【今日の一枚】(32)中東の国境線を引き直すなら(6)「イスラーム復興」の野望

中東再分割の地図をいろいろ紹介してきましたが、最も話題になった、印象に残っているのはこれかもしれません。

イスラーム国黒地図2世界
出典:“The ISIS map of the world: Militants outline chilling five-year plan for global domination as they declare formation of caliphate – and change their name to the Islamic State,” Daily Mail, 30 June 2014.

「イスラーム国」が目指すカリフ制の支配領域は、ここまでなのだ、と真偽は不明ですがウェブ上で出回っているものを、いろいろな新聞が転載して、よく知られるようになったものです。

日本の世界史の教科書に載っているような、イスラーム世界の栄光の時代に征服して支配していた土地は全部取り戻すというのですね。「イスラーム国」あるいはそれを支持する勢力がこのような世界観と地理感覚・地理概念を持っていることは確かです。

【今日の一枚】(31)中東の国境線を引き直すなら(5)イスラーム国の黒地図

中東再分割の地図でもっとも有名といえば、「イスラーム国」による中東、そして世界の再分割の野望を示したものとして出回っている、黒地図でしょう。真偽のほどは分かりません。このような発想は広くアラブ世界の民族主義的な界隈に広がっていることは確かですが。

イスラーム国の黒地図1
出典:“The Fall of Mosul to the Islamic State of Iraq and al-Sham,” Institute for the Study of War, June 10, 2014.

「イスラーム国」がモースルを占拠して大きな話題になってすぐに、ISWがブリーフィングのプレゼンテーションのスライドを公開して、その中に、どこからか入手した、「イスラーム国」側がもくろむイラクとシリアの新たな「州(wilaya)」への分割計画を示したものとみられる、このおどろおどろしい黒く塗られた地図が入っていました。これがその後の「イスラーム国」に関する議論でも使われ続けています。実際、その後の「イスラーム国」はおおむねこの地図に基づいた統治・行政区画を主張しています。

これまでに示したように、欧米の言論の場で中東再分割とその地図についての議論が盛り上がっていたところに、「イスラーム国」が出てきて、どことなく符合する独自の案を出してきた(ように見えた)ことが、様々な想像力を刺激したのでしょう。

【今日の一枚】(14)「イスラーム国」(その4)2015年半ばの最大版図

2015年初頭の段階で、「イスラーム国」のイラクとシリアでの領域支配は拡大一方だったことを前回に示しましたが、その結果としての最大版図はどれぐらいだったか。

ここではニューヨーク・タイムズ紙のよく使われている地図を示しておきましょう。2015年の5月段階のもの。出典は、以前にも参照した、”How ISIS Expands”というウェブ版の特設ページです。

How ISIS Expands NYT May 2015
“How ISIS Expands,” The New York Times, May 21, 2015.

前回までの地図と異なり、「イスラーム国」の支配領域のうち、住民がほとんどいない地域を白抜きに塗る慣行が、どうやら2015年の前半に定着している様子があります。

また、この地図では「イスラーム国」だけを塗っています。

ここに、イラクとシリア両国でのクルド系勢力の台頭や、トルコによるそれに対する警戒・反発とシリアとの国境地帯への飛行禁止区域の設定の要求、イランの革命防衛隊の将官や兵士たち、レバノンのシーア派民兵組織ヒズブッラーによる部隊の投入、等々、様々な主体が錯綜する様子が、この地図の上に描かれていくことになります。

【今日の一枚】(13)「イスラーム国」(その3)2015年の領域縮減

2014年6月からこの年の暮れまではもっぱら「イスラーム国」がイラクとシリアで勢力を拡大し固める方向で進んだこと、その結果としての2015年5月当時の勢力範囲をここまでに示してきました。

2015年を通じて「イスラーム国」に対する様々な主体による軍事行動が行われた結果、勢力範囲が縮小に転じました。これについては、軍事情報誌Jane’sを発行するIHSが取りまとめて2015年12月21日に発表した地図が、各紙で転載・参照されています。

IHS Janes ISIS Shrink 2015

この地図は、専門家はIHSのウェブサイトで直接見て、その後、日本の報道関係者などには、インディペンデントなどの記事で解説されたことで徐々に伝わり、年明けごろに広まっていった記憶があります。

“Islamic State’s Caliphate Shrinks by 14 Percent in 2015,” IHS Newsroom, December 21, 2015.

このように、IHSは「イスラーム国」が2015年の間に失った領域と得た領域を差し引きすると、14%縮減したと結論づけました。赤いところが失った領域ですね。

ここから「イスラーム国」の「退潮傾向」の論調が定着しました。それが本当に事実かどうかは別にして、そのような流れが報道の中では定まったということです。言ってみれば、「イスラーム国」は勝っていない、という情報戦が、このあたりから明確に機能し始めたということでもあります。

IHSの地図を参照した記事としては例えば以下のものがあります。

“ISIS’ Territory Shrank in Syria and Iraq This Year” The New York Times, December 22, 2015.

“How the war on Isis is redrawing the map of the Middle East,” Independent, 4 January 2016.

IHSは2016年3月には追加の取りまとめ結果を発表し、2016年1月から3月にさらに「イスラーム国」の勢力範囲は縮小し、前年度と合わせて、最大版図に比べて22%縮減したと結論づけています。赤で記された失った領域が広がっているのがわかると思います。そして、失った領域を誰が取っているかが、新たな政治問題になっていくのです。

“Islamic State loses 22 per cent of territory,” IHS Jane’s 360, 16 March 2016.

このシリーズは毎日地図一枚に限定するという趣向ですが、今回に限りもう一枚貼っておきますので、「間違い探し」をしてみましょう。

IHS Janes ISIS Shrink 2 2016

【今日の一枚】(12)「イスラーム国」のイラクとシリアでの領域支配の変遷(その2)2014年後半の拡大・定着

2016年6月10日以来の2年間の「イスラーム国」の領域支配の拡大・縮小を、地図でつらつらと辿ってみましょう。今日は第2回。

ここではシリアに特化してみましょう。この地図は、2014年の8月31日と、2015年1月10日で、「イスラーム国」のシリアでの領域支配の状況を比較したもの。

Isis Syria 2014 expantion Wall Street Journal
“Months of Airstrikes Fail to Slow Islamic State in Syria,” The Wall Street Journal, January 14, 2015.

今度はウォール・ストリート・ジャーナル紙から借りてきてみました。

2015年1月の段階の記事ですが、「イスラーム国」が出現してから半年の間、米国などが空爆を行っても、勢力範囲は狭まるどころか、むしろ広がり、支配を固めた地域が多くあった、ということを示しています。

この段階ではそのような状況があり、認識があったのですね。2015年を通じて、この趨勢を覆していく軍事的な国際包囲網が、一直線ではないですが、進んでいきます。

その過程では、(これは「イスラーム国」に直接忠誠を誓った集団ではありませんが)、2015年1月のパリでのシャルリー・エブド紙襲撃事件のような、グローバルなテロの事象が目立ったこと、それによって「イスラーム国」への各国からの義勇兵の結集が、その後の帰還兵問題として各国の国内問題としてテロの拡散・強化につながると危惧されたことが、対「イスラーム国」の軍事的な介入を各国政府・社会に決断させた、という事情がありました。

日本ではこの間、1月20日−2月1日に関してのシリアでの「イスラーム国」による人質殺害事件に関する、固有のドメスティックな議論が展開されたことを、遠くに記憶しています。

【今日の一枚】(11)「イスラーム国」のイラクとシリアでの領域支配の変遷(その1)衝撃の瞬間

昨日はシリア内戦の最新の動向を見てみましたが、今日からはシリアとイラクでの「イスラーム国」の領域支配について、順を追って見ていきましょう。「イスラーム国」はシリア内戦やイラクの紛争の全体構図から言えば一部の勢力に過ぎませんが、重要であり、国際的な関心を最も集め、国際的な取り組みの焦点となることは確かです。

現在、米国やイギリス・フランスなどを中心にした、対「イスラーム国」の作戦が、イラク、シリア、リビアで並行して行われている模様です。

リビアでは一応隠密作戦ですが、スィルトの攻略作戦では、米国やイギリス、フランス、あるいはヨルダンの関与が報じられています。

これに対してイラクとシリアではもっとあからさまに「イスラーム国」制圧作戦が行われており、むしろ実態以上に進展が報じられている宣伝戦の様相も濃くしています。

イラクでは、イラク中央政府軍やシーア派民兵集団がラマーディーなどのアンバール県の制圧を進めると共に、「イスラーム国」の首都でカリフの座でありイラク第二の都市であるモースルの攻略をイラク中央政府軍、あるいはクルディスターン地域政府(KRG)のペシュメルガが近く行う、と言われ続けて一向に始まらず、しまいには「年内」といった曖昧な期日が設定されるようになっています。

シリアでは、米国に支援されたクルド系YPG(民衆防衛部隊)とそれと同盟したアラブ系などのSDF(シリア民主部隊)が、シリアでの「イスラーム国」の首都ラッカを今にも制圧しそうな様子が報じられながら、実際には方向を転じて、トルコとの国境に近いエリアの要衝マンビジュの攻略に向かっています。

領域支配のモデルを提供したイラクとシリアでの「イスラーム国」について、今日から、順に地図で見てみましょう。

全くの周知の事実ですが、『イスラーム国の衝撃』でも冒頭12頁に書いておきましたが、「イスラーム国」が国際政治上の大問題として現れたのは、イラクのモースルを制圧して広範な領域支配を確立した2014年6月10日のことです。

それから2年の歳月がたちました。この辺りで、領域支配を行う勢力としての「イスラーム国」の変遷を、地図で見てみましょう。ここでは「イスラーム国」が領域支配を広げて世界に衝撃を与えた直後にEconomistが出してきた地図を転載しておきます。

ISIS Iraq Syria June 14 2014 Economist
“Two Arab countries fall apart: The Islamic State of Iraq and Greater Syria,” The Economist, June 14, 2014.

英エコノミスト誌の地図には定評があります。地図を過去のものまで無尽蔵に検索してみることができることのためだけにもウェブ版を購読する価値があります。

(1)この時点で、「イスラーム国」の勢力範囲についてだけでなく、イラクとシリアのクルド人勢力の範囲を描いているところはさすがですね。もちろん、イラクでの「イスラーム国」の電撃的な勢力拡大に対して、イラク政府軍がなすすべもなく逃亡・消滅したのに対して、KRG (クルディスターン自治政府)のペシュメルガが有効に対処するだけでなく、この機会にイラク中央政府との係争の地であるキルクークなどへの実効支配を進めたという点は当時から報じられていましたので、「イスラーム国」による実効支配の地域の拡大は、クルド人勢力の実効支配の拡大と対になっているという点は知られていました。

しかしそれを当時まだクルド人勢力の帰趨が定かでなかったシリアにも拡張し、緑色を二種類使い分けて、イラクとシリアのクルド人勢力のその時点での勢力範囲を塗っておいたことは、いかにも慧眼です。こういうことは多くの人がモヤッと頭で思っていても、実際に手が動いてこのように塗れるかというとそれは別問題です。この点で英エコノミストは他の媒体と比べて一日の長があり、その差はちょっとのように見えて果てしなく大きなものです。

(2)マンビジュ(地図上ではMinbijと表記)の戦略的重要性をこの時点で認識して、地図上に記しているところもさすがです。シリアとトルコの国境地帯の重要地点で、イドリブ近辺の反体制勢力にとっても、「イスラーム国」勢力にとっても補給ライン上の要衝であり、またクルド人勢力にとっては飛び地の間をつなぐために重要な地点です。

(3)なお、イラクの「イスラーム国」の範囲については、モースルなどニネヴェ(ニーナワー)県からサラーハッディーン県にかけての「イスラーム国」の勢力拡大が進んでいた地域を、そしてアンバール県の全体を、塗りつぶしています。

その後、英語圏のメディアの報道ではあまり塗りつぶさないようになり、都市と大河の流域の人口密集地、都市間をつなぐ幹線道路以外は、人が住んでいない土地として白く塗り残すようになりました。これは実態の解明が進んだということもありますが、実態以上に「イスラーム国」を大きく見せ、義勇兵が集まることを避ける、メディアの側の配慮があったのではないかとも推測します。「イスラーム国」が突然に拡大した2014年の6月の時点では、このようにべったり塗りつぶしていたことが分かります。

 

【今日の一枚】(7)リビアの分裂状況(その5)年表を作ってみた

ここのところ、リビアで「まだら状」に「イスラーム国」関連勢力が出現し、それに対して各地の別の勢力や「政府」が対抗していく過程について、地図を紹介してきました。ちょうど今、スィルトの「イスラーム国」の領域支配を覆す軍事作戦が行われています。

ここに至るまでの経緯について、いくつか記事を整理しておきましょう。順に読むとだいたい経緯が分かります。たいていのことは、事実を時間軸に沿って並べることで整理できます。それですべてが分かるわけではないですが、何がわからないかが分かる場合があります。あるいは、分からないからと変なことを推量して脱線する危険をある程度免れます。

このシリーズは「地図で読む」というものですが、「イスラーム国」が広がる過程について、ピンポイントで「この一枚」といえる地図がないのです。それぐらい現地の情勢は流動的です。記事を紹介する途中で、ある程度雰囲気を伝える地図を二枚貼っておきましょう。

(1)デルナを発端にリビア、北アフリカ全般に拡散

2014年10月にはすでに、東部デルナに「イスラーム国」の拠点ができていると報告されています。

“The Islamic State’s First Colony in Libya,” Policywatch 2325, The Washington Institute for Near East Policy, October 10, 2014.

同時期に、インターネット上に、「イスラーム国」に忠誠を誓うリビア人が多く現れていると報じられています。

“Scores of Libyans pledge loyalty to ISIS chief in video,” Al-Arabiya (Reuters), 1 November 2014.

リビア、エジプトのシナイ半島や、チュニジアやアルジェリアなど、北アフリカ全域への拡散が危惧されるようになったのもこの頃です。

“The ‘Caliphate’s’ Colonies: Islamic State’s Gradual Expansion into North Africa,” Spiegel Online International, November 18, 2014.

2015年2月には、リビアの「イスラーム国」を名乗る勢力が、エジプト人(コプト教徒)21名を殺害する映像を発表して、リビアへの拡散を印象づけ、衝撃を与えました。

(2)デルナを諸勢力が奪還

「イスラーム国」支持勢力の伸長が表面化したのは、東部デルナの方が先行していました。

“Libyan Islamists claim to drive Islamic State from port stronghold,” Reuters, June 14, 2015.

“Libya officials: Jihadis driving IS from eastern stronghold,” AP, July 30, 2015.

しかし東部で「イスラーム国」の支配領域を奪還する勢力も割れていて、リビアのイスラーム主義勢力がデルナの「イスラーム国」を掃討しつつ、イスラーム主義勢力に敵対することでエジプトなどからの支持を得ようとしている謎の実力者ハフタル将軍率いる「リビア国民軍」(「自称」ですが)がさらに「イスラーム国」を掃討している勢力を掃討する構えを見せるなど、不透明ですが、それについては省略。

(3)スィルトを「イスラーム国」が掌握

スィルトとその附近での伸長については、2015年2月から3月に激化したスィルトへの攻撃・浸透を経て、同年6月にはスィルトを制圧したとみなされるようになりました。

“Libyan oil pipeline sabotaged, gunmen storm Sirte offices,” Reuters, Feb 14, 2015.

“Families flee Libya’s Sirte as clashes with Islamic State escalate,” Reuters, Mar 16, 2015.

“U.S. fears Islamic State is making serious inroads in Libya, Reuters, March 20, 2015.

2015年11月にはスィルト全域とその周囲を掌握した模様です。

今日はこの時点での報道から地図を借りてきましょう。ニューヨーク・タイムズでは、イラクとシリアの領域と離れたリビアでの遠隔地での「イスラーム国」の出現の地理関係を図示。基礎的な情報ですが、リビアの場所やイラク・シリアとの位置関係・距離感がつかめない読者も多いでしょうから、有益です。

“ISIS’ Grip on Libyan City Gives It a Fallback Option,” The New York Times, November 28, 2015.

ISIS in Libya NYT Nov 2015

ウォール・ストリート・ジャーナルは、スィルトの周辺にチェックポイントを設けるなど、領域支配の固定化や拡大につながりかねない傾向を指摘しています。

“Islamic State Tightens Grip on Libyan Stronghold of Sirte
City across the Mediterranean from Europe is first outside Syria or Iraq to come under the group’s control,” The Wall Street Journal, November 29, 2015.

ISIS in Libya WSJ Nov 2015

(4)「国民合意政権(GNA)」の形成

2014年以来、GNC(General National Council 国民総会 在トリポリ)とHOR(House of Representatives 代議員議会 在トブルク、バイダ)という、2012年7月と2014年6月の別々の選挙で選出された別々の議会がそれぞれ正統政府を主張し、東西で別々の政府が並び立つ状態で、かつそれぞれの政府の構成や統治の領域が曖昧で、混沌状態になっているリビアでは、誰が誰の味方かよく分からないので、外部の勢力も介入しようがなく、放置されていた感がありますが、「イスラーム国」を名乗る勢力がスィルトの支配を固めると、なんとかしないといけない、という機運が欧米諸国の間で高まったようです。

対立する東西の政府から代表者を出させて、統一政府を作らせる動きに力が入りました。交渉は主にモロッコのスヘイラート(Skhirat)で行われ、紆余曲折、遅延の末に、2015年12月17日に統一政府の設立について合意がなされました。

“Libyan factions sign U.N. deal to form unity government,” Reuers, December 17, 2015.

“Rival Libyan factions sign UN-backed peace deal: Accord signed in Morocco aims to form unity government and end years of violence and chaos in North African nation,” Al-Jazeera, 18 December 2015.

12月17日の統一政府設立に関する合意を、国連安保理が23日に決議2259で後押ししています。

“Unanimously Adopting Resolution 2259 (2015), Security Council Welcomes Signing of Libyan Political Agreement on New Government for Strife-Torn Country,” 23 December 2015.

決議2259についての国連の報道向け発表によると次の通り。

The Security Council today welcomed the 17 December signing of the Libyan Political Agreement to form a Government of National Accord, and called on its new Presidency Council to form that Government within 30 days and finalize interim security arrangements required for stabilizing the country.

Through the unanimous adoption of resolution 2259 (2015), the 15-nation body endorsed the 13 December Rome Communiqué to support the Government of National Accord as the sole legitimate Government of Libya. It called on Member States to cease support to and official contact with parallel institutions claiming to be the legitimate authority, but which were outside of the Political Agreement.

支援国が集まって出したローマ・コミュニケで、統一政府を目指す国民合意政権(GNA)を支援の受け皿として、GNCやHORに固執する勢力には支援をしない、と約束しています。

しかしモロッコ・スヘイラートでの2015年12月17日に調印にこぎつけが合意は、西のGNAと東のHORから送られた交渉代表団の間の合意であって、それぞれの地元で政府を名乗っている勢力の中には合意受け入れを渋る勢力も多く、それぞれの政府の「議会」による12月17日合意への受け入れ決議、つまり国際合意でいうところの批准は遅れました。「最新の有効な選挙で選ばれた国際的に承認された正統な政権」を主張してきた(が、首都を追われ、最東部のトブルク近辺に押し込められて、隣接するエジプトから細々と支援を受けて命を繋いでいる)HORは、合意に賛同する議員も多いのですが、一部有力者や、結託しているハフタル将軍などの意向もあり、結局明確な形での合意受け入れをしていませんが、それについては省略。

気づいたら、「国際的に認められた正統な政権」だったはずのHORが疎外されていました。欧米諸国も「選挙で選ばれた」ことよりも、「「イスラーム国」に有効に対抗できる」ことを優先して同盟相手を選ぶようになったということでしょう。正統性については、内戦で対立する主要勢力間の12月17日合意と、それを支援してきたローマ・コミュニケ、合意を裏打ちした国連決議2259をもって、2014年6月の選挙のもたらす正統性を置き換えたといえます。

しかし、東西両政府の合意もまちまちで、そして統一政府の組閣で難航します。組閣しても、各地の政府機構(の残存物)を実際に動かし、国土に一円的な領域支配を行うまでには長い時間がかかりそうです。

チュニジアで行われていた統一政府組閣交渉などについて、サンプルとして、記事を貼っておきますが、詳細は省略。

“Tunis: Libyan Government of National Accord Announced,” Tunis-tn.com, January 19, 2016.

何はともあれ、GNCで議員や閣僚を経験したファーイズ・サッラージュを首班とする国民合意政権(GNA)(の核となる大統領評議会9名)がチュニスで選出され、欧米諸国を主体とする国際社会の後押しもあり、首都トリポリに帰還して政府としての実態を確立する作業が始まりました。

“UN-backed Libya government ‘to move to Tripoli in days’,” Al-Jazeera, 18 March 2016.

3月30日から翌日にかけて、サッラージュらGNA首脳は、船でリビアの首都トリポリに上陸します。
“Libya’s UN-backed government sails into Tripoli,” Al-Jazeera, 31 March 2016.

“Libya: Can unity government restore stability?,” BBC, 4 April 2016.

国民合意政権を認めないぞ、と言っていたトリポリのGNCを支持していた民兵集団が突如寝返ってGNA側につくなどして、GNAはトリポリでの地歩を固めつつあります。どうやってひっくり返したんでしょうね。

“Tripoli U-turn leaves Libya and hopes of peace in chaos,” The National, April 7, 2016.

欧米諸国とアラブ諸国(ヨルダンやUAEなど)との間で色々と裏がありそうですが、いずれにせよ「イスラーム国」の伸長は防がないといけない、ということだけを旗印に国内外の諸勢力がまとまりかけているとは言えるでしょう。

「「イスラーム国」と戦ってやるから武器よこせ」という現地民兵組織に武器を与えてしまっていいんでしょうか、という問題はある。GNAを支持すると言い出した諸勢力には、カダフィ政権を倒す原動力となったミスラタの民兵から、旧カダフィ派まで、さまざまな勢力がいる。5月16日にはウィーンで、2011年以来リビアに課されていた武器禁輸を一部解除してGNAを軍事的に支援することが米国やロシアなど主要国の間で合意された。

対「イスラーム国」作戦に、米国、英国、フランス、ヨルダンなどの特殊部隊が「アドヴァイザー」として加わっており、実際には銭湯にも参加している様子がちらほらと伝わってきます。その一部を紹介。

“Keeping the Islamic State in check in Libya,” Al-Monitor, April 12, 2016.

“Gaddafi loyalists join West in battle to push Islamic State from Libya,” The Telegraph, 7 May 2016.

“Libya frontline exclusive: Fighters plea with West for weapons in new battle against Islamic State,” The Telegraph, 20 May 2016.

“Why is Libya so lawless?,” BBC, 18 April 2016.

“World powers agree to arm Libyan government,” Financial Times, 17 May 2016.

(5)スィルト奪還作戦

このように裏表でいろいろな動きがあった上で、2016年5月から6月にかけて、スィルトの「イスラーム国」の拠点を制圧する軍事的な作戦が展開されるに至った模様です。

“British special forces ‘blow up Isis suicide truck in Libya’,” The Independent, 26 May 2016.

“British special forces destroyed Islamic State trucks in Libya, say local troops,” The Telegraph, 27 May 2016.

“On the Frontline of the Battle Against Islamic State, Libyan Fighters Face a Vicious Enemy,” Vice News, June 8, 2016.

“Isis in Libya: Government forces ‘capture key port of Sirte’ as battles to drive out jihadists continue: Battles are still taking place in the city centre as government forces advanced from three sides,” The Independent11 June 2016.

“GNA forces claim progress in Sirte against IS but casualty figures rise,” Libya Herald, 14 June 2016.

【今日の一枚】(6)リビアの分裂状況(その4)複数の「イスラーム国」への複数の掃討作戦

先日は「リビアの分裂状況(その3)」で、まだら状に「イスラーム国」を名乗る、忠誠を誓う勢力が出てきた(イラクやシリアの「イスラーム国」との組織的なつながりがあるかというと、それほどなく、むしろ「鞍替えした」「看板をかけた」という程度ですが、それが「イスラーム国」のメカニズムですから)段階の地図をお見せしました。

まだら状に「イスラーム国」を名乗る勢力が出てきましたが、その中でも中部沿岸部のスィルト(及びナウファリーヤ)で、他方で東部デルナで、都市の主要部を制圧していきました。

それに対して、分裂したリビアの複数の「政府」(を名乗る集団)が、制圧作戦を行って「統治者」としての立場を国内・国外に示そうとしていきます。

現在のスィルトの掃討作戦では、西部のミスラタの民兵勢力や中部沿岸部の民兵集団「石油産出施設護衛隊」などが支持しているトリポリの「国民合意政府」が主導していますが、国民合意政府への参加を渋っている東部トブルク政府、その中でも「リビア国民軍」を指揮するハフタル将軍派もスィルトへの進軍を狙っているとされ、そうなるとトブルク政府とトリポリ政府を支持する民兵がスィルトをめぐって衝突することにもなりかねない、と危惧されています。「イスラーム国」は混乱の原因ではなく、結果としての現象なので、「イスラーム国」を制圧しても対して状況は変わりません。

分裂が著しいリビアでは、政府が複数あるだけなく、「イスラーム国」も複数あり、「イスラーム国」を掃討する勢力も複数あり、それぞれの政府徒渉するものの中でもまた分裂しています。

スィルト包囲作戦とそれをめぐるリビアの全体状況を図示したのが、AFPのこの地図。

リビアスィルトの包囲網

“Libya unity forces in street battles with IS in Sirte,” Daily Mail (AFP), 11 June 2016.

“IS suicide bombers in Sirte hit pro-govt Libyan forces,” Al-Monitor (AFP), June 12, 2016.

6月9日に、スィルト制圧作戦を進める「国民合意政権」は、近く作戦完了の見通しと発表しており、主要な港を制圧した、といった続報はありますが、帰趨は明確ではありません。

おまけでアラビア語版も。

リビアの分裂地図AFPアラビア語2016年6月

【今日の一枚】(5)リビアの分裂状況(その3)「イスラーム国」への呼応の萌芽期

ここのところ、リビアの分裂の進展についての地図を2枚お見せしましたが、今日は3枚目。2015年5月にニューヨーク・タイムズ紙のウェブサイトに掲載されたものです。

ISIS Libya May 2015 New York Times
“How ISIS Expands,” The New York Times, May 21, 2015.

ニューヨーク・タイムズ紙のこのページは、この時点での「イスラーム国」の、世界各地での多種多様な現れについて、複数の方法の地図表現によって示したもので、「イスラーム国」の組織の特性、複数のあり方を説明する時に、視覚的に把握してもらうために大変重宝しますので、よく使わせてもらっています(記事をクリックして記事本体を見れば地図はより鮮明になります)。

この地図は、2015年の5月の時点でのリビアやエジプトのシナイ半島で、各地で局地的に、「イスラーム国」に共鳴し、「イスラーム国」を名乗る勢力が出てくる様子を図示したものです。

興味深いのは、それがイラクやシリアの「イスラーム国」が地理的に連続した領域に延伸することによって広がっているのではなく、現地のそれぞれの文脈で、現地の勢力が「イスラーム国」を名乗る現象が「まだら状」に生じていることです。

このまだら状の斑点、あるいは水滴状の勢力分布が広がってつながると、まとまった面積の領域支配となります。この時点ではまだまだら状の斑点が散らばる状態でした。

中部沿岸部のシルト(地図上ではSurtと表記)、その少し東のナウファリーヤ(An Nawfaliyah)、東部のデルナに「イスラーム国」を名乗る集団が出てきていることが分かります。

現在の状況としては、先日お見せした今年2月の地図では、カダフィの故郷であるスィルトを中心に、水滴が集まってちょっとした湖になるように、まとまった範囲が勢力範囲になってしまっています。そして今年3月30日に一応成立したことになっている「国民合意政府」に集まる民兵集団を英国などが支援して、スィルトの制圧のための軍事作戦が今進められており、6月9日には「国民合意政府」はあと数日でスィルト奪還作戦が完了するという見通しを示しましたが、その後の展開は明らかではありません。スィルトの「イスラーム国」勢力は軍事力や統治能力はそれほどないものの、自爆テロを繰り出して抵抗している模様です。

『イスラーム国の衝撃』が「新書大賞」の第3位に

「2016新書大賞」(中央公論新社後援)で、『イスラーム国の衝撃』
が第3位になっています。

『中央公論』3 月号143頁に『イスラーム国の衝撃』についての主要な選評の抜粋が載っています。135頁に20位までの順位表が。

「目利き28人が選ぶ2015年私のオススメ新書」(150−167頁)、永江朗・荻上チキ(対談)「『ぶれない軸」を持っているかがレーベルの明暗を分けた」(168−177頁)での選評もどうぞ。

『2016新書大賞」は、2015年内に刊行された新書を対象に、書店員、各社新書編集部、新聞記者、その他有識者などを含めた82人がそれぞれ5点を選んで集計したものです(正確には2014年12月から2015年11月発行の新書が対象なようです(『中央公論』3月号135頁)。

このブログで何度も書いているように、私は現在の出版業界の新書乱立、雑誌の特集一本程度の薄い内容で短期間に売る商法を好ましいとも持続可能とも思っておらず、距離を置いていますが、どうしても必要と考えて、狙った時期に投げ込んだ本が読者に受容され、このように評価も受けるのは、大変に嬉しいことです。

今年の新書大賞(第1位)は井上章一『京都ぎらい』(朝日新書)でした。

井上章一さんは、京都の日文研で同僚だったこともある先生ですが、確かに面白い。何度も書いたいつものテーマを二番煎じぐらいにすると、一般向けに売れて評価されるようです。著者インタビュー(138−141頁)で本人も「そんなに力を入れて書いた本ではないので(笑)」(138頁)と仰っています。井上先生が京都ネタを語る時に常に出す、(1)京都の旧家として有名な杉本秀太郎先生(フランス文学者・元日文研教授)に初対面の時に「嵯峨出身」と告げると、「あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥をくみにきてくれたんや」と言われたという衝撃の原体験、そして(2)京都府出身のプロレスラー「ブラザー・ヤッシー」の「京都凱旋」に対して会場の客が「お前は宇治やないか」とヤジが飛んだ、という鉄板ネタが、すでに活字でも何度見たか知りませんが、今回も目にすることができます。

『イスラーム国の衝撃』がKindleで静かに売れている

『イスラーム国の衝撃』が再び売れだしているようです。アマゾンを見ると、紙のものは売り切れてしまっていて入荷待ち。順位は本全体で150位台で頭打ちに。文藝春秋にはあると思うけどどうなんだろう。

今度はKindle版が売れ始めている。17日午後5時半現在、現在、全体で15位に上がっている。電子書籍は在庫が切れないというのがいいね。

新たに増刷したわけでもないし、全体としてそんなに売れているわけでもないだろう。書店は新刊でなければ新書もほとんど置いていない。本を出しすぎているので書店の棚に本が置かれず、必要だと読者が思った時は一部のインターネット書店とKindleに注文が集中するのだろう。

今後は、積極的に特定の書店に置いてもらってSNSで通知するとか、これまでのシステムでうまくいっていない部分を補う、迂回するような方策を考えていこうと思う。


イスラーム国の衝撃 (文春新書)

「拡大」と「拡散」については第8章の217−219頁あたりをご覧になるといいかな。

「拡散」については2013年に一連の論文で詳細に書いた。この辺りのエントリにリストアップしてあります。

「2013年に書いた論文(イスラーム政治思想)」(2014年1月19日)
「【論文】「指導者なきジハード」の戦略と組織『戦略研究』14号」(2014年3月31日)

拡散の背後の思想・組織論については以下の二つの論文を。

池内恵「グローバル・ジハードの変容」『年報政治学』2013年第Ⅰ号、2013年6月、189-214頁
池内恵「一匹狼(ローン・ウルフ)型ジハードの思想・理論的背景」『警察学論集』第66巻第12号、2013年12月、88-115頁

早期に想定されていた「拡大」については、次の論文を。

池内恵「アル=カーイダの夢──2020年、世界カリフ国家構想」『外交』第23号、2014年1月、32-37頁

拡散を当面の最適な組織論と考えたスーリーなどの2000年台半ばの思想・理論では近い将来には無理と考えられていた地理的・面的な領域支配と聖域の獲得を、2014年に思いがけずも達成してしまい、「拡大」の方向に一時振れたが、2015年には再び拡散の方向に進んでいる。拡大と拡散の「振り子」的動きについては、今年の半ば以降の研究会・学会報告や講演でいつも話してきたことだが、論文を今まとめているところだ。もっと早く出したかったのだが、目の前に事例が増えていくので書き終えられなかった。アイデアだけさらっとどこかに出しておけばよかった。しかし到底時間がなかった。

「拡散」の際の分散型組織・自発的参加と動員のメカニズムは、以前の論文で書いたことから、それほど変わっていないと思う。しかし、イラクやシリアに聖域があり戦闘の場があることで、「拡散」も様相が変わってきているとは言える。武器の使用法や戦術、そして昨日の「クローズアップ現代」でもちょっと話した「冷酷さ」「手際良さ」の面でも、でも格段に進歩してしまっている。

【掲載】毎日新聞夕刊(11月11日)文化欄にインタビューが

昨日の毎日新聞夕刊にインタビューが掲載されました。

「毎日出版文化賞の人々 5 池内恵さん 特別賞『イスラーム国の衝撃』文春新書」

出版の経緯を面白おかしく語ったところ、真面目な感じで書いてくれました。

昨夜はいろいろあって、珍しく神保町の文壇バーなるところに連れて行かれまして、そこに来ていた毎日新聞の生活文化部の方々とも交歓しました。

そのことについてはまたどこかで書きましょう。

【受賞】『イスラーム国の衝撃』が第69回毎日出版文化賞・特別賞に決定

本日の毎日新聞朝刊の1面・25面で発表がありましたように、『イスラーム国の衝撃』(文藝春秋)が、第69回毎日出版文化賞の特別賞に選ばれました。

毎日出版文化賞は1947年設立の、伝統のある賞であり、その中でも「広く読者に支持され、出版文化の向上に貢献した出版物」に対して与えられる特別賞に選んでいただいたことを、嬉しく、また光栄に思っております。

『イスラーム国の衝撃』は、10年以上かけて取り組んできたテーマに関する、数年かかって発表してきた複数の論文に基づいているという意味で、十分に準備して書いた本であると同時に、日本の出版文化にもたらす意義を私なりに考えて、適切な時期に、適切な内容と形式を見計らって、上梓したものです。

特に、2015年1月に新書という形態で刊行するという決断が、後になってみると決定的に大きなものでした。

昨年10月ごろから、日本のメディア・出版界急激に高まった「イスラーム国」に関する関心に応え、市民社会の議論においてもっとも大きな効果を生むためには、関連書籍が市場に並ぶであろう2015年1月に刊行される必要がある。形態は、流通の速度と範囲が広い新書が最適であるという判断、およびその前提となる不可思議な予想が、昨年11月から12月にかけて、私の胸に急に湧き上がりました。普段は非常に堅実・着実・地味な私は、出版となると、突然にギャンブラーになることがあります。昨年の11月から12月は、たしかに、私の中の「出版魂」とも呼べるものが目覚め、最大限に活動した時期でした。

おそらく、出版に深く関わる家庭に育って「門前の小僧」として本が生み出され市場に出て反応を招いていく一連の過程を見ていた時代に始まり、学者としての独り立ちの過程でも、教養・文化を求める広い一般読者に支えられた日本の出版文化とその業界の方々に助けられ、機会を与えられてきた私が、それらの積み重ねの中で得てきた、出版の文化と市場、市民社会に関する「勘」が、この時期に、抑えがたく働き出したのだと思います。

また、この本は、国際問題に関する日本国内での議論の方法や担い手や質、新書という形態の書籍の役割やあり方についての、常々から私が感じていた疑念や問いかけや提案を、具体的に形にしたものでもあります。それらも含めて、私を育ててくれた出版文化への思い入れと感謝を踏まえた、苦言と提言を含む還元の試みでもあったと、内心自負しておりました。であるがゆえに、毎日出版文化賞・特別賞という、特段の栄誉を授けていただけるという僥倖を、いっそう噛み締めております。

説明不能な「勘」に基づく異例の刊行日程を受け入れてくださった文藝春秋の飯窪成幸さんの英断に敬意を表するとともに、質を保ちながら短時間で刊行にこぎつける綱渡りの作業を担ってくださった西泰志さんに、感謝いたします。この本は、幾つもの偶然と奇跡、そして編集者の着実な作業によって、世に出ました。

この本が発売されたまさにその当日の、2015年1月20日に、シリアで二人の日本人の人質を殺害すると脅迫する映像がインターネット上で公開されたことで、この本は学術・文化の分野の話題から、突如、政治・国際政治のニュースの一部となっていきました。この本が、国際問題に関する学術的な書籍としては異例の売れ行きを示し、広い範囲で話題に上り、手に取られ、読まれていく過程では、かけがえのない人命の喪失を伴う、外在的な事件の要因が影響を及ぼしたことは否定しがたい事実です。そのことから、この本が広く読まれ、受け入れられたということを、私は手放しで喜んではおりません。

しかし私としては、一人の観察者として、中東の、世界の、困難な現実を見届けて、考え続けていくこと以外にできることはありません。今後も、見出すべきことを見出し、伝えるべきことを伝えて、必要としている人がいる限り、文章を届けていきたいと思っています。

この本が広まっていく過程では、ブログやSNSといった新たなメディアが、本・活字メディアという成熟した既存の媒体を補完し、双方にとって有益な作用を互いに及ぼす仕組みも、示唆することができたかと思います。この問題に関心を持ち、情報を求め、議論に参加した無数の人たちの力によって、この本は何度も命を与えられていきました。皆様に感謝しております。

また、この本がそのような多くの人たちを結びつける結節点となったことを、嬉しく思っております。

本とは元来がそのようなものであったし、これからもそうあり続けるのではないか、という希望を新たにしました。

本当にありがとうございました。

韓国語版『イスラーム国の衝撃』

久しぶりに、『イスラーム国の衝撃』についてアップデート。

『イスラーム国の衝撃』には韓国語訳があります。かなり前に出ているはずです。しかし手元に送られてこないのです。翻訳されてもなかなか著者の手元に来ないということはよくあることです。日本語に訳されている外国語の本についても、日本語だとよく分からないということもあり、原著者の手に訳本が渡っていないケースは目撃してきました。私自身もそのような状態にあるわけです。

ふと思い出したので文藝春秋を通じて調べてもらっているのですが、とりあえず韓国語訳についての出版社のホームページはありました。

http://21cbooks.book21.com/book/new_book_view.php?bookSID=3979

タイトル(らしき)ところを見ると그들은 왜 오렌지색 옷을 입힐까とあります。自動翻訳にかけてみますと、「彼らはなぜオレンジ色の服を着るのか」といった訳が出てきます。

表紙の写真を見ると、そこにはISと大きく書いてあります。

韓国語版『イスラーム国の衝撃』表紙

たぶんこれであっているようです。

ホームページには日本語原著タイトルだけは日本語で表示されております。その下は私の名前のハングル表記。

이케우치 사토시, 그들은 왜 오렌지색 옷을 입힐까, 21세기북스, 2015.

ということでいいのかな、書誌情報的には(勉強していない言語なのであてずっぽうですが、自動翻訳という人工知能でこの程度はわかるものなのだなあ、あらかじめ知っている内容であれば)。3月29日に刊行されていたようです。日本語版が1月20日に出た後に交渉がありましたから、早いですね。かなりの速度で翻訳されて出たようです。

この本の韓国での翻訳権は競りにかけて、諸条件を勘案して比較的良さそうな条件を出してきた出版社にしました。競合して条件を提示した新聞社系の出版社も良さそうでしたが、新聞社系ではない文藝春秋の本ですので、同じような性質の出版社に出して欲しいですね。韓国の学者による独自の解説などをつけるという提案があると、かえって本文と別の議論がなされるかもしれず予測がつかないので、そのようなものがつかないこの出版社にした記憶があります。

例えば外国の本で、日本語訳では例えば佐藤優さんや池上彰さんの解説がついて、表紙でも帯でもそちらの名前と写真が大きく出ているようなことがありますが、そのような事態がなるべく起こらないようにと考えたのです。

ただ、韓国の出版事情にそれほど詳しくないので、出版社の性質や、どのような売り出し方、売れ行き、受け止め方であったかなどは、分かっていません。調査中。

 

 

 

イスラーム教をなぜ理解できないか(5)米保守派による共鳴

日本の「こころ教」によるイスラーム教理解の阻害、欧米のリベラル・バイアスや、ルター的宗教改革を普遍的モデルとしてしまう問題などを取り上げてきたが、そういえば、今、仕事で依頼されてこの本をずっと読んでいて、関連書籍と合わせて検討しているのだけれども(遅れています)、ここでも関連する議論が出てくる。


ウォルター・ラッセル・ミード『神と黄金 上 イギリス、アメリカはなぜ近現代世界を支配できたのか』

アメリカの保守派と目され るウォルター・ラッセル・ミードも、イスラーム教のいわゆる「過激派」と論じられがちなワッハーブ派やサラフィー主義と、アメリカのプロテスタントとの類似性を論じている。そして、ミードはアメリカの活力と指導力の発展の過程では、負の側面はあれども、「過激」なプロテスタントの運動が不可欠な要素だったと肯定的評価をしているのである。間接的に、ワッハーブ派はサラフィー主義についても、長期的に見れば、イスラーム世界の発展に肯定的な意味を持つ可能性があると示唆している。

「西洋のマスメディアでは、一方の側に、開かれた社会の自由【ルビ:リベラル】な理念と相性が良いと考えられているキリスト教の価値観を置き、もう一方の側に、イスラームの本質的な一部であるとみなされ、閉鎖的で無知蒙昧だと思われている価値観を置き、これら両方の価値観は永遠に相容れることはないと言われている。

これはほぼ間違いなく間違っている。カトリックは最終的に開かれた社会との和解に至るまでに、その社会の価値観に抵抗する長く苦い歴史を経てきた。プロテスタントでさえ、当初は開かれた社会を受け入れようとはしなかった。イスラームを外部から観察する人びとのなかには、イスラームがもっと寛容で開かれた信仰となるような「イスラームの宗教改革」が起こってくれればと願っている者もあるが、彼らは宗教改革の本質についてもイスラームの現状についてもよく分かっていない。

あらゆる文化にはそれぞれ固有の特徴があるとはいうものの、イスラームのワッハーブ派とサラフィー主義の運動およびそれらに根ざす政治運動は、〔キリスト教の〕宗教改革における最も急進的なプロテスタント諸派の運動と不気味なほど似ている。・・(中略)・・ワッハーブ派もその他の現代の改革派ムスリムたちも、イスラームの本源回帰を望んでいる。それはちょうどピューリタンが使徒時代の純粋なキリスト教への回帰をめざしたのとよく似ている。」(ウォルター・ラッセル・ミード著、寺下滝郎訳『神と黄金 イギリス,アメリカはなぜ近現代世界を支配できたのか(下)』青灯社、2014年、242−243頁)

非リベラルな思想が主流なイスラーム世界については、アメリカの保守派の良質な部分は、ある種の共感の力を持って理解を試みている面がある。

「マルティン・ルター、ジャン・カルヴァン、オリヴァー・クロムウェルは、彼らの教義や主義がワッハーブ派の教義とどれほど違っているにせよ(もとより彼ら三人の教義や主義自体がぴったりと一致しているわけでもないが)、それでも現代の改革派ムスリムたちの精神と神学には多くの点で敬意を払うことだろう。
 中長期的に見れば、これは明るい兆しである。プロテスタントの宗教改革は、それにいかなる問題があろうとも、近代の動的社会を発展に向かわせる環境をつくったことは確かである。その運動から生じた宗教闘争、教義上の革命、個人の改心体験、迫害、犯罪、政治闘争は、ベルグソンのいう動的宗教【ダイナミック・リリジョン】を発生させ、ひいては新たな社会を生み出すことを立証した。今日イスラームは活発な宗教となっており、世界が激変するなかで真性の声を聴こうともがいている。これはムスリム、非ムスリムのいずれをも等しく不安にさせ、時として恐怖させる危険な現象である。だがそれはまた、偉大な文明に特有の生命力と積極的関与【エンゲイジメント】の重要な現れでもある。」(ウォルター・ラッセル・ミード著、寺下滝郎訳『神と黄金 イギリス,アメリカはなぜ近現代世界を支配できたのか(下)』青灯社、2014年、244−245頁)

ミードは非合理的な宗教のダイナミズムこそがアメリカの躍進の不可欠の(唯一のではない)要素であるとする立場であり、であるからこそ、イスラーム教の根本理念に立ち返ろうと主張する運動が根強いイスラーム世界への、ある種の内在的理解による共感を可能にしている。

ただし保守派の多数、特に宗教右派や福音派、イスラーム教の挑戦を真っ向から受けて、十字軍で対抗しようとするので、摩擦と衝突を煽る結果を招きかねない。

これについてはミードはラインホールト・ニーバーの「原罪」を核とした議論を引いて、信念に基づく行動に内側からの抑制を課すことを、福音派などが力を持つアメリカ政治において、保守派こそが再認識するよう求めている。ここがこの長大な本の肝となっている重要なところだろう。それが安心できるものか、説得的かはともかく。

元来はアメリカの保守は、根底においてリベラリズムを共有している。ここが新世界のアメリカと欧州を分けるところである。その意味で、ミードはアメリカ保守主義の本来の姿を受け継いだ知識人といえるのではないか。


ルイス・ハーツ『アメリカ自由主義の伝統』(有賀貞訳、講談社学術文庫)

Kindle版『イスラーム国の衝撃』が半額ポイントバックの対象に

ブログ再構築を指南してもらっている「ほっともっとの人」(→分からない人は検索機能を活用してみましょう)に指摘されて気づいたのですが、『イスラーム国の衝撃』のKindle版が、アマゾンの半額ポイントバック・キャンペーンの対象になっているとのことです。つまり、今買うと、800円の定価に対して400円分のポイントがついて実質半額だそうです。このキャンペーンがいつまで続くか分かりませんが、一度買ったらアマゾンが潰れるまで読めるわけですので、予備の電子版をお求めの方などはこの機会にどうぞ。
(追記:いつまで続いているか分かりませんので、よく確認してからご購入ください)

売れ筋アイキャッチ商品だということなんですね。なんだか隔世の感があります。