トルコの3・30地方選挙がエルドアン政権の将来を左右する

トルコで3月30日に行われる統一地方選挙(各地の市長選挙)は急速に、デモと汚職追及で荒波に揉まれたエルドアン政権への民意を図る、重要な意味を持つものとなってきました。

昨年までは(1)統一地方選挙で勝って、(2)その勢いで8月の大統領選挙に鞍替え立候補して勝利し、(3)2015年の議会選挙で勝利して大統領権限を強める憲法改正を行い、「皇帝」(むしろ「スルターン」か)のように君臨しようかという勢いだったエルドアン首相ですが、一気にレイムダック化する可能性すらささやかれています。

『フォーサイト』に解説を書きました。

たぶん普段より非常に平易に書いています。

「エルドアン首相はトルコの「中興の祖」となれるか」『フォーサイト』2014年3月19日

有料購読はちょっと・・・という人向けには、いくつか英語で読めるものをご紹介。

“Opinion: Turkey’s local elections are an important barometer,” Asharq al-Awsat, 2 Mar, 2014.

“Turkey’s Forthcoming Elections,” Middle East Forum, March 7, 2014.

“Turkey Goes to the Ballot Box: 2014 Municipal Elections and Beyond,” Brookings Institution, March 13, 2014.

ウクライナ問題(7)沿ドニエストルでもロシア編入への動き?

プーチン大統領は上下両院や連邦政府高官を集めた演説で、クリミア編入への法的措置を取るよう指示を出したとのことなので、やはり本日(18日)未明に載せたエントリ「ウクライナ問題(6)クリミアの次は沿ドニエストル(モルドバ)に注目」の分類での(1)だったようです。

また、このエントリでは、今のところモルドバ(沿ドニエストル Transnistria; Trans-Dniester)は平穏、と書いておきましたが、沿ドニエストルでもロシアへの編入を求める動きが表面化しているようです。

“Moldova’s Trans-Dniester region pleads to join Russia,” BBC News, 18 March 2014 10:38GMT.

 Irina Kubanskikh, spokeswoman for the Trans-Dniester parliament, told Itar-Tass news agency that the region’s public bodies had “appealed to the Russian Federation leadership to examine the possibility of extending to Trans-Dniester the legislation, currently under discussion in the State Duma, on granting Russian citizenship and admitting new subjects into Russia”.

A pro-Kremlin party, A Just Russia, has drafted legislation to make it easier for new territories to join Russia. The party told the Vedomosti newspaper that the text was now being revised, in order not to delay the rapid accession of Crimea to Russia.

 ロシアの姿勢の正統性を演出するための側面からの陽動作戦なのか、あるいは以前からもある話を、西欧側がロシアの脅威を感じて敏感に取り挙げているだけなのか。私はこの地域が専門ではないのでよく分かりません。

 そもそもウクライナを背後から揺るがす工作の一環かもしれません。ウクライナ側は、沿ドニエストルでロシアが活動家(工作員?)を募集してウクライナのオデッサに送り込んで攪乱工作をしている、といった主張をアル=ジャジーラに対して行っているようです。

汎アラブ・メディアやトルコ系メディアはこの問題を欧米からともロシアからともちょっと違った横からの、しかし非常に近いところにいる視点で見ている様子があって、興味深いものです。

“Europe fears pro-Russian referendums after Crimea,” World Bulletin, 14 March 2014.

ウクライナ問題(6)クリミアの次は沿ドニエストル(モルドバ)に注目

 お昼休みにウクライナ情勢チェック。当面はクリミアの帰属に焦点が当たっている。
 
 3月11日にクリミア自治共和国議会で独立宣言採択。
 3月16日の国民投票でウクライナからの分離・独立及びロシアへの編入の承認。
 3月17日にロシア・プーチン大統領がクリミアを独立国として承認する大統領令に署名。←今ここ。

 今日(3月18日)夜にはプーチンが上下両院の議員や連邦政府幹部らが出席する連邦会議でクリミア問題について演説するという。

 この演説の内容が、次のどれになるかが、近い将来の展開を分けそうです。

(1)クリミアの編入を行うと宣言し、そのための法的手続きの開始を命じる。
(2)クリミアの独立を称賛、援助を惜しまないと宣言。

 (2)であれば、編入カードを残したまま欧米との交渉の余地を残す意図を示した、宥和的なものとして欧米側では受け止められるだろう。(1)だと当分の間制裁合戦などで国際政治経済が荒れそうですね。ロシアはメディアを使ってかなり盛り上げてしまっているので、「編入してください」という決議・国民投票が曲りなりにもあるのに、プーチンは「まあ待て」と言えるのかどうか。

 日本は頭を低くしているしかないですが、経済制裁に追随する必要はあり、制裁への報復だとか言って日本企業の資産が凍結や接収されたりすると困ります。

 合弁企業で日本の持ち分が凍結された上に、働くだけ働かされ続けたりして。

 さて、その次はどうなるか、ロシア専門家やウクライナ専門家【~日本にもいらっしゃいます~】【クリミア半島奪取でロシアの得た勘定と失った感情】の議論をいろいろ読んでみている。
 
 クリミアにワッペン外した軍を送り込んで制圧、というロシアの行動はいかにも荒っぽくてお友達になりたくない感じがするが、しかし欧米も国際法・秩序の原則に挑戦するものとして批判はしても、実際に実力行使でクリミアからロシアの影響力を排除するとは思えない。

 ロシアによるクリミアの国家承認に限定するのであれば、欧米側はクリミアを承認しないと言い続け、当分の間制裁をしつつ、やがては現状黙認、となってしまいそうだ。編入の場合は当分の間比喩的には「冷戦」的な激しい言葉のやり取りと制裁合戦による関係冷却化が続くだろうけど、「もともとロシアのものだったんだし」というところもある。

 ただ、これがロシアの拡張主義の第一歩で、今後、ソ連だのロシア帝国だのの再興を目指していく、ということになると西欧諸国は黙っていられないだろう。
 
 そうなるとロシアの「クリミア後」に何をしたいのか、意図を探るのが、次の段階の展開を見通すのに不可欠だ。クリミア併合は一回きりの現象で、周辺諸国には影響を与えないのか。それともロシアはこれを皮切りにどんどんせり出してくるのか。

 もちろん「東部ウクライナへの侵攻」なんてことがあれば意図は明白だし混乱は計り知れないが、たぶんそんなことしないでしょう。

 クリミアを承認するだけでなく編入し、さらに、他のロシア系列の「非承認国家」を編入していく動きが始まるのであれば、欧米は最高度の警戒態勢に入り、文字通り「新冷戦」が始まることになってしまうかもしれない。

 現在の段階(独立宣言、ロシアだけが承認)のクリミアと同様の国は、グルジアから独立を宣言してロシア軍の軍事力で維持されていて実質上はロシアだけが承認しているアブハジア、南オセチアがあり、モルドバから実質上独立しロシア軍が駐留しているがロシアは公式には承認していない沿ドニエストル(英語ではTransnistria)がある。

 特に、ウクライナと隣接するモルドバの沿ドニエストルについて、ロシアが公式に承認する、さらに編入する、といった動きがあるのであれば、クリミア後の次の一歩ということになり重大な意味を持つ。その動きがないのであれば、当面は、事態はクリミアに限定されるとみていいのではないのか。

 現状ではモルドバ(沿ドニエストル)情勢は変化なし、だそうです。

 以上は黒海沿岸諸国の専門家トマス・ド・ワールさんの下記の分析を読んでまとめてみたものです。専門家って大事ですね。

Thomas de Waal “Watching Moldova,” Eurasia Outook, Carnegie Moscow Center, March 12, 2014.

リビアの謎のタンカーは米海軍特殊部隊が拿捕

 リビア東部の民兵集団が占拠した石油施設から原油を船積みして追っ手を振り切って外洋にでたタンカー「モーニング・グローリー号」が、3月16日深夜に米海軍特殊部隊SEALSが強制的に乗り組んで拿捕した模様です。

“U.S. forces seize tanker carrying oil from Libya rebel port,” Reuters, March 17.

“UPDATE 3-U.S. forces seize tanker carrying oil from Libya rebel port,” Reuters, March 17.

 この件について、『フォーサイト』にまとめておきました。

「リビア反政府民兵のタンカーが米海軍特殊部隊によって拿捕」『フォーサイト』2014年3月17日

有料ですが、素材は主にLibya Heraldから、

“Oil stoppages cost Libya over $10 billion – Abufunas,” Libya Herald, 31 December 2013.

こういった記事をひたすらちくたく読んで整理したものです。ですので、こういった元記事を読んでいただいても良いです。

 前回のものは無料公開になりました。「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日

 このブログでは「リビアの石油のゆくえ」でも続報を書いていましたが、一応このタンカーについては国際市場への密輸を阻止したようです。

 タンカーの行方を把握し、ミサイル駆逐艦ルーズベルトを拠点とする特殊部隊によって制圧した米国は、リビア中央政府への支持と、国民統合への支援の意志と能力を見せたと言えるでしょう。

 しかしリビアでは、賃金未払いへの抗議とか、部族の中央政府への要求とか、民兵集団による地域主義・利益配分の要求とか、選挙されながら結果を出していない国民全体会議(議会)への解散要求とかで、しょっちゅう石油施設が閉鎖されています。

 それに対して中央政府はしばしば「最後通牒」を突き付けて「軍部隊で突入するぞ」とか言っていますが、実際には突入しないで誰かが仲裁して「まあまあ」と収めているようです。

それを「生ぬるい」といって別の所でデモが起きてそのまま政府施設や石油施設を占拠しちゃったり、占拠が解除された場所にまったく違う勢力が入ってきて占拠したり、そもそも取り押さえるはずの軍部隊が元来は民兵集団上がりで、しょっちゅう占拠する側に回る、というカオス的だがなんとなく自生的秩序がある状態が続いております。

 まあ分離主義になるより、中央に要求を出しているだけ、国民統合の観点からはマシとは言えます。その意味で、今回米軍の実力行使で国際石油市場への独自の輸出ルート確立を阻止したのは良かったでしょう。

 しかしこういった原則・基準は国際政治のパワーバランスや規範の推移の中で変更が可能なもので、1990-91年の湾岸危機/湾岸戦争以来、米国と協力してきたイラク北部のクルディスターン地域政府(KRG)は、トルコを経由した密輸を実質上黙認されようとしています

 そんな話も、トルコを軸に解説していきたいですが、事実関係だけなら例えば、経産省の外郭団体に組織された「イラク委員会」のホームページには、イラクとトルコをめぐる外務省の公電(新聞切り抜き)が抜粋で載っていますから、それを昨年11月頃から、そのような意識で見ていくと、何が起こっているのかぼんやり浮かび上がってきます。

ウクライナ問題(5)イラン核開発交渉への影響は?

 ウクライナ危機に注目が集まった先月20日頃以降から、中東への関心が低下した気がする。国際的な外交の主要課題が中東から域外に移ったことが、中東の諸問題にどう影響するのだろうか。あるいはウクライナをめぐる米露対立は中東の諸問題にどう影響を与えるのだろうか。

 3月16日にはクリミアでロシア編入を求める住民投票が強行された。国連安保理では米欧がこれを認めないとする決議案を出して当然ロシアの拒否権で否決。週明けから、米欧主導の対ロシア経済制裁の発動や、現地での不可測の事態の発生など、緊迫化・流動化の危険が高まります。ここで中東にどう波及するか。

 折しも、イラン核開発問題に関するウィーンでの多国間交渉が3月18日から始まる。昨年11月にイランと、アメリカなど6ヵ国(国連安全保障理事会常任理事国とドイツ、いわゆる「P5+1」)との間で調印された暫定合意が、今年1月20日から実施に移されているのだが、暫定合意での信頼醸成期間は6カ月。7月後半までの間により恒久的な合意がなされなければ、雪解けモードが対立モードに逆戻りしかねない。ウィーンでの交渉は第1ラウンドが2月18-20日に行われていたので今回は第2ラウンド。前回はとりあえず交渉の全体像について話し合っていたが、今回はより具体的な問題に触れはじめるので難航が予想される。
 
 気になるのは、ここにウクライナ危機がどう影響するかということ。

 イラン核開発交渉を可能にしているのはロシアを含む安保理常任理事国の協調なのだから、ウクライナをめぐる対立が、イランをめぐる交渉に持ち越されれば、合意は難しくなる。

 交渉の内容はまた書くとして、ウクライナ危機がイランの内政や外交一般、そして核開発交渉にどう影響を与えるのかを考えてみよう。

 ウクライナ情勢そのものはイランと国境を接していないし、それほどイランと関係がないだろう。しかしウクライナ情勢をめぐる米露関係の緊張は、イランの外交姿勢に影響を与えるか、イラン核開発をめぐる国際交渉に影響を与える可能性がある。

 一つの予測は、ロシアは米欧との対決を深めれば深めるほど、「自陣営」を引き締めようとするだろう、というもの。まあ確かにこれはありうる。少なくともよそのところで敵を増やそうとはしないだろう。

 ただ、イランが「ロシア陣営」なのかというとそうとは言い切れない。もともとイランはロシアが拡張主義に走り勢力圏を広げれば侵略される立場で、ウクライナへのロシアの介入に賛成する立場ではない。

 しかし米欧との関係が悪化すれば、イランはロシアへ傾斜するということも歴史的によくあることだった。ただし完全に抱き込まれたことはないし、今のロシアはイランとの関係でそこまで優位に立ってはいないと思う。

 イランの中でも米露のどちらにつくべきかという議論があるという。

Kayhan Barzegar, “Iran weighs ‘active neutrality’in Ukraine,” Al Monitor, March 14, 2014.
 

 一方では、イランとロシアは共に米欧による封じ込めを受けており共通の国益がある。だからロシアと結束を固めるべきだ、という議論があるという。「イランは東側だ」という議論。
 
 他方の議論では、雪解けに向かいかけている欧米に誤ったメッセージを送ってはならないとする。「イランは西を向け」という議論。

 このコメンタリーの著者は、「西か東か」を論じてしまうのはイランの知的伝統の癖みたいなもので(「神話」と言っている)、実際にイランが国家として採るべき政策、踏まえるべき現実は別にあるという。重要なのは勃興する地域大国としてのイランの国益であって、その関心はもっぱらペルシア湾岸、レバント(シリア・レバノン)、アフガニスタン、南アジア、中央アジア、カスピ海沿岸地域、コーカサス地域にあるという。ウクライナ問題での米露対立は、そこにどう影響を与えるかによって対処を判断すればいい、という。

The reality is that Iran is an independent country and a rising regional power which gives most importance and attention to establishing close and strengthening relations with its “near-abroad” areas in the Persian Gulf, the Levant and Iraq, Afghanistan and South and Central Asia and the Caspian and the Caucasus. In this respect, the degree of propensity towards the Eastern or the Western blocs depends on the degree of the role and influence of these two blocs shedding weight in these regions, whether for containing the threats perceived to Iran’s security or increasing its role in preserving the country’s national interests.

 そうなると、イランとしては、イランの主たる関心事である「近い外国」(本心は「勢力圏」なのだろうけど)にまで、米露対立が激化するようなことがないようにしたいという。

 そこから、イランのウクライナ危機への対応は「能動的な中立(active neutrality)」を保つべきだ、と著者は言います。具体的には、(1)西と東のどちらのブロック化の流れにも属さない、(2)建設的な役割をはたして中東地域への対外的影響(=米国)を廃する、(3)イラン国家の地政学的国益やイデオロギー的価値を守るプラグマティックな立場を維持する。

「イデオロギー的価値を維持するのがプラグマティズム」というのが一般的にはちょっと分かり難いですが、イランの事をある程度知っていると自然に頷いてしまうのでは。

 イランの声高でかつ周到なイデオロギー的主張は、実態としてはすごく「方便」に見える時があります。イデオロギーも国益のうち。。。過激思想で敵や味方の両方を追い詰めつつ、自分ではそれを信じ込むほどナイーブな人たちではありません。

 だからイランとの交渉は大変なんですけど。

 著者のケイハーン・バルゼガール氏はテヘランの中東戦略研究所の人で、米国ハーバード大学での滞在経験もある人ですが、どの程度イランの体制の意向を体現しているかどうかは分かりません。

ロウハーニー政権には近そうです。

最高指導者ハメネイの心の内は誰にも分かりません。当面はロウハーニー政権の親欧米路線にお墨付きを与えているのではないかな。あくまでも「経済制裁解除」という大きな魚を取ってくる猫、という意味で。取って来れるかどうかが判明するあと半年の間、ロウハーニー大統領とそのブレーンたちには頑張ってほしいものです。

それがウクライナ情勢とそれによる米露の激変で雲散霧消してしまう可能性も当然ありますが、イランの中東地域内での地政学的地位の向上という方向性は揺るがないのでは。

経済は苦しいが地政学的には急上昇中、という意味では、イランはロシアとまるっきり軌を一にしています。そのあたりで、特に密接にロシアと協調していなくても、米欧側からは「あちら側」に見えてしまうこともあるでしょう。

ウクライナ問題(4)法律と地政学の間

 ウクライナ問題でいろいろ斜め読み。

 ウクライナ問題は、現代思想の課題として興味深い。

 日本では「現代思想」というと、ほとんどいったこともないフランスのなにやら小難しい思想家のテキストをこねくり回して意味不明の論文を書くことだと勘違いされてしまって、その結果、大学の語学の先生の飯のタネ以外にはならなくなってしまったが、本当の現代思想はフクヤマとかハンチントンとかだと思う。

 少なくとも数十年たってから振り返ったらそうだよ。フランス現代思想は何らかの理由がそれなりにあって行き詰ったスコラ学として思想史の一コマとしてぐらいは描かれるだろうが、それを再解釈した日本の現代思想などはまったく一行も歴史に残らないだろう。
 
 20世紀末から21世紀にかけての世界はどのような理念によって方向づけられているのか。自由民主主義への収斂か、民族や宗教による分裂とパワーポリティクスの再強化か。

 議論の決着はついていない。
 
 で、ウクライナ問題は、そういった議論を再活発化させている。

 国際政治の問題というだけでなく、そういう思想史的関心からも、ウクライナ問題についての議論を読んでいると面白い。

 そして、実際には国際政治とは、思想・理念を軸にして方向づけられているものでもある。

 国際政治学者のミアシャイマーのいつも通りすっぱりと分かりやすい議論がニューヨーク・タイムズに載っていた。

John J. Mearsheimer, “Getting Ukraine Wrong,” The New York Times, March 13, 2014.

 以下はそのところどころの要約。

 ミアシャイマーは、ウクライナをめぐってロシア・プーチン大統領と対決姿勢を強めたオバマ大統領を批判する。

 「なぜアメリカの政治家のほとんどが、プーチンの立場になって考えられないのか」

 プーチンにとってウクライナは国家の死活的な権益がかかっている。譲れるはずがない。アメリカはロシアと軍事的にも経済的にも決定的に対立できないと分かっているのに、あたかも強く出ればプーチンが引き下がる局面があるかのように対処するから、うまくいかなくなる、という方向の議論。

 ミアシャイマーはオバマがプーチンを評して言った発言を例に挙げて批判する。オバマはプーチンが「異なるタイプの解釈をする異なるタイプの弁護士たちを抱えているようだ」と形容し、その主張に国際法的根拠がないと批判した。

 これに対して、ミアシャイマーは「しかし明らかにロシアの指導者は弁護士と話してなどいない。プーチンはこの紛争を地政学から見ているのであって、法律から見ているのではない」と断じて、一蹴する。

 そして「オバマ氏には、弁護士と会うのをやめて、戦略家のように考えるようになることを助言する」と痛烈だ。

 「弁護士と会う」どころかオバマ自身が弁護士で、弁護士的な発想で政治をやることはすでに知れ渡っている。

 地政学的に見れば状況は極めて単純であるという。

 「西側諸国はロシアに苦痛を与えるオプションがほとんどない。それに対してロシアにはウクライナと西側諸国に対して切れるカードが多くある」

 そして西側諸国が身を切ってロシアに強い制裁を課したところで、「プーチンは退くとは考えられない。死活的な国益がかかっている時、それを守るために国々は進んで多大な苦痛を耐え忍ぶものだ」。

 だから「オバマ氏はロシアとウクライナに対して新しい政策を採用するべきだ」。
 
 その政策とは「ロシアの安全保障上の国益を認め、ウクライナの領土保全を支える」ものだという。

 この政策の実現のためには「米国はグルジアとウクライナはNATOに加盟しないと強調する」必要がある。
 
 そのことは「米国の敗北」ではない。それどころか「米国は、この紛争を終わらせ、ウクライナをロシアとNATOの間の緩衝国として維持することに、深く根差した国益を有する」。

 さらに「ロシアとの良好な関係は米国にとって不可欠だ。なぜならば米国は、イラン、シリア、アフガニスタン、そしていずれは中国に対処するために、ロシアの助けを必要とするからだ」。

 きわめて分かりやすい。

 これでは欧米が主導してきた国際秩序の理念や理想主義が崩壊してしまうのでは?などと思うが、結局のところ、このような政策が採用されそうなことも確かだ。あるいはそうでなければかえって戦争になるか、長期的な制裁の応酬で、世界が疲弊するかもしれない。

 ウクライナをめぐる「現代思想」をこれからも読んでいきたい。

 
 
 
 

リビア政府は領域一円支配を取り戻せるか

 タンカーの行方よりももっと重要なのは、これをきっかけに流動化したリビア内政がどこへ向かうか、ということ。

 リビアの暫定政権を構成する国民全体会議(議会)は、この問題でザイダーン首相を不信任決議して解任。ザイダーン首相には汚職の嫌疑もかけられ、逮捕される前にマルタを経由して西欧に逃亡した模様。

 まあこれだけを見るとよくある「混迷深まる中東情勢」という決まり文句で収まりそうだけど、もう少し考えてみよう。

 まず、この動きが中長期的な混乱の激化のきっかけとなるのか。現象だけ見ていると混乱しているように見えるけれども、むしろこれをきっかけに、国民全体会議に集う各地の勢力が一体性を取戻し、国軍・治安部隊と一体となって全土の掌握を取り戻す方向に行く、という可能性もある。

 後者を匂わせているのがフィナンシャル・タイムズ紙の記事だ。

 “Libyan troops attack oil rebels,” Financial Times, March 11, 2014.
 
 「16か月権力の座にあったザイダーン氏の解任はリビアにさらなる不安定をもたらすかもしれない。しかし、駐トリポリのとある西側の外交官は言う。『重要なのは、議会が合意に達したということだ。これこそが数か月もの間欠けていたことだ。これが政府と議会の実務的な関係を向上させればいいのだが』」

 ザイダーン首相の解任を時期を同じくして、国民全体会議とリビア国軍・治安部隊が協力して、各地の武装勢力の掌握する石油施設の奪還に向かっているという。手始めはシルト。カダフィの故郷ですね。

“Pro-government fighters poised to retake Libyan oil installations,” Finantial Times, March 12, 2014.

 リビアの民兵集団の割拠は問題だが、そもそも各地でそれぞれにカダフィ政権打倒に立ち上がったという3年前の政権崩壊の経緯からいえば、しばらくの間はやむを得ないとも言える。民兵集団は実際に各地で警察の役割を果たしている場合も多い。また、リビア暫定政府側の治安部隊を構成しているのも、もとはこういった民兵集団だった。

“Shadow army takes over Libya’s security,” Finantial Times, July 6, 2012.
 
 不可測性が高く、どの地域を誰が仕切っているかを知らないといけないから、外部の人間にとっては非常にやりにくい状態だが、住んでいる人にとってはそれほど治安は悪くないだろう。
 
 結局は各地の勢力をどう中央の制度に取り込んでいくか、その際の交渉でどのように権限や利益を配分していくかが、リビアの移行期政治の主要なテーマだ。
 
 武器を持っている勢力が無数にあるから、要求を通そうとする時に「手が出る」場面もあるが、意外に抑制的、という印象だ。それほど人が死んでいない。

 これを機会に国軍を一定程度強め、各地の民兵集団を統合していくプロセスが進めば、安定化に向かうかもしれない。

 しかしおそらく問題は単純ではない。ザイダーン首相は「北朝鮮籍タンカー」への攻撃を軍に命じたものの従わなかったと主張している。後任の暫定首相が軍最高司令官のアブドッラー・サニー国防相だというのも気にかかる。軍がサボタージュして首相を追い落とし、行政府の中での権限を強めたという可能性も否定できない。

 しかし軍を直接統制できる人物を首相に置きたいというのは、現在の国民全体会議の意志でもあるだろう。

 いずれにせよ、一度武器が拡散して、各地で民兵集団が組織されたという現実から始めないといけないリビアは、戦国時代並みの割拠状態を近代国民国家に作り替える膨大な作業を行っているということなので、長い目で見ていくべきだろう。

リビアの石油のゆくえ

 リビアの民兵集団が占拠した石油生産施設から船積みした謎の「北朝鮮船籍」タンカーが外洋に出たという話を書いたが(無料で読めます⇒池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日)、その続き。

 まず、タンカーはどこに行ったか。上の記事では「炎上」説を紹介しておいたが、その後の報道では、タンカーがエジプト領海に入った後に、リビア海軍は見失った、といった点が報じられるのみ。現在のところ「行方不明」となっております。

 ちょうどマレーシア航空機の消失が話題になっているが、タンカーは衛星などで把捉できるから、主要国の政府などにとっては、本当に行方知れずになってしまうことはないだろう。

 重要なのは、実際にどこかの港に積み下ろされ、買い手がついて、代金が東部キレナイカの自治を主張する民兵集団に渡るかどうか。もし恒常的に地方の勢力が油田を押さえて石油を生産し買い手を見つけて代金を回収するサイクルが確立されれば、リビアに限らず、世界各地の資源国で混乱が生じかねない。
 
 依然として、タンカーの持ち主が誰なのかは明らかにされていない。各国の諜報機関は知っているのかもしれない。
 
 リビアの石油は軽質油と言って、硫黄分が少なく精製にコストがかからないので、世界の石油の買い手からは垂涎の的。ニューヨーク・タイムズ紙は世界の多国籍石油企業の本拠地であるヒューストン発でタンカーの行方について論じている。

 “Dispute Over Fate of Mysterious Tanker With Oil From Libya,” The New York Times, March 10, 2014.

 この記事では、以前にナイジェリアで同様に反政府勢力が油井を掌握して裏マーケットに流した際の話が出てくる。おそらく今回の謎のタンカーの背後にいる者たちは、ナイジェリアの例に倣って、地中海沿岸やアフリカ大陸沿岸の製油所に持ち込もうとしたのだろう、という。買った側は正規ルートの石油に混ぜて売る、ということになるという。

 とはいえ、今回のように、「いわくつき」と世界中に知られてしまった以上、衛星などで把捉されており、実際にどこかで荷揚げして買い取ってもらえる可能性は極めて低い、とこの記事は結論づけている。

 同様に、フィナンシャル・タイムズ紙の記事でも、これは「toxic cargo」だ、と記し、「港であえて船竿で触ってみようという奴もいないんじゃないかな」と結んでいる。

“Libyan troops attack oil rebels,” Financial Times, March 11, 2014.

 迷走タンカーはどこへ行く。名義を貸したと思われる北朝鮮も含め、謎が多いですね。

ウクライナ問題(3)クリミア編入が許されるなら東アジアでは・・・

ウクライナ危機について、素人の私をかなり納得させてくれているのが、ジャーナリストの国末憲人さんが『フォーサイト』に書いている一連の分析。

国末憲人「軍事介入はロシアにとって「得」か「損」か」『フォーサイト』2014年3月4日ではかなり見通しがすっきりした(読者コメントのThe Sovereignさんの分析も非常に納得がいった)。でも有料か。

もしロシアが現実的・合理的に行動していると仮定するならば、クリミアはしっかり押さえて、自治を拡大させてロシアの支配下に引き入れながら、ウクライナ東部には脅すだけで侵攻せず、ウクライナ政府に圧力をかけ続けて利益を得続ける、という戦略を採るだろう、という見通しを示してくれていた。現状はその方向に進んでいるのではないか。

この方、確かフランスを中心に、西欧のアル=カーイダなどについても書いていたような記憶があるけど、今は東欧にも強いのかな?

おそらく西欧では、昨年の早い時期からウクライナについてのロシアとの対立を非常に深刻に受け止めているという事情があって、それで東欧に目を向けていたのではないかと想像する。

最新版は無料公開のようです。

国末憲人「バルト諸国が抱く「ロシア系住民保護」への懸念」『フォーサイト』2014年3月10日

日本で考えるべき重要な論点を出してくれている。

ウクライナ危機は、日本にとっても深刻な問題。直接的に戦火が及ぶということはなさそうだからといって、他人事でいるのは、ものすごく見当はずれ。

クリミアでの状況は、「昔ロシア領だった」「ロシア人が住んでいる」「ロシア人がロシアへの帰属を望んでいる」「住民投票をしたらロシア領への編入を求める投票が多数だった(実質上の占領下の威圧の元で)」といった理由で、ある地域の帰属を変更していいのであれば、同じことが東アジアで起っても止められないということになる。

日本は近い将来も中長期的にもどう見ても、謎の武装集団を送り込む側ではなく、どちらかといえば送り込まれる側なのだから、こういった行為に対する国際法秩序の厳正化に、極めて高い国益を有するはずだ。

日本が「北方領土が帰ってくるかもしれないから」という甘い期待や下心によって、現在のロシアの行動を、明確な国際法秩序の侵害であると、原則論として非難しないのであれば、東アジアで同様なことが起こった時に、欧米は日本を支持してくれないだろう。

もちろん一方で、プーチン・ロシアを悪魔化せず、プーチンの死活的な国益への認識を理解し、プーチンの合理的判断・戦略性を分析して対処する必要はある。プーチンはウクライナ東部にむやみに軍事侵攻をしようとはしていないだろう。その意味で「世界大戦」に突入か、といった方向でむやみに騒ぐ必要はない。

だからといって冷静に黙っていればいいということではない。原則論で「ロシアが取った行動は国際法と秩序の原則から許されるものではない」という日本の意思・認識を示しておかなければならない。

「西欧はしょっちゅうダブルスタンダードを使う」「オバマ政権は掛け声だけ高くて実際には何もしない」といった不満や疑念は日本側にあるかもしれない。日本が理念を行ったところで誰が聞くのか、将来に役に立つのか、という限界は当然ある。

しかし何も言わなければ、日本はどちらかといえばロシア側の、欧米諸国とは価値観を共有しない国だと、実質的に依然として国際社会で最も有力な欧米諸国から、みなされてしまう可能性がある。日本はもともとハンディを負っているのだから、原則論はしつこいほどはっきりさせておく必要がある。

日本はかなり遠い将来まで、どちらかといえば、実力行使やその威嚇よりも理念で、自らを守らなければならない立場の国であるはずだ。

直接ロシアに喧嘩を売らなくてもいいが、理念だけは言っておかないといけないのだが、時機を逸してしまっているのではないかと危惧する。ロシアに説教する必要はないが、お題目はお題目として言う必要はあるだろう。

こういった時に「欧米はダブルスタンダードだ」と言ってシニカルな態度を取る人が必ず出てくるのだが、ダブルスタンダード論の大部分は、自らがダブルスタンダードに陥っている。

ロシア・プーチン政権は、エジプトでは軍事クーデタを支持しながらウクライナでは暫定政権は「クーデタだから認めない」とまるっきりのダブルスタンダードだが、「プーチンはダブルスタンダードだ」と批判する人はほとんどいない。これこそダブルスタンダードだろう。

なぜかというと、第一に、「ダブルスタンダード」を声高に叫ぶ人たちは単にアメリカや西欧にそれを言うことにしか興味がない人たちだからだ。

本当に的確な時に的確な相手に的確な方法で「ダブルスタンダード」を指摘してくれればいいのだが、実際には日本にとって不利になるような状況下で、的確に不利になるようなやり方でそれを言ってくれる人たちが、有力な人たちの中にすらいるので、本当に困る。

見当はずれの野党が言っている分には害はないのですがね。

第二に、プーチンがダブルスタンダードなことは「当たり前」であって、それをあえて言ってもウケないから、あまり言う人がいないのだろう。しかしウケることだけ言っていれば、言論はおかしくなり、変な政治判断を国民が行うことになりかねない。

現在の状況下で、日本がロシアと欧米とどちらに近いか、というと、やはり、人によっては悔しいのかもしれないが、欧米ですよね。

それともワッペン外した武装集団を送り込んで隣国を占領して銃を突き付けて国民投票をやらせる国の方に近いとでも?

それはそうと、これらの記事を書いている国末記者は、ウクライナ問題が急変するまさにその最中の2月20日からちょうど、ウクライナに隣接するモルドバの東部にある、ロシア系住民が分離とロシアへの編入を求めて中央政府の統治が及ばなくなっている「非承認国家」である「沿ドニエストル」に来ていたという。「「モザイク国家」ウクライナ「劇変」の深層」『フォーサイト』2014年2月25日

クリミアもまさに、ロシアの圧力の下で、沿ドニエストル的な「非承認国家」的な存在になることは確実だ。すごく的確な場所からレポートしている。

どこまでウクライナでの事態の展開を想定していたのかは知らないが、ボールが転がってきた時に(偶然)ゴール前にいることもジャーナリストの才能の一つなのだろう。

リビア反政府派から北朝鮮のタンカーが石油を買った?

昨夜・今朝方、夜更かしして書いてしまいました。書き終わった後に東京地方はぐらっと揺れました。

池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日

リビアというと「混乱」という印象があるのでしょうが、それに「北朝鮮」が絡んで、しかも「タンカー炎上」などとも報じられているので、日本でも関心があるかと思いまして・・・

しかし人目を引くはずの「タンカー炎上」についての続報がないので、偽情報だったか、そもそもリビア内政がもっと混乱していてそんなことにだれも興味を持っていないのか、とかいろいろ考えますが分かりません。少なくとも11日にザイダーン首相は解任されてしまったし。朝、アル=ジャジーラのホームページをちょっと見たら、議会で不信任されて解任されたザイダーン(前)首相は出国するとか書いてあるので、かなり緊迫しているのかもしれません。まあ、首相が、ほとぼりが冷めるまで逃げる、というだけかもしれませんが。

もしかすると、増強し始めたリビアの国軍が、国民全体会議(議会)も、そこから選ばれた内閣もあまりにふがいない、「決められない」と苛立って権限掌握に出たのかもしれません。

問題はリビアの国軍に並び立つ規模の民兵集団が無数にいることなので、単純に軍が権限掌握、とは言えない。最近も軍の将校が「クーデタ」宣言をして、誰もついてこなかった、などという事態もありましたし、リビアの場合、エジプトなどとは異なり、決定的に強い勢力がいないために、だらだらと混乱が続いています。

しかし国軍の増強のために支援をすると、今度は軍が独裁化するかもしれないし、難しいところです。

私の印象では、「リビアは意外にうまくやっている」のですが(大規模な内戦にもなっていないし、分離独立する地域もない、「自治」だけ)、現在の状況はそれよりも流動化しているのかもしれない、と思って注目しています(が、他にもやることが多くあるのでずっと見ていられません)。

以下、本文の一部を・・・

 まだ未確認情報だが、リビア東部シドラ港で、リビア政府の意向に反して石油を積み出して公海上に出たタンカーが、ミサイル攻撃を受けて炎上している、という。
  ただし、これは今のところ『リビア・ヘラルド』というカダフィ政権崩壊後にリビアで創刊されたもっとも水準の高い新聞(ただしすべての記事に信憑性が高いとは言い切れない)が速報で報じただけであり、アル=ジャジーラなど速報性の高いアラビア語メディアのホームページでも報じられていない(日本時間3月12日午前3時現 在)。【 “Oil tanker allegedly on fire in international waters,” Libya Herald, March 3, 2014】

 もしこれが事実なら、リビアの暫定政権にとって、国家財政と国民経済の根幹をなす石油産業を掌握できないという印象を決定的にし、大きな打撃となる。
 2011年の『アラブの春」で、内戦の末に最高指導者カダフィとその一族を打倒したリビアだが、新体制への道のりは険しい。
  反カダフィで立ち上がって、内戦で功績を挙げた各地の民兵集団が武器を手放さず、選挙で選ばれた国民全体会議(GNC)による暫定政権の指令に従わないどころか、しばしば武力で意志を押し通そうとし、移行期の政治プロセスの基本的な制度や工程表の次元で改変を迫るため、新体制設立への道のりはなかなか前進しない。

・・・

以下は池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日で・・・

井筒俊彦のイスラーム学

あまりに忙しくて、中東情勢も、トルコ・途上国経済ウォッチングも、ウクライナ情勢横睨みも、合間に続けているけれどもブログにアップする時間が取れない。

それはそうと、本来の本業のイスラーム思想で、鼎談が出ました。

池内恵×澤井義次×若松英輔 「我々にとっての井筒俊彦はこれから始まる 生誕一〇〇年 イスラーム、禅、東洋哲学・・・・・・」『中央公論』2014年4月号(1566号・第129巻第4号)、156-168頁。

日本で「イスラームを学ぶ」というと、最初に手に取る人も多いであろう井筒俊彦。私自身もそうだった。

井筒俊彦のオリジナリティに私も大いに憧れる。

格調高く生き生きとした井筒訳『コーラン』 (岩波文庫)
は今でも最良の翻訳と言っていい。

『「コーラン」を読む』(岩波セミナーブックス→岩波現代文庫)ではコーランのほんの数行の章句の解釈が分厚い一冊に及んで尽きない、人文学・文献学の宇宙を垣間見せてくれる。

そして『イスラーム思想史』 (中公文庫BIBLIO)こそ、イスラーム世界に向かい合う際に座右に置いておいて無駄はない。

個人的には井筒俊彦『イスラーム文化−その根柢にあるもの』(岩波文庫)の、井筒の、井筒による、井筒のための、独断と価値判断に満ちた、一筆書きのような思想史・社会論が好きだ。「井筒個人のイスラーム観」は、このようなものだったと思う。

他の本では、概説のために、ある程度は網羅したり(でもイスラーム法学については興味がないから書かないとか数行で済ませたり)、ある方法論に則って順序立てて書いたりしているが、『イスラーム文化』は、講演ということもあり、さらっと彼の頭の中にある「イスラーム」の歴史と方向性を描いている。言わずもがなだが、「シーア派重視」「神秘主義こそ宗教の発展する道」ということですね。

だが、現代の中東社会の中でイスラーム教やイスラーム思想がどのような影響をもっているかを研究する際には、井筒のイスラーム思想史論がそのまま現地のムスリムの大多数から現に信仰されているものであると考えると間違える。

というか、教育の高いインテリにも「異端だ」と言われてしまう。

井筒を受容したイランのイスラーム思想はかなり変わっているからね・・・革命で無理やりイスラーム化しないといけないぐらい西洋化した国ですし(文化は日本などよりはるかに西欧化・アメリカ化しています)。そういう国でこそ受け入れられた最先端のポスト・モダンな解釈だということ。

私は別に井筒を批判しているわけではない(それどころか日本が誇るイスラーム思想だと思っている)。ただし、それはイスラーム世界の大多数の人にはまだ受け入れられないでしょうね、とは言わざるを得ない。

井筒の言っていることだけを読んでそれが「イスラーム」だと思い込んで、現実のアラブ世界の政治についてまで論評してしまう人が出ると、しかも「現代思想」の分野ではそれが主流だったりすると、頭を抱えます。

でも、そこが学問的には、「ビジネス・チャンス」だったりするんだけどね。

そうこうしているうちに井筒とイスラーム世界を同一視するような「現代思想」は絶滅しかけている。

でも井筒は生きている。

井筒から遠く離れてしまったように見える私の最近の仕事も、本当はどこかで、井筒を通してイスラーム学に入ったあの頃とつながっている。そんなことも想い出すきっかけになった鼎談でした。

あまりブログという形態では思想について語りにくいな、と思っているので、思想史に興味がある人は、例えばこの『中央公論』の鼎談を読んでみてください。

ウクライナ問題で問われているもの(2)米の対ロ経済制裁で日本は?~対イラン制裁も回想しつつ~

ウクライナ問題で、3月6日に、オバマ大統領は大統領令で対ロシア経済制裁の発動を命令

これは日本にとってどういう意味を持つか。

私としては、米国の対イラン経済制裁に対する日本の反応を思い起こす。

イラン制裁と言っても、歴史的には2回あって、1回目が1980年のもの。1979年11月のテヘラン米大使館人質事件に対して、米国がイランに課した経済制裁に、日本や西欧諸国が追随した。日本政府は具体的には、1980年5月26日に公布され6月2日に施行された「輸出貿易管理令等の一部を改正する政令」というものでこの制裁を実施しています。

安保理決議はソ連などの反対で出なかったので、米国が主導した有志国による制裁に日本も加わった形でした。翌年に人質が解放されると、日本は即座に経済制裁を解除しています。

2回目は現在も続く、核開発疑惑をめぐるもので、2006年の安保理決議に根拠づけられているが、米国はそれ以上を求め、実際に自ら独自の制裁を課し、日本や西欧諸国、さらには韓国などにも強く追随を求めてきました。オバマ政権期には、米国が中心となる世界の金融システムからイランを排除するだけでなく、イランと取引を行った各国企業もまた排除する、という極めて厳しいものとなったわけです。これがイランの立場を変えさせ、昨年の米国への歩み寄りに結びついた、とオバマ政権は自賛しています。今後どうなるかは予断を許しませんが。

私自身は、古い方の、もう終わった方の、1980年の対イラン経済制裁について研究を進めている。先月、とある研究所のプロジェクトで、この問題についての論文予稿を提出し、報告会で発表して、今修正執筆中。近いうちに刊行されます。

報告会でも、「イスラーム思想史や現代アラブ研究をやっているのになぜこのテーマに?」と、聞かれた。

いろいろ偶然もあるのだが、根本的には、日本と中東との関係を見るには、単に現地の思想や政治を知っているという立場からは有意義な問題設定は出来ず、日本側の主要関心事とそれにまつわる活動を踏まえなければならないと思っている。

「日本外交は油乞い外交だ」と中東専門家は批判しがちだが、それは一面で事実だとしても、では油乞い外交には学問的な対象としての意味はないのか?油乞い外交以外の外交をせよ、というのは、往々にして単に「反米になれ」と言っているに過ぎない場合が多い。ではアラブ諸国やイランなどの産油国が反米なのかというと、そうである場合もあるがそうでない場合も多い(そちらの方が圧倒的に多い)。反米になったからといって、「油乞い外交」をしないですむという根拠はまったくない。それどころか米との同盟関係に依存する産油国は日本の足元を見たり距離を置いたりするだろうし、米国への敵対国すら、日本に接近する動機をなくして、冷たくなるだろう。米側陣営を切り崩したい⇒一番切り崩せそうな日本、という想定から日本に接近する訳で、「イランは親日だ」といった外交トークに手もなく転がされている中東論者は、無知なのかあるいは何か意図がある。

油乞い外交にはそれなりの意味があるし、そこに関係して日本の外交だけでなく内政も影響を受けてきた。日本と中東の関係史は、「油乞い」が中心であったという現実に基づいて検討されなければならない。「油乞いがいかん」と主張するのはその後でもいいはずだ。

こういった関心から、日本政治史やイランの外交政策や日米関係史といった、専門ではない不得意な分野にまたがる課題に挑戦している。その際には「資源外交」という大枠を立て、資源外交に関連したり影響を与えたりしてくる事象を幅広く取り上げている。

対イラン経済制裁、というのは資源外交という日本側の対中東外交の主要課題・関心事に、また別の外交・安全保障上の課題が障害となる事例として興味深い。

そして、今回の対ロ経済制裁も、本格化すれば、日米関係と、領土問題および資源外交上重要なロシアとの関係の相克という難題を日本外交に突き付けることになる。

日本による経済制裁という課題は、これまで国際関係論の大きな議論の対象にはなっていなかった気がする(私が知らないだけかもしれませんが)。

その理由は、おそらく、

(1)日本そのものが主導して経済制裁を行った事例が少ないこと(唯一、北朝鮮に対してはある面ではそういうこともあるかもしれません)。

(2)日本が加わってきた経済制裁は、国連安保理決議などに支えられていて、ほとんど議論の余地なく国際社会の多数の意見に従ってきたため、特に日本の立場を論じる意味がなかったこと。

(3)国連安保理決議がない場合も、その多くは米国主導の制裁で、多くの西欧諸国・西側先進国もまた同調していたものに限られること。端的には、経済制裁という言い方はあまりしないかもしれませんが、冷戦期に東側陣営に対して行ってきた貿易制限など、「敵」がはっきりしていた。米国と日本の共通の「敵」に対する制裁であったので、日本側の独自性や主導制はあまりなかった。

もちろん細部では日米間や、西欧諸国との間に、立場の相違や齟齬は常にあったでしょう。対ミャンマー経済制裁などは、あまり積極的に支持していたとはいえない日本の立場は、イギリスなどからかなり嫌がられて非難されていたものでした。

しかし多くの場合は日本が経済制裁に参加するということと、日本の外交・安全保障上の基本的立場にほとんど齟齬はなかったものと思います。

その例外が対イランでした。

それはイランの冷戦時代の特殊な立場と、日本のイランに対する外交姿勢の、外交政策全体の中での特殊性に関係しています。

イランは1979年のイラン革命までは明確に「西側陣営」で、革命後も独自の「イスラーム陣営」に属したものの、東側に移ったわけではありませんでした。

革命後のイランが「西洋」に対して表面上・レトリック上、厳しい、時に敵対的な姿勢を取ったことは確かですが、経済的には引き続き西側陣営との貿易を続け、決定的に断絶することはありませんでした。

その中で、特に日本は、西側諸国の中でもイランの原油に多くを依存してきました。

そのイランが、米国に対しては政治的に特別の敵対姿勢を鮮明にし、テヘラン大使館人質事件で決定的に関係を悪化させ、修復せずに現在まできた。

それによって、日本が維持したい対イラン関係と、日米関係がバッティングする構図が続いています。

なんとかだましだまし行ければいいのだけれども、「立場をはっきりせよ」と双方から言われるような状況が一番困るのです。

「経済制裁」は、「戦争」を除けば、もっともこの「立場の鮮明化」を求められる事態です。対イラン経済制裁は、日本の資源外交、そして資源エネルギー政策を大きく揺るがしかねないものです。

日米関係において、経済制裁への対応が日米関係を緊張させた事例の多くは、対イラン経済制裁であったのではないかと思います。

しかし冷戦終結後は、構図が変わってきて、イランは特殊事例ではなくなってきた。その筆頭はロシア。

ロシアも、その政治体制や統治の手法、国際関係のやり方は別にして、冷戦後は経済的には日本や米国と同じ陣営に来ているわけです。

日本はロシアとの経済関係を独自に深め、そして領土問題も解決したい。

それなのに米国が対ロ経済制裁に踏み切るとなると、日本の立場は苦しくなる。

冷戦終結後は、米ロの関係がそこまで悪化するなどという事態は、想定外だったのです。

そういう意味では、対イラン経済制裁の過去の事例は、かつては「特殊事例」だったのですが、今では、対ロ経済制裁の事例などにも通じる、一般的・普遍的な意味を持つ前例としてとらえ直すことができるのではないか?と(研究上は)期待しています。

もちろん一市民としては、経済制裁の実施や拡大などという事態が生じる前に妥協の地点が見いだせればいい、と願っています。

政府関係者はもちろん、走り回っているでしょう。

1979年から80年にかけての、対イラン制裁をめぐって、米国とイランの板挟みになり、西欧諸国の動向を必死にリサーチしていた政府関係者の動きの詳細な資料を過去1年ほど読んでいたので、現在の動きもなんとなく想像できます。

安倍政権は米国の動きに完全には同調していないようですし、NSC谷内局長が近日中にロシアに派遣されるようです。【安倍首相の発言

米国とロシアの間で日本がどのような立場を見出すか、重大な局面と言えます。

(ウクライナ問題については、トルコからの視点なども含め、いろいろ考えたことを書いてみたいと思います。前回はこれ

土曜日の駒場Ⅰと駒場Ⅱキャンパス

ふう。土曜日の夕方6時30分に先端研の研究室にやってまいりました。

それまでは東大駒場キャンパスで、参加している科研費プロジェクトの全体研究会(といっても7・8人の小さなものです)に出席していました。

研究者は「ヒマでしょ」という誤解があるが、昔はともかく今はそんなことはない。土曜日・日曜日もつぶれることが多い。

科研費プロジェクトに参加している駒場(東大教養学部・東大大学院総合文化研究科)の先生が会議室を取ってくれたので今回は駒場で研究会を行いました。

先端研も東大じゃないのか?駒場じゃないのか?という疑問がある方は、地図をどうぞ。世間一般に言われる東大駒場キャンパスは正確には駒場Ⅰキャンパスで、先端研のある場所は駒場Ⅱキャンパスです。両方の裏口から裏口まで歩くと5分ぐらいしかかからない。「スープの冷めない距離」(昔の言葉←自分で使ったのは生まれて初めて。使ってみたかった)です。

駒場Ⅱの方は、先端研と生産技術研究所だけなので、学部学生はいないし、どこか「町工場」「建設現場」のようなイメージ。いつもどこかでクレーンが動いています。「駒場リサーチキャンパス」という呼び方もあります。

文系の研究プロジェクトは予算といっても非常に少ないので、研究会を開くのに場所代がかかるようなところは使えません。参加メンバーが無料で使える会議室を借りて持ち回りで場所を変えながらやる、というのが一般的です。そこで今回は駒場Ⅰの研究棟の会議室を使わせてもらったのでした。

土曜日の研究棟など閑散としていると予想していたが、行ってみると、黒山の人だかり。

どうやらこのような催しがあったようでした。プログラムを見てみると、すごいメンバーだ。国際シンポジウム《現代日中関係の源流を探る──再検証1970年代》

これは面白そうだ、とこちらの大会議場に入りそうになったが、踏み止まりました。日中関係シンポの控室になっている懇談スペースの並びの小さな会議室で1時30分から6時過ぎまで議論しておりました。

途中、日中関係の方の懇談スペースを覗いて、ちゃっかりお茶&ジュースをごちそうになってきました。本当はいけないんだが。それぐらいいいでしょう。なにしろ土・日は売店が閉まってしまって、自動販売機もないので、喉が渇いて干乾しになってしまいます。

われわれの研究会も熱いテーマで、私のやっているアラブの春後の政治変動と、ウクライナやアフリカ諸国の事例との比較や、東南アジアやラテンアメリカの民主化や権威主義体制などと前提条件の相違など、また国際的要因の各国の政治変動に与える影響など、ブレインストーミングができました。

次に出す本の参考にさせていただきます。

ウクライナ問題で問われているもの(1)プーチンはバブルか実体か

ウクライナ情勢の展開が速い。早いだけでなく、逐一衛星放送やインターネットで状況が伝えられる。

2011年の「アラブの春」は、国際メディア上での瞬時の情報伝達とフィードバックによって状況そのものが加速していく、新しい速度での国際問題の先駆けだったのだろう。

2014年の国際問題の最大の関心事は、昨年に中東を中心に明らかになったアメリカの内向き志向と覇権撤退の流れがどの程度進むか、その影響がどこにどのように出るか。あるいはアメリカがどうにかして持ち直し、押し返すのか。

ここでも書いたことですね。

「アメリカの覇権にはもう期待できない──大国なき後の戦略を作れ」『文藝春秋』2014年3月号(第92巻第4号)、158-166頁。

アメリカの覇権の帰趨が、引き続き中東問題を巡って問われるのか。あるいはもしかして日中関係や中・フィリピン関係など東シナ海や南シナ海をめぐる紛争で問われることになるのかと、スペキュレーションを混みで盛んに議論されたのが今年の1月から2月前半にかけてだった。

3月初頭のイスラエルのネタニヤフ首相の訪米で、どの程度アメリカの影響力を示せるか(示せないか)が最初の試金石となるとされていたし、4月のオバマ大統領の日本、韓国への訪問も、いがみ合う両国をどれだけ米大統領の威光で説得できるか(できないか)も、ある程度注目されていた。

おそらく、イスラエルも日本も韓国もほとんどオバマの言うことを聞かず、多少の失言も双方から漏れ出て、そうこうするうちにアメリカの影響力の低下の印象が一層強まるのだろうなあ、というのがもっぱらの予想だったのだが、そういった話がいったん棚上げになるような事態が生じた。鎮静化したかに見られていたウクライナ情勢が、ソチ・オリンピックのさなかに急転した。

クリミア半島という、帝政ロシア時代以来の戦略的要地を巡って、「列強が角逐」するという、見かけ上は、19世紀的な紛争の寸前に世界は追い込まれてしまった。

これはプーチンにとっても、シリア問題への関与やエジプトへの接近などとは比べ物にならない重大な問題だろう。

昨年の特に中東問題への関与は、ロシアとプーチン大統領への威信や期待を高めたけれども、それが実体を伴っているかどうかは依然として未知数だ。半ばアメリカへの「当て馬」として高まったロシアへの期待にプーチンが応えられるかどうかはまだ分からないのである。

ウクライナではその実体が問われる。

下手をすると「プーチン・バブル」がはじけかねない。

ウクライナ東部に接した国境地帯で大規模な演習を行って威嚇したプーチン大統領は、危惧された東部への軍事侵攻を一転して控える一方、ロシア軍と名乗らず、国旗や記章を外した武装集団をクリミア半島に展開し、掌握している。ロシアにとって譲れない利益はクリミア半島であって、ウクライナ東部への侵攻はブラフだったのだろう。

事態が長期化すればやがてはウクライナ東部は経済的つながりからもロシア側に戻ってこざるを得ないという可能性はあり、プーチンからいえば焦って事を荒立てることはない。

地政学的に絶対的な重要性があり、かつ歴史的にロシアが直轄の勢力圏としてきた時期が長いクリミア半島については、国際社会の批判をものともせずに、正体不明の武装集団=ロシア軍を送り込んで制圧してしまうというなりふり構わぬ手法を取りながら、東部ウクライナへの侵攻を当面控えることで、欧米との交渉の糸口を探る、というのは、少なくとも軍事的・外交的な戦略における巧みさという意味では、プーチン顕在という感じである。

ただし中長期的にプーチンの大国外交をロシアの経済や国力全体が支えられるのかは定かではない。

でも、これを機会に西欧がウクライナを支援するというのなら、ロシアにとってもいいのかな?

ウクライナ情勢は直接的にも間接的にも中東情勢に大きな影響を与える。これについては少しずつ考えていきたい。

まず、黒海の対岸に位置し、クリミア・タタール人を同じチュルク系と考えるトルコはもっとも身近にこの問題を感じているだろう。ウクライナ問題についてトルコの新聞の論調を読んでいると、西欧ともロシアとも別の角度からものを見ていることがわかる。

民族的なつながりよりも大事なのが、地政学的要因。黒海の出口をイスタンブールで扼するという位置にいるトルコにとって、クリミアの帰属がどうなるかは重大な意味がある。

そしてNATO加盟国でありつつロシアやイランと良好な関係を築くという点に活路を見出してきたトルコにとって、ウクライナを巡って欧米とロシアが全面的な対決に至ることはきわめて望ましくない。両者がほどほどに距離があるぐらいの時には、「橋渡し」をしたり、漁夫の利を得たりできるのだが、対決が決定的になってしまうと、「どっちにつくのか」と迫られるからだ。

このあたりは、最近の日本も似た立場にある。

なぜだかわからないが、「プーチンの権力が強まれば北方領土が返ってくる(大意)」という議論が日本のロシア通からは匂わされて、下心のある政治家やらそれにくっついてくる学者やらが散々煽ったのだが、安倍政権はかなりそういった期待にかなり応えて動いてきていた。

もちろん、領土問題というのは政治的なモメンタムをつけるためで、実際には政権や経産省などは資源エネルギー政策の観点からロシアとの関係を重視しているのだけれども。

しかしウクライナ問題で緊張が高まって、たとえば今年ソチで開催されるはずのG8に欧米諸国は出ません、といったことになると、日本の立場が厳しく問われることになる。欧米諸国に追随してソチのG8サミットをボイコットすれば、それは北方領土は帰ってきませんよね。

そうでなくても、なぜ「プーチンだったら帰ってくる(かも)」などという議論をしていたのか、だれがどういう思惑で言っていたのかは、きちんと検証しなければなりません。そういうことをやらずに、単に話が面白い人の話を過剰に取り上げて読者を楽しませることしかしないのが、日本のメディアが国際基準では一流になれない最大の原因。

「もうちょっとのところまでいったけどウクライナ問題でダメになったんだよ」などという話にしてごまかす気だなあ。

まあ、西欧が本当に腹をくくって、アメリカからシェール・ガスも回してもらうことにして、ロシアの天然ガスは買いません、というところまでやれば世界全体は大きく変わるけれども。

その場合も日本が余ったロシアの天然ガスをどんどん買いますよ、ということになれば、今度は欧米との関係はもたないでしょう。

領土問題やらエネルギー資源での下心で日本がロシアにすり寄った、と見られれば、「価値を共有しない国」として日米関係はきわめて悪化するだろう。そこはもちろん中国や韓国がつついてくるだろう。

なお、アメリカから突き放された日本にプーチンが見向きもしないことは明らかだから、ここでロシア側に回って日本だけいい目を見ようなどというナイーブな考えは絶対に起こさないほうがいい。

そもそもロシアが「クリミアは絶対に返さないが北方領土は返す」などという結論を出すはずもないでしょう。

G8ボイコットというところまで行ってしまえば、欧米側につくというのが、日本の取りうる選択肢だろう。

事態がそこまでこじれる前に止める手段が日本にあるかというと・・・ないですね。

とにかくアメリカに対しても、ロシアに対しても、目立たないようにしているしかない、というのが現状です。

変に格好つけてロシアに人権と民主化で説教したりすると、今の殺気立ったプーチンだと、北方領土を中国に租借・・・などという話すら荒唐無稽ではなくなるかもしれません。

また、「アメリカが衰退した」という議論を変に狭い意味で文字通り真に受ける人たちは右派にも左派にもいて、そういった人たちが相乗作用で日本の外交を急転回させたりしないか、劇画みたいな話ですが、激動期には何が起こるかわかりません。

右派の反米ナショナリスト路線の言説が成算なくエスカレートする一方で、劣勢の左派も依然としてあらゆる機会をとらえて陰湿に反米で画策し続けており(しかし右派を叩くときだけアメリカのご威光・ご意向を振りかざす)、両者が合流すると、「アメリカ衰退」の時流に乗れという掛け声に乗って、もっと怖ーいプーチンの誘いに身を委ねたりしかねない。

そうなると、エジプトのように、アメリカと関係が悪化した(旧)同盟国が外交的自傷行為を繰り返す、という方向に日本までも落ちていくことになる。そんなことをして損をするのは日本国民なのだから、正気を保たないといけない。

アメリカが影響力を低下させていくのは当分の間続くのだろうし、そこで煮え湯を飲まされる機会が増えるのは日本のような親米の地域大国。しかしそこでキレたりスネたりしてしまえば、打撃を受けるのはもっぱら日本だ。

あくまでも高水準の生活を保つ(旧)米同盟国で歩調を合わせましょうね、という話をしているのだが、「反米か、親米か」のどちらか一本で議論をしないと理解してもらえない、というのがどうにも歯がゆい。

ウクライナをめぐるロシアと欧米の争いについては、意図的に日本の存在を消しておいて、万が一ロシアがものすごく困った状態に追い込まれて、なおかつそれが長期化した時には、日本にとって都合の良い状況になるかもしれません。それまで待っているしかないですね。ここでいきなり飛びつくという話ではないでしょう。

日本と国際メディア情報戦

数日前、NHKディレクターでノンフィクション作家の高木徹さんと対談をしていました。そのうちとある雑誌に出る予定ですが、対談の内容は出た時に紹介するとして、対談でも素材にした、高木さんの新刊をご紹介。

高木徹『国際メディア情報戦』(講談社現代新書)

高木さんとの対談は3度目で、最初は2003年に遡る。

(1)高木徹・池内恵「戦争と情報戦略 国際政治の中の目立たない国・日本」『本』2003年10月号、8-14頁
(2)高木徹・池内恵「世界中から日本人が「消えた」? 普天間、トヨタ問題で後手に回る背景」『中央公論』2010年6月号、176-184頁
(3)今回。某誌。まだゲラも出ていないので記しません。2014年4月号ぐらいなのかな。

また、高木さんの『ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争』 (講談社文庫)の文庫版解説や、『大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたか』書評も書いたことがある(『書物の運命』に収録されています)。

映像の人なので、私には感覚的に分かり難いところもあるが、従来の活字派・団塊・早稲田的(偏見ですが)な、単調な善悪二元論で暑苦しくしばしば見当はずれに描かれる戦争ものとは異なる、現代世界の本当の「戦場」をクールに描いている視点は一貫していて、また現実の進展とシンクロして発展していく。毎回対談が楽しみだ。

いずれの対談でも、「国家のPR」あるいは「国際メディア情報戦」について、高木さんが観察している最新の動向を伺いながら、日本の置かれた立場の変化や将来の見通しについて考えてきた。

今回対談をしたことをきっかけに過去の対談も読み返してみたのだけれども、10年間での変化の大きさ、特に日本の置かれた立場の様変わりは著しい。

皆様も対談を読み返していただければ、そのような将来の変化についての、二人の「見通し」というか「予感」は、まったくはずれていなかったと思う。このブログにでもいずれテキストを部分的にでも掲載したい。

お互いに「そうなってほしくはないが・・・」という文脈で語っていた悪い方のシナリオがどんどん現実化しているように見える。

先日書いたコメントも、そういった長期間かけて積み重なってきた関心と危機意識の上でのものです。

高木さんとの対談を含め、この問題についはまた書きましょう。