日本と国際メディア情報戦

数日前、NHKディレクターでノンフィクション作家の高木徹さんと対談をしていました。そのうちとある雑誌に出る予定ですが、対談の内容は出た時に紹介するとして、対談でも素材にした、高木さんの新刊をご紹介。

高木徹『国際メディア情報戦』(講談社現代新書)

高木さんとの対談は3度目で、最初は2003年に遡る。

(1)高木徹・池内恵「戦争と情報戦略 国際政治の中の目立たない国・日本」『本』2003年10月号、8-14頁
(2)高木徹・池内恵「世界中から日本人が「消えた」? 普天間、トヨタ問題で後手に回る背景」『中央公論』2010年6月号、176-184頁
(3)今回。某誌。まだゲラも出ていないので記しません。2014年4月号ぐらいなのかな。

また、高木さんの『ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争』 (講談社文庫)の文庫版解説や、『大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたか』書評も書いたことがある(『書物の運命』に収録されています)。

映像の人なので、私には感覚的に分かり難いところもあるが、従来の活字派・団塊・早稲田的(偏見ですが)な、単調な善悪二元論で暑苦しくしばしば見当はずれに描かれる戦争ものとは異なる、現代世界の本当の「戦場」をクールに描いている視点は一貫していて、また現実の進展とシンクロして発展していく。毎回対談が楽しみだ。

いずれの対談でも、「国家のPR」あるいは「国際メディア情報戦」について、高木さんが観察している最新の動向を伺いながら、日本の置かれた立場の変化や将来の見通しについて考えてきた。

今回対談をしたことをきっかけに過去の対談も読み返してみたのだけれども、10年間での変化の大きさ、特に日本の置かれた立場の様変わりは著しい。

皆様も対談を読み返していただければ、そのような将来の変化についての、二人の「見通し」というか「予感」は、まったくはずれていなかったと思う。このブログにでもいずれテキストを部分的にでも掲載したい。

お互いに「そうなってほしくはないが・・・」という文脈で語っていた悪い方のシナリオがどんどん現実化しているように見える。

先日書いたコメントも、そういった長期間かけて積み重なってきた関心と危機意識の上でのものです。

高木さんとの対談を含め、この問題についはまた書きましょう。

メッカ巡礼とパンデミックの関係

先日、サウジを中心に広がっているMERS(中東呼吸器症候群)について紹介したけれども、エジプトでも初めての死者が出た。
“First Egyptian dies from MERS in Aswan: Al-Ahram,” Ahram Online, Friday 28 Feb 2014

記事によると・・・
A woman in Upper Egypt’s Aswan has reportedly died Friday from Middle East Respiratory Syndrome (MERS), a deadly respiratory virus that appeared in Saudi Arabia in 2012.

Gamila Ibrahim, who just came back from Saudi Arab after performing the Ummra pilgrimage, is the first Egyptian to die from the MERS, reported Al-Ahram Arabic news website.

上エジプトのアスワン(アスワン・ハイダムで有名)で亡くなった女性(ガミーラ・イブラーヒームさん)はサウジアラビアのメッカへの巡礼から帰ったところだったようだ。メッカ巡礼には二種類ある。一つは、年一度の決められた日に世界中から集まる「大巡礼(ハッジ)」。

もう一つは、ムスリムが各自、行ける時にメッカに詣でることで、これを「小巡礼(ウムラ)」という。こちらは日本ではあまり知られていないかもしれない。日時が決められていないから、大巡礼より気軽に巡礼できる。大巡礼は「ハイシーズン」なので旅費も滞在費も高くなるし。

イスラーム圏の旅行代理店の看板を見れば、必ず「Hajj & Umra」と大きく書いてあります。

サウジアラビアというと閉ざされた国というイメージがある。実際に、確かに女性を隔離して行動の自由を制限したり、外国人と自国民をなるべく接触しないようにしたり、ビザの要件がひどく厳しかったりする。そんなサウジアラビアで広がる伝染病など、辺境に封じ込められた風土病に過ぎない、と思ってしまってはいけない。

巡礼のために世界中からムスリムが集まり、また戻っていく。これは政治的・文化的なハブとして重大なパワーを秘めているが、同時に、パンデミックを世界に拡散させる場所として、大きな危険性を秘めている。

大巡礼の時期に何らかの伝染病がサウジアラビアに広まったら・・・・一気に世界に広がります。そういったわけで、MERSは日本にとってまったく他人事ではないのです。

ぎりぎりの入稿を繰り返す

昨日、四ヶ月ぐらいかけて、しばしば夜を徹してでも書いてきた、アラブ諸国の移行期政治を比較する論文を、どうにか入稿。まだ若干注の表記が一貫しなかったりするので、最終段階で直さなければいけないところもあるが。

完成版が刊行されたら、また通知します。今回のものは事実を整理しただけ、とはいえ整理するのが大変面倒で手のかかるものなので、意義はあったかなと思います。ウェブ媒体の分析・論文誌なので63000字以上といった尋常ではない量を書いてしまいました。

移行期のアラブ諸国政治を、一国だけでなく国を横断して比較して、最初から最後まで(終わってはいませんが)順を追って解説してくれる論文や本は世界的にもほとんど出ていない。もちろん英語圏では各国の現状を克明に見ていくレポートや論文は多く出ているのだけれども、それらを横断的に把握する概念を誰もがつかみかねている。

現地の対象自体が落ち着かないということもある。ある時点での「結果」をもとに因果関係を論じると、説明した「結果」そのものが現地の政治情勢・政局の変化で容易に覆されてしまうので、セオリーが長続きしない。研究者としては、うっかり議論ができない、という状態になっている。

しかしだからと言って様子見をしていると、現状を見る手がかりが失われてしまう。

次はこういった論文をもとに、「アラブの春」の各国の社会の変化、政権の動揺から、移行期の体制変動の行く末までを一冊の本にする作業が待っています。

なお、先週は、別の、イスラーム思想史についての論文をぎりぎりで入稿していました。こちらは半年以上かけています。アイデア自体は5年以上前に発想したもの。こちらも、大きな本の一章ずつを論文として書いているものの一つ。刊行されたらまたお知らせします。

ここ数か月、不眠不休の入稿を繰り返してきましたが、少し落ち着いてきました。とはいえ週明けにももう一本、中程度の射程距離の論文を出さねばなりません・・・

それでもこの欄での中東情勢分析などを、時間を見つけてまた増やしていきたいと思います。