アルジェリア航空(スペインのSwift Airが運航する機体をチャーターしたようだが)のAH5617便が、ブルキナファソの首都ワガドゥグからアルジェリアの首都アルジェに向かう途中で墜落した模様だ。
まだ分からないことが多い。報道では機体はMD83型機とされているがBBCに対してアルジェリアの高官はエアバスA320とも語っていたようだ。
天候不良で視界が悪くなったのでルート変更をしたい、と機長が連絡してきてから消息を絶った、との報道があるが、実際のところはどうなのか。
よりによってこのルートですからね・・・誰でも「武装民兵による撃墜」の可能性を疑ってしまう。
ブルキナファソとアルジェリアの間のマリ上空で消息を絶ち、おそらくマリ北東部のアルジェリアとの国境地帯に墜落しているのではないかと推測される。
まるっきりアンサール・ディーンやMUJAOなどのイスラーム主義武装勢力の活動範囲ですね。ここに飛行機が飛んで行って落ちる、というのはまるでスパイ小説やハリウッド・アクション映画の設定のような分かりやすさだ。
この領域はトゥアレグ人の勢力が強い範囲。
マリ北部・北東部からアルジェリアやリビア、チャドにかけて居住するトゥアレグ人は、この一帯を含むサヘル地帯を移動して、しばしば武装集団を形成する。マリは無数の民族からなるのですが、川の付近に定住して漁ばかりしている民族とか、畑を耕している民族とか、流通や商売に強い民族とか、居住の形式や生活の仕方、生業によって民族が分かれている。「言葉」も違うんですが、同じ領域の中でそれぞれの民族が業種によって分業して棲み分けている。
トゥアレグ人はその中で、遊牧民的に移動して、国境を越えた交易を担うと共に、しばしば農耕・漁猟民の村落・都市に侵入して略奪を働く、あるいは村々を巡回して用心棒代を強請るようなことをやっている、というイメージの民族ですね。
トゥアレグ人が多くカダフィ政権に傭兵として雇われて武器を与えられていたのが、2011年のカダフィ政権の崩壊でサヘル地帯に武器を持って拡散。2012年にマリ北部でトゥアレグ人の分離主義運動が活発化したのものこの余波という面があるのではないかと思う。
2012年から13年にかけて激化したマリ北部の紛争については地図も掲げておこう。
この地図だけ見ると、ブルキナファソのワガドゥグからマリのガオやテサリットの付近を飛んでいくルートというのが実に危険に感じられますね。
ただし、高度な上空を安定飛行している民間航空機を打ち落とせるようなミサイルを備えた集団はまだそう多くはない(はずです)。通常は、離着陸の前後で高度が低い段階なら撃ち落せる、という程度の肩掛け式ミサイルなどの拡散が危惧されているわけで、マリもその段階。マリで離着陸するのはけっこうリスクがあって主要な航空会社は行きたがらないが、高度な上空を飛んでいるならまだ安全だろう、と現在のところは一般に思われているのです。
なお、先週のウクライナ東部でのマレーシア航空機撃墜を受けてウクライナ上空を各航空会社が回避するようになり、また、米国のFAAが22日から24日にかけて、イスラエルとガザ紛争に関連して、テルアビブ・ベングリオン空港を発着する米国航空会社に飛行取り止めを命じていました。米FAAによる飛行禁止国は次のとおりであるとのことです。
マリも入っていますね。マリの空港を離着陸する航路を禁じているのか、高度な上空を飛ぶことまで禁じているのかはここからははっきりしませんが。
マリ北部の紛争の概要を見てみましょう。
2012年初頭からマリ北部のトゥアレグ人の分離主義運動であるアザワード解放運動(MNLA)が勢力を強め、イスラーム主義の諸勢力とも一時共闘して、北部の4州(トンブクトゥ州、キダル州、ガオ州およびモプティ州の一部)から政府軍を排除した。
また、途中から、共闘していたイスラーム主義武装集団のアンサール・ディーンとMNLAが対立し、MNLAが劣勢に立たされた。さらに「イスラーム・マグリブのアル=カーイダ」から分派したMUJAO(西アフリカにおけるタウヒードとジハード運動)が台頭し、いっそうイデオロギー的に純化された集団が台頭した。
トゥアレグ系の反政府諸組織が一時支配した地域での最重要都市は、北部の中心都市ガオ。北部と行っても北部の最南端と言っていい。
最北端のキダル州のテサリットで2012年1月~3月にMNLAやアンサール・ディーンが蜂起した「テサリットの戦い」がトゥアレグ側の優勢を決定づけた。これに敗れた政府軍はガオまで後退。その間にあるトンブクトゥ(世界遺産で有名)などニジェール川沿いの主要都市を次々にトゥアレグ側が掌握。
その後主導権を握ったアンサール・ディーンやMUJAOが「異教的」な世界遺産の破壊などを繰り返し、さらに2013年1月首都バマコを制圧しようというところになって、フランスがマリへの軍事介入に踏み切った。フランス軍はアンサール・ディーンの首都攻勢を押し返し、ガオを奪還、さらに北東部に逃げて隠れたこれらの勢力を掃討していった。しかし追われればこれらの勢力は国境を越えて逃げてしまうので、問題を根本から断ってはいないだろう。
フランスは今年に入ると派遣部隊を大幅に縮小している。
今回の墜落したと見られる飛行機の航路はまさにこの紛争地域にかかっており、消息を絶ち墜落したと思しき地点は、反政府武装諸勢力の活動領域に奇しくもちょうど収まる。
これまでの報道だと事故の可能性が高いが、「もしかして反政府勢力が再活性化していて、しかも地対空ミサイルを導入していたのでは」と、この地域の問題に気を配っている人の誰もがまず想像しただろう。
もし万が一、地対空ミサイルによる撃墜、などということになったら、先週のウクライナ東部でのマレーシア航空機撃墜に続くものとなり、武装民兵による航路の安全の阻害をどうするかが国際政治の中心課題とならざるを得ないだろう。
(おまけに、マリ政府といえば、軍をいい加減にしか構成・統制していないうえに、てっとり早くウクライナ人の傭兵部隊を用いていたことも知られる。北部の分離主義勢力との戦闘でもウクライナ人傭兵を投入していたようだ。こういった話は陰謀論みたいなものになりやすいので少ない情報から軽率に判断してはいけない。しかしそういった陰謀論が今回の航空機墜落に関しても囁かれるようになることは確実だろう。しかしアフリカの紛争とか密輸とかにはウクライナがらみの話は多い。もともと東欧で最も「遅れた」国でかつ人口規模も大きく、ソ連の下請けで軍需産業が大きいので、ソ連邦崩壊後、世界に出稼ぎに散った連中が裏世界や紛争に関与する事例は、ほとんど「お約束」のように出てくる)
そして、イラク・シリアでの「イスラーム国」やその他のイスラーム主義勢力による実効支配の広がりや、ナイジェリア北部でのボコ・ハラムでの勢力伸長と合わせて、領域主権国家の弱体化・破綻国家化と周辺部での独自の国家の主張をどうするかが、いよいよ対処しなければならない問題となる。しかもそれらは多くの場合はイスラーム主義の独自の信仰と理念が関わっているので、通常の国際関係の枠組みがうまく機能しない場合が多くなる。
それにしても、今年に入ってからの二度にわたるマレーシア航空機の遭難、先日の台湾・澎湖島での墜落、そしてイスラエル・ガザでの紛争でハマースのロケット弾がテルアビブ・ベングリオン空港の近辺に着弾したことから48時間にわたって欧米各国が航空機の乗り入れを取り止めさせたことなど、グローバル化の基礎インフラである国際航空ルートの安全に不安を抱かせる事象が相次いでいる。
「武装民兵の地対空ミサイル」はグローバル社会の機能を不全に追い込みかねない要因の筆頭となりかけている。
もともとグローバル化が国家の力を相対的に弱め、非国家主体の能力と活動範囲を拡大したのだが、結局非国家主体がグローバル社会を分裂・機能不全に陥らせ、破綻国家の周辺領域が斑上に不安定領域として広がる、中世的ローカルな共同体の集合へと世界は転化してしまいかねない。
今回の墜落自体は単なる事故かもしれないが、相次ぐ航空機関連の事象は、暗く不安なグローバル社会の将来の予兆のように感じられます。