【今日の一枚】(28)中東の国境を引き直すなら(2)キング・クレーン報告書

中東を再分割するなら?という思考実験で用いられる地図のその2。1919年のキング・クレーン委員会の報告書で行われた提案。2013年にアトランティック誌が引っ張り出して来て、ちょっと話題になりました。

キングクレーン委員会

出典:“The Middle East That Might Have Been: Nearly a century ago, two Americans led a quixotic mission to get the region’s borders right,” The Atlantic, February 13, 2015.

1916年のサイクス=ピコ協定での植民地分割密約に固執する英仏に対して、民族自決を掲げたキング・クレーン委員会はキングとクレーンの二名を団長とするアメリカ人主体の調査団を送り込みました。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)でも書いたように、実際には1920年のセーブル条約でいったん極端に分割されたオスマン帝国領土を、1923年までに新生トルコ共和国が一定程度奪い返して決着します。

しかし、より現地の民族・宗教・宗派を考慮して線引きすればこうなったかもしれない、というのがキング・クレーン報告書です。

その後人口構成が変わっているので、アルメニアのところなどは現在は全く現実味がありませんが。イスタンブルの国際管理など、現代には考えられないことですが。