release said. These strikes were undertaken only by U.S. assets.

In total, U.S. Central Command forces conducted eight strikes against Khorasan Group targets located west of Aleppo, to include training camps, an explosives and munitions production facility, a communication building and command and control facilities.

上の地図では左上の端に表示されている、アレッポの西でホラサーン・グループへの空爆

「ホラサーン・グループ」ってなんだ?と思った人もいるでしょう。つい最近になって浮上してきた、シリア北部で勢力を伸ばしているアル=カーイダ系の組織。

具体的にはニューヨーク・タイムズのこの報道を通じて、世界中に知られた。

“U.S. Suspects More Direct Threats Beyond ISIS,” The New York Times, Sep 20, 2014.

20日に急に報じられて、米時間22日にはもう空爆されている。当然、米政府がニューヨーク・タイムズにリークしたと思われる。あるいはニューヨーク・タイムズが報じたから空爆したのか?というとまさかそうではないと思うが、「もしかしたらそうなんじゃないの?」と思ってしまうほど、オバマ政権の外交政策への評判は悪い。要するに世論と国内政治を意識し過ぎて、定見なく行動した結果、うまくいっていない、と思われてしまっている。

ホラーサーン・グループは「アル・カーイダ系」ということになっている。また、米国あるいは欧米の権益へのテロを行う計画を持っていると上記の記事で報じられている。

それに対して、今回の主要な対象であるはずの「イスラーム国」は「アル・カーイダ」本体とは疎遠になっている。また、「米国の本土への攻撃」という意味での「直接的な」脅威となっているかというと、専門家であれば、能力面でも意図でも、「その可能性はないわけではないが、現時点ではおそらくないだろう」としか言えないだろう。「勝手にやる共鳴者が出てくれば分かりませんが、組織的なつながりはないでしょう」「米国や現存の世界秩序に対する強い敵を持っているのは確かだが、現実に脅威となるような規模の組織になって実際に行動するのはいつか分かりません」というのが、「ウケよう」とかいった邪念を抜きにすれば、専門家が採らざるを得ないポジションだろう(参考:クラッパー米国家情報長官のコメント)。

オバマ大統領は対シリア・イラク問題での米国の軍事介入の基準を精緻な論理で示してしまっている。そこでは、「米国への直接的な脅威」がある場合以外は、極力直接の軍事介入を避けるものと規定して、支持層の理解を得ている。

また、議会での政争の結果、シリア空爆に関する議会の明確な承認が議決されていない。そこで、空爆の法的根拠としては、2001年の9・11テロを受けて可決された、大統領にアル・カーイダとのテロとの戦いで必要な軍事力を行使することを一任する法律に基づかざるを得なくなっている。この法律にオバマ大統領は批判的で、早く廃止したいと言っていた。「アンチ・ブッシュ」として当選したオバマ大統領としては、この法律に依拠せざるを得ないということ自体が政治的な失点であるが、そもそもこの法律でもシリア空爆を正当化できない、という批判が強い。純法律的には、イラク政府を守るために必要だからシリアを攻撃しても正しい、と強弁するしかなくなる。

だから、無理やり、「アル・カーイダ系」の、「直接米本土を狙っている」と報じられている(と言ってもリークだろ)組織も対象にして空爆を正当化したんじゃないの?と邪推されても無理はない。

反対派はどうであれ批判するのだろう。空爆を支持し、むしろ促しながら、議会では承認決議を出さずに追い詰める、といった共和党側の戦術には問題が多い。しかし政権側が、批判を逸らすために姑息な手段を採っている、と多くがみなすようになると、野党側の仕掛けてくる政争と同列になってしまい、施策のすべてに疑問符が付されてしまう。直前に、親オバマの新聞にリークしておいて、空爆を行って、アル・カーイダ系も標的に入っているよ、アメリカへのテロを計画しているから法律違反じゃありませ~ん、と言うのはどうにも姑息な印象がある。

ワシントン・ポストのコラムでは、そういうオバマ政権への批判が並ぶ。

Richard Cohen, “Obama’s unscripted foreign policy,” The Washington Post, Sep 22, 2014.

オバマ大統領のスピーチはいつも現状認識・分析において的確だし、米世論の各層に巧みに働きかけ、言質を取らせない。最高のコミュニケーションズ・オフィサーだろう。しかしそれが、超大国の最高権力者として自国民にも他国民にも多大な影響を与える米大統領としてふさわしいふるまいなのだろうか。最高レベルのレトリック・論理を駆使した発言も、状況が変わるたびに頻繁に繰り返されるうちに、「巧言令色鮮【すく】なし仁」という印象を与えるようになってきている。オバマを基本的に支持するコーエン氏にとってもいい加減我慢がならなくなっているようだ。どうやったってうまくいかないことはある。それでも行動しないといけないこともある。そうであれば、言い逃れをするのではなく、一貫した信念を語れ、ということだろう。
Things may yet get worse — and even more complicated. (Are there any more ethnic groups yet to be heard from?) In that event, Obama has to ready the American people for whatever may come. Yet, he operates in spurts — a speech here, a speech there and then a round of golf. What he needs — what we need — is consistency of message and, above all, a willingness to re-examine his own assumptions.

対照的に、保守派はもとから何が何でもオバマを批判するのだが、保守派の単刀直入な世界観は、「イスラーム国」の同様に頑固で単純な世界観を読み解くには適切なんだな、と思わせるコラムがあって、示唆的。それがオバマ政権批判としても正鵠を射たものとなっている。
Charles Krauthammer, “Interpreting the Islamic State’s jihadi logic,” The Washington Post, Sep 18, 2014.

なんで「イスラーム国」は英米人を残酷に殺害する映像を流したりするのか?米国の攻撃で壊滅的な打撃を受けると分かっていないのか?それほど狂信的なのか?といった質問は私も随所で受けるが、答え方はクラウトハマーのものと似ている。

惨殺映像で米国を挑発すれば、短期的には米国の攻撃を受けるが、長期的には、同様のことを繰り返していれば米国人は嫌になって帰っていくと読んでいるのだろうと思われる。短期的にも、米国人を支配下に置いてその無力さを見せつけ、自らの強さを印象づければ、アラブ世界やイスラーム世界で一定の支持を得られると考えているだろう。実際、イラク戦争を広い意味で、2003年から2004年から08年ぐらいまでのテロ・武装蜂起を経て2011年の米軍撤退までという長いスパンでとらえれば、そのような見方には説得力がある。毎回毎回テロをやられて、嫌になって米国は引いて行った、だから同じことをやれば同じ結果になる、という見方は、それなりに合理的であり、「狂信者の非合理的な認識に基づく暴走」とは言い切れない。その価値観や行動様式には共感できないが、現にそのような見方を持つ人が中東やイスラーム世界には多いということについては、私も自らの観察から、同意できる。

Because they’re sure we will lose. Not immediately and not militarily. They know we always win the battles but they are convinced that, as war drags on, we lose heart and go home.

米国のリベラル派の理念的な世界観では、こういった論理や道筋がうまく理解できないのではないかと思う。

【地図と解説】トルコから見るパイプラインの国際政治(1)ウクライナ紛争とイラク・シリア紛争で高まるトルコの重要性

昨日は「石油の密輸」について、イラクやシリアを中心に、トルコやイランへのルート、運搬方法について書いてみた

どこで誰がどんなふうに密輸していくら儲けている、というだけの話としてこの話題を終わらせてしまうのはもったいない。こういった特殊な政治状況下での密輸の話は、より大きな、資源の産出と流通をめぐる国際政治を、地政学的に見ていく際の、周辺部のやや例外的な事象として位置づけると意味が出てくる。

資源の産出と流通をめぐる国際政治・地政学は、特にトルコを軸に見ていくと面白い。トルコが重要なアクターとして参加している、石油・天然ガスの国際的なパイプラインをめぐる国際政治を、地政学的な視点から見ていこう。

書き始めると長くかかる話なので、手が空いた時の連載という形で、見切り発車してしまおう。

昨日はタンカートラックやポリタンクでえっちらおっちら運んでいく様を描写したりルポを紹介したりしたが、国際政治上の大きなインパクトを持つには、この次元でやっていては足りず、ほとんど「誤差」の範囲にとどまってしまう(その誤差の範囲でも「イスラーム国」ぐらいは養えてしまうのだが)。

石油や天然ガスの産出あるいは運輸に関わることによって、本当に国際政治にインパクトを与える主体となるには、(1)パイプライン、あるいは(2)タンカー船(液化天然ガス運搬船も含む)といった高価で大規模な設備を使って、(3)国際市場に、(4)公式な形で恒常的に流通させる営為に何らかの形で正式に関与する必要がある。

資源の国際市場に、(価格安定への寄与といった無形のものを含めた)インフラの次元から主導的な役割をはたして国際政治上の有力なパワーたりえている国と言えば、中東ではまずサウジアラビアだし、イランも状況が許せばいっそうパワーを持つだろう。イラクだって・・・国がまとまって安定しさえすれば資源国として政治的にもパワーを発揮できそうなものだが。

資源とその供給の物理的手段や国際市場の制度設計をうまく主導することで国際政治上のパワーに転化させている代表がロシアだろう。

現在のロシアとウクライナをめぐる紛争と、そこから派生したロシアと欧米の対立にも、資源の供給をめぐる制度の支配が関わっている。分かりやすく言えば、石油・天然ガスの国際的なパイプライン網が、現在のところロシア優位で出来上がっていることが、紛争・対立においてロシアにレバレッジを与えている。同時に、紛争・対立の進展の中では、石油・天然ガスの国際的なパイプライン網をロシアが支配的に構築していることが問題化され、その状況を変化させようとする動きが出てくる。それに対するロシアの対抗策がさらに状況を変えていくことにもなりうる。

まどろっこしい言い方になっていますが、ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立の中で、トルコの地政学的な重要性は上がっていますよ、というのがこのような前置きから直接的に導き出しておきたい当面の帰結です。

それだけだと、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な因果関係で「トルコが重要でーす」と中東研究者が言っているように聞こえるかもしれない。しかしトルコをめぐるパイプラインの国際政治は、単にウクライナ紛争との絡みだけでなく、イラクやシリアの紛争との絡みでも活性化している。

今現在の国際政治を揺るがす二つの課題であるウクライナ問題とイラク・シリア問題の両方について、トルコは絶妙(あるいは危険な)ロケーションにあり、まさに地政学的重要性が顕在化している。特に、地政学的な要因が大きく作用するパイプラインをめぐる国際政治が、トルコを焦点に顕在化してくる兆しがある。

つまり、ウクライナ絡みでも、イラク・シリア絡みでも、トルコは重要な鍵を握っていて、特にパイプラインをめぐる国際政治がそこに絡むと、さらにややこしいが面白くなる。

~地球儀を俯瞰して考えるグローバル人材になりたい人は、ぜひ話を聞いていってください~

あるいは

~なるべく難しいややこしいことを考えたい頭のいい人は、ぜひこの問題に挑戦してみてください~

ということです。

まずこの写真を見てください。

ロシア・ウクライナ・西欧のパイプライン紛争2008・9_BBC
出典:BBC

これは2009年1月1日にロシアがウクライナへの天然ガス供給を停止し、ウクライナを経由して天然ガスを得ていた西欧諸国も供給が途絶して大混乱になった際の報道に付されていた写真。新幹線の中央管制室のような部屋で、ロシアから西欧にかけてのパイプライン網がスクリーンに表示されている。

トルコの話は?というと、そのうち出てくるので待っていてほしいのですが、ひとまずこの写真ではスクリーンの右下あたりのグレーのところですね。

ロシアが黒ーく塗られていて、ウクライナが赤。ロシアからウクライナにかけては緑色の線で表示されたパイプラインが最も多く走っていることが分かりますね。

トルコはというと、画面の端っこで、緑色の線もまばらだ。国際的なパイプライン網においては周辺部ということです。

トルコの話に行く前に、ロシアから西欧にかけてどれぐらい密にパイプライン網が引かれているかというと、ある程度概略化した地図でもこんな感じです。

ロシア・西欧のパイプライン網(詳細)BBC
出典:BBC

パイプラインの太さや方向を省略して、同じ赤い線で全部引かれているので、エネルギーの専門家でないと、この地図を見ただけでは、どっちからどっちに天然ガスが流れて、どれぐらいの量で、といったことが分からない。しかしじっと見ていれば、ロシアから西欧への天然ガスのパイプラインが、多くはウクライナを経由して、ハンガリーやスロヴァキアを経てオーストリアに至るということが分かる。それほど密ではないが、ベラルーシを経由して、ポーランドを経てドイツに至る経路もある、ということも見えてくる。

2009年1月の西欧ガス危機は、結局2~3週間ほどでロシア・ウクライナ間の交渉がいちおう妥結して、ガスの供給が再開され、収束したものの、問題の火種は残っており、それが2014年のウクライナ危機として再燃し、今度はロシア対欧米の対立に発展してしまったことは周知のとおり。

ロシアとウクライナの根深いややこしい関係については、私はスラブ世界の専門家ではないので多くを記さないが、ロシアとウクライナの関係がこじれると、決まって天然ガスの供給と価格をめぐる紛争が勃発し、ひどい時にはガスの供給の停止、とばっちりで西欧諸国への供給も減少・途絶といった事態になることぐらいは分かる。

ロシアはウクライナに対して通常は「友達(というか「弟分」「家来」)価格」で売っていて、しかし関係がこじれると、「他人だとか対等だとか言うんだったら市場価格払え!」とプーチンさんがキレてみせ、ウクライナの方は「じゃあ西欧に助けてもらうよ」とか言って出て行ってみたり、「やっぱロシア兄さん助けて」と戻ってきたりしてふらふらしている(素人の野次馬的見方です。正確な分析は専門家の議論を参照してください)。

そのたびに天然ガスの供給が途絶えたり、パイプラインの圧力が不安定化したり、途中で抜き取られて西欧の最終消費地まで届かなかったり、といった問題が生じてきたのです。

重要なのは、天然ガスや石油のパイプラインは設置するのにお金もかかり、設置してしまうと方向とか量とかをそんなに臨機応変に変えられないので、供給国と需要国は相互に依存関係になること。そして「相互」の依存とはいっても、場合によっては支配・従属的な関係になる。ロシアとウクライナの場合、ウクライナにとっては天然ガスを安く売ってもらって得しているとはいえるが、ガスを止められてしまうと冬を越せないし、もっと高い値段でよそから買ってくると財政が破綻してしまうので、ロシアに依存し、いわば「薬漬け」にされている状態になって、政治的な自立性を弱めることになる。要するにガスを止められると政権が倒れるような状態になってしまう。

ウクライナを経由してロシアからガスを買っている西欧諸国も、経済制裁などでロシアの政治的な態度を変えたいという時も、ガスの供給をロシアに依存しているため、行動を制約される。

もちろんロシアにとっても、ウクライナを通さないと西欧に石油が売れないのであれば、ウクライナに依存しているという面がある。あるいは西欧諸国にしかガスを買ってもらえない仕組みになっていれば、西欧の需要や政治的意思に依存することにもなりかねない。

また、パイプラインでつながった供給国・需要国とその外との関係もかなり固定化され、経路依存性が高まる。ロシアは西欧に向けて縦横にパイプラインを張り巡らせたことで、それ以外の供給国が西欧という世界で有数の需要地域の市場に入ってくるのをかなりの程度阻止していると考えられる。初期投資が莫大にかかるので、ロシアに対抗して西欧向けのパイプラインやあるいはLNGの施設を建設して売り込みに来る国が出てくる可能性は、純経済的には、大きく制約される。

さて、2008年から9年にかけてのロシア・ウクライナの天然ガスをめぐる紛争、中でも2009年1月の供給停止の際には、トルコの潜在的な可能性についてはそれほど議論されなかったと思う。なぜならば、紛争がロシア・ウクライナ二国間に留まり、西欧諸国は「迷惑をこうむった第三者」という立場だったので、むしろロシアと西欧が協調して、ウクライナを介さないで直接天然ガスをやり取りできるルートを構築するという方向性が後押しされることになった。

2009年の紛争で価値を高めたのは、パイプラインの新路線「ノルド・ストリーム」だろう。

パイプライン・ノルドストリーム
出典:European Parliament

バルト海にパイプラインを引き、ロシアからドイツへ直接天然ガスを通してしまうというプロジェクトで、ウクライナもベラルーシも経由せず、さらにバルト三国もポーランドも経ずに、ヨーロッパの最大の消費地のドイツにガスを通してしまう。

ノルド・ストリームは、供給が安定するというだけでなく、「ロシアとドイツの接近」という、地政学的に大きな意味を持つ動きでもあった。

地図の出典で示した2008年のヨーロッパ議会での議論では、リトアニアとポーランドが「環境問題」を理由に計画を阻止しようとしていることが分かる。もちろん実際に環境問題もあるだろうが、バルト三国とポーランドを迂回してロシアとドイツが直接通じて相互に依存し、共通利益を固定させる、ということが地政学的・安全保障上、周辺諸国にとって不穏な問題となったのではないか、と推測される。

しかし西欧諸国から言えば、ノルド・ストリームによって供給は安定するし、ロシアとドイツが相互依存関係になることでヨーロッパの過去の大戦の原因となった対立を回避できるという見方も有力だった。

2011年9月にはノルド・ストリームの開通式が行われたが、そこにはロシア側ではプーチン首相(当時)が参加すると共に、ドイツ側では2005年の首相退任後、06年にロシア側のこの事業のパートナーであるガスプロムの子会社に超高給で天下っていたシュレーダーが出席した(すごい癒着だ。もちろん当人にとっては大義があるのだろうけれど)。

ノルドストリーム開通式2011年9月プーチンとシュレーダー
出典:BBC

しかし2014年のロシア・ウクライナ間の紛争は前回とは異なった。ウクライナでの親ロシア的政権の崩壊、親ロシア勢力によるクリミアの分離・ロシアへの編入、そして東部ウクライナの地位をめぐってロシアが欧米と激しく対峙する事態に至った。

その中でドイツは米国などの対ロ圧力強化要求に苦慮している。本当にロシアに経済制裁をするのだったら、ノルド・ストリームを止めないといけないはずだ。

前回の紛争では西欧がウクライナを迂回してロシアのガスを手に入れる方向性を強めたのだが、今回の紛争は、長期化すれば、西欧がロシアのガスへの依存を脱却するために別の供給源やルートを確立する方向性が前面に出てきかねないものとなっている。

そこで有力な候補となるのがトルコである。

トルコは石油や天然ガスの供給・輸出国ではないが、重要な経由国となりうる。まさにヨーロッパとアジアにまたがる地政学的に重要な場所にいるがゆえに、資源供給の源である中央アジア・西アジアと、大消費地である西欧との間で、パイプライン網の新たな中枢として、戦略的に重要な地位を占める可能性が常にある。

もちろん「うまくやれれば」「運や偶然にも左右されるが」「いくつかの重大なボトルネック・限界を超えられれば」の話であるが。

2009年の時点でも、トルコへのパイプライン新路線の敷設によって、ロシアと西欧をめぐる関係が大きく変わりうることは、もちろん注目されていた。トルコを軸にした国際パイプライン網の再編に賭けて長期間活動してきた企業や勢力があった。

ロシアとトルコのパイプライン国際政治BBC_2009
出典:BBC

この地図では、2009年の時点で、ノルド・ストリーム計画と競合あるいは並行して進められていた、主要なパイプライン計画が図示されている。

緑色の線がノルド・ストリームであるのに対して、赤色の線がトルコを起点にブルガリア、ルーマニア、ハンガリーを通ってオーストリアに至る、いわゆる「ナブッコ・パイプライン」計画。

しかしナブッコ・パイプラインは現在も完成・操業開始には至っていません

2009年の段階では、トルコはロシアと西欧を中心にしたパイプライン網の末端で、ロシアからの供給の途絶や乱れの影響を最終消費地として受ける立場でしかなかったと言えます。

パイプライン網と2009年のガス供給途絶国
出典:BBC

この地図のように、2009年の天然ガス危機では、ロシアからウクライナを経て、南欧に枝分かれしてルーマニアやブルガリアを通ってきたパイプラインの末端で、供給が減って「強く影響を被った国」の一つとして色分けされています。

しかし現在のロシアと欧米の対立が長期化・激化すれば、トルコは西欧に天然ガスを供給するパイプラインの上流に位置し、供給の安定に重要な役割を果たす日が来ないとも限りません。もちろんそのためには、ロシア以外の供給源を安定的に確保するという条件を満たさなければなりませんが。

あるいはそのような潜在的に有利な立場から、トルコが西欧とロシアの双方に対してこれまで以上の政治・外交的な影響力を行使する場面も出てくるかもしれません。

ここに、イラクとシリアでの紛争の激化という別の要素が加わることで、トルコを起点としたパイプライン網の潜在的な重要性や可能性がさらに増してきています。

これまではロシアから西欧に至る「幹線ルート」から見ると末端のローカル線のように見られていたトルコとその周辺の既設・新設・計画中のパイプライン網が、地政学的な重要性の高まりから、より意義深いものとして現れてきたと言えます。もちろんそこには政治的なリスクが多大に含まれているのですが。

次回はそのあたりを、トルコからイラクやシリアに至るパイプライン網をより詳細に見ながら考えてみましょう。

NHK「深読み」の後記(3)石油の密輸ってどうやるの

本日の「NHK 週刊ニュース深読み」の後記(3)。これでおしまい。

「イスラーム国」の資金はどうなっているの?という話で、当初は「サウジアラビアなどの裕福な個人が喜捨をして支援したので資金が潤沢だ」という話が多かった。そうであれば、サウジアラビア政府などがもっと締め付ければ資金は枯渇するとも考えられる。また、サウジ何やってるんだ、という批判にも結び付く。

しかしこれはかなり昔の話で、シリアでアサド政権が反対派を弾圧している、義勇兵を送れ、という話でアラブ世界が盛り上がった当初の時代。

最近は、イスラーム国や競合する諸武装集団は欧米人の人質を取って、莫大な身代金を取ったり、イラク政府軍が潰走して残された豊富な武器・物資を手に入れたり、掌握した街で略奪や銀行資金を押さえたりで、独自の資金源を得てしまい、外部の支援に頼っていない、という見方が有力になっている。

その中でも、シリアの東部で油田を押さえて、それを密輸するルートを確保してしまっている、というのが大きい。またイラクでも油田や製油所を押さえて、原油あるいはある程度精製した形でも密輸しているのではないかと見られる。

シリアは大規模な産油国ではないが、「イスラーム国」のような「国」と言っても究極の「小さな政府」でしかない存在にとっては、細々とした小規模の油田からの収入だけでも、自らを維持するのには十分だろう。武器とか弾薬とかは敵から「戦利品」として略奪してしまうわけだし(中世のイスラーム法学書で戦利品についてばっちり規定してあるので全然悪いと思っていないんだろうな)。

NHKの番組では常岡さんが「石油を大量のポリタンクに詰めて筏に乗せて川を下っていくのを目撃した」といった貴重な証言をしてくださっていた(正確な発言はビデオを見ないと再現できないので、外出先からの今は記憶で)。

朝の番組なので、私も「それは原始的ですね」とか応じてしまったが、その後に言ったように、もっと多くの量がタンカートラック(タンクローリーというのかな日本では)で輸送されているはずで、そうでもなければ今言われているような規模の収入にはならないのではないか。もちろん末端での運搬や分配では最終的にはポリタンクが使われているのだろうけど。

こういう現場の証言は臨場感がありたいへん貴重なので聞かせていただけると嬉しいのだが、同時に、活字派の私としては通常、全体の大まかなデータから考えている。

例えばニューヨーク・タイムズの1週間ほど前の報道では、シリアのイスラーム国からトルコへの石油の密輸を取り締まれと米国が言っているのだが、トルコ政府は腰が重い、という。これをトルコの英字紙Today’s Zaman(現政権と対立している宗教団体ギュレン運動が傘下に収めた新聞)が引いて報じている。

“Struggling to Starve ISIS of Oil Revenue, U.S. Seeks Assistance From Turkey,” The New York Times, September 13, 2014.

“Report: US unable to persuade Turkey to cut off ISIL’s oil revenue,” Today’s Zaman, September 14, 2014.

NYTでは、次のような数字が挙げられていますね。
“The territory ISIS controls in Iraq alone is currently producing anywhere from 25,000 to 40,000 barrels of oil a day, which can fetch a minimum of $1.2 million on the black market,”

“Some estimates have placed the daily income ISIS derives from oil sales at $2 million, though American officials are skeptical it is that high.”

一番目の数字、25,000バレル/日から40,000バレル/日、というのも幅が広いが、それが闇市場で少なくとも120万ドルに値するそうなので、これが正しいとすると、1バレル30ドルから48ドルぐらいで売っているということになる。最近の原油の国際市場が1バレル100ドル以上と考えると、半額から7割引きぐらいして売っているのですね。こうなると禁止されても買う人は出てくるでしょう。

イラクやリビアやシリアといった国の混乱に際しての教訓の一つは、「意外に、どんなに混乱しても原油は市場に出てくるものだ」というものでしょう。中東情勢の混乱というと、反射的に「⇒原油産出・輸送の途絶⇒品薄・高騰」といった議論が出ますが、じっと見ていると、そうではないのですね。

それに、経済学的な発想では、産油国の諸政府が安定して、相互関係も良好で、カルテルを結んでしまうという状況の方が原油が高くなるのであって、「混乱」していて民兵集団が乱立して油井を押さえたりしている時はむしろ、筋の悪い商品を無理をして売ろうとするので、叩き売りになると見た方が良い。何よりも、カルテルが形成できない。本来あるべき姿よりも効率悪く産出・流通させることになるので、産出量が増えたりはしないが、細々とどこからか、間接的には市場に出てくる。直接国際市場には売れないが、隣国とかに売って、隣国は正規の石油を売りに出す。

もちろん、湾岸産油国全体を支配する「大イスラーム国」ができたりすると、石油兵器を発動したりするのかもしれませんが・・・・しかしそれはもし万が一あっても遥かにずっと先の話でしょう。

しかし日量25,000~40,000バレルをポリタンクで運ぶのは無理なので、基本はタンカートラックで運んでいるのでしょう。米軍は今のところこのタンカートラックへの空爆は行っていない、とNYTでは報じられていますが、トルコからシリアを経てサウジアラビアに至る(ちょっとエジプトをかすめたりもする)あのあたりのトラック輸送ルートは基本的にトルコ人のアラビア語もしゃべる人たちが押さえていると、私も体験上感じていますので、シリア領内で空爆してもおそらくトルコ人運転手が死ぬ。トルコの政府と社会を敵に回しては対イスラーム国の戦略が成り立たないので、アメリカも今のところ攻撃で阻止するのは控えて、トルコに何とかしてほしいと言っているのでしょう。

6月には、トルコ軍がハタイ県でタンカートラックを破壊して密輸を阻止したという報道がありましたが、徹底はされていないのでしょう。

タンカー・トラックによる密輸というのは、例えば湾岸戦争後のサダム・フセイン政権に課された経済制裁・石油輸出禁止を潜って、ヨルダンへ密輸されているのを私も見たことがあります。ヨルダンからタクシーを借りて深夜にイラクへ越境した時に、暗闇に目を凝らすと、道端に点々と停まっている巨大なタンカートラックのシルエットが浮かび上がってきた。密輸がバレないようにか、あるいは単に怖いもの知らずなのか、路肩に停止していても明かりも反射板もつけていない。暗闇でもしタンカーに衝突したらおしまいだよ、と運転手に言われて、すごく怖かった覚えがあります。

もちろんヨルダン人のタクシーの運転手も酒やらたばこやら密輸していましたが。連れて行ってくださった女性のNGO活動家は目ざとく、「あの運転手はイラクからの帰りに身なりがよくなってシャツもアイロンが効いている。あちら側に現地妻がいるに違いない」とピーンと来ておられました。なるほど。国境超えると本妻の追及が及ばない・・・シリアとイラクのイスラーム国だ。

・・・・イラク北部のクルド人地域からは、イラク中央政府の禁止を破ってトルコやイランに密輸されており、色々な映像があります。

イラク(クルド)⇒イランの密輸の光景を垣間見られる報道を二つほど挙げておきます。

(1)動画で、タンカー・トラックが並んでいますね。
“Tanker trucks line up on North Iraq-Iran border,” al-Jazeera English, 5 Feb, 2011.

(2)タイム誌が何枚も写真を載せてくれている。こちらはポリタンク方式。
“Smuggling Between Iran and Iraq,” Time, (出版日付不詳)

今日はマニアックなことをいろいろ思い出して記してしまった。おやすみなさい。

NHK「深読み」の後記(2)モースルの総領事館員らトルコの人質が全員解放された

土曜日朝の「NHK 週刊ニュース深読み」で話していたことの続報(2)。

対「イスラーム国」で周辺諸国の足並みがそろわない理由として、トルコについては「イスラーム国のモースル制圧の際に、トルコ総領事館員ら49人を人質に取ったままである」点が常岡さんより言及されていましたが、ちょうどこの日、現地トルコの時間で早朝、人質が全員解放されたようです。

これはかなり大きなニュースです。
“Turkey says hostages held by ISIL are free,” Today’s Zaman, September 20, 2014.

“PM DAVUTOĞLU: TURKISH HOSTAGES SEIZED BY ISIS FREED,” Daily Sabah, September 20, 2014.

“First details emerging of Turkey’s rescue of 49 hostages from ISIL,” Hurriyet Daily News, September 20, 2014.

“101 days of captivity end for 49 captives after intel agency operation,” Hurriyet Daily News, September 20, 2014.

“As it happened: Turkey’s 49 hostages freed in MİT operation, says President Erdoğan,”Hurriyet Daily News, September 20, 2014.

人質たちはすでにトルコのシャンルウルファに移送されたようです。サイクス・ピコ協定ではフランス勢力圏のシリアに含まれていたのが、トルコ共和国の独立戦争でフランスから取り戻した都市のひとつ、旧ウルファですね。これについては「トルコの戦勝記念日(共和国の領土の確保)」(2014/08/30)のエントリを参照。

6月11日に人質に取られて以来、これまで表面上は行方も知れなかったので、どこに隠されていたのか、どうやって解放させたのか、なぜこの時期に?など大いに関心を引きますが、それよりもなお、専門家の念頭に浮かんでくるのは、「トルコは今後どうするのだろう?」ということでしょう。

というのは、「トルコのエルドアン政権はイスラーム国への介入をやりたがっていない」というのは周知の事実だからである。これまで「人質取られているから」というのを消極姿勢・非協力の口実にしていたのが、それがなくなってしまうとどうなるのか?あるいはこれはトルコの政策変化の結果なのか、あるいは政策変化をもたらすのか?あるいはトルコにおかまいなしにアメリカが軍事介入を深めるきっかけなのか?など、人質略取と解放そのものよりも、波及や背景が気になります。

トルコはシリアへのジハード義勇兵の越境や資金の流れについては制限するようになっているが、米国が期待する地上軍を含めた戦闘部隊の派遣や、米国の「イスラーム国」空爆への空軍基地の提供を拒否している。ウォール・ストリート・ジャーナルなどは「トルコはもはや同盟国ではない」と気勢を上げている

そんな中でのトルコ人人質全員が一度に解放されたことには、なんだか唐突感がある。そして、今、「イスラーム国」とそれへの対処をめぐるあらゆるニュースに、この「不審な感じ」がどことなくある。その由来が何かは突き止められないのだけれども。

「イスラーム国」への対処という形で、限定的と言いながら、いつの間にか再び大規模な戦争状態に陥りかねない、誰がどこで糸を引いているのか分からない、不透明な現状への疑心暗鬼が募る。

NHK「深読み」の後記(1)チェチェン紛争のグローバル・ジハードへの影響はもっと知られていい

今朝のNHK総合「週刊ニュース深読み」に出演しました。

ご意見・ご感想募集だそうです。

ご一緒したジャーナリストの常岡浩介さんは、チェチェンの独立闘争ジハードを取材した経験から、現在シリアに流入しているチェチェン系のジハード戦士(ムジャーヒディーン)のつながりを持ち、その結果ヌスラ戦線や「イスラーム国」の内部を垣間見ることができる数少ない日本人ジャーナリストです。

チェチェン系のジハード戦士は、ヨルダン・チュニジア・サウジアラビアなど近隣アラブ諸国から、あるいは欧米の移民コミュニティからやってくる者たちと比べると、数はそれほど多くないとみられます。先日紹介した、シリアとイラクに流入する外国人戦士に関するEconomistのとりまとめでも186名となっています。数自体は正確ではないかもしれませんが、チュニジア(3000名)、サウジアラビア(2500名)、ヨルダン(2089名)といった人数との比較で、相対的な規模が分かるでしょう。

しかしアラブ諸国や西欧諸国からやってくる若者たちは、戦闘経験もなく、しばしば単にインターネット情報を見て「冒険・夢・ヒロイズム」を求めてやってきてしまうのに対し、チェチェン系の場合は、ロシアとの軍事闘争の末に政治難民化して傭兵化した者たちを含んでおり、チェチェン共和国の首都グローズヌイが廃墟となるほどの弾圧・殺戮を潜り抜け、しばしば直接の肉親・友人たちを殺されてきた者たちであることが、異彩を放っています。彼らがシリアやイラクのジハード戦士たちの全体を代表するとは言えませんが、彼らの存在や経験(談)の伝播が、イスラーム国やヌスラ戦線等のゲリラ戦での戦闘能力を高め、「被害者」としての正統性を主張する際の根拠となり、「敵」とされる者たちへの憎しみを昂進させたり、行動の残虐さを高める要因になっているのではないか、と私は推測します。

このあたり、チェチェン系の司令官や兵士が「イスラーム国」やヌスラ戦線の全体にどう影響を与えているのか、常岡さんに意見を聞いてみたかったのですが、今日は時間がなく早々にお暇しました。

1980年代のアフガニスタンでの対ソ連ジハード、それを背景に成立した1990年代のターリバーン政権が、グローバル・ジハードの理念的モデルとなったように、チェチェンでの対ロ・ゲリラの経験者たちは、グローバル・ジハードの集団・組織の現場で、「鬼軍曹」「下士官」のような役割を負い、大量の素人を集めた集団の訓練・統率の一つの鍵となっているのではないか・・・などと推測しています。

アル=カーイダなどのイスラーム主義過激派は、しばしば「アメリカが作った」「欧米の植民地支配の遺産が云々」と言われるのですが、普通に考えたら、「ソ連がアフガニスタンに侵攻しなければこんなことは起きていない」のです。当たり前のことなのですが、このことはほとんど言われません。

このあたり、冷戦思考で東側陣営あるいは反西側陣営に立つ人たち(欧米側とロシア側の双方)が、都合よく忘れてしまっています。まあ、アメリカを批判しているとカッコいいからね。

「世間でよく言われていること」が正しいわけではない。

旧ソ連もロシアも政権批判が許されない社会であるのに対して、米国や西欧は(実際に悪いことも数知れずしてきましたが)、悪いことをしたと自社会の中から批判できるリベラルな社会であるがゆえに、グローバルにはこのような非対称的な言説空間が生まれます。

アメリカ人「アメリカは自由だ。なぜならば、ホワイトハウスの前で米大統領の悪口を言えるからだ」
ロシア人「ロシアは自由だ。なぜならば、クレムリンの前で米大統領の悪口を言えるからだ」

というジョークは、深い所で今も意味を持っているのです。

もちろんアメリカやイギリスのメディアがいつも正しいか、公平か、といえば疑問があるでしょう。

しかし原則として「中立・公平でなければならない」という規範が成立している社会と、「そんなもん中立・公平であるわけないだろう(byプーチン)」が原則である社会とは異なります。

そしてその両者の社会が国際社会では関係しあっているので、相互関係は対照的ではなく、言説に歪みが生じます。

プーチンは、「チェチェンは弾圧したよ。何が悪い」「ウクライナ政府は東部親ロシア派を弾圧するな。当然だろ」と、本来であれば同時に言えないことを、平気で言えるのです。なぜならば、誰もロシアにリベラルな規範や論理的一貫性を期待していないから。一貫しているのは「俺はやりたいようにやる」という身も蓋もない国家意思です。

プーチンはまさに、首相⇒大統領代行⇒大統領と出世する過程で、特にチェチェン対策で功績を挙げて台頭した人です。プーチン個人の出世だけでなく、エリツィン時代の自由化と民主化、それに伴った社会の混乱、そしてチェチェンなど分離派の挑戦と領土の喪失の危機を、旧KGBを中心とした治安・諜報関係者が権力を取り戻して、再びロシアを非民主的・非自由主義的体制へと戻しながら乗り越えていく大きな流れの中で、チェチェン問題は重要な位置を占めています。

大雑把にいうと、「チェチェンのジハード」を弾圧するという口実の元に、ロシアを再び強権国家に戻した、という面がかなりあります。もちろんこれだけが原因ではなかったのですが。治安・強権国家に戻す際にチェチェン問題は非常に大きな意味を持っていた、ということです。

現在、ユーラシアの地域大国として冷戦後秩序への現状変更を迫るロシアの存在には、根底でチェチェン紛争とそれに対応する中での権力構造・体制の変質があり、他方でチェチェン紛争は今度は中東での第一次世界大戦以来の国際秩序の変更を迫る「イスラーム国」にも影響を与えている・・・そのような国際問題の連鎖を見ておきたいものです。

「イスラーム国」の動員と組織化の「自発性」について(昔の講演がネット上にあります)

週末から週明け早々の秋分の日にかけて、東京・京都を二往復するスケジュールになってしまい、「飛び石連休」を逆方向に飛ぶ(?)生活になっている。

落ち着いて机に向かってブログに解説を載せている時間もないので、昔行なった講演を引っ張り出してみる。「イスラーム国」をめぐる現在の議論につながる関心をずっと持っていたんだなあ、と自分のことを自分で再確認。いや、日々の仰天するような変化に対応するのに追われて軸となる理論や概念が自分でもわからなくなることがあるので、頭の棚卸し。

「イスラーム政治思想による動員と組織化」2009年4月8日

このページの下の方にある私の報告の記録で、ポッドキャスト・映像・PP資料がダウンロードできます。

ストリーミング映像へのダイレクトリンクはこちら

滑舌が悪くてすみません。ホームビデオで所員が録画しただけのものですし、本来は公開するべきものでもない研究会報告のようなものなので、映像・音声のクオリティに関してはご容赦ください。

2008年10月に今の職場(東大・先端研)にヘッドハンティングされてやって来たのですが(~♪~その前は京都に勤めていました~♪~)、年度半期での赴任だったので半年ぐらい試運転モードだったのですが、年度が改まって早々に、教授会セミナーという場所で、専門の違う所員たちにレクチャーをしろ、と仰せつかりました。

教授会セミナーとは、二週に一度の所員の会議の前に行うセミナーのこと。15分ぐらいでさっと終わらせるというのが基本ですが、結構長く話したりします。すべての回が公開されているわけではありませんが、私のは何となく公開OKにしてしまいました。

先端研は、工学系の大学院を受け持っているが、より学際的で、科学者・技術者から、行政学者やそして私のような思想史までの研究者が混在している。彼らに向けて分かりやすくかつ興味を持てるように自分の研究分野を話せ、という。

そうなると学会発表ではない。しかし市民講座のようなまったくのシロウトを相手にするのでもない。イスラーム教についての知識などは、人によっては、近所のオジサン/オバサン・レベルである可能性が高いにもかかわらず、ある特定の(理・工・生命医学など)の分野では最先端のマッド・サイエンティストみたいな人たちが聞いていることになる。彼らに「面白い分野だな」と思ってもらうのは簡単ではない。

というわけで、私が細々とやっている、本を読んで人の頭の中を読み取って、それが実際の政治・国際政治でどのように適用されているかを考える、という作業がどのような意味があるのか、研究の持つインプリケーションを軸に話をしました。

今思い返すと、私が先端研という特殊な場に入れてもらって、自由にいろいろなことをやりながら、かつ一貫して取り組んできたテーマは、この時必死にとりまとめた報告の中にかなりの部分が盛り込まれています。新任所員には教授会セミナーで話をさせる、という暗黙の制度にはやはりそれなりの意味があるんですね。

この時の報告の全体の趣旨は、「私は次のような現象に興味を持ち、そのメカニズムや要因を探る研究をしています」ということ。

どのような現象についての研究かというと、タイトルにあるように「イスラーム教による動員と組織化」です。

私の研究の原点にある、私が感じ取った興味深い現象とは、「イスラーム」という名を冠した政治・社会運動が、明確なイデオロギー書などもなく、指導者もおらず、組織もないのに、なぜ(時として)出来上がってしまうのか、ということ。

時として、というのは、いつも常に必ずどこでも「イスラーム」を冠した運動・組織が生じるわけではないからです。この点を加味すると、どのような条件において出現するのか、という環境条件をめぐる問題意識も派生してきます。

シリアとイラクに、各国からムスリムが勝手に集まってきてしまい、結果として「イスラーム国」なるものが出来上がってしまっているという現状を見ている現在では、当たり前のように感じられる問題意識です。

「イスラーム国」に限らず、世界各地で、似たようなシンボル(旗など)を掲げ、似たようなことを言って集団が形成され、活動しています。それは例えばこの地図で示すことができます。

グローバル・ジハードの広がり
出典:BBC

これらの運動はそれぞれにローカルな文脈とグローバルな影響関係があり、活動主体も規模もまちまちですが、おおよそ共通した世界観や方向性があり、可能な時は、特に事前に組織的なつながりがないにもかかわらず、非常に容易に協力関係に入ります。たいていの場合はほぼ同じデザインの黒い旗を掲げ、目標について、将来像について、何が敵かについて、聞かれればたいていは似たようなことを答えます。

しかし彼らが同じ学校を出たとか、同じ教則本を読んだとか、同じ人から影響を受けたという訳ではありません。なぜ彼らは別の場所で、同じようなことをするのでしょうか?

そして、現在、シリアからイラクこれらの運動の中心地になりかけています。数は推定に過ぎませんが、近隣の中東諸国から、世界各地のイスラーム諸国から、そして一部にはムスリム移民が多数いる西欧諸国から、ジハード戦士が義勇兵として集まり、しばしば残虐な行為をも行って悪びれもせずにいます。

ISIS_foreign fighters_by country
出典:Ecomonist

頭の体操ですが、もし、これが多国籍企業だったとしたら、上の地図のような中東・アフリカの広範囲に「支社」を張り巡らせ、シリアやイラクにこのような多様な社員を送り込んで組織として機能させ、目標に向かって一丸となって働かせるには、どれほどの資金や、バックヤードの社員や、研修制度や、ノウハウが必要でしょうか。そう考えると、メッカやロンドンに「グローバル・ジハード会社」の本社ビルを構えて社長や役員がいるわけでもない、ベイルートに「東地中海地域統括副社長」とかがいて現地のオペレーションを仕切っているわけでもない、「イスラーム国」に代表される諸ジハード組織は、いったいどのように成立して発展して行っているのでしょうか?

もちろん、Economistの示した数値自体は、さまざまな資料を繋ぎ合わせた概算であると共に、foreign fighters一般を含むので、これらの全員が「イスラーム国」に加わっているということではありません(Economistもいちおう”IS is not the only group Westerners join,” と書いていますね)。

野戦病院に行っている医師や看護師とかもおそらく含まれます。「イスラーム国」に対抗する勢力に加わって、イスラーム国との戦闘で命を落としたり、捕虜になって殺害されたりする人まで、ここにカウントされているかもしれません。

「欧米へのテロの危険」への認識が高まり、予防的な拘束なども行われ、対イスラーム国の軍事行動の正当化論理ともなっている現在ですが、外国人義勇兵(とその帰還)が実際にどのような脅威であるかという問題は、じっくり慎重に考えるべき問題です。

また、「イスラーム国の大多数は欧米出身者だ」というのもおそらく事実ではありません。シリアやイラクに流入している外国人の圧倒的多数はアラブ諸国からであり、またチェチェンなどイスラーム諸国からも多く来ています。

Economistのかなり煽りがちな記事でも、”While the overwhelming majority of foreign fighters in Syria are Arabs,”と留保を付していますね(話は変わるが、EconomistやFTなどイギリスの有力メディア、あるいは権威の高いシンクタンクなど、普段は米国と一線を画す姿勢をしばしば見せ、米国主導の戦争、米による覇権そのものに批判的な態度を取ったりするのに、いざ戦争が始まるぞ、という時には妙に先走って脅威認識を煽る記事やレポートを出し、アメリカのメディアや世論や議会での議論を方向づけてしまうことがパターン化している。イラク戦争の時の”dodgy dossier”もそうだったし、今回のEconomistのセンセーショナルな書き方の記事にもどこか似たものを感じる)。

一方で西欧から来たジハード戦士は、欧米で注目を引いて宣伝効果が高いために、あるいは言語が得意なことから、宣伝映像に出演しがちなことがあり、他方で欧米諸国の政府やメディアは自分たちの国に戻ってきてテロをやられることを最も警戒しているので、少人数の欧米人のジハード戦士に過度に注目が集まっています。当事者たちの宣伝と、欧米諸国の関心事項がマッチして、外国人勢力の存在が実態より大きく国際問題化していないか、検討が必要です。

上記の留保を付したうえでもなお(あるいは上記のような疑問・関心に適切に答えるためにも)、私の関心からは、このような義勇兵がなぜ「イスラーム国」あるいは似たような方向性の集団に加わって国際的に移動するのか、という問題が、絶好の研究対象と感じられます。

2009年当時は、このような現象そのものの存在が、潜在的には、兆候として随所に存在しても、まとまった形に(それこそ「国」という形に)なっていなかったので、日本で聞いている人に納得してもらうこと自体が一苦労でした。

しかし一旦この現象の存在を認識すれば、その興味深さは各側面に及び、学問的な広がりが出てきます。また、「対処策」にも深いインプリケーションが生まれます。

中心も、指導者も、組織もないのになぜ、どのように、(時として)「イスラーム」を軸に人々がある一つの方向に動員され、集団が形成されるのか。

⇒この問題意識・設問に対して、自然科学ではないのですから、「これが原因因子である(ビシッ)」と答えることができるとは思えませんが、「いすらーむのことはわかりませんね~」とだけ言っていなければならないほど五里霧中という状態からは脱せる程度のことは言えるようになれそうだ・・・と考えて云年間苦闘しているわけです。

一言でいうと「思想が大事なんだよ」ということになりますが・・・

そして、その思想が個々人の「自発性」を引き出して、かつそれを一つの方向への運動、運動体への参加に呼びかけるタイプのものである、ということになるのですが・・・

そのような思想は、イスラーム教の信仰そのものと全く同一とは言えないでしょうが、信仰の基本原理を踏まえています。そうでないと人々がそもそも納得して参加しない。

そうなると、イスラーム教の信仰・思想のあり方そのもののどの部分がこのような組織論を可能にするのか、という形で宗教思想そのものを見直してみる必要も出てきます。

ここで一般向けに議論する際に思い切って提示しているのが、イスラーム教は「解答集」である、という説明の仕方です。

われわれにとってなじみのあるキリスト教や仏教のテキストは、信者あるいは人類に「解けない難問」を突き付けて悩ませるタイプのいわば「問題集」的な形式を取っている。

それに対して、イスラーム教の基本テキスト(コーランとハディース)と、その解釈方法は、「解答集」的な形式になっている。問題を与えるのではなく、解答を先に与えてしまって、その解答をもとに、現実の世界で直面する問題も認識させる(だから常に問題に対して解答が見つかる)という形式なのです。

同じ宗教と言っても、イスラーム教はキリスト教や仏教と、信者に与える生活経験が異なります。要するにものすごくハッピーになり、宗教の初心者でも最初から確信を持つことができ、心の平安が得られるのです。「問題を見るな、解答(今出してやるから)を見ろ」と教えているから、難問がすべて氷解してしまう。ただし、『コーラン』という書物やそれを伝えた預言者、預言者の言動を記した「ハディース」という伝承群を、一切(個々ハディースの中にはグレーゾーンの信憑性のものもありますが)が真実であると信じさえすれば、という条件がありますが。この条件を呑むか否かが、信者とそうでない人を分けます。

ここを呑みこんでしまうと、非常に心の平安が得られ、確信が得られ、(何らかの方向づけを与えられ、環境要因も働くと)邪念を捨ててジハードに向かうことも可能になる、ということなので、根本にある宗教の信じ方、あるいは宗教テキストが信者に対して宗教を「信じさせる信じさせ方」を把握するのとしないのとでは、現実に起きている現象を見る見方も変わってきます。

このあたりは、日本では宗教信仰のあり方が欧米ともイスラーム世界とも違いますから、誤解が甚だしくなっています。

特に、日本では宗教をも実利主義的に見る考え方が強くあります。「得するから信心をやる」という見方ですね。

実利主義的解釈からは、

「お金もらえるからジハードに行くんだろ?」
「コーランには天国にいるとウン十人の処女が云々なんて書いてあるからそれを使って若者を唆しているんだ」

と勝手に結論づけてしまう。

あるいは実利主義・現世主義的解釈から、疑問に感じ、納得がいかなくなる。

改宗者に対して、

「信仰に入ると酒が飲めなくなるのに、なぜ信じるの?酒飲めない人生なんてありえなくない?」

と反応するといった具合です。

酒を飲まないことを含んだ教義体系を受け入れることで、酒を飲むよりもっとハッピーな気分になれるように仕向けるタイプの宗教というものがある、ということについての想像力がゼロ。でもこれ一般的な日本での反応でしょう。

もちろん誰かが資金を出して、例えばシリアに身一つで行くだけであとは滞在場所も生活費もお任せで武器を用意している、というような環境があれば、ジハード義勇兵が来やすいし組織化しやすいということがあるでしょう。ですので、資金が用意されている、ちょっとした給料ももらえる、といった実利的条件が満たされれば、ジハード戦士がたくさん来るし組織が大きくなる、という因果関係はあるでしょう。それはあくまでも環境要因を準備する際にお金が関わっているというだけで、「なんで彼らが来てしまうのか」「あんなひどいことを平気でしてしまうのか」という内的モチベーション・動機づけが説明できません。「金で釣られて・・・」というのは、止めて帰ってきた人あるいはジハード戦士を送り出してしまった家族の言い訳とか、貶めようとする批判者の側の議論でも用いられるので、一般的によく発信されがちですし、日本では実利主義的世界観にマッチするのでことさらに受け入れられやすい。

しかしそのような認識から対処策を考えても、当事者がそのような認識を持っていなければ、あまり効果がないかもしれません。

現世の実利によって釣られる、というのは人間行動の重要な側面ですので、そこを度外視しては現実を理解できませんが、それとは別の、内側から、自発的にモチベーションを高めて人を動かす、という側面の人間行動の方が、世界的に通用している宗教の中心的な部分であり、それは廃れているどころかむしろ強まっている面があり、そのメカニズムを解明することは現在の国際社会を見る際の重要な要素であると思うのです。

非常に短期的・直接的な、政策的インプリケーションとしては、分かりやすく言ってしまえば、「個々人の自発性を刺激し、ある方向に方向づけた結果として現れる、中心組織なき、ヒエラルキーなき組織なので、対応がすごく難しい、少なくとも従来の軍事的・法執行的やり方では難しいですよ」ということになる。

また、「欧米でのテロの危険性」という点でも、「高まるだろうが、直接的にシリアとイラクの勢力と結びつきが乏しいので、イラクとシリアでの軍事行動が欧米でのテロを減らすのか、あるいはかえって高めるのか、よく考えてみる必要がある」といったことが即座に言えます。(欧米でのテロに関しては、2013年に「ローン・ウルフ」型テロについて、その思想戦略論を複数の論文で取り組んだのでそれを参照してください)

「結局、対策は難しい、ということか!役立たない研究だな!」と言われそうですが、確かにそうなんですが、メカニズムの実態にそぐわない、よって効果の乏しい対処策を採ってかえってこじらせるよりも、こういった視点で研究を進める過程で、、思いもよらないところから解決策が出てくるかもしれません。

中心組織なき自発的な自己組織的集団、というのはイスラーム主義過激派に限らず、ITネットワーク時代の組織・集団化現象によく見られるものなので、そういった勝手にできてしまう組織が、またある時突然にばたっと消滅する事例もあるでしょう(mixiとかある日突然誰も使わなくなった・・・)。

そのような、自発性を低減させ、結果として組織の消滅を促進する政策はないものか。先端研のような学際的なところにいるからこそ、そこまで視野に入れて研究を進めています。

・・・と、まとまりがないことをいろいろ考え続けています。

その間にも現実が動いていくのでついていかなければならないが、私が頭で考えるよりも先に現実の展開が真実を明らかにしてくれている気もする。あるいは余計分かりにくくしている場合もあるが。

なお、この報告の際のパワーポイント資料もホームページ上でダウンロードできますが、当日朝大急ぎでメモしただけなので、言葉が重なっていたり、変換ミスもあったりします。まあ意味は通じます。本来公開を意図していない報告なのに公開されてしまったので、うろたえるところがありますが、どういうことに日々取り組んでいるかが漏れ出してしまっており、恥ずかしいがすでに長い間静かに公開されてしまっていてすでにみたという人もいるので消すわけにもいかないし、ということで逆上してここで広報してしまう。

【プレゼンテーション資料の訂正】

9頁:誤「合理的に合理的に」⇒正「合理的に」
13頁:誤「回答」⇒正「解答」
14頁:誤「回答」⇒正「解答」

「解答集」なんて、得意げに自分で作った用語の変換間違えている・・・急いでいましたから。そんな細かいところは気にせず面白がってくれる良い職場です。

【テレビ出演】20日土曜日の朝8時15分からNHK総合「週刊ニュース深読み」で解説予定

土曜日の朝にテレビ出演予定です。

NHK総合の「週刊ニュース深読み」(8時15分~9時28分)

私の解説部分は8時45分ごろからの「深読みコーナー」。

テーマは「新たなテロの脅威? “イスラム国”勢力拡大のワケ(仮)」だそうです。

番組恒例の「立体模型」を、「イスラーム国」については一体どうやって作るのか・・・期待しましょう。

ハリボテ部分は私の監修を受けたものではありませんので、もし万が一、政治的に正しくない表象があったとしても私に抗議しないでください・・・。

トルコ政治の今後の展開は中東情勢の軸になる

先月のトルコの大統領選挙について、選挙直前にNHKBS1の『国際報道2014』で行った解説の全文おこしがNHKのホームページに掲載されているようです。

「世界が注視 トルコ「エルドアン大統領」誕生か」NHKBS1『国際報道2014』2014年8月8日(金)

解説トルコ大統領選挙とエルドアンNHKBS1

私の校閲は受けていない、つまりテレビでしゃべったところが言い間違いなども含めて全部載っているはずですが、しかし「てにおは」などは実際に喋ったものよりも過剰に口語的(幼稚に?)なっていたりする。急いでいて私が言い間違えている部分もあるだろうが、あきらかに違うところもある。つまりテープおこしをした人が、そのような間違った「てにおは」や言葉遣いをしているから、書き起こし文に反映されてしまっているように見える。これはこの番組ホームページの全文おこし全体に、他の回についても共通する特徴なので、どういう会社がテープおこしを請け負ってどういう手順で文章作成をしているのかが気になる。

ただし発言の実質的内容自体はしゃべったままなので、内容には私が責任を負っています。また、これは選挙前の分析だが、基本的に選挙後の分析としてもまったく同じことを言うだろう。

(なお、アナウンサーが読み上げた部分で、「トルコでは首相は3期までしか認められていない」というのは間違いで、与党AKP(公正発展党)が党首の任期を連続3期までと制限しているだけです。エルドアンの人気と実力から言えば、AKPの党規を改正して首相になることも可能だったはず。それをせずに、党首の地位は名目上離れ、現状では憲法上は権限は名誉職的なものにとどまるはずの大統領職に就任して、与党の圧倒的多数も来年の議会選挙で確保して憲法改正して大統領権限を強化してより思い通りの統治をしようとしているところに、危うさを感じて批判する勢力がいるのです)

選挙結果そのものの分析としては、このブログの次の項を参照してください。
「トルコ大統領選挙は地域間格差による明瞭な結果が出た」(2014/08/11)

また、「エルドアンの強化された大統領への道」は、今年3月末の統一地方選挙の際に明らかになっていたので、その時にすでに全体の方向性は『フォーサイト』に書いてあります。基本的にこの時書いたことが、私が知っている限りのトルコ政治の趨勢で、統一地方選挙、大統領選挙まではその当時に想定されたシナリオ通りに進んでいると言えます。


「エルドアン首相はトルコの「中興の祖」となれるか」『フォーサイト』2014年3月19日

ブログでも関連記事を紹介しておきました。
「トルコの3・30地方選挙がエルドアン政権の将来を左右する」(2014/03/19)

この先、来年の議会選挙で3分の2の議席をAKPあるいは連立で確保して、大統領権限を憲法上も明確に定義する改正を行えるか、首相に繰り上がったダウトウルなどとの関係がうまくいくか、経済や外交などの難問が降りかかってくる中でAKPとエルドアンへの支持が続くか、などが課題です。

また、トルコ政治は単にトルコにとって重要なだけではありません。イラクやシリアの「イスラーム国家」への対策で実際に実効性のある対策を取りうる数少ない主体であるとか、ガザをめぐる紛争でもイスラエルとハマースの両方にレバレッジを持っているほぼ唯一の国であるとか、重要な役割や拒否権を持っているので、だからこそ内政に注目しています。

そのあたりは、NHKBS1での解説の最後の方でも急いで短く話してあります。

「・・・トルコは依然として中東の安定をもたらすのに不可欠な国なんですね。
この地図を見ても分かりますけど、不安定なシリア、それからイラク、いずれも国境を接していて、直接、経済的に、あるいは安全保障面で安定化のために影響力を行使できる国っていうのは、やはりトルコしかないんですね。」

「中東の不安定な諸国のいろんな問題について、いずれもトルコを抜きにしては解決できないというのは現状なんですね。」

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それはそうとして、テレビの報道や発言の全文おこしをホームページに公開することは重要。日本はテレビ局の報道や、そこに出る解説者の発言が活字で残らないので、非常に無責任になっており、議論が生産的にならない構造がある。テレビがあいまいな表現や印象操作で世論を方向づけてしまったり、特派員経験者だと称するテレビ・新聞記者上がりの基本的に無知な解説委員が荒唐無稽な海外事情解説をしていたり、テレビに出られるというと知りもしないテーマについてまで訳知り顔で話して学者の発言が、日本の世論や常識を作ってしまっている面がある。主要なニュース番組の特集などは全て活字にして公開しておく、そうでない番組は信用されない、というようになれば、これは変わるはずだ。