「イスラーム国」の表記について

*フェイスブック(https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi)で日本時間2月14日14時30分頃に投稿した内容ですが、長期的に参照されるようにこちらに転載しておきます。

*「イスラーム国」「IS」「ISIL 」「ISIS 」「ダーイシュ」のそれぞれの由来と、それぞれを用いる場合の政治的意味は、『イスラーム国の衝撃』の67−69頁に詳述してあります。

NHKは「イスラーム国」を今後「IS=イスラミックステート」と呼ぶことにしたという。

 日本の事情からやむを得ないとは思いますが、言葉狩りをしてもなくなる問題ではありません。長期的には問題の所在の認識を妨げてしまうのではないかと危惧します。短期的に勘違いする人たちを予防するために仕方がないとは言えますが、しかし、低次元の解決策に落ち着いたと言わざるを得ません。

(1)「イスラーム」と呼ぶとイスラーム諸国やイスラーム教徒やイスラーム教の教義と同一であると思い込んでしまう人がいる→どれだけリテラシーがないんだ?
(2)「国」と呼ぶと実際に国だと思ってしまう人がいる→同上。

 本当は「イスラーム国」を称する集団が出てきてもそれにひるむことなく、どのような意味で「イスラーム」だと主張しているのかを見極め、「国」としてどの程度の実態があるのかを見極め、どの程度アラブ諸国の政府・市民、イスラーム世界の政府・市民に支持されているのかを見極め、日本としての対処策を決めていく、というのが、まともな市民社会がある大人の先進国ならどこでもやらなければならないことです。

 今回NHKは政府と一般視聴者の抗議に負けて、市民社会での認識を高める努力を回避しました。それは結局日本の市民社会がその程度ということです。

 私は括弧をつけた「イスラーム国」を用いつづけてきました。『イスラーム国の衝撃』でもタイトルと見出し(これは出版社が決める)以外は「 」を徹底してつけました。本人たちがそう呼んでいるのだから仕方がない。それが普遍的に「イスラーム」でも「国」でもないことは、「 」を付ければ明瞭です。「俺には明瞭ではない」という人は、実態とは異なる名称を伝える紛らわしい情報を「俺にとって心地良いから」よこせと言っているだけです。

 NHKが「イスラーム国」に共感的だから「イスラム国」と呼んできたなどという事実はまったくありません。組織の当事者たちが「イスラーム国」と呼んでおり、世界の中立性の高いメディアも英語でそれに相等する表現を用いているから、日本語でそれに相等する「イスラム国」の表記を用いてきただけでしょう。

 「イスラム国」と呼ばれていればそれがイスラムそのものでイスラム全体で国なんだろう、などと思い込む消費者の側に大部分の問題があります。「俺が勘違いしたのはNHKの責任だ」などというのももちろん単なるクレーマーの横暴な主張にすぎません。ただ、現実の日本社会の水準はそれぐらいだから、それに合わせて報道することを余儀なくされた、報道機関の敗北でしょう。

 ただし、ここで苦肉の策で、中立性を保とうという努力が認められます。要するにより徹底的にBBCに依拠したのですね。BBCはIslamic Stateとまず呼んで、その後はISと略す。NHKはまず「IS」と呼んで、カタカナで「イスラミックステート」と説明をつける。
 
 しかし元々はアラビア語の組織名なのに英語訳に準拠するのは、ぎこちないですね。まあグローバルな存在だから英語でいいという考え方も成り立ちますが、苦肉の策であることに違いはありません。

 BBCは英語だからIslamic Stateと呼んでISと略すのが当然ですが、NHKで日本語の中にここだけ英語略称のISが出てきて、組織名の英語訳であるイスラミックステートがカタカナで出てくる理由は、説明しにくい。NHKの国際放送であれば自然に聞こえますが。

 なお、政府・自民党のISILは明らかに米政府への追随です。米系メディアはISIS とすることが多い。

 アラビア語の各国のメディアは「ダーイシュ」とすることが大多数になっている。これは明確に敵対姿勢を示した用語であり、「イスラーム国」側・共鳴者は「ダーイシュ」と呼ばれると怒ります。

 グローバルなアラビア語メディアであるアル=ジャジーラは「Tanzim ”al-Dawla al-Islamiya”」と、括弧をつけて、冒頭に「組織(tanzim)」を付しています。最近は単に「Tanzim “al-Dawla”」と略すことも多くなっている。「「国家」と自称する組織」ですね。「イスラーム」であるならばそれは絶対的に正しい存在だ、と思う人がアラブ世界の大多数なので、「イスラーム」とはなるべく呼ばないようにしつつ、「ダーイシュ」という各国政府の用いる罵り言葉は使わないようにしているのですね。BBCと似ていますが、よりアラブ世界の実態に即した用語法です。

 BBCでは昨年から、Islamic Stateと略称ISで一貫している。世界標準とはその程度の水準のことを言うのです。

 最新のニュースでも、タイトルでIslamic Stateと書いています。

Islamic State: Key Iraqi town near US training base falls to jihadists

 本文の最初で、

Islamic State (IS) has captured an Iraqi town about 8km (5 miles) from an air base housing hundreds of US troops, the Pentagon says.

 と書かれている。まず「Islamic State」と書いておき、その後「IS」とする。今回NHKは、より英語そのままに(ただし略称を先に出してくる)準拠することにしたのですが、日本語としてはややこしくなりました。

 「イスラム国」という言葉を遠い日本で言葉狩りしても、組織の実態は変わらない。かえって日本側で、謎めいた「IS」という略称のみが出回って実態を理解する能力が落ちる可能性がある。長期的には日本の市民社会の水準を上げるためには役に立たない。

 ただし、日本は「救世主」を「キリスト様」にしてしまってそれが終末論的な救世主信仰であることを忘れた(知らないことにして受け入れた)国だから、同じようなことは随所に起こっているのだろう。

 NHKも最初はBBCに準拠して日本語訳して「イスラム国」としていたが、とんでもない誤解をする政治家や評論家までが出てきて、反発して消費者として抗議したりする人も増えたので、ついに英語そのもので表記することにしてしまったというわけです。

 もちろん「イスラム国と呼ばない」というのも日本社会の意思表示ではあるので、それはそれであり得る選択かとは思います。ただ、そうすることで外国の実態を見えなくなる可能性は知っておいたほうがいいでしょう。

 昔はごく一部の人しか外国の実態を見ることはなかったので、超訳をいっぱいして日本語環境の中の箱庭仮想現実を作ってきました。情報化・グローバル化でそれが不可能になったことが、現在の知的・精神的な秩序の動揺を引き起こす要因になっていると思います。苦しいですが、もう一歩賢くなって、自分の頭で考えるようになるしかないのです。

 日本で「イスラム国」と呼ばなければシリアやイラクやリビアやエジプトの「イスラーム国」を名乗る勢力の何かが変わるかというと、変わりません。日本政府やNHKや日本企業などが「イスラーム国」を作り出してそう呼んでいたのであれば、日本で呼び方を変えれば何かが変わるでしょうが、今回はそういう事態とは全く違います。

 日本政府やNHKに抗議して呼び方を変えさせるよりも、「イスラーム国」そのものに抗議して名前を変えるか行動を改めるかさせるのが、正当な交渉の方向でしょう。また、「イスラーム国」の活動を十分阻止しておらず、黙認していると見られる周辺諸国の政府に抗議して政策を変えさせるのも、本来ならあるべき抗議活動なはずです。

 それらの政府は国民の言うことなど聞かないのかもしれませんが、だからといって遠い日本の政府や報道機関に話を持ち込んでも、知的活動や言論を阻害するだけです。

『中東 危機の震源を読む』が増刷に

2009年に刊行した『中東 危機の震源を読む』が増刷されました。

2004年12月から2009年4月までに、国際情報誌『フォーサイト』誌上で行った、毎月の「定点観測」をまとめたものです。当時は『フォーサイト』は月刊誌でした。

足掛け5年にかけて行った定点観測を見直すと、その先の5年・10年にわたって生じてくる事象の「兆し」があちこちに散らばっています。自分でも、書き留めておいて良かったと思います。そうしないとその瞬間での認識や見通しはのちの出来事によって上書きされ、合理化されてしまいます。

瞬間瞬間での認識と見通しを振り返ることで、現在の地点からの将来を展望する際の参照軸が得られます。

今年になって中東やイスラーム世界が突然話題になったと思っている人は、この本を読んでみれば、今起こっていることの、ほぼ全てが2000年台半ばから後半にかけて生じていたことの「繰り返し」であることに、気づくでしょう。それはより長期的な問題の表れであるからです。

当時からこういった分析を本気で読んでいた方にとっては、今起こっていることは、驚くべきことではなく、「来るべきものが来た」に過ぎないでしょう。

新しい帯が付いています。

中東帯付カバーおもて小

裏表紙側の帯を見てみましょう。

中東帯付カバーうら小

ここで項目一覧になっているのは、この本の目次から抜き出したものです。今新たに作ったキャッチフレーズではありません。

*アメリカ憎悪を肥大させたムスリム思想家の原体験
*イラク史に塗り込められたテロと略奪の政治文化
*「取り残された若者たち」をフランスはどう扱うのか
*風刺画問題が炙り出した西欧とイスラームの対立軸
*安倍首相中東歴訪で考える「日本の活路」

なお、裏表紙の真ん中に刷ってある「イスラームと西洋近代の衝突は避けられるかーー」云々も、初版の2009年の時から印刷してあります。

このような議論は「西洋近代はもう古い」「イスラーム復興で解決だ」と主張していた先生方が圧倒的に優位で、「イスラーム」と名のつく予算を独占していた中東業界や、中東に漠然とオリエンタリズム的夢を託してきた思想・文学業界では受け入れられませんでした。

しかし学問とはその時々の流行に敏感に従うことや、学会の「空気」を読んで巧みに立ち回ることではないのです。学問の真価は、事実がやがて判定してくれます。

ヨルダン人パイロットの殺害映像公開で分かった、人質交換交渉の内実

 2月3日に公開された「イスラーム国」の殺害声明ビデオによってヨルダン空軍パイロットのムアーズ・カサースベ中尉の殺害が明らかになりましたが、ムアーズ中尉は1月3日にすでに殺害されていたことがヨルダン政府によって明らかにされています。

 1月27日に公開された脅迫映像では、ムアーズ中尉が今回のビデオで焼殺に使われている檻の中にいる写真を、後藤さんが掲げさせられていることから、以前から殺害されていたことは明らかです。

 こうなると、犯行グループが2・3・4本目の脅迫映像で持ち出した、サージダ死刑囚の釈放との交換での人質釈放の仄めかしは、ヨルダン政府に対する罠であったことがわかります。
 
 1月28日付のブログの記事(「人質殺害脅迫の犯行グループが期限を24時間に:生じうる交渉の結果を比較する」)では、交渉論からあり得る4つの可能性を論理的に抽出して検討しました。それは「ムアーズ中尉が生きているか死んでいるかわからない」事を前提にしていました。その前提の上で4つの可能性が考えられました。
 
 「死んでいる」場合は、(1)(2)と(4)の可能性しか存在しません。「生きている」場合にのみ、さらにいろいろな好条件が重なると、かろうじて(3)になりうる(しかしその場合も政治的な負の帰結は大きい)というものでした。

 1月28日のブログから抜粋して見直してみます。

(1)非常に悪い結果
イスラーム国:ムアーズ中尉(パイロット)を殺害、後藤さんを殺害。ヨルダン政府:サージダ死刑囚を釈放→ヨルダン政府の体面失墜、武装集団の威信高揚。死刑囚を釈放したのに対して、相手方は殺害した遺体を送りつけてくる、という最悪の結果は、中東諸国が他のイスラーム主義武装集団と行った交渉ではあった。ヨルダン政府は、「イスラーム国」が本当にムアーズ中尉が今も生きているのか、生きて返す意思があるのかを、必死に見極めようとしているだろう。ヨルダン政府にとっては、そこが絶対に譲れない一線だ。日本人人質を併せて解放してもらえるかどうかは、あくまで副次的な要素だろう。

(2)悪い結果
イスラーム国:ムアーズ中尉を殺害、後藤さんを解放。ヨルダン政府:サージダ死刑囚を釈放→ヨルダン政府は、日本の金でヨルダン人パイロットを売ったと嘲笑・非難される。

(4)このままでは最も可能性が高い、悪い結果
人質が殺害され、ヨルダン政府は死刑囚を解放しない。ヨルダン政府の方針は守られるが、日本政府の目的は達せられない。

 上記三つのいずれも悪い結末のうち、(4)が比較の上ではまだマシというものでした。

 パイロットについて交渉の余地があるかのような希望を持たせる「イスラーム国」側の脅迫によって、(3)という実際には存在しない選択肢が提示されたというのが、今回の日本・ヨルダンへの脅迫の実態でした。

(3)最良に見えるが実際には重大な帰結を付随する結果
イスラーム国:ムアーズ中尉を解放、後藤さんを解放。ヨルダン政府:サージダ死刑囚を釈放→日本にとっては良い結果に見えるが、イスラーム国はサージダを宣伝に活用し、おそらく仲介者を通じて資金も受け取る。ヨルダン政府は死刑囚への寛大な措置と、日本人人質も救った英明さを強調できるが、アンマン・テロ事件の重要実行犯を解放する超法規的措置で、威信を問われる。日本政府は、ヨルダン政府に大きな借りを作り、金銭面だけでなく、政治的、そして人的支援を、ヨルダン政府に一旦緩急ある時求められる。

(3)の選択肢が存在するためには、「パイロットが生きている」という条件が満たされないといけません。パイロットが生きているかどうか分からないと、最悪(1)の結果になることが怖くて、ヨルダン政府は死刑囚を釈放できません。最終的にヨルダン政府は釈放の決断をしませんでした。パイロットが生きていることを確証できないだけでなく、生きていないとする情報が多くあったのでしょう。

 そして、実際に以前からパイロットは殺害されていて、人質の生還をかろうじて可能にする可能性を含んだ(3)の選択肢は、最初から架空のものだったということが、2月3日に出てきたパイロット焼殺映像によって明らかになりました。

「イスラーム国」は日本の支援が「非軍事的」であることを明確に認識している

「イスラーム国」による日本人人質略取・脅迫事件は、人質二名の殺害という結果に終わった。

今回のテロ事件の発生に関して、安倍首相の中東歴訪およびその間の発言が事件を引き起こした、あるいは少なくとも「口実を与えた」とする議論が提起されている。

因果関係論であれ、責任論であれ、事実に基づいて行う必要がある。

最大の論点であり、また誤った情報が流れているのは次の問題に関してである。すなわち、安倍首相が1月17日のエジプトでの演説で提示した「イスラーム国」と戦う周辺諸国への経済援助をめぐる表現が、「非軍事的である」ことが明確だったか否か、という問題である。

演説で示した経済援助の「内容」が非軍事的であったことは明瞭なので、論点は「表現が適切であったか否か」である。

そして「テロ組織を刺激した」「テロ組織に口実を与えた」かどうかが論点であるようなので、ここでは「『イスラーム国』がどう受け止めたか」に議論の対象を絞ろう。そもそも「イスラーム国」の受け止め方が正当なのか、中東やイスラーム諸国の受け止め方を代表しているのか、「イスラーム国」の受け止め方を考慮して政策や表現を決めなければならないかは大いに疑問があるが、ここは百歩譲って、「『イスラーム国』はどう受け止めたか」を検証してみよう。

さて、このように問題の核心を定義した上で、まともに情報を分析すれば、答えは異様なまでに簡単に出る。

「イスラーム国」は安倍首相が中東歴訪の際にエジプトで表明した「イスラーム国の脅威と戦う周辺諸国」への援助が「非軍事的」であることを明確に認識している。

ある武装組織が、敵とする政府の政策をどう認識しているかが、ここまで明瞭に証拠として残っていることは滅多にない。極めて興味深い事例なので、写真も交えて、分かりやすく解説してみよう。

「イスラーム国」が安倍首相の発表した中東諸国支援、特に「イスラーム国」周辺諸国への支援が非軍事的であることを認識していることは、1月20日の第1回の脅迫ビデオで明瞭にされている。

ビデオは当面このページから見られるので、容易に検証可能だ。

ここは各社が互いに追随して同じ過ちを犯す日本のメディアの重大な取りこぼしなのだが、どの報道も、黒覆面の処刑人(ジハーディー・ジョン)が読み上げる脅迫・声明文のみに注目した。英語で語る文面が日本語訳され、無数に日本のテレビに映し出され、読み上げられた。

しかしそれらは「イスラーム国」が何を主張したか、に過ぎない。

「イスラーム国」は日本の何を問題視したのだろうか?安倍中東歴訪のどこに文句をつけ、殺害・脅迫を正当化したのだろうか?そして、安倍首相が演説で発表した中東諸国支援策をどのように受け止めて問題視したのだろうか?

これは簡単に分かる。

1月20日のビデオの冒頭の部分を見ればいい。

日本のメディアで繰り返し流されたのは、いわば脅迫ビデオの「本編」である。後藤さんと湯川さんを座らせて、黒覆面・黒装束の男がナイフを掲げて脅す「本編」の前に、いわば「導入部」がある。導入部では安倍首相中東歴訪のニュース映像が引用され、アラビア語のニュースサイトが切り取って映し出される。この導入部が日本のメディアでほとんど報じられず、その貴重で興味深い内容が分析されないので、本来は存在しないはずの議論が沸き起こるのである。つまり、「非軍事的であることが伝わったのか?」という議論である。

きちんと脅迫ビデオを見れば、アラビア語と英語がある程度できれば、問題は簡単過ぎるほど簡単に解ける。最初の10数秒で答えは出てしまうのである。「イスラーム国」自身が、日本の2億ドル援助は「非軍事的」であると認めている。認めた上で「であるがゆえに、ジハードの対象とする」と主張しているのである。日本が軍事的になったからイスラーム国に狙われた、とする議論は、根拠がないことがわかる。非軍事であってもジハードの対象とする、というのが今回の脅迫の趣旨なのだ。

1月20日脅迫ビデオの「導入部」を見てみよう。

場面(1)冒頭の誓約

 冒頭にまず「神の御名において」という定型的な宗教的誓約文が出てくる。これは「イスラーム国」に限らずあらゆる出版物や映像に用いられているものである。

1月20日脅迫ビデオ1

場面(2)NHKワールドのニュースを引用

 次に、NHKワールド(英語国際放送)のニュースから映像が切り取られ、安倍首相のエジプト・カイロでの演説の一部が引用される。日本のアナウンサーが読み上げる英語ニュースに、「イスラーム国」がアラビア語で字幕を付けている。

NHKのキャスターが首相中東歴訪の意義を紹介する部分が切り取られている。

“He has announced a multimillion dollar aid package to the Middle East and expressed concern about the spread of extremism in the region.” (首相は中東への数百万ドルの支援パッケージを発表し、過激主義の中東地域への広がりへの危惧を表明しました)

「イスラーム国」のつけたアラビア語は英語に忠実に訳しています。

1月20日脅迫ビデオ2

1月20日脅迫ビデオ3

場面(3)BBCアラビア語放送のウェブサイトを画像で取り込み

 ここでNHKワールドの音声は流しながら、画面にはBBCArabi(英BBCが放送するアラビア語国際放送)のウェブサイトの安倍エジプト訪問の記事が映し出される。これが動かぬ証拠。

1月20日脅迫映像4BBCArabi

 ここで切り取ってくるBBCArabiのホームページはこれです。アラビア語のタイトルから検索すれば簡単に出てきます。

1月17日安倍首相エジプト訪問BBCArabi

http://www.bbc.co.uk/arabic/middleeast/2015/01/150117_japan_pm_mideast

両者を見比べてみましょう。脅迫ビデオには、英語が付いていますね。元のBBCArabiの記事にはありません。アラビア語がわかる人向けの放送局のウェブサイトだからです。しかしこの脅迫ビデオは日本と世界に向けているので、全編にわたって英語とアラビア語の二言語になっています。アナウンサーや登場人物が英語でしゃべるところにはアラビア語の字幕がつき、逆にアラビア語のホームページの画面を切り取ってくる時は、英語で訳を付けているのです。

右上の記事タイトルはアラビア語で「安倍が「イスラーム国」との戦いを非軍事的支援で支える」となっています。

これに「イスラーム国」が付けた英訳では、アラビア語原文に忠実に、あるいはむしろ若干BBCArabiよりも正確に、「Abe Pledges Support for the War against Islamic State with Non-Military Aid (安倍がイスラーム国との戦いに非軍事的支援を約束した)」とあります。「イスラーム国」に「 」をつけていないのは、「イスラーム国」側が自分たちは真のイスラーム国であると主張しているからでしょう。そこだけがアラビア語原文と異なっています。

重要なのは、「イスラーム国」が意識的に付けた英訳で「Non-Military(非軍事的な)」と明記されていることです。「イスラーム国」が情報収集に使うアラビア語や英語のメディアからの情報を正確に受け止め、安倍首相が発表した支援策が「非軍事的な」ものであることを認識していることが明瞭になっています。

安倍首相が「イスラーム国」周辺諸国に2億ドルの軍事援助を行うと誤解されたからテロの対象になったのではなく、2億ドルが非軍事的援助であることを「イスラーム国」が明確に認識していながら、なおも日本・日本人をジハードによる武力討伐の対象としたと宣言した、ということがここから明らかです。そうであるがゆえに事態は深刻なのです。

「テロと戦っている周辺諸国」を支援するという表現を用いたからテロ組織に目をつけられた、という批判もあるようですが、安倍首相が演説で日本語で用いた「戦っている」に、外務省(あるいは首相側近のスピーチライター)はfighting againstではなくcontending with という曖昧にぼかした英訳を付けています。contending with を用いることで、「戦う」だけではなくもっと広い意味で「取り組む」「立ち向かう」という意味を含ませたのでしょう。「イスラーム国」に対して明確に軍事的に対処するヨルダンやサウジアラビアなどと、トルコやレバノンなどのように正面から政府が軍事的に対処することを回避しながら立ち向かっている国があり、それらがいずれも治安の不安定化や難民の流入に苦しんでいるので、それらの国々の取り組みをまとめて表現するには、contending withというぼかした表現は適切です。

 「イスラーム国」は脅迫ビデオでcontending withという安倍首相の発言(英訳)を問題にしていません。

安倍首相の演説シーンからは次の部分を切り取ってきています。再びNHKワールドのニュースより。

場面(4)安倍カイロ演説からの引用

1月20日脅迫ビデオ5首相発言部分

“The international community would suffer enormous damage if terroirsm and weapons of mass destruction spread in the region” (テロと大量破壊兵器がその地域に広がれば、国際社会は多大な打撃を受けるだろう)。「イスラーム国」がつけたアラビア語字幕も原文に忠実です。

中東に行った各国首脳が、現地国首脳と同意できる、よくある表現です。「テロと大量破壊兵器の脅威」を表現したから「イスラーム国」が怒った、というのであれば、ほぼ全ての国の首脳が「イスラーム国」を怒らせていることになります。

なお、ロイターやBBCの英語版では、本文ではきちんとcontending withを使って報じているのですが、タイトルではbattling withを使っている場合があり、対立図式を明瞭にして報じたきらいがあります。おそらくそういった英語版を踏まえたBBCArabiではさらに大げさにWarを意味するharbにしてしまっていて、そこからイスラーム国を刺激した可能性はあり得ると思いますが、それは対立図式を明瞭にしたい英語圏メディア、対立についての微妙な表現がほとんど使われないアラビア語圏メディアに、より大きな責任があると言えます。外務省はきちんと訳しているのですから。記事のタイトルでは面白くしたいので対立を明確にしたのですね。

もちろん英語圏メディアが対立図式を明瞭にして報じ、アラビア語メディアがそれをもっと単純化することも考えて発言しろ、という批判はあり得ますが、現に「イスラーム国」と戦っている諸国を歴訪して、日本は旗幟鮮明にせず逃げ隠れしてお金ですます、というのは現地の政府から評価を受ける姿勢ではないでしょう。

重要なのは、「イスラーム国」がある意味最も冷静で、「非軍事的」であることを認識し、英訳できちんとそう記しているということです。

そもそも「イスラーム国」が「非軍事的」と言っているのに、「自分には軍事的に感じられる」と騒ぐ人は、一体どうしているんでしょうか。

ワイドショーやニュース番組などのいい加減なフリップが作る「空気」に流され、検証がないままに、多くの論者がいつの間にか「軍事的な援助だと誤解された」という無根拠な情報を事実であるかのように信じて議論をしてしまっている。それが国会論戦にまで反映されてしまっている日本。それに比べて、紛争地の武装集団に過ぎない「イスラーム国」の方がはるかに情報収集・分析力において優れている、という気がいたします。

【議論する前に、安倍カイロ演説の全体をまず読んでみたらいかがだろうか。「中庸」を連発して、エジプトで対立する軍とムスリム同胞団のどちらにも与しないよう、限りなく腐心しています。「安定」を司る現政権の軍部に一歩歩み寄りつつ、ムスリム同胞団など穏健派を切り捨てないようにしている。外務省の細心の注意が偲ばれる文章です。これで巻き込まれたのは災難としか言いようがない】

日本語版
「中庸が最善:活力に満ち安定した中東へ 新たなページめくる日本とエジプト」2015年1月17日、於・日エジプト経済合同委員会

英訳版(翌日日付)
“Speech by Prime Minister Abe “The Best Way Is to Go in the Middle”

後藤さん殺害映像から読み取れる人質事件の性質と犯行勢力の目的について

本日朝5時半以降のフェイスブック・アカウント(https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi)での発信を整理してまとめておきます。

1.1月20日から2月1日にかけての人質事件の基本性質について
 2月1日午前5時すぎ(日本時間)からソーシャル・ネットワーク上で公開された「イスラーム国」による人質殺害声明ビデオにより、人質となっていた後藤健二さんが殺害されたことがほぼ確実となった。

 人質がオレンジ色の囚人服を着せられて映像に出させられた後には、交渉・身代金・捕虜交換によって解放されることはないというこれまでの通例と同じ結果になった。

 過去にイラク・シリアで「イスラーム国」に関連する組織によって略取された人質が、身代金・捕虜交換で解放された事例は、「イスラーム国」側が公に政治的要求を出すことなく、最初から最後まで水面下で推移した事例だけである。そのような事例は、活動資金目当てに末端組織が行った場合と、中枢が最初から公に政治化しない(水面下での利益を取る)判断をした場合とがあるだろう。

 日本の場合はヨルダンやトルコのように、人質と引き換えにするための囚人・捕虜を持っていないため、通常の人質解放交渉のためのカードを持っていない。
 
 そのため、2億ドルを払って数年分の活動資金を提供するか、人質が殺害されるかという極端な選択肢を突きつけられた。「イスラーム国」側は、実際には身代金よりも、全面的に政策を撤回し「イスラーム国」に屈従する、日本政府が受け入れ不能であることが予想できる要求を行った上で人質を殺害し、最大の恐怖と混乱を生じさせ、関心を集めることを目的としているだろう。
 
 重要なことは、非軍事的な資金供与を行う者も敵であると明確にしたことである。それによって、軍事行動への参加は控えながら、経済支援・人道支援にとどめている各国にも、明確に宣戦布告を行ったことになる。ただし、イスラーム法学上のジハードの理論からは、直接的な軍事力を行使する勢力だけでなく、資金供与などの間接的な支援を行う勢力も、討伐の対象とするという解釈を「イスラーム国」を含むジハード主義勢力は従来から採用しており、大きな姿勢の変化はない。

 ジハード主義勢力の世界観の中で、軍事的関与を行わず経済支援を行う国の代表として日本が狙われたというのが今回の事件の基本的な性質である。
 
 「イスラーム国」に対しては、米・英・仏やサウジアラビア・UAE・ヨルダンなど直接的に軍事的に参加する国だけでなく、経済支援や金融制裁や司法協力などによって参加する国が多くある。世界中の大多数の国がなんらかの形で協力・支援を表明している。

 世界の多数を占める、間接的な支援を行う国に対して、テロによる実力行使の対象となると警告することで、支援を控えさせようとするのがより大きな目的だろう。

2.殺害声明ビデオの形式について

 日本時間朝5時頃に公開されたビデオによる人質殺害声明は、A Message to the Government and People of Japanと題されている。タイトル画面の下部と、その後は左肩に「フルカーン・メディア」のロゴが付いており、ジハーディー・ジョンと見られる処刑人が登場する。

 今回のビデオはこの事件を通じて5本目となる脅迫・殺害映像である。映像の形式や要素、そして全般的な質は、1月20日の第1の脅迫映像に戻っている。「イスラーム国」の斬首殺害による犯行声明・脅迫ビデオの形式は、2004年以来定着した、この組織の「アイデンティティ」とも言えるものである(詳細は『イスラーム国の衝撃』の第3章と第7章にまとめてあります)。

 ただし背景となる地形は前回と異なっており、より奥地に入ったように見える。

 形式や要素や質を大きく異にする2・3・4本目の脅迫映像については、その意図や経緯について不透明な部分が残る。今後の検証を待ちたい。

 仮説としては、一部の勢力が矛先をヨルダンに向け、サージダ死刑囚の解放を要求してヨルダン政府を揺さぶろうとした可能性があるが、その勢力が後藤さんあるいはヨルダン人パイロットのムアーズ・カサースベ中尉を解放する権限あるいは身柄そのものを確保していたかどうかすら定かではない。

 捕虜交換の可能性を示唆することで、ヨルダン政府を振り回してダメージを与えるためだったのか。あるいは複数の勢力の足並みの乱れがあったのか、現時点では確定的なことは言えない。

 本日のビデオ映像で、イラクのアル=カーイダから「イスラーム国」に至る一連の武装勢力の中枢が、一連の殺害映像で繰り出してきた、相手に恐怖を与え、萎縮・屈服させようとするテロ映像の形式と質に戻った。

3.今回の殺害声明の内容について
 殺害声明ビデオの中での処刑人の発言は短いが、重要な要素を含んでいる。
 
 第一は、イラクとシリアでの「イスラーム国」による領域支配に対する有志連合の「弱い鎖」としての日本を制圧しようとする要素である。前半の、You, your foolish allies in the Satanic coalition…という部分にそれが明瞭である。
 
 第二は、グローバル・ジハード的な、自発的な呼応によって各地で日本人・日本権益への攻撃を触発しようとする部分、あるいはそれによって日本人を萎縮させようとする要素である。特に次の部分である。
…will also carry on and cause carnage wherever your people are found. So let the nightmare for Japan begin.
 これまでに「イスラーム国」はこういった発言を無数に行っており、これまでに呼応した例はそれほど多くない。ただしフランスでシャルリー・エブド紙襲撃事件に呼応して警察官を殺害しユダヤ教徒向け食料スーパーに立てこもった男は「イスラーム国」への共鳴を表明していた。世界のイスラーム教徒の圧倒的多数はこういった扇動を相手にしないが、少数の突発事例の出現は想定する必要がある。

 末尾に殺害声明ビデオ内で「ジハーディ・ジョン」と呼ばれる処刑人が読み上げた声明文を収録しておく。

 To the Japanese government: You, like your foolish allies in the Satanic coalition, have yet to understand that we, by Allah’s grace, are an Islamic Caliphate with authority and power, an entire army thirsty for your blood.
 Abe, because of your reckless decision to take part in an unwinnable war, this knife will not only slaughter Kenji, but will also carry on and cause carnage wherever your people are found. So let the nightmare for Japan begin.