今回だけなぜ静止画像なのか?

この記事でも触れられているように、これまではJihadi Johnが出てきた時には、必ず動画で殺害そのものを描く映像があった。

しかし今回は静止画像と被せられた音声のみである。
http://www.reuters.com/article/2015/01/24/us-mideast-crisis-japan-usa-idUSKBN0KX0MN20150124

何よりも、Jihadi Johnが全く出てこない。背景もいつもの荒野と青空ではなくただの白無地である。

しかも後藤さんは遺体の写真を掲げていて、実際の遺体は写真の中に小さく映るだけである。場所や時期などが判然としない。

最初の殺害予告は動画で、従来のものと形式は似ていたが、合成の疑いがあり、二人の人質が同一の時と場所に居なかった可能性がある。また、予告映像で人質が喋っていないので、撮影された時期がわからない。

早期に湯川さんは殺されていた可能性が捨てきれない。

どこかこれまでとは違う手順で犯行や脅迫が行われている様子がある。

何か無理をして脅迫案件を作り出しているのではないか、という気がする。軍事的あるいは資金的に追い詰められているのだろうか。

確たる結論も根拠もないのだが、これまでと同じスタイルの映像を作れず、これまでの映像と比べると格段に完成度の水準の低い静止画の宣伝映像を出してきた理由は何なのだろうか、腑に落ちないところがある。

「イスラーム国」による日本人人質殺害と新たな要求について

昨日午後11時過ぎに公開された日本人人質の一名の殺害声明については、まず午前12時30分ごろまでの情報をまとめておきましたが、その後は、取り急ぎ参考情報をフェイスブック(https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi)から発信しました。

下記に、ツイート的に断続的に発信したポストを再録しておきます。1月25日午前1時〜4時30分ごろにかけての断続的にメモとして記しておいたものです。

(1)
 非常に痛ましい情報です。

 テロリズム調査会社のSiTEが、人質の一人(湯川さん)を殺害したとする犯行声明ビデオを入手したと発表しています。SiTEの最新のリリースのホームページにつながらないので、Daily Beastの報道を転載します。
http://www.thedailybeast.com/cheats/2015/01/23/isis-executes-japanese-hostages.html

 真偽を私は確認する術がありません。ただ、過去の例からは、SiTEの情報・分析は、イスラーム主義過激派に関する限り、確度が高いものであったと記憶しています。
ISIS-linked Twitter accounts have distributed a video showing one of two Japanese hostages held by the group. In the video, Kenji Goto Jogo said fellow hostage Haruna Yukawa had been beheaded and that he would die next if the terror group’s demands are not met. ISIS had demanded $200 million from the Japanese government in exchange for the two men, but Jogo said it now wants the release by Jordan of female would-be suicide bomber Sajida al-Rishawi. He is shown in the video holding a photo of Yukawa beheaded (which is used in this story), but SiTE blurred the image.

(2)
 同じくSiTEの情報に依拠した報道です。
http://www.usatoday.com/story/news/world/2015/01/24/isis-islamic-state-video-beheading-site-report-released/22269675/

 SiTEはツイッターで伝わってきたユーチューブの映像を分析して、犯行声明と断定したようです。映像は静止画像で、後藤さんが写真を掲げている模様です。

 犯人はこれまでとは要求を変えているようです。後藤さんの命と引き換えに、ヨルダンで死刑判決を受けている、Sajida al-Rishawiの釈放を要求しているようです。

 サージダ・リーシャーウィーは、イラクのアル=カーイダ(「イスラーム国」の前身)の創設者ザルカーウィーの側近の妹で、2005年のアンマン・ホテル同時多発自爆事件(グランド・ハイアット、ラディソン等を爆破して60人が死亡した、ヨルダンの近年の最大のテロ)の際にも自爆テロ要員だったが生き残り、逮捕されて死刑判決を受け、上告中です。

 犯行勢力は、日本政府が人質解放交渉の拠点を置いたヨルダンに矛先を向けてきたようです。それによって日本・日本国民と、ヨルダン政府・ヨルダン国民との間に亀裂を走らせようとする戦術と思われます。

 ヨルダン政府が、歴然とした自爆テロ実行未遂犯を釈放する可能性は薄いと思いますが、日本国民がヨルダンに釈放せよと圧力をかける事態が生じれば、それは別の国際問題を引き起こすと考えられます。

(3)
 後藤さんが読み上げさせられている要求では、身代金の要求は明確に取り下げ、サージダ・リーシャーウィーの釈放のみを要求しています。

 2005年のアンマンのテロはヨルダン社会に「反アル=カーイダ」の世論を高めた決定的な意味を持つ事件です。その際にサージダは自爆ベルトを身につけて起爆に失敗して逮捕されました。夫はラディソン・ホテルで自爆し、結婚式に参加していた人たちを中心に38名を殺害しています。そのような犯人の釈放を行えば、今後多くの人々を巻き込むテロが生じる可能性が高いため、ヨルダン政府にとってはこの要求は受け入れることがきわめて難しいと思われます。
 
 日本とヨルダンの関係を揺るがせようとする意図を持った要求と考えられます。

(4)
 今回のビデオは、全体で2分52秒でそれほど長くありません。
 また、画面の背景が白で、頻繁に使われてきた荒野に青空の背景を用いていないところがこれまでと違うところです(背景はこれまでも合成であったとみられますので、実際に外で撮影する必要はありません)。

 また、後藤さんは、湯川さんの実際の遺体ではなく、遺体を写したと見られる写真を手にしているところから、湯川さんが以前にすでに死亡していた可能性、あるいは後藤さんとは別の場所で殺害された可能性があるのではないかと推測します。
 SiTEのホームページではリリースを何度かアップデートしているようですが、おそらくこれが最終と思います。その中では、映像の中で読み上げられた要求の全文が書き起こされています。繋がりにくくなっているようなので、要求の部分のみ暫定的にここに貼り付けます。

 日本政府への要求の部分は、明らかに、犯人側が作ったものを読み上げさせられている文体です。家族に向けた部分とは異なっています。

0:00
[Text]

This message was received by the family of Kenji Goto Jogo and the government of Japan

0:10

[Voice attributed to Kenji Goto Jogo]

I am Kenji Goto Jogo. You have seen the photo of my cellmate Haruna slaughtered in the land of the Islamic Caliphate. You were warned. You were given a deadline and so my captives acted upon their words.

[Prime Minister Shinzo] Abe, you killed Haruna. You did not take the threats of my captors seriously and you did not act within the 72 hours.

Rinko, my beloved wife, I love you, and I miss my two daughters. Please don’t let Abe do the same for my case. Don’t give up. You along with our family, friends, and my colleagues in the independent press must continue to pressure our government. Their demand is easier. They are being fair. They no longer want money. So you don’t need to worry about funding terrorists. They are just demanding the release of their imprisoned sister Sajida al-Rishawi. It is simple. You give them Sajida and I will be released. At the moment, it actually looks possible and our government are indeed a stone throw away. How? Our government representatives are ironically in Jordan, where their sister Sajida is held prisoner by the Jordanian regime.

Again, I would like to stress how easy it is to save my life. You bring them their sister from the Jordanian regime and I will be released immediately. Me for her. Rinko, these could be my last hours in this world and I may be a dead man speaking. Don’t let these be my last words you ever hear. Don’t let Abe also kill me.

(5)
 なお、イスラーム主義武装勢力との取引で、人質と交換で囚人を釈放することは、アラブ諸国及びイスラエルを含む中東諸国の政権が、過去に行ったことがあります。ただし、それは中東諸国の政府と国民にとってきわめて重要な意味を持つ人物が人質に取られている場合に行う切札であり、ここで日本人の人質のためにヨルダンに重要な自爆テロ未遂犯を釈放してほしいと要求する場合には、現地においては極めて重大な要求と受け止められることを理解しておくべきです。

 ヨルダンの場合は、昨年12月24日にシリア空爆に参加して墜落して「イスラーム国」側に人質に取られたヨルダン軍パイロットのムアーズ・カサースベ(Muadh al-Kasasbeh)中尉の救出が大問題になっており、米軍の特殊部隊による救出が試みられて断念され、最後の手段として「イスラーム国」メンバーの釈放が検討されてきました。

 「イスラーム国」の側は、最も力を入れているプロパガンダ紙『ダービク』の最新号でムアーズ中尉を大きく取り上げて、ムアーズ自らにヨルダン政府に命乞いの嘆願をさせ、ヨルダン国民の感情を高ぶらせています。「我々は皆ムアーズだ」というツイッターのハッシュタグでムアーズ釈放を要求する運動も起こっています。

 その際の最重要のカードとして浮上しかけているのがサージダ・リーシャーウィーでした。日本人人質の救出のためにサージダを釈放してほしいと要求することは、ムアーズ中尉の捕虜交換による生還の可能性をなくすものとヨルダン国民に受け止められかねないことを、日本政府・国民は深く受け止めておくべきです。

(6)
 いくつかムアーズ中尉が捕虜になった経緯について、大手メディアの記事を紹介します。これらはイギリスやアメリカの新聞でも大きく報じられているテーマであり、ヨルダンだけの話題ではないことをご理解ください。
http://www.theguardian.com/world/2014/dec/24/islamic-state-shot-down-coalition-warplane-syria

(7)
 ムアーズ中尉の自らの救命嘆願について。『ダービク』でのインタビュー仕立ての記事による宣伝を中心に取り上げられています。
http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/war-with-isis-i-was-shot-down-by-missile-says-captive-jordanian-pilot-in-interview-with-islamic-state-publication-9949326.html

(8)
 ムアーズ中尉の父親が「イスラーム国」に、息子を返すように要求・嘆願している点などが報じられています。シリアでの「イスラーム国」と有志連合国の戦闘で、「イスラーム国」側が捕獲した最初で唯一の捕虜であることが、ムアーズ中尉の象徴性を高めています。
http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/father-of-pilot-captured-by-isis-pleads-for-militants-to-show-son-mercy-9944885.html

ガーディアンの記事へのリンクも加えておきます。
Jordanian pilot’s father appeals to Islamic State
Militants have given no word about Muadh al-Kasasbeh, who was captured after his plane came down over Syria
http://www.theguardian.com/world/2014/dec/25/jordanian-pilot-muadh-al-kasasbeh-islamic-state

(9)
 米国は1月1日にムアーズ中尉の救出作戦を試みましたが断念しました。
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2894384/US-Special-Forces-forced-abandon-attempt-free-Jordanian-fighter-pilot-held-hostage-ISIS-shot-Syria-helicopters-come-heavy-fire.html

(10)
 もし日本がサージダの釈放をヨルダン政府に求めた場合は、端的には、1億ドルの身代金をヨルダン政府に裏で回す代わりにムアーズに代えて日本人人質の命を買った、という世論がアラブ側に生じてくることは否定できません。
 
 すでに、ムアーズ中尉の釈放を求めるアラビア語ツイッターのハッシュタグ「#クッルナー・ムアーズ」では、そのような会話が交わされています。
 
 ムアーズ中尉の釈放と、そのカードとしてのサージダの扱いは、現地ではきわめて関心の高い、デリケートな問題であることを理解した上で、国際的な発信をする必要があることに、日本の皆様はご留意ください。
 
 日本政府によるイスラーム国周辺国への難民支援への拠出が「イスラーム国の気に障った」ことを問題視した多くの日本の論客が、ヨルダン国民の多数を占めると思われるムアーズ中尉釈放を求める声も、決して、無視されないことを、私は強く要求します。それは日本人の他者に対する顧慮の念、異なる社会への理解力の程度を示すことになるからです。

ガーディアンの記事も加えておきます。
Let Muadh go: Arab Twitter users plead for pilot held by Isis
A solidarity drive for Muadh al-Kasasbeh, the Jordanian captured near the Islamic State ‘capital’, goes viral online
http://www.theguardian.com/world/2014/dec/27/twitter-users-in-arab-nations-join-campaign-for-pilot-held-by-isis

(11)
 アラビア語の「#われわれはムアーズだ」のハッシュタグには、「#サージダ・リーシャーウィーと日本人人質の交換」というハッシュタグが添えられるようになってきており、ヨルダン側では、釈放に反対する動きが出てくる可能性があります。

(12)
 アラビア語の「#われわれはムアーズだ」のハッシュタグを見ていると、ムアーズの無事を祈る人に混じって、「イスラーム国」の旗を掲げる者が、ヨルダン政府に対して、「日本人の血よりヨルダン人の血は安いんだろ」といった挑発を行うツイートが出てきている。これらが実際に「イスラーム国」の内部の人間によってツイートされているとは限らないが、「イスラーム国」やその支持者にとってはそのような意味を持つ要求であることがわかる。

(13)
 もしヨルダン政府がここでサージダを釈放すれば、「ムアーズ中尉のためには釈放しなかったのに、日本人のためには釈放するのか、自国民の命は安く見積もっているのか、裏で(あるいは表で)もらう援助のために自国民の命を売ったのか」と「イスラーム国」から非難されるという展開が予想できる。
 
 さらに、そのような非難を高めるために、意図的にその後すぐにムアーズ中尉を殺害したような場合は、日本とヨルダンの関係においても、ヨルダン政府と国民の関係においても、最悪の事態になりかねない。

 もちろんそのような苦境に追い込むために、サージダと日本人人質の交換という提案をしてきているものと考えられる。ヨルダン政府の苦しい立場をついてきた要求である。

(14)
「#サージダ・リーシャーウィーと日本人人質の交換」というハッシュタグは、「イスラーム国」支持者(当事者であるかどうかはわからない)が主に用いているようである。ヨルダンのアブドッラー国王の写真に「教訓学んだか?」などと挑発するものがある。
 サージダを釈放せずに人質が殺害されれば日本から責められ、釈放した場合はムアーズ中尉を見捨てて裏金をもらったと蔑まれる、という苦しい立場にヨルダン国王を追い込もうとしているようだ。

(15)
 ムアーズ中尉を捕虜にした経緯についてはロシアの宣伝放送が詳細に報じている。米主導の有志連合への当てつけもあるのだろう。
http://rt.com/news/217331-isis-jordan-warplane-down/

(16)
「イスラーム国」はムアーズ中尉の殺害の方法をツイッターで募集するなど、挑発・愚弄の姿勢が明白で、解放する気があるのかどうかそもそも分からない。サージダの釈放を求めることで、日本人人質の問題をムアーズ中尉の問題と絡め、最大の政治的な効果を挙げようとしているようだ。

「イスラーム国」による人質殺害声明の基礎情報:さらに情報があればフェイスブックで発信します

午後11時過ぎ(日本時間)にツイッター上に公開された映像の中で、シリアで「イスラーム国」によって拘束されていた二人の日本人人質のうち、湯川遥菜さんの殺害が発表されました。

私はこの映像の真偽を判断する能力を持ちません。

テロリズム調査会社のSiTEが映像を分析して真正と判断している模様です。SiTEはこれまでに、高い精度の分析能力を示してきました。

(SiTEのリリースには繋がりにくくなっています)

https://news.siteintelgroup.com/Jihadist-News/japanese-hostage-haruna-yukawa-beheaded-second-hostage-stipulates-new-is-demand-in-video.html

前日にSiTEはツイッター上の、イスラーム国に関係のあるとみられる人物らの流す噂として、すでに人質一人が殺害されたとされたと報じていた。

https://news.siteintelgroup.com/Jihadist-News/jihadists-on-twitter-circulate-unverified-rumor-that-islamic-state-japanese-hostages-have-been-killed.html

映像では、静止画像で後藤健二さんの姿が映っており、手にした写真には湯川さんと見られる殺害された遺体が映っています。

私自身が元の映像を確認しましたが、ここにはリンクを掲載しません。SiTEのリリースでは残虐な部分はぼかしてあります。

映像には後藤さんと見られる音声が重ねられており、その中で犯行を行った勢力は、新たな要求を出しています。

新たな要求によれば、これまでの身代金の要求は明確に取り下げ、代わりに、後藤さんの命と引き換えに、ヨルダンで死刑判決を受けている、サージダ・リーシャーウィー(Sajida al-Rishawi)の釈放を要求しているようです。

サージダ・リーシャーウィーは、イラクのアル=カーイダ(「イスラーム国」の前身)の創設者ザルカーウィーの側近の妹で、2005年11月9日のアンマン・ホテル同時多発自爆事件(グランド・ハイアット、ラディソン等を爆破して60人が死亡した、ヨルダンの近年の最大のテロ)の際にも自爆テロ要員だったが生き残り、逮捕されて死刑判決を受け、上告中です。サージダの夫アリー・フセイン・アリー・アル=シャンマリー(Ali Hussein Ali al-Shamari) はラディソン・ホテルで自爆し38名を殺害しています。彼女自身が自爆ベルトを身につけて起爆させようとして失敗し、逮捕されました。

この要求は、日本政府が人質解放交渉の拠点を置いたヨルダンに矛先を向けてきたことを意味します。正確には、それによって日本・日本国民と、ヨルダン政府・ヨルダン国民との間に亀裂を走らせようとする戦術と思われます。

ヨルダン政府が、歴然とした自爆テロ実行未遂犯を釈放する可能性は低いと思いますが、日本政府あるいは国民がヨルダンに釈放せよと圧力をかける事態が生じれば、それは別の国際問題を引き起こすと考えられます。そのことが「イスラーム国」側の狙いと考えられます。

私自身は、犯行勢力にいかなる情報源も持っていませんので、この殺害事件そのものについては有益な情報提供をできません。

その政治的・外交的波及については注視し、適宜発信していく所存です。

参考情報があれば、フェイスブックで発信します。
https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi