米国のイラク北部限定空爆の意図と目標

8月7日のオバマ大統領によるイラク北部への空爆・人道物資投下の許可を受けて、米軍は8日にイラク北部クルド人自治区(クルド自治政府)の首都エルビール付近で、侵攻するISIS(改称して「イスラーム国家(IS)」を名乗っている)に対する空爆を行った模様だ。

地図で見てみよう。

米国のイラク北部空爆8月8日BBC
出典:BBC

この地図ではクルド地域政府(北部三県)が濃く塗られており、その範囲を超えてどこまでクルド部隊(ペシュメルガ)が支配しているかについては保留になっている。6月に急激に勢力を拡大した際にはISISはペシュメルガと衝突を避けていたようだが、過去1か月ほどはクルド人勢力の支配領域を蚕食している。

米軍の目標は限定的で、7日のオバマ大統領の声明の冒頭の一行そのものなのだろう。

Today I authorized two operations in Iraq — targeted airstrikes to protect our American personnel, and a humanitarian effort to help save thousands of Iraqi civilians who are trapped on a mountain without food and water and facing almost certain death.

(1)米国の人員を守るための攻撃
(2)イラクの少数派への人道支援

を掲げているが、オバマ政権としてはおそらく本当にこの二つに限定したいのだと思う。

特に重要なのは(1)だろう。これはオバマ政権の一貫した姿勢で、要するに介入は「直接にアメリカ人に危害が及ぶ」場合に限定するのである。そのため、介入がイラク内部の政治・軍事的状況を大きく変えるものになるとは考えにくい。

オバマ政権の対外関与についての一般姿勢は、5月28日のウエストポイント演説で定義されていることが広く知られており、イラク情勢への米国の介入の程度や意図・目標を見るにはまずこの演説を踏まえないといけない。

さらに、6月19日の声明でイラク情勢への対応にこの原則をどう適用するかがより具体的になっている。

今回の空爆は、海外においても「米国人への直接的脅威」に直接介入の目的を限定しようとするオバマ政権の一貫した原則に従ったものです。

ウエストポイント演説とその中東への適用についてはこのブログでも随時言及している。【6月11日】【6月20日】【7月1日】【7月8日

エルビールがどのような意味で「米国人への直接的な脅威」に関わるのか。

クルド地域政府の範囲、特にエルビールを中心とした北半分は、1991年の湾岸戦争以来、「飛行禁止空域」を設けて保護し、サダム・フセイン政権の支配から自立させ、米国の経済的、諜報・軍事的な影響を及ぼしてきた地域である。シーア派主体の南部よりもはるかに、アメリカと緊密な関係を築き、アメリカが足場を築いてきた領域だ。

文字通りAmerican personnelが多くおり(その多くは現地人だろう)、もし一時的にもISISがエルビールを制圧すれば、それらの人々が殺害されることは、ISISの過去の言動からも明らかである。それを阻止するために、エルビールのクルド地域政府を支援する、という論理である。

軍としては、そのような極端に限定的なミッションが実施可能であると認識しているかどうかわからないが、政権としてはそのような意図と目標を設定しているのだろう。

一方(2)の「イラク市民」の保護だが、これも確かにオバマ政権にとって重要なのだろうが、正当化根拠として疑問が多い。ISISはここのところ、イラク北部のクルド勢力が掌握していた、宗教的少数派が集住した町々を制圧している。シンジャールを陥落させ、ヤズィーディー教徒の大量の避難民がシンジャール山に孤立して人道支援を必要とする状況になっており、最大のキリスト教徒が多数を占めるカラクーシュも制圧し、避難民がクルド地域に流入している。ISISがそれらの地域で異教徒を隷属化に置く姿勢を明確にし、迫害とみなされる行為を行っている可能性は高い。

こういった少数派が関わってくると国際問題化しやすいという点は、以前にイラクの宗派・民族地図を紹介した時に記してあったが、これが現実化した形だ。(6月18日のエントリ「【地図と解説】シーア派の中東での分布」の6枚目の地図を参照)

しかし、アラウィー派やキリスト教徒が強く支持するシリアのアサド政権がイスラーム教スンナ派が多い反体制派をどれだけ虐殺しても軍事介入せず、逆にイスラーム教スンナ派の勢力(ISIS)がキリスト教徒や少数宗教の地域を制圧して迫害すると即座に介入する、というのは正当化の根拠が弱い。それどころか「宗教戦争」とみなされてISISが活気づき、世界のイスラーム教徒の支持を集める結果にすらなりかねない。

戦略的には、エルビールをISISに奪われるのは、バグダード中心部を奪われるのと等しいぐらい、米国にとって重大な損失である。それを避けるために、オバマ政権がやりたくない介入をいやいやながら行ったというのが実態だろう。

しかし、それへの国内的支持を取り付け、国際的にも理屈づけるために「少数派の保護」が持ち出され、かえって問題をこじらせかねないように感じられる。

「少数派の迫害」という「人道」的理由を付すことで支持基盤の反戦的リベラル派の支持をとりつけ、かつ「キリスト教徒が迫害されている」というイラクやシリアの内戦の文脈では二の次の論点(宗教・宗派に関わらず、敵味方に分かれた諸勢力の紛争に巻き込まれ、幾度も複数の勢力に制圧された地域で、あらゆる立場の人々がしばしば過酷な扱いを受けているのであって、特定の宗教・宗派が迫害された時にだけ介入するというのは理屈が通らない)を引き合いに出してイスラーム教徒との「聖戦」の意識を根深く抱くキリスト教右派など保守派の支持も得るという、米国の国内政治の論理がいかにも鼻につく正当化の仕方だ。

中長期的な効果の面でも、正当化根拠の面でも疑問が残る介入だが、少なくとも米軍の攻撃が大規模化するとは考えにくいという見通しは立つ。ただし短期間に成果を出し、問題を解決することも望み薄である。

ガザ情勢のライブ・アップデートはこちらから

ガザ情勢について、停戦期限が切れた後の詳細な状況は、イスラエル紙のホームページあるいはアルジャジーラなどの国際衛星放送ホームページのライブ・アップデートで分かります。

タイムズ・オブ・イスラエル
Truce ends with rocket fire after Hamas rejects calls to extend it

Yネット・ニュース
Updates

ハアレツ紙(有料)
LIVE UPDATES: Rocket fire resumes as cease-fire ends

アル・ジャジーラ・イングリッシュ(情報が雑多なのと、時間表示が現地時間だったり見ている側の時間だったりして分かりにくいなどいろいろバグがある)
Gaza Blog Live

ガザの一時停戦が延長合意ないまま期限切れ──ハマース軍事部門は挑発に出るか

イスラエルとガザのハマースの間の紛争は、8月5日朝8時(現地時間)から72時間の停戦が発効し、ここまで概ね守られてきましたが、8日朝8時(日本時間では午後2時)に期限が切れます。あと10分を切りました。

イスラエルは停戦の延長を提案していますが、カイロで行われている交渉で、ハマースは無条件での停戦延長には抵抗しており、明示的な停戦延長に同意していません。

ハマースの軍事部門は「ガザの封鎖解除(検問所の再開)」「6月にヨルダン川西岸で逮捕された活動家の釈放」の条件が受け入れられなければ停戦の延長は拒否し、期限切れと共に攻撃を再開する姿勢をしめしてきたが、7日のビデオ声明でもこれを再確認した。

8月7日午後にもガザで集会を開き、「交渉で妥協するな」と気勢を上げていました。

朝8時の期限ぎりぎりまでパレスチナ人諸勢力とエジプトがハマースを説得するものとされてきましたが、8日朝6時台のアルジャジーラの報道でも、依然として停戦延長に同意していないようです。

期限切れと共にハマースのロケット攻撃があるのではないかとイスラエル側は臨戦態勢でいるようです。

イスラエルはすでに主要な目標を達成していると思われるので、ハマースが戦闘能力を見せるたびに報復を行い続けるでしょう。イスラエルとしては停戦をしてもかまわないが、ハマースとしては「経済封鎖解除」というガザ市民の総意の要求についてなんら成果なしに停戦を続けては、これだけの犠牲を払った価値がないと突き上げを受けかねません。

かといって戦っても勝ち目はなく、「一般市民の犠牲」をアピールしてイスラエル側の評判を落とすことしかできません。ガザにプラスになるような成果を出せそうもない点が限界です。

経済封鎖はガザのハマースとイスラエルの関係というよりは、ハマースとエジプトの関係に深く関わっているので、ここで関係が険悪である以上、そう簡単に解除されないのではないかと思います。

流れとしては収束に向かっていますが、間歇的な衝突の可能性は高いままです。停戦しては衝突、を繰り返す期間が当分続くかもしれません。

イスラエル・ガザの紛争に収束の兆し

ガザでのイスラエルとハマースの紛争が収束に向かっています。

8月5日朝から、72時間の期間限定した停戦が発効しており、現在のところ破られておりません。明日8月8日金曜朝で停戦の期限が切れますが、カイロでハマースを含むパレスチナ代表団イスラエル代表団が、エジプトの諜報機関を媒介者とする間接対話で交渉を行っており、ひとまず1週間程度の延長が議論されているようです。

7月8日のイスラエルによる空爆開始から数えると29日目に、ある程度持続する停戦が初めて発効した形です。

イスラエルが8月4日から5日にかけて地上部隊を全面的にガザから引き揚げたことと、ハマースのロケット弾発射装置そしてイスラエルにつながる地下トンネルの破壊(32とも言われる)という目的をほぼ達成したこと、ハマースが交渉に参加していることから、停戦期間の延長を繰り返しながら長期的な停戦につながっていく可能性が出てきました。それが恒久的な和平に至る道なのかどうかは議論が分かれますが、いずれにせよ当面の一般市民の犠牲がこれ以上増えないという意味では肯定的な流れでしょう。

今回のガザでの紛争については、このブログの以下のエントリで取り上げてきました。

【寄稿】ガザ紛争激化の背景、一方的停戦の怪、来るなと言われたケリー等々(2014年7月16日)

ガザ紛争をめぐる中東国際政治(2014年7月26日)

【地図と解説】イスラエル・ガザ紛争の3週間と、今後の見通し(2014年07月28日)
 
7月30日の報道ステーションでの解説でも示したように、3週間が過ぎた段階(7月28日ごろ)で、将来に関して二つの異なるシナリオが考えられました。

(1)これまでと同様に、イスラエルがハマースの戦闘能力を弱めて目標を達成して撤退していくことで収束し、数年後にまた再燃する。
(2)これまでとは異なり、ネタニヤフ政権がハマースの根絶を図る大規模で徹底的な地上戦を行い、ハマースの軍事部門を壊滅させ、政治部門からガザの支配件を奪う。もしそうなった場合、その後のガザを統治する主体がファタハなのか国際的な停戦監視部隊なのかあるいはイスラエルによる再占領なのかがはっきりとせず、「イスラーム国家」のような超国家的な過激派が台頭する恐れもある。

この時点では、ネタニヤフ首相と側近、イスラエル軍上層部以外の誰も、本当のところどこまで掃討作戦を拡大するのかは分からなかったと思われます。ですので、上記のような、帰結を大きく異にするシナリオの両方が考えられる、というところが、客観分析を主眼とする分析を行う専門家の共通認識だったと思います。

結局、(1)の路線だが、若干(2)に近く、ハマースのガザでの支配権を一部ファタハに移管したり、国際監視部隊によってガザ・エジプト間の国境を管理する体制を導入することで、一定の封鎖解除を行い、ハマースの再武装にも一定の歯止め・監視の制度を導入することで、紛争の再燃を防ぐ機構を組み込んだ形での中長期的停戦の可能性が見えてきました。

それがガザの問題を完全に解決するものではなく、イスラエル・パレスチナの和平そのものをもそれほど前進させるとは言えないものの、ガザの置かれた政治的状況とその人道的影響という意味では、現状よりはまだ「まし」な方向に行く可能性もあるという見通しが、若干、出てきたというのが現在言えることではないでしょうか。

この件は長い話になるので、小分けして書いていきましょう。それではまた。

ガザ紛争をめぐる中東国際政治

中東の激動は一層加速していて、個人で全部情報をまとめるのは不可能になっていますが、同時に、各地の動きが相互に連動しているので、多人数で複数の国・地域の動きを別々に調べてホチキスで止めても用をなさない状況です。やはり全体像を俯瞰しようとする絶え間ない個人の思考が必要です。このブログではそれを目指していきます。

ガザの紛争については、メディアの注目が集まりますが、基本は、これまでの繰り返しです。パレスチナ問題自体がかなり限定され、ルーチン化された中東の中でも周辺的な紛争になりかけているので、「これをきっかけに(国家間の)中東戦争に」ということはまずありえません。

そのような中東規模の動乱につながりかねないのはむしろイラクやシリアの問題です。中央政府の領域支配の弛緩と、「イスラーム国家」など宗教的イデオロギーに基づく勢力が周辺領域への実効支配を進めるという新たな事象が生じているからです。

また、米国がトリポリの米大使館から要員を全員国外に退避させたリビアの情勢の方が本当は気になります。これについては過去3か月ほどの動きをそのうちにまとめたいものです。時間がないので結局事態が大きく動いてしまってからになるかもしれませんが・・・

もちろん、ガザの紛争は、ヨルダン川西岸および東エルサレムでの大規模な抗議行動につながって、2000年のインティファーダのような騒乱状態になりかねないという意味では、より広域化・深刻化する恐れがあります。

7月26日、ガザ紛争では、朝8時から12時間の「攻撃一時停止(pause)」がかろうじて成立しているようです。米国のケリー国務長官が提示した停戦案はイスラエルが拒否。ハマースも封鎖解除がない限り停戦はしないといういつもの姿勢を示しています。

その後、ケリー国務長官は「停戦(ceasefire)」には及ばない「一時停止」をイスラエルとハマースに呑ませ、住民の食糧買い出しとか、病院への物資補給とか、遺体回収とか葬式とかを可能にする、ということになったようです。

現在はこの一時停止をどれだけ延長できるか、というところを直接の交渉のポイントにしているようです。

ガザ紛争の停戦仲介で中東を歴訪しているテリー国務長官は、26日にパリでガザ停戦仲介に関してトルコとカタールの外相と会議を行いました。この写真を見ると、英・仏・独・伊外相も加わっています。

ガザ紛争調停パリ会議7月26日
左から、カタールのハーリド・アティーヤ外相、トルコのハフメト・ダウトウル外相、ケリー国務長官、仏・英・独・伊各外相 (出典:Times of Israel; photo credit: AP/Charles Dharapak)

重要なのは、イスラエルとパレスチナをめぐる会議なのに、イスラエルの代表も、主要な仲介者でかつガザの国境封鎖の一端を担っているエジプトの代表も来ていないということです。

その前にはケリー長官はカイロを訪問し、エジプトやパレスチナ自治政府のアッバース大統領、イスラエルと協議していました。こちらにはハマースの代表は来ておらず、トルコ、カタールは排除されていました。

トルコとカタールは現在かなりハマースを支援しているので、パリではハマースの主張はかなり伝えられたでしょう。イスラエルが拒否したケリー長官の停戦案は若干ハマースの意見が取り入れられたものと見られています。

これは現在の中東国際政治の構図を良く示しています。

(1)米国がイスラエルに強い影響力を持ち得ていない。
(2)ケリー長官はカイロでは、エジプト、イスラエル、パレスチナ自治政府(ファタハ・ヨルダン川西岸拠点)のアッバース大統領としか協議できない。
(3)ケリー長官はパリでは、トルコ、カタールとしか協議できない。
(4)イスラエル、エジプト、パレスチナ自治政府、トルコ、カタールはいずれも米国のある種の同盟国(同盟者)であるが、それらの国が相互に対立し、あるいは米国の意に反する形で同盟しており、米国はイスラエルとハマースの仲介の前に、それらの同盟国の間を仲介している状態である。

かつてはこれらの米同盟国・同盟者がそれなりに調和して協調していたので曲がりなりにも保たれていた安定が、同盟国同士があっちこっちをむいてお互いにいがみ合ったり便宜的にくっついたりしているので、混乱しているのですね。

特に、エジプトは、トルコ、カタールと、ガザ問題をめぐって激しく競合・対立しています。どちらもアメリカにとって重要な同盟相手ですので米国としては困っているのです。「アラブ対イスラエルの対立」などというのはイデオロギー上のことだけで、実際にはイスラエルとエジプトが政府間ではぴったり同盟を組んでいる。

それなら問題が解決するかというと解決しない。

特に、エジプトがハマースにまったくつながりがないらしく、つながりを持つ気もないらしいことが分かった今は、ハマースに影響力を行使できるトルコとカタールの重要性は増しました。

エジプトはイスラエルとハマースの停戦仲介を、もっぱらイスラエル側とだけやった、という点について先日書いておきました

その後も、ハマースのカイロ代表部のムーサー・アブーマルズークは盛んに「カイロでアッバース(ファタハ)とミシュアル(ハマース)が停戦をめぐって協議する」と言っていましたが、結局をそれは行われず、アッバースはカイロではなく、カタールのドーハに出向いてミシュアルと協議しました。

アッバースはガザ紛争で表向きはイスラエルを非難して見せていますが、裏では、イスラエルにハマースを掃討してもらい、ファタハの治安部隊をイスラエルの公認でガザに導入するという案に乗っているのではないかと見られます。このあたり、ミシュアルとの会談でどういう話し合いができたのでしょうか。ハマースとの信頼関係を取り戻せたのでしょうか。

ハマースとしてはもう少し戦闘を長引かせて威信を高め、ガザの住民・領域への軍事的支配を維持して、ファタハに対して強く出たいところでしょう。

エジプトのスィースィー政権も、ムスリム同胞団をテロ組織に認定し、同胞団と関係の深いハマースと動揺に敵対しているため、仲介のチャンネルがない、あるいはむしろイスラエルにハマースを掃討してもらいたい、ということのようです。この点でエジプト・ファタハとイスラエルがある種の同盟関係にあります。

それに対して、ムスリム同胞団を支援し、シリアのアサド政権からハマースを切り離して影響下に置いたカタール(ハマースの政治局の最高指導者ハーリド・ミシュアルはかつてダマスカスにいたのが、今はカタールのドーハにいます)とトルコが、ハマースを支援して、イスラエル、エジプト、ヨルダン川西岸のファタハ・アッバースと対立しています。

米国の停戦仲介は、単にイスラエルとハマースに紛争を止めさせるということではなく(そうできればいいのですが、相互に相手を交渉相手と認めていない)、イスラエルの背後にいるエジプトのスィースィー政権やヨルダン川西岸のアッバース大統領の顔を立てつつ、ハマースに影響力を及ぼしうる(と期待される)カタールやトルコにもいい顔をする、というものになっています。

サウジアラビアはどっちについているのでしょうか?サウジはイスラエルのハマース掃討については(政府の指導者の)内心では歓迎しつつ、しかし表面的にはアラブ世論を意識して、対立していたカタールに歩み寄り、カタールの首長をリヤードに迎えるなど、中間的立場に足を移しています。

ここに出てくる当事者は、ハマース以外は全員アメリカの同盟国・同盟者なのですが、それらが相互に争っていたり思惑が違っていたりするので結局停戦や和平といった結果をもたらさないのです。

分かりやすく言えば、ガザの紛争は、イスラエル・エジプト・パレスチナ自治政府v.s.ハマース・トルコ・カタールの地域国際政治上の対立となっており、ガザの現地の紛争を解決あるいは鎮静化させるには、紛争の直接の当時者のそれぞれの背後にいる国を巻き込まないと実効性がないので、米国はそれらの複数の国を仲介する必要が出てくるのです。

「複雑怪奇」に見えるかもしれませんが、これを調停できないと、和平が実現することはない。超大国・覇権国であるアメリカの国務長官にとっては、「こんな地域は嫌だ~」といって目をつぶって逃げるわけにはいきません。

しかしいずれの国に対しても米国は決定的な影響力を及ぼす手段は持っていません。米国の仲介を嫌ってイスラエルがエジプトと緊密な関係を深めてハマース叩きを強化する、逆にエジプトと対立するトルコ・カタールはハマース支援を強める、といった米同盟国の相互に競合・対立する行動が、ガザの現地での事態のコントロールを難しくしています。

イスラエル・パレスチナの紛争は、歴史的なさまざまな経緯やイスラエルの中東地域では例外的な自由な環境から、現地から非常に詳細に情報が伝えられるため、欧米や日本ではもっぱら人道問題としてのみ報じられ、議論されます。

しかしこの問題をどう解決しようか、あるいはとにかく短期的に停戦だけでもさせるにはどうすればいいかということになると、「攻撃止めろ」と叫んでいるだけではまったく結果をもたらさないことが経験上はっきりしているので、中東地域の国際政治の移り変わるパワーバランスや、流動する複雑な連合・同盟関係の中で鎮静化させる方策を考えないといけないのです。米国の影響力の低下(少なくともその印象)は、この政治的解決の実現を一層難しくします。

就任以来、「単にイスラエルとパレスチナ(ファタハ)に強く言って交渉の席につけさせて合意に調印させればいい」と単純に考えて空回りする仲介を繰り返してきた様子のケリー国務長官も、「同盟国同士が同席してくれない」ので「カイロとパリで別々に仲介会議を行いその間を往復する」というややこしい手続きを踏むことを迫られて、やっと事態の困難さを把握したのかもしれません。

ヨーロッパの理性的・多国間主義的な外交に慣れていた国際派エスタブリッシュメントのケリー長官には理解しにくいことでしょうが、これが中東の現実なのです。

ガザの人道状況をめぐって増える報道や高まる関心が、政治的な解決の道筋への理解も深め、後押しすることにつながるといいのですが。

【寄稿】ガザ紛争激化の背景、一方的停戦の怪、来るなと言われたケリー等々

本日の未明に、『フォーサイト』にイラン核開発交渉と、ガザ紛争の背景と構図についての論稿が掲載されました。

池内恵「イラン核開発交渉は延長の見通し、ガザ紛争は置き去りに」『フォーサイト』2014年7月16日

ほとんど時差のないリアルタイムの情報に基づく考察です。

歴史系・思想理論系の論文で机に向かい続けていると、つい息抜きに現状分析の情報整理をしたくなるものですから、寄稿の頻度が上がっています。実際に中東現地の動き、中東をめぐる国際政治の動きが非常に速いですので、きちんと記録しておかないと、気づいたら昔が思い出せないほど変わっていたということになりかねません。

イラン核問題交渉の展開については、前日の下記の論稿からの続き物としてお読みください。

池内恵「期限切れ目前のイラン核開発交渉─ロスタイムに劇的に決まるか、延長戦か」『フォーサイト』2014年7月15日

いずれも有料なので購読していない人には申し訳ないのですが・・・考え物ですね。有料にしておくと、専門家や官僚やメディア関係者の間には購読者が多いので、実際に必要とする人に絞り込んで情報を拡散できるのですが、問題はそんなもの読まずに、お金かけずに情報を求めるメディア関係者も多いこと。「記者クラブ」みたいなところで情報が一元管理されていてメディア企業の人には無料で一方的に教えてくれる、ということに慣れているメディア関係者が多すぎるのです。

中東関係だと、いくつかそういう窓口みたいなのがあって、タダで愛想よく教えてくれる(裏ではぶつくさ、いやすごい悪態ついていたりしますが)、出向いてくれる、電話を受けてくれる便利な「専門家」の話が、かなり無茶なものでもメディアに出回って、「真実」ということになってしまう。

ですのである程度無料で標準的な知見を出しておかないと、日本での議論がすごい変なところに行ってしまう。しかし重要なものをどんどん無料にしていたら購読する人はいなくなる。

一定のタイムラグで無料公開する、といった手段を当分とるしかないのかな・・・

それより前には、頑張って英語で読むなら、私の論稿を読まなくても同様の解説が読めるよ、ということで新聞記事等を紹介しておくといいかもしれない。このブログでこれまでもやってきたことなのですが。

今回の寄稿では、イラン核開発交渉に関しては、最低限踏まえるべき二つの記事にリンクを張っておいた。

一つは15日にウィーンを発って、カイロに向かわずワシントンでオバマと協議すると述べたケリーの記者会見の発言。通信社新聞各紙解説していますが、原文そのものに当たるのがいいでしょう。

もう一つはイランの交渉担当者のザリーフ外相がウィーンで14日にインタビューに応え、15日朝のニューヨーク・タイムズ紙一面に載った「妥協案」についての記事(David E. Sanger, Iran Outlines Nuclear Deal; Accepts Limit, The New York Times, July 14, 2014)。こちらは有料だが月に何本か無料で読めるはず。また、大学などに属していれば、大学内から新聞記事データベースにアクセスできることが多いはずだ。ニューヨーク・タイムズはそこから読めるはずだ。ウォールストリート・ジャーナルなどはデータベースで読めない場合もあるが。

オバマ大統領との協議がどのようになるかというと、おそらく交渉打ち切り・制裁再強化を主張する議会関係者に対して一定の進展があったと示して延長に同意させるということなのだろう。双方に妥協する意思は大いにあるが、7月20日までには無理、といった調子のコメントが米側からイラン側からも漏れてくる。

さて、今回はガザ紛争についても合わせてまとめておいた。こちらのテーマについては本文中にリンクはあまり貼っていないので、例えば下記のテーマについて、これから挙げる記事でも読んでみると良いだろう。

①今回の衝突の発端となったヨルダン川西岸のユダヤ人入植地での3人の少年の誘拐・殺害事件について、イスラエルのイスラエルの国内治安局シン・ベトが犯人としてカワースメ族の二人の名を挙げ、彼らがハマースのメンバーだと断定してハマースに責を帰している。しかし実際にこの二人がハマースの一部なのか、ハマースが組織として少年3人の殺害を行ったと言えるのかというと、イスラエル側の説明はあまり説得力がない。多分実態をよく反映していると思えるのが次の記事。

Shlomi Eldar, “Accused kidnappers are rogue Hamas branch,” al-Monitor, June 29, 2014.

まあハマースはパレスチナの乱暴者を集めてある意味で「更生」させて「正しい目的」(=イスラエルの破壊)のために戦えと教えて戦闘員を集めて台頭してきたわけで、こういういわくつきの一族であっても、彼らがイスラエルと紛争を起こせば彼らを擁護しないといけなくなる。

ただ、実効支配していないヨルダン川西岸の、組織の最末端になると実際に統制しているわけではないので、「関係ない」「知らない」というのは多分嘘ではなく、発端の事件に関しては本当に知らないのだろう。

しかしイスラエルがカワースメ部族を追及すれば、ハマースは彼らの側について見せないといけなくなる。ハマースは結局「用心棒の親玉」であって、「ふがいなくなったファタハと違って、誰かがイスラエルにやられたらやり返しに行ってくれる」というところで支持を集めてきたのだから、イスラエルが「ハマースの責任だ」と宣言した場合には「違います、無実です」と言うのではなく「受けて立つ」という姿勢を見せないといけない。まあそれを止めない限り和平の当事者にはなれないわけだが。

そうなるとイスラエルは「やはりハマースがやったか」ということになって、いろいろな歩み寄りの試みも全部帳消しにして掃討作戦をやるので、結局相互にエスカレートする。

もちろんカワースメ族の中には穏健派もいればハマースに正式に加わって活動してきた者もいる。しかし、手の付けられない過激派の一派がカワースメ族から現れて、それが起こした犯行がハマースの責に帰され、それによって歴代のハマース幹部がイスラエルによって報復として殺害されてきた。今回も「いつもと同じストーリー」なのである。

②疑われているのは、ネタニヤフ政権が、当初から犯人が刹那的な誘拐・殺人を行ったことを知っていながら、この事実を伏せ、ハマースが組織的に人質略取を行って政治的要求を突き付けてくるかのように印象づけてヨルダン川西岸で大規模な捜索・検挙を行ったのではないか、という点だ。

6月15日の報道ではすでに警察への通報電話があったことが知られていたが、報道管制もあり、電話の内容が詳細に知られていなかった。
Ben Hartman, “One of abducted Israeli teens called police: ‘We’ve been kidnapped’,” Jerusalem Post, June 15, 2014.

ところが、電話の録音が存在することが分かり公開されると、なんと電話をかけている間にも銃撃音と犯人の叫び声が聞こえる。警察は少年たちが殺されていたことを最初から知っていたが、ネタニヤフ政権が情報を押さえてヨルダン川西岸の大量検挙を進めたのではないか、という疑惑が浮かんだ。

Ben Hartman, “LISTEN: Recording of kidnapped teen’s distress call to police released,” Jerusalem Post, July 1, 2014.

この点に関して、ニューヨークのユダヤ系新聞『フォワード』のコラムニストのゴールドバーグ氏の考察が興味深い。

J.J. Goldberg, “How the Gaza War Started — and How It Can End,” Forward, July 10, 2014

イスラエルでは進行中の軍事作戦や治安出動について報道禁止措置を取ることがあり、イスラエルの新聞・雑誌は知っていても書きにくくなる。しかしイスラエル人はアメリカのメディアやジャーナリストと密接につながりがあるので、欧米の主要紙の知り合いに書かせてそこから「引用」する形で報じることになる。『フォワード』は、ニューヨークの下町のデリとかに行くとおいてあるような新聞だが、やはり関心が高く関係が深いので中東に関する議論の質は高い。よそが書いていないというのを見極めてここで書いたりするのだろう。ときどきすごくいい知見・視点が載っている。また、『フォワード』の場合、書き手によっては「(イスラエルではなく)アメリカこそ約束の地だ」とするタイプのユダヤ人知識人の書き手が多いので、イスラエルに対しても独特の見方をする。

この記事などを読むと、ネタニヤフ政権は少年3人の誘拐・殺害が計画的・組織的なものではないことを知りながら、これを機会にヨルダン川西岸のハマース構成員の大規模検挙に走り、また、ファタハとハマースの挙国一致政権を葬ろうとしたのではないか、という疑念が深まる。

検挙されたヨルダン川西岸のハマースの幹部の一部は、イスラエル兵ギラード・シャリートを人質に取って交換で釈放させたパレスチナ側の1000人超の囚人。要するに機会があれば取り戻そうと作戦を練っていて、今回の事件を口実に拘束して、帰さない、とハマース側が硬化するのは想像できる。

それにしても1:1000の比率での囚人・捕虜交換というのもすごいね。これがレバノンのヒズブッラーとの間だと、交換で帰ってきたイスラエル兵の「捕虜」は、「死体」の形で渡されたりする。殺害してしまってから保存しておいて、生きているかどうかわからないようにして捕虜交換の交渉するんですね・・・イスラエル側も多分死んでいると予想しながら交換に応じたりする。放ってもまた捕まえればいいと思っているのか。なんというかbizzareな光景がたまにあるのが中東。たまにじゃないか。

③さて、次がエスカレーションの段階。ヨルダン川西岸でハマース構成員がどんどん逮捕されていくのを見て、ハマース政治部門や軍事部門は地下に潜った。犯行グループの実態やイスラエルの意図をどれだけ把握していたか知らないが、とにかく危機を感じたら身を潜めて攻撃に対処するのがデフォールトなのだろう。するといつものことなのだが、ハマースの統制が緩んだと感じて、イスラーム・ジハード団など小規模の過激派がロケット弾をイスラエルに打ち込んで存在をアピール→これもいつものことだが、イスラエルはイスラーム・ジハード団であれ何であれ、ハマースの支配領域から撃たれたロケット弾は全てハマースの責任とみなして、ハマースの人員・施設を爆撃する→ハマースは当然反撃するという形でエスカレーションが進んだ。この辺りまで、上記の『フォワード』の記事はカバーしている。ユダヤ人向けの文章だから基礎的なところはすっ飛ばしているし、皮肉や諦めや嘆きなどが文章の中に盛り込まれているので読みにくいかもしれないが。何となくイディッシュっぽい文体です。饒舌な口語体。

④エジプトは14日夜に突如「停戦案」を出したが、これが一方的過ぎて仲介になっていない。双方が翌15日朝9時から軍事行動を停止する、としつつハマースが要求するガザ封鎖の緩和の期日はあいまいで、イスラエルがヨルダン川西岸で拘束した囚人の解放にも触れていない。現在のエジプトの政権のイスラエル寄りの姿勢は著しく、ムバーラク政権の時とも違う。もちろん2012年11月の停戦の際のムルスィー政権とも全く違う。

ムスリム同胞団を「テロ組織」に指定して全面闘争を繰り広げるスィースィー政権は、ハマースを目の敵にしている。ムバーラク政権も保っていたハマースとのパイプが、スィースィー政権できわめて細くなっているのは間違いない。カイロに「籠の鳥」にしているムーサー・アブーマルズーク氏だけが「停戦交渉をしている、ハマースはそろそろ受け入れる」という情報を出し続けているのだが、たぶんエジプト政府に言わされているだけで、ハマース首脳にもエジプト政府に対しても影響力・発言力がないんだろうな、というのが透けて見える。

「エジプト政府はハマースとまともに連絡を取っていない、取れていないのではないか」「イスラエルとエジプトがアメリカを疎外して反ハマースで団結している」ということを、今日の朝3時ごろの私の記事では書いておいたが、イスラエルのリベラル紙『ハアレツ』が日本時間午前8時頃(現地2時台)にウェブにアップした記事では、この点を詳細に書いてくれている。ハアレツは契約をしないとまったく記事を読めないので、一部抜粋しておこう。

Barak Ravid and Jack Khour, "Behind the scenes of the short-lived cease-fire, While the Egyptians hammered out a deal with Netanyahu, Hamas and most of the Israeli cabinet were kept out of the loop, Haaretz, Jul. 16, 2014.

エジプトが14日夜に突如発表した停戦案の策定過程からは、ハマースも、ネタニヤフ政権の外相も外され、そしてアメリカのケリー国務長官も避けられていた、という。

「アメリカの仲介はいらない」というのはもしかすると筋の通った立場かもしれないが、紛争の片方の当事者を除いて議論していては、停戦とは呼べないだろう。むしろ「対ハマースの連合協議」と言った方がいい。

14日夜のエジプトの停戦案を閣僚たちはテレビ・ラジオを通じて知って茫然。

The Egyptian cease-fire proposal that was published Monday night took most members of the diplomatic-security cabinet by complete surprise. Economy Minister Naftali Bennett heard about it in a television studio moments before going on air. Foreign Minister Avigdor Lieberman heard about it on the radio.

特に、ネタニヤフと仲たがいして、与党リクードから会派離脱しつつ連立は維持しているリーバーマン外相は全く蚊帳の外だったという。

A senior Israeli official said Lieberman knew that talks were being held with the Egyptians, but had no idea a proposal was being finalized. Upon hearing the news, he realized that Prime Minister Benjamin Netanyahu and Defense Minister Moshe Ya’alon, who were running the talks, had left him out of the loop.

エジプトによる仲介は14日以前には全く進んでいなかったという。それが動き出したきっかけは米国のケリー国務長官が14日昼からひっきりなしに当事者たちに電話をかけ始めてからだという。ケリーがウィーンでイランと交渉しながら、次の訪問先のカイロで仲介提案をまとめようと頑張ったわけですね。しかしエジプトとイスラエルの反応が面白い。

Senior Israeli officials said that in every phone call that day, Kerry offered to fly immediately to Cairo, and perhaps even Jerusalem, to try to advance a cease-fire. But Egyptians and Israelis both politely rejected that offer, telling Kerry they are already in direct contact and didn’t need American mediation.

ケリーが「停戦仲介するよ、すぐにもカイロに駆けつけるよ、エルサレムに行ってもいい」と伝えたところ、エジプトもイスラエルも「やめてくれ」と言ったというのです。それぞれに理由があって、

Cairo objected to Kerry coming because it wanted to show that President Abdel-Fattah al-Sissi’s new government was capable of playing Egypt’s traditional diplomatic role with regard to Gaza without outside help. Jerusalem objected because it thought Kerry’s arrival would be interpreted as American pressure on Israel, and thus as an achievement for Hamas.

クーデタ以来反米民族主義で気勢を上げているエジプトのスィースィー政権は、「アメリカの助けを借りずに中東の大国としての指導力を示した」と誇りたい。イスラエル・ネタニヤフ政権は、米国から圧力がかかっている、と見られることはイスラエルの立場が悪くなっていると見られることを意味するので、ハマースを利するから嫌だ、といった話ですね。

ケリーさんはウィーンでの交渉の次にはカイロに行く、と予定されていながら結局ワシントンに戻りましたが、それはイラン核開発交渉をめぐってオバマ大統領と協議するからだけでなく、なんとイスラエルとエジプトから「来るな」と言われてしまったからなんですね。

でもケリーが圧力をかけたから結果的に停戦案の提案が早まった、とハアレツは皮肉な見方を示している。14日夜に急いで生煮えの停戦案を発表してしまったのは、ケリーがまだウィーンにいる間に出してしまいたかったからなんですね。

Ironically, however, Kerry’s pressure to fly in pushed Egypt and Israel to accelerate their own efforts to craft a cease-fire proposal.

このような手順はもともとアッバースが言い出したのだという。

A senior Israeli official said the Egyptian proposal essentially adopted the ideas raised by Abbas several days earlier. Abbas had suggested that the Egyptians first declare an end to hostilities by both sides, and then begin detailed negotiations over various issues related to Gaza, such as easing restrictions on its border crossings with both Egypt and Israel.

とにかくエジプトが停戦を宣言してしまって、その後でガザの封鎖緩和とかについて細部を話し合えばいいじゃないか、というのはアッバースから言うとハマースに主導権を握られないために好都合な手順だ。「ガザのためにアッバースが交渉をする」という形にしたいんですね。

ただ、これだと最初から最後までハマースは交渉の当事者ではないので、そもそも停戦が成り立たない。アッバースとファタハはガザを実効支配していないしハマースを統制していないのだから、いくら停戦を宣言しても意味がない。

エジプトはイスラエルに対して、ハマースを説得するよと言っていたが、実際にはハマースの政治部門にさえほとんど情報を伝えず、軍事部門にはコンタクトを取りさえしなかったという。

When a member of the Israeli team asked whether Hamas would agree to the terms of the initiative, the Egyptians tried to reassure him, saying that if Israel agreed, Hamas would have no choice but to do the same.

In reality, the opposite occurred. The Egyptians gave Hamas’ political leadership minimal information and didn’t communicate with members of its military wing at all. The internal disputes between these two wings further contributed to the confusion, and to Hamas’ feeling that Egypt was pulling a fast one.

まあエジプト政府自身がハマースを掃討作戦の対象と考えているわけだからな・・・

停戦案に大賛成なのがネタニヤフ首相とヤアロン国防相で、残りの閣僚は、とにかくエジプトが言ってるんだから受け入れるしかないんだよ、と言われて一瞬納得して賛成したので15日早朝のイスラエル政府による「停戦受け入れ」となったのだが、そもそも相手側が交渉に参加していない停戦案を受け入れても停戦は実現しない。

But a few hours later, we discovered we’d made a cease-fire agreement with ourselves.

「数時間後には、我々が我々自身と停戦合意しただけだったと気づいたのでした」というイスラエル政府高官の談でありました。

禅問答で、一つの手で拍手をしてみよ、といった命題があったと思うけれど、この停戦案はまさにそれ。手一つでは殴ることはできるけど・・・

【寄稿】ウィーンで会議は踊ってるのか

夜中に短時間でイラン核開発問題をめぐるウィーンでの交渉についてまとめておきました。

池内恵「期限切れ目前のイラン核開発交渉─ロスタイムに劇的に決まるか、延長戦か」『フォーサイト』2014年7月15日

P5+1(国連安保理事国とドイツ)がイランと行っている核開発問題についての交渉で、7月20日が交渉終結期限とされている。7月2日から13日にかけての多国間での交渉が終わり、焦点は米・イラン二国間交渉に移っている。14日には数度にわたりケリー国務長官とイランのザリーフ外相が会談しているがまだ懸案となる課題について突破口が見えていない。

時間がないのでこの論稿にはあまり留保がつけられず、すごい大きな展開が今にもありそうに感じられる要素ばかりが書き込まれているようにも感じられるかもしれません。交渉の実態は、基本的には「膠着」「決定力に欠ける」なんだと思います。ただ、潜在的にはここで書いたような重大な政治決断がかかっている問題なので、もし交渉が妥結するとすれば、そのような大きな変化を伴うものになるはずです。

ワールドカップ決勝直後ということで、サッカーの比喩が出てしまいましたが適切だったのかは分かりません。

実際には、重大で波及が大きいからこそ(特に米側で)決断できず、ずるずると後退して「引き分け」になって「ああ本当に何も決断できないんだね」という失望感に満たされる結末に終わる可能性は高いのですが。日本人はワールドカップで幾度もこの「決定力不足」の感覚を味わっていますが、米国民や米国主導の国際秩序の中に生きてきた世界の市民の印象はどうなのか。すでに心構えはできているのか。

ケリー国務長官はこれだけにかかりっきりにはなっていられないから、行ったり来たりして飛び回る。今日カイロに行ってガザ問題でエジプトと協議してからまたとんぼ返りでウィーンに戻ってくる可能性すらあるらしい。

ウィーンでの交渉にはウィリアム・バーンズ国務副長官が現地入りして付きっ切りでやっているようだ。バーンズ副長官はイランとの交渉で秘密の部分も含めて鍵となる役割を担ってきた。中東とロシアの両方に強い大変に評判のいい職業外交官で、近く退官すると言われているので最後の仕事となる。政治任命が多いアメリカの国務省高官の中で、職業外交官として副長官まで登りつめた人は珍しいんじゃないかと思うがどうでしょう専門家に聞いてみよう。大変感じのいい中東でも評判のいい人です。

元来がこの交渉の担当はウェンディー・シャーマン国務次官(政治担当)なので、もともと国務省の最高レベルの人員を張り付けてあるのだが、そこにさらに副長官も常駐して、そして国務長官もしょっちゅう出入りして度重なる会談で粘る、とういうのだから、これで結果が出なかった、もうずっと出ないんじゃないの?という感じだ。

7月2日から協議をやっていて、20日までずるずるとやっていそうだから、今月はずっとウィーンに米国務省の中枢部そのものが移っているような状態なのではないか。

会議場はパレ・コーブルクという宮殿を改装した超高級ホテル。それは快適でしょう。ヨーロッパ古典外交の華やかな世界だ。職業外交官たちはできればここにずっと居たいんじゃないかな。
Palais Coburg

サッカーの比喩よりも「会議は踊る」系の比喩を探した方がいいかもしれない。

14日は朝から複数回にわたってケリー・ザリーフ会談が繰り広げられたのだが、その内容はほとんど漏れてこない。

ケリー国務長官は記者会見はしないというのだが、しかしもしかして何らかのステートメントが出るかと待ち構えていたところ、国務省から出てきたのがこれ↓

“Remarks at the Tri-Mission Vienna Meeting With Staff and Families,” John Kerry, Secretary of State, Vienna, Austria, July 14, 2014

「内輪ウケ」が多くてよく分からないが、つまりケリーがウィーンの米大使館・代表部のスタッフに家族まで招いてねぎらいの会を開いたんでしょうな。なんだかハイに盛り上がっているというのは伝わってくる。

大使館・代表部がウィーンには三つあって大使(上席)が三人いるということが分かります。IAEA(およびウィーン国連代表部)担当大使と、OSCE担当大使と、ウィーン米大使館の大使。

在ウィーン大使館の大使はビジネスウーマンでフィランソロピストでマラソンも自転車も水泳も得意なマッチョな女性だということが分かる。いかにもオバマ支持層・支援者層ですね。ワシントンDC生まれ、スタンフォード卒、テキサスでIT企業のエグゼクティブとして成功、その後社会慈善活動へ、はー。

確かに、長期間の重要な会議で、長官はじめ国務省幹部が多数、次から次へとやってくるのだから、普段はけっこうのんびりしているはずのウィーンの大使館・代表部は国務省本省の業務をかなり肩代わりするぐらいの大騒ぎになっているはずで、現地スタッフを含めた大使館員や、大使館員の家族を含めて大変な献身で支えているのだろうから、それをねぎらう内輪の会を開いて、そこに国務長官自身が出てきてあいさつするというのは粋な計らいと言える。

しかしねー、世界中の誰もが何らかの進展があったかどうかを聞きたい14日のタイミングで、ケリーが交渉を抜け出して大使館員とその家族向けの会をひらいて、丁寧にもその際の発言を国務省のプレスリリースで出してくるってどういう神経なのかと思ってしまう。

それとも、重要なことは双方とも本国の最高権力者に判断を投げているか、あるいは事務方トップ(国務副長官や国務次官)でぎりぎりの交渉をしているのだから、国務長官は邪魔しないように外に出ていて、冗談の一つ二つでも言ってスタッフをねぎらっていればいい、ということなのかもしれない。それこそが部下を引きつける統率術、なのかも?

あるいはまた、アメリカ側の「余裕」をイラン側に示すための計略?「大石内蔵助の昼行灯作戦」を米国務省がやっているのか?ないない。

もしかしてきちんと発言を読むと何らかの重要な政治的決断を意味する文言が埋め込まれているの?時間がないのでそこまで読み込めない。

表面的にさっと読んだ限りでは、ケリーが本当にヨーロッパが大好きなんだなということはよく分かる。周知の事実ではあるが。今回はドイツ語で現地職員に話しかけたりしている。得意なのはフランス語だけじゃないんですね。対西欧のパブリック・ディプロマシーとしては最高の舞台で最高の演出でしょう。

問題はここは対西欧外交じゃなくて対中東外交の場だということ。そもそもケリーのヨーロッパかぶれがオバマ政権の中東外交を阻害している気もするんだが、これはもう誰にも止められない。この会で自らが振り返っている育ち方を見ても、東部インテリ金持ちの中でも、特に「そういう」環境で暮らしてきてしまっているんだから。

『フォーサイト』の記事にも書いたが、交渉の焦点は直接的には「イランにどれだけウラン濃縮を許すか」になってしまっているようだが、その意味するところは結局、米がイランの地域大国としての地位を認め、ある種のパートナーとして認めるか、逆にイランがそのようなアメリカの意図を信じられるか、という点での政治決断が双方の最高指導者レベルでなされるか、ということなので、ウィーンでの会議は「踊って」いればいいのかもしれない。本当に重要なのは本国の大統領・最高指導者の頭の中での決断、ということなのであれば、現場では頑張ってゴリゴリ交渉しつつ、緊張しながらも適度に発散して盛り上がっていればいい、という雰囲気があからさまになったのがこのプレスリリースなのかもしれない(憶測です)。

しかしボールが双方の最高指導者のコートにある、彼らの最終判断に委ねられている、ということになると、イランの方も心配だが、オバマさんも、あの、“I love you”と言われて”Thank you”って言っていた人だからな・・・と不安がよぎる。

米外交政策をあまりオバマ(およびいかなる大統領についても)の個人の資質に還元してはいけないと思っているのだが、決定的な判断の時に大統領個人のスタイルが出るという可能性はある。

サッカーよりも、古典外交よりも、『ヴァニティ・フェア』のロマンス・ゴシップ記事の方が米外交により的確な比喩を与えてくれるのかもしれない。

“I love you” と”Thank you”の話は2012年に英語圏ではひそひそと話題になったと思うのだが日本ではどうだったんだろう?あの話題はゴシップ・ネタとはいえ、暴露というよりはある種誰もが薄々と感じるオバマに対する「完璧なんだけど、カッコいんだけど、なんだかちょっと違う」ビミョーな感じをあまりにも的確に描いてしまっている予言的なエピソードとして米外交に関心のある人の頭には刻印されているはずだ。この素材を掘り起こしてきた伝記作家も「肝心な政治の決断の時になって彼のこういう面が出たら・・・」と読者が思うように仕組んで文章を書いていたのだと思う。たぶん。

ここで解説してもいいんだが、これ以上書いていると確実に編集者複数からレッドカードを出されるのでやめておきます。

【寄稿・ウェブで公開】『東洋経済オンライン』にイラク情勢分析が掲載

先週お伝えした、『週刊東洋経済』に寄稿したイラク情勢分析が、東洋経済オンラインに掲載されました。

池内恵「ISISがイラク侵攻、中東全体の秩序脅かす──過激派の勢力拡大で秩序の流動化が進みかねない」『週刊東洋経済』2014年7月5日号(6月30日発売)

週刊東洋経済2014年7月5日号

ヤフー!ニュースにも転載されたようです。

掲載号が紙で出てから一週間後のウェブ掲載は、頃合いの時期でしょうか。現実的にバックナンバーはほとんど売れないわけですから。紙の雑誌に載るにはだいたい1週間前に原稿を書きますので、タイムラグは2週間。

ただし現地の情勢が決定的に変わったわけではないので、ひとまずこれを基礎として考えていこうと思います。もちろん、その後重要な動きは多方面に出ているのですが、いずれも決定的ではありません。

政府と「イスラーム国家」がそれぞれ「戦果」「支配地拡大・奪還」の情報戦を繰り広げていますので、ほとんどすべての面において「不透明」で「流動的」。

しかし情報戦という意味では、物理的な陣地取り以外に、精神的な支持の引き寄せという側面が重要で、「イスラーム国家」の「カリフ制」宣言は、一定のコアな支持層には大ヒットだが、忌避する勢力、一層危機感を高める勢力を内外に際立たせるという意味では反作用(「イスラーム国家」側にとって)も大きい

今後2週間ほどの注目点は、軍事的な側面では、「イスラーム国家」とそれに呼応する勢力が「バグダード包囲」をできるか。つまりバグダードを囲む中規模都市を制圧して、シーア派が圧倒的多数を占める南部とバグダードを切り離すことができるかです。

さらにその先には、そんなにありそうもないことですが、一気にバグダードの中心部が(おそらくは内部の呼応者が一斉に蜂起して)陥落、首相府や大統領府に「イスラーム国家」の黒旗が掲げられる・・・というアラブ時代劇のような光景が出現するという事態。可能性は低いですが、何があるか分かりません。こういう場合には、アメリカは介入を迫られるか、それでも介入できなくて、決定的に中東から撤退・・・ということになりかねません。そうはならない程度にマーリキー政権を支える、というのが現在のオバマ政権の最終ラインでしょう。

イラク政府はロシアから中古のスホーイ戦闘機をロシアから買ったり、イランに湾岸戦争の時に避難させてそのままになっていた奴を取り戻したりして政府の軍事力の誇示(になるのでしょうか)を試み、同時に、遠巻きに様子を見ようとする米国への牽制に使っていますが、どれだけ効果があるのか分かりません。

爆撃するだけでは米軍ですらおさめられなかった北部・西部スンナ派地域ですから、単なる武力での鎮圧は不可能でしょう。そうなるとイラク中央政府の側で、挙国一致的な政権を作れるかどうかが注目されますが、7月1日に召集された議会は、さっそくまとまれずに散会。当分集まれないでしょう。

政治解決をする意志・主体が中央政府側になければ紛争は永続化=イラク国家の有名無実化が進行しかねません。つまりシリアと同じようになるということです。

スンナ派指導層で「イスラーム国家」と一時的に連合して政府に圧力をかけている勢力は、とりあえず「行けるところまで行く」という感じではないでしょうか。ここで引いても何もいいことはありませんので。どこかの段階で「ISを抑え込めるのはスンナ派の在地権力層の俺たちだけ」と言い出して中央政府・米国に妥協をもちかけてくるのでしょうが、それまでの間イスラーム国家には盛大に暴れてもらうということになりそうです。

「イスラーム国家」の「カリフ制」宣言には、これまで明示的に、あるいは潜在的に賛同していた勢力がイラク・シリア、およびアラブ諸国、イスラーム諸国で「忠誠の誓い」を表明していますが、それ以外の広範な支持を掘り起こすまでに入っていないと思います。しかし「イスラーム国家」が実効支配を定着させれば、またそれに対抗する各国政府の正統性と実効性が今以上に低下を極めれば、イスラーム諸国の世論もどうなるか分かりません。

スンナ派の既存の宗教勢力や在地の旧バアス党指導層など、これまで「イスラーム国家」に対して便宜的に利用して「微妙」な立場を保ってきたはカリフ制宣言に対して沈黙を保ち、イラクやアラブ各国の政府とその意を汲んだウラマーは反対を表明。「イスラーム国家」「カリフ制」を宣言したらムスリムが自動的になびくわけではない。かといって「イスラーム国家」が多数派には全く支持されていないとか荒唐無稽だともいえないのです。すべては相対的。今は相対的に彼らの威信と信頼性が以前になく上がっています。

以下に、『週刊東洋経済』に掲載の記事テキストを張り付けておきます。著者ブログのデータベース機能向上のためですので、できれば読みやすいレイアウトで『東洋経済オンライン」の方でお読みください)。

ISISがイラク侵攻、中東全体の秩序脅かす
過激派の勢力拡大で秩序の流動化が進みかねない

イラク北部と西部で「イラクとシャームのイスラーム国家(ISIS)」が支配領域を広げている。北部の中心都市モースルを陥落させた後、サダム・フセイン元大統領の故郷のティクリートや石油精製施設を抱えるバイジを支配下に収めた。シリアやヨルダンとの国境地帯も制圧し、シリアでの支配領域との一体化を進めている。

ISISの起源は、イラク戦争後の2004年にヨルダン出身のアブー・ムスアブ・ザルカーウィーがイラクで結成した、「唯一神信仰とジハード団」である。この組織がオサマ・ビン・ラーディンに忠誠を誓い「イラクのアル=カーイダ(AQI)」と改称したことから、世界各地でフランチャイズのように「アル=カーイダ」を名乗って緩やかに共鳴する諸集団の代表格となった。

■諸勢力が連合し急拡大

ザルカーウィーは、米軍に加担して権力を握ったシーア派主体の政権を宗教の敵と見なし、シーア派を「逸脱」とする扇動を行い、宗派紛争に火をつけた。このようなイスラーム教徒の社会を分断する宗派主義的な思想は、それまでのアル=カーイダの思想には希薄だった。

ザルカーウィーらはアル=カーイダの「第2世代」とも呼ばれ、20年までに各地の政権を打倒して世界規模のイスラーム国家を建設するという構想を温めていた。ザルカーウィーは06年6月に米軍の攻撃で死亡するが、AQIはほかの武装勢力と共闘して、同年10月に「イラクのイスラーム国家(ISI)」の設立を宣言したのである。

07年から翌年にかけて、ブッシュ政権は米軍の大増派(サージ)を行い、掃討作戦と政治的取り込み策を併用してAQIを地域住民や指導層から孤立させ、活動を鎮静化させた。そこで、オバマ政権は11年暮れに米軍をイラクから撤退させたが、イラクのマーリキー現政権は政治的取り込み策を継承せず、むしろスンナ派諸勢力を敵視し疎外したため、武装勢力の活発化と住民の中央政府からの離反をもたらした。

「アラブの春」で反体制抗議行動の波が及んだシリアでは、東部や北部への政府の実効支配が薄れた。その機会をとらえ、ISISは越境して拠点を形成、現在のイラクへの侵攻の足掛かりにした。13年に組織名を、現在の「イラクとシャームのイスラーム国家」に変え、イラク・シリア国境の両側で活動を活発化させた。

急速にISISが伸長した背景には、土着の部族勢力の呼応や、旧フセイン政権指導層が組織する、「ナクシュバンディーヤ教団軍」などとの連携があるとみられる。ISISを「国際テロ組織」とのみとらえることは、現段階に至っては適切ではない。組織の中核には、世界各地からジハード戦士を呼び集め、自爆テロを盛んに用いるアル=カーイダ型の集団がいることは確かだが、地元勢力の呼応や諸勢力との連合関係がなければ、ここまで短期間に勢力は拡大しないだろう。

■勢力拡大の背景

現在はいわば諸勢力が「勝ち馬に乗る」形で、ISISの勢力が拡大しているが、そのことは、後に統治の方法や戦略・戦術をめぐって連合が割れ、勢力が崩壊あるいは雲散霧消する可能性を示している。ISISが得意とする、インターネット上での動画や声明による巧みな宣伝によって、勢力が過大に見積もられている可能性もある。

ISISの支配地域は、北部と中部のスンナ派が多数派である4県、ニネヴェ、サラーフッディーン、アンバール、ディヤーラに限定されている。これらの県では、現在のイラクの体制を定めた05年10月の憲法制定国民投票で、過半数あるいは3分の2が反対票を投じた。それに対して、シーア派やクルド人が多数を占めるほかのすべての県・都では、圧倒的多数が憲法案に賛成票を投じていた。

イラクの現体制に対して、地域・宗派間で支持・不支持が鮮明に分かれており、旧体制で支配層を多く出していたスンナ派が、現体制の下では少数派として疎外されたとする不満を強めていることが、現在の対立の根幹にある。

ISISはザルカーウィーらが構想していた、バグダッドを包囲して南部のシーア派主体の地域から切り離す戦術を採用しているもようだ。シリアと同様に、中央政府の支配の及ばない範囲が領域内に成立し、首都が恒常的に脅かされる、長期的な内戦状態に陥る可能性がある。シーア派が多数を占める南部ではISISの大規模な侵攻は難しいだろうが、ナジャフやカルバラーなどシーア派の聖地でテロを行って宗派紛争を刺激する危険性がある。

オバマ米大統領は5月28日にウエストポイント陸軍士官学校で行った演説で、外交・安全保障戦略の基本的な姿勢を定義した。そこではテロを最大の脅威と認定しつつ、米国へ直接的に影響を及ぼす場合以外は、軍事行動を最小限にとどめ、同盟国の対処能力を向上させて、政治的解決を重視する原則を示した。

このいわば「オバマドクトリン」の実効性が早速試されている。6月19日に発表したイラク対策方針では、直接戦闘を行わない軍事顧問団を派遣してイラク政府軍・部隊の訓練に当たらせるとともに、イラクでの挙国一致政権の設立を要請するとしている。

■イラン覇権拡大のおそれ

オバマ大統領は公的な発言で、ISISの伸長を米国への「中・長期的」な脅威と厳密に定義している。すなわち米国にとっての「短期的・直接的」な脅威ではないという認識であり、この段階では軍事行動は極めて限定的で見えにくいものになるだろう。

しかし米国が軍事的な支援に躊躇すれば、マーリキー政権は一層イランとの同盟関係を強めていくだろう。オバマ政権の対処策は理論的には精緻に練られたものである。だが、単に米国の影響力の低下と、イランの中東地域での覇権確立を許すだけに終わるかもしれない。そうなれば、オバマ政権が外交・安全保障上の成功事例として政権の遺産にしようと力を入れているイラン核開発問題の交渉でも、大幅に不利な立場に置かれる。

米国の同盟国であるサウジアラビアやトルコは、ISISを直接支援していないが、スンナ派住民の不満には共感を示している。米国がマーリキー政権への支援を通じてイランの勢力圏拡大を容認すると受け止めれば、これを脅威と認識し、反発を強め、宗派紛争を各地で惹起する形でイランとの覇権競争を激化させていくだろう。その場合、イラク・シリア・レバノンにまたがる地帯で、中央政府からの離脱傾向や不安定化が進む。今は安定的に見えるヨルダンとサウジアラビアも、この不安定な地帯に接しており、その波及が危惧される。

イラクとシリアの国家・国境の形骸化が進めば、イラクのクルド人勢力は、最大限の版図を軍事的に確保したうえで独立に進もうとするだろう。それによって、第1次世界大戦終結時以来の、中東での国境再画定を目指す秩序の流動化が進みかねない。

(「週刊東洋経済」2014年7月5日号<6月30日発売>掲載の「核心リポート03」を転載)

【寄稿:無料になりました】金曜礼拝に「カリフ」現る─『ハフィントン・ポスト』『ブロゴス』にも転載

昨日紹介した、イラク情勢についての『フォーサイト』への寄稿が、無料公開に切り替わりました。

『フォーサイト』の宣伝の一環で、ハフィントン・ポストブロゴスにも転載されました。

それらのサイトでもいいですが、フォーサイト本誌でも読んでみてほしいですね。
池内恵「イラク・モースルに「カリフ」が姿を現す」『フォーサイト』2014年7月6日

このブログのデータベース機能を高めるため、いちおう本文を書きに張り付けておきます。参考記事へのリンクまで張るのは面倒なので、『フォーサイト』等を参照してください。

イラク・モースルに「カリフ」が姿を現す

7月4日、イラク北部モースルの大モスクの金曜礼拝に、「カリフ」が姿を現した模様だ。ISISを改め「イスラーム国家(IS)」を名乗ったアブー・バクル・バグダーディーが金曜礼拝の導師を務める様子が、土曜日になって盛んにインターネットに流されるようになった映像に映し出されている。

この映像が事実に基づくものであれば、これまで公の場に姿を見せず、数枚の写真と音声のみしか知られていなかった「イスラーム国家」の指導者が、白昼堂々と、イラク第二の都市の中心のモスクで導師を務めたことになる。イラク内務省はこのビデオの登場人物を「偽物」と主張しているが、真偽は定かではない。

■ 相次ぐ宣言・声明・登場

イラクで勢力を急拡大したISISは6月29日に「イスラーム国家」と改称し、カリフ制政体の設立を宣言していた。7月1日にはバグダーディーが音声で声明を出し、世界のムスリムに新たに設立されたイスラーム国家への移住を呼びかけた。そしてついに4日、公衆の面前に姿を現した。

バグダーディー(カリフとしては「イブラーヒーム(アブラハム)」を名乗っている)の演説の能力や、このような劇的な登場の仕方によって、少なくとも、演劇的効果は十分に発揮したと言っていいだろう。

これはイラクでの紛争の軍事的側面には直接的影響は及ぼさないにせよ、イスラーム世界全体に心理的なさざ波を引き起こすだろう。

近代の西欧キリスト教世界を起源とする領域主権・国民国家を超越したイスラーム国家の再興とカリフによる政治指導の復活は、既存の民族・国家・国民の枠の中でおおむね自足してきたムスリム諸国民の世論の底流に、現状を超越して栄光の時代に回帰する夢として生き続けてきた。1923年のオスマン帝国の終焉以来、カリフ制政体は現実的なものとしては存在したことがなく、オスマン帝国そのもののカリフ制政体としての内実も疑いを持つ者があった。その意味で、ISが主張するカリフ制政体によるイスラーム国家建国は、かなり歴史を遡らなければ確固とした現実であった時期はなく、依然として非現実的な、ヴァーチャルな性質を色濃く備えている。

しかし、現に一定の領域を実効支配するという、ターリバーン政権のアフタニスタン支配を除けば、ジハード主義的な運動にとって近年にない政治・軍事的な成果を挙げており、それが長期間持続するかどうかは定かでないにせよ、近代を通じて底流に流れていた夢想に一定の現実の形を与えたという点で、重要性は計り知れない。

■ 学識の高さは明らか

また、現実味があるかどうかよりも、インターネット上でタイミングよくこのような映像を流し、イスラーム世界の耳目を集め、カリフ制・イスラーム国家の理想への注意を喚起しえていること事態が、イラクでの個別の戦闘・政治闘争においても、より広いイスラーム世界に支配を及ぼすという彼らの長期的目標においても、重要なのだろう。

バグダーディーは演説やコーランの朗誦でも確信に満ちたイスラーム学への学識の深さを示している。敬虔な信者から尊敬されやすいタイプの人間類型であると、映像を見る限りは言える。

各国の政権や政権に近い多くの著名・有力ウラマーはいずれもバグダーディーのカリフ就任の承認を拒絶している。それは「イスラーム国家」が既存のアラブ諸国・イスラーム諸国の領域と政体を全否定していることが自明であることから、当然の反応だ。

一般のムスリム市民にしても、「イスラーム国家」の過酷な統治を歓迎する者が現状で多数を占めるとは考えにくい。

しかし各国の政権の統治が不正義とみなされている状況がある限り、またそれらの政権に追随して宗教解釈を融通無碍に切り替えるウラマーの信頼性に疑いを持つムスリム市民がいる限り、多数派ではないにしても社会の中の一定数が「イスラーム国家」に賛同・共鳴者していく可能性は十分にある。この運動が潰えても、同様の運動が各地で生じるかもしれない。

2001年の9・11事件で「超大国アメリカの中枢に打撃を与えて一矢を報いた」ことにより世界のムスリムの想像力を掻き立てたビン・ラーディン傘下のアル=カーイダを、今やISは凌ぎ、世界のジハード主義の諸集団の中で一気に主導権を握ろうとしている。

■ イラク・シリアの国内政治では逆風も

しかしそのことは、イラクやシリアでの「イスラーム国家」による領域支配の拡張や定着にとっては逆風となりうる。

イラク内部では、シーア派諸勢力にとっては、もしスンナ派のカリフ再興を掲げる運動が支配を全土に及ぼすのであれば、シーア派への徹底的な弾圧・非寛容をもたらすと予期させるものであり、徹底的な弾圧への圧力と支持がマーリキー政権の背後に集まると共に、シーア派民兵諸組織の活性化による、宗派紛争の激化を引き起こしかねない。

イスラーム国家においては価値的に「劣位」に置かれ、その支配に服従する限りは生存を維持されるという意味で「庇護」されると解釈されているキリスト教徒などの少数派に属する者たちは一層強く警戒するだろう。

欧米諸国やイスラエルの反発・警戒心も一層高まることが当然のごとく予想される。そういった欧米・イスラエルの脅威認識が高まった頃合いを見て、シリアのアサド政権やイラクのマーリキー政権、あるいはイランは一気に、大規模な人道的悲劇を引き起こしながら、一気に弾圧を行うのかもしれない。国内や欧米の恐怖心が高まるのを待って「泳がせている」段階かもしれないのである。

ISと連合・協調しているイラクのスンナ派諸勢力にも、分裂・足並みの乱れが生じるきっかけとなる可能性がある。一部は本気でISのカリフ制イスラーム国家建国の主張に賛同するかもしれないが、旧フセイン政権派などの指導・支配階層にとっては、バグダーディーをカリフと仰いでイスラーム法の支配に服すことには多大な苦痛・困難を伴うだろう。

ISがカリフ制のシンボルを多種多様に用いて行うメディア宣伝は、シーア派にとってもスンナ派にとっても、社会・共同体に分裂と動揺を誘いつつ、想像力を掻き立てていくだろう。

■ 「ラマダーン・ドラマ」の視聴率競争に参戦

興味深いのは、ISのカリフ制宣言が断食を行うラマダーン月初日に発表され、時間的な隔たりを極力おくことなく7月1日には音声声明でバグダーディーの実在が示され、さらに矢継ぎ早に7月4日の最初の金曜礼拝で劇的にバグダーディー自身が登場して見せたことだ。

ラマダーン月は日中は断食をして過ごしながら、日没後は盛大な宴席が催される。その日々を彩るのは、アラブ世界の各テレビ局が競い合う連続テレビドラマである。各局は一年かけてこのひと月のラマダーン・ドラマのための準備をしていると言っても過言ではない。ラマダーン月初日の29日はまさに各局の連続ドラマ第一回が始まる日であった。

今年はワールド・カップという視聴率競争の強敵もいる。逆に言えば有力コンテンツの競合で、人々は一層テレビの前に引きつけられている。ここに「イスラーム国家」は参入し、少なくともアラブ世界のイスラーム教徒の想像力には盛んに訴えかけることに成功している。

ラマダーン初日に「イスラーム国家」「カリフ制政体」の設立を宣言して衝撃を与え、続いて顔を隠したバグダーディーの音声声明が出て、それに対して「隠れるな、姿を見せられないのか」といった各国の有識者の賛否両論の声が出たのを受けて、予想に反して最初の金曜礼拝に鮮やかに姿を現してみせた。

ラマダーンの連続ドラマとしての「つかみ」は上々であり、早速先の読めないどんでん返しを繰り返して見せている。

設定や舞台背景、衣装の作り込みも精巧である。

金曜礼拝の演説で、バグダーディーは黒いターバンを被っていた。一般的に黒いターバンはムハンマドの子孫が被るものとされる。イスラーム法学理論では、カリフはムハンマドが属する「クライシュ族」に属すことが求められるが、バグダーディーはこのクライシュ族の血統を引いていると主張し、正統なカリフの資格要件を満たしていると主張している。黒いターバンはそれを象徴的に示したのかもしれない。

また、著名なハディースでは、ムハンマドが630年にメッカを征服した時、黒いターバンを被っていたとされる。モースルの電撃的な陥落を、預言者のメッカ征服に匹敵する世界史上の事件であると印象づける演出であるとも、ツイッター上の共鳴者たちは囃し立てる。

「カリフ・イブラーヒーム(アブラハム)」を名乗り、「アブラハム一神教」の原点に戻る「世直し」の印象を与えるなど、アラブ世界のイスラーム教徒の感情の琴線をいちいちついてくる巧みな象徴の操作である。政治運動としての現実性はともかく、少なくとも「ドラマの台本」としてはよくできている。

ラマダーン月の連続ドラマに耽溺して一瞬現実を忘れようとするアラブ世界の民衆に、あらゆる象徴を「てんこ盛り」にした現在進行形そして(視聴者がもし望むなら)双方向性を持たせた「リアル・カリフ制」の大河ドラマをぶつけてきた「イスラーム国家」は、国民国家の境界を超越しようと夢見るだけでなく、リアルとヴァーチャルの境目をも揺るがす「アル=カーイダの子供たち」の極めて現代的な運動と言えよう。

今年のラマダーン・ドラマ、イチ押しは「実写版・カリフ制イスラーム国家の再興」

休む暇もない。

7月4日にイラク・モースルの大モスク(ヌーリー・モスク:Great Mosque of al-Nuri)で行われたとみられる、ISIS改め「イスラーム国家(IS)」の指導者で「カリフ・イブラーヒーム」を名乗るようになったバグダーディーの金曜礼拝への演説(khutuba)の映像が土曜日になって盛んにインターネット上で流れるようになった。

ISIS_Baghdadi_Khalifa_khutubah18.jpg

新聞各紙も取り上げている。【BBC【アル=ジャジーラ】【アラビーヤ】【インディペンデント】【マスリー・アルヨウム=AFP電

これについて、『フォーサイト』に緊急に寄稿しました。

池内恵「イラク・モースルに「カリフ」が姿を現す」『フォーサイト』2014年7月6日

今のところ有料なので【追記:無料公開になりました】本文を張り付けてしまうわけにはいかないのですが、上に挙げたような映像に出てくることや、記事に書いてある以上のことは、事実関係は日本にいる私からは分かりようがありません。むしろそれらがどう解釈されていくのか、どのような意味を持つのかについて、いつも話しているようなことを今回も書いています。少しずつこのブログでも敷衍していきましょう。

先日から思っていて書きたかったことは、「イスラーム国家」や「カリフ制」宣言が持つ、イラク・シリアでの内戦・紛争の状況への影響とは別に、イスラーム世界全般に向けた宣伝・イメージ作戦としての側面が持つ意味。

特に、一連のカリフ制宣言が、ラマダーン月の恒例の各局の連続ドラマにぶつけてきた、「リアル・カリフ制」を主題とした現在進行形・視聴者との双方向性を持たせたドラマ、というように見えること。

断食でへとへとになったイスラーム教徒は、日没後に豪勢な食事を楽しみ、各局が一年かけて粋を凝らして作った連続ドラマに酔い痴れるのです。

ワールドカップもやっています。

いつになくアラブ諸国・イスラーム世界の人々がテレビの前にかじりついているのです。そこにネタを投入、ということですね。まだ各国の視聴率競争でどこが優勢なのかは分かりません。

「イスラーム国家」からすると、先を越されてはいけませんし、ネタを欠かせてはいけないので、矢継ぎ早に手を打ってきています。

6月29日 ISISから「イスラーム国家(IS)」への名称変更宣言、カリフ制政体の設立宣言。

7月1日 バグダーディー自身の音声による声明で「世界のムスリムはイスラーム国家に移住せよ」と煽る。

7月4日 カリフ制宣言後の最初の金曜礼拝で劇的に支配地域の「首都」の大モスクに登場。初めて公衆の目に触れる。しかも明らかに「プロ」の声色と内容で説教、朗誦。

ドラマとして見れば非常に精巧です。黒いターバンの象徴は?預言者ムハンマドがメッカを征服していた時に被っていたそうです。ジハード戦士としての偽名「アブー・バクル・バグダーディー(バグダードのアブー・バクル)」なんて、出来過ぎていてギャグっぽくなるのではないかと心配するぐらいだ。初代正統カリフがアブー・バクルですから。

バグダーディーは正式にはAbū Bakr al-Ḥussaynī al-Qurayshī al-Baghdādīと名乗っているが、この al-Qurayshīというところで、預言者ムハンマドを生んだ「クライシュ族」の末裔であると主張している。正統4代カリフの事例を規範典拠としたイスラーム法学では、クライシュ族であるという血統をカリフの条件として重視している(血統だけで決まるわけではないが、必要条件・資格要件の一つとして重視されている)。

そして現代のアブー・バクルがカリフを襲名すると今度は「イブラーヒーム(アブラハム)」を名乗るというのだから、「アブラハム一神教の原点に返れ」と言いたいのかもしれない。

識字率が上がり、インターネットも介してイスラーム教のテキストが一般にも行き渡ると、宗教的統制が効かなくなり「誰でもカリフ」を名乗れてしまう。しかもそれが既存の宗教権威の言っていることと遜色ない、という状況が背景にあると思われます。

これに加えて政治・軍事的な混乱で政府の統制が及ばない地理的空間が出現し、大規模な武装化・組織化して実効支配することが可能な空間が出現した。

つまり、上記の宗教社会的な、および政治・軍事安全保障上の条件が変わらない限り、たとえイラクのこの集団と指導者がどこかの段階で放逐されたとしても、こういった現象の根絶は困難と思われます。

記者クラブ講演の概要と映像──「セキュリティ政権」とジハード主義の「開放された空間」

日本記者クラブでの講義シリーズ、先日のエントリではこれまでの回をまとめてみましたが、6月27日の回も概要と映像がアップされましたので再掲します。

池内恵「エジプト・シリア・大統領選後の中東」日本記者クラブ、2014年6月27日

ここでの主要な概念は(1)「セキュリティ化する各国政権」と、(2)それによっても掃討されず、紛争を繰り広げながら各国の政権と共存するジハード主義勢力の伸張、部分的な「開放された戦線」の成立。

アラブの春の衝撃で軍・治安機構が割れた国は政権が倒れたが、それが再結合をした(エジプト)か、再結合を目指しているがうまくいっていない(リビア、チュニジア)かに関わらず、政権側には軍・治安機構の再結合が進み、「セキュリティ確保」を存在意義として国内外に承認を求める傾向に進んでいる。イラクのマーリキー政権もそのようなセキュリティ政権として米国やイランなどに存在を認めさせようとしているが、実際に領域を掌握できるかどうか米国も懐疑的で様子見。

政権の崩壊によって政治的自由化が一定程度行われた国(エジプトやチュニジアなど)では、制度内政治参加路線のムスリム同胞団などが選挙を通じて台頭したが、上述のセキュリティ部門の再結合によって制度外の強制力によって覆された(チュニジアでは政権は退陣させられたが、民主化プロセスは辛うじて残った)。その際には司法も大きく介在した。

ムスリム同胞団などの制度内政治参加路線が無益であるとかねてから主張してきたジハード主義者は、制度外・超法規的・強制的手段(軍・警察公認の大規模デモ・司法の妨害・軍クーデタ)によるムスリム同胞団の排除を受けて、その主張の妥当性が一定程度、一定数の国民から認められ、多数派ではないが、一部の強い支持を得るようになり台頭。グローバル・ジハード思想の「開放された戦線」が局地的に現実化した。

セキュリティ政権はジハード主義勢力の台頭と「開放された戦線」を脅威とするが、それへの対処を正統性の根拠とする。シリアは最初からセキュリティ諸組織の結束で政権を維持し、国土の4割を放置したまま巡回弾圧で持続している。エジプトではシナイ半島でのジハード主義の台頭を正統化根拠として軍政が強化されている。同じことをリビアのハフタル将軍も狙い、もしかするとチュニジアでもやがてはジハード主義に対抗すると称するセキュリティ諸部門結合がなされて政権獲得を目指す動きがあるかもしれない。

両者の対立しながらの共存が当分続くだろう、というのが現時点での分析。

来月にはテープ起こしが活字になって出る予定です。そうこうしているうちにも現実は進んでいく。

日本の中東論のパラダイム転換(人間社会は進歩しない─ただ変わるだけだ)

今日の朝から午後までは、意を決して予約して病院で徹底検査をしてもらった結果、全然問題なし、きれいな内臓お写真を見せてもらって拍子抜けいたしました。

調子が悪いと思って節制したり船で海籠りして論文書いてたら治ってしまったのだろうか。

というわけで復帰・・・とメールを見たら、なんだかISISの「カリフ制」宣言について一時的にメディアの関心が高まっていたようだ。もう萎んだかも。私が電波の届かない検査室に入っている間に電話やメールで大騒ぎした挙句「連絡つかないのでよそに」なんて人が幾人も。

よそにいくのは構わないけど、まともな人に話を聞いて、まともな人を公共の電波に乗せてよ。

「アラブの春」がシリアに及んで、政権による過酷な大弾圧が執拗に行われ、反体制派はテロリストだ、欧米・イスラエルの手先だと嵐のようなプロパガンダが溢れ、それに対して反体制側には武装化する勢力が浸透していく、という展開になってから、「良識派」と自認しているらしきメディアが取り上げる中東論がさらに混迷を深めたので、胸が悪くなる。そういったストレスは体調に悪いのでなるべく読まないようにはしているが、日本での中東言説という私のかつての一つの研究テーマに関わるので時々戻ってきて見ている。

思い出せば、2001年の当時は、中東・イスラーム学会の大部分の人は、「イスラームは寛容だ、テロなんてない」と現実の認識を拒否し、「対テロ戦争」をやるブッシュ政権・アメリカの方に問題の原因があるのであり、アメリカに非がある(この二つは論理的に別物ですが、たいてい渾然一体になる)と論じていた。

ところが今は、「アラブの春なんてない。デモは欧米の介入だ、実際に存在する反体制派はジハード主義のテロリストだ。テロリストの掃討をやっているアサド政権を批判するアメリカは間違っている。アメリカに非がある」という論理が中東研究者から盛んに出てくる。

そして、『世界』とか『朝日新聞』は、「アメリカに非がある」という結論さえ一緒ならば「良識派」なのかと勘違いして盛んに取り上げるので、今やそういう主張がすっかり権威になってしまっている。

まあ、誰もやりたがらないシリアやイラクや、テロリストの声明ビデオとかを、業務もあってしっかり見ているのは素晴らしいことだ。私の上の世代もその上の世代もそのまた上の世代も、まったく実際にアラブ世界で出されている新聞も読まず、テレビも見ないで勝手に「アラブの民衆」を代弁していた。それが、私の勉強したころからインターネットが出てきて、今の世代はそれが当たり前で、新聞もテレビも、犯行声明も爆破映像もしっかり見て何かを言おうとする。それはかなり大きな進歩と言っていい。

しかし日本の中東研究の業界の世代交代は、まだ真の意味での学問的成果の向上には結びついていないようだ。技術的には進歩したのだろうけど、結局それにもとづく主張においては、単にイデオロギー的な立ち回り方が変わっただけだからだ。もっと「こじれて」しまった感もある。言っていることがもっとトリッキーに、冷笑的に、これまでよりもさらに機会主義的になっている。

2001年当時は、中堅以上の中東研究の人はたいてい左翼だった。年代的には、団塊の世代より下の、東大や外語大に入って極左の先生にオルグされて、他の大多数の学生たちは政治離れしている時代に、ある種のマイナー文化のサークルのようにして遅れてきた学生運動をやっているような人たちが、私の一回り上の先輩方だった。そういう人たちがなぜ中東研究を選んだかというと、欧米中心主義への対抗軸のよりどころとして「アラブ」や「イスラーム」に期待をかける、というのが表面上の論理だったが、その大前提には、日本社会の主流派に対するルサンチマンが濃厚に感じられた。個人史的には、抑圧的な父(の世代)への反発といったものもあっただろう。あの世代のさらに親の世代には、国家とか社会とか個人の人生に関する今では考えられないほどの厳しい制約があったからね。むしろ日本社会への反発が、その背後にあるアメリカという最大の権威・権力への敵意を産んでいるようにも見えた。アメリカに行ったこともない人が多く、認識がかなりヴァーチャルなのである。このあたり、ビン・ラーディンのサウジ社会への反発が米国が支配する世界の体制全体への敵意というより「大きな話」に展開していく点と重なる。そんなわけで、私の上の世代の中東研究者は、世間向けはともかく内輪ではビン・ラーディンにかなり共感的だったし、9・11事件の時に露骨に高揚したり陰謀論を力説している人たちも見かけた。

ところが、2011年以降は、私と同じぐらいか、少し下の世代の中東研究の人たちが出てきた。その世代はかなりネトウヨ的な性格を帯びた人たちが多くなっている。こちらは反米右翼的な立場から、アラブ世界によりどころを見出そうとする。そこではアメリカから発せられる民主主義とか自由主義の説教には虫唾が走る、といった感情的な反発が見られる。民主主義や自由主義の観点からは否定的に評価される独裁政権の方が実は優れている、と様々な方法で主張する。これも欧米中心主義を批判しているように見えて、その実、今の日本の世の中で信じられていることはすべて間違いで、自分だけは真実を知っている、という全能感を得ることが初発の欲求なんではないか、という疑いを禁じ得ない言動が日々に漏れ出てくる。若い時はみんなそんなものかもしれないけど、そのまんまの意識で説を立てて、それが専門家が少ないがゆえにメディアを通じて社会に流れてしまうのは、日本社会の中東認識と政治判断を誤らせる。

外見上は、「反米」というところで私の上の世代と下の世代は一致している。両方とも結論としては「テロとの戦いの破綻」といった言辞を掲げるので、私の上の世代も下の世代も『世界』『朝日新聞』の覚えがめでたい。私の方はというと、ほぼ出入り禁止になっている。まあ他にも行くところはいくらでもありますからいいんですけどね。インターネットが権威主義を崩した。遅れてきた権威主義者が必死に旧来の権威的メディアに登用されようと必死になっているが、何の意味もない。

私の上の世代の中東研究者の主張は「イスラームはテロではない。だからアメリカの対テロ戦争は間違っている」という論理だった。ところが私の同世代の一部や下の世代になると「イスラームなんて言っている奴はテロリストだ。それを掃討してくださるアサド様の対テロ戦争は正しい。それを支援しないアメリカは間違っている」という論理になっている。

時代は変わりましたな。

その変化に多少の影響を与えることに私の青春時代は費やされたんだが、結局時代が良い方に行くなんてことはなかったんだよ・・・てことですね。

両方とも結論は「アメリカは間違っている」なんだけど、まったく違う話しているよね?『世界』『朝日新聞』の編集者さんたち、ここは気づいたうえで誌・紙面に載せているんだよね?もしかして気づいていない?そうだとするとリテラシーにかなり問題ありますが?

気づいていないといけないからダメ押しするけど、後者の論客たちは、面と向かっては言を左右するかもしれないけど、その論理構成や本音は明確に、「アサド政権は反体制勢力を殺しつくせ」と言っているんだよ?「市民」なんて冷笑しているんだよ?「イスラームなんて言っててどうせテロリストだろ」て言っているんだよ?思想信条は自由だけれども、それは「良識派」ではないよね?9・11事件からイラク戦争の時に盛んに『世界』や『朝日新聞』が主張していたこととは正反対なんだよ?それは分かっているよね?

世界の諸悪の根源は米国だと、何らかの理由で(つらい生い立ちとか、抑圧的な親への反発とか、志望の大学に受からなかったとか、モテなかった学生時代とか、そういったことから抱いた日本のエスタブリッシュメントへの漠然とした反感とか、あるいはとにかく米国・日本政府に文句をつけることが存在意義になっている業界や企業に就職しちゃったからとか)で固く信じるに至ったとしても、アサド政権が反米だからと言って、反米ならなんでも正しいというところまでは退化しないでほしいものだ。それともそこまで追い詰められているのだろうか。これは中東研究者にも、それを一知半解で取り上げる「良識派」のメディア企業人の両方に対しても共通に抱く疑念だ。

ついに「カリフ制」まで・・・イラクのISISの行き着くところは

『フォーサイト』に速報を書いておきましたが、ISISが「カリフ制」を宣言して、指導者のバグダーディーが「カリフ」を宣言【ユーチューブでの音声による声明】。イスラーム法上のカリフというのは、全世界のムスリムの指導者という意味で、今は現実的にはイラクとシリアの支配領域に限定されていても、それを拠点にどんどん広がっていくということを宣言しています。

池内恵「ISISの「カリフ制」国家は短い夢に終わるか」『フォーサイト』2014年6月30日

もちろん「イスラーム国家」を宣言した時からこの方向性は自明だったのですが、実際にカリフを宣言するというのは、実態を伴っていなければ冷笑されて終わるだけなので、曲がりなりにも一定数のムスリム、一定の地域で「カリフ」と呼ばせることが可能になったと当事者たちが判断しているのであれば、かなりのことです。まあ支持勢力の規模や持続性、最近一気に膨れ上がった連合諸勢力の真意を読み間違っている、単なる独りよがりの勘違いで終わる可能性も高いですが・・・

バルザーニー・クルド地域政府大統領が「独立」を明言

『フォーサイト』の「中東の部屋」にまた一本寄稿しました。

池内恵「「クルド独立」を口にしたバルザーニー大統領」『フォーサイト』2014年6月24日

内容は、CNNのクリスチャン・アマンプールによるインタビューに答えたバルザーニー発言の速報と、背景の歴史解説ですので、英語を読むのが苦にならない方は、CNNの原文を読んでもいいかと思います。

“EXCLUSIVE: Iraqi Kurdistan leader Massoud Barzani says ‘the time is here’ for self-determination,” CNN, June 23, 2014.

バルザーニー発言は6月23日月曜日に放送されたようですが、6月19日のオバマ政権の対イラク政策の決定を受けて中東に急派されたケリー国務長官は、24日にバグダードを訪問し、イラク政府高官やスンナ派の指導者の一部と会っただけでなく、同日に北部のクルディスターン地域政府も訪問してバルザーニーと会っています。独立を思いとどまるように説得した模様です。

「理論的にはありうる」という意味で「想定の範囲」としては十分意識して論じたりしていたものでも、実際に現実になろうとするとやはり驚きますね。

バルザーニーのCNNへの発言より。

“Now we are living [in] a new Iraq, which is different completely from the Iraq that we always knew, the Iraq that we lived in ten days or two weeks ago.”

“After the recent events in Iraq, it has been proved that the Kurdish people should seize the opportunity now – the Kurdistan people should now determine their future.”

【意訳】我々は今、新しいイラクに住んでいるのだ。それは我々が常々知っていたイラクとは完全に別のものだ。10日前、あるいは2週間前と今は完全に異なっているのだ。

最近のイラクでの出来事以来、クルド民族は今こそこの機会を捉えなければならないということがはっきりとした。クルディスターンの民は未来を決めないといけないのだ。

【海外の新聞を読んでみる】シリア・イラク国境地帯は新たな「アフパック」となるか

米オバマ大統領の当面のイラク政策についての姿勢が示されたが、背後ではISISの伸張を受けて対イラク政策を対シリア政策と一体的にとらえて転換しようという動きが進む、とワシントン・ポストが匿名の消息筋を引いて論じている。

White House beginning to consider conflicts in Syria and Iraq as single challenge, The Washington Post, June 19, 2014.

The Obama administration has begun to consider the conflicts in Syria and Iraq as a single challenge, with an al-Qaeda-inspired insurgency threatening both countries’ governments and the region’s broader stability, according to senior administration officials.

【意訳】シリアとイラクは「一つの問題」であって、そこではアル=カーイダに触発された武装蜂起が両国の政府や地域の安定を脅かしている、とオバマ政権はみなし始めていると複数の政権高官が語った。

At a National Security Council meeting earlier this week, President Obama and his senior advisers reviewed the consequences of possible airstrikes in Iraq, a bolder push to train Syria’s moderate rebel factions and various political initiatives to break down the sectarian divisions that have stirred Iraq’s Sunni Muslims against the Shiite-led government of Prime Minister Nouri al-Maliki.

【意訳】オバマ政権はNSCの会合で、イラクでの空爆をもし行った場合の帰結を再考し、シリアでの穏健な反体制派を支援するより大がかりな策を検討し、イラクのシーア派主導のマーリキー政権とスンナ派の争いを刺激する宗派主義的分裂を解消するための方策を検討した。

Senior administration officials familiar with the discussions say what is clear to the president and his advisers is that any long-term plan to slow the progress of the Islamic State of Iraq and Syria, as the insurgency is known, will have far-reaching consequences on both sides of the increasingly inconsequential desert border that once divided the two countries.

【意訳】ISISの伸張は、シリアとイラクの両国に重大な帰結を生じさせると大統領も側近も認識するに至った。もはや砂漠は両国の政治を隔ててくれない。

このような認識から、対イラク政策は対シリア政策と一体に考案され適用されなければならない、とオバマ政権が考えるようになったというのだが、この転換が実施に移されれば、シリア問題についても大きな政策の転換になりうる。オバマ政権は、自由シリア軍など反体制派のうち親欧米の穏健派に軍事支援をせよという要求を、言を左右して実質上は退けてきたからだ。それについては次のように書いてある。

Although spreading faster in Iraq, the advance of ISIS could also force the administration to reconsider its calculations in Syria, where Obama has taken a cautious approach, declining to arm moderate rebel factions or conduct airstrikes on government airstrips, as some advisers have recommended.

オバマ政権がシリアで自由シリア軍など反体制の穏健派を米国が支援するすると言いながら何もしないから、現地では人々は米国に失望し、イスラーム主義勢力の威信と信頼性が高まり、人員も資金も武器も集まる結果をもたらした、というのが一つの重要な批判だったが、オバマ政権はこの批判を受け入れたということなのだろうか。

こうなると俄然注目されるのが、フォード元駐シリア大使の提言・批判だ。フォード大使は今年2月に辞任している。

奇しくもISISがシリアを拠点に勢力を拡大してイラク北部モースルを陥落させたその日に、フォード大使は辞任後の沈黙を破って、ニューヨーク・タイムズに論説を寄稿して、オバマ政権の対シリア政策を批判した。これに合わせて米主要テレビにも出演している。

論説のタイトルはそのものずばり「シリアの反体制派に武装させよ」。

Robert S. Ford, “Arm Syria’s Opposition, The New York Times, June 10, 2014.

フォード大使の批判の骨子は、まさに「シリアで穏健派を支援しないから過激派が伸長したのだ」というもの。

フォード大使は論説の冒頭で、自らの2月の辞任がまさにこのシリア反体制派支援へのオバマ政権の煮え切らない態度にあったと明かす。
In February, I resigned as the American ambassador to Syria, after 30 years’ foreign service in Africa and the Middle East. As the situation in Syria deteriorated, I found it ever harder to justify our policy. It was time for me to leave.

そして米国がとるべき政策とは具体的に次のようなものだという。

First, the Free Syrian Army needs far greater material support and training so that it can mount an effective guerrilla war. Rather than try to hold positions in towns where the regime’s air force and artillery can flatten it, the armed opposition needs help figuring out tactics to choke off government convoy traffic and overrun fixed-point defenses.

都市ではアサド政権の空爆があるから、ゲリラ戦争を戦わせよ、アサド政権の部隊の補給線を寸断する戦術を立案せよ、という。

To achieve this, the Free Syrian Army must have more military hardware, including mortars and rockets to pound airfields to impede regime air supply operations and, subject to reasonable safeguards, surface-to-air missiles. Giving the armed opposition these new capabilities would jolt the Assad military’s confidence.

そのためには、大砲やロケット弾など、アサド政権の空軍能力を削ぐための装備を提供せよ。地対空ミサイルも、過激派の手に渡らないように注意したうえで、供与せよ。

もはや最善の方法を論じる時期は過ぎた、というのがフォード大使の認識。その上で、上記は、過激派のジハード戦士たちを伸張させないために必要な手段だという。今また手をこまねいていれば、結局米軍自身がアル=カーイダ系組織と戦うためにシリアに投入されなければならなくなる、と結んでいる。

We don’t have good choices on Syria anymore. But some are clearly worse than others. More hesitation and unwillingness to commit to enabling the moderate opposition fighters to fight more effectively both the jihadists and the regime simply hasten the day when American forces will have to intervene against Al Qaeda in Syria.

フォード大使らの批判を受け入れ、シリア政策をより積極的な穏健派支援へと切り替えたうえで、イラク政策と統合する、というのは、アフガニスタンでターリバーン政権崩壊後になおも続くテロや武装蜂起に対する対処策を想起させる。上に引いたワシントン・ポスト記事でも当然そのように書いている。

In thinking through options, administration officials say they are drawing on the history of the U.S. experience in Afghanistan

ターリバーン系の諸勢力の活動範囲はアフガニスタン国内に限定されず、パキスタンの北西部の中央政府の統治が弱いエリアと事実上一体化している。ここを「アフ-パック」と名付けて米国は対策を講じることを余儀なくされてきた。

イラク・シリア国境も同様の地帯として今後一体的にcounter-insurgency政策が行われていく可能性がある。それは軍楽隊の音楽に合わせておおっぴらに軍艦が進んでいくようなものではなく、無人飛行機や現地の諜報関係者、特殊部隊による隠密作戦といったものが駆使される見えない戦争である。

マーリキー政権との同盟に不信を募らせるオバマ政権

先ほどのエントリで概要を記したが、6月19日の米NSC会合後のオバマ会見で示された対イラク政策の中核的部分のうち、今後の現地イラクでの政治の展開に関わって重要なのは、マーリキー政権への最後通牒あるいは「見放した」とすら聞こえる点だ。

イラク側にスンナ派を取り込んだ挙国一致政府の設立を求め、マーリキー政権には根本的に態度・政策を改めるか、本当は辞めてほしいんだがそうは言えない、ということとかなり露骨に表している。

該当するのは例えばこんな部分だ。【オバマ会見での演説原文

Above all, Iraqi leaders must rise above their differences and come together around a political plan for Iraq’s future. Shia, Sunni, Kurds, all Iraqis must have confidence that they can advance their interests and aspirations through the political process rather than through violence. National unity meetings have to go forward to build consensus across Iraq’s different communities.

【意訳】シーア派を含むすべての勢力に暴力ではなく政治過程の制度内で利益を追求するよう求める。そのために挙国一致的な協議をし、宗派を横断したコンセンサスを形成してほしい。

で、そのようなコンセンサスを形成するためにはマーリキー首相のままでは難しい、と米政権は判断しているようなんだが、それについてこのように言う。

Now, it’s not the place for the United States to choose Iraq’s leaders.

【意訳】米国はマーリキー首相に辞めろと言うような立場にはない(本当は辞めてほしいんだけどね)。

the United States will not pursue military actions that support one sect inside of Iraq at the expense of another.

【意訳】しかし辞めないのなら、あるいは抜本的に態度を改めないなら、米国が軍事支援してもそれは特定の宗派(シーア派)を支援することになってしまうからできないかもしれないよ。

先日のこのブログのエントリでは、

「問題は今のイラクには米国にとって同盟国として頼れる存在がいないこと。そもそもISISはマーリキー政権の政策が原因で米軍撤退後に再度出現し、一時はサウジなどの政府が、そして今でもサウジなどの国民の支持に押されることで、伸張している。マーリキー政権を支援すればかえってテロを増やしかねないし、同盟国であるはずのサウジに取り締まってくれと要請しても無理そう。」

と書いておいたが、マーリキー首相が同盟者としておぼつかないどころか、問題の解決策ではなく問題の一部なのではないか、というのがオバマ政権の認識だろう。

マーリキー政権の要請に応えて空爆などしようものなら、「米国はシーア派に加担してスンナ派のムスリムを殺した」とスンナ派諸国から火のついたように怒った義勇兵が押し寄せるのではないか・・・というのがオバマ大統領の見る悪夢でしょう。しかも介入がうまくいかないと結局はシーア派も含んでアメリカのせいにする・・・

シーア派(マーリキー政権が独裁化と汚職、イランの革命防衛隊・クドゥス部隊など過激な武装組織が介入)
スンナ派(ISISを支援・加担)
クルド勢力(この機に領土拡大して返さない、新たな紛争の火種)

のいずれも信用できない、みな都合のいいところだけアメリカの力を使い、少しずつ嘘をついている・・・というのがオバマ大統領から見た中東でしょう。

この政治情勢の中でISISを空爆しても、マーリキー政権に加担したと見られるだけ。マーリキー首相に解決能力がないことが一つの大きな問題で、それを変えさせるためのレバレッジとして使えるなら軍事攻撃も可、とオバマ政権は見ているのでしょう。

それを察知して、イラク側でもマーリキー追い落としの動きが進んでいるという。

Iraqi Factions Jockey to Oust Maliki, Citing U.S. Support, The New York Times, June 19, 2014.

イラク情勢は「(アメリカを巻き込む)戦争か」という関心から見るのではなく、米の政策とも関連して進む現地の動きを見ていかないといけない。