【研究室】小泉悠氏が特任助教に

2019年3月1日付で、小泉悠氏が東京大学先端科学技術研究センター(グローバルセキュリティ・宗教分野)の特任助教として着任しました。

2018年10月1日に、それまで10年続いたイスラム政治思想分野を踏まえて新たに設立されたグローバルセキュリティ・宗教分野は、小泉さんを迎えて、発展の歩みを加速します。

【寄稿】日本経済新聞「経済教室」に宗教と国際政治について

日本経済新聞の「経済教室」欄に寄稿しました。テーマは「宗教と国際政治」。

池内恵「宗教と国際政治(下) 影響復活 揺らぐ自由主義」《経済教室》『日本経済新聞』2019年2月8日

『国際問題』の「宗教と国際政治」特集巻頭論考や、『中央公論』に寄稿した日本的宗教観とイスラーム教など一神教・律法的宗教との相違についての論考などを根拠に特集の企画が立てられ、依頼が来たため、お引き受けして、それらの先行する論考のエッセンスをコラムにまとめました。

「宗教と国際政治」は今回「上・下」二回の連続掲載になっており、「上」は名古屋市立大学教授の松本佐保先生が執筆しておられます(「命中摩擦 弾圧が火種」)。松本先生はバチカン外交や米国の福音派の政治的影響についての著作も多く、「経済教室」の編集部が「宗教と国際政治」という課題で提案・依頼してきたときにおそらくもう一人の筆者となるだろうと予想していました。

ただ、私の方が総論風の面があり、扱う時代も長いので、編集・企画の整合性からは本当は私のコラムを先に掲載した方が落ち着くのだと思いますが、私の原稿の遅さから、後になって総論が来る、若干落ち着かない流れになってしまいました。

経済教室は「上・下」「上・中・下」の一本として依頼されることが多いのですが、大抵遅れて掲載が再末尾になるんですよね・・・最後になってから総論やそもそも論や歴史論を蒸し返すような形になってしまいます。

『読売クオータリー』で作品とコメントの引用

『読売クオータリー』2019年冬号(通巻48号)2019年1月30日発行に掲載されている論考(植田滋「精神的豊かさ求め浮遊した時代 宗教関連書から切り取る30年の思潮」30−39頁)で、平成の各年を彩る宗教関連書として池内恵『イスラーム世界の論じ方』(2009年)が取り上げられ、コメントも引用されています。(32−33頁)。

【講演】ジョージ・ワシントン大の中東政策フォーラムに登壇

1月23日、ワシントンDCのジョージワシントン大学エリオット国際問題大学院が開催するMiddle East Policy Forumで、講演とシンポジウム討議に参加しました。

Asia In The Middle East featuring Satoshi Ikeuchi & Jon Alterman, Moderated by Karen Young, January 23rd, 2019

また1月21日には同じくジョージワシントン大学中東研究所内で、専門家向けセミナーで講演しました。

【寄稿】中東情勢分析を朝日新聞社の『Journalism』1月号に

寄稿しました。

朝日新聞社の発行する月刊『Journalism』1月号の特集「問題・課題2019」に、2019年の中東情勢の見通しと重要なポイントを、長めの論考で考察しました。

池内恵「中東の『暴君リスク』に備えよ 鍵はサウジの世代交代」『Journalism』2019年1月号(通巻344号), 35-42頁

朝日地球会議2018中東シンポジウムの記録(4)

今回でウェブ掲載は第4回で最終回(全4回の一覧はこちらから)。ブラウン先生と私の議論が掲載されています。通訳に伝わっているか確認しながら、聴衆に伝わるか気にしながら、一つ一つ議論を積み重ねていきます。

研究者が会うと普段やっている作業を、聴衆の前で、ホールの舞台装置の上で、若干非専門家に配慮しながら、やって見せているような具合です。良い機会になりました。ブラウン先生も大変喜んでくれたので、よかったです。

「これから迎える移民の時代 「中東は遠い世界」ではいられない」The Asahi Shimbun Globe+, 2018年12月30日

朝日地球会議2018中東シンポジウムの記録(3)

(年末年始にブログを更新できませんでしたので、バックデートで掲載しています)

朝日地球会議2018年でGlobe企画で開催された国際シンポジウム「中東はどこへ向かうのか」のウェブ掲載第3回は、ブラウン先生と私の講演を受けた、国末憲人Globe編集長によるプレゼンテーションです。

「GLOBE編集長が語る「中東の新しい地図」」The Asahi Shimbun Globe+, 2018年12月29日

国末さんの長年の取材メモ・写真アーカイブから秘蔵のネタ・写真を抜き出してくれたような趣です。私が当日、偶然会場のイイノホールの前でサーマッラーの螺旋状ミナレットをモデルにしたと思われる作品があることに気づいて発言で触れましたが、国末さんはフセイン政権時代のイラクの画家による、フセインを宗教的モチーフと組み合わせて描いた、引き取り手のなくなった作品の写真を出して来てくれています。

(4回シリーズ全体はこちらから)

朝日地球会議2018中東シンポジウムの記録(2)講演録

昨日から順次ウェブ公開されております、朝日地球会議2018のGLOBE企画「中東はどこに向かうのか――紛争、イスラム、国際秩序」の記録ですが、今日公開されたウェブ掲載第2回は、私の講演部分です。

「歴史をさかのぼれば見えてくる 『なぜいま中東は無秩序なのか』池内恵氏の眼」The Asashi Shimbun GLOBE+, 2018年12月28日

ネクタイの話から始まります。

朝日地球会議2018中東シンポジウムの記録(1)GLOBE+で公開

本日12月27日から4日にわたって、The Asahi Shimbun GLOBE+(朝日新聞の日曜に挟み込まれるタブロイド紙『GLOBE』のウェブ版)で、講演記録が公開されていきます。

9月24日に朝日地球会議2018の初日の第1セッション「中東はどこに向かうのか――紛争、イスラム、国際秩序」に登壇しました。その際には、簡略な紹介が翌日の朝日新聞に掲載されましたが、今回、詳細な記録が4回の分載で公開されます

分載第一回は、コーディネーターの国末憲人さんによる企画趣旨説明や二人の講演・登壇者の紹介に続き、ネイサン・ブラウン先生(ジョージ・ワシントン大学教授・中東研究所長)の基調講演です。

「アメリカの覇権が終わり、地域大国の時代に 激変する中東のいまはこう読む」The Asashi Shimbun GLOBE+, 2018年12月27日

ブラウン先生は非常に噛み砕いて、言葉を慎重に選びながら簡潔に、中東情勢の現状を政治学的に概念化してくださっています。頭が整理されます。

明日の第二回では、私の講演録が公開されます。

第4回には、私とブラウン先生の相互の質問と応答も収録されます。

年末年始の読み物にどうぞ。

【寄稿】2019年版『PHPグローバル・リスク分析』に参加

今年も発表されました。

2019年版『PHPグローバル・リスク分析』2018年12月19日

毎年、暮れになると、翌年に注意すべき10のリスクを選んで発表するPHP総研のグローバル・リスク分析ですが、これに2014年版(つまり2013年暮れに発表)以来毎年関わらせていただいています。

といっても毎年他の参加者にひたすら引っ張ってもらうのですが(参加者一覧が表紙にありますが、所属先の関係で名前を出せない方もいます)。

議論の結果、今回はこの10のリスクが選定されました。

Global Risks 2019

1.米中間で全面化するハイテク覇権競争

2.大規模スポーツイベントへのサイバー攻撃とネット経由のIS浸透

3.米中対立激化で高まる偶発的な軍事衝突リスク

4.複合要因が作用し景気後退に転落する米国経済

5.自国第一主義が誘発する欧州統合「終わりの始まり」

6.大国間競争時代に勢力伸長を狙うロシア

7.焦る中国の「手のひら返し」がもたらす機会と脅威

8.増幅する朝鮮半島統一・中立化幻想と米韓同盟危機

9.米国の対イラン圧力政策が引き起こす中東不安定化

10.米中覇権「再規定」の最前線になるラテンアメリカ

詳細はリンク先からPDFで全文を(無料で)ダウンロードしてお読みください。PDFダウンロードへの直接リンクもここに貼っておきます

以前は中東やイスラーム世界に関わるリスクが議論の中で4つぐらいは出て来て、この分野ばかり突出しないように一つ減らしたり複数を合算したりして、3つか2.5個程度に収めるのに苦労したものですが、今回は1あるいは1.5個ぐらいですね。中東にリスクがなくなったわけではないのですが、リスクがリスクとして織り込まれ予想されて、「もう慣れた」というような状態でしょうか。おかげで執筆義務が減って楽に。

とはいえ、どのリスク項目を誰が書いたかは明記していないのが、このレポートの形式です。

番外のコラムで明らかに私が書いたな、と分かるようなものも収録されていますが。。。来年一年間で問題化されるかどうかは分からないが、長期的にはリスクとしてありそうなものについて、書いてみました。

昨年版はここから。このページからさらに以前の年の分析の紹介にリンクされていて、遡ることができます。

【寄稿】『中央公論』に日本の宗教観とイスラーム教の関係について

『中央公論』1月号に寄稿しました。

池内恵「日本の『こころ教』とイスラームの『神の法』」『中央公論』2019年1月号(12月10日発売), 36-43頁

特集「宗教が分断する世界」の一部です。

これまでは日本とは切り離された世界としての「イスラーム世界」、日本の文化や宗教とは隔絶した存在としての「イスラーム教・思想」について研究してきましたが、日本にイスラーム教徒が多く移民・難民として移住し、社会の一部になる日が来ると、日本の文化や宗教とイスラーム教の接触面で何が起こるか、相互関係や摩擦についても考えなければなりません。

そういう日は以外に近づいているのかもしれません。

そんなことを今回の論考では考えてみました。

【寄稿】『アステイオン』にムハンマド皇太子とサウジ政治体制の世代交代について

長めの論考が『アステイオン』に掲載されました。

池内恵「夏の日の陰り––––サウジ皇太子の試練」『アステイオン』89号, 169-180頁, 2018年11月

テーマは「ムハンマド皇太子の権勢の陰り」。このテーマは、イスタンブールのサウジ総領事館でのサウジ人記者殺害事件の顛末が大々的に報じられた後は、ごく当たり前のものに見えるかもしれません。しかしこの論考を書いていたのは8月から9月にかけてです。

2015年から現在までひたすら「上り調子」だったムハンマド皇太子の様子がおかしい、というある種の「勘」に基づいた認識から、この夏はじっとムハンマド皇太子とサウジ政治の動向を観察しながら過ごしたのですが、その結果を秋口の段階で暫定的ながらまとめて記録に残しておこうとして、『アステイオン』への寄稿論文としてまとめていたのですが、なんども書き直しをして、やっと完成、校了寸前、というところになって、10月2日のジャマール・ハーショクジー氏の殺害事件が起こりました。

事件についても末尾の節を加えて言及はしてありますが、しかし校了は10月初頭でしたので、10月の半ばから後半にかけてトルコ・エルドアン大統領がこの事件の機会を捉えて行なった対サウジのメディア・キャンペーンや、それに対するサウジの拙い反応、米国の反応などについては、この論考では扱っていません。

今年前半、特に夏の間の観察に基づいて、ムハンマド皇太子の権勢に、「落日」とまではいかないにしても「陰り」が見られる、という観察結果をこの論考では示していたのですが、論考が出版されるまでの間にこれをあからさまに印象づける事件が発生し、論考の趣旨が間違っていなかったことが分かったのは良いのですが、現実の進展の早さに追い抜かれてしまった感があります。

とはいえ、事件によって急激に高まった関心に慌てて答えた論説・報道は中長期的にはそれほど頼れませんし参照されることもないでしょう。長期的な観察に基づいた分析を、その根拠から詳細・着実に『アステイオン』のような媒体に書き留めておくことで、やがてはサウジについての議論の礎となるのではないか、と期待しています。

ハーショクジー氏殺害事件がなぜ起きたのか、どのような文脈で発生したのか、関心のある方は、おそらくこれについて現時点で最もまとまった論考と思いますので、読んで見ていただけると良いと思います。事件が起こる前に書かれていますので、事件の衝撃に合わせて遡って過去を解釈しておらず、その意味でより信頼おけるものと思います。

論考ではイブン・ハルドゥーン『歴史序説』から、世代交代による王朝の盛衰についての箇所を抜き出して長めに引用していたりします。ご関心ある方はぜひ。

【論文】『宗教法』第37号に、メディアの変化がもたらすイスラーム法学解釈の多元化について

宗教法学会の学会誌『宗教法』に論文を寄稿しました。

池内恵「何が宗教過激主義をもたらすのか––––イスラーム法学の権威的解釈主体にメディアの変化が及ぼす影響」『宗教法』第37号(2018年11月10日発行), 51–60頁

この論文は昨年6月に宗教法学会で共通論題に依頼されて行なった講演(池内恵「何が宗教過激主義をもたらすのか――イスラーム法学解釈の権威の構造とその近現代における変化」第35回宗教法制研究会・第74回宗教法学会、青山学院大学、2017年6月10日開催)を活字化したものです。見たところはアイデアのみをさらっと書いたような文章ですが、実際には、論理的に詰めてみるとかなり厄介な作業でした。

送られてきた学会誌で真っ先に目を通したのは、西澤宗英先生の「ルクセンブルク大公国における政教関係」でした。学会の場で(あと確か私が会場に忘れ物をして、開催校の西澤先生のところに取りに伺った際に長時間立ち話した際にも)この論文とその基礎となる学会報告について詳細にお話を伺うことができましたので、それが論文になるのを待ち遠しく過ごしておりました。

この論文が詳細にまとめているのは、ルクセンブルクで各宗教の「教会」を団体として認定し、それぞれの団体が代表者を選出して国と協議する、国は各「教会」に対して財政支援を行うと共に、一定の規制の対象ともする一連の法制の歴史的、そして最新の展開です。

この法制の中で、ルクセンブルクでは近年にイスラーム教もまた、あたかも「教会」があってその信徒団体があるかのように認知され、代表者を選出するようになったという点が、大変興味深いものでした。もちろんこれはフランスのような共和制・政教分離原則があるところでは難しく、ルクセンブルクのような小国の伝統の延長線上でこそ可能になったこととは思います。ルクセンブルクのムスリムの出身国や構成要素なども、西欧の教会と同様の組織形成・代表者選定を可能にした条件として、詳しく見てみないといけません。いろいろとヒントになる論文でした。

こういった学会に呼ばれて、講演を聞き、自分も講演をし、懇親会やその後まで議論をしなければ決して知ることがなかった研究に触れることは、何よりの喜びです。