【地図と解説】「イスラーム国」への参加者の出身国~ご一緒した常岡さんのこと

今日は長い論文をぎりぎりで出したり授業を本格立ち上げしたり編集者が来たり研究会があったりで丸一日全く息抜きなし。

ということで、以前のテレビ出演の発言記録をリンクして、ちょっと地図で補足するぐらいにしておこう。

2014年9月20日(土)の「NHK週刊ニュース深読み」の文字おこしがアップされていました。

NHK深読み

NHK側が持ってきた「イスラーム国」の解説は、正直私にもよく理解できない代物なので、コメントしません。いろんな情報を無理やりつなぎ合わせたんだな、と思います。日本人の基本素養にはイスラーム教も中東世界事情も入っておらず学校でも習わず、一般的に伝わる情報は日本人から見れば否定的に見られる事象のオンパレード(だって現地には一般庶民の次元でも平和主義者とかいないですし、日本のメディアが期待するようなイイ話ってないですよ)であるのに対して、モノの本を読むと断片的に妙に理想化した話が入ってくるので、どう頑張って理解しようとしても分裂してしまう。

私のコメントについては、なるべく分かりやすくしていますし、そもそも流れがはっきりしない中で突然振られた話題に応答し、かつ分かりやすく話さないといけないので、用語の厳密性にはやや欠けている部分があるでしょう。ただ、基本的には間違ったことは言っていません。

ご一緒した常岡さん(写真で右から二番目のヒト)とは、この番組でご一緒した以外に付き合いはありませんが、チェチェン紛争の取材に基づくルポや発言については注目してきました。チェチェン紛争から流れ出てシリアに行きついたゲリラを伝手に取材をしているらしきことも漠然と知っており、お話を聞きたいと思っていました。番組の中でしかお話しできませんでしたが、貴重な機会になりました。

その後、「イスラーム国」への参加希望学生の出現で、同行取材をしようとしていたとして公安当局の捜査を受けたことで有名になってしまいました。以前にも人質になったことで有名になったり、いろいろと不運な方ですね。

常岡さんの話には、実際に行ってきた人ならではの貴重な知見が数多く含まれています。ただ、常岡さんは基本はビデオジャーナリストでどうやら文章の人ではないようで(すみません気に障ったら)、言葉では断片的・断定的に議論をする様子があります。見てきたわけではない全体像は議論しないのと、見てきたことを相対的にあるいは批判的に位置づけるという議論の仕方をしません(時々します)。

私が推測するに、常岡さんの最大の強みは、チェチェンのゲリラでシリアに来ている人たちの「以前」と「今」の両方を見ている数少ない外部の人間なことです。これをやって来た人はなかなかいません。

常岡さんは1990年代末から2000年代半ばのチェチェン紛争に何らかの理由で行きついて長く取材してきたことで、幾人かの有力なジハード戦士へ食い込み、彼らがロシア領のチェチェンやダゲスタンを逃れて中東に流浪し、シリアで内戦に参加しているところを今取材している、という形です。

(なおこの英語記事は、ロシアに敵対するチェチェン・ゲリラをはじめとしたグローバル・ジハード運動の当事者を悪魔化した報道を国策でやっているロシアのメディアRussia Today=RTの報道ですが、今回はむしろ「イスラーム国」に好意的なトーンです。まあロシアの国策メディアは常に欧米のメディアが言っていることの逆を言うだけなので、現在は欧米メディアが反「イスラーム国」一色だからそれに水をかけている、という面はありますが、通説への一定の相対化の視点として、信じ込んではいけませんが、読んでおく価値はあります。ロシアのメディアは嘘をついたり歪曲情報を流す際にも、頭がいいな、と思うことがよくあります。担当者は嘘と知っていてやっている、騙されて信じ込む人をからかっている、そんな絶妙な諧謔味を堪能させてくれます。それは欧米で騙されてしまう人の心理や背景を熟知しているからでしょう)

さて、常岡さんは、「使用前」「使用後」ではないですが、「そもそもどういった人がシリアの内戦に義勇兵として参加していて、どういうルーツでどういう思想や経緯がある人なのか?」という疑問に、部分的にですが、かなり重要な知見をもたらしてくれます。ただし、チェチェンのゲリラはシリアの内戦の当事者として代表的とは言えないので(重要な役割を持っている可能性があるとは思いますが)、そのあたりは相対化する必要があります。また、知見がオリジナルなので第三者の検証は難しいでしょう。

といっても、常岡さんは現在までにシリアについては、テレビのコメントやツイッター等で断片的に語ったのみなので、見てこられたことの全体像がよく分からないのです・・・たぶん常岡さんの頭の中にだけ入っていることがたくさんある。

思想的背景や言語がよく分からない公安当局の聴取ではなく、きちんとした調査研究機関が対価を払って徹底的に聞き取りをして、情報源の秘匿という意味で公にすると不都合な部分は鍵をかけて非公開にするなりして、将来のために記録に残しておいてほしいと思います。いやもちろん常岡さんが本を書いてくれればいいんですが、今回の騒ぎもあり、今後の取材もあり、なかなかまとめられないでしょう。

常岡さんはおそらくチェチェン系の繋がりを基礎に、「友達の友達」を紹介してもらって取材する、と言うことをやっているはずなので、当然偏りが出てきます。常岡さんはアラビア語ができないので、どうしても大多数を占めるアラブ系の義勇兵とのつながりの深まりには制約が出るでしょうし、実際にシリアでイスラーム国が何をやっているか、言葉を読めないと目にしていても見逃してしまうこともあるでしょう。また、ムスリムと言ってもイスラーム法学は、友人から断片的に聞くのみでほとんどご存じないのではないかと推測します。そのあたりは別の情報源から補足しながら話を聞く必要があります。

当たり前ですが、全部のことを知っている人などいないので、このようにアクセスが極端に難しいある一部分をすごく深く知っている人は大変貴重です。要は、一人の人の言うことを絶対視しさえしなければ良いのです。私の話も絶対視してはいけません。

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上記が一番重要なことですが、若干の言い訳。

私の一番最後の発言で、こんなことを言っています。

「ただ、”イスラム国”に入って来る戦闘員の大多数は、ヨルダンとかモロッコとかチュニジアとかサウジアラビアから来ているんですね。
欧米の人たちは100人といった数ですから、実はそんな大したことないんですけど、欧米の人たちは彼らが戻って来てテロをやるんじゃないかと、実際そういった事例もすでに出ているので、気にしているんですね。
われわれはその報道を見てしまうんですけど、実際は近隣諸国から何千人も来ているんですね。 」

この発言の趣旨は、「イスラーム国」の戦闘員の大多数は周辺のアラブ諸国からきているんで、基本は中東地域の問題。欧米からの戦闘員は割合は実は低い、ということ。

このことを議論する際に、「欧米の人たちは100人といった数」と言ってしまっているようですが、実際には欧米諸国からの義勇兵は「100人【単位】」と言いたかったのです。しかし「単位」はこの番組では難しいかな、と一瞬日和見した結果、正確ではない表現になりました。

西欧諸国からは100人単位、アラブ諸国からは1000人単位で来ているので、桁が違う、というのが重要な点です。にもかかわらず西欧出身者が過剰に注目されるのは、帰国してEU域内も米国へも自由に動き回り、「ホームグロウン・テロリスト」となることを、欧米社会が脅威と感じているからです。欧米メディアが欧米社会のことにより大きな関心を抱くのは当然ですが、それが世界全体にとっても同様に問題であるかと言うとまた別の話です。

ただし「イスラーム国」もこれを利用して力を入れた宣伝映像には欧米出身者を多く登場させ、実際に宣伝効果を得ているので、欧米で注目されるということ自体に意味があります。それがアラブ諸国の現実にもフィードバックされますので、結果として重要になっています。

妥当な地図はこれ。報道によっては西欧からの参加者だけ地図に書き込んだりして、全体像の把握を妨げています。

イラク・シリアへの外国人戦闘員の出身国_BBC_14 Oct 2014
“Battle for Iraq and Syria in maps,” BBC, 20 October 2014 Last updated at 16:56

実数に即して円の面積が割り振られているので、全体としてどのあたりからきているからが一目瞭然です。その下にグラフも載っていますね。

イラク・シリアへの外国人戦闘員上位諸国グラフ_BBC_14 Oct 2014

フランスは「1000人」とかそれ以上のかなり適当な数を最初出してきていましたが、現在の集計では600~700人程度に落ち着いているようです。

「ヨーロッパ」の中で一番多いのはロシアですので(これを「ヨーロッパ」に入れること自体問題ですが)、チェチェン系が多数でしょう。これはシリアで紛争が始まる前からアフガニスタンなど各地を転戦しています。

なお、最後のところで常岡さんが「もう手遅れです」と叫んだまま、あえなく時間切れで番組が終了。

何がなぜどのように手遅れなのか言わないので(時間があったって言わないんじゃないのかな・・・)、聞いた人が勝手に各自の思い込みを読み込んでしまって話が紛糾する。いつも常岡さん言葉が足りない。。。天然炎上系。

でもそういう無防備なところが、ものすごく猜疑心が強くないと生き残っていないはずのチェチェン・ゲリラの古強者とかには安心されてしまう理由なんだと思う。

常岡さんの突撃取材から得られた知見には、例えば親日的なジハード戦士が、「申し訳ないが日本人もイスラーム教徒になってもらうよ」(ニッコリ)と言ったとか、一見ほのぼのとしており、他方で多少深く考えるときわめて重大な問題なんだが、イスラーム教に勝手な思い入れを投影している「思想家」社会学者などの頭にはどうしても入らないであろう、あからさまなイスラーム世界の真実が明らかになる一瞬が方々にあるのだけれども、なかなか理解されないんだろうなあ。

常岡さんは「うまく言葉で伝えることができていない」と思うことはあるが、歪めて伝えていると思うことはあまりない。その点は研究者の方が、これまでの自説の誤りを認めたくないがゆえに系統的に情報の選択や解釈を歪めてしまうことがあるので、常岡さんの議論(といってもツイッターでの突如の叫びだったりするが)を不快に感じたことはない。常岡さんが見てきたことは、日本語を用いて日本社会で認識させるには想像を絶する世界であり、かつかなりみっともなかったり、見たところ馬鹿っぽかったりするような卑近な日常を多く含むだろう。いつかそれらをまとまった文章にしてほしいと思う。

単に「その言い方じゃ理解されないだろうなあ」と思うことがあるが、しかしどう言葉を尽くしたって理解しない人は理解しない。このテーマに関する限り、理解しない人が(理解したつもりになっている人も含めて)日本社会で圧倒的多数だろう。

でも諦めてはいけない(これは自分に言い聞かせています)。

日本にはこういう金にならなくても変なことを突き詰めている人があちこちにいるので、そのような才能を生かす社会であってほしい。

今後のことを考えると、英語で「ツネオカタイホシタ!ゴウモンシタガクチヲワラナカッタ!」と世界に報じたうえで放免して(というか最初から逮捕しちゃいけません)、機材も帰して中東で取材してもらってほしい(そうしないと常岡さんが取材源を漏らしたとか、そもそも公安のスパイだったとかいった誤った情報が流れかねない)。もちろん危ない時はさっさと逃げ帰ってきてくださいこれまでと同じように。死んだら元も子もありませんし、常岡さんはそのことはよく分かっているから今まで生きているんだと思います。