後藤さん殺害映像から読み取れる人質事件の性質と犯行勢力の目的について

本日朝5時半以降のフェイスブック・アカウント(https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi)での発信を整理してまとめておきます。

1.1月20日から2月1日にかけての人質事件の基本性質について
 2月1日午前5時すぎ(日本時間)からソーシャル・ネットワーク上で公開された「イスラーム国」による人質殺害声明ビデオにより、人質となっていた後藤健二さんが殺害されたことがほぼ確実となった。

 人質がオレンジ色の囚人服を着せられて映像に出させられた後には、交渉・身代金・捕虜交換によって解放されることはないというこれまでの通例と同じ結果になった。

 過去にイラク・シリアで「イスラーム国」に関連する組織によって略取された人質が、身代金・捕虜交換で解放された事例は、「イスラーム国」側が公に政治的要求を出すことなく、最初から最後まで水面下で推移した事例だけである。そのような事例は、活動資金目当てに末端組織が行った場合と、中枢が最初から公に政治化しない(水面下での利益を取る)判断をした場合とがあるだろう。

 日本の場合はヨルダンやトルコのように、人質と引き換えにするための囚人・捕虜を持っていないため、通常の人質解放交渉のためのカードを持っていない。
 
 そのため、2億ドルを払って数年分の活動資金を提供するか、人質が殺害されるかという極端な選択肢を突きつけられた。「イスラーム国」側は、実際には身代金よりも、全面的に政策を撤回し「イスラーム国」に屈従する、日本政府が受け入れ不能であることが予想できる要求を行った上で人質を殺害し、最大の恐怖と混乱を生じさせ、関心を集めることを目的としているだろう。
 
 重要なことは、非軍事的な資金供与を行う者も敵であると明確にしたことである。それによって、軍事行動への参加は控えながら、経済支援・人道支援にとどめている各国にも、明確に宣戦布告を行ったことになる。ただし、イスラーム法学上のジハードの理論からは、直接的な軍事力を行使する勢力だけでなく、資金供与などの間接的な支援を行う勢力も、討伐の対象とするという解釈を「イスラーム国」を含むジハード主義勢力は従来から採用しており、大きな姿勢の変化はない。

 ジハード主義勢力の世界観の中で、軍事的関与を行わず経済支援を行う国の代表として日本が狙われたというのが今回の事件の基本的な性質である。
 
 「イスラーム国」に対しては、米・英・仏やサウジアラビア・UAE・ヨルダンなど直接的に軍事的に参加する国だけでなく、経済支援や金融制裁や司法協力などによって参加する国が多くある。世界中の大多数の国がなんらかの形で協力・支援を表明している。

 世界の多数を占める、間接的な支援を行う国に対して、テロによる実力行使の対象となると警告することで、支援を控えさせようとするのがより大きな目的だろう。

2.殺害声明ビデオの形式について

 日本時間朝5時頃に公開されたビデオによる人質殺害声明は、A Message to the Government and People of Japanと題されている。タイトル画面の下部と、その後は左肩に「フルカーン・メディア」のロゴが付いており、ジハーディー・ジョンと見られる処刑人が登場する。

 今回のビデオはこの事件を通じて5本目となる脅迫・殺害映像である。映像の形式や要素、そして全般的な質は、1月20日の第1の脅迫映像に戻っている。「イスラーム国」の斬首殺害による犯行声明・脅迫ビデオの形式は、2004年以来定着した、この組織の「アイデンティティ」とも言えるものである(詳細は『イスラーム国の衝撃』の第3章と第7章にまとめてあります)。

 ただし背景となる地形は前回と異なっており、より奥地に入ったように見える。

 形式や要素や質を大きく異にする2・3・4本目の脅迫映像については、その意図や経緯について不透明な部分が残る。今後の検証を待ちたい。

 仮説としては、一部の勢力が矛先をヨルダンに向け、サージダ死刑囚の解放を要求してヨルダン政府を揺さぶろうとした可能性があるが、その勢力が後藤さんあるいはヨルダン人パイロットのムアーズ・カサースベ中尉を解放する権限あるいは身柄そのものを確保していたかどうかすら定かではない。

 捕虜交換の可能性を示唆することで、ヨルダン政府を振り回してダメージを与えるためだったのか。あるいは複数の勢力の足並みの乱れがあったのか、現時点では確定的なことは言えない。

 本日のビデオ映像で、イラクのアル=カーイダから「イスラーム国」に至る一連の武装勢力の中枢が、一連の殺害映像で繰り出してきた、相手に恐怖を与え、萎縮・屈服させようとするテロ映像の形式と質に戻った。

3.今回の殺害声明の内容について
 殺害声明ビデオの中での処刑人の発言は短いが、重要な要素を含んでいる。
 
 第一は、イラクとシリアでの「イスラーム国」による領域支配に対する有志連合の「弱い鎖」としての日本を制圧しようとする要素である。前半の、You, your foolish allies in the Satanic coalition…という部分にそれが明瞭である。
 
 第二は、グローバル・ジハード的な、自発的な呼応によって各地で日本人・日本権益への攻撃を触発しようとする部分、あるいはそれによって日本人を萎縮させようとする要素である。特に次の部分である。
…will also carry on and cause carnage wherever your people are found. So let the nightmare for Japan begin.
 これまでに「イスラーム国」はこういった発言を無数に行っており、これまでに呼応した例はそれほど多くない。ただしフランスでシャルリー・エブド紙襲撃事件に呼応して警察官を殺害しユダヤ教徒向け食料スーパーに立てこもった男は「イスラーム国」への共鳴を表明していた。世界のイスラーム教徒の圧倒的多数はこういった扇動を相手にしないが、少数の突発事例の出現は想定する必要がある。

 末尾に殺害声明ビデオ内で「ジハーディ・ジョン」と呼ばれる処刑人が読み上げた声明文を収録しておく。

 To the Japanese government: You, like your foolish allies in the Satanic coalition, have yet to understand that we, by Allah’s grace, are an Islamic Caliphate with authority and power, an entire army thirsty for your blood.
 Abe, because of your reckless decision to take part in an unwinnable war, this knife will not only slaughter Kenji, but will also carry on and cause carnage wherever your people are found. So let the nightmare for Japan begin.