トルコはシリア北部の安全地帯化を提案、空爆には依然として不参加

米国のシリア空爆には、湾岸産油国が象徴的に参加しているが、実質的な解決には地上での同盟勢力が欠かせず、それが得られないところが最大の制約になっている。

空爆自体は、アサド政権の黙認と歓迎の下、空軍・対空防衛能力がほぼ皆無の「イスラーム国」及びイスラーム過激派諸勢力に対して行われており、攻撃する側に、誤爆・事故以外の危険はほとんどない。

しかし「イスラーム国」が入り込んでくることを可能にしたシリア北部・東部の状況を変えるには、空爆だけでは不十分で、地上軍を含んだ現地の勢力の支援が必要であると共に、シリア内戦そのものの解決が必要になる。

この点で、トルコの動向が最大の鍵になる。

トルコはこの問題で、米国の空爆を支持しつつも、空爆への参加は否定し、NATOに提供しているインジルリク空軍基地についてもシリア空爆への使用は拒否している。

その理由として、6月にイラクのモースルで「イスラーム国」によって総領事館が襲撃され、49人の人質を取られていたことが、「言い訳」のように挙げられてきたが、これも解決したので、トルコの真意がいよいよ問われることになる。

トルコ側は、副首相が、「まずアメリカの真意を聞きたい」といった趣旨の発言で牽制してきたが、ここにきてエルドアン大統領がトルコ側の意志を発信し始めている。

エルドアン大統領は、国連総会に出席するために訪れていたニューヨークから帰国する途中の9月26日、大統領専用機上で、ヒュッリイエト紙のインタビューに応じ、シリア北部に反政府勢力の「安全地帯」を設定する構想を明かしている。

“Turkey ‘to do whatever needed’ in anti-ISIL coalition, Erdoğan says,” Hurriyet Daily News, Sep. 27, 2014.

今回の発言は、トルコがシリアに地上軍を派遣する可能性に触れたという面において注目されるかもしれないが、それは現在の形での米軍主導のシリア空爆にトルコが参加や支援を行う姿勢に転じたという意味ではない。むしろ、トルコにとって容認できる形でのシリア問題の解決策が採りいれられなければ、トルコは有意義な形で参加しない、と暗に示したとも受け止められる。今回の談話でエルドアンはアメリカのシリア空爆の意義を認めたものの、「安全地帯」設定、というトルコの提案する解決策以外では、いかなる形でも軍を派遣すると明言していない。エルドアンのニューヨークの国連での発言はトルコが立場を転じて空爆に参加する可能性を示唆したものとして報じられがちだが、トルコの基本姿勢は別のところにあると考えた方がいい。少なくとも、米国への支援の見返りに、シリアへの「安全地帯」設立という大きな条件を課しているとも言える。

「シリア北部に安全地帯を確保するための飛行禁止区域を設定するためのシリア空爆」には参加する、というのであれば、それはアサド政権の空軍・対空戦力への攻撃を含むということになりかねず、現状のシリア攻撃とは全く目的と質を異にする。

シリア北部への「安全地帯(secure zoneあるいはbuffer zone)」設定という案は、以前からシリアの反政府勢力から要求されており、トルコも繰り返し提案してきた

2012年10月ごろに報じられた、その当時トルコが意図した安全地帯はこの地図のようなものだったとされる。一部の報道では現在の問題を議論する際にもこの地図が流用されているが、トルコと関係諸国との議論で同じ領域が念頭に置かれているかどうかは定かではない。

トルコによるシリア北部安全地帯
出典:Day Press

「イスラーム国」が急激に伸張し、それに対してシリア空爆が行われ、トルコの参加の有無と最終的な決着のあり方に注目が集まるこの段階で、エルドアン大統領が改めて提起したことは意味深いだろう。帰国直後のイスタンブール空港での共同記者会見でも同様の姿勢を敷衍している。

すでに9月半ばにもエルドアン政権は、「イスラーム国」対策として安全地帯を再提起する意志を示していたが【“Turkey Renews Syria Buffer-Zone Push As U.S. Builds Coalition,” The Wall Street Journal, Sep. 16, 2014.】【“Turkey considers buffer zone with Syria and Iraq to contain Isis,” Finantial Times, September 16, 2014.】、今回のインタビューでは具体的にトルコの提案として明言した。

ニューヨークへの出発前にエルドアン政権の安全保障会議でも議論されたようだ

短期的な実現可能性はともかく、シリア内戦が続く限り、トルコ主導でのシリア国内での安全地帯の切り分け(見方によっては事実上のトルコの勢力圏の設定)という案は浮上し続けるだろうし、有力なオプションとして俎上に上り続けるだろう。

ヒュッリイエトの英語版の記事によれば、安全地帯の設定には主に次の三つの要素を含む。

– There are three issues that we insistently emphasize: 1) The declaration of a no-fly zone 2) The declaration of a safe zone 3) Training and equipment [for the Syrian rebels]. I believe that an agreement will be reached [between coalition partners] on these issues. The talks are ongoing.

(1)飛行禁止区域を宣言する。(2)安全地帯を宣言する。(3)安全地帯でシリア反体制派を訓練・装備する。

トルコにとって、トルコに都合のいい形でシリア内戦を終わらせるために、シリア国内のトルコに接した部分に、トルコの勢力圏と言ってもいい領域を設けるというのが、「安全地帯構想」の実態だろう。

逆に一番都合が悪いシナリオを描けば、次のようになる。シリア内戦のどさくさまぎれにシリアのクルド人勢力の独立機運が高まり、欧米からの支援を得て武装化の度合いを高め、イラクのクルド勢力と一体化すると共に、トルコのクルド人勢力とも一体化し、越境する難民と共に、独立武装闘争をトルコ国内に持ち込む、というものだが、この劇画的悪夢のようなシナリオの一部の要素はすでに現実化してしまっている。シリアのクルド勢力は中央政府の統治が及ばなくなったことを背景に教育のクルド語化を進めており、難民は今月だけでもシリアのクルド人地域から13万人がトルコに流入しており、近い将来に40万人にも及ぶとみられている。欧米諸国がクルド勢力への武器支援を強めており、シリアのクルド地域ではトルコのクルド地域でトルコ政府と軍事闘争を繰り広げてきたPKKの関連組織が台頭している。欧米へ移民したクルド人あるいはクルド人領域の宗教的少数派が、イスラーム過激派と同様に、義勇兵としてクルド領域に還流してきている。

シリア北部の「安全地帯化」は、アサド政権やクルド勢力や難民といった問題をすべて国境の向こう側、つまりシリア側に封じ込めて、トルコへの波及を水際で食い止めようとするものである。この構想に米国をはじめとした国際社会の正統化が得られれば、また域内の主要国の賛同や参加が得られれば、トルコは積極的に関与してもいい、というのがトルコが交渉で要求する「最大ライン」だろう。

この構想にはモデルがある。米国は1991年の湾岸戦争以来、イラク北部クルド地域上空に「飛行禁止区域(no-fly zone)」を設定してクルド人の実質上の自治区を成立させ、バルザーニー現クルド地域政府大統領らのクルド人勢力を実質上の米国の同盟勢力としてきた。2003年のサダム・フセイン政権の打倒後の新体制で、クルド地域は独立は控える代わりに高度の自治を得た。イラクのクルド地域政府とはトルコのエルドアン政権は良好な関係にあり、トルコはクルド地域の北部との経済的な結びつきを深め、政治・経済的な影響圏としている。

トルコから見れば、同じことをシリアの北部で、再び米国主導でやるなら、トルコは場合によっては地上軍の負担も含む役割を担っていい、ということなのだろう。

何もかもトルコの狙い通りに中東国際政治が動くということはないが、同時に、トルコにとって受け入れられない、トルコが参加しない解決策も、シリア問題に関しては実現しにくい。シリア北部への安全地帯設立構想は、どこかの段階で、有力な解決策の一つとして浮上する可能性があり、注目しておく必要がある。

ニューヨークの国連総会の舞台裏で安保理常任理事国を中心に、トルコの提案が議論されたことは確かだろう。

これは本質的には中東の地域大国間の勢力関係の再設定で物事を解決しようとする方式なので、イランとサウジアラビアとイスラエルという並び立つ地域大国の傘下のメディアが敏感に反応しているのも肯ける。

“Erdogan calls for no-fly zone over Syria,” Press TV, Sep 27, 201403:56 PM GMT.

“On Turkey, buffer zones and a bipolar world view,” al-Arabiya, 27 September 2014.

“Erdogan: Turkish troops could be used to establish secure zone in Syria,” Haaretz, Sep. 27, 2014.