【地図と解説】「イスラーム国」の押さえる油田と密輸ルート

9月24日のシリア空爆の主要なターゲットの一つは、シリア東部の製油施設だったようです。

“U.S. and Arab aircraft attack oil refineries seized by Islamic State in Syria,” The Washington Post, Sep 24, 2014.

【それ以外の主要なターゲットには、シリア北部トルコ国境付近のクルド人の拠点コバーニー(アラビア語名アイン・アラブ)に迫るイスラーム国の攻勢の阻止だったようですが、これについては別の機会に】

「イスラーム国」がイラクの北部から中部を走るパイプラインや製油所、シリア東部の油田を押さえ、密輸で活動資金を得ているとみられる問題が、対策上の大きな課題になっています。シリアからトルコについての密輸については、先日このブログでも書いてみました(「NHK「深読み」の後記(3)石油の密輸ってどうやるの」2014/09/20)。

ワシントン・ポストの記事に付された地図では空爆の対象となった製油施設の位置が特定されていないので、別の新聞を見てみましょう。

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シリア東部の油田空爆_Sep 24 2014 Guardian
出典:The Gurardian

これはかなりの略図で、シリア東部デリゾール県のデリゾール、マヤディーン、アブー・カマール、それに北東部カーミシュリー県のハサケといった主要都市および「その周辺」が空爆されたと記してあり、それらの内に石油施設が含まれるとしています。それほど詳細ではありません。

シリアの油田や製油施設って、どこにあるのでしょう?

やっぱりニューヨーク・タイムズは毎回良い地図を出してきます。有料で、もしかしたら世界の世論を方向づけるための印象操作かもしれない、と疑いながらも、やはり技術力が高いと参照せざるを得ません。影響力は、政治的な感度と情報力と職人芸の合致したところから生まれるのです。

イラク・シリアの油田とパイプラインNYT_Sep 16
出典:The New York Times

シリアとイラク中部・北部の主要な油田、製油施設、パイプラインが記され、「イスラーム国」が掌握した油田が赤く塗られています。もちろんこれが全面的に正確であるとか、網羅的であるとは限りません。

これを見ると、シリアの東部あるいは北東部に油田が多くあり、特に東部デリゾール県のオマル油田が規模が大きく、そこを「イスラーム国」が押さえていることが重大である模様です。

シリア最大規模のオマル油田は、2013年11月にはアル=カーイダ系のヌスラ戦線が掌握し、それを「イスラーム国(当時はイラクとシリアのイスラーム国)」と争奪戦になっていたようですが、2014年7月に、前月のイラク北部での大攻勢で力をつけた「イスラーム国」が掌握していました。

“ISIS seizes key Syria oil field near Iraq,” The Daily Star, July 4, 2014.

シリアでの油田掌握と、特にそこからトルコへの密輸で、「イスラーム国」が資金を得ている、という報道・論調が、シリアへの「イスラーム国」への空爆拡大が米メディアで喧伝される過程で問題視されるようになりました。

決定づけたのはニューヨーク・タイムズのこの報道です。

Struggling to Starve ISIS of Oil Revenue, U.S. Seeks Assistance From Turkey, The New York Times, Sep 13, 2014.

この記事で上記のシリアからイラクの石油・パイプライン地図が付されていました。

ワシントン・ポストも「イスラーム国」の石油密輸の話を書いています。こちらはイラクの地図を掲げています。

イラクのイスラーム国の油田と製油施設_Sep 15 2014_WP
出典:
“Islamic State fighters drawing on oil assets for funding and fuel,” The Washington Post, Sep 15, 2014.

BBCは次のような地図でシリアとイラクの油田と精油所とパイプラインを描いています。今度はイラクの南部も入っているので、相対的な関係がちょっと分かるでしょうか。あくまでも大規模な油田はイラク南部にあります。イラクの中部や、シリアの東部は、規模はそれほど大きくない。ただし武装集団にとっては法外な資金源となります。

シリア空爆と石油パイプライン_Sep 25_BBC
出典:Islamic State crisis: US hits IS oil targets in Syria, BBC, 25 Sep 2014.

なお、今回示した地図では、いずれも、イラクのクルド地域からトルコあるいはイランへという密輸ルートは描かれていません。クルド地域政府は支配領域の中に別にパイプラインを引いてトルコに輸出できるように準備を進め、一部は送油を開始していますが、それは記されていません。

クルド地域政府の石油輸出、特にトルコへの輸出については、もっと複雑な話にもなり、広がりも別の方向にあるので、「パイプラインの国際政治」の連載の中で触れてゆくことにしましょう(【地図と解説】トルコから見るパイプラインの国際政治(1)ウクライナ紛争とイラク・シリア紛争で高まるトルコの重要性」(2014/09/21)。

さて、シリア空爆を前にしてメディアで盛り上がった、「イスラーム国」の石油密輸の問題で、買っている側として矢面に立ったのがトルコですが、現政権に比較的好意的なトルコ人論客(世俗主義的だが穏健イスラーム主義に歩み寄るタイプ)が、反論というか弁明をしています。

Mustafa Akyol, “The truth about Turkey and Islamic State oil,” al-Monitor, Sep 22, 2014.

「苦しい言い逃れ」という感じもありますが、トルコ・シリア間の商取引きの現場の実態を垣間見られるものであり、国際報道でありがちな実態とはかけ離れた一般化の問題などが提起されていて有益です。
(1)普段からトルコ、シリア間は地場の商取引が盛んで、ガソリンへの補助金で値段が安く抑えられているシリアからトルコへの密輸はルートがある。
(2)もともと血縁・地縁で国境をまたいでつながっている人たちがおり、国境をまたいだ商売で生計を立てており、しばしば密輸が絡む。
(3)クルド人対策で、密輸のお目こぼしを政府がしている。
(4)しかしポリタンクに詰めて何万バレルも毎日輸送することができるはずがない。

なんてことが読み取れます。
(1)(2)は「サイクス・ピコ協定など第一次大戦後に無理やり線を引いた」という問題を、トルコとシリアが実態としてはどのようにやり過ごしてきたかが分かる話であり、(3)は硬軟・清濁併せ呑んだクルド人対策の一端が窺われます。そもそも「親政府系クルド人へのお目こぼし」といった政策的なものじゃなくて「政府・軍の汚職だろ」というツッコミがコメント欄で入っていたりします。それもまた真実でしょう。

そして(4)については、物理的な制約から、「イスラーム国」からトルコなどへ密輸されていると報じられている量は、細部を見るとなんだか怪しい面もある、というのもそれなりに説得力がある反論だ。

アクヨル氏はロイター配信のこの写真を掲げつつ、政府高官の発言を引いて、このやり方でどれだけの量を運べるのか疑問を呈している。

トルコシリア間石油密輸の情景

The key question is how much of an illegal trade is there? The New York Times cited experts who placed the figure “at $1 million to $2 million a day.” Speaking to Al-Monitor, a presidential adviser who preferred to remain anonymous dismissed this claim. He said, “This is impossible. A barrel of oil would be sold for about $50 on the black market. This means 400,000 barrels of oil a day passing illegally from Iraq or Syria to Turkey. Yet, such an amount is impossible to carry by any of the smuggling methods, such as hoses, trucks or mules. There is indeed smuggling on the Turkey-Iraq and Turkey-Syria borders, but certainly not at these levels.”

これに対しては「え、大々的にトラック・タンカーで運んでるんじゃないんですか?」といったツッコミも予想される。それに反論できるのかどうか知らないが、トラック・タンカーで運ぶにしてもその場合は数珠つなぎで延々とトルコ・シリア国境の道路を埋め尽くすことになりそうなので、本当かなあ?と思う。見てきた人がいたら教えてください。

こういったことを考えたうえで、もう一度、上に掲げた、ニューヨーク・タイムズとBBCの地図を見ると、もっといい方法、パイプラインがある。

ただし、シリアの油田からつながるパイプラインは、いずれもトルコには向かっておらず、北東部からも、東部からも、西に向かい、ホムス付近を通って、タルトゥースとバニヤースに到達する。アサド政権の掌握地域である。

BBCの記事でも、
Oil is sold to local merchants, or to middlemen who smuggle it into Iraqi Kurdistan or over borders with Turkey, Iran and Jordan, and then sell to traders in a grey market. Oil is also sold to the Syrian government

と書いてある。ここではシリアとイラクの両方を合算して書いてありますが、シリア産のものについては、トルコに売るかアサド政権側に売るかしか最終的な販路はない。実はアサド政権側がヌスラ戦線やイスラーム国が掌握した油田から石油を買ってしまっている、という話は以前からあって、それも部分的に事実なのだろう。どう考えても直接にトルコに密輸しているだけでは捌き切れない。

そこから、「意図的にアル・カーイダ系あるいはイスラーム国の勢力を拡大させ、反政府勢力を分裂させる、国際介入を引き起こすために密輸を認めている」と穿った見方が出るゆえんだし、まあありそうな話だが、そのような深謀遠慮以前に、単なる「汚職」で政権側の有力者が介在して密輸をしているのではないか、とも推測できる。あくまでも推測ですが。アサド政権の高官から言えば、反政府勢力から安く買って正規ルートに乗せればその差額を取れるわけで、汚職の温床となるだろう。さらに、お目こぼししてトルコへの密輸ルートに介在したりすれば、アサド政権の高官を介して最終的にトルコに行っていてもおかしくない。でも多分シリア国内でけっこう使っちゃっているんでしょうね。「イスラーム国」景気で儲けている人たちがたくさんいそうだ。