絶版有理~『ウクライナ・ナショナリズム』はカッコいいなあ

これを読んで考えた。

「(ニュースの本棚)ウクライナ 「国民統合」の難しさ 末澤恵美」『朝日新聞』2014年4月20日05時00分

この中で、中井和夫『ウクライナ・ナショナリズム 独立のディレンマ』(東京大学出版会、1998年)が取り上げられています。

中井和夫先生、カッコいいなあ。

何がカッコいいかというと。この本、ウクライナがあんなことになってるから、当然、買ってみたいと思うでしょう?

もちろんこういった専門的な本で、出た当時は全然国際問題にもなっていなかったテーマの本なので、当然今では版元の東京大学出版会でも「品切れ」でございます。

そんなに分厚くもないのに7000円以上もする本ですので、たぶん部数はすごく少ないんでしょうね・・・

もちろんアマゾンなどのインターネット書店でも軒並み全滅、入手不能。

古本屋サイトなどで検索しても、買えませんねー。

じゃ図書館で探すか。

ためしに東大の図書館OPACで検索しても、本郷と駒場に一冊ずつあるけど、はい貸し出し中(4月23日現在)。待っててもいつ読めるかわかりませんよ。

東大生がんばって勉強していますね。よしよし。いや、教員が借りちゃっている可能性も高いが。

手に入らないといわれると欲しくなるでしょ?

実は、私は出た当時に東大生協の書店で生協組合員証を見せて1割引きで買ったものが書庫の奥の奥にあるんだけど、欲しい?いくらなら買う?

売ってあげない。

知識を「マネタイズ」しろなどと小賢しい商売のやり方を売り込むネズミ講みたいな議論がウェブ上には散乱していますが、それは既存の知識を右から左に流しているだけの人たちの話。

本当に意味のある知というものは、別に売れなくたっていいんです。あること自体に価値があって、代替不能。

もちろんそういった「元ネタ」を三重・四重に孫引きして知ったかぶりをしている人(私も含む)はいるが、ではその根拠はというと、別の人に依存せざるを得ないから不安だ。

少なくとも、最終的にどのあたりが正確な元ネタなのかを知っているのと知らないのでは大違いだ。

知というのは、知らない人が損をしているというのが原則。まあ損をしていること自体に本人が気づかないケースが多いのですが。

本当に必要な知識は、お金を出しただけでは、買えない、というのが、より重要な本質なんです。
 
そのことを示してくれた中井和夫先生、カッコいいなあ。

本の部数が少なくて品切れになっているからって称賛されてもうれしくないでしょうが・・・

しかしお金を出したら市場で売っているわけではない話を聞けるから、頑張って大学入試を突破したりするんですよ。入試ってそういうものなんですよ。受験生も含めて忘れている気がしますが。

ウクライナ問題が(一般の印象では)突然に世界的な問題となって、専門家が少ない。本もほとんど出ていないし流通していない。誰のどの本を読んでいいかわからない。そう思いませんでしたか?

いや、正直、私も思いましたよ。

私の場合は職業的に国際問題を扱っていて、ロシア・東欧専門家と顔を合わせる機会もあるので、そんなときに聞いてみたりできる。英語の新聞・雑誌に目を通していると、一躍脚光を浴びた英語圏の専門家の新著を電子書籍で読んだりして、素人ながら楽しんでいる。

それでも、結局どの本がいいのかは、よく分からない。それは、学生のときちゃんと勉強しなかったから。

ウクライナ問題が急激に深刻化した時、そういえば学生時代の一般教養の国際関係論の先生がウクライナ専門だったな、とじわじわ思い出した。それどころか、この本が出たときには大学院生だったが、大学生協で割引で買っていたことも思い出した。まあそれが、むやみに本を買っていた時だったし、私の専門分野とそんなに重ならないし、ということで結局書庫の奥の段ボール箱の山の中に入ってしまって出てこないんだけどね。

なので、途上国についての専門書がほぼ全部揃っているとある専門図書館に行って借りてきました。

高い本だし、論文をもとにした本だけど、本の体裁の近寄りにくさはともかく、かなり分かりやすく書いてある。書評ではないので内容は紹介しません。

1990年前後に急速に生じた変化を見届け、論文を何本も書いたうえで、1998年に出た本だから、学会誌の論文のような晦渋さはあまりなくなっている。それでも、東西冷戦崩壊、旧ソ連諸国の独立、という出来事が「過去」になったかのように思われた時期に出版された時点では、一般的にはあまり話題にならなかったように記憶している。

東大教養学部の隣の駒場Ⅱキャンパスにある先端研に勤めるようになってからは、ちょっとした用事で教養学部に行ったときに、中井和夫先生とは道ですれ違ったこともあった。

昨年定年になっていらっしゃるんですね。

学生時代の先生方が、団塊世代なので、ごそっと定年になったのを記念して、こんな面白そうな論集も出ている。

ぽちっと買ってみました。

中井先生は私が教養の学生だった頃はまだ助教授だったのか・・・すれ違ったところを見た感じは、昔からずーっと変わらない安定的な風貌という印象でしたが。多分会話したことはありません(もしかして一回ぐらいはあったかな?あったとしても、たぶんすごいバカなことを言ったと思う)。

当時の中井先生は大学院で教えるだけでなく、1・2年の教養課程の必修の社会科学の国際関係論の授業も受け持っていたと思う。あんまりカリキュラム通りに勉強する学生ではなかったので、全てがおぼろげな記憶ですが・・・

必修といっても、いくつかある社会科学の科目の選択肢の中での一つだったと思う。当時のカリキュラムでは、国際関係論と経済学と社会思想史などをいくつか選べばよかったのかな?

すみません。ずっと研究所勤めなので、准教授を名乗っていながら、教育機関としての大学のシステムをよく理解しておりません。そういった正確なところを知りたい人は、より適切な方面にお問い合わせください。

さて、当時の印象では、国際関係論というと汎用性があると思うのか、履修する学生が多くて階段教室でマイクで講義ということになる。私は社会科学といっても、社会思想史のような受講生が少ない方に行っていた気がする。

ただ、国際関係論にも興味はあったので、階段教室の後ろの方で、ちょっと座って聞いていたことはあると思う。そんなときの先生の一言がずっと耳に残っていたりするもんです。

当時はウクライナ?なんでこんなマイナーなことやっている先生が必修の国際関係論なんだ?なんてたぶん思ったこともあったんでしょうね。もしかすると周囲にそんな発言をしたかもしれません。すみません。恥じ入るばかりです。

もっとずっとマイナーな中東やイスラーム学なんて分野に「これだ!」と思って邁進しかけていた奴が何を言っているんでしょうか。

いいんです無知は学生の特権ですから。

重要なことは、無知をフェイスブックやブログで晒して世界ばらまいたり恒久的に記録に残したりしないことです。それさえ守れれば、期間限定でスカーと大気中に無知を放出していいのが大学生。どんどん放出してください。ただし私の周りではやめてください。

うーん思い出してきたぞ。ウクライナとかじゃなくてもっと一般性のありそうな授業はないのかと期待して、理系向けの一般教養の国際政治の授業とかも出ていたような気がします。単位にはならないけど。いや、中井先生の授業がウクライナの話ばかりしていたとは到底思えないんですが。あまり出席してないんでわからないんですよ。それでも期末の試験にぐちゃぐちゃといろいろ書いて、平凡な成績をもらったのではなかったかな。いずれにせよ、よく憶えてません。

しかし今から考えてみると、1992年や93年の段階でロシア・東欧が「マイナー」なものに見えたのは不思議だ。1989年のベルリンの壁崩壊からの連鎖的な東側陣営の崩壊と世界秩序の再編が、国際関係の中心の動きで、新たに引かれた地政学上の最前線のウクライナなんて面白いに決まっていた。それに乗り切れなかったのは、単に私がバカだったのか。多分そうなんだろう。

ただ、私の場合は、学術情報はあふれている家庭に育ったので、今注目されている分野には、すでに専門家がたくさんいて、成果・作品が出ているので、その分野を今から始めても遅い、ということが感覚的に分かっていたせいもあるだろう。流行っている分野に今から参入しても仕事にならない、ということで東欧や民族問題は最初から興味・関心から除外したというところはある。あくまでも職業的な関心から専門分野を探していましたので。そういう意味では教養学部の2年間に就職活動をしていたようなものです。

でもこういうのは後から理屈をつけた説明で、実態はおそらく、20歳前後の頃の時間の感覚はすごく短期的・刹那的だったということではないかな。1989年のベルリンの壁崩壊でなんだかすごいことが起こっている、と中高生の時代に感じたのは確かだが、その後に湾岸戦争とかいろいろ起こっているし、この年頃であれば、3年前なんてものすごく古い時代にしか感じられただろう。

まさに1989年から91年にかけてのソ連邦崩壊で旧東欧(バルト、バルカンを含む)の民族問題が大問題になりかけるというタイミングで、91年に東大に移ってきた生きのいい最先端の助教授の授業も、メモリが短期的な新入生から見ると「古い話してんなー」ということになってしまったのだろう。ああバカでした。

そういえば最近、私がものすごく頑張って論じてきてそれなりに世の中に広まったかな、と思うような説を話すと、学生から「それ、当たり前じゃないですか。常識ですよ」といった反応が返ってくることが多くなってきた。10年前に口にすれば学会では村八分にされ、何もわかっていない権威主義のメディア企業の人などには「問題のある人」とされてしまったような説を、一生懸命頑張って広めてきた結果が、「常識ですよ」と冷たくあしらわれるとは~orz

話を戻しますと、『ウクライナ・ナショナリズム』はたぶん、全国の自治体の図書館にもほとんど入っていませんよ。入っていたらきっと借り出されちゃってますよ。大学図書館は学生等でないと基本的には借りられないし(外部の人も閲覧はできるように徐々になってきています)、当然、目ざとい人が借り出しているから待たないといけない。

で、買おうとすると版元でも品切れで、古本屋にもほとんど出回っていない。

今オークションに出したら高く売れそう(売りませんよ)。

もうちょっと話を天下国家・大所高所に広げれば、こういった本が絶版(品切れ)になってしまっていて流通していない、ということをどう考えればいいのか、どうすればいいのか、という問題については少し考えてみてもいいと思う。

繰り返すと、大前提は、個々人にとっての教訓としては「ある時に買っておけ!借金してでも買っておけ!」ということだけなんです。それでこの話は終わりにしてもいい。

しかし、もっと社会工学的な、国民教育政策的な、別に私がしなくてもいいような話をすると、こういった、専門家の間ではごく普通に知られているが、そういう人たちには行き渡ってしまっていてこれ以上ほとんど売れそうになく、通常は一般の人は買わないから出版社も在庫を抱えておけないような本が、いざ必要となると今度は欲しくても誰も買えないし読めないのはどうしたらいいのか、ということについてちょっと考えてみてほしい。

例えば東大出版会は、著作権法上の「出版権者の出版の義務」をきちんと果たしているのかということは、若干問われてもいい。電子書籍も発達してきた現状ではもう少しやりようがあるんじゃないの?と言いたい。

なお、「品切れ」と「絶版」がどう違うのかについては話が長くなるし、今後電子書籍をどう展開していくかという時に結構重要になるので、また議論したい。

とりあえず、この本の場合は、実質上「絶版」だったと考えておいてください。万が一今後重版されることがあっても、それは実質上は「復刊」あるいは「再刊」と言っていいのではないのかな。

ただし、大学出版会(「出版局」等でも同様)のように、書き手も出し手もそれほど商売にこだわっていないと見られる(出して特定の学生・専門家の間で流通させることに公共的な意義を見出している)場合には、「品切れ」「絶版」をどうとらえるかが、通常の商業出版社(大学出版会が全く商業出版社ではないとは言い切れないが)の場合とも異なってくるという点は理解している。

要するに、「絶版(品切れ)になってるじゃないかおかしいじゃないか」とは大学出版会に対してはあまり強く言う気がしない。商業出版の各社に対しては、売る気がないのに絶版にしないで権利を抱え込んでおくのは、特に今後の電子書籍の展開の中では、有害な既得権益の主張になりかねないので、著作権上の「出版の義務」を履行するか、それとも売れなくなった本の出版権を手放すか、そろそろはっきりさせる必要があるとは思うけど。だって出版社が売る気がないし本屋も置く気がないというなら、さっさとウェブサイトで公開してしまいたいですよ。必要な知識には必要な読者がいるんですから。

大学出版会で出すような本は、出たときに大部分の専門家に行き渡り、大学図書館に行き渡り、できれば自治体図書館でも所蔵して一般読者が読みたいときには貸し出しをできるようにし続けてさえくれれば、それでいいんじゃないかという気はする。

ただ、もしこれらの条件が満たされない場合、特に、図書館での所蔵・貸し出しという流通・公開ルートが機能しないような状況になった場合、あるいは図書館で買い支える量が少なすぎて、専門書を出しても出版社に採算が取れないから出せない、といった状況になれば、もう少し考えないといけないと思う。本当に必要な本が、出したいのだけれども出ないとか、出ても読まれない=死んでいる状況が広範に定着すれば、出版社も書店も図書館も、そして書き手も、一度、書き方や出し方や流通のさせ方を、考え直してみる必要が出てくる。

で、今回の件について言えば、私は持っているので、他人のことはどうでもいい、というのが第一。重要なのは、知を短期的にお金に換えるなんてことは究極的にはどうでもいいことで、本当に重要な知は、欲しくなった時にお金で買えるものばかりじゃないよ、ということ。

もちろん、より多くの人が必要性に気づいた時のために、アクセスの機会を用意しておく仕組みは必要だが、あくまでも求めなければ得られない、というのが大前提。いざと言うときにだけ「ないじゃないか」と言っても駄目です。

また、学者の出す本は売れなくていい、霞を食っていろ、ということでもなくて、給料や研究費ちょぼちょぼぐらいはないと研究が進まないだろう。ただし、その成果は、通常は、必要な人にまず届く仕組みがあればいい。

あと、だから学者は本当に重要な仕事をして、一般向けの文章なんか書くな、ということでもないとは思います。「あの人は本当に重要な仕事をするから、売れなくても本を出そう」と言って待ってもらうためには、少なくともそう期待してもらえるだけの何かがありますということは可能な限り示しておかなければならないんじゃないかな。宣伝ばかりが先立つのも困るけど。結局はバランス。

読み手と書き手がほとんど全員知り合いであるような手堅い専門書でも、もし万が一、通常よりも多くの人が読んでみたいというようになった時、お金を出せば手に入る、読めるような仕組みがあれば、それはそれで良いことだ。ただしそのような仕組みを維持・管理するコストはだれが払うの?ということになる。そのコストを引き受けつつ、うまくいったら儲けよう、と考える人が出てきても、それは止めないようにしておいた方がいい。

知は使ってもらってこそ生きることは確かだし、誰かがどこかでお金を出さないと知の生産と継承が続いていかないことも真理ですから、いろいろ新しい出版や流通・公開のあり方が出てくることを期待しています。でも、繰り返すけど、「マネタイズ」なんてことばかりあんまり考えない方がいいよ、ということは今回思った。

『エコノミスト』読書日記の第1回の発売日は4月28日(5月6日号)

 月一回の読書日記を始めます、と告知したのですが(読書日記の連載を始めます(週刊『エコノミスト』)2014年4月1日)、第1回の掲載号の発売日を誤って4月21日(月)としていました。

 今気づいたら実際には4月28日(月)発売の5月6日号に掲載でした。すでに原稿は出してあるので、お待ちください。

 今更ながら、書いてからタイムラグがあるんですね。

 2011年の「アラブの春」以来、ウェブ媒体への寄稿に力を入れていましたので、締め切りから発売までの感覚を忘れていました。

 昨年は『エコノミスト』に何度か書きましたが、時事問題についてだったので、校了日ぎりぎりまで締め切りが延びていたのですね。書評などは早めに原稿を確保しておくようです。

 もともと私は、月刊の総合誌・論壇誌に多く書かせてもらってきたのですが、「アラブの春」で、国際政治の動きが新しいメディアに媒介されて加速する現象に直面し、ウェブ媒体の可能性に気づかされたことと、月刊誌・論壇誌の相次ぐ廃刊や部数低下、広い世代への訴求力低下に、方向転換を迫られました。

『フォーサイト』(新潮社)では極限までのリアルタイムの発信を試みてきました。

 今回あえて紙媒体の週刊誌に戻った理由は・・・・

 連載書評でお読みください。

***

 書評といっても、まさにこれだけタイムラグがあるのだから、速報性や話題性を競ってもしょうがない。紙幅に制限があるから情報量も限られている。リンクも貼れない。

 もっと長いスパンで、本を読むこと、買うこと、書くことがどう変わっていっているのか。その中でなおも本を読む価値とは何か。そんなことを、5週に一度という、間延びした間隔ですが、継続して考えていく、そのような欄にしたいと思っています。

 第一回は「本屋に帰ろう」というテーマ。
 
 なお、ウェブ媒体や電子書籍を否定したり敵視したりするつもりはありません。ノスタルジーから本屋と活字・紙媒体を礼賛するのは、あまり意味はない。

 そもそも極端な活字派の私だってこのブログを書いている。

 今回の書評エッセーと本の選択自体が、インターネットで下調べをした結果、ウェブ雑誌の「マガジン航」にヒントを得ていると、文中でも断っております。

 私たちの生活とインターネットや電子書籍は分かちがたくなっていて、そこから大きなものをすでに得ている。だからこそ紙の本にも街の本屋にも新しい価値や役割が生まれてくる。そういう前向きな姿勢の「本屋本」を紹介するのが、今回の趣旨です。

 連載で書ききれなかったことは、このブログにも書いてみましょう。

 4月28日発売号でのエッセーの中核の部分は、本は究極にはデータだけやり取りできればいいように見えるのだけど、でも実は「モノ」として不器用に厳然として存在することにこそ本の強みはある、という点。

 この点は別の場所でもう少し深めてみたいものだ。

 そして、本屋は「モノ」としての本を売っているのだけれども、しかしモノと読者が出会う場と機会という「経験」を提供してこそ意義を持つ。インターネット書店や電子書籍が発達した現在、これは「逆説」に近い。「モノ」としての制約を極力超えてくれるのがインターネット書店や電子書籍の強みなわけで、この点でリアル店舗は不利に決まっている。

 しかし「モノかデータか」という二分法は現実の私たちの生活では無意味なんですね。本がモノとして厳然とあるからこそ、モノと人の出会いというモノならざるものを生み出す人や場所に価値が出てくる。

 インターネット書店は圧倒的に便利です。ウェブ雑誌は効率的で、全国・世界各地の図書館から本やデータを取り寄せることが一層容易になっている。けれどもだからこそ、モノとしての本の価値が出るし、リアル書店も見直される余地が出てくる。

 これまでと同じやり方をしていてはだめだけど、新しいやり方でこれまでの書店や出版社の全員が生き残れるとは限らないけれども、やり方によっては、書き手と書店が新たに読者とつながることができる。可能性はむしろ広がっている。それをどう生かすか、知恵の絞りようだ。

読書日記の連載を始めます(週刊『エコノミスト』)

 そうそう、すぐ近くにあるけどめったに行かない東大教養学部まで歩いたのは、桜を見るのが目的ではありませんでした。大学生協の書店に行ったのでした。先端研のある駒場Ⅱキャンパス(駒場リサーチキャンパス)は、学部がなく、理工系の研究所だけなので、生協はあるが本がほとんどない。それでは教養学部の生協まで行って買うかというと、歩いて10分もしないのだけれども、それすら時間のロスがもったいないほど忙しく、しかも行っても欲しい本があるとは限らないので、結局インターネット書店で買ってしまっていた。

 ここ数年、出張先の書店で買う以外には、リアルな書店で本を買うことがほとんどないのではないか。そもそも研究上必要な本の大部分は外国語なので、英語ならアマゾンで、アラビア語は現地に出張に行った時にトランク一杯と段ボール一箱に詰めて帰ってくる(それでも入らないほどある場合は引っ越し貨物の扱いにする)。日本語の本はあくまでも、「日本語の市場でどのようなものがあるのかな」「このテーマについてどういうことを言っている人がいるのかな」と調べるためにあるだけで、引用することもほとんどない。残念なことだが。

 書店で本を選んで買うという作業は、高校生の頃から大学・院生時代には、尋常ではないほどの規模で行っていたのだが、ある時期からまったくそれをしなくなった。

 学生時代を終えて、就職して半年で9・11事件に遭遇し、その後ひたすら書くためだけに本を読む、大部分は外国語の資料、という生活をしてきたので、純粋に娯楽や好奇心で本屋に行くということは、めったになくなった。

 日本語の本にも目を通してはきた。しかしそれは「書評委員として、新聞社の会議室で、その月に出た本を全部見る」といった通常ではない形で見ているので、本当の意味で本を選んでいたとは言えない。

 たのしみのための読書ではなく、職業としての読書になってしまっていた。

 例えて言えば、「釣り」の楽しみを味わうことのない「漁」になってしまったんですね。網で何100匹も一度に魚を獲ったとして、職業上の達成感や喜びはあるだろうが、それは釣りの楽しみとは違いますよね。

 なので、今本屋に行くと「浦島太郎」のような状態。こんな新書がこんなところにある。こんなシリーズがあったのか。なんでこんな本ばかりがあるのか。こんな人が売れているなんて・・・

 話が遠回りしたけれども、なぜ久しぶりにわざわざ生協の本屋に行ったかというと、今月から月に一回、『週刊エコノミスト』で読書日記のようなものを担当することになったからだ。私の担当の第一回は4月21日発売号に載る予定。

 『書物の運命』に収録した一連の書評を書いた後は、書評からは基本的には遠ざかっていた。たまに単発で書評の依頼が来て書くこともあったけれども、積極的にはやる気が起きず、お断りすることもあった。たしか書評の連載のご依頼を熱心にいただいたこともあったと思うが、丁寧に、強くお断りした。

 理由は、そもそも人様の本を評価する前に、自分で、人様に評価されるような本を書かねばならないことが第一。そのためには研究上必要な本をまず読まねばならず、それはたいていは外国語で、専門性の高いものばかり。それでは一般向けの書評にはならない。自分が今は読みたいと思わない本について、しかも引き受けたからには必ず何かしらは褒めなければならない新聞・雑誌の書評は苦痛の要素が大きい。

 世の中には、書評委員を引き受けていると、出版社や著者からタダで本が送られてくるから、書評してもらえるかもと愛想良くしてくれるから、とそういったポジションを求めて手放さない人もいると聞くが、まあ人生観の違いですね。

 また、新書レーベルが乱立して内容の薄い本が乱造され、「本はタイトルが9割」と言わんばかりの編集がまかりとおる出版界の、新刊本の売れ行きを助けるための新聞・雑誌書評というシステムの片棒を担ぐのは労力の無駄と感じることも多かった。なので、書評は基本的にやらない、という姿勢できた。

 それではなぜここにきて書評を引き受けてもいいという気になったかというと・・・・

 まあ、「気分がちょっと変わったから」しか言いようがないですが、強いて言えば、『週刊エコノミスト』に何度か中東情勢分析レポートを書いて、書き手としてのやりがいや、読者の反応が、「意外に悪くない」と感じたことが一因。紙媒体で見開きぐらいの記事が、企業とか官庁とかの組織の中でコピーされたり回覧されて出回るというのが、インターネットが出てきた後もなお、日本での有力なコミュニケーションのあり方だろう。

 その最たるものは「日経経済教室」ですね。とにかく一枚に詰め込んであって、勉強しようとするサラリーマンはみんな読んでいる(ことになっている)。

 ネットでのタイムラグのない情報発信も『フォーサイト』などで試みてきたし、これからも試みていくけれども、やはり固い紙の活字メディアの流通力は捨てがたい。

 ずっと以前の『週刊エコノミスト』の編集方針や論調には正直言って「?」という感じだったので、おそらく編集体制がかなり変わったのだろう。そうでないと私に依頼もしてこないだろう。

 ただし、引き受けるにあたってはかなり異例の条件を付けた。それは次のようなもの。「新刊本を取り上げるとは限らない。その時々の状況の中で読む意義が出てきた過去の本を取り上げることも読書日記の主要な課題とする。さらに、読書日記であるからには、外国語のものや、インターネット上で無料で読めるシンクタンクのレポートやブログのような媒体の方を実際には多く読んでいるのだから、それらも含めて書く。その上でなお読む価値のあるものが、日本語の、書店で売られている、あるいはインターネット書店で買うことができる書物の中にあるかどうか検討して、あれば取り上げる」。
 
 こういった無茶な原則を編集部が呑んでくれたからだ。当初の依頼とはかなり違ったものだ。

 考えてみれば、雑誌の書評欄というものは、「新刊本を取り挙げる」というのが大前提で成り立っている。雑誌に書評が出れば書店がそれをコーナーに並べてくれるようになるから売れ行きが伸びる(かもしれない)。だからこそ出版社も雑誌に広告を出したり、編集部に本を送ってきたり情報を寄せたり中には著者のインタビューを取らせたりと、便宜を図る。そういうサイクルの中で新聞や雑誌の「書評欄」というものは経済的に成り立っている。それを「新刊はやりません」と言ってしまったら雑誌に書評欄を設ける意味が、経済的にはほとんどなくなってしまう。「新刊本をやらなくていいという条件ならいかが」と言われて呑んだ編集部はなかなか度胸がある。

 ただしそれは従来までの本屋のあり方に固執すればの話だ。インターネット書店でロングテールで本が売れる時代なのだから、それに合わせた書評欄があっていいはずだ。

 今現在の国際問題・社会問題などを理解するために有益な、忘れ去られた書物を発掘して再び販路に乗せるためのお手伝いをするのであれば、書評欄を担当するなどという労多くして益の少ない作業にも多少のやりがいが出るというものだ(原稿料などは雀の涙なので、大々々々赤字です。この連載を受けると決めてから市場調査的に勝った本だけで、すでに数年間連載を続けても回収できない額になっています)。

 「昔の本など取り挙げてもらっても在庫がないよ、棚にないよ」という出版社・問屋・書店の意向というのは、それは彼らの商売のやり方からは都合が悪い、というだけであって、書物そのものの価値や必要性とは関係がない。

 むしろ本当に良い本が生きるための業態・システムを開発した人たちが儲かるような仕組みがあった方がいい。そのためにも一石を投じるような本の読み方を示したい。

 話が長くなったが、たった10分のところにある生協の本屋に歩いて行く気になったのも、そういった趣旨の連載をやるからには、各地の本屋を見ておかねば、と思ってまずは手直なところからはじめたというわけ。ずいぶん遠回りしたね。

 生協のレジの最年長のお姉さん/おばさんが、学生時代の時と同じ人だったのはびっくり・・・まあ何十年もたったわけじゃないので当然なんだが、こちらはいろいろ外国やらテロやら戦争やらを経験して帰ってきてやっと落ち着いた風情なので、まあ驚くやら安心するやら。

【寄稿】(高木徹氏と)「『日中関係の悪化』から考える国際世論を味方に付ける方法」

気が付いたらプロ野球が始まっており、桜が咲きかけていました。今日の風でもまだ大丈夫そうですね。

先日書いた(「日本と国際メディア情報戦」3月1日)、高木徹さんとの対談が『クーリエ・ジャポン』に掲載されました。

特集「世界が見たNippon Special 日本はなぜ「誤解」されるのか」の中での「特別対談」という枠です。

池内恵×高木徹「『日中関係の悪化』から考える国際世論を味方につける方法」『Courrier Japon クーリエ・ジャポン』Vol. 114, 2014年5月号、86-89頁

高木徹さんとは三度目の対談になります。

二人とも2002年に最初の本を講談社から出した、というところがたぶん一つの原因で最初の対談は講談社のPR誌『本』で2003年に行いました。

その時と比べると、国際情勢も、日本の立場も変わりましたね…

高木徹さんが最初の本から一貫して議論してきた「国際メディア情報戦」の重要性・必要性が、やっと国政レベルで議論されるようになりました。

数年に一度、高木さんとの対談や、文庫版解説、新刊書評などのご依頼を受け、「定点観測」をしているような具合です。

2003年の対談のファイルをもらってきたので、今度ブログに載せようかと思います(許可もらっています)。

王柯先生の著作


王柯『東トルキスタン共和国研究―中国のイスラムと民族問題』東京大学出版会、1995年

今日は東大出版会の本の紹介が重なりました。

無事のご帰還を祈ります。

先日は、楊海英『モンゴルとイスラーム的中国』(文春学藝ライブラリー)、2014年2月刊、をご紹介しましたが(「モンゴルとイスラーム的中国」2月19日)、いずれも日本留学で学者となった先生方です。

日本の学界は、適切に運営・支援が行われれば(←ここ重要)、中国に極めて近くに位置して情報を密接に取り込みながら、自由に議論し、客観視できるという強みがあり、欧米へのアドバンテージを得られます。

中国に最も近いところにいる自由世界の橋頭保として日本は輝いていたいものです。

井筒俊彦のイスラーム学

あまりに忙しくて、中東情勢も、トルコ・途上国経済ウォッチングも、ウクライナ情勢横睨みも、合間に続けているけれどもブログにアップする時間が取れない。

それはそうと、本来の本業のイスラーム思想で、鼎談が出ました。

池内恵×澤井義次×若松英輔 「我々にとっての井筒俊彦はこれから始まる 生誕一〇〇年 イスラーム、禅、東洋哲学・・・・・・」『中央公論』2014年4月号(1566号・第129巻第4号)、156-168頁。

日本で「イスラームを学ぶ」というと、最初に手に取る人も多いであろう井筒俊彦。私自身もそうだった。

井筒俊彦のオリジナリティに私も大いに憧れる。

格調高く生き生きとした井筒訳『コーラン』 (岩波文庫)
は今でも最良の翻訳と言っていい。

『「コーラン」を読む』(岩波セミナーブックス→岩波現代文庫)ではコーランのほんの数行の章句の解釈が分厚い一冊に及んで尽きない、人文学・文献学の宇宙を垣間見せてくれる。

そして『イスラーム思想史』 (中公文庫BIBLIO)こそ、イスラーム世界に向かい合う際に座右に置いておいて無駄はない。

個人的には井筒俊彦『イスラーム文化−その根柢にあるもの』(岩波文庫)の、井筒の、井筒による、井筒のための、独断と価値判断に満ちた、一筆書きのような思想史・社会論が好きだ。「井筒個人のイスラーム観」は、このようなものだったと思う。

他の本では、概説のために、ある程度は網羅したり(でもイスラーム法学については興味がないから書かないとか数行で済ませたり)、ある方法論に則って順序立てて書いたりしているが、『イスラーム文化』は、講演ということもあり、さらっと彼の頭の中にある「イスラーム」の歴史と方向性を描いている。言わずもがなだが、「シーア派重視」「神秘主義こそ宗教の発展する道」ということですね。

だが、現代の中東社会の中でイスラーム教やイスラーム思想がどのような影響をもっているかを研究する際には、井筒のイスラーム思想史論がそのまま現地のムスリムの大多数から現に信仰されているものであると考えると間違える。

というか、教育の高いインテリにも「異端だ」と言われてしまう。

井筒を受容したイランのイスラーム思想はかなり変わっているからね・・・革命で無理やりイスラーム化しないといけないぐらい西洋化した国ですし(文化は日本などよりはるかに西欧化・アメリカ化しています)。そういう国でこそ受け入れられた最先端のポスト・モダンな解釈だということ。

私は別に井筒を批判しているわけではない(それどころか日本が誇るイスラーム思想だと思っている)。ただし、それはイスラーム世界の大多数の人にはまだ受け入れられないでしょうね、とは言わざるを得ない。

井筒の言っていることだけを読んでそれが「イスラーム」だと思い込んで、現実のアラブ世界の政治についてまで論評してしまう人が出ると、しかも「現代思想」の分野ではそれが主流だったりすると、頭を抱えます。

でも、そこが学問的には、「ビジネス・チャンス」だったりするんだけどね。

そうこうしているうちに井筒とイスラーム世界を同一視するような「現代思想」は絶滅しかけている。

でも井筒は生きている。

井筒から遠く離れてしまったように見える私の最近の仕事も、本当はどこかで、井筒を通してイスラーム学に入ったあの頃とつながっている。そんなことも想い出すきっかけになった鼎談でした。

あまりブログという形態では思想について語りにくいな、と思っているので、思想史に興味がある人は、例えばこの『中央公論』の鼎談を読んでみてください。

日本と国際メディア情報戦

数日前、NHKディレクターでノンフィクション作家の高木徹さんと対談をしていました。そのうちとある雑誌に出る予定ですが、対談の内容は出た時に紹介するとして、対談でも素材にした、高木さんの新刊をご紹介。

高木徹『国際メディア情報戦』(講談社現代新書)

高木さんとの対談は3度目で、最初は2003年に遡る。

(1)高木徹・池内恵「戦争と情報戦略 国際政治の中の目立たない国・日本」『本』2003年10月号、8-14頁
(2)高木徹・池内恵「世界中から日本人が「消えた」? 普天間、トヨタ問題で後手に回る背景」『中央公論』2010年6月号、176-184頁
(3)今回。某誌。まだゲラも出ていないので記しません。2014年4月号ぐらいなのかな。

また、高木さんの『ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争』 (講談社文庫)の文庫版解説や、『大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたか』書評も書いたことがある(『書物の運命』に収録されています)。

映像の人なので、私には感覚的に分かり難いところもあるが、従来の活字派・団塊・早稲田的(偏見ですが)な、単調な善悪二元論で暑苦しくしばしば見当はずれに描かれる戦争ものとは異なる、現代世界の本当の「戦場」をクールに描いている視点は一貫していて、また現実の進展とシンクロして発展していく。毎回対談が楽しみだ。

いずれの対談でも、「国家のPR」あるいは「国際メディア情報戦」について、高木さんが観察している最新の動向を伺いながら、日本の置かれた立場の変化や将来の見通しについて考えてきた。

今回対談をしたことをきっかけに過去の対談も読み返してみたのだけれども、10年間での変化の大きさ、特に日本の置かれた立場の様変わりは著しい。

皆様も対談を読み返していただければ、そのような将来の変化についての、二人の「見通し」というか「予感」は、まったくはずれていなかったと思う。このブログにでもいずれテキストを部分的にでも掲載したい。

お互いに「そうなってほしくはないが・・・」という文脈で語っていた悪い方のシナリオがどんどん現実化しているように見える。

先日書いたコメントも、そういった長期間かけて積み重なってきた関心と危機意識の上でのものです。

高木さんとの対談を含め、この問題についはまた書きましょう。

エイズとC型肝炎にも勝利したエジプト軍

インターネットの時代になって、怖いのは、どこの国でも、夜郎自大に自国民を威圧してこられたエラいさんの、実態としてはトホホな水準の発言や、それをもてはやす一部の人の行状が、一瞬にして世界中に晒されてしまい、デジタル的に永遠に保存されて複製され、取り返しがつかないこと。

日本でも最近続発していますが、こういった方面で人後に落ちない(?)のはエジプト。

2月22日に、エジプト軍の軍医のかなり偉い人(少将:軍医としては最高レベルでしょう)のイブラーヒーム・アブドルアーティー(Ibrahim Abdel Aaty)が記者会見して、軍の医学研究所が、C型肝炎もエイズも、血液検査もせずに探知し、治癒する技術を開発した、と大々的に発表。エジプト軍は「エイズに打ち勝った」と、軍の公式会見場で声を張り上げ、スィースィー国防相・元帥からもご支援いただいている、と謳い上げるアブドルアーティー将軍の前に、翼賛体制を支持し、ナショナリズムで盛り上がるエジプトの記者たちからは拍手の連続(ビデオは軍政を批判する勢力が字幕をつけてアップしたものです)。

「C-FAST」とかいう機械。棒みたいなもので、患者に触れもせずにC型肝炎とエイズを探知し、治療できるという。もともと爆発物探知機だったものを発展させたのだという。

この発表をエジプト軍としても全面サポート。昨年の7・3クーデタ以来、軍のイメージアップ作戦で重用されているイケメン報道官アハマド・アリー大佐も、公式フェイスブック・ページでこれを称賛し、マンスール暫定大統領、そして最高権力者のスィースィー国防相もこの装置のプレゼンを受けご満悦、というところまで流してしまった。

インフルエンザのH1N1ウイルスにも効くとまで言っているらしい。

Egypt’s military claims AIDS-detecting invention, Ahram Online, 23 February 2014.

しかし、どうみてもこれはオカルト科学の一種だろう。「ダウジング」という分野で、もともとは、特殊な能力を持った人が、なんらかの形状の棒を持って鉱脈や水脈の上を通ると棒が勝手に反応する、というやつ。それが医学にも応用できる、という話になっていたとは知らなかった。

歴史を遡れば「占い棒」として人類史上ずっと、底流で続いてきた信仰の一つの流れだろう。

私はオカルトの分野には個人的にはまったくなんの興味も持ったことがない人間で、詳しくもない。霊感とか幽霊とか感じたことも見たこともない。

が、「エジプトの社会思想におけるオカルト思想の影響」に関しては、「専門家」で「オーソリティ」と言ってもいいと思う(威張れませんが・・・)。

1990年代後半のエジプトの思想・世論を研究した時に、結果として、「ある意味で、一番有力なのは陰謀論とオカルト思想」という厳然とした事実を突き付けられ、こんな本を書くしかなくなってしまいました。

『現代アラブの社会思想 終末論とイスラーム主義』(講談社現代新書、2002年、大佛次郎論壇賞受賞!!)

そのようなわけで、忙しいんだが、エジプトでオカルト思想が、政治的に意味がある水準にまで盛り上がった時には、解説をせざるを得ない(←誰が頼んだのか)。

なお、こういった「科学」に取り組んでいる人は世界中にいて、似たような「発見」が、針が振り切れた科学者から発表されては黙殺される、ということが、時々起こる。

アブドルアーティーさんも、軍の研究所でどうやらすごく長い間これに取り組んできたらしく(本人は「22年間」と言っている)研究所には「先達」もいるらしいということが記者会見の映像から分かる。

そして、格調高き英ガーディアン紙が、これをそれなりに信憑性の高いものとして報じてしまった

“Scientists sceptical about device that ‘remotely detects hepatitis C'” The Guardian, 25 February 2013.

タイトルだと「科学者は懐疑的」となっているが(これはイギリスのデスクがつけたのでしょう)、本文はこの探知機・治療器をかなり信憑性の高いものとして扱ってしまっている。ガマール・シーハー(Gamal Shiha)博士というエジプトの最高水準の肝臓病専門家という人の話も取り上げ、さらにエジプト以外でもいろいろな治験例があってそれなりに検証されているようなことを書いてしまっている。

しかし記事を書いたのは科学記者ではなくて、カイロ特派員。

エジプトの雰囲気に呑まれてしまったのでしょう。エジプトの医学界・科学行政で権威の高い、影響力のある、しばしばメディアに登場する人たちが、軒並み「すごい」と言っているのだろう。特派員が現地の現実を忠実に伝えたら、確かにこういう記事になってもおかしくない。

確かに、エジプトの科学研究の上の方にいる偉い人たちや、それを取り巻く知識人たちが、こんなことを言って盛り上がっていそうなことは、かなり想像できる。言っているだろう。みんながみんなそうではないし、すごく優秀な人はいっぱいいるけど、そういう人はコネがなかったり、偉い人にひざまずいたりできなかったりして偉くなれず、外国に行ってしまう。外国に行けなかった人はひどい生活をして、くすぶっている。

ガーディアンの科学記者たちは大慌てでブログで火消しに走っている。
Scientists are not divided over device that ‘remotely detects hepatitis C’
(C型肝炎の遠隔探知機について、科学者の意見は分かれてないよ)
Hepatitis C detector promises hope and nothing more
(C型肝炎探知機は希望以外の何も約束しない)

もちろん、どんな手法であれ、C型肝炎やエイズが探知したり治療できたりするというのであれば、すばらしいことだ。それがこれまでに想像されていなかったやり方であっても、検証可能な厳正な治験を経て立証されれば、科学の進歩に寄与するはずだ。

ただ、今回の話は、そのような手順を踏んだとは思えない。

そして、出ました!陰謀論。はい、セオリー通りに出てきましたよ。

“AIDS-detecting device’s inventor says was offered $2 billion to ‘forget’ it.” Egypt Independent, 25 February 2014.

ビデオはここから(シュルーク紙のホームページで民間テレビ局バラドの映像をアップしている)

エジプト人、そして偉大なるエジプト軍の優秀さを世界に知らしめて引っ張りだこになったアブドルアーティー少将はテレビ出演して、「20億ドルを提示されたが断った」と語る。単に20億ドルを提示されたというのではなくて、この発明をもみ消そうとする国際陰謀の魔の手にかかりそうになって、エジプトの諜報当局の助けを借りて逃げ延びた、という。だめだこりゃ。

In a TV interview on the privately-owned Sada al-Balad satellite channel on Monday, that he was then offered the money to ‘forget’ about the device. “I told them to note that it was invented by an a Muslim Egyptian Arab scientist, but I was told to take the check and the device will be taken to any country. I said okay and then escaped back to my country. The intelligence service protected me,” he said.

単に阿呆な話、というよりも、軍政のプロパガンダと翼賛メディアのヒステリア、という文脈で出てきた話なので、政治分析の重要な傍証として取り上げる意義のある問題です。

(1)もともとエジプトではこういったオカルト/陰謀論を庶民だけでなく、高等教育を受けた知識層の一定の部分が信じている場合があり、コネ社会なのでそういう人が有力になると誰も止められない。

(2)現在の政治的背景として、軍礼賛とナショナリズムでメディアや知識層が高揚しており、エジプトの山積する難題に対して「軍万能説」を盛んに流している。

というのを前提にして、

(3)根深いオカルト説と、現在の軍政・翼賛化の流れが合致して、以前からこういう説を唱えていた軍医さんに光が当たり、大々的に発表する場が与えられ、広く報じられるに至ったのだろう。

ということが推測される。

エジプトのアラビア語紙では「快挙」と祝賀・礼賛モードなのに対して、政府系でも英語紙は当初から懐疑的に伝えている。本音で「エジプトではよくある話」と思って信じていないのだろう。アラビア語紙の方はひたすら時流に乗る。

逆に、ガーディアンの特派員が現地のヒステリアに呑みこまれているのが面白い。

さすがにエジプト大統領府の科学担当の顧問も、「科学研究の国際的な手順を踏まないといけない」と恐る恐る火消しに出た上で、
“Egypt presidential advisor: Army health devices for virus C & AIDS must comply with int’l standards,” Ahram Online, 25 February 2014.

どうやら軍からもOKが出たらしく「この発表はエジプトの科学にとってのスキャンダルだ」と全面否定に転じた。マンスール暫定大統領もスィスィー国防相も詳細を知らされていなかった。そして「これは外国の新聞がエジプトのイメージを国際的に損なうのに利用される」と危惧している。しかしエジプトの軍政の一面がこのようなものであることはすでに十分広報されてしまった。

“An issue this sensitive, in my personal opinion, could hurt the image of the state,” Heggy said, adding that foreign newspapers could utilise the announcement to harm Egypt’s image internationally.

“Claims of cure for HIV, Hepatitis C are a ‘scandal’: Egypt presidential advisor,” Ahram Online, 26 february 2014.

でも記事を読んでみると、軍医・工兵部門の高官にはこの発明の支持者がかなりいるようだ。

英語紙の記事自体が、国際常識とローカルな権力構造の間で引き割かれて、一貫した文体を見い出せないでいるようだ。

「エジプト軍万能説」を信じている、あるいは信じているふりをするエジプト人は多いし、それを真に受けるエジプト専門家や報道関係者も多いが、実態はこの程度。文民のテクノクラートも内心は辟易しているだろうが、口には出せない。

エジプト研究をしてきた人間としては、「うちのエジプトがご迷惑をおかけしています」と菓子折りを持ってご近所を廻りたい気分です。

モンゴルとイスラーム的中国

見本が届いたばかりの、最新の寄稿です。


楊海英『モンゴルとイスラーム的中国』(文春学藝ライブラリー)、2014年2月20日刊(単行本は2007年、風響社より刊行)

ここに「解説」を寄せました(425-430頁)。

イスラーム世界を専門にしているといっても、中国ムスリムは私にとって最も未知の世界。勉強させてもらいました。

中国西北部、モンゴル系やウイグル系のムスリム諸民族を訪ね歩く。「民族」が縦糸、スーフィー教団の系譜が横糸か。

全体を通して導き手となるのは、回族出身で、文革期に内モンゴルで遊牧生活を送った作家・歴史家の張承志。

独特の文体。オリジナルな研究というのは通り一遍の解釈を拒むもので、解説を書くのは大変でした。

災後の文明

ものすごく重く重要な(私にとって)論文を二本、何が何でも金曜日までに、、ということで昼夜を問わず死力を尽くして完成(ほぼ)に漕ぎ着けましたが、もう頭が動きません。

途上国経済よりも私が低体温になっている感じがします。

外は雪。。

中東問題解説はお休みして、見本が届いた近日発売の共著をご紹介。


御厨貴・飯尾潤(責任編集)『「災後」の文明』阪急コミュニケーションズ、2014年2月

(Kindle版も出てた)

震災後の社会と政治を、政治学・行政学・思想史の研究者が集まって何度も研究会をして、読みやすい「教科書」のようにまとめました。

復興政策を国や自治体から見るだけでなく、社会学や思想史や経済学、国際関係論から見る章もあって多面的になっています。

遠藤乾、柳川範之、梅田百合香、牧原出、堂目卓生、川出良枝、苅部直、牧原出、村井良太、佐藤卓己、武藤秀太郎、伊藤正次・・・目についたまま挙げてみても壮観です。このメンバーが同じ部屋で同じテーマを議論をしたこと自体が信じられません。

*震災後に家族とかコミュニティの絆が高まった、という話があったけれども、それはデータを厳密に見ていくとどうなのか(大竹文雄さん)

*「ソーシャル・ネットワーク元年」としての東日本大震災の後の「リアリティ」はどんなものか?(五野井郁夫さん)

*リスボン地震後の知の変容(川出良枝さん)

といった話が「災後」という枠の中でぶつかり合っています。

時間ができたら他の人の章をじっくり読んでみます。

私は「二つのツナミの間で」(276-286頁)を寄稿しています。私のはたぶん最も短くて、他の章はもっと力作です。

論文を書きすぎて頭が動かないのでそれではまた。

トルコ経済はどうなる(3)「低体温化」どうでしょう

米国でのテーパリング(超金融緩和政策の縮小)がなぜトルコ経済に影響を与えるかというと、私は専門ではないので、関わったお仕事でエコノミストの皆様に教えていただいた話を引き写します。

PHP総合研究所で「グローバル・リスク分析プロジェクト」というのがあるのですが、これに2013年版から参加させてもらっていましたが、2014年版が昨年12月後半にちょうど出たところでした。
cover_PHP_GlobalRisks_2014.jpg
「PHPグローバル・リスク分析」2014年版、2013年12月

無料でPDFがダウンロードできます。

この報告書は2014年に顕在化しかねないリスクを10挙げるという趣向のもの。リスク②で「米国の量的緩和縮小による新興国の低体温化」という項目を挙げてあります。

それによると、

「(前略)2014 年は米国の金融政策動向が、新興国経済の行方を左右するだろう(リスク②)。近年の新興国ブームの背景には先進国、とりわけ米国の緩和マネーの存在があったが、2013 年12 月、連邦公開市場委員会(FOMC)は、2014 年1 月からの量的緩和縮小を決断し、加えて、今後の経済状況が許せば「さらなる慎重な歩み(further measured steps)」により資産購入ペースを縮小するだろうとの見通しを示した。量的緩和策の修正は、新興国から米国にマネーを逆流させることになる可能性が高い。」【6頁】

ということです。そこで新興国が「低体温化」するわけですな。

「2014 年は、2013 年末に開始が決定された米国の量的緩和縮小の影響で、新興国の景気が冷え込む「新興国経済の低体温化」がみられる可能性が高い。」【14頁】

「低体温化」という形容がどれだけ適切かは、今後の展開によって評価されるかな。

どういうメカニズムかというと、

「とりわけ、経常収支が赤字でインフレ傾向の新興国は、経常赤字をファイナンスすることが難しくなる上、通貨下落によりインフレに拍車がかかり、緊縮政策をとらざるをえなくなる。」【6頁】

なんだそうです。

しかも、この緊縮政策が政治的理由で取れなくて、いっそう危機を引き起こす可能性があるという。

「2014 年には4 月にインドネシアで総選挙、7 月に大統領選挙、5 月までにインドで総選挙、8 月にトルコが大統領選挙と重要新興国が選挙を迎えるが、これらの国々はまさにインフレ懸念、貿易収支赤字国でもある。有力新興国のうち、ブラジルでも10 月に大統領選挙が行われる。選挙イヤーにおける政治の不安定性に米国の量的緩和政策の修正が重なると、これらの国々の経済の脆弱性は一気に高まり、しかも適切な経済政策をとることが政治的に難しいかもしれない。」【6頁】

「これらの国々の経済政策は、中央銀行によるインフレ抑制のための金融引締め(金利引上げ)と、選挙対策を意識した経済成長を志向した政策との間で立ち往生する可能性も考えられないではない。」【15頁】

トルコ中央銀行の1月28-29日にかけての大幅利上げは、こういった疑念を払拭するため、というかもはや「立ち往生」していられなくなったのですね。

そして、日本にとっては、

「対中ヘッジに不可欠のパートナーであるインド、インドネシア、ベトナム、そしてインフラ輸出や中東政策における橋頭堡の一つであるトルコといった戦略的重要性の高い新興国が、米国の緩和縮小に脆弱な国々であるという点は2014 年の日本にとって見逃せないポイントである。」【7頁】

なのです。

トルコ内政の混乱に関しては、予想通りというよりも予想をはるかに超えた大立ち回りになってしまっていますが、それについてはまた別の機会で。

ちなみにこのレポートで挙げた10のリスクは次のようなもの。

1. 新南北戦争がもたらす米国経済のジェットコースター化
2. 米国の量的緩和縮小による新興国の低体温化
3. 改革志向のリコノミクスが「倍返し」する中国の社会的矛盾
4. 「手の焼ける隣人」韓国が狂わす朝鮮半島を巡る東アジア戦略バランス
5. 2015 年共同体創設目前で大国に揺さぶられツイストするASEAN 諸国
6. 中央アジア・ロシアへと延びる「不安定のベルト地帯」
7. サウジ「拒否」で加速される中東秩序の液状化
8. 過激派の聖域が増殖するアフリカ大陸「テロのラリー」
9. 米-イラン核合意で揺らぐ核不拡散体制
10. 過剰コンプライアンスが攪乱する民主国家インテリジェンス

1と2が世界経済、3,4,5が東アジア・東南アジア、6,7,8,9が中東を中心に中央アジアやアフリカに及ぶイスラーム世界。

(10はこういうリスク評価などインテリジェンス的な問題に関わっている専門家が感じる職業上の不安、でしょうか。)

なお、リスクの順位付けはしていないので、リスク①がリスク⑩よりも重大だとか可能性が高いとかいったことは意味していません。

念のため、私は執筆者の欄では50音順で筆頭になってしまっていますが、もちろん経済関係の箇所は書いていませんのでご安心ください。中東に関わる部分も、数次にわたる検討会や文案の検討に参加して議論しましたが、それほど大きな貢献をしてはいません。

所属先との関係で名前が出せない人も多いので、実際にはもっと多くの人が関わっています。

中東やイスラーム世界というと危険や動乱や不安定を伴うので、こういったリスクや将来予測についての地域・分野横断的な作業に混ぜてもらうことが多く、勉強させてもらっています。来年も呼んでくれるかな。

しかし「不安定のベルト地帯」と「秩序の液状化」を抱え、「テロのラリー」が始まっていて、それどころか「核の不拡散体制も揺らいでいる」って、中東・イスラーム世界は何なんでしょうか。そんな危険かなあ(自分でリスクを指摘しておいてなんですが)。

テーパリング自体は昨年後半ずっと「やるぞやるぞ」という話になっていたので、このリスク予測プロジェクトのかっこいいエコノミストのおじ様、お姉さまたちからさんざん聞かされており、分かったつもりになっておりましたが、実際にここまではっきり影響が出るとは、実感していませんでした。

まさに12月末というこのレポートの発表予定日あたりに、テーパリングが実施されるかされないか、という話になっており、もしレポートを発表した翌日に実施されたりすると一瞬にして古くなった感じになるのではらはらしましたが、エコノミストの方々は「予定原稿」みたいなものを事前に作っておられて、ちょうどレポート刊行直前に発表されたテーパリング翌月実施の決定に対応して、ささっと直して無事予定通りに最新の情勢を踏まえて刊行いたしました。さすが。

レクサスと日本外交

苦し紛れに即興的に作った造語「LEXUS-A」が、一人歩き、とまではいかないが、おそるおそるお散歩中、ぐらいか。

1月26日の『東京新聞』で、木村太郎さんが連載「太郎の国際通信」に寄稿した「元米同盟国連盟が拡大中」というコラムで引用してくださいました。冒頭の部分をご紹介します。

「LEXUS-A(レクサスーA)という言葉に出合った。といってもトヨタ製の乗用車のことではない。League of EX US Alliesの頭文字をとったもので「元米同盟国連盟」とでも訳すか。池内恵東大准教授の造語で、英国の国際問題誌モノクルの記事の中で紹介されていた。この「連盟」に属するのはサウジアラビア、イスラエル、トルコなどで、米国が中東政策を転換してシリアのアサド政権を延命させ、イランとの核交渉で妥協したことで外交的に「はしごを外された」面々だ。」

『モノクル』(Monocle)というのはイギリスの雑誌で、最先端のデザインやライフスタイルやファッションと、グローバルな政治経済情報が心地よく混在した、日本にはない形態。

なぜだか知らないが原稿やコメントの依頼が来た。調べてみると表参道にショップを構えていて、特派員までおいている。かなり頻繁に日本の最先端科学技術や、食文化、伝統工芸などを取り上げている。

この雑誌に寄稿した文章(Satoshi Ikeuchi, “Bloc Building,” Monocle, Issue 69, Vol.7, December2013/January2014, p.124)の末尾の部分、

But why not strengthen ties with other abandoned or burned ex-US allies, such as Saudi Arabia, Israel and Turkey? Someone might want to come up with a name for this new bloc. I have a suggestion: the League of ex-U.S. Allies, or LEXUS-A.

というところが該当箇所です。

ま、軽い冗談ですよ。でもちょっとは日本でそういう風に考え始めているんじゃないかな、アメリカさん。

流麗な英語になっていますが、私一人ではこんなに上手に書けません。内容は完全に私が考えたものですが、英語表現・文体はかなり編集側に手を入れてもらっています。忙しくてまったく時間が取れなくて辛うじて夜中に数時間の時間を作って、眠いところを必死に書いて送ったところ、オックスフォード出の切れのいい女性の日本特派員が、”You’ve done a great job.”とか言いながら手際よくピーッと全部上書きして直してくれました。

「お前は良い仕事をしたよ」と言われて、「上手に書けてたんだ」とは思わない方がいいようですね。特にイギリスの英語。

よっぽど無骨な英語だったんだろうなあ。

英語の婉曲表現が実際には何を意味するか、それを知らない人はどう誤解するかを面白おかしく対照表にしたものがインターネットに出回っていた。

探してみると・・・

“Translation table explaining the truth behind British politeness becomes internet hit,” The Telegraph, 02 Sep 2013.

例えば

Very interesting とイギリス英語で言うと、実際には That is clearly nonsense を意味していて、しかし聞いた方は They are impressed だと思って満足してしまう、とな。幸せでいいじゃないですか。

With the greatest respect…なんて丁寧に言われていると実際には You are an idiot と言われているんだと言われても、分かりかねます。

Quite good は本当は A bit disappointing なんだそうです。これはよく言われてきた気がする・・・

I only have a few minor comments は、実際には Please rewrite completely と言われているんだそうです。うひゃー。

それはともかく、Lexus-Aを最初に引用してくれたのは、日経新聞特別編集委員の伊奈久喜さんの「倍返しできぬ甘ちゃん米大統領(風見鶏)」『日本経済新聞』2013年12月22日

「中東専門家の池内恵東大准教授が「Lexus-A」という新語を造った。レクサスAと発音する。新車の話ではない。「League of Ex US Allies(元米国同盟国連盟)」の略語だ。サウジアラビア、トルコ、イスラエル、日本、さらに英国がメンバーらしい。」

もちろん問題となっている対象は私が見つけ出したことではない。ユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏が2013年にJIBs(Japan, Israel, Britain)を、米国の後退によって困った立場に立たされる同盟国としてひとくくりにした。さらに今年は年頭の「世界の10大リスク」の筆頭に「困らされた米同盟国」の問題を挙げている。

しかしむやみに悲観的になることもない。米国の同盟国は、たいていは技術があったりお金があったり生活水準が高かったりするのだから、米国抜きで(元)米同盟国連盟を組んで豊かに暮らせばいいんじゃないの?という意味を込めて作ってみました。こちらの方が明るくていいと思います。

「【日米中混沌 安倍外交が挑む】同盟国との関係を悪化させたオバマ外交と安倍首相の地球儀外交」でも引用されているようです。

革命のクライマックスとしての憲法制定について:アレントを手掛かりに

チュニジアの立憲プロセスに関して補足。

そもそも、「革命」の成果の確定としての「憲法制定」の重要性、というものが日本ではきちんと理解されていないのかもしれない。だからチュニジアでの成果について、日本と欧米とでここまで報道が異なるのかもしれない。

「革命」の最重要部分としての立憲政治については、ウェブ上で論説を書いたことがある。

池内恵「「アラブの春」は今どうなっているのか?――「自由の創設」の道のりを辿る」『シノドス』2013年12月9日
その一部分を引用しておく。

(前略)
ハンナ・アレントは、世界史上に数多く起きてきた「革命」の多くは実は「反乱」に過ぎず、それが「自由の創設」をもたらすという「奇蹟」を伴わない限り、多くは混乱と分裂のもとで再び独裁の軛に繋がれる結果に終わったと指摘する。しかし往々にして人々の関心は「反乱」の劇的な側面に向けられ、「自由の創設」の地味な側面への関心は高まらない。

「歴史家は、反乱と解放という激烈な第一段階、つまり暴政にたいする蜂起に重点を置き、それよりも静かな革命と構成の第二段階を軽視する傾向がある」(ハンナ・アレント『革命について』志水速雄訳、ちくま学芸文庫、1995年、223頁)

静かな革命における「構成」とはすなわち憲法制定(コンスティチューション)である。アレントによれば「根本的な誤解は、解放(リベレイション)と自由(フリーダム)のちがいを区別していないという点にある。反乱や解放が新しく獲得された自由の構成を伴わないばあい、そのような反乱や解放ほど無益なものはないのである」(アレント『革命について』224頁)。

アラブ世界の社会・政治変動に関するわれわれの関心も、ともすれば「反乱」の局面にのみ向けられてはいなかったか。デモよりも内戦よりも、自由の構成=憲法制定という地道で労の多い過程こそが、革命のもっとも重大な局面であるとすれば、「アラブの春」を経たチュニジア、エジプト、リビア、イエメンは、この段階での困難に直面しているといえる。それは成功を約束されたものではないが、失敗を運命づけられてもいないし、まだ終了してしまったわけでもない。

(以下はシノドスで)


ハンナ・アレント『革命について』 (ちくま学芸文庫)

御厨貴『知の格闘』に参加して格闘

出ました。


御厨貴『知の格闘──掟破りの政治学講義』(ちくま新書)

御厨貴先生が2012年に行った、最終講義シリーズの書籍化です。6回の講義に、それぞれ一人コメンテーターがついて、私は第6講の「映像という飛び道具──メディアと政治」でコメンテーターを務めています。

最終講義というとひたすらお説を拝聴するだけで、さらに言えば、古くなった学説や思い出話を延々と聞いてうなずいたりしなければならない堅苦しい儀式となりそうなものですが、そういうことはやりたくない、だけど最終講義という枠を使って何か面白いことをやりたい、という御厨先生の遊び心が生み出した本です。中身は、学問と政治の表話と裏話が錯綜していて、実はかなり高度です。

コメンテーターたちは、御厨先生は偉い先生なんだから持ち上げなければいけないんだが、単に褒めているだけでは「君、つまらないね」と赤点つけられるという苦しい立場に立たされました。

さらに御厨先生のあとがきで「誰が褒め上手かわかったぞ」などということまで書いてある。誰とは書いていませんが。誰でしょうか。

直接の弟子でも、同じ学派でもなんでもない私に発言の機会を与えていただけたのは、感謝しています。私以外のコメンテーターは、(もちろん、建築家の隈研吾さんを除けば)正統的な法学部政治学科の出身の皆さんです。「色物」を何パーセントか混ぜておく、というのが御厨先生のバランス感覚なのでしょう。このことは私のコメントの趣旨でもあります。

シリーズの最後になって、「最終講義だったんだけど評判が良いから客員として毎年やることになった」というアナウンスが御厨先生自身からあって、最後の年だからと懸命に支えたお弟子さんたちを脱力させた(と思うが)という大どんでん返しの瞬間も記録されています。ほどよく高揚感ある中に終了、続編に期待、という明るく前向きな本です。お人柄ですね。

書物の運命、の運命

考えてみれば、作りかけの「土台と柱だけ」の建物が居並ぶ街並みの風景は、私にとってのアラブ世界の原風景。ブロックを積み重ねて何年もかけて建物を作るのが現地のやり方です。

この風景について、ずっと昔、「屋上に立つドア」というエッセーを書いたことがあります(『文藝春秋』2003年4月号)。この雑誌に初めて書かせてもらった時じゃないのかな?

まだ20代の、何ら実績も経験もない書き手が、大御所たちと並んでしまう巻頭のエッセー欄で、なんとか恥ずかしくないようにと気を張って、ずっと年上の読者に精一杯楽しんでもらおうと思って書いていたことを思い出しました。

初心忘るべからず。

このエッセーが収録された、池内恵『書物の運命』(文藝春秋、2006年)は、毎日書評賞までいただいてしまいました(推薦してくださった皆様、ありがとうございます)。

ですが・・・残念ながら、絶版となるとの連絡を版元から昨年末に頂きました。

この本は、風合いのいい和紙系のカバーや、さりげないところに鍍金をあしらうなど、採算度外視かと思うほどに、本づくりの妙を尽くしていただき(装丁は菊地信義さん!)、世の本好きに向けて強く押し出していただいたのに、販売的には、ほどほどのところで力尽きた、という具合でした。わが身の非力さを思い知るばかりです。

けれども、思いもかけず毎日書評賞を頂くことになって、あの時は本当にうれしかったです。

古本屋さんで見かけたらどうぞ。