米国のシリア空爆への第一報と論調

9月23日早朝(現地時間朝だいたい5時ごろとみられる)に、アメリカ主導で、湾岸産油国とヨルダンが形式的に加わった多国籍軍が、シリア北部・東部への空爆を開始した。9月10日のオバマ大統領の演説で明らかにされていた、「イスラーム国」への空爆をイラクからシリアに拡大するという決定を実行に移した形だ。

空爆が行われた地点は次のようなものと見られている。

米のシリア空爆初日
出典:Syria Direct

米国や西欧のテレビや新聞はこの話題で持ちきりだが、日本では、祝日でニュース番組があまりないとか記者が休んでいるせいもあるのか、あまり報道がない。

世界情勢で肝心なことは金曜日の夜から週末にかけて起こることが多く、印象では新聞休刊日に起こることが多い(統計的な根拠はありませんが・・・)。今回は秋分の日の休日でしたねー。

それはともかく、日本のメディアを中東情勢の情報収集に使うことは、私の場合はまずない。英語では情報が洪水のように流れていて、押し流されてしまいそうだ。アラビア語のものも英語からの引用が多い。ロイターやAP、AFPといった国際メディアの影響力は世界の隅々に及んでいる。

戦争開始前後の情報は有益かどうか、なんらかの意図で操作されていないかどうか、精査しないといけないので、扱いが難しい。覚書として、主要なものだけまとめておこう。

ほんの数分間で、今明らかになっていることを確認したい時は、たいていはまずガーディアンかBBCなどイギリス発のグローバル・メディアを見ますね。空爆の標的はラッカ中心、参加した国(バーレーン、カタール、サウジ、UAE、ヨルダンという、米に安全保障を全面的に依存した湾岸産油国+君主国が名前を寄せました)、シリア政府の反応(国連の場で事前通告されたからOKよ~♪~)といった、現時点で共通に知られている基本的な事項を列挙しています。
US launches air strikes against Isis targets in Syria, The Guradian, 23 September 2014.

米政府高官のリークも含めて活発に「イスラーム国」への軍事攻撃を報じ、方向づけてきたニューヨーク・タイムズは読まねばならないでしょう。
Airstrikes by U.S. and Allies Hit ISIS Targets in Syria, The New York Times, Sep 22, 2014.

「大本営発表」がそのまま流れるきらいもありますが、世界共通(アラブ世界の新聞も含めて)でメディアに参照されるロイターは見ておくべきでしょう。
U.S. and Arab allies launch first strikes on fighters in Syria, Reuters, WASHINGTON/BEIRUT Tue Sep 23, 2014 10:16am EDT.

アル・ジャジーラの英語版もさっと見ておきましょう。
US begins bombing ISIL strongholds in Syria: US says attacks involve bombers, fighters and cruise missiles, while reports state involvement of Arab allies, al-Jazeera English, 23 Sep 2014 04:48.

前日の22日にイスラーム国の報道官とされるアブー・ムハンマド・アドナーニーが全世界のイスラーム教徒にテロを呼びかけたビデオを公開したことを、今回の空爆と絡めて報じているのが若干の特徴でしょうか。これについてはニューヨーク・タイムズも別の記事でイラクへの空爆と絡めて言及はしていますが(“Weeks of U.S. Strikes Fail to Dislodge ISIS in Iraq,” The New York Times, Sep 22, 2014)。

イスラーム国は欧米への直接的な脅威と言えるのか(あるいはシリアとイラクと周辺諸国にとってのみ脅威と言えるローカルな問題なのか)、シリアへ空爆を行うことで、欧米諸国でのテロが増えるのか減るのか、という問題が一つの重要な論点なのですが、イスラーム国側は「空爆をすることでテロが増えるよ」と牽制しているわけです。

実際に「イスラーム国」が欧米でテロを行う計画や組織を持っているか、というと疑問ですが、このような呼びかけに応えて「勝手に」テロを行うものや組織が現れてくる可能性は否定できません。そしてそれこそが「イスラーム国」に代表されるグローバル・ジハードの戦略・戦術論でしょう。しかし「勝手に」呼応して結果として現れる現象に事前に対処することは困難です。また、シリアとイラクでいくら組織を壊滅させても、もともと物理的にはつながりがない欧米諸国の共鳴者をなくすことはできず、かえって刺激するかもしれません。

では一件、二件、テロがあったとして、心理的には多大な影響を及ぼすでしょうが、それが直接的な脅威と言える規模のものになりうるのか、というと「恐らくそうではない」と思います。しかしテロの効果とは元来が、心理的な動揺を生じさせて政治的な大きな帰結を呼び込むところにあります。物理的な規模は小さくても、重大な政治的帰結(対テロ戦争の拡大と泥沼化)をもたらしてしまうかもしれません。そういったことを考えるきっかけとなる記事です。

米国防総省のプレス・リリースは下記の通り。
U.S. Military, Partner Nations Conduct Airstrikes in Syria

標的とか手段とか、「同盟国」とかは、どの報道も基本はこのプレス・リリースを踏まえているというのが分かる。
A mix of fighters, bombers, remotely piloted aircraft and Tomahawk Land Attack Missiles conducted 14 strikes against ISIL targets.

The strikes destroyed or damaged multiple ISIL targets in the vicinity of the towns of Ar Raqqah in north central Syria, Dayr az Zawr and Abu Kamal in eastern Syria and Al Hasakah in northeastern Syria. The targets included ISIL fighters, training compounds, headquarters and command and control facilities, storage facilities, a finance center, supply trucks and armed vehicles, the news release said.

The United States employed 47 Tomahawk Land Attack Missiles, launched from the USS Arleigh Burke and USS Philippine Sea, which were operating from international waters in the Red Sea and North Arabian Gulf. In addition, U.S. Air Force, Navy and Marine Corps fighters, bombers and remotely piloted aircraft deployed to the U.S. Central Command area of operations participated in the airstrikes.

Bahrain, Jordan, Saudi Arabia, Qatar and the United Arab Emirates also participated in or supported the airstrikes against ISIL targets. All aircraft safely exited the strike areas.

ただ、このプレス・リリースには若干妙なことも書かれている。それが、次の部分だ。

Separately, the United States also took action to disrupt the imminent attack plotting against the United States and Western interests conducted by a network of seasoned al-Qaida veterans known as the Khorasan Group. The group has established a safe haven in Syria to develop external attacks, construct and test improvised explosive devices and recruit Westerners to conduct operations, the release said. These strikes were undertaken only by U.S. assets.

In total, U.S. Central Command forces conducted eight strikes against Khorasan Group targets located west of Aleppo, to include training camps, an explosives and munitions production facility, a communication building and command and control facilities.

上の地図では左上の端に表示されている、アレッポの西でホラサーン・グループへの空爆

「ホラサーン・グループ」ってなんだ?と思った人もいるでしょう。つい最近になって浮上してきた、シリア北部で勢力を伸ばしているアル=カーイダ系の組織。

具体的にはニューヨーク・タイムズのこの報道を通じて、世界中に知られた。

“U.S. Suspects More Direct Threats Beyond ISIS,” The New York Times, Sep 20, 2014.

20日に急に報じられて、米時間22日にはもう空爆されている。当然、米政府がニューヨーク・タイムズにリークしたと思われる。あるいはニューヨーク・タイムズが報じたから空爆したのか?というとまさかそうではないと思うが、「もしかしたらそうなんじゃないの?」と思ってしまうほど、オバマ政権の外交政策への評判は悪い。要するに世論と国内政治を意識し過ぎて、定見なく行動した結果、うまくいっていない、と思われてしまっている。

ホラーサーン・グループは「アル・カーイダ系」ということになっている。また、米国あるいは欧米の権益へのテロを行う計画を持っていると上記の記事で報じられている。

それに対して、今回の主要な対象であるはずの「イスラーム国」は「アル・カーイダ」本体とは疎遠になっている。また、「米国の本土への攻撃」という意味での「直接的な」脅威となっているかというと、専門家であれば、能力面でも意図でも、「その可能性はないわけではないが、現時点ではおそらくないだろう」としか言えないだろう。「勝手にやる共鳴者が出てくれば分かりませんが、組織的なつながりはないでしょう」「米国や現存の世界秩序に対する強い敵を持っているのは確かだが、現実に脅威となるような規模の組織になって実際に行動するのはいつか分かりません」というのが、「ウケよう」とかいった邪念を抜きにすれば、専門家が採らざるを得ないポジションだろう(参考:クラッパー米国家情報長官のコメント)。

オバマ大統領は対シリア・イラク問題での米国の軍事介入の基準を精緻な論理で示してしまっている。そこでは、「米国への直接的な脅威」がある場合以外は、極力直接の軍事介入を避けるものと規定して、支持層の理解を得ている。

また、議会での政争の結果、シリア空爆に関する議会の明確な承認が議決されていない。そこで、空爆の法的根拠としては、2001年の9・11テロを受けて可決された、大統領にアル・カーイダとのテロとの戦いで必要な軍事力を行使することを一任する法律に基づかざるを得なくなっている。この法律にオバマ大統領は批判的で、早く廃止したいと言っていた。「アンチ・ブッシュ」として当選したオバマ大統領としては、この法律に依拠せざるを得ないということ自体が政治的な失点であるが、そもそもこの法律でもシリア空爆を正当化できない、という批判が強い。純法律的には、イラク政府を守るために必要だからシリアを攻撃しても正しい、と強弁するしかなくなる。

だから、無理やり、「アル・カーイダ系」の、「直接米本土を狙っている」と報じられている(と言ってもリークだろ)組織も対象にして空爆を正当化したんじゃないの?と邪推されても無理はない。

反対派はどうであれ批判するのだろう。空爆を支持し、むしろ促しながら、議会では承認決議を出さずに追い詰める、といった共和党側の戦術には問題が多い。しかし政権側が、批判を逸らすために姑息な手段を採っている、と多くがみなすようになると、野党側の仕掛けてくる政争と同列になってしまい、施策のすべてに疑問符が付されてしまう。直前に、親オバマの新聞にリークしておいて、空爆を行って、アル・カーイダ系も標的に入っているよ、アメリカへのテロを計画しているから法律違反じゃありませ~ん、と言うのはどうにも姑息な印象がある。

ワシントン・ポストのコラムでは、そういうオバマ政権への批判が並ぶ。

Richard Cohen, “Obama’s unscripted foreign policy,” The Washington Post, Sep 22, 2014.

オバマ大統領のスピーチはいつも現状認識・分析において的確だし、米世論の各層に巧みに働きかけ、言質を取らせない。最高のコミュニケーションズ・オフィサーだろう。しかしそれが、超大国の最高権力者として自国民にも他国民にも多大な影響を与える米大統領としてふさわしいふるまいなのだろうか。最高レベルのレトリック・論理を駆使した発言も、状況が変わるたびに頻繁に繰り返されるうちに、「巧言令色鮮【すく】なし仁」という印象を与えるようになってきている。オバマを基本的に支持するコーエン氏にとってもいい加減我慢がならなくなっているようだ。どうやったってうまくいかないことはある。それでも行動しないといけないこともある。そうであれば、言い逃れをするのではなく、一貫した信念を語れ、ということだろう。
Things may yet get worse — and even more complicated. (Are there any more ethnic groups yet to be heard from?) In that event, Obama has to ready the American people for whatever may come. Yet, he operates in spurts — a speech here, a speech there and then a round of golf. What he needs — what we need — is consistency of message and, above all, a willingness to re-examine his own assumptions.

対照的に、保守派はもとから何が何でもオバマを批判するのだが、保守派の単刀直入な世界観は、「イスラーム国」の同様に頑固で単純な世界観を読み解くには適切なんだな、と思わせるコラムがあって、示唆的。それがオバマ政権批判としても正鵠を射たものとなっている。
Charles Krauthammer, “Interpreting the Islamic State’s jihadi logic,” The Washington Post, Sep 18, 2014.

なんで「イスラーム国」は英米人を残酷に殺害する映像を流したりするのか?米国の攻撃で壊滅的な打撃を受けると分かっていないのか?それほど狂信的なのか?といった質問は私も随所で受けるが、答え方はクラウトハマーのものと似ている。

惨殺映像で米国を挑発すれば、短期的には米国の攻撃を受けるが、長期的には、同様のことを繰り返していれば米国人は嫌になって帰っていくと読んでいるのだろうと思われる。短期的にも、米国人を支配下に置いてその無力さを見せつけ、自らの強さを印象づければ、アラブ世界やイスラーム世界で一定の支持を得られると考えているだろう。実際、イラク戦争を広い意味で、2003年から2004年から08年ぐらいまでのテロ・武装蜂起を経て2011年の米軍撤退までという長いスパンでとらえれば、そのような見方には説得力がある。毎回毎回テロをやられて、嫌になって米国は引いて行った、だから同じことをやれば同じ結果になる、という見方は、それなりに合理的であり、「狂信者の非合理的な認識に基づく暴走」とは言い切れない。その価値観や行動様式には共感できないが、現にそのような見方を持つ人が中東やイスラーム世界には多いということについては、私も自らの観察から、同意できる。

Because they’re sure we will lose. Not immediately and not militarily. They know we always win the battles but they are convinced that, as war drags on, we lose heart and go home.

米国のリベラル派の理念的な世界観では、こういった論理や道筋がうまく理解できないのではないかと思う。