オバマのイラク問題への対策が明らかに

オバマが議会指導者との会合を行い、NSC会合を開いた後に、イラク政策をめぐって会見するというので待っていたが、GMT19日16時30分からのはずが遅れて17時30分ぐらいに開始された。要点だけ見て後は仕事に戻った。

会見での演説と質疑応答の内容は思った通り。

*当面の米の軍事的関与は「300人の軍事顧問団の派遣」にとどめ、イラク政府の特殊部隊の訓練に従事させる。
*偵察・インテリジェンスなど情報収集に時間を取る。早急な直接的攻撃には消極的。
*「数万人」といった規模の部隊の再投入は明確に否定。
*マーリキー政権にスンナ派を取り込んだ挙国一致政府の結成を求める。できないなら、「退陣しろ」とは名言しないが、支援を控える考えを濃厚に示唆。

オバマは米による直接的な軍事行動の可能性を否定したわけではないが、たとえあったとしてもそれは極めて小規模なもので、可能なら行わない。むしろ隠密裏での特殊部隊による急襲作戦で直接的に米国市民や重要な米国同盟者を救出するといったものになるだろうと予想できる。なにしろ冒頭の最重要項目が、「イラクの米大使館・人員を守る」なのである。

これらはオバマ政権のこれまでの対中東政策の理念と行動を丹念に分析していれば事前に容易に予想がついたことだ。別に米NSCの中に情報源などいらない。

官僚も含めて、そんな情報源を持っている日本人は「一人もいない」と断言していい。あるふりをしている方は怪しい。なくたって大丈夫なんです。ちゃんと公開情報を元に自分の頭で考えられれば。政治家やマスコミへの迎合とかを抜きにして、自分で調べて考えられる頭があれば、そしてそれを評価できる指導層がいれば、大丈夫です。そうやって知恵を絞れる知識層がいるか、指導層がいるかかどうかが、一級の国とそうでない国を悲しいほど厳然と分けます。

まだ分からない人がいるといけないので、以前にこのブログのエントリで書いておいたことを再掲してみよう(缶詰2日目~APUでイラクを想う)。

「現状のイラク情勢では米国が軍事行動に出るかどうかは主要な論点ではない。なぜか?オバマ政権が大規模な軍事行動をとらないだろうから。

オバマが先月の演説ではっきりさせたドクトリンだと、「テロは最大の脅威」としつつ、直接米国民に危害が及ぶようなテロの脅威がある場合以外は、対処は「同盟国にやらせる」ものとみられる。また、テロを産む政治環境の方を何とかしないとテロは終わらない、という認識。

アメリカ自身の軍事攻撃があったとしてもすごく限定的なものになるでしょう。邦人保護・救援に限定。それが「直接の脅威」への対処だ、というのがオバマ政権の立場でしょう。

日本での報道・論調は、いいかげん「こぶしを振り上げるアメリカ」を軸に報道するのをやめた方がいい。

現在の国際政治の焦点は「こぶしを振り上げないアメリカ」「振り上げても実は振り下ろさないアメリカ」を各地で各国がどう受け止めて、その結果何が起こるか、というものだ。」

ISISの伸張を受けて、またも「米がこぶしを振り上げた」「戦争になるぞー」という煽り報道をしようという動きが日本に出てきたのには驚いた。

確かにブッシュ政権時代の感覚からいえば、

中東で何か動きがある→米国が攻撃するという機運が高まる→その時だけ日本のマスコミ騒ぐ→米大統領が威勢よく会見→巡航ミサイルがドカーン

というバカバカしいほど分かりやすいパターンがあったので、それに慣れてしまっている人たちがいるのかもしれないが、オバマ政権ももう5年半過ぎた。

国際政治のパワーバランスも、米内政構造も米世論の機運も、政権の性質やスタイルも変わった。もうそのような単純な構図で準備して「祭り」のように中東国際政治を見世物的に報じることができる時代は終わっている。

普通に英語の新聞などを読んでいるだけで全く違う構図があり、論点があり、注目点があることがわかります。しかしそれと全く異なる言説が日本の新聞・テレビには溢れる。BBCをつけて見ているだけでも、実態は全く異なることが簡単にわかるのに、なぜ日本の視聴者に思い込みを押し付けるのか。

問題なのは、そういったメディアの要望に迎合し同調する専門家がいること。

そういえば、イランについても、「すぐにもイスラエルの攻撃がある」「イスラエルが攻撃すれば米も攻撃に参加する」「中東大動乱」といったマスコミ・ネタに同調する方々がいましたが、「アメリカはイランの核問題に関して異なる姿勢を取っている」「アメリカは冷淡」「アメリカの支援がない限りイスラエルが攻撃することはない」という点は明らかでした

オオカミ少年がいっぱいいたわけですね。

「大変だ~」「戦争になるぞ~」と騒いでメディアの片棒を担いだ方が、講演の話とかいっぱいくるし、政治家のアドバイザーになんて話にもなる。「学者」「専門家」にはそういった負のインセンティブがあるのです。一定程度オオカミ少年が出てくるのは不可避です。

重要なのは、誰がオオカミ少年かをきちんと判定して、そういう人がメディアの論調や、そして政策決定に(←ここ重要)影響を与えないようにすることです。言うだけなら言論の自由の範囲内ですが、悪影響を社会と政治に与えないようにすればいいのです。

日本もNSCを作って首相が機動的に外交・安全保障政策を策定していけるように制度を整えようとしていますが、それ自体はいいことですが、まだ旧時代に育った人材しかいませんので、器に見合った人員を揃えられるかは極めて不安。内外の変動期に「生兵法」で重大な過誤を犯してはなりません。

イラク情勢を見るために~20項目走り書き

カンヅメ状態で本を執筆すること4日目。佳境に入ってきました。イラク情勢についてもアップデートしているので、いくつか報告書を書きました。イラクで何が起こっているのか、現在の動きが何を意味するのか、将来的にどのような影響を及ぼしていくのかについて、だいたい次のようなポイントから見ています。走り書きメモをアップしておきます。

1.ISISの伸張は、直接的にはイラク内政においてマーリキー政権の支持層に多いシーア派との間の宗派紛争を引き起こしかねないことが危惧されるが、それにとどまらず、玉突き式に中東情勢に紛争や変動を引き起こす可能性がある。

2.ISISの中核部分は、アル=カーイダの思想に触発され、2003年のイラク戦争後にイラクで出現した「イラクのアル=カーイダ」をはじめとする諸武装集団の組織や人員から派生したものだ。

3.ISISがイラクの政府軍に対して有利に戦闘を行うほどの大規模な組織化を行い、高度な武力を備えて複雑な作戦行動をとるまでに拡大・進化したのは衝撃的である。

4.ここまでに拡大・高度化したISISをなおも「国際テロ組織」としてのみとらえることは適切ではない。当人たちが実際にテロ組織としての姿勢をソーシャル・メディアを使って誇示していることと、マーリキー政権やイランや欧米メディアがテロ組織としての恐ろしさを伝えていることの両方の要素が絡んで、実態が見えにくくなっている。

5.ISISとそれに呼応した勢力は、イラクの特定の地域において幅広い領域支配を行おうとしており、イラクの政治的文脈の中で確立した政治勢力になろうとしている。

6.その過程で、国際テロ組織としての発展とは別の、政治的な連合関係を構築し、一定の住民の支持を集め始めていると言える。ISISが少数の過激なイデオロギーを信奉する集団から、より幅広い支持者・支援者を持つ集団に変わりかけている可能性がある。

7.それによって、領域支配が固定化する可能性もあるが、イデオロギーを共有する強固な集団ではなくなるため、政治的・政策的・戦略的な立場の総意から分裂・仲間割れもありうる。ISISの中核は依然として強固な宗教イデオロギーを抱いた集団で、過酷な統治を行おうとするため、住民からの反発や、後から加わった勢力との同盟の解消によって瓦解・雲散霧消する可能性もある。

8.アル=カーイダというよりは1990年代前半にアフガニスタンで台頭したターリバーンと似てきている。政権を取るまでに行くのには、連合の分裂を回避し、住民の支持をつなぎとめる政策を持続的に打つ指導者と組織が必要だが、そのようなことが可能か、まだ分からない。

9.ISISはアイマン・ザワーヒリーが率いるアル=カーイダ中枢とは、組織としては自立化したが思想は継承・発展させた。イスラーム世界の腐敗した政権の揺らぎの隙をついて「開放された戦線」で大規模な武装化・組織化を行うという将来構想は、アル=カーイダの思想家(スーリーなど)が提示していた。ザワーヒリーはインターネットで「口先介入」をするだけで組織力や統率力がなく実績を挙げていないので実際の指導者とは言えなくなっている。

10.2005年末に成立した現行の体制に対して、当初からスンニ派主体の北部・中部4県は反対してきた(憲法制定国民投票はこの4県だけで反対票が過半数あるいは3分の2以上)。この4県が恒久的に不利な立場に置かれる制度・運営を行っていることが、現在の混乱の背景の制度的な要因と考えられる。イラク国家統合には大勢の再編・憲法改正が必要ではないか。

11.ISISの領域支配が定着すれば、シリア東部からイラク西部にかけて、世界各国から過激派集団を呼び込む聖域が成立しかねない。

12.シリア東部とイラク西部を切り取った、事実上の国境の引き直しが生じれば、同様の動きがヨルダン、サウジにも波及しかねない。

13.同様の動きはイラク北部のクルド地域にも連鎖しかねない。キルクークを掌握したクルド勢力とイラク中央政府の関係は将来的には緊張する。

14.この機会にイランが介入を深め、イラクを軍事的な勢力圏とすれば、アラブ諸国のスンナ派の反発から、宗派間対立が中東地域全体へ拡散する。

15.イラクでもおそらく実効性のある対処策を採れない米国の威信の低下は進む。

16.イランが米との部分的な「同盟」を呼びかけている。米国とGCC諸国との離反を狙うゆさぶりとして効果的。米国内の反サウジ、GCC軽視の世論を喚起すると共に、サウジをはじめとしたGCC諸国には、危機意識と米国への反発が高まる。

17.サウジをはじめとしたGCC諸国はISISを支援している、あるいはその台頭の原因となっているとして、イラクのマーリキー政権やイラン、そして欧米諸国から批判を受けている。この批判には正当な面とそうでない面がある。政府が直接支援しているとは言えない。しかし民間人の資金・義勇兵が参加していることは確かだ。

18.米・GCC間の離反が進めば、米国の支援を体制維持の根本的な支柱とするGCC諸国は不安定化する可能性がある。

19.「アラブの春」の各国の体制変動と動揺は、イスラーム主義過激派の大規模な武装化や組織化を可能にする「開放された戦線」を成立させた。アラブ各国に現れたこのような秩序が弛緩した空間にアル=カーイダに触発された諸組織が浸透しつつある。

20.そこから触発されてイラクの分裂、イランの伸張、サウジアラビアの動揺、米国の影響力の後退といった帰結が生じれば、ペルシア湾岸をめぐる地域大国と域外超大国のそれぞれの勢力と相互関係の大きな組み換えをもたらす可能性があり、それを通じて中東の地域国際秩序が生じるかもしれない。

缶詰2日目~APUでイラクを想う

自主缶詰2日目。まあまあはかどっています。

といっても本以外の仕事も積み残しているものを終わらせないといけない。

衛星放送やネットは不安定ながらつながっているので、イラク情勢の情報収集と分析もアップデートされています。

日本の報道はあまり見ていないのだが、毎回のパターンとして予想できるのは、「米国が中東で軍事行動に出る」という雰囲気になると、その側面でだけ日本のメディアが騒ぐ、ということ。

現状のイラク情勢では米国が軍事行動に出るかどうかは主要な論点ではない。なぜか?オバマ政権が大規模な軍事行動をとらないだろうから。

オバマが先月の演説ではっきりさせたドクトリンだと、「テロは最大の脅威」としつつ、直接米国民に危害が及ぶようなテロの脅威がある場合以外は、対処は「同盟国にやらせる」ものとみられる。また、テロを産む政治環境の方を何とかしないとテロは終わらない、という認識。

アメリカ自身の軍事攻撃があったとしてもすごく限定的なものになるでしょう。邦人保護・救援に限定。それが「直接の脅威」への対処だ、というのがオバマ政権の立場でしょう。

日本での報道・論調は、いいかげん「こぶしを振り上げるアメリカ」を軸に報道するのをやめた方がいい。

現在の国際政治の焦点は「こぶしを振り上げないアメリカ」「振り上げても実は振り下ろさないアメリカ」を各地で各国がどう受け止めて、その結果何が起こるか、というものだ。

「すぐ暴力をふるうけしからんアメリカ」を悪者に仕立てて、安全な立場から、自分だけ「良い子」になることを競う報道・論評をしていれば良い時代は終わっているのだが。まあそういうメディアの要望に応える専門家が多いのでそういう報道が正当化され自己増殖する。いい加減に学んでください。

問題は今のイラクには米国にとって同盟国として頼れる存在がいないこと。そもそもISISはマーリキー政権の政策が原因で米軍撤退後に再度出現し、一時はサウジなどの政府が、そして今でもサウジなどの国民の支持に押されることで、伸長している。マーリキー政権を支援すればかえってテロを増やしかねないし、同盟国であるはずのサウジに取り締まってくれと要請しても無理そう。

そこでイランが「同盟組まない?」と言ってきて、オバマ政権もなんだかそれに乗りそうになっている。

でもそうするとサウジをはじめとする湾岸産油国が一斉に不安定化し、イスラエルも危機感を募らせる。そしてイランは地域の覇権国としてそれらの国を屈服させようとするから、当然反発が生じる。

ちょっと抜け出して立命館アジア太平洋大学(APU)へ。激しい雨の中でも、学生さんたちが群れていました。

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明日はどこの空の下?

【無料公開中】「イラクとシャームのイスラーム国家(ISIS)」はイラク国家を崩壊させるか

6月13日に『フォーサイト』に寄稿したイラク分析が無料公開に切り替わりました。このエントリの末尾に本文を一応貼り付けておきます。有料に戻ったらたぶん削除するのかな?

(6月15日の寄稿は有料のままです)

フォーサイト編集部は、イラク情勢やISISを理解するための過去の記事をいくつかピックアップしてくれました。

有料のウェブ雑誌に書いたところで、個人的には経済的利益はたいしてないのですが、海外情勢分析が「産業」として成り立つには民間企業(出版社)が参入して、一定の質を維持しつつ商売として成立するという実例がないといけないと思うので、『フォーサイト』には極力書くようにしています。

2005年、まだ右も左もわからない頃から連載で中東分析を書かせてもらったことで、得難い訓練をできたという恩義もあり、この媒体には特別に協力しています。

しかし一般コンシューマー向けのサイトですので、読者によっては求めるものが違います。

特にそれが現れるのはコメント欄。「もっと低質のものを求む」と実質上言っているに近いコメントも多発し(数名がつけているだけですが)、そんなものを真に受けていると、そもそも書く意味がない媒体になってしまう。双方向性は制度的にかなり考えて構築しないと、機能しません。

考えてみるとこれ民主主義が機能するための制度的条件、という比較政治学の重要なテーマに関わりますね。

『フォーサイト』のコメント欄にはたまに、知的専門職とおぼしき読者からの高度なコメントが付いたりして議論が発展することもあります。そういった経路をふさぎたくないので、コメント欄を全部なくせとは言いたくないのですが、放っておけば議論をできない勘違い系の人が繰り返し低質・独りよがりのコメントをし、気に入らない相手に絡み、議論に負けるか相手にされないとしまいには編集部に難癖をつけるなど、品位が下がり、まともな読者が逃げる結果になります。

そもそも見当はずれに「金払ってるんだから云々」とコメント欄に書いた場合は、品位を乱すものとして編集部が削除するべきでしょう。それでうるさく街宣車みたいなコメントをつけてきたらコメントを書く権利を停止。日本は自由な国ですが、問題は他人の自由を侵害するタイプの言論に対しても偽りの「自由」つまり事なかれ主義が蔓延していること。

そういうものには個人で対抗するのではなく、制度的にはねる仕組みを作ればいいのです。いちいち頭のおかしい人に個人が立ち向かっていたら、体が持ちません。

なお、結局は国際政治についての現実に即した議論には一般コンシューマーがいない、商売にならない、ということが明らかになれば(すなわち日本の市民社会における高度で成熟した議論に絶望した場合)、私も頭を切り替えて、企業向けの契約での情報提供などの新たなモデルを考えるかもしれませんね。中間ぐらいの形態は財団・シンクタンクなどで寄付を受けて非営利で、ただし一定のハードルを越えてきた対象にだけ情報提供をするというものです。

個人的にはB to Cで読者に向かって書きたいというのが、私の生まれ育った性質ですが、一般読者は気分を満足させる断定論しか興味がないというのであれば、B to Bに切り替えるしかありません。それがうまくいけば大学院生とかにも就職先の産業が創出されるわけだし…ただしそうなると公共的な場での議論は後回しになって薄くなります。

そういう日が来ないことを願っていますが。その場合は、このブログも閉鎖ですので。

以下に無料公開になった6月13日の寄稿を採録しておきます。

池内恵「イラクとシャームのイスラーム国家(ISIS)」はイラク国家を崩壊させるか『フォーサイト』中東の部屋、2014年6月13日

 6月10日にイラク北部モースルを、イスラーム主義過激派集団の「イラクとシャームのイスラーム国家(ISIS)」が掌握した。ISISの勢いは収まらず、南下して、バイジーやティクリートといったイラク中部の主要都市を制圧し、首都バグダードに迫ろうという勢いである。

 2003年のイラク戦争以後、テロが止まず不安定と混乱でぐずつくイラク情勢だが、ISISの伸長が、全体構図に玉突き状に変更を迫り、周辺諸国や地域大国を巻き込んだ内戦に発展する危険性がある。

「国際テロ組織」の範囲を超えた武装民兵組織

 ISISは「アル・カーイダ系の国際テロ組織」と通常形容されるが、現在の活動はそのような形容の範囲を超えている。昨年3月にはシリア北部の主要都市ラッカを制圧し、今年1月にはイラク西部アンバール県のファッルージャを掌握、県都ラマーディーの多くも支配下に置いていた。

 確かに組織の発端はイラク戦争でフセイン政権が倒れたのちの米駐留軍に対抗する武装勢力の一つとして現れた「イラクのアル・カーイダ」だった。しかしシリア内戦への介入をめぐって、ビン・ラーディンやその後継者をもって任ずるアイマン・ザワーヒリーの「アル・カーイダ中枢」とは対立し、袂を分かっている【関連記事】。

 自爆テロを多用する手法には共通している面があるが、それは手段の一部であり、領域支配といったより大きな政治的野心を持つに至っているようである。イラク北部・西部や、シリア東部での活動ではテロを実行するだけでなく、内戦・紛争の混乱状況の中とはいえ、局地的に実効支配を試みている。所在を隠したテロ集団ではなく、政治勢力の一角に場所を確保する存在となりつつある。

 ISISは組織としてのアル・カーイダの中枢とは、継続性や協力関係を薄れさせているが、思想としてのアル・カーイダという意味では、「正統」な発展形態といえる。

 アル・カーイダの理論家アブー・ムスアブ・アッ=スーリーは、単発のテロで国際社会を恐怖に陥れる広報・宣伝戦を行うだけでなく、アラブ諸国やイスラーム諸国の混乱が生じればより大規模に組織化・武装化して領域支配を行う聖域(これをスーリーは「開放された戦線」と呼んだ【関連記事】)を作ることを提唱していた。長引くイラクの混乱と、2011年以降の「アラブの春」は、潜在的な聖域を各地に誕生させた。ISISがイラク西部と北部の機会をつかみ、一定期間でも聖域を確立して見せれば、世界のイスラーム主義過激派の中で一気に威信を高めるだろう。

 また、今回のモースル占拠や各地の掌握は、ISISそのものが強大化したというよりは、イラク中央政府とマーリキー首相に対する不満・不信・敵意を募らせた各地の勢力が、ISISと呼応して膨れ上がった可能性がある。ISISがいかに戦闘能力が高いとは言っても、このような短期間でここまで組織を拡大し、版図を広げることは考えにくい。イラク中央政府への反発からISISの支配に期待する民意が急激な伸長の背後にあるのではないか。モースルをはじめ各地のイラク政府軍部隊が、司令官をはじめ平服に着替えて逃走しているところから、中央政府の求心力が軍の中でも効いていない可能性がある。

イラク内戦の多層的なシナリオ

 イスラーム主義過激派による領域支配の出現という点だけでなく、より多方面への影響が危惧される。ISISの伸長は、イラクの諸勢力と周辺地域を巻き込んだ、幾層にも対立構図が交錯した本格的な内戦に結びつき、それをきっかけとして地域秩序の再編につながるかもしれない。

 第1の要素が宗派紛争である。ISISは激しい反シーア派のイデオロギーを掲げており、シーア派が優位のイラク中央政府と激しく対立するだけでなく、シーア派住民への攻撃を行いかねない。シーア派諸勢力がそれを座視しているとは考えられず、南部のシーア派地域に侵攻、支配すれば激しい宗派対立をもたらすだろう。すでにシーア派諸勢力の武装化・民兵化が呼びかけられている。イラク戦争後に、「イラクのアル・カーイダ」を率いたアブー・ムスアブ・ザルカーウィーが反シーア派のイデオロギーを宣揚し、2006年から2008年にかけての激しい宗派紛争をもたらしたが、ISISはこれを再燃させかねない。

 また、マーリキー政権はISISを「テロリスト」として過剰な攻撃を行いかねず、スンナ派地域への爆撃など、スンナ派住民全体への報復と取られる手段がとられた場合、各地で武装蜂起が呼応するかもしれない。

 また、バグダードのような宗派混住地域では武装集団同士の衝突やテロの応酬が生じかねない。

 第2の要素がクルド問題である。ISISの伸長はすでに、くすぶっていたクルド問題を劇的に動かしている。イラク北部のクルド人地域では、1991年の湾岸戦争の際に反フセイン政権で蜂起が起こったが鎮圧され、米国・英国による飛行禁止空域の設定でかろうじて庇護されて、事実上の自治を行ってきた。2003年のフセイン政権崩壊後は、イラク中央政府で大統領や外相など主要ポストを与えられつつ、北部3県(ドホーク、エルビール、スレイマーニーヤ)にクルディスターン地域政府を設立し、連邦的な枠組みの中での高度な自治を法的にも確保した。しかしクルディスターン地域政府の管轄外にもクルド人が多数を占め、歴史的にクルディスターンに帰属していると見なされている土地がある。代表的なのは大規模な油田を抱えるキルクークである。

 モースルを含むニネヴェ県もクルド人とアラブ人が混住する。クルディスターン地域で産出する原油の輸出収入の配分と共に、クルド人から見ればクルディスターンに属すると主張するこれらの地域の帰属に関して、武力で決着をつける動きが進みかねない。

 現に、ISISのモースル掌握、イラク政府軍の北部からの撤退を受けて、クルド人の武装組織ペシュメルガがキルクークを掌握したとされる。ISISに刺激され、政府軍の撤退の好機を受けて、クルド勢力が軍事的に版図拡大に乗り出したことで、今後のイラク中央政府との衝突が危惧される。

 構図はシリア北部・北東部と似ている。シリアではアサド政権に対する武装蜂起が各地で行われ、政府軍がクルド人地域から撤退すると、反政府派とは一線を画したクルド勢力が各地を掌握し、自治を行っている。政府側と反政府側のどちらからも距離を置いて「漁夫の利」を狙うクルド勢力は、紛争の次の段階においては逆に諸勢力から追及されかねない。

イスラーム主義の聖域か、シーア派の弧か

 第3の要素が内戦の国際化と地域秩序の再編である。内戦はイラクにとどまらず、周辺の地域大国を巻き込んで複雑化しかねない。イランはシーア派の聖地や住民を守るためと称して公然と軍事介入・攪乱工作を強めていくだろう。宗教の教義を巡る争いというよりは、ペルシア湾岸を挟んでイランとサウジアラビアの地政学的な闘争がイラクを舞台に繰り広げられているという構図だ。イラク内外の諸勢力が、イランとサウジアラビアの代理戦争に動員されることで、状況は一層複雑化し、収拾がつかなくなる可能性がある。

 ISISはイラクとシリアの双方に拠点を持ち、往復しながら勢力を拡大させた。ISISの活動や一定の領域実効支配が長期化・定着すれば、イラクとシリアの国境・領土の一体性は致命的に損なわれる。中東の国境再編という「パンドラの箱」が開きかねない。そして、イランはそこに乗じて介入し、イランからイラク、シリア、レバノンへと至る「シーア派の弧」に支配を広げるという帝国的野心を高めるかもしれない。米国の覇権が衰退局面にあるという印象が広まっている中東においては、そのような野心をイランが抱いたとしてもだれも驚かないだろう。

 ISISはイラクとシリアにイスラーム主義過激派の聖域を成立させるのか。あるいはそれに乗じてイランはシーア派の弧を拡張して飲み込むのか。その間隙を縫ってクルド勢力が悲願の支配地域拡大を果たすのか。

 影響は地域内にとどまらない。モースルやファッルージャといったイラクの北部や中部の治安の流動化は、米国にとっても意味は大きい。ブッシュ政権時代の後半に、ペトレイアス将軍による「サージ(増派攻勢)」でテロリストを掃討して「平定」したことで、イラク戦争を「成功」とみなして撤退する根拠となったが、米国がかろうじて確保したイラクでの成果を、ISISの攻勢は一掃してしまった。米国の世論に与える衝撃は大きい。短期的にはそれはオバマ政権の「弱腰」に起因するものとして米国の内政上は議論されるだろうし、オバマ政権にとってはこれに実効性ある対処策を講じられなければ決定的に威信と影響力が低下してしまう。地上軍の派遣はあり得ないが、ドローン(無人飛行機)による攻撃などで参戦し、一層複雑化する可能性もある。

 ISISそのものは、その過酷な統治のスタイルや計画性のない行動などから、領域支配を長期的に持続し拡大することはできないかもしれない。しかしISISの伸長が、危ういバランスによってかろうじて保たれていたイラクの領域主権国家というフィクションを突き崩し、解体・雲散霧消させるきっかけとなるかもしれない。

(池内恵)

まさに激変する湾岸の安全保障環境

先ほど、「激変する湾岸の安全保障環境」についての最近の論考についてアップしましたが、まさにペルシア湾岸産油国のもっとも重要な国、サウジで気になる動きが相次いでいます。

5月20日に発表されたところによれば、サウジのアブドッラー国王がモロッコで静養し、サルマーン皇太子が執務を代行するとのこと。
Saudi king on holiday, crown prince in charge: royal court, Reuters, May 20, 2014 11:12am EDT

アブドッラー国王は今年で90歳とされる高齢ですから、過去にも手術や長期静養で国を離れることがあり、アラブ圏のいかがわしいニュースサイトではしょっちゅう危篤説や死亡説が流れています。

今回も、単に静養や治療で国を離れて、また戻ってくるだけかもしれません。

そもそも「アラブの春」の変動が起こる前は、サウジの国王は長い夏休みをとって国を離れて、保養地に行ってしまったものでした。「アラブの春」の時も海外で静養していましたが、急遽戻ってきて、2011年は真夏もサウジのお役人さんたちが自国でせっせと働いているという珍しい光景が見られました。体制の存続がかかっていましたからね・・・

というわけで、国王が以前のように治療・療養で国を離れられるというのは、変動が一段落して安定したとみることもできないことはありませんが、年が年ですから、「ついにXデーか」という憶測が出回るのは不可避でしょう。

最近、サウジの最高指導層の人事移動が激しい、というところが、こういった憶測を加速させます。

時間がないのでデータはまたの機会に回しますが、次のような意味を持った人事が頻繁に行われています。

(1)すでに高齢化したサルマーン皇太子の次の「第二皇太子」に、第2世代王子では最年少のムクリン王子を任命した。→初代アブドルアジーズ国王の子の世代(第2世代)での権力継承の手順を確定した。

(2)第三世代王子の中から、軍・国家防衛隊など治安機構の副大臣を任命し始めている。→第3世代への権力継承の漸進的な進行。
(3)アブドッラー国王の子息が重用される一方、有力家系のスデイリ・セブン系統の第三世代王子で更迭されている者がいる。→ファハド前国王やスルターン前皇太子などのスデイリ・セブン系統の王子と、アブドッラー国王とその子孫および「その他」連合との権力闘争の発生?(そんな単純ではないでしょうけれども)

→はよくある憶測・推測・解釈(の一部)。

しかしこれらの人事が相互に必ずしも一貫していなかったり、一度任命された人がすぐに更迭されたりしているので、スムーズにいっているようにも見えないのです。アブドッラー国王が次世代に及ぶ安定的な体制を確立しようとする動きとも見えるのですが、逆に、権力闘争が激化して主導権が頻繁に移ることによってあらわれている動きかとも邪推させます。

さらに、国際関係では、3月13日、サウード・ビン・ファイサル外相(ずっと以前から登用されている第三世代王子ですね)が、突如、イランのザリーフ外相をリヤードに招くと発表。

イランの台頭におびえ、米国の弱腰や対イラン接近に憤り、突出した行動をとって攪乱するカタールとそれに支援された中東各地の諸勢力の引き締めに本腰を入れる、というのが昨年来のサウジの動きで、湾岸国際政治の基調となっていますが、今回のサウジによるイランへの手の差し伸べが何を意味するか、大変注目されています。

サウジの内外の動きが激しくなっています。

どうなるのでしょう。

ドーハ1泊4日弾丸出張の仕組み

カタールのドーハに出張に行ってきました。いろいろ面白いものを見ることができました。偶然が重なってカリブ海の小さな国の外務大臣との会食に同席したりしていました(ここは本業や渡航目的と関係ないですが)。

今回の日程は「1泊4日」。

現地のホテルに泊まるの一泊だけで、行きと帰りが機中泊、という意味です。
日本時間の夜に出発して(1日目)、現地の早朝に到着し、その日(2日目)と翌日(3日目)に用事があり、夜ご飯を食べた後に現地で日付が変わったぐらい(4日目)の頃の深夜発の飛行機に乗って戻ってくる。日本には4日目の夕方に到着。

これは行きも帰りも深夜発の便がある国でないとできないやり方です。

その点、湾岸産油国は、エミレーツ(UAEのドバイ)、エティハド(UAEのアブダビ)、カタール航空が揃って深夜便を飛ばしていますので、弾丸出張がやりやすくなりました。ヨーロッパ経由だと行きも帰りも一泊して乗り継がないといけない場合がほとんどです。

以前は、西の方に行くというと、「ヨーロッパ回り」か「南回り」という区別があったような気がします。北極圏を飛んでいくヨーロッパ回りの方が、乗継をして中東などに行くにしても快適で比較的短時間で済むが高い。それに対して、日本を飛び立ってまず延々と南に下り、乗り継いだり給油したりしながら中東やアフリカやヨーロッパ方面に向かう「南回り」は時間がかかって、途中で夜中に空港で給油で下されたりしてきついが料金が安い…といった区別があったような気がします。

しかしペルシア湾岸の諸国が、「日本深夜発で現地早朝着、乗継でヨーロッパや中東やアフリカへ」という路線を開拓して、「ペルシア湾岸での乗り継ぎ」という第三の選択肢が定着しました。

この航路を開発したエミレーツの功績は大きいと思います。

最初は成田や羽田の発着枠がなかなか取れなかったので、関空発や名古屋発でやっていましたね。

ペルシア湾岸産油国のハブ機能は、日本・南米間の結節点としても良い位置にあるので、日本⇔ブラジルの日系人の里帰り出稼ぎルートもペルシア湾岸経由が中心になりました。それ以前のアメリカでの乗り継ぎが、9・11事件以後のセキュリティの強化で、トランジットだけでの「入国」にも多大な時間と労力がかかり、乗継に遅れる危険も出るようになったところに、ペルシア湾岸産油国の航空会社が代替肢を示して、シェアを大きく伸ばしたようです。

ペルシア湾岸ではありませんが、トルコ航空も深夜便ができたので、同じような使い方ができそうです。

国際政治の大きな動きと、ペルシア湾岸産油国の独自の開発戦略が、日本と海外のかかわり方も変えることになっています。

カタールのエスノクラシー、原資は日本

週明けの弾丸出張で、カタールのドーハに、3月に続いてまた行くのですが、いつものことながら湾岸産油国に行くのは気が重い。エジプトやシリアやレバノンで中東研究の基礎を学んだ私自身の経験が影響しているのかもしれないが、文化的な深みや知的活動の活発さ(質はさまざまだが)があるエジプトやレバント(シリアやレバノン)には、どんなに厄介な条件があっても、いざ行くとなるとわくわくする。

しかしペルシア湾岸の産油国は、国全体が「ドラ息子養成システム」にしか見えないことがあり、失望や困惑を最初から味わうことが多い。だいたい、行ってもほとんどカタール人やUAE人といった、現地の国籍を持って永住権を持っている人にほとんど出会わないのだ。会議でも挨拶の部分は現地国籍の人でも、中身になると外国人同士のやり取りになる。ペルシア湾岸産油国では、カタールやドバイなど、人口の過半数が外国人労働者で占められる首長国も多く、実質的な経済活動は外国人が担っている場合がほとんどだ。

「新興国ビジネス」を推進する側からは、石油・天然ガスで潤うペルシア湾岸産油国は夢の国のように描かれがちだが、実態はそんなものではない。少なくとも日本人にとっては。もちろんむやみに大きなモールやビーチを楽しみに行くだけならいいが、仕事で行くとなると、「エスノクラシー」とも呼ばれる、国籍によって身分・権利・待遇に厳然と差をつける、「詳細なアパルトヘイト」と言ってもいいような制度の暗く重苦しい空間に放り込まれる。そこでは産油国の国籍を持った市民が経済特権を持つ一級市民で、その中で首長家や有力部族家が政治的な権利を持つ主権者である。

欧米人は産油国の一級市民とほぼ同格の経済的地位を与えられ、法外な報酬を得る。しかし産油国に来る欧米人の側は「本国で食い詰めて、金に釣られて地の果てに来た」という都落ち意識が強く、「こんなとこにいられねーよ」とくだを撒き、「儲かるからいてやる」と露骨に差別意識で凝り固まっている。

日本人はと言うと、欧米人と比べるとびっくりするほど安い給料でなぜか自発的にせっせと働いてくれる、都合のいい中間技術者として重宝されることがある。重宝といってもヒエラルキーの中ほどに位置する使用人として扱われているだけで、「アラブ人は親日的」なんてことはありません。単に欧米人に対して感じるコンプレックスを日本人に対してはまったく感じないので「気が楽」と言うだけ。「日本は素晴らしい」とか言っていた人の前に金髪・青い目・白人限定の欧米人が通ると、突然上の空になって、露骨に「ピュー」とそっちに行ってしまいます。

欧米の国際メディアや人権団体からそれほど強く批判されないのは、やはり金の力。仲良くしていればいいことがあるかもしれない、となるとみんな黙る。欧米人を十分に儲けさせ、いい思いをさせているから、湾岸産油国はある程度以上叩かれないのです。あらゆることで西欧から「人権侵害」を批判されてしまうトルコなんて、天と地の差があるほどの人権・民主化先進国なのにね。

湾岸産油国は、欧米社会の裏表を露骨に感じることができる空間でもある。そういう意味でたいへん勉強になります。

「セカイ」を知るためにいいんじゃないでしょうか。

2022年ワールドカップも「金で買った」疑惑が広く知られているが、追及の矛先は鈍い。

そしてワールドカップに向けて各種施設の突貫工事が続くのだが、そこでの労災死の数が尋常ではない。亡くなっているのはもっぱら末端の建設労働者だ。この職種はエスノクラシーではインドやパキスタンやネパールなど南アジア系の出稼ぎ労働者に割り当てられることが多い。労働者は「カファーラ」と呼ばれる雇用・ビザ形態により雇用者に非人道的にしばりつけられ、極端な低賃金、劣悪な生活条件で働かされ、抗議しようものならビザ・パスポートを取り上げられ「不法滞在」として刑務所に放り込まれて懲らしめられたうえで国外追放となる。

一つのレポートでは、2010年のワールドカップ招致決定以来、カタールでネパール人労働者が400人以上死亡しているという。2013年だけでも185人のネパール人労働者が死亡している。

そして、インド人労働者は2012年初から2014年1月までの2年余りで500人以上死亡しているという

カタール政府は反論しているが、数字については争っていない

実際の数字はもっと多い可能性すらある。インド人とネパール人労働者だけで2010年以来1200人が亡くなっているという数値もある

人口当たりの労災死者の数を日本に大まかに換算すると、「2020年東京オリンピックまでに、施設建設で毎年移民労働者3万人以上が死んでいきます」といったイメージになる。それでもオリンピックやりますか?と問われたら、日本ではできないだろう。(なお、メインスタジアムの設計は、日本のオリンピックと同じくアラブ系イギリス人のザハ・ハディード

これに、同様に現場の労働者として従事することが多いフィリピン人やタイ人やマレーシア人など東南アジア系を入れると、労災死の数はどれだけになるか見当もつかない。

批判しているのはインド政府や欧米の人権団体だが、それに対してカタールなど湾岸産油国の政府は欧米人の法律家やメディア・コンサルタントを雇って、欧米の法律用語を使って欧米メディア上で反論するので、ある程度以上の追及はなされない。外から見ると、欧米人が批判して欧米人が反論して高い報酬をもらうというマッチポンプにも見える。

なお、カタールの居住人口は2010年のセンサスでは169万6563人で、74万4029人とされた2004年から倍増。増えた大部分は外国人の出稼ぎ労働者であることは確実だ。男女比が76対24というのだから普通の出生で増えたものではありえない。

居住人口のうち、カタール国籍を持つ者が何人いるかは明確ではないが、今回のカタール政府の反論の中では「25万人」で85%が外国人だとしている。そうすると居住人口は外国人労働者を含めて167万人程度と把握していることになる。

昨年後半から今年にかけて、特に目新しい話題でもないワールドカップ招致裏金疑惑や、これまでもわかっていたはずの尋常ではない数の労災死について報道が出てきた背景には、湾岸産油国内部での対立がおそらく影響している。

3月にはサウジアラビア・バーレーン・UAEがカタールから大使を引き揚げて対決姿勢を明確にしたが、これに先立つ時期にカタールをめぐるスキャンダル報道が続出したのは示唆的だ。結局、サウジ系のマネーの力が有形無形に作用して欧米メディアや人権団体のカタール批判が拡大したのだろうと推測できる。

労働条件の悪さや、国際的スポーツイベントの招致・開催に関する不透明さでは、カタールは他の湾岸産油国と質的に変わりない。デモを弾圧しながら毎年強行するバーレーンのF1グランプリその一例だ。

カタール首長家の全面的支援によりドーハに設立されたアル=ジャジーラでは、カタール以外の湾岸産油国の人権侵害は頻繁に報道するのに、スポンサーのカタールのことになると沈黙する、という印象が強く、近隣の産油国にとって腹に据えかねることだ。

ムスリム同胞団への支援などで湾岸産油国内部の対立が激化したことを背景に、サウジに近い筋が欧米メディアや人権団体を刺激してカタール叩きをやらせているのだろう、とまともに中東を見る人なら即座に推測できなければならない。サウジ王家の中枢から直接的にそういう働きかけがなされたかどうかはともかく、欧米メディアや人権団体も、潜在的なパトロンのサウジやUAEの顔色をうかがっていて、「カタール不利」と見ると、サウジからの「ゴーサイン」が出たと認識し、いきなり居丈高にカタール叩きをしている、といった雰囲気だ。

するとカタールも欧米の人権問題専門の弁護士やメディア・コンサルタントを雇ってこれに対処するので、産油国はうっぷんを晴らしたり胸をなでおろしたりする一方で、欧米の各方面も潤って「win win」、・・・という、どうしようもない構図がある。

4月17日のGCC緊急外相会合で、サウジとカタールの和解への一歩が模索されたとみられるので、今後は相互の批判は収束していき、それと共に欧米メディアや人権団体の批判も弱まって、カタールの労働者の人権問題も改善されたかのような印象がどことなく広がっていくのだろう。

そして、この空騒ぎの原資は、原発が止まったからと足元を見られてとてつもない額で天然ガスを買わされている日本が出している、というのも腹が立つ話である。

空騒ぎと言っても実際には多くの人命が人知れず失われているわけで、劣悪な条件で法的権利を奪われて使い捨てにされているインド人・ネパール人労働者の命と、日本の電力消費者の懐から知らずに出ていくお金がつながっている、と言うことも、日本人には気づいてほしい。「新興国バブルに乗れ」と煽るだけではなく。

サウジとカタール和解か?

 世界のエネルギー安全保障に重大な影響を与えるGCC諸国だが、その内紛が激化して心配されていた。

 最近の経緯はこんな感じ。

3月4日 GCC外相会議⇒カタールとサウジの対立激化。カタールのムスリム同胞団への支援と、アル=ジャジーラの批判的報道にサウジ・バーレーン・UAEが反発
3月5日 サウジ・バーレーン・UAEがカタールから大使召還を発表
3月25・26日 アラブ連盟首脳会議(クウェート)⇒歩み寄り見られず
3月28日 オバマ大統領サウジ訪問⇒GCC共通の同盟国・保護国であるアメリカとの隙間風の印象拭えず

 サウジ・バーレーン・UAE対カタールで激しく対立し、その中間にクウェートとオマーンがいてとりなしているが双方譲らず、という構図だったが、先週あたりから、そろそろ一定の歩み寄りがあるのでは、とうわさされていた。

 そんな中、4月17日にリヤードでGCCの緊急外相会合が開かれた模様だ。そこではこんな感じの「手打ち」が行われるよ、という事前の観測記事が出ている。

“Rift within GCC ‘coming to an end’: Reports indicate Qatar will expel Gulf citizens active with the Muslim Brotherhood and tone down Al Jazeera coverage,” Gulf News, 15:28 April 17, 2014.

カタールが何名かムスリム同胞団の活動家とされる人物を国外退去させ、エジプトでの軍政対ムスリム同胞団の抗争で軍政に批判的なアル=ジャジーラの放送を若干控えさせるとのこと。

 最終的にどうなったのか、いろいろな情報はありますがまだ定かではありません。

 エジプトで軍政支持(およびサウジ支持・反カタール)を鮮明にしている『マスリー・アルヨウム(今日のエジプト人)』紙は4月17日夜にホームページに掲載した記事で、「カタールはムスリム同胞団への支持の停止とエジプト情勢から距離を置く合意で調印した」と、クウェート筋を引いて報じている。

 同じく4月18日早朝の報道だが、サウジアラビア資本で、カタールのアル=ジャジーラと競っている衛星放送『アラビーヤ』は、GCCの再結束のための「コンセンサス」が得られたと報じる。

 『アラビーヤ』のアラビア語版ホームページに載った記事ではもっと詳しく、カタールはGCC諸国の国民を帰化させない(=各国の反体制派を匿わない)、ムスリム同胞団の団員を追放する、プロパガンダをおこわない(アル=ジャジーラの報道を管制する)、といった点でサウジなどの要求を受け入れたという。合意の実施の方法を話し合うために、約2週間後に再びGCC関係国の外相会合を開くという。

 なので、実際に誰を追放するのか、アル=ジャジーラをどの程度統制するのかなどで、また紛糾しないとも限らない。

 また情報が出てきたら書いてみましょう。

 GCC諸国の政治、特に外交政策は、国王はじめ数名で決まるので、公開性・応答責任はゼロ。

 通常の政治学や国際関係論の研究はやりにくい対象です。そこをなんとか、手がかりを見つける人が出てくるといいのだけれど。

アラブ連盟サミットに向けて

 カタールのドーハに来ています。

 先日書いたように(「オバマ大統領のサウジ訪問でGCCの内紛は収まるのか」)、オバマ大統領のサウジ訪問の際に行われる予定だった米・GCC首脳会議が中止になり、GCCの内紛の激化が印象づけられましたが、その渦中のカタールです。

 といっても、私の出る会議は宗教・政治の関係なので、直接外交問題については議論にならないだろう。若干、一人の参加者に陰で聞けたらいいなと思うことはあるが、そもそもこの状況下では来ないかも・・・
 
 クウェートで25・26日に行われるアラブ連盟首脳会議に先立って、22日にアラブ連盟外相会議が行われてアジェンダ設定がなされたが、シリア問題でも、エジプト問題でも、対イランでも歩調が合わず(「アラブ連盟サミットを対立が支配する」アル=ジャジーラ3月24日)、GCCの内紛の調停についても表立っては進展がなさそう

 今回の議長国はクウェートだが、サウジとカタールの対立ではクウェートは中間の立場におり、仲介役が期待されている。クウェートはGCC諸国の中で唯一、それなりに権限のある議会を選挙で選出しており、メディアの自由度も高い。ムスリム同胞団やシーア派にも政治的な発言権や事実上の結社の自由を与えている。

 この点で、「シーア派⇒完全に沈黙させる」「ムスリム同胞団⇒テロ組織と認定して完全に息の根を止める」というサウジ・バーレーン・UAEの立場とは異なる。

 かといってカタールのやっている、自国では政治的権利を厳しく制限しておきながら、他国ではムスリム同胞団などを支援し、カタールを批判しないという暗黙の了解の下で民主化活動家にカタール内に拠点を作らせ資金を与える、というような手法はクウェートは取っていない。

 こういった背景から、クウェートの立場はサウジとカタールの中間に位置する。

 カタールとしてはクウェートを引きつけておいてGCC内での孤立を防ぎつつ、サウジとの緊張緩和の糸口も探りたいのか、クウェートでのアラブ連盟首脳会議には積極的に参加しているようだ。

 カタールとしては、舞台裏で和解に向けた協議が行われそうだ、という印象は醸し出して、先行き不安を打ち消そうとしている模様です。

 サウジの方は、国王もサミットに来ないし、多国間の枠組みは当面無視して、エジプトの軍主導の政権を個別に支援する、シリアで忠実なイスラーム主義勢力を選別して支援する、といった動きを強めそうです。

 エジプトでは3月24日に、南部メニヤの裁判所がムスリム同胞団の主要幹部から末端の活動家まで529名に一度に死刑判決を出すという、馬鹿馬鹿しい状況になっていますが(政府に反対する者には何でもかんでも「懲役」「死刑」を宣告する一人の判事が中心にいます)、こういった動きの増長の背景には、サウジとUAEの個別経済支援への期待があることは確かです。

オバマ大統領のサウジ訪問でGCCの内紛は収まるのか

 オランダのハーグで行われる第3回核安全保障サミットに注目が集まる。ロシアのプーチン大統領が欠席するので、ウクライナ危機について西側諸国が一致してどのような対応を取れるのかが問われる。

 日本にとっては、日米韓の首脳会談が行われるかどうか、そこで韓国の朴大統領がどのような態度に出て、オバマがどう反応するかが、今後の日本の外交の方向性あるいは少なくとも「雰囲気」をかなり強く規定するだろう。

 というわけで結局、米国オバマ大統領の動向が軸になる。オバマ大統領/政権の外交に関しては世界的に期待値がかなり下がっているけれども(そもそも期待値を下げることがミッションだと心得ている大統領なのかもしれない)、いっそうその期待値が下がりそうな欧州歴訪であり、それによって生じる余波が各地・各方面で心配である。

 「どれだけ米国の大統領が影響を与えたか」よりも「どれだけ米国の影響力が下がったか」が注目され確認される歴訪となるかもしれない。

新聞記事などによると、たぶんこういう日程。

3月24-25日 オランダ・ハーグ 核安全保障サミット
3月26日 ベルギー・ブリュッセル EUと会議
3月27日 イタリア・ローマ バチカン訪問、イタリア首相と会談
3月28日 サウジ・リヤード アブドッラー国王と首脳会談

 あんまり知られていないかもしれないけれども、オバマは欧州歴訪後にサウジの首都リヤードに立ち寄る。

 これは中東専門家にとってはかなり感慨深い訪問。

 前回のオバマのサウジ訪問は、2009年6月3日。あまり記憶している人はいないと思う。

 翌6月4日に、エジプト・カイロで、いわゆる「カイロ演説」を行った。こちらはずいぶん話題になった。
 
 しかし、幾億光年遠ざかったか、と思えるほどの、その後の状況変化。中東も、アメリカの立場も。

 私も当時オバマ演説について解説を書いたけれども、

池内恵「洗練の度を深めるオバマの対イスラーム言説」『フォーサイト』2009年7月号
 その後、オバマ大統領の言説の華やかさ、洗練の度合いの高さと、政権が実際に行うこととの落差の激しさを幾度となく味わうことになった。

 今回のサウジ訪問では、当然サウジアラビア発のニュースでは、「米・サ関係維持・強化」を謳い上げるだろうが、実態はそのようなものではなく、白けた空気が現地でも世界全体でも漂うだろう。

 「アラブの春」でムバーラク政権を早期に見捨て、ムスリム同胞団の政権に期待をかけたオバマ政権にサウジは大きく失望している。シリア問題では理念を高く掲げながら何もしない口先介入を繰り返し、そしてイランとの取引にのめり込むオバマ政権とサウジとの関係悪化は周知の事実。

 そこでサウジは中国に秋波を送ったりしている。

 しかしサウジにとってアメリカ以外に頼れる安全保障の保証人がいないことも事実。

 そして、サウジを筆頭にしたGCC(湾岸協力会議)諸国の結束が今、大きく揺らいでいる。中核はサウジとカタールの間の対立。欧米的な民主化・市民社会勢力の一部を支援し、ムスリム同胞団に強く肩入れするカタールと、ムスリム同胞団を「テロ組織」に指定(3月7日)して、エジプトのクーデタで生まれた政権を全面的に支援するサウジとの対立が抜き差しならなくなった。

 3月5日にはサウジが属国のようなバーレーンに加えUAE(アラブ首長国連邦)と共に、カタールから大使を引き揚げた。

 大使を引き揚げるだけならよくある揉め事のようにもみえるが、どうももっと深刻な話らしい。政策が王族・首長の内輪で決まる、透明性がない国々だから、詳細はもっとじっくり分析してみないといけないが、短期間に収まる話ではないようだ。

 カタールはサウジアラビアから突き出した小さな半島なのだが、サウジはカタールへの制裁で物資や人の流れを止めることまでちらつかせている。

 本来は、今回のオバマ大統領のサウジ訪問では、GCC諸国の首脳が一堂に会して米・湾岸首脳会議を行う予定だったが、GCCの首脳同士が相互の激しい対立で同席できる状態ではなく、サウジ国王だけがオバマと会うことになった。

 GCC諸国とは米国は個別に安全保障協定を結んで、それぞれが実質上の米の同盟国である。

 米国の覇権の希薄化が、米同盟国同士の対立を抑制する力を弱めていると考えてよいだろう。

 GCCの結束の乱れは、ペルシア湾岸産油国の政治的脆弱さにつながりかねない。それは日本のエネルギー安全保障に大きな影響を及ぼす。

 今回のオバマのサウジ訪問を通じて、「米国にとってはもうペルシア湾岸産油国はそれほど重要ではない」という印象が広まると、各国の内政や、地域国際政治に不透明性が増す。日本にとっては依然として重要な地域なので、気になるところである。

トルコの3・30地方選挙がエルドアン政権の将来を左右する

トルコで3月30日に行われる統一地方選挙(各地の市長選挙)は急速に、デモと汚職追及で荒波に揉まれたエルドアン政権への民意を図る、重要な意味を持つものとなってきました。

昨年までは(1)統一地方選挙で勝って、(2)その勢いで8月の大統領選挙に鞍替え立候補して勝利し、(3)2015年の議会選挙で勝利して大統領権限を強める憲法改正を行い、「皇帝」(むしろ「スルターン」か)のように君臨しようかという勢いだったエルドアン首相ですが、一気にレイムダック化する可能性すらささやかれています。

『フォーサイト』に解説を書きました。

たぶん普段より非常に平易に書いています。

「エルドアン首相はトルコの「中興の祖」となれるか」『フォーサイト』2014年3月19日

有料購読はちょっと・・・という人向けには、いくつか英語で読めるものをご紹介。

“Opinion: Turkey’s local elections are an important barometer,” Asharq al-Awsat, 2 Mar, 2014.

“Turkey’s Forthcoming Elections,” Middle East Forum, March 7, 2014.

“Turkey Goes to the Ballot Box: 2014 Municipal Elections and Beyond,” Brookings Institution, March 13, 2014.

リビアの謎のタンカーは米海軍特殊部隊が拿捕

 リビア東部の民兵集団が占拠した石油施設から原油を船積みして追っ手を振り切って外洋にでたタンカー「モーニング・グローリー号」が、3月16日深夜に米海軍特殊部隊SEALSが強制的に乗り組んで拿捕した模様です。

“U.S. forces seize tanker carrying oil from Libya rebel port,” Reuters, March 17.

“UPDATE 3-U.S. forces seize tanker carrying oil from Libya rebel port,” Reuters, March 17.

 この件について、『フォーサイト』にまとめておきました。

「リビア反政府民兵のタンカーが米海軍特殊部隊によって拿捕」『フォーサイト』2014年3月17日

有料ですが、素材は主にLibya Heraldから、

“Oil stoppages cost Libya over $10 billion – Abufunas,” Libya Herald, 31 December 2013.

こういった記事をひたすらちくたく読んで整理したものです。ですので、こういった元記事を読んでいただいても良いです。

 前回のものは無料公開になりました。「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日

 このブログでは「リビアの石油のゆくえ」でも続報を書いていましたが、一応このタンカーについては国際市場への密輸を阻止したようです。

 タンカーの行方を把握し、ミサイル駆逐艦ルーズベルトを拠点とする特殊部隊によって制圧した米国は、リビア中央政府への支持と、国民統合への支援の意志と能力を見せたと言えるでしょう。

 しかしリビアでは、賃金未払いへの抗議とか、部族の中央政府への要求とか、民兵集団による地域主義・利益配分の要求とか、選挙されながら結果を出していない国民全体会議(議会)への解散要求とかで、しょっちゅう石油施設が閉鎖されています。

 それに対して中央政府はしばしば「最後通牒」を突き付けて「軍部隊で突入するぞ」とか言っていますが、実際には突入しないで誰かが仲裁して「まあまあ」と収めているようです。

それを「生ぬるい」といって別の所でデモが起きてそのまま政府施設や石油施設を占拠しちゃったり、占拠が解除された場所にまったく違う勢力が入ってきて占拠したり、そもそも取り押さえるはずの軍部隊が元来は民兵集団上がりで、しょっちゅう占拠する側に回る、というカオス的だがなんとなく自生的秩序がある状態が続いております。

 まあ分離主義になるより、中央に要求を出しているだけ、国民統合の観点からはマシとは言えます。その意味で、今回米軍の実力行使で国際石油市場への独自の輸出ルート確立を阻止したのは良かったでしょう。

 しかしこういった原則・基準は国際政治のパワーバランスや規範の推移の中で変更が可能なもので、1990-91年の湾岸危機/湾岸戦争以来、米国と協力してきたイラク北部のクルディスターン地域政府(KRG)は、トルコを経由した密輸を実質上黙認されようとしています

 そんな話も、トルコを軸に解説していきたいですが、事実関係だけなら例えば、経産省の外郭団体に組織された「イラク委員会」のホームページには、イラクとトルコをめぐる外務省の公電(新聞切り抜き)が抜粋で載っていますから、それを昨年11月頃から、そのような意識で見ていくと、何が起こっているのかぼんやり浮かび上がってきます。

リビア政府は領域一円支配を取り戻せるか

 タンカーの行方よりももっと重要なのは、これをきっかけに流動化したリビア内政がどこへ向かうか、ということ。

 リビアの暫定政権を構成する国民全体会議(議会)は、この問題でザイダーン首相を不信任決議して解任。ザイダーン首相には汚職の嫌疑もかけられ、逮捕される前にマルタを経由して西欧に逃亡した模様。

 まあこれだけを見るとよくある「混迷深まる中東情勢」という決まり文句で収まりそうだけど、もう少し考えてみよう。

 まず、この動きが中長期的な混乱の激化のきっかけとなるのか。現象だけ見ていると混乱しているように見えるけれども、むしろこれをきっかけに、国民全体会議に集う各地の勢力が一体性を取戻し、国軍・治安部隊と一体となって全土の掌握を取り戻す方向に行く、という可能性もある。

 後者を匂わせているのがフィナンシャル・タイムズ紙の記事だ。

 “Libyan troops attack oil rebels,” Financial Times, March 11, 2014.
 
 「16か月権力の座にあったザイダーン氏の解任はリビアにさらなる不安定をもたらすかもしれない。しかし、駐トリポリのとある西側の外交官は言う。『重要なのは、議会が合意に達したということだ。これこそが数か月もの間欠けていたことだ。これが政府と議会の実務的な関係を向上させればいいのだが』」

 ザイダーン首相の解任を時期を同じくして、国民全体会議とリビア国軍・治安部隊が協力して、各地の武装勢力の掌握する石油施設の奪還に向かっているという。手始めはシルト。カダフィの故郷ですね。

“Pro-government fighters poised to retake Libyan oil installations,” Finantial Times, March 12, 2014.

 リビアの民兵集団の割拠は問題だが、そもそも各地でそれぞれにカダフィ政権打倒に立ち上がったという3年前の政権崩壊の経緯からいえば、しばらくの間はやむを得ないとも言える。民兵集団は実際に各地で警察の役割を果たしている場合も多い。また、リビア暫定政府側の治安部隊を構成しているのも、もとはこういった民兵集団だった。

“Shadow army takes over Libya’s security,” Finantial Times, July 6, 2012.
 
 不可測性が高く、どの地域を誰が仕切っているかを知らないといけないから、外部の人間にとっては非常にやりにくい状態だが、住んでいる人にとってはそれほど治安は悪くないだろう。
 
 結局は各地の勢力をどう中央の制度に取り込んでいくか、その際の交渉でどのように権限や利益を配分していくかが、リビアの移行期政治の主要なテーマだ。
 
 武器を持っている勢力が無数にあるから、要求を通そうとする時に「手が出る」場面もあるが、意外に抑制的、という印象だ。それほど人が死んでいない。

 これを機会に国軍を一定程度強め、各地の民兵集団を統合していくプロセスが進めば、安定化に向かうかもしれない。

 しかしおそらく問題は単純ではない。ザイダーン首相は「北朝鮮籍タンカー」への攻撃を軍に命じたものの従わなかったと主張している。後任の暫定首相が軍最高司令官のアブドッラー・サニー国防相だというのも気にかかる。軍がサボタージュして首相を追い落とし、行政府の中での権限を強めたという可能性も否定できない。

 しかし軍を直接統制できる人物を首相に置きたいというのは、現在の国民全体会議の意志でもあるだろう。

 いずれにせよ、一度武器が拡散して、各地で民兵集団が組織されたという現実から始めないといけないリビアは、戦国時代並みの割拠状態を近代国民国家に作り替える膨大な作業を行っているということなので、長い目で見ていくべきだろう。

リビアの石油のゆくえ

 リビアの民兵集団が占拠した石油生産施設から船積みした謎の「北朝鮮船籍」タンカーが外洋に出たという話を書いたが(無料で読めます⇒池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日)、その続き。

 まず、タンカーはどこに行ったか。上の記事では「炎上」説を紹介しておいたが、その後の報道では、タンカーがエジプト領海に入った後に、リビア海軍は見失った、といった点が報じられるのみ。現在のところ「行方不明」となっております。

 ちょうどマレーシア航空機の消失が話題になっているが、タンカーは衛星などで把捉できるから、主要国の政府などにとっては、本当に行方知れずになってしまうことはないだろう。

 重要なのは、実際にどこかの港に積み下ろされ、買い手がついて、代金が東部キレナイカの自治を主張する民兵集団に渡るかどうか。もし恒常的に地方の勢力が油田を押さえて石油を生産し買い手を見つけて代金を回収するサイクルが確立されれば、リビアに限らず、世界各地の資源国で混乱が生じかねない。
 
 依然として、タンカーの持ち主が誰なのかは明らかにされていない。各国の諜報機関は知っているのかもしれない。
 
 リビアの石油は軽質油と言って、硫黄分が少なく精製にコストがかからないので、世界の石油の買い手からは垂涎の的。ニューヨーク・タイムズ紙は世界の多国籍石油企業の本拠地であるヒューストン発でタンカーの行方について論じている。

 “Dispute Over Fate of Mysterious Tanker With Oil From Libya,” The New York Times, March 10, 2014.

 この記事では、以前にナイジェリアで同様に反政府勢力が油井を掌握して裏マーケットに流した際の話が出てくる。おそらく今回の謎のタンカーの背後にいる者たちは、ナイジェリアの例に倣って、地中海沿岸やアフリカ大陸沿岸の製油所に持ち込もうとしたのだろう、という。買った側は正規ルートの石油に混ぜて売る、ということになるという。

 とはいえ、今回のように、「いわくつき」と世界中に知られてしまった以上、衛星などで把捉されており、実際にどこかで荷揚げして買い取ってもらえる可能性は極めて低い、とこの記事は結論づけている。

 同様に、フィナンシャル・タイムズ紙の記事でも、これは「toxic cargo」だ、と記し、「港であえて船竿で触ってみようという奴もいないんじゃないかな」と結んでいる。

“Libyan troops attack oil rebels,” Financial Times, March 11, 2014.

 迷走タンカーはどこへ行く。名義を貸したと思われる北朝鮮も含め、謎が多いですね。

リビア反政府派から北朝鮮のタンカーが石油を買った?

昨夜・今朝方、夜更かしして書いてしまいました。書き終わった後に東京地方はぐらっと揺れました。

池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日

リビアというと「混乱」という印象があるのでしょうが、それに「北朝鮮」が絡んで、しかも「タンカー炎上」などとも報じられているので、日本でも関心があるかと思いまして・・・

しかし人目を引くはずの「タンカー炎上」についての続報がないので、偽情報だったか、そもそもリビア内政がもっと混乱していてそんなことにだれも興味を持っていないのか、とかいろいろ考えますが分かりません。少なくとも11日にザイダーン首相は解任されてしまったし。朝、アル=ジャジーラのホームページをちょっと見たら、議会で不信任されて解任されたザイダーン(前)首相は出国するとか書いてあるので、かなり緊迫しているのかもしれません。まあ、首相が、ほとぼりが冷めるまで逃げる、というだけかもしれませんが。

もしかすると、増強し始めたリビアの国軍が、国民全体会議(議会)も、そこから選ばれた内閣もあまりにふがいない、「決められない」と苛立って権限掌握に出たのかもしれません。

問題はリビアの国軍に並び立つ規模の民兵集団が無数にいることなので、単純に軍が権限掌握、とは言えない。最近も軍の将校が「クーデタ」宣言をして、誰もついてこなかった、などという事態もありましたし、リビアの場合、エジプトなどとは異なり、決定的に強い勢力がいないために、だらだらと混乱が続いています。

しかし国軍の増強のために支援をすると、今度は軍が独裁化するかもしれないし、難しいところです。

私の印象では、「リビアは意外にうまくやっている」のですが(大規模な内戦にもなっていないし、分離独立する地域もない、「自治」だけ)、現在の状況はそれよりも流動化しているのかもしれない、と思って注目しています(が、他にもやることが多くあるのでずっと見ていられません)。

以下、本文の一部を・・・

 まだ未確認情報だが、リビア東部シドラ港で、リビア政府の意向に反して石油を積み出して公海上に出たタンカーが、ミサイル攻撃を受けて炎上している、という。
  ただし、これは今のところ『リビア・ヘラルド』というカダフィ政権崩壊後にリビアで創刊されたもっとも水準の高い新聞(ただしすべての記事に信憑性が高いとは言い切れない)が速報で報じただけであり、アル=ジャジーラなど速報性の高いアラビア語メディアのホームページでも報じられていない(日本時間3月12日午前3時現 在)。【 “Oil tanker allegedly on fire in international waters,” Libya Herald, March 3, 2014】

 もしこれが事実なら、リビアの暫定政権にとって、国家財政と国民経済の根幹をなす石油産業を掌握できないという印象を決定的にし、大きな打撃となる。
 2011年の『アラブの春」で、内戦の末に最高指導者カダフィとその一族を打倒したリビアだが、新体制への道のりは険しい。
  反カダフィで立ち上がって、内戦で功績を挙げた各地の民兵集団が武器を手放さず、選挙で選ばれた国民全体会議(GNC)による暫定政権の指令に従わないどころか、しばしば武力で意志を押し通そうとし、移行期の政治プロセスの基本的な制度や工程表の次元で改変を迫るため、新体制設立への道のりはなかなか前進しない。

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以下は池内恵「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日で・・・