『日本経済新聞』の《経済教室》欄で「イスラーム国」の背景とそのメカニズムを解説しました

『日本経済新聞』の1月27日付《経済教室》欄に、「イスラーム国」の背後にあるグローバル・ジハードの理念と組織原理を、概説してあります。

『イスラーム国の衝撃』の主要部分のまとめでもありますが、問題は「イスラーム教」の教義解釈に基づく「ジハード主義」のイデオロギーの問題であること、呼応や模倣によって連鎖する組織原理への対処が困難さを抱えること、今後広がるとすれば各地で自発的に名乗りを上げる呼応・模倣組織による「まだら状」の拡大が考えられることなどを指摘してあります。各地での「フランチャイズ」「ブランド」としての影響など、現在起きている事象を見るための基本的な概念を示しておきました。

共通認識に影響を与える各種媒体で活字で発信してきましたので、かなり報道は正常化してきていると思いますが、まだ気は抜けません。

池内恵「イスラム過激派の脅威 「テロ思想」強まる拡散懸念」『日本経済新聞』2015年1月27日朝刊

最後の方を少しだけ引用しておきましょう。

(1)今後の展望
 
 グローバル・ジハードは領域が明確でない。ジハード主義者が名乗りをあげれば、そこがジハードの場になってしまう。リビアのデルナという都市では支配的な武装勢力がイスラム国を名乗った。ナイジェリアのボコ・ハラムもイスラム国への支持を表明し、アフガニスタンのタリバンにもイスラム国へのくら替えを主張する勢力がある。地理的にはもちろん組織的にもつながりが乏しいが、イデオロギーでつながっている。

 イスラム国の地理的拡大は空爆などで食い止められるが、イデオロギーの拡散は軍事力では阻止できない。イラク・シリアと地理的に連続しない各地でイデオロギーや行動モデルに共鳴する集団が勝手にイスラム国を宣言し、世界各地がまだら状に「イスラム国」になってしまう危険性を、注視しなければならない。

(2)日本社会・言論空間への警鐘

 日本ではイスラム国に共鳴した集団のテロが起こる可能性は低いが、欧米起源の自由や人権規範は深く定着しておらず、意見の異なる他者を暴力や威嚇、社会的圧力で封殺することへの反対が強くない。他者の自由の制約はやがて自分自身の自由と安全の制約に跳ね返ってくるという認識が共有されておらず、社会や体制への不満がテロの容認や自由の放棄をもたらす可能性とは無縁ではない。

コメント集(1):「イスラーム国」による日本人人質殺害・脅迫事件

 1月20日に発生した日本人人質殺害脅迫事件に関しては、ブログとフェイスブックを中心に発信しており、テレビ・ラジオには原則として一切出演せず、ビデオ収録によるコメントも許可していません。

 新聞・雑誌等には、こちらの仕事の合間に偶然タイミングよく連絡があった場合や、あまりに忙しい時に電話がかかったので帰って断る気力がなくコメントを出した場合など、いくつかコメントが出ています。

 また、フェイスブックでは、著書・ブログ・フェイスブックでの私の見解・発言から、出典を明記すれば引用して良いと告知しているため、一部そのような手法で、私の文章を元に電話で確認をとってコメントとして掲載する場合や、出典を(ほぼ)明記してコラムに引用する形で私の議論を踏まえて議論する場合があります。手元に掲載紙が送られてきているものから、順次紹介します。今回は3本、『東京新聞』(1月23日朝刊)、『毎日新聞』(1月26日朝刊)、『夕刊フジ』(1月29日)掲載のコメント・言及を再録します。

(1)『東京新聞』2015年1月23日朝刊《こちら特報部》「要求のめばテロ誘発も 日本 ダッカ事件超法規的措置」

 基本は私のブログ記事を踏まえて、その上で補足のご質問を受けて、記者が記事の趣旨に合わせて構成したものです。当初は日本をテロの対象とすることが「ロー・リスクでロー・リターン」であったところが「ロー・リスクでハイ・リターン」になったとみなされてはならない、といった点を使おうとする意図が示されたので承認したのだが、最終的にデスクを通るとかなり短くなりました。

【以下、東京新聞への私のコメント部分】
東京大先端科学技術研究センターの池内恵・准教授(イスラム政治思想)は「日本側が、テロにおびえて中東政策を変更したとイスラム国側に認識されれば、次のテロを誘発する」と指摘する。
日本側がすべきことはまず、「(トルコや部族長など)仲介者を通じて接触を図ること」 とする。その上で、「日本をテロの対象としても政策変更などのメリットがないことをアラブ世論に働き掛けることが必要」という。「難民の受け入れや支援など、中東の平和と安定に寄与したいという真意をメディアやネットを通じて示す事も重要だ」と訴えた。

(2)『毎日新聞』2015年1月26日朝刊、山田孝男「風知草: テロ劇場とメディア」

 この記事では、自民党が「イスラーム国」を使わずにISIL(アイシル)で統一するといった動きに触れながら、この組織の名称についての一般的な混乱(著者自身の混乱?)を解こうとしている。解説の内容は『イスラーム国の衝撃』第3章で、この組織の名称や内実について体系的に書いておいたものを、ほぼそのまま参照した上で、『イスラーム国の衝撃』に言及している。
 「この本を参照した」とは明示的に書いていないが、明らかに私が本の中で行った解説をそのまま利用しており、かつ池内本に言及している。日本の新聞では本を参照しても元ネタに触れること自体が珍しい。私が現在基本的にメディアの取材を受けておらず、その代わりにブログやフェイスブックで情報提供をしつつ、メディアが必要とする場合は『イスラーム国の衝撃』とブログ、フェイスブックから引用して構わない、ただし出典を明記するように、と基準を示しておいたので、それを踏まえてくれたのか。
 こういった引用に関する国際基準・基本中の基本を日本のメディアが踏まえるようになっていくよう、SNSなどオルターナティブのメディアを維持して発信しながら働きかけていきたい。
 新聞記者あがりの軍事評論家のコラムなどを見ていると、ISIS(イラクとシリアのイスラーム国)がISIL(イラクとレバントのイスラーム国)へと名前を変えたことで、シリアからレバント全体への支配の野望を露わにしたのだ、といった珍説を出していたりした(この二つは同じアラビア語の名称の二つの異なる英訳というだけです。元の組織の名前は同じです)ので、こういった初歩的な説明を体系的に行う部分が必要と認識し、『イスラーム国の衝撃』第3章では順を追って解説した。
 米政府がISILと呼び続けるのは、「イスラーム国」が「イスラーム」でも「国家」でもなく「イラクとシリア(あるいはレバント地方)」の武装集団でしかない、という立場を示す意図がある。同様にアラビア語で反イスラーム国の立場のメディアが使う「ダーイシュ」(組織名のアラビア語の頭文字を取った略語)も同様の意図があって用いられている。自民党は「イスラーム国」をやめてISILで統一しようということらしい。ただ4文字の英略語を「アイシル」と発音させるのは、日本語の中では異例なので難しい。やるなら「アイエスアイエル」と発音したほうがまだ日本語らしいが、やはり発音はしにくい。

【以下、毎日新聞・風知草より、池内著『イスラーム国の衝撃』に関する言及】

 日本のニュースは「イスラム国」と伝えるが、英語圏では「ISIS」か「ISIL」である。

 「イスラム国」は彼らの現在の自称the Islamic Stateの邦訳。英語圏の略称は、彼らが昨年6月まで名乗っていた「イラクとシリアのイスラム国」の英訳(the Islamic State in Iraq and al−Sham、または、the Islamic State in Iraq and the Levant)の頭文字である。

 日本の新聞の場合、カッコ付きで「イスラム国」と書いて保留をつけつつ、相手の自称の変遷に付き合っている。他方、英語圏の政府と多くのマスコミは、無法地帯を「国」とは呼ばぬ意地を通すとも見える。

 ちなみに、アラブ諸国では、旧自称のアラビア語の頭文字を組み合わせ「ダーイシュ(Da’ish)」というのだそうである。

     ◇

 先進国マスコミの反応を計算し、ネット動画を巧みに操る−−。宣伝上手のテロ組織の中でも画像の鮮明さ、カメラワークの洗練において、「イスラム国」は最高水準にある(気鋭の論客、池内恵(さとし)・東京大先端科学技術研究センター准教授の新刊「イスラーム国の衝撃」=文春新書)。

 安全保障に詳しい官僚によれば、フセイン政権下のイラクで情報戦略を担っていた残党が加わっている可能性が高いという。

 9・11以降、アフガニスタン戦争とイラク戦争によってアメリカが掃討したはずの勢力が、イラク、シリアという破綻国家の空白の領域で再生した。20世紀の社会主義思想を思わせる磁力を帯びてモンスター化した。池内新刊はその経緯を解き明かしている。

(3)『夕刊フジ』2015年1月29日「イスラム国、なぜ斬首するのか 人質交換、日本の人道支援にも影響 東大准教授・池内恵氏インタビュー」

 『夕刊フジ』には初登場です。仕事と仕事の合間の一瞬に依頼が来たので引き受けました。日本国内の政争に使われるような内容と、見出しは一切認めない、納得がいかない記事であれば掲載を許可しないため、校了ぎりぎりの時間帯に紙面作成を行った場合は、紙面に穴が開くことも覚悟しておいてください、という条件を受け入れたので、コメントを引き受けた。3面に大きく載りました。私の本について全く知らなかった読者にアウトリーチできることを若干期待した。夕刊紙でもこういった議論を筋道通った形でしてみせることができると示すためにも、これまでに接していないメディアにコメントを出してみた。

【以下、夕刊フジへのコメント記事全文】

 イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による日本人殺害脅迫事件は、日本社会に、テロと向き合う厳しさを改めて突きつけた。イスラム国は今後どうなっていくのか。日本はどのような姿勢を取るべきなのか。今月、『イスラーム国の衝撃』(文春新書)を出版し、中東情勢や国際政治に詳しい東京大学の池内恵准教授(41)=イスラム政治思想=に聞いた。

 --イスラム国の現状をどのように分析するか

 「日本人人質事件で公開した映像が従来と比べて貧弱であるなど、これまでの様式と異なっている。イスラム国は、ヨルダン人のザルカウィ容疑者(2006年に米軍の空爆で死亡)が作った『イラクのアルカーイダ』が母体であり、今も中核となっている。拠点が攻撃されるなど、その集団の勢力が劣っているのではないか。他の組織から孤立化している可能性もある」

 --ヨルダン政府の対応が注目されている

 「そもそも『イラクのアルカーイダ』は、イラクとヨルダンの政権を倒すことを目標にして出来上がった。日本で『日本政府がヨルダンを巻き込んだ』といった主張は、もちろん間違いだ。ザルカウィ容疑者は03年のイラク戦争をきっかけに台頭し、04年にはイラクで一連の斬首殺人で名を響かせた。05年にヨルダンに攻撃を仕掛け、そこで起きたのが、サジダ・リシャウィ死刑囚らが起こした同時爆破テロ事件だ。ヨルダン王政はリシャウィ死刑囚の事件を契機に、国民の意思を結集して、アルカーイダの進出を食い止めた経緯がある。ヨルダン国民とヨルダン王政が対テロで団結したシンボルでもあるリシャウィ死刑囚を釈放すると、同国内のショックは大きい」

 --人質の交換はどのような影響を与えるか

 「ヨルダンとイスラム国の関係は、国と国の間ではないが、一種の戦争状態ともいえ、力のバランスの中で捕虜交換はあるだろう。ただ、日本は事情が異なる。ヨルダンとイスラム国がせめぎ合っていたところに、いわば通りかかりの日本人が金を要求された。払えないならば、ヨルダン政府から捕虜を取ってこいと要求されたという形だ。第三者の日本人を利用すると、敵対する勢力が何かを得ることができる-という構図ができると、日本は隣国や武装組織との対立を抱えている国には関与できないということになる。人道支援政策などにも影響する可能性があり、日本にとっては危険な側面がある」

 --イスラム国はなぜ、斬首を行うのか

 「恐怖心をあおり、存在感をアピールするためだ。イスラム国は斬首や異教徒の奴隷制などを、イスラム法学の古典を用いて正当化している。サウジアラビアにも斬首による処刑があり、新しい皇太子の母も奴隷出身とされる。斬首を映像で公開するイスラム国の手法には、多くのイスラム教徒は嫌悪感を示す。ただ、宗教的に根拠があるといわれれば、否定はできない」

 --イスラム国は今後どうなるのか

 「イスラム思想では人権や自由よりも、神が定めた法規範が上位にある。問題は、教義の中に含まれる政治・軍事的な規範であり、その特定の解釈を強制力(ジハード=聖戦)で実践しようというイデオロギーだ。イデオロギーの拡散は軍事力では阻止できない。イスラム世界の各地で、イデオロギーに共鳴する集団が勝手にイスラム国を宣言し、まだら状にイスラム国が生じてしまう危険性がある」

 --日本はテロにどう向き合えばいいのか

 「日本は、自由の制約があってはならないという認識が定着していない側面があり、異なる宗教を尊重しろという美名によってイスラム国やテロまでも黙認する議論が容易に出てくるのは問題だ。これに対し、人質の『自己責任論』も問題がある。人質事件の責任はまずテロリストにある」

 「人質に落ち度があろうとなかろうと、政府には救出に最大限の努力を払う責任があり、公務か私用かも関係がない。ただ、最大限と言ってもテロリストの要求を何もかものむ義務などない。今回、『イスラム国を怒らせた安倍晋三首相の発言がまずかった』などという議論も危うい。中東問題の仲介や内戦による難民の支援など、求める人や政府も多いが、反対する勢力も必ずある。不満を持ったものがテロをやるから政策を曖昧にしろと言っていれば筋道の通った政策はできない。政策への拒否権をテロリスト側に持たせてはならない」

 ■池内恵(いけうち・さとし) 1973年生まれ。東大先端科学技術研究センター准教授。東大大学院総合文化研究科で中東地域を専攻。国際日本文化研究センター准教授、アレクサンドリア大客員教授などを歴任。著書多数。