【寄稿】『国際開発ジャーナル』7月号に中東諸国・国際秩序の変動について全体像を

国際開発・国際協力の専門誌である『国際開発ジャーナル』に寄稿しました。「変わる世界秩序」とのタイトルを付されたリレー・エッセーの第2回。

池内恵「中東と動揺する世界––––アラブの春とイスラム国の行方」『国際開発ジャーナル』No. 728, 2017年7月号, 20-23頁

ここのところ講演を依頼されれば喋るようなことを、標準的な講義録のつもりで、各要素を短めに詰め込んで見ました。ここの要素について一本ずつ論考が書けそうです。

本号にはこの他に、アジア経済研究所のアフリカ研究者で現在ジェトロ理事(『国際開発ジャーナル』の論説委員でもある)の平野克己さんの論考「援助政策がめざすべきものは」や、東大副学長やJICA理事長を歴任し、今年4月から政策研究大学院大学(GRIPS)の学長に就任した田中明彦先生へのインタビューなどが掲載されています。

また、今号の特集は「ダッカの教訓を忘れない」というもので、中東研究者の保坂修司さんによる地域専門家の養成の必要性を訴える論考や、コントロールリスク社などの担当者の発言も載っています。

【寄稿】『アステイオン』に、国際秩序をめぐる大著の数々を大ざっぱに総覧

長めの論考が『アステイオン』に掲載されました。というか、されます。すでに見本はもらっていますが、奥付上は5月26日に刊行とのこと。書店で予約しておくと真っ先に読めます。

池内恵「二十一世紀の『大きな話』、あるいは歴史を動かす蛮勇」サントリー文化財団・アステイオン編集委員会(編)『アステイオン』Vol. 86、CCCメディアハウス、2017年5月26日発行、168−187頁

『アステイオン』の今号の顔ぶれは、いつにも増して豪華です。目次の詳細と、各論考の冒頭の部分を、サントリー文化財団のウェブサイトで見ることができます。池内の論考の冒頭はこちら。最初の一節でゆるゆるとエッセー風に始めて油断させておいて、本文では世界秩序をめぐる大著の一群を、一気に総覧します。

特集「権力としての民意」(責任編集・待鳥聡史)は、最近流行りの用語で言えば「ポピュリズム論」というところに押し込められかねませんが、通り一遍のありふれたものではなく、ここぞと有力研究者を動員し、よその媒体ではみられない、深いところを理論的に探ったものになっています。

論壇で話題のポピュリズム論のいわば「標準」の地位を獲得している中公新書『ポピュリズムとは何か』を書いた水島治郎さんの「民意がデモクラシーを脅かすとき––ヨーロッパのポピュリズムと国民投票」を筆頭に、岡山裕「アメリカ二大政党政治の中の『トランプ革命』」や、阿古智子「インターネット時代の中国ポピュリズム」等々、欠かせないテーマに、それぞれ代表的な研究者が取り組んでいます。

また昨今の日本でのポピュリズム・大衆扇動政治の代表格といえばそれはもちろん小池都政ですが(私が勝手に決めた)、これについては金井利之さんの「小池都政における都民と “民意”」が載っています。

欧米と中国・日本だけでなく、東南アジアについても、例のコワモテ豪腕のドゥテルテ大統領について、高木佑輔さんの「フィリピン・ドゥテルテ政権の政治––民主化後の政治発展とエドサ連合」が。大変興味深い。

特集の外でも、有力な政治学者たちが次々と論考を寄せています。奈良岡聰智「よりよき公文書管理制度のために––イギリスとの比較に基づいて」や河野勝「安保法制は何を後世に残したのか––もうひとつの安倍政権論」は是非読んでおきたい。

五百旗頭薫さんがここのところ『アステイオン』に毎号のように力の入った論考を寄稿しており、今回は「嘘の明治史––五/七/五で嘘を切る」。

他にもいろいろ載っていて、これで本体価格1000円。もうまったく完全に採算度外視です。

どれだけ採算度外視かというと、ノーベル文学賞級の作家ミラン・クンデラの対談も、はるか後ろの方にあまり目立たない感じで載っています。文芸誌だったら背表紙に名前が載りますよ。

『アステイオン』の一つの売りの、各国のハイブロウな著作の書評・紹介をかなり自由に書ける「世界の思潮」では、マルガリータ・エステベス・アベさんがトランプ現象を読み解く二冊を紹介しています。編集の工夫、あるいは幅広いネットワークから常時集めている原稿ストックの豊富さから、特集の外でも特集と響き合う内容の論考が加わって追い討ちをかけます。

そんな豪華執筆陣が、特に今回は政治学や国際関係学者が、勢揃いして、深く・緻密な論考を次々に寄せているところに、私の論考では何を書いたかというと、いきなり冒頭から見出しが「『大ざっぱ』の効用」なのです。

何がどう「大ざっぱ」なのかというと、それは読んでみていただけば分かりますが、大概下記のような趣旨の文章です。

今回の私の論考では、政治学の優秀な研究者による力の入った論文が目白押しである中に混じって、ちょっと箸休め・頭休めのために目を通していただくことを意識して、以前に学会誌に書評を寄せたことのあるウォルター・ラッセル・ミード『神と黄金』を手がかりに、冷戦後半から冷戦後に時期に提起された、国際秩序・世界秩序論のうち、アカデミックな世界だけでなくより広い読者層に向けて書かれ、読まれて、影響を与えた代表的な作品の変遷を、一筆書き的に紹介しました。文末の注で、原著と邦訳書の書誌情報を一覧に収めてみました。

何事も、時系列に並べると見えてくることがあるものです。学問は、集めて並べてみるのが、まず基本。どういう手法で「集め」「並べ(変える)」かについては、高度で包括的で検証可能な手法などを開発する余地はありますが、何はともあれまず定性的に見て触って読んで、どう並べればいいかをあれこれ考え、並べ替えてみること。

世界秩序をめぐる「デカい話」が周期的に新しいものが提起されて、好評を博し議論の対象になりますが、それらを毎回入手して隅から隅まで読んでいる人はよっぽどの読書家で、大抵は忙しい時期に出た本などはうっかりしているうちに見かけなくなってしまう。タイトルをちょっと聞いたことあるけれども、読んだことがなかった、あんな本こんな本が、読んだ気になる、読んでみたくなる、そんな企画です。お楽しみください。多分今号の全論考の中で一番分かりやすい論考。

今回は注が文献リストのように機能するように意図してつくっています。移り変わる国際秩序と国際世論を、時代ごとに背骨を作ってきた「感動巨編」系の数々を、体系的に、例えば半年で全部読んでみる。大学初年次ゼミとか読書会とかをやる際に、冒頭で配る文献リストと導入・手引きを記したイントロ・テキストとなればいいかな、と思って書きました。

【引用】『ポピュリズムと欧州動乱 フランスはEU崩壊の引き金を引くのか』に『朝日新聞』掲載の発言が再録

昨年10月21日に『朝日新聞』に掲載されたコメントの一部が、最近刊行された本に再録されています。

国末憲人『ポピュリズムと欧州動乱 フランスはEU崩壊の引き金を引くのか』(講談社+α新書、2017年4月20日)

該当箇所は本書の43−45頁にかけて。

国末さんによるインタビューは『朝日新聞』に下記の形で掲載(「奉じる「自由」の不自由さ 東京大学先端科学技術研究センター准教授・池内恵さん」『朝日新聞』2016年10月21日付朝刊)されていたのですが、国末さんがフランス大統領選挙直前に刊行したした著作の中で、私の議論の核心部分を切り出して再録してくださっています。

ここで国末さんは、ムスリム同胞団の創設者ハサン・バンナーの血を引く、ヨーロッパ育ちのイスラーム思想家・活動家のターリク・ラマダーンとの議論を、私との議論と突き合わせて掘り下げ、ムスリムの権利の擁護を主張する議論が西欧の社会規範の前提となる自由を掘り崩すことになる危険性を問いかけています。

日本の西欧政治の専門家は、西欧の学問の世界で支配的なリベラルな前提や通念を拠り所に、イスラーム教の教義は本来はリベラルであり、非リベラルな思想は一部の過激派によるものであるとして、イスラーム教と自由・人権との対立的な関係は存在しない、そのような問題を「ポピュリストが掲げているということは、問題視することが間違いなのである」となぜか一方的に断定して議論することが圧倒的に多く、他の点では傾聴に値する諸先生型の議論に、突然落とし穴が開いていることも稀ではありません。

学者は実際には西欧社会のうちごく一部の、留学した大学の中の、支持した先生の研究室とその関係者、といった限られた世界しか知りませんので、実態を知らずに、聞いた話で、あるいは現地の有力な先生の言葉の端々から「空気を読んで」イスラームとはこうであるはずだ、と類推してしまいます。

西欧社会の規範とイスラーム教の規範がどう齟齬をきたすか、それがどういう形で政治問題化されるか、こそがまさに今問題となっているのですが、しかし肝心の底を対象化できていない議論を見ると、大上段にポピュリストの危険性を論難していればいるほど、白けてしまいます。そういう人が多いから、ポピュリストが力を持つようになるわけですから。

国末さんは、そういった「専門家」の通弊から脱しようと様々に思考を凝らしているようです。

まあフランス流の近代合理主義・個人主義を叩き込まれると、なかなかあの「神中心主義」による、「群れない集団主義」とも言えるイスラーム教の動員のプロセスは見えにくくなりますが。

***

国末さんはすでにポピュリズムについての世界各地のルポを取り混ぜた『ポピュリズム化する世界 ―なぜポピュリストは物事に白黒をつけたがるのか?』(プレジデント社、2016年9月)を刊行していますが、今回はフランスの大統領選挙に絞り込んだ、いわば「選挙本」になっています。

選挙の背景のフランス内政についての読みやすい解説としてまとまっています。

奥付によると4月20日刊行ですが、本当に4月23日の第一回投票の寸前の、最終段階の情勢を踏まえて、「マクロンとルペンの対決」になりそう、という見通しを示しており、選挙後に読んでも違和感がありません。

私も新潮選書「中東ブックレット」で標榜している「オンデマンド」方式を何らかの編集体制で実現しているようです。

【寄稿】『ブリタニカ国際年鑑』2017年版に昨年のイスラーム教の動向について

今年も、『ブリタニカ国際年鑑』の宗教のセクションの、「イスラム教」の項目を寄稿しました。

池内恵「イスラム教」『ブリタニカ国際年鑑』2017年版、2017年4月、206頁

過去1年のイスラーム世界・イスラーム教についての特筆すべき動向をピックアップするという趣向で、2014年版に最初に依頼を受けて以来、連続して4年執筆しています。期せずして、年に一度のまとめの機会になっています。

今年選んだのは、
「グローバル・ジハード現象の拡散」
「反イスラム感情とトランプ当選」
「イスラム教は例外か」

でした。

「グローバル・ジハード現象の拡散」は、中東から欧米にもまたがる「イスラーム世界」における、前年から引続く事件の連鎖を取り上げました。私としてはもう飽きているのですが(なんて言ってはいけませんね)。

「反イスラム感情とトランプ当選」は、昨年から今年にかけて「イスラーム」が国際社会の中で最も顕著に政治問題化された事例として、年鑑で記録しておくことにそれなりの意味はあるでしょう。

「イスラム教は例外か」というのは、イスラーム教に対する研究や論説の次元での新動向を取り上げたものです。従来の西欧や米国でリベラル派の間で通説であった、「イスラーム(アラブ・中東)例外論を否定する」という議論に対して、米国の移民系市民のリベラル派の論客の中から、イスラーム教がその支配的な解釈において「リベラルではない」という意味では、欧米のリベラル派の想定する「宗教のあるべき(本来の)姿」、あるいは「宗教と政治とのあるべき(本来の)関係の姿」からは「例外」となるがまずこの現実を認めてから対処しないとうまくいきませんよ、という議論が出てくるようになったので、それをキャッチしました。これについては論文や学会発表でより深く取り組んでみようと思います。

ちなみに、過去3年には以下の事項を選んでいました。

2016年版
「『イスラム国』による日本人人質殺害事件」
「グローバル・ジハードの理念に呼応したテロの拡散」
「イスラム教とテロとの関係」

2015年版
「『イスラム国』による領域支配」
「ローンウルフ型テロの続発」
「日本人イスラム国渡航計画事件」

2014年版
「アルジェリア人質事件」
「ボストン・マラソン爆破テロ事件」
「『開放された戦線』の拡大」

何事も積み重ね、ということの意味が、いい意味でも悪い意味でもここのところ分かるようになって来たお年頃ですが、『ブリタニカ国際年鑑』も、自分のテーマでの論文を中断して取り組むのは、毎年辛いものがあるのですが、それでも書いておいてよかったといつか思う日があることを願っています。

年に1度の「定期観測」を、日本語の国際年鑑での「イスラム教」の項目という「定点観測」を兼ねてやっているという具合です。

そういえば、『文藝春秋オピニオン』に、2013年版以来、毎年寄稿し続けているのも、年に1度の中東・イスラーム世界をめぐる日本語での論壇の関心事の定時・定点観測のように機能しはじめているかもしれません。

『ブリタニカ国際年鑑』の方は「イスラム教」の項目、という枠や紙幅は変わらず、その中で私自身が3つ何を選ぶかが、少なくとも自分にとっては有意義な指標となっています。

『文藝春秋オピニオン』は、編集部がその年の中東・イスラーム世界に関する日本の論壇にとって有意義と感じられるもの(かつそれを池内に書かせたいと感じられるもの)を選び、本の中でどこに置いてどれだけの紙幅を割り振るかを決めるのですが、その結果、どのテーマがどれだけの長さでどこに配置されたかが、年ごとに変化していきますので、それが長期的には何らかの指標になるかもしれません。

まあそのうち依頼されなくなるというのも一つの指標でしょうか。

『中東協力センターニュース』が3ヶ月に1回の定時観測で、『フォーサイト』が月刊誌時代には月に1回、ウェブになってからは日々にミクロな変化を記録、という形になっているのと併せて、定時観測・定点観測を異なるサイクルで、異なる形式で複数続けているのが現状です。

【寄稿】「ソマリエメン」と言ってみたかっただけ?『中東協力センターニュース』4月号に

少しこの欄での通知が遅れましたが、『中東協力センターニュース』4月号に論考を載せております。

池内恵「『ソマリエメン』の誕生? 紅海岸の要衝ジブチを歩く」『中東協力センターニュース』2017年4月号, 10-20頁【ダウンロード

四半期に一回の頻度で定期寄稿している『中東協力センターニュース』ですが、今回は、先月のジブチ訪問の報告として、若干紀行文的な要素を加味した論考です。そうは言っても、結局、かなり解説や分析に近づいた文章になっています。

地図は見繕って便利なものを拝借して載せてみましたので、元の記事に遡って読むなどして見るといいでしょう。

読み直して見ると、一部の箇所で、「ソマリ人」と「ソマリア人」がそれほど意味なく書き分けられてしまっているところがあり、かといって完全にどちらかに統一することも難しいので、次に関連テーマで書く時にはさらに詰めて調べて適切な語用を見出していこうと思います。

また、18頁の19行目の「何時にも渡って」は「何次にもわたって」とするべきでした。いずれにせよ硬さが抜けない文章ですが。

今回は、とにかく世界に先駆けて「ソマリエメン(Somaliemen)」という造語を作って使ってみた、というところが一番の肝でしょうか。

米国が9・11事件以後、アフガニスタンとパキスタンの国境地帯をひとまとまりのものとして、「アフパック(Af-Pac)」と呼んで統合的な対処策を探ったり、「イスラーム国」がシリアとイラクの国境地帯を制圧し実効支配したことから「シラーク(Syraq)」と呼ばれたといった先例と同様に、ソマリアとイエメンの間の人的・物的・思想的交流のインフラの存在とその深化の可能性や、それと同時に進みかねない、ソマリアのアッシャバーブとイエメンのAQAPの相乗り現象の進展、それに対する米国トランプ政権による対ソマリアと対イエメンでの対テロ作戦の強化と一体化、といった事態がより十全に進めば、やがて「ソマリエメン」が語られることになるでしょう。

四半期に一回のこの定期寄稿は、毎度、逼迫した日程の中で時間を捻出し、最新の情勢や、私自身の研究の展開の中での新しい興味対象などから熟考してテーマ設定を行い、締め切りと校了の最後の最後の瞬間まで頭を捻って(編集部には極度の負担をかけて)脱稿・校了します。

研究者としての利益からは、一つのテーマにもっと長い時間かけて取り組むために、この寄稿のために割いている時間を振り分けたほうが得になる、という考え方もあると思います(今は、研究者の環境が極めて厳しくなっており、私自身が通常よりはるかに厳しい条件を選んで赴任してきているので、本来であれば研究者がするべきではないこのような比較衡量が時に頭をよぎります)。けれども、3ヶ月に一度、必ず、中東と隣接地域や国際社会全体も視野に入れて、今何が重要か、将来に何が重要になるかを徹底的に考え直す時間を作ることは、一つ一つはそれほど重要に見えなくても、積み重ねることで、何かが見えてくるきっかけになるのではないかと信じて続けています。

【寄稿】『日経新聞』経済教室にシリアの化学兵器使用と米の空爆について

寄稿しました。

池内恵「米国のシリア攻撃、展望は――米政策の不可測性に長短、強い指導力発揮は望めず(経済教室)」『日本経済新聞』2017年4月18日

過去の日経新聞への寄稿については、このエントリでまとめてあります

【寄稿】先端研30周年ウェブサイトでイスラーム教と脳の関係を

このブログではお久しぶりです。新年度になってしまいました。3月は半ばにポーランド・ワルシャワ、そして月末から4月初冬にかけて、年度またぎでジブチとイスタンブールに現地調査に行って来ました。帰国直後から、新学期の複数の授業の立ち上げを行い、シリア化学兵器使用と米国による対アサド政権の空爆について情報を集めるなどしておりました。

通知が遅れてしまいましたが、先端研30周年の特設ウェブサイト上で、同僚の高橋宏知先生と退団しました。准教授を中心に行う「未来論」対談の第一回。

高橋宏知・池内恵「イスラームの宗教と脳の機能は交差する。」対話する未来論・先端研30周年

「脳科学」というと、一般メディアで異様に重宝されることがあり、実証性の乏しい疑似科学や、スピリチュアル系の偽薬みたいなものが多いですが、高橋先生のやっているのは神経工学によるゴリゴリのエンジニアリングというところが、新味のあるところと思います。

キーワードは「言語」です。

【寄稿】伊奈久喜さんの追悼文を『公研』に

日経新聞の記者で、外交コラムで著名だった伊奈久喜さんが昨年4月に亡くなりましたが、今年の1月に追悼の会が開かれたのをきっかけに、追悼文を書いてみました。『公研』2月号に掲載されています。

池内恵「伊奈久喜さんとの2時間」『公研』2017年2月号(第642号), 12-15頁

「めいん・すとりいと」という『公研』の巻頭のエッセー欄には、定期的に依頼を受けて寄稿してきましたが(以前は他の執筆者とものすごく年齢が離れていたのですが、最近、世代交代が進み、多くの同世代の研究者が寄稿するようになっています)、今回もこの枠へのご依頼に対して寄稿したものです。ただし、追悼文ということもあり、言葉を尽くして書くうちに、長大なものになってしまい、通常は見開き2頁のところを、例外的に、おそらくこのコーナー始まって以来初の、4頁の紙幅ををいただいて、なんとか収めました。

『公研』への寄稿は、この雑誌が会員企業のみに送付される、ウェブで全く公開していない雑誌であるため、ご興味を持った方が編集部に問い合わせをしたりすると、対応しきれないと思いまして、このブログでは通常はお知らせしていません

ただ、最近、編集側では、刊行から一定期間を経れば、著者による公開を許可する方針を定めたとのことですので、将来は告知をより頻繁に行い、ウェブ上での公開も考えたいと思います。

ただし、今回は、追悼文という性質からも、ウェブで公開することがふさわしいのかどうか私も判断がつきかねておりますので、当面は公開を見合わせておきます。

おそらく、私が公の場で書いた、初めての追悼文です。

【追記:掲載誌をおそるおそる読んでみたところ、一点、不正確な記述を発見しました。伊奈さんがワシントンで所属したのは「ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院」の「外交政策研究所」であるところが、これを無意識に足し合わせたように「ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究所」と記してしまっておりました。また、14頁の上の段「サウジとイランの対立はどこまで対立しているのか」は→「サウジとイランの対立はどこまで緊迫しているのか」ですね。あと、「偲ぶ会」の冒頭に行われたのは「乾杯」ではなく「献杯」なのか形式としては。私の書く初めての追悼文ということで緊張して、ミスが出ています。なにしろ名うての文章家の伊奈さんへの追悼文ですから、上手に書いて見せないといけません。そして合格点になる程度には上手く書けたと内心自負していたのですが、やはり内心の動揺は隠せない。細部に気が及ばなくなるのですね。伊奈さんに見られたら、ささっと「朱を入れ」られるでしょう・・・】

【寄稿】『国際政治』に書評:米国が担う国際秩序形成について

日本国際政治学会の学会誌『国際政治』第186号に書評を寄稿しました。

池内恵「書評 ウォルター・ラッセル・ミード著 寺下滝郎訳『神と黄金(上・下)』」『国際政治』第186号、2017年1月, pp. 169-172.

脱稿が遅れて担当編集の方にはご迷惑をおかけしました。

書評の枠を超えて、関係する書物を網羅した書評論文的なものを書いたところ、規定の枚数の二倍以上を書いてしまい、『国際政治』は字数が極めて厳格なため第1稿のままでは絶対に掲載されないため、絞り込んだ短縮版の第2稿を改めて提出して、掲載にこぎつけました。

長い方はさらに拡充して別の雑誌に載せる予定です。

【寄稿】「アフリカの角」への中東諸国の進出をめぐって『中東協力センターニュース』に

寄稿しました。

池内恵「湾岸諸国の「アフリカの角」地域への進出––その可能性とリスク」『中東協力センターニュース』2017年1月号、14−19頁

連載「中東 混沌の中の秩序」の第8回です。この「連載」は実際には4半期に1度の「定期寄稿」であって、「続き物」ではなく、その時その時にテーマを選んで調べて書く報告書シリーズのような実態があるのですが、2016年1月号以降の今回までの5回のうち4回が何らかの形で中東特に湾岸諸国と、紅海沿岸からバーブル・マンデブ海峡や「アフリカの角」諸国との関係を扱っています。

中東諸国内の体制・国際関係の変動が、隣接する地域を含む、地域秩序そのものの組み替えに向かっている、そのような認識が、このようなテーマ設定をもたらしています。

先日の『国際問題』に寄稿した論文などと共にご覧ください。

【寄稿】『日経ビジネス』誌12月19日号でサウジ副皇太子について

短文を寄稿しました。

『日経ビジネス』誌の12月19日号は「次代を創る100人」を前号にわたって特集しているのですが、そのうち一人がサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子なのですが、彼の紹介文を書いています。

池内恵「ムハンマド・ビン・サルマーン」『日経ビジネス』2016年12月19日号, 102頁

ほんの小さな紹介記事ですから、初心者向けに必要なことだけを。こんな細かい仕事ですが、同じページの隣には田中明彦先生(前JICA理事長・現国際大学学長)が、先頃国連事務総長に就任したアントニオ・グテーレスについて紹介文を寄せています。こんなえらい先生方も細かい仕事引き受けてくれるんですね。

彼についてはサウジ専門家がもっとよく知っているかと思いますが、一般向けに、非専門家が知っておくべきことは、という観点ならいいかと思って引き受けました。『フォーサイト』でもう少し専門家の着眼点に近いところを(それでもやはり基礎的な部分)をまとめておいた一文も、長い間かなり読まれているようです。これを読んで依頼が来たのかな。たまにはサウジ専門家ではない私のような広域・比較研究者に聞くのもいいでしょう。

池内恵「『ムハンマド副皇太子』に揺れたサウジの1年」2016年4月29日

2016年の年頭には、ムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子(国防相・第2副首相)が、従兄弟のムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子(内相・第1副首相)を置き換えて皇太子に就任、あるいはいっそ父サルマーン国王が譲位して一挙に息子が即位か?時期は今夏にも?などと噂と憶測が飛び交いましたが、夏が過ぎる頃には、当面両者が並存することで落ち着いた模様。それらは「中東通信」でメモしておきました。

池内恵「サウジ・サルマーン国王の息子ムハンマド副皇太子への直接譲位説」2016年1月31日
池内恵「サウジは当面ムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子とムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子が共存」2016年9月29日

【回顧2016】読売新聞の文化欄「今年の論考ベスト3」で宇野重規さんとの対談が選出

12月19日の読売新聞朝刊文化欄の「回顧2016 論壇」で、論壇委員の先生方がそれぞれに選ぶ「今年の論考ベスト3」に選ばれていました。

久米郁男先生(早稲田大学教授・政治学)と坂元一哉先生(大阪大学教授・国際政治学)のお二方が、いずれも『中央公論』9月号の宇野重規先生との対談をベスト3に選んでくださっていました。

二人から選ばれている論考はこの一本だけでした。

ありがとうございます!

【寄稿】PHP総研「グローバル・リスク分析」2017年版を発表

毎年恒例の、PHP総研で行っている「グローバル・リスク分析」に今年も参加させていただきました。

本日、2017年版が発表されました。こちらから本文をダウンロードできます。

今年選んだ10の項目は次のようなものでした。

Global Risks 2017

  • 1.サイバー分野で失われる国際競争力と進行する「植民地化」
  • 2.トランプ「勝手主義」に翻弄される世界
  • 3.中間層「選挙の乱」矛先はグローバリズムへ
  • 4.対外強硬姿勢で国内不安の乗り切りを図る中国
  • 5.韓国大統領選とトランプ政権登場で混乱必至の朝鮮半島情勢
  • 6.東南アジアで不安定化する米中バランス
  • 7.密かに高まる印パ核保有国同士の軍事的緊張
  • 8.トランプ政権の政策転換で不安定化する「ポストIS」の中東
  • 9.構造的ハードルに阻まれ米露リセットに限界
  • 10.重要インフラへのサイバー攻撃の本格化

今回は「サイバーで始まりサイバーで終わっている」(2項目使っている)というのが一つの特徴でしょうか。サイバーについては以前から注目しており、昨年も10項目の10番目(といってもリスクの度合いに順位はつけていませんが)に入れておきました。

しかし今回はこれをかなり強調し、またリスクの所在・源がサイバー攻撃を「行う側」にあることは当然でその分析を進めつつ、「日本側の対応の不十分さ」に重大なリスクが秘められている点を、より強調しています。来年はリスクとしてのサイバー問題が、すでに顕在化したテロなどに比肩するような規模で顕在化し、重大事象を引き起こしかねない、という「潮時」感を醸し出しています。

2012年版から始まったこの企画、私は2013年版から参加させていただいていますが、毎回大変勉強になります。

これぐらい続くと、変化の動向を見るのにも役に立つのではないでしょうか。末尾に2012年版以来の毎年の10のリスクを並べて一覧表にしてありますので、思考実験にお使いください。

世界に存在するありとあらゆるリスクを列挙するのではなく、年頭に「今年」のリスクとして挙げるならこれ、というものを選んでいます。過去の版で指摘しておいて、すでに顕在化し認知されたリスク項目については、今年も依然としてリスクではありつつも、取り上げないことがあります。

以前の版については、以下のエントリもご参照ください。

【発表】『PHPグローバル・リスク分析』2016年版(2015年12月18日)
2015年のグローバルリスク予測を公開(2014年12月20日)
トルコ経済はどうなる(3)「低体温化」どうでしょう(2014年2月12日)

【寄稿】『京都新聞』にインタビューが掲載されました

『京都新聞』にインタビューが掲載されていました。じっくり時間をとって話を聞いていただき、また時間をとって順番を待って文化欄に大きめのスペースを確保してもらって、満を持しての掲載。

「100年前の状況に近づく中東混迷 「サイクス=ピコ協定 百年の呪縛」など関連著書出版 東大准教授・池内恵さん」『京都新聞』2016年11月22日(朝刊17面)

おそらくウェブ上では読めないのでしょうね。また、京都新聞のデジタル版を見ると、「バックナンバーは過去10日」「毎日朝刊の最大10頁のみ」ということなので、デジタル版を購読しても読めなさそう(紙版を購読しているとデジタルは無料だそうです)。

うーん、もったいない。京都情報なら他府県からデジタルのみで購読する人が大勢いるのではないかな、と思うのだが。

せっかく「京都にいないと読めないプレミアム」感が強いので、ここでも文面は公開しません・・・

【寄稿】『公研』10月号の「独裁の政治学」をめぐる対談をウェブに公開

『公研』に寄稿しました。サザンメソジスト大学の武内宏樹准教授(政治学・中国政治)との対談です。

武内宏樹・池内恵「独裁国家の仕組み」『公研』2016年10月号、通巻第638号、36−67頁

長大です。32頁に及びます。『公研』の過去の対談の中でも群を抜いて最長とのこと。

2時間半ぐらいしゃべったのではないでしょうか。中東や中国を政治学から見る際の厄介な問題について、論文に直接は書かないが論文を書く際に頭を悩ませていることについて、学会に行って空き時間に喫茶スペースで延々と喋っているようなことをそのまま文字にしてあります。

『公研』は、官庁やメディアの一部で知っている人は非常によく知っている、知らない人は全く知らない、一般的には全くと言っていいほど知られていない媒体です。しかし研究者の普段話している、考えていることを、ほとんどそのまま書いたり話したりしても載せてもらえる、数少ない媒体となってきました。そのために、一部の人には非常に注目されています。

以前に、待鳥聡史先生との対談が載った時も、密かにこの欄でお知らせしたことがあります。

『公研』は公共産業研究調査会の会員企業にのみ配られるため、書店などでは市販されていません。また、ウェブサイトでも記事を載せておらず、最新号バックナンバーの表紙と目次が見られるのみ。

今回、編集部の許可を得まして、武内先生のホームページにアップロードしていただいていますので、どなたでもお読みいただけます【本文はこちらから】

【一ヶ所訂正。最後の67頁上段でサウジの「プラン2030」とあるのは、もちろん「ヴィジョン2030」のことです。なにしろすごい勢いで二人とも喋っていますので、「国家改造のマスタープランとして発表されたヴィジョン2030とその当面の行動計画」というような意味で複数のことを同時にまとめて話したことを、速記に手を入れる際になんとなく「プラン」としてしまい、校正でも気づかずにそのままになってしまいました(対談の時も、校正の段階でもいずれも、最後の頁までくるともう疲れてきていましたので・・・)。まあサウジの個別の話をするのはこの対談の目的ではなく、政治学上の、独裁国家の安定性と不安定性を見るための理論的な難しさについてひたすら考えておりましたので、こういった細部についてはあまり気を配っていません。本質に関わらない細かな言い間違いも含めて、学会の空き時間とか懇親会での会話を記録するような趣向とお考えください。】