王柯先生の著作


王柯『東トルキスタン共和国研究―中国のイスラムと民族問題』東京大学出版会、1995年

今日は東大出版会の本の紹介が重なりました。

無事のご帰還を祈ります。

先日は、楊海英『モンゴルとイスラーム的中国』(文春学藝ライブラリー)、2014年2月刊、をご紹介しましたが(「モンゴルとイスラーム的中国」2月19日)、いずれも日本留学で学者となった先生方です。

日本の学界は、適切に運営・支援が行われれば(←ここ重要)、中国に極めて近くに位置して情報を密接に取り込みながら、自由に議論し、客観視できるという強みがあり、欧米へのアドバンテージを得られます。

中国に最も近いところにいる自由世界の橋頭保として日本は輝いていたいものです。

【緊急】神戸大の王柯先生が中国で拘束か?

 これは心配です。中国ムスリム、特にウイグル問題で有名な王柯(おう・か)先生が中国に行ったきり連絡が取れないようです。

「神戸大教授:中国で不明に ウイグル族を研究」『毎日新聞』2014年3月22日 
 
 中国の内政全体の中でも、特に新疆ウイグル情勢は、かなり緊迫化しているのではないかと思います。

 マレーシア航空機の失踪でも即座にウイグル系あるいはトルキスタン系ムスリムによるジハードではないかという噂がネット上で中国語で飛び交ったようです。それぐらい不安視されているということでしょうし、「あるだろうな」と多くが思っているのでしょう。

 新疆ウイグルの統治がうまくいっていない、そのことを見せたくない、というのは基本的な事実でしょう。

 私は、そもそも「王柯先生はもう中国には入れないんだろうな」と思い込んでいましたが。

 たとえ何でもなかったとしても、数日連絡を絶てば「拘束されたのでは」と誰もが思う社会、というものの怖さを、われわれは忘れているのではないかと思います。

【友情出演】『デザインする思考力』東大EMP

 刊行されました。
デザインする思考力
 
池内恵「現象全体の仕組みを捉える分析力」東大EMP・横山禎徳編『東大エグゼクティブ・マネジメント デザインする思考力』東京大学出版会、83-123頁

 東大EMP(エグゼクティブ・マネッジメント・プログラム)という、大学と経済社会をつなげる特設プログラムが東大の赤門のそばの新しいきれいな建物の中で行われております。EMPで半年に1回、講師をしている関係で、ご指名を受け、プログラム・ディレクターの横山さんからインタビューを受けたものです。

 厳密には私の著作というよりは横山さんとEMPによる著作ということになるのでしょうが、テープ起こしをして提案されたテキストに私が抜本的に手を入れて書き直しています。けっこうな長さになりました。

 「私に対するよくある質問」にすべて答えた形になっています。

 もちろん私としては(今回のインタビューに限らず)、「もっとほかの事も聞いてくれ」と言いたい面はありますが、世の中の関心とはこういうものなのだ、という意味では私にとってもきちんと答える意欲を持たせてくれるものでした。書き直すの大変でしたけれども。

 「EMP」ということで企業人を読者に念頭にしていますが、新入学の学生が、大学で何をやっているのかを知り、自分が何をやるべきか考えるためのヒントにもなるでしょう。私としてはどちらかというと今からゼロの地点から考える人向けに話しています。

 内容は、「なぜイスラーム研究をするようになったのですか?」というあらゆる場所で聞かれる質問に対する答えが半分程度を占めます。

 この質問には過去にも応えており、『イスラーム世界の論じ方』中央公論新社、2008年に収録されていますが、それをさらに敷衍したのが今回のものです。

 私にとってイスラーム世界やイスラーム教への興味は、「冷戦後の国際秩序、特にその根底を方向づける理念はどうなっていくのか」という関心の延長線上にあります。

 最近の中東情勢を「米国の覇権の希薄化」との関係で論じていることも、ウクライナ情勢について狭い意味では「専門分野」ではないにもかかわらず熱心にこのブログで考えているのも、「冷戦後の国際秩序」に大きな変更を及ぼす可能性のある事象として共通しているからです。

 以下、今回の本で語ったことの項目の一部。

*イスラーム×政治というテーマの「戦略的選択」

*フクヤマとハンチントンが基調となる冷戦後の国際秩序理念(に関する議論)

*コーランは問題集ではなく「解答集」の形式を取っている

*中世の合理主義と啓示の永遠の対立は現在も続く問題であること

*イスラーム教はなぜ近代科学と衝突しないのか

*アラブの春は冷戦後の国際秩序という問題にどのようなインパクトを与えたのか

・・・

昔書いた井筒俊彦論

 このブログはこれまでに書いた本や、あちこちに書いて見つかりにくくなった論文やエッセーなどを一覧できるようにとも考えて立ち上げたのだけれども、なかなか時間が取れない。単行本については、本屋に行けば売っているものなので、広告のように見えてもなんなので、必要な時が来るまでは掲載を控えているのが実態です。

 今回は専門業界の人以外はほとんど目にしたことがなさそうな論文を一本紹介。

 先日、『中央公論』で行った井筒俊彦についての鼎談を紹介しました。(「井筒俊彦のイスラーム学」

 私が井筒俊彦について語ることになった原因の一つがこの論文。

池内恵「井筒俊彦の主要著作に見る日本的イスラーム理解」『日本研究』第36集(国際日本文化研究センター)、2007年9月、109-120頁
 
 前の職場(国際日本文化研究センター:略称「日文研」)で、カイロ大学文学部と一緒にカイロで研究シンポジウムをやった。その時の英語での発表を、日文研発行の学術誌『日本研究』に日本語訳して載せたもの。

 実は、この論文の事は長い間忘れていた(記憶から封印していた)のだが、今回の鼎談の準備のために探したらインターネット上で出てきた。

 最近は学術誌の多くが無料でインターネット上に公開されているか、あるいは少なくとも有料のデータベースで公開されているので、便利になりました。

 井筒の特有の生い立ち(父から受けた精神修養=内観法)が、生涯にわたる思想研究の方向性を定め、彼のイスラーム認識はあくまでも井筒の側の関心事によって切り取られたもの、というのが趣旨。

 井筒のオリジナリティと魅力は、中東諸国(特にアラブ諸国)一般で信仰されているイスラーム教とはかなり離れたものであるがゆえに成立している。これは別に「偏向」を批判しているわけではないのですけれども。

 私自身この論文については、海外でのシンポジウム向けに「業務」として設定したテーマであり、職場の学術誌に何かを出さねばならなかったという必要に応じて書いた論文でもあり、ということであまり「業績」として意識したことはなかった。

 単に中央公論社版の著作集を最初から順に読んで、必要箇所を書き写しているだけにも感じられましたし。あまり上手に書けている文章ではありません。

 異教徒がイスラーム教について論じることなどできるはずがない、とインテリすらも固く信じるエジプト人向けの初歩的解説と、井筒に対する過剰な期待が膨らみすぎて誤解も増していた、少し前の日本の現代思想業界に向けのこれまた初歩的解説とが、全体に混じりあっていて、どことなく不完全なものという印象があった。そんなわけで印刷されてきた論文も本棚の奥にしまったきり埋もれてしまって、今や自分でもどこにあるかわからなくなっていた。雑誌『アステイオン』に若干の短縮・増補を加えたものを載せたこともあるが、あまり発展させられなかったのでもやもやっと頭の中で残っている。

 けれども、最近出ている文学系の井筒論を見ると、井筒の思想の基本的な展開の筋道については、どうやら私がこの論文で書いた方向性とあまり変わらないものを見出しているようだ。

 今となっては、「井筒は、なぜ、何を、どのように考えたか」という点については、この論文で書いておいたことで十分ではないかという気もする。少なくとも、その後たくさん出た井筒論が、必ずしも何か新しいことを発見してくれたという気はしない。むしろこの論文で書いた井筒の思想を踏まえてそれぞれの書き手がそれぞれの思いを追加していったものが近年の井筒論だろう。

 その意味では、基礎的な事実を明らかにする大学の研究と、それを踏まえて想像・創造していく文学・評論との分業は出来ていると思う。
 
 私が書いた中でも最も体裁の良くない、不恰好な論文で、できれば誰にも読んでほしくないですが、今思い返すと意味があったのかな、といろいろな意味で思う一本。

 そのうち、井筒俊彦についてはまた改めて取り組んでみたいと思っている。

 日文研は4年余り勤めただけで東京に移ることになってしまったけれども、折に触れ共同研究員として研究会に呼んでもらってきた。今日も日文研の研究会のために京都に来ております。

 中東研究者なのに日本研究の研究所に身を置かせてもらったことは本当に得難い経験でした。その前は思想研究なのに開発途上国の政治経済研究の機関に就職したり、今はエンジニアや科学者ばかりのインキュベーション・センターのような職場にいたり、考えてみると普通の「学部」に務めたことは一度もない、「なんちゃって大学教員」の不思議なキャリアパスを歩んでおります。来し方行く末。

【掲載情報】「エジプトとチュニジア──何が立憲プロセスの成否を分けたのか」

ウェブ上に記事が掲載されました。無料でダウンロードできます。

池内恵「エジプトとチュニジア──何が立憲プロセスの成否を分けたのか」連載《「アラブの春」後の中東政治》第6回『中東協力センターニュース』2014年2/3月号、74-79頁

内容は、このブログに書いてきたことともかなり重なっていますが、もう少し整理してまとめています。

「下書き」の段階でブログで読んで下さった皆様、ありがとうございました。といっても今回の論稿も、このテーマに関する結論ではありません。なおも考え途中です。

【ご参考】
「チュニジアではなぜ移行期プロセスがうまくいっているのか」2014年1月25日

「チュニジアではなぜうまくいって、エジプトではなぜうまくいかないのか」2014年1月26日

「革命のクライマックスとしての憲法制定について:アレントを手掛かりに」2014年1月26日

「チュニジアで新憲法制定 組閣も」2014年1月27日

「答え合わせ(1)チュニジア立憲プロセス成功の理由」2014年1月27日

トルコの3・30地方選挙がエルドアン政権の将来を左右する

トルコで3月30日に行われる統一地方選挙(各地の市長選挙)は急速に、デモと汚職追及で荒波に揉まれたエルドアン政権への民意を図る、重要な意味を持つものとなってきました。

昨年までは(1)統一地方選挙で勝って、(2)その勢いで8月の大統領選挙に鞍替え立候補して勝利し、(3)2015年の議会選挙で勝利して大統領権限を強める憲法改正を行い、「皇帝」(むしろ「スルターン」か)のように君臨しようかという勢いだったエルドアン首相ですが、一気にレイムダック化する可能性すらささやかれています。

『フォーサイト』に解説を書きました。

たぶん普段より非常に平易に書いています。

「エルドアン首相はトルコの「中興の祖」となれるか」『フォーサイト』2014年3月19日

有料購読はちょっと・・・という人向けには、いくつか英語で読めるものをご紹介。

“Opinion: Turkey’s local elections are an important barometer,” Asharq al-Awsat, 2 Mar, 2014.

“Turkey’s Forthcoming Elections,” Middle East Forum, March 7, 2014.

“Turkey Goes to the Ballot Box: 2014 Municipal Elections and Beyond,” Brookings Institution, March 13, 2014.

ウクライナ問題(7)沿ドニエストルでもロシア編入への動き?

プーチン大統領は上下両院や連邦政府高官を集めた演説で、クリミア編入への法的措置を取るよう指示を出したとのことなので、やはり本日(18日)未明に載せたエントリ「ウクライナ問題(6)クリミアの次は沿ドニエストル(モルドバ)に注目」の分類での(1)だったようです。

また、このエントリでは、今のところモルドバ(沿ドニエストル Transnistria; Trans-Dniester)は平穏、と書いておきましたが、沿ドニエストルでもロシアへの編入を求める動きが表面化しているようです。

“Moldova’s Trans-Dniester region pleads to join Russia,” BBC News, 18 March 2014 10:38GMT.

 Irina Kubanskikh, spokeswoman for the Trans-Dniester parliament, told Itar-Tass news agency that the region’s public bodies had “appealed to the Russian Federation leadership to examine the possibility of extending to Trans-Dniester the legislation, currently under discussion in the State Duma, on granting Russian citizenship and admitting new subjects into Russia”.

A pro-Kremlin party, A Just Russia, has drafted legislation to make it easier for new territories to join Russia. The party told the Vedomosti newspaper that the text was now being revised, in order not to delay the rapid accession of Crimea to Russia.

 ロシアの姿勢の正統性を演出するための側面からの陽動作戦なのか、あるいは以前からもある話を、西欧側がロシアの脅威を感じて敏感に取り挙げているだけなのか。私はこの地域が専門ではないのでよく分かりません。

 そもそもウクライナを背後から揺るがす工作の一環かもしれません。ウクライナ側は、沿ドニエストルでロシアが活動家(工作員?)を募集してウクライナのオデッサに送り込んで攪乱工作をしている、といった主張をアル=ジャジーラに対して行っているようです。

汎アラブ・メディアやトルコ系メディアはこの問題を欧米からともロシアからともちょっと違った横からの、しかし非常に近いところにいる視点で見ている様子があって、興味深いものです。

“Europe fears pro-Russian referendums after Crimea,” World Bulletin, 14 March 2014.

ウクライナ問題(6)クリミアの次は沿ドニエストル(モルドバ)に注目

 お昼休みにウクライナ情勢チェック。当面はクリミアの帰属に焦点が当たっている。
 
 3月11日にクリミア自治共和国議会で独立宣言採択。
 3月16日の国民投票でウクライナからの分離・独立及びロシアへの編入の承認。
 3月17日にロシア・プーチン大統領がクリミアを独立国として承認する大統領令に署名。←今ここ。

 今日(3月18日)夜にはプーチンが上下両院の議員や連邦政府幹部らが出席する連邦会議でクリミア問題について演説するという。

 この演説の内容が、次のどれになるかが、近い将来の展開を分けそうです。

(1)クリミアの編入を行うと宣言し、そのための法的手続きの開始を命じる。
(2)クリミアの独立を称賛、援助を惜しまないと宣言。

 (2)であれば、編入カードを残したまま欧米との交渉の余地を残す意図を示した、宥和的なものとして欧米側では受け止められるだろう。(1)だと当分の間制裁合戦などで国際政治経済が荒れそうですね。ロシアはメディアを使ってかなり盛り上げてしまっているので、「編入してください」という決議・国民投票が曲りなりにもあるのに、プーチンは「まあ待て」と言えるのかどうか。

 日本は頭を低くしているしかないですが、経済制裁に追随する必要はあり、制裁への報復だとか言って日本企業の資産が凍結や接収されたりすると困ります。

 合弁企業で日本の持ち分が凍結された上に、働くだけ働かされ続けたりして。

 さて、その次はどうなるか、ロシア専門家やウクライナ専門家【~日本にもいらっしゃいます~】【クリミア半島奪取でロシアの得た勘定と失った感情】の議論をいろいろ読んでみている。
 
 クリミアにワッペン外した軍を送り込んで制圧、というロシアの行動はいかにも荒っぽくてお友達になりたくない感じがするが、しかし欧米も国際法・秩序の原則に挑戦するものとして批判はしても、実際に実力行使でクリミアからロシアの影響力を排除するとは思えない。

 ロシアによるクリミアの国家承認に限定するのであれば、欧米側はクリミアを承認しないと言い続け、当分の間制裁をしつつ、やがては現状黙認、となってしまいそうだ。編入の場合は当分の間比喩的には「冷戦」的な激しい言葉のやり取りと制裁合戦による関係冷却化が続くだろうけど、「もともとロシアのものだったんだし」というところもある。

 ただ、これがロシアの拡張主義の第一歩で、今後、ソ連だのロシア帝国だのの再興を目指していく、ということになると西欧諸国は黙っていられないだろう。
 
 そうなるとロシアの「クリミア後」に何をしたいのか、意図を探るのが、次の段階の展開を見通すのに不可欠だ。クリミア併合は一回きりの現象で、周辺諸国には影響を与えないのか。それともロシアはこれを皮切りにどんどんせり出してくるのか。

 もちろん「東部ウクライナへの侵攻」なんてことがあれば意図は明白だし混乱は計り知れないが、たぶんそんなことしないでしょう。

 クリミアを承認するだけでなく編入し、さらに、他のロシア系列の「非承認国家」を編入していく動きが始まるのであれば、欧米は最高度の警戒態勢に入り、文字通り「新冷戦」が始まることになってしまうかもしれない。

 現在の段階(独立宣言、ロシアだけが承認)のクリミアと同様の国は、グルジアから独立を宣言してロシア軍の軍事力で維持されていて実質上はロシアだけが承認しているアブハジア、南オセチアがあり、モルドバから実質上独立しロシア軍が駐留しているがロシアは公式には承認していない沿ドニエストル(英語ではTransnistria)がある。

 特に、ウクライナと隣接するモルドバの沿ドニエストルについて、ロシアが公式に承認する、さらに編入する、といった動きがあるのであれば、クリミア後の次の一歩ということになり重大な意味を持つ。その動きがないのであれば、当面は、事態はクリミアに限定されるとみていいのではないのか。

 現状ではモルドバ(沿ドニエストル)情勢は変化なし、だそうです。

 以上は黒海沿岸諸国の専門家トマス・ド・ワールさんの下記の分析を読んでまとめてみたものです。専門家って大事ですね。

Thomas de Waal “Watching Moldova,” Eurasia Outook, Carnegie Moscow Center, March 12, 2014.

リビアの謎のタンカーは米海軍特殊部隊が拿捕

 リビア東部の民兵集団が占拠した石油施設から原油を船積みして追っ手を振り切って外洋にでたタンカー「モーニング・グローリー号」が、3月16日深夜に米海軍特殊部隊SEALSが強制的に乗り組んで拿捕した模様です。

“U.S. forces seize tanker carrying oil from Libya rebel port,” Reuters, March 17.

“UPDATE 3-U.S. forces seize tanker carrying oil from Libya rebel port,” Reuters, March 17.

 この件について、『フォーサイト』にまとめておきました。

「リビア反政府民兵のタンカーが米海軍特殊部隊によって拿捕」『フォーサイト』2014年3月17日

有料ですが、素材は主にLibya Heraldから、

“Oil stoppages cost Libya over $10 billion – Abufunas,” Libya Herald, 31 December 2013.

こういった記事をひたすらちくたく読んで整理したものです。ですので、こういった元記事を読んでいただいても良いです。

 前回のものは無料公開になりました。「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日

 このブログでは「リビアの石油のゆくえ」でも続報を書いていましたが、一応このタンカーについては国際市場への密輸を阻止したようです。

 タンカーの行方を把握し、ミサイル駆逐艦ルーズベルトを拠点とする特殊部隊によって制圧した米国は、リビア中央政府への支持と、国民統合への支援の意志と能力を見せたと言えるでしょう。

 しかしリビアでは、賃金未払いへの抗議とか、部族の中央政府への要求とか、民兵集団による地域主義・利益配分の要求とか、選挙されながら結果を出していない国民全体会議(議会)への解散要求とかで、しょっちゅう石油施設が閉鎖されています。

 それに対して中央政府はしばしば「最後通牒」を突き付けて「軍部隊で突入するぞ」とか言っていますが、実際には突入しないで誰かが仲裁して「まあまあ」と収めているようです。

それを「生ぬるい」といって別の所でデモが起きてそのまま政府施設や石油施設を占拠しちゃったり、占拠が解除された場所にまったく違う勢力が入ってきて占拠したり、そもそも取り押さえるはずの軍部隊が元来は民兵集団上がりで、しょっちゅう占拠する側に回る、というカオス的だがなんとなく自生的秩序がある状態が続いております。

 まあ分離主義になるより、中央に要求を出しているだけ、国民統合の観点からはマシとは言えます。その意味で、今回米軍の実力行使で国際石油市場への独自の輸出ルート確立を阻止したのは良かったでしょう。

 しかしこういった原則・基準は国際政治のパワーバランスや規範の推移の中で変更が可能なもので、1990-91年の湾岸危機/湾岸戦争以来、米国と協力してきたイラク北部のクルディスターン地域政府(KRG)は、トルコを経由した密輸を実質上黙認されようとしています

 そんな話も、トルコを軸に解説していきたいですが、事実関係だけなら例えば、経産省の外郭団体に組織された「イラク委員会」のホームページには、イラクとトルコをめぐる外務省の公電(新聞切り抜き)が抜粋で載っていますから、それを昨年11月頃から、そのような意識で見ていくと、何が起こっているのかぼんやり浮かび上がってきます。

ウクライナ問題(5)イラン核開発交渉への影響は?

 ウクライナ危機に注目が集まった先月20日頃以降から、中東への関心が低下した気がする。国際的な外交の主要課題が中東から域外に移ったことが、中東の諸問題にどう影響するのだろうか。あるいはウクライナをめぐる米露対立は中東の諸問題にどう影響を与えるのだろうか。

 3月16日にはクリミアでロシア編入を求める住民投票が強行された。国連安保理では米欧がこれを認めないとする決議案を出して当然ロシアの拒否権で否決。週明けから、米欧主導の対ロシア経済制裁の発動や、現地での不可測の事態の発生など、緊迫化・流動化の危険が高まります。ここで中東にどう波及するか。

 折しも、イラン核開発問題に関するウィーンでの多国間交渉が3月18日から始まる。昨年11月にイランと、アメリカなど6ヵ国(国連安全保障理事会常任理事国とドイツ、いわゆる「P5+1」)との間で調印された暫定合意が、今年1月20日から実施に移されているのだが、暫定合意での信頼醸成期間は6カ月。7月後半までの間により恒久的な合意がなされなければ、雪解けモードが対立モードに逆戻りしかねない。ウィーンでの交渉は第1ラウンドが2月18-20日に行われていたので今回は第2ラウンド。前回はとりあえず交渉の全体像について話し合っていたが、今回はより具体的な問題に触れはじめるので難航が予想される。
 
 気になるのは、ここにウクライナ危機がどう影響するかということ。

 イラン核開発交渉を可能にしているのはロシアを含む安保理常任理事国の協調なのだから、ウクライナをめぐる対立が、イランをめぐる交渉に持ち越されれば、合意は難しくなる。

 交渉の内容はまた書くとして、ウクライナ危機がイランの内政や外交一般、そして核開発交渉にどう影響を与えるのかを考えてみよう。

 ウクライナ情勢そのものはイランと国境を接していないし、それほどイランと関係がないだろう。しかしウクライナ情勢をめぐる米露関係の緊張は、イランの外交姿勢に影響を与えるか、イラン核開発をめぐる国際交渉に影響を与える可能性がある。

 一つの予測は、ロシアは米欧との対決を深めれば深めるほど、「自陣営」を引き締めようとするだろう、というもの。まあ確かにこれはありうる。少なくともよそのところで敵を増やそうとはしないだろう。

 ただ、イランが「ロシア陣営」なのかというとそうとは言い切れない。もともとイランはロシアが拡張主義に走り勢力圏を広げれば侵略される立場で、ウクライナへのロシアの介入に賛成する立場ではない。

 しかし米欧との関係が悪化すれば、イランはロシアへ傾斜するということも歴史的によくあることだった。ただし完全に抱き込まれたことはないし、今のロシアはイランとの関係でそこまで優位に立ってはいないと思う。

 イランの中でも米露のどちらにつくべきかという議論があるという。

Kayhan Barzegar, “Iran weighs ‘active neutrality’in Ukraine,” Al Monitor, March 14, 2014.
 

 一方では、イランとロシアは共に米欧による封じ込めを受けており共通の国益がある。だからロシアと結束を固めるべきだ、という議論があるという。「イランは東側だ」という議論。
 
 他方の議論では、雪解けに向かいかけている欧米に誤ったメッセージを送ってはならないとする。「イランは西を向け」という議論。

 このコメンタリーの著者は、「西か東か」を論じてしまうのはイランの知的伝統の癖みたいなもので(「神話」と言っている)、実際にイランが国家として採るべき政策、踏まえるべき現実は別にあるという。重要なのは勃興する地域大国としてのイランの国益であって、その関心はもっぱらペルシア湾岸、レバント(シリア・レバノン)、アフガニスタン、南アジア、中央アジア、カスピ海沿岸地域、コーカサス地域にあるという。ウクライナ問題での米露対立は、そこにどう影響を与えるかによって対処を判断すればいい、という。

The reality is that Iran is an independent country and a rising regional power which gives most importance and attention to establishing close and strengthening relations with its “near-abroad” areas in the Persian Gulf, the Levant and Iraq, Afghanistan and South and Central Asia and the Caspian and the Caucasus. In this respect, the degree of propensity towards the Eastern or the Western blocs depends on the degree of the role and influence of these two blocs shedding weight in these regions, whether for containing the threats perceived to Iran’s security or increasing its role in preserving the country’s national interests.

 そうなると、イランとしては、イランの主たる関心事である「近い外国」(本心は「勢力圏」なのだろうけど)にまで、米露対立が激化するようなことがないようにしたいという。

 そこから、イランのウクライナ危機への対応は「能動的な中立(active neutrality)」を保つべきだ、と著者は言います。具体的には、(1)西と東のどちらのブロック化の流れにも属さない、(2)建設的な役割をはたして中東地域への対外的影響(=米国)を廃する、(3)イラン国家の地政学的国益やイデオロギー的価値を守るプラグマティックな立場を維持する。

「イデオロギー的価値を維持するのがプラグマティズム」というのが一般的にはちょっと分かり難いですが、イランの事をある程度知っていると自然に頷いてしまうのでは。

 イランの声高でかつ周到なイデオロギー的主張は、実態としてはすごく「方便」に見える時があります。イデオロギーも国益のうち。。。過激思想で敵や味方の両方を追い詰めつつ、自分ではそれを信じ込むほどナイーブな人たちではありません。

 だからイランとの交渉は大変なんですけど。

 著者のケイハーン・バルゼガール氏はテヘランの中東戦略研究所の人で、米国ハーバード大学での滞在経験もある人ですが、どの程度イランの体制の意向を体現しているかどうかは分かりません。

ロウハーニー政権には近そうです。

最高指導者ハメネイの心の内は誰にも分かりません。当面はロウハーニー政権の親欧米路線にお墨付きを与えているのではないかな。あくまでも「経済制裁解除」という大きな魚を取ってくる猫、という意味で。取って来れるかどうかが判明するあと半年の間、ロウハーニー大統領とそのブレーンたちには頑張ってほしいものです。

それがウクライナ情勢とそれによる米露の激変で雲散霧消してしまう可能性も当然ありますが、イランの中東地域内での地政学的地位の向上という方向性は揺るがないのでは。

経済は苦しいが地政学的には急上昇中、という意味では、イランはロシアとまるっきり軌を一にしています。そのあたりで、特に密接にロシアと協調していなくても、米欧側からは「あちら側」に見えてしまうこともあるでしょう。

ウクライナ問題(4)法律と地政学の間

 ウクライナ問題でいろいろ斜め読み。

 ウクライナ問題は、現代思想の課題として興味深い。

 日本では「現代思想」というと、ほとんどいったこともないフランスのなにやら小難しい思想家のテキストをこねくり回して意味不明の論文を書くことだと勘違いされてしまって、その結果、大学の語学の先生の飯のタネ以外にはならなくなってしまったが、本当の現代思想はフクヤマとかハンチントンとかだと思う。

 少なくとも数十年たってから振り返ったらそうだよ。フランス現代思想は何らかの理由がそれなりにあって行き詰ったスコラ学として思想史の一コマとしてぐらいは描かれるだろうが、それを再解釈した日本の現代思想などはまったく一行も歴史に残らないだろう。
 
 20世紀末から21世紀にかけての世界はどのような理念によって方向づけられているのか。自由民主主義への収斂か、民族や宗教による分裂とパワーポリティクスの再強化か。

 議論の決着はついていない。
 
 で、ウクライナ問題は、そういった議論を再活発化させている。

 国際政治の問題というだけでなく、そういう思想史的関心からも、ウクライナ問題についての議論を読んでいると面白い。

 そして、実際には国際政治とは、思想・理念を軸にして方向づけられているものでもある。

 国際政治学者のミアシャイマーのいつも通りすっぱりと分かりやすい議論がニューヨーク・タイムズに載っていた。

John J. Mearsheimer, “Getting Ukraine Wrong,” The New York Times, March 13, 2014.

 以下はそのところどころの要約。

 ミアシャイマーは、ウクライナをめぐってロシア・プーチン大統領と対決姿勢を強めたオバマ大統領を批判する。

 「なぜアメリカの政治家のほとんどが、プーチンの立場になって考えられないのか」

 プーチンにとってウクライナは国家の死活的な権益がかかっている。譲れるはずがない。アメリカはロシアと軍事的にも経済的にも決定的に対立できないと分かっているのに、あたかも強く出ればプーチンが引き下がる局面があるかのように対処するから、うまくいかなくなる、という方向の議論。

 ミアシャイマーはオバマがプーチンを評して言った発言を例に挙げて批判する。オバマはプーチンが「異なるタイプの解釈をする異なるタイプの弁護士たちを抱えているようだ」と形容し、その主張に国際法的根拠がないと批判した。

 これに対して、ミアシャイマーは「しかし明らかにロシアの指導者は弁護士と話してなどいない。プーチンはこの紛争を地政学から見ているのであって、法律から見ているのではない」と断じて、一蹴する。

 そして「オバマ氏には、弁護士と会うのをやめて、戦略家のように考えるようになることを助言する」と痛烈だ。

 「弁護士と会う」どころかオバマ自身が弁護士で、弁護士的な発想で政治をやることはすでに知れ渡っている。

 地政学的に見れば状況は極めて単純であるという。

 「西側諸国はロシアに苦痛を与えるオプションがほとんどない。それに対してロシアにはウクライナと西側諸国に対して切れるカードが多くある」

 そして西側諸国が身を切ってロシアに強い制裁を課したところで、「プーチンは退くとは考えられない。死活的な国益がかかっている時、それを守るために国々は進んで多大な苦痛を耐え忍ぶものだ」。

 だから「オバマ氏はロシアとウクライナに対して新しい政策を採用するべきだ」。
 
 その政策とは「ロシアの安全保障上の国益を認め、ウクライナの領土保全を支える」ものだという。

 この政策の実現のためには「米国はグルジアとウクライナはNATOに加盟しないと強調する」必要がある。
 
 そのことは「米国の敗北」ではない。それどころか「米国は、この紛争を終わらせ、ウクライナをロシアとNATOの間の緩衝国として維持することに、深く根差した国益を有する」。

 さらに「ロシアとの良好な関係は米国にとって不可欠だ。なぜならば米国は、イラン、シリア、アフガニスタン、そしていずれは中国に対処するために、ロシアの助けを必要とするからだ」。

 きわめて分かりやすい。

 これでは欧米が主導してきた国際秩序の理念や理想主義が崩壊してしまうのでは?などと思うが、結局のところ、このような政策が採用されそうなことも確かだ。あるいはそうでなければかえって戦争になるか、長期的な制裁の応酬で、世界が疲弊するかもしれない。

 ウクライナをめぐる「現代思想」をこれからも読んでいきたい。

 
 
 
 

リビア政府は領域一円支配を取り戻せるか

 タンカーの行方よりももっと重要なのは、これをきっかけに流動化したリビア内政がどこへ向かうか、ということ。

 リビアの暫定政権を構成する国民全体会議(議会)は、この問題でザイダーン首相を不信任決議して解任。ザイダーン首相には汚職の嫌疑もかけられ、逮捕される前にマルタを経由して西欧に逃亡した模様。

 まあこれだけを見るとよくある「混迷深まる中東情勢」という決まり文句で収まりそうだけど、もう少し考えてみよう。

 まず、この動きが中長期的な混乱の激化のきっかけとなるのか。現象だけ見ていると混乱しているように見えるけれども、むしろこれをきっかけに、国民全体会議に集う各地の勢力が一体性を取戻し、国軍・治安部隊と一体となって全土の掌握を取り戻す方向に行く、という可能性もある。

 後者を匂わせているのがフィナンシャル・タイムズ紙の記事だ。

 “Libyan troops attack oil rebels,” Financial Times, March 11, 2014.
 
 「16か月権力の座にあったザイダーン氏の解任はリビアにさらなる不安定をもたらすかもしれない。しかし、駐トリポリのとある西側の外交官は言う。『重要なのは、議会が合意に達したということだ。これこそが数か月もの間欠けていたことだ。これが政府と議会の実務的な関係を向上させればいいのだが』」

 ザイダーン首相の解任を時期を同じくして、国民全体会議とリビア国軍・治安部隊が協力して、各地の武装勢力の掌握する石油施設の奪還に向かっているという。手始めはシルト。カダフィの故郷ですね。

“Pro-government fighters poised to retake Libyan oil installations,” Finantial Times, March 12, 2014.

 リビアの民兵集団の割拠は問題だが、そもそも各地でそれぞれにカダフィ政権打倒に立ち上がったという3年前の政権崩壊の経緯からいえば、しばらくの間はやむを得ないとも言える。民兵集団は実際に各地で警察の役割を果たしている場合も多い。また、リビア暫定政府側の治安部隊を構成しているのも、もとはこういった民兵集団だった。

“Shadow army takes over Libya’s security,” Finantial Times, July 6, 2012.
 
 不可測性が高く、どの地域を誰が仕切っているかを知らないといけないから、外部の人間にとっては非常にやりにくい状態だが、住んでいる人にとってはそれほど治安は悪くないだろう。
 
 結局は各地の勢力をどう中央の制度に取り込んでいくか、その際の交渉でどのように権限や利益を配分していくかが、リビアの移行期政治の主要なテーマだ。
 
 武器を持っている勢力が無数にあるから、要求を通そうとする時に「手が出る」場面もあるが、意外に抑制的、という印象だ。それほど人が死んでいない。

 これを機会に国軍を一定程度強め、各地の民兵集団を統合していくプロセスが進めば、安定化に向かうかもしれない。

 しかしおそらく問題は単純ではない。ザイダーン首相は「北朝鮮籍タンカー」への攻撃を軍に命じたものの従わなかったと主張している。後任の暫定首相が軍最高司令官のアブドッラー・サニー国防相だというのも気にかかる。軍がサボタージュして首相を追い落とし、行政府の中での権限を強めたという可能性も否定できない。

 しかし軍を直接統制できる人物を首相に置きたいというのは、現在の国民全体会議の意志でもあるだろう。

 いずれにせよ、一度武器が拡散して、各地で民兵集団が組織されたという現実から始めないといけないリビアは、戦国時代並みの割拠状態を近代国民国家に作り替える膨大な作業を行っているということなので、長い目で見ていくべきだろう。

リビアの石油のゆくえ

 リビアの民兵集団が占拠した石油生産施設から船積みした謎の「北朝鮮船籍」タンカーが外洋に出たという話を書いたが(無料で読めます⇒池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日)、その続き。

 まず、タンカーはどこに行ったか。上の記事では「炎上」説を紹介しておいたが、その後の報道では、タンカーがエジプト領海に入った後に、リビア海軍は見失った、といった点が報じられるのみ。現在のところ「行方不明」となっております。

 ちょうどマレーシア航空機の消失が話題になっているが、タンカーは衛星などで把捉できるから、主要国の政府などにとっては、本当に行方知れずになってしまうことはないだろう。

 重要なのは、実際にどこかの港に積み下ろされ、買い手がついて、代金が東部キレナイカの自治を主張する民兵集団に渡るかどうか。もし恒常的に地方の勢力が油田を押さえて石油を生産し買い手を見つけて代金を回収するサイクルが確立されれば、リビアに限らず、世界各地の資源国で混乱が生じかねない。
 
 依然として、タンカーの持ち主が誰なのかは明らかにされていない。各国の諜報機関は知っているのかもしれない。
 
 リビアの石油は軽質油と言って、硫黄分が少なく精製にコストがかからないので、世界の石油の買い手からは垂涎の的。ニューヨーク・タイムズ紙は世界の多国籍石油企業の本拠地であるヒューストン発でタンカーの行方について論じている。

 “Dispute Over Fate of Mysterious Tanker With Oil From Libya,” The New York Times, March 10, 2014.

 この記事では、以前にナイジェリアで同様に反政府勢力が油井を掌握して裏マーケットに流した際の話が出てくる。おそらく今回の謎のタンカーの背後にいる者たちは、ナイジェリアの例に倣って、地中海沿岸やアフリカ大陸沿岸の製油所に持ち込もうとしたのだろう、という。買った側は正規ルートの石油に混ぜて売る、ということになるという。

 とはいえ、今回のように、「いわくつき」と世界中に知られてしまった以上、衛星などで把捉されており、実際にどこかで荷揚げして買い取ってもらえる可能性は極めて低い、とこの記事は結論づけている。

 同様に、フィナンシャル・タイムズ紙の記事でも、これは「toxic cargo」だ、と記し、「港であえて船竿で触ってみようという奴もいないんじゃないかな」と結んでいる。

“Libyan troops attack oil rebels,” Financial Times, March 11, 2014.

 迷走タンカーはどこへ行く。名義を貸したと思われる北朝鮮も含め、謎が多いですね。

ウクライナ問題(3)クリミア編入が許されるなら東アジアでは・・・

ウクライナ危機について、素人の私をかなり納得させてくれているのが、ジャーナリストの国末憲人さんが『フォーサイト』に書いている一連の分析。

国末憲人「軍事介入はロシアにとって「得」か「損」か」『フォーサイト』2014年3月4日ではかなり見通しがすっきりした(読者コメントのThe Sovereignさんの分析も非常に納得がいった)。でも有料か。

もしロシアが現実的・合理的に行動していると仮定するならば、クリミアはしっかり押さえて、自治を拡大させてロシアの支配下に引き入れながら、ウクライナ東部には脅すだけで侵攻せず、ウクライナ政府に圧力をかけ続けて利益を得続ける、という戦略を採るだろう、という見通しを示してくれていた。現状はその方向に進んでいるのではないか。

この方、確かフランスを中心に、西欧のアル=カーイダなどについても書いていたような記憶があるけど、今は東欧にも強いのかな?

おそらく西欧では、昨年の早い時期からウクライナについてのロシアとの対立を非常に深刻に受け止めているという事情があって、それで東欧に目を向けていたのではないかと想像する。

最新版は無料公開のようです。

国末憲人「バルト諸国が抱く「ロシア系住民保護」への懸念」『フォーサイト』2014年3月10日

日本で考えるべき重要な論点を出してくれている。

ウクライナ危機は、日本にとっても深刻な問題。直接的に戦火が及ぶということはなさそうだからといって、他人事でいるのは、ものすごく見当はずれ。

クリミアでの状況は、「昔ロシア領だった」「ロシア人が住んでいる」「ロシア人がロシアへの帰属を望んでいる」「住民投票をしたらロシア領への編入を求める投票が多数だった(実質上の占領下の威圧の元で)」といった理由で、ある地域の帰属を変更していいのであれば、同じことが東アジアで起っても止められないということになる。

日本は近い将来も中長期的にもどう見ても、謎の武装集団を送り込む側ではなく、どちらかといえば送り込まれる側なのだから、こういった行為に対する国際法秩序の厳正化に、極めて高い国益を有するはずだ。

日本が「北方領土が帰ってくるかもしれないから」という甘い期待や下心によって、現在のロシアの行動を、明確な国際法秩序の侵害であると、原則論として非難しないのであれば、東アジアで同様なことが起こった時に、欧米は日本を支持してくれないだろう。

もちろん一方で、プーチン・ロシアを悪魔化せず、プーチンの死活的な国益への認識を理解し、プーチンの合理的判断・戦略性を分析して対処する必要はある。プーチンはウクライナ東部にむやみに軍事侵攻をしようとはしていないだろう。その意味で「世界大戦」に突入か、といった方向でむやみに騒ぐ必要はない。

だからといって冷静に黙っていればいいということではない。原則論で「ロシアが取った行動は国際法と秩序の原則から許されるものではない」という日本の意思・認識を示しておかなければならない。

「西欧はしょっちゅうダブルスタンダードを使う」「オバマ政権は掛け声だけ高くて実際には何もしない」といった不満や疑念は日本側にあるかもしれない。日本が理念を行ったところで誰が聞くのか、将来に役に立つのか、という限界は当然ある。

しかし何も言わなければ、日本はどちらかといえばロシア側の、欧米諸国とは価値観を共有しない国だと、実質的に依然として国際社会で最も有力な欧米諸国から、みなされてしまう可能性がある。日本はもともとハンディを負っているのだから、原則論はしつこいほどはっきりさせておく必要がある。

日本はかなり遠い将来まで、どちらかといえば、実力行使やその威嚇よりも理念で、自らを守らなければならない立場の国であるはずだ。

直接ロシアに喧嘩を売らなくてもいいが、理念だけは言っておかないといけないのだが、時機を逸してしまっているのではないかと危惧する。ロシアに説教する必要はないが、お題目はお題目として言う必要はあるだろう。

こういった時に「欧米はダブルスタンダードだ」と言ってシニカルな態度を取る人が必ず出てくるのだが、ダブルスタンダード論の大部分は、自らがダブルスタンダードに陥っている。

ロシア・プーチン政権は、エジプトでは軍事クーデタを支持しながらウクライナでは暫定政権は「クーデタだから認めない」とまるっきりのダブルスタンダードだが、「プーチンはダブルスタンダードだ」と批判する人はほとんどいない。これこそダブルスタンダードだろう。

なぜかというと、第一に、「ダブルスタンダード」を声高に叫ぶ人たちは単にアメリカや西欧にそれを言うことにしか興味がない人たちだからだ。

本当に的確な時に的確な相手に的確な方法で「ダブルスタンダード」を指摘してくれればいいのだが、実際には日本にとって不利になるような状況下で、的確に不利になるようなやり方でそれを言ってくれる人たちが、有力な人たちの中にすらいるので、本当に困る。

見当はずれの野党が言っている分には害はないのですがね。

第二に、プーチンがダブルスタンダードなことは「当たり前」であって、それをあえて言ってもウケないから、あまり言う人がいないのだろう。しかしウケることだけ言っていれば、言論はおかしくなり、変な政治判断を国民が行うことになりかねない。

現在の状況下で、日本がロシアと欧米とどちらに近いか、というと、やはり、人によっては悔しいのかもしれないが、欧米ですよね。

それともワッペン外した武装集団を送り込んで隣国を占領して銃を突き付けて国民投票をやらせる国の方に近いとでも?

それはそうと、これらの記事を書いている国末記者は、ウクライナ問題が急変するまさにその最中の2月20日からちょうど、ウクライナに隣接するモルドバの東部にある、ロシア系住民が分離とロシアへの編入を求めて中央政府の統治が及ばなくなっている「非承認国家」である「沿ドニエストル」に来ていたという。「「モザイク国家」ウクライナ「劇変」の深層」『フォーサイト』2014年2月25日

クリミアもまさに、ロシアの圧力の下で、沿ドニエストル的な「非承認国家」的な存在になることは確実だ。すごく的確な場所からレポートしている。

どこまでウクライナでの事態の展開を想定していたのかは知らないが、ボールが転がってきた時に(偶然)ゴール前にいることもジャーナリストの才能の一つなのだろう。

リビア反政府派から北朝鮮のタンカーが石油を買った?

昨夜・今朝方、夜更かしして書いてしまいました。書き終わった後に東京地方はぐらっと揺れました。

池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日

リビアというと「混乱」という印象があるのでしょうが、それに「北朝鮮」が絡んで、しかも「タンカー炎上」などとも報じられているので、日本でも関心があるかと思いまして・・・

しかし人目を引くはずの「タンカー炎上」についての続報がないので、偽情報だったか、そもそもリビア内政がもっと混乱していてそんなことにだれも興味を持っていないのか、とかいろいろ考えますが分かりません。少なくとも11日にザイダーン首相は解任されてしまったし。朝、アル=ジャジーラのホームページをちょっと見たら、議会で不信任されて解任されたザイダーン(前)首相は出国するとか書いてあるので、かなり緊迫しているのかもしれません。まあ、首相が、ほとぼりが冷めるまで逃げる、というだけかもしれませんが。

もしかすると、増強し始めたリビアの国軍が、国民全体会議(議会)も、そこから選ばれた内閣もあまりにふがいない、「決められない」と苛立って権限掌握に出たのかもしれません。

問題はリビアの国軍に並び立つ規模の民兵集団が無数にいることなので、単純に軍が権限掌握、とは言えない。最近も軍の将校が「クーデタ」宣言をして、誰もついてこなかった、などという事態もありましたし、リビアの場合、エジプトなどとは異なり、決定的に強い勢力がいないために、だらだらと混乱が続いています。

しかし国軍の増強のために支援をすると、今度は軍が独裁化するかもしれないし、難しいところです。

私の印象では、「リビアは意外にうまくやっている」のですが(大規模な内戦にもなっていないし、分離独立する地域もない、「自治」だけ)、現在の状況はそれよりも流動化しているのかもしれない、と思って注目しています(が、他にもやることが多くあるのでずっと見ていられません)。

以下、本文の一部を・・・

 まだ未確認情報だが、リビア東部シドラ港で、リビア政府の意向に反して石油を積み出して公海上に出たタンカーが、ミサイル攻撃を受けて炎上している、という。
  ただし、これは今のところ『リビア・ヘラルド』というカダフィ政権崩壊後にリビアで創刊されたもっとも水準の高い新聞(ただしすべての記事に信憑性が高いとは言い切れない)が速報で報じただけであり、アル=ジャジーラなど速報性の高いアラビア語メディアのホームページでも報じられていない(日本時間3月12日午前3時現 在)。【 “Oil tanker allegedly on fire in international waters,” Libya Herald, March 3, 2014】

 もしこれが事実なら、リビアの暫定政権にとって、国家財政と国民経済の根幹をなす石油産業を掌握できないという印象を決定的にし、大きな打撃となる。
 2011年の『アラブの春」で、内戦の末に最高指導者カダフィとその一族を打倒したリビアだが、新体制への道のりは険しい。
  反カダフィで立ち上がって、内戦で功績を挙げた各地の民兵集団が武器を手放さず、選挙で選ばれた国民全体会議(GNC)による暫定政権の指令に従わないどころか、しばしば武力で意志を押し通そうとし、移行期の政治プロセスの基本的な制度や工程表の次元で改変を迫るため、新体制設立への道のりはなかなか前進しない。

・・・

以下は池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日で・・・