米国のイラク北部限定空爆の意図と目標

8月7日のオバマ大統領によるイラク北部への空爆・人道物資投下の許可を受けて、米軍は8日にイラク北部クルド人自治区(クルド自治政府)の首都エルビール付近で、侵攻するISIS(改称して「イスラーム国家(IS)」を名乗っている)に対する空爆を行った模様だ。

地図で見てみよう。

米国のイラク北部空爆8月8日BBC
出典:BBC

この地図ではクルド地域政府(北部三県)が濃く塗られており、その範囲を超えてどこまでクルド部隊(ペシュメルガ)が支配しているかについては保留になっている。6月に急激に勢力を拡大した際にはISISはペシュメルガと衝突を避けていたようだが、過去1か月ほどはクルド人勢力の支配領域を蚕食している。

米軍の目標は限定的で、7日のオバマ大統領の声明の冒頭の一行そのものなのだろう。

Today I authorized two operations in Iraq — targeted airstrikes to protect our American personnel, and a humanitarian effort to help save thousands of Iraqi civilians who are trapped on a mountain without food and water and facing almost certain death.

(1)米国の人員を守るための攻撃
(2)イラクの少数派への人道支援

を掲げているが、オバマ政権としてはおそらく本当にこの二つに限定したいのだと思う。

特に重要なのは(1)だろう。これはオバマ政権の一貫した姿勢で、要するに介入は「直接にアメリカ人に危害が及ぶ」場合に限定するのである。そのため、介入がイラク内部の政治・軍事的状況を大きく変えるものになるとは考えにくい。

オバマ政権の対外関与についての一般姿勢は、5月28日のウエストポイント演説で定義されていることが広く知られており、イラク情勢への米国の介入の程度や意図・目標を見るにはまずこの演説を踏まえないといけない。

さらに、6月19日の声明でイラク情勢への対応にこの原則をどう適用するかがより具体的になっている。

今回の空爆は、海外においても「米国人への直接的脅威」に直接介入の目的を限定しようとするオバマ政権の一貫した原則に従ったものです。

ウエストポイント演説とその中東への適用についてはこのブログでも随時言及している。【6月11日】【6月20日】【7月1日】【7月8日

エルビールがどのような意味で「米国人への直接的な脅威」に関わるのか。

クルド地域政府の範囲、特にエルビールを中心とした北半分は、1991年の湾岸戦争以来、「飛行禁止空域」を設けて保護し、サダム・フセイン政権の支配から自立させ、米国の経済的、諜報・軍事的な影響を及ぼしてきた地域である。シーア派主体の南部よりもはるかに、アメリカと緊密な関係を築き、アメリカが足場を築いてきた領域だ。

文字通りAmerican personnelが多くおり(その多くは現地人だろう)、もし一時的にもISISがエルビールを制圧すれば、それらの人々が殺害されることは、ISISの過去の言動からも明らかである。それを阻止するために、エルビールのクルド地域政府を支援する、という論理である。

軍としては、そのような極端に限定的なミッションが実施可能であると認識しているかどうかわからないが、政権としてはそのような意図と目標を設定しているのだろう。

一方(2)の「イラク市民」の保護だが、これも確かにオバマ政権にとって重要なのだろうが、正当化根拠として疑問が多い。ISISはここのところ、イラク北部のクルド勢力が掌握していた、宗教的少数派が集住した町々を制圧している。シンジャールを陥落させ、ヤズィーディー教徒の大量の避難民がシンジャール山に孤立して人道支援を必要とする状況になっており、最大のキリスト教徒が多数を占めるカラクーシュも制圧し、避難民がクルド地域に流入している。ISISがそれらの地域で異教徒を隷属化に置く姿勢を明確にし、迫害とみなされる行為を行っている可能性は高い。

こういった少数派が関わってくると国際問題化しやすいという点は、以前にイラクの宗派・民族地図を紹介した時に記してあったが、これが現実化した形だ。(6月18日のエントリ「【地図と解説】シーア派の中東での分布」の6枚目の地図を参照)

しかし、アラウィー派やキリスト教徒が強く支持するシリアのアサド政権がイスラーム教スンナ派が多い反体制派をどれだけ虐殺しても軍事介入せず、逆にイスラーム教スンナ派の勢力(ISIS)がキリスト教徒や少数宗教の地域を制圧して迫害すると即座に介入する、というのは正当化の根拠が弱い。それどころか「宗教戦争」とみなされてISISが活気づき、世界のイスラーム教徒の支持を集める結果にすらなりかねない。

戦略的には、エルビールをISISに奪われるのは、バグダード中心部を奪われるのと等しいぐらい、米国にとって重大な損失である。それを避けるために、オバマ政権がやりたくない介入をいやいやながら行ったというのが実態だろう。

しかし、それへの国内的支持を取り付け、国際的にも理屈づけるために「少数派の保護」が持ち出され、かえって問題をこじらせかねないように感じられる。

「少数派の迫害」という「人道」的理由を付すことで支持基盤の反戦的リベラル派の支持をとりつけ、かつ「キリスト教徒が迫害されている」というイラクやシリアの内戦の文脈では二の次の論点(宗教・宗派に関わらず、敵味方に分かれた諸勢力の紛争に巻き込まれ、幾度も複数の勢力に制圧された地域で、あらゆる立場の人々がしばしば過酷な扱いを受けているのであって、特定の宗教・宗派が迫害された時にだけ介入するというのは理屈が通らない)を引き合いに出してイスラーム教徒との「聖戦」の意識を根深く抱くキリスト教右派など保守派の支持も得るという、米国の国内政治の論理がいかにも鼻につく正当化の仕方だ。

中長期的な効果の面でも、正当化根拠の面でも疑問が残る介入だが、少なくとも米軍の攻撃が大規模化するとは考えにくいという見通しは立つ。ただし短期間に成果を出し、問題を解決することも望み薄である。