UAEは女性パイロットを、サウジは王子様パイロットを動員して、米世論と対イスラーム国でイメージ戦略

今日はこの写真から。

シリア空爆へのUAE女性パイロットの参加
出典:The National

写っているのは、アラブ首長国連邦(UAE)空軍のマリヤム・マンスーリー少佐。戦闘機のパイロットです。

なお、Tne National はUAEアブダビの英字紙です。

9月23日(現地時間)の米国の対シリア空爆に参加したUAEは、「女性パイロットがミッションを率いた」と欧米メディアに流して、情報戦・イメージ戦略に乗り出している。

サウジも同様である。こちらは王子様パイロットを出してきた。これもThe Nationalが広報に務めています。

シリア空爆へのサウジ王子の参加
出典:The National

ハーリド・ビン・サルマーン王子は、サルマーン皇太子の子息でサウジ空軍の戦闘機パイロット。

ん?サルマーン皇太子の子息でパイロットというと別の有名な人がいたな?と思ったら、スルターン・ビン・サルマーン王子(Sultan bin Salman 1956 –)がいました。ハーリドよりずっと年上のお兄さん(多分腹違い)ですね。

お兄さんのスルターン・ビン・サルマーン王子もサウジ空軍パイロットを経て、1985年にスペースシャトル・ディスカバリーに搭乗した。アラブ人ムスリムとして初の宇宙飛行士となった。

「宇宙飛行士」というと米国では全面的に信頼されるから、サウジ王家がスペースシャトルに乗組員を送り込むのは、パブリック・ディプロマシーの一環ですね。

サルマーン皇太子は、スデイリ家という有力外戚家を母君に持つという以外にはそれほど特色がない人で、歴代の実力ある国王・皇太子が同じ母から生まれた兄弟で、かつ長生きしたので皇太子位が転がり込んできたという人。

(初歩的説明:サウジアラビアは初代アブドルアジーズ王の息子兄弟で今に至るまで王位を継承し続けており、母親を異にする兄から弟へと、代々王位が継承されてきている。まだこの下に数名弟がいるが、そろそろ第3世代に受け継がないといけないので、そこで異変があるかどうかが注目されている)。

そのため、サルマーン皇太子は有力官庁(国防省とか内務省とか、ちょっと毛色が違うけど外務省とか)の要職にはつい最近まで縁遠く、その息子たちも、政治的に有力なポストには就いてこなかった。しかしそこで宇宙飛行士や戦闘機パイロットといった実権はないがカッコいい職業に息子たちを就かせていたのですね。サウジ王家の兄弟たちもそれぞれに家系に特色を持って競っているのだな。今回はその資産を活用して皇太子の株も上がったかも。

さて、シリア空爆の初日に、女性パイロットと王子様パイロットが乗っていた、というのはもちろん偶然ではなく、意図してのことだろう。目的はもっぱら広報面にあるだろう。

サウジやUAEの空爆参加には、戦闘上は実質的な意味はそもそもない。アメリカにとっては、オバマ大統領が空爆開始直後に言った、「アメリカ単独ではない」ということを示すと共に、「アラブ世界のムスリム諸国が賛同している」と示すために必要だった。

サウジやUAEから言えば、対アメリカと、対イスラーム国(とその潜在的支持層)の両方に意味があるだろう。

サウジを筆頭に、湾岸産油国は、「そもそもイスラーム国に資金援助をしたのは湾岸産油国だろう」「イスラーム国のイデオロギーって、サウジの公定イデオロギーのワッハーブ派が根っこにあるんじゃないの?」と疑われ、それぞれにある程度真実と言える面があるので、政府としては苦しい立場に追い込まれている。

ニューヨーク・タイムズにこんな風に書かれるのはきつい。

“ISIS’ Harsh Brand of Islam Is Rooted in Austere Saudi Creed,” The New York Times, Sep 24, 2014.

「イスラーム国」が米国人の人質を斬首した、というのがここまで急激にアメリカが開戦に踏み切るきっかけとなったのだが、考えてみればサウジでは毎週金曜日に公開で斬首で死刑をやっているではないか、とか、突かれると苦しい点がありすぎる。

「イスラーム国」と言えば「女性の権利抑圧」が欧米世論に強く印象づけられている。欧米の世間一般の、「イスラーム教徒・アラブ人は野蛮」といった偏見を裏打ちするような行動を「イスラーム国」は繰り返している。欧米が「先進的」とみなす価値観からの乖離を「イスラーム国」側がこれ見よがしに際立たせ、それを欧米メディアも盛んに取り上げて、「開戦やむなし」の雰囲気が急速に形成された。

サウジやUAEとしては、「スンナ派アラブの保守的な社会が問題の原因でしょ」と言われるのがもっともつらい。単に戦闘に参加して義理立てするだけでなく、より積極的な意味を欧米社会に印象づけたい。

そこで、かっこいいパイロットの王子様と、そして欧米の予想を裏切る美人女性パイロットを出してきて、「先進的な湾岸産油国が、後進的で野蛮な「イスラーム国」を退治している」というイメージを作り出そうとしている。

ここで、「王子様」、そして何よりも、「女性パイロット」は欧米世論のイメージを変えるのに有力なカードだ。女性が自動車すら運転できないサウジには女性パイロットはいないだろうから、ここはUAEから借りてくる。

欧米のPR会社でも噛んでいそうだ。UAEの女性パイロットについては、6月にThe National が報じてあった。

Emirati woman who reached for the skies, The National, June 10, 2014.

さて、「シリア空爆に35歳・ムスリム・アラブの美人女性パイロットが」という情報は、欧米主要メディアに軒並み取り上げられ、ネット上での情報拡散も引きおこし、PR作戦の狙い通りになっている。

ISIS Fight: Mariam Al Mansouri Is First Woman Fighter Pilot for U.A.E.(米NBCテレビ)

英テレグラフでの報道。
“Saudi prince and Emirate’s first female fighter pilot take part in Syria air strikes,”The Telegraph, “25 Sep 2014.

イラク空爆に参加を表明しているオーストラリアでも。
“Major Mariam Al Mansouri trending online as pictures emerge of United Arab Emirates female fighter pilot leading air strikes,” news.com.au

欧米のリベラル派の論調は、「女性が社会進出している」というだけでいきなり「先進的」と評価してしまいがちだ。「遅れているイスラーム世界なのに女性がパイロットに」という論理で、すごい差別・偏見にまみれた前提に立ったうえで、一転して高評価してしまうのである。これが欧米世論の単純なところで、それをよく分かって情報発信している。「王子様」というとキャーキャー言うのはどこも同じだし。

また、ニューヨーク・デイリー・ニュースのような米大衆紙にもウケている。
UAE’s first female fighter pilot likely dropping bombs on ISIS militants in Syria, New York Daily News, Sep 24, 2014.

「アラブ人・ムスリムは遅れている」といった議論に最も親和的なこういう保守系大衆紙は、同時に「美人」となると一斉に食いつく。こういう「欲望」の刺激がインターネット上でのイメージ形成と、それに依拠した漠然とした政策への支持の取り付けには欠かせない。

FOXニュースなどは、喜び過ぎてなのか、あるいは普段の「アラブ・ムスリム=野蛮で女性抑圧」という自らが信じるステレオタイプと合わない美人パイロットの出現に動揺したのか、なにやら失言したらしい。

“Fox News presenters mock female pilot who took part in campaign against Isis,” The Guardian, Sep 25, 2014.

“Fox Host Reaction to Female Fighter Pilot: “Boobs on the Ground”,” Slate.com, Sep 25, 2014.

このように、基本は欧米世論向けと考えていいが、同時に、「イスラーム国」に参加してしまうような、欧米の若者たちの関心や気分を逸らすためにも、こういったイメージ戦略は重要だと思う。

要するに「イスラーム国に入って戦うとカッコいい」と、一定数の(少数だが)若者が思ってしまっている状況がよくない。

これを正すには、イスラーム教の教義や解釈を根本的に変えてもらうとか、欧米社会でもイスラーム諸国でも若者が全員幸せに目的意識とやる気を持って生きていけるようにするとか、根本的な解決策は考えられるが、近い将来に実現しそうにない(遠い将来にもそもそもできるのか?)。

しかしそもそも、こういった運動に参加するのは、末端の構成員のレベルでは、単に「流行っているから」というだけの場合が多い。そうであれば、「もっと別の流行」を作り出して関心を逸らすというのが一つの有効な方法だろう。

「美人女性パイロットに萌え~」とか「王子様素敵~」といった話にしてしまうというのは、案外いい方法かもしれない。

それがサウジやUAEの社会の実態を反映しているとは言えないにしても、そもそも「イスラーム国」自体が、妄想と現実を混同して行動した結果、偶然環境条件が合致して出現してしまった、という側面が大きいのだから、対抗するイメージ戦略で、膨れあがったイメージを打ち消すのは、試みる価値のある対処策だろう。

追記:その後も広まっているようです。緒戦のPR作戦は好調ですが、後が続くか。現地の戦況や各国社会の実態は別ですからねえ。

“Arab Woman Led Airstrikes Over Syria,” The New York Times, Sep 25, 2014.

“Female Arab pilot sticks it to Jihadists,” The Times of Israel, 26 Sep 2014.