【寄稿】トルコのシリア国境の町スルチュでクルド勢力を狙った自爆テロ

連休も講演をすませてあとは必死に論文書きをしていたが終わらず。いや、そのうち二本は終わったんだが大きいのが二本終わっていない。限界までやっているんだがなあ。

しかし日々のニュースは見ておかないとついていけなくなる。論文にも関係あるし。

没頭しているとこのブログにはほとんど手をつけられないのだが、英語やアラビア語のニュースはPC画面ではこの横に表示されるツイッターの窓@chutoislamで、空いた時間の一瞬をついてリツイートしてあります。また、『フォーサイト』では日本語でニュースの要約・解説をする「中東通信」をやっています。

最新のものは、池内恵「トルコのシリア(コバネ)との国境の町スルチュで支援団体の集会に自爆テロ」『フォーサイト』2015年7月20日

それにしてもややこしい。シリア北部のコバネの戦闘は注目を集めましたが、「イスラーム国」から奪還する勢力となったクルド人勢力に対して、コバネと接するトルコ側で自爆テロ。それもトルコ側とシリア側で同時にやっている・・・

トルコ政府からいうと「トルコ側でもシリア側でもクルド勢力は一体」ということを同時攻撃で見せつけられたわけで・・・「イスラーム国」はサウジやクウェートではシーア派を狙って、被害者と中央政府を分断する戦略ですが、同じことをトルコではクルド人を狙うことでやっているように見えます。これは効果がありそう。トルコ側のクルド人が「トルコ政府は頼りにならない」と武装化する→トルコ政府はトルコ側とシリア側のクルド勢力を攻撃→クルド勢力が一体化して独立武装闘争へ・・・なんてことにならないようにお願いしますよ。本当に行ける国がなくなってしまうではないか。

でも、この調子だと次にイスタンブールが狙われそうなのが怖い。あんな大きな都市だから、万が一テロがあっても自分が巻き込まれる可能性は極めて低いのだが、一回テロがあれば政府の「退避勧告」みたいな話になってしまいかねない。

【寄稿】『フォーサイト』の連載を再開 ギリシア論から

昨日予告した、『フォーサイト』への寄稿がアップされました。

池内恵「ギリシア――ヨーロッパの内なる中東」《中東―危機の震源を読む(88)》『フォーサイト』 2015年7月8日

今回は、無料です。久しぶりの寄稿ということもあり、また分析ではなく自由な印象論、政治文化批評でもあるので、まあ気軽に読んでもらおうかと。ご笑覧ください。

中東問題としてのギリシア危機

今話題のギリシア債務危機。「借金払わないなら出て行け」と言うドイツの世論とそれに支えられたメルケル政権、言を左右し前言を覆し、挙げ句の果てに突如、交渉提案を拒否するよう訴えて国民投票に打って出たギリシアのチプラス政権、それに応えて圧倒的多数で交渉提案を否決してしまう国民。確かに面白い対比です。ユーロ離脱の決定的瞬間を見たい、といった野次馬根性もあって、国際メディアも、中東の厄介なニュースを暫し離れてギリシアに注目しています。

ギリシア問題は、一面で「中東問題」であるとも言えます。もちろん狭い意味での現在の中東問題ではありませんが、根幹では、オスマン帝国崩壊後に近代国際秩序に十分に統合されていない地中海東岸地域に共通した問題として、中東問題と地続きであると言えます。

私はギリシアは専門外なので、深いところはわからないのだが、目に見える表層を、特に建築を通じて、素人ながら調べてみたことがある。

そこでわかったことは、現在のアテネなどにある「ギリシア風」の建物は大部分、19世紀に「西欧人」特にドイツ人やオーストリア人の建築家がやってきて建てたということだった。途中からギリシア人の建築家が育ってきて、ドイツ人やオーストリア人建築家の弟子として引き継ぎはしたものの。

1832年のギリシア王国建国で王家の地位に就いたのはギリシア人ではない。なぜかドイツ南部のバイエルン王国から王子がやってきて就任した。なぜそうなったのかは西欧政治史の人に聞いてください。

それで王様にドイツやオーストリアの建築家がついてきて、ギリシアのあちこちに西欧人が考える「ギリシア風」の建物を建てたのである。

例えば、「ギリシア問題どうなる」についてのBBCなど国際メディアの特派員の現地レポートの背景に(私は6月末の本来の債務返済期限のカウントダウンの際には日本に居なかったので日本のニュース番組でどう報じていたかはわからないが、多分同じだったと思う)必ずと言っていいほど映り込むギリシア議会。

これです。

ギリシア議会

いかにも「ギリシア的」ですね。

でもこれ、ドイツ人の建築家が19世紀前半に建てたんです。ドイツから来た王様の最初の正式な王宮でした。

近代西欧に流行した建築様式としての、古代ギリシア(+ローマ)に範をとった「新古典様式」の建築です。西欧人の頭の中にあった「古代ギリシア」を近代ギリシアに作っていったんですね。

ギリシアの「ギリシア風」建築の多くがドイツ人など近代の「西欧人」が設計したものであるという点については、マーク・マゾワーのベストセラー歴史書『サロニカ』を『外交』で書評した時に、本の内容はそっちのけに詳細に書いてしまった。

『外交』の過去の号は無料で公開されています。このホームページの第12号のPDFのところの下の方、「ブックレビュー・洋書」というところをクリックすると記事がダウンロードされます。『外交』に2年間、12回にわたって連載した洋書書評の最終回でした。

池内恵「ギリシア 切り取られた過去」『外交』Vol. 12, 2012年3月, 156-159頁.

現在の世界の歴史家の中で、学者としての定評の高さだけでなく、一般読者の数においてもトップレベルと思われるマゾワー。その「ギリシアもの」の代表作で、英語圏の読者には最もよく知られて読まれている『サロニカ(Mark Mazower, Salonica, City of Ghosts: Christians, Muslims and Jews 1430-1950)』は、第一次世界大戦によるオスマン帝国の最終的な崩壊の際の、現在ギリシア領のテッサロニキ=当時のサロニカが被った悲劇を描いている。サロニカ=テッサロニキは、アナトリア半島のギリシア人(ギリシア正教徒)と、現在のギリシア側のトルコ人(イスラーム教徒)の「住民交換」とその過程で生じた多大な流血の主要な場であった。

マゾワーの本はやっと翻訳され始めている。まずこれ。Governing the World: The History of an Idea, 2012の翻訳が『国際協調の先駆者たち:理想と現実の二〇〇年』として、NTT出版から刊行されたところです。

続いてNo Enchanted Palace: The End of Empire and the Ideological Origins of the United Nations, 2009『国連と帝国:世界秩序をめぐる攻防の20世紀』として慶應義塾大学出版会から刊行される予定だ。

さらに、Dark Continent: Europe’s Twentieth Century, 1998の翻訳が未来社から出る予定であるようだ

これらはいずれも、国連や国際協調主義の形成といった、国際関係史の分野のものだが、ぜひ著者の狭い意味での専門である、ギリシア史・バルカン史の著作にも関心が高まるといいものだ。

「中東」としてのギリシアについて、それがオスマン帝国の崩壊によって生まれたものという意味で中東問題と根が繋がる、といった点についての論考は、近く『フォーサイト』(新潮社)に掲載される予定です。

そんなにオリジナルな見解ではなくて、今日出席した鼎談でも、元外交官の中東論者が同じようなことを仰っていた。中東を見ている人がギリシアに行くと共通して思うんでしょうね。

『フォーサイト』に長く連載してきた「中東 危機の震源を読む」(『中東 危機の震源を読む (新潮選書)』として本になっています)と「中東の部屋」ですが、「イスラーム国」問題が人質問題として日本の問題になってしまったあたりから、個人としての日本社会向けの発言という意味もあって、その他いろいろ思うところがあって、個人ブログやフェイスブックを介した、読者への直接発信に労力を傾注してきた。

直接的な情報発信は今後も続けていこうと思うのだが、しかし、個人ブログで何もかも書いてしまうと、媒介となるメディアが育たない。私の議論を読む人は、私の議論だけでなく、ある程度は質と方法論を共有した他の専門家の議論にも触れて欲しい。

今後はもう少し、これまで縁のあった媒体を中心に、間接的な発信を再び強めていこうと思う。

そうはいっても、私の本来の任務である論文・著書の刊行義務がいよいよ重くのしかかってきているので、あまり頻繁にというわけにはいかないが。

そこで、ギリシアの中東としての意味や、建築史の搦め手から見たギリシア近代史といった、緩やかな話題からリハビリ的に『フォーサイト』への寄稿を再開してみようと思っている。

グローバル・ジハードの連動か:金曜日に3件のテロ(チュニジア、クウェート、フランス)

Braking News Al Jazeera Eng

本日、6月26日の金曜日、中東各地に加え西欧でも、グローバル・ジハードに感化されたか呼応したと見られるテロが並行して生じています。相互の関連は不明です。関連がなくても(むしろ関連のない人と組織が)、呼応してテロを連動させることがグルーバル・ジハードの基本メカニズムです。

(1)チュニジアの西海岸の主要都市スース近郊のビーチ・リゾートにあるホテル(Riu Imperial Marhaba hotel)を狙ったテロで少なくとも27人が死亡(GMT13:00前後)。なおも銃撃戦が続いているという報道もある。
http://www.aljazeera.com/news/2015/06/gunmen-attack-tourist-hotel-tunisia-150626114019519.html
http://www.bbc.com/news/world-africa-33287978
http://www.bbc.com/news/live/world-africa-33208573

(2)クウェートのクウェート市でシーア派のイマーム・ジャアファル・サーディク・モスク(Imam Ja’afar Sadiq Mosque)が爆破され、少なくとも8人が死亡。
http://www.aljazeera.com/news/2015/06/deadly-blast-hits-kuwait-mosque-friday-prayers-150626103633735.html
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-33287136

(3)フランスのリヨン近郊サン=カンタン=ファラヴィエール(Saint-Quentin-Fallavier)で米国系企業Air Productsの工場が襲撃され、少なくとも一人が殺害された。犯人は一人が銃撃戦で射殺され、一人が逮捕されたとする報道がある。「イスラーム国」の黒旗を掲げていた、車に爆発物を積んでいたとの報道もある。勤め先の上司を殺害し遺体の首を切断して襲撃現場に置き、メッセージを残したとされる。
http://www.theguardian.com/world/live/2015/jun/26/suspected-terror-attack-at-french-factory-live-updates
http://www.bbc.com/news/world-europe-33284937

クウェートの事件については、ラマダーン月の金曜日で集団礼拝に多くの人が集まるのを狙ったと見られる。サウジアラビア東部州で先月続いたシーア派モスクへのテロがクウェートに波及したことになる。

https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10203169783844486
https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10203171393244720
https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10203171435885786

チュニジア・スースの事件については、ラマダーンと暑気払いを兼ねて金・土曜日の週末を現地人も外国人居住者も近郊リゾートなどで過ごすことが多いところを狙ったのだろう。

フランス・リヨン近郊の事件については、ローン・ウルフ型の小集団による自発的な犯行の可能性が高いが、詳細はまだ確定できない。

なお、池内はチュニジアにもクウェートにも、フランスにもいませんので、関係者はご安心ください。

チュニジアは今年2月の調査の裏を返し、3月のバルドー博物館襲撃事件以降の雰囲気を知りたかったが、明らかにチュニジアの安定を揺るがそうとする扇動が行われていて、呼応する集団がいることが感じられる状況では、身を守る手段を持っていない以上回避しました。

イラクとシリアの「イスラーム国」の活動が次に波及するのであれば、アラブ湾岸産油国のシーア派を抱えた国になるので、クウェートとバーレーンも調査の候補にしていたが、これも結局回避していました。直前まで検討して、最も危険が少ないところに渡航して、安全な距離をとって観察しています(前回のチュニジア渡航ではまだ安全だったチュニスからリビア情勢を見ていました)。

My lecture on the spontanuous mechanism of participation-mobilization of global jihadists

A short lecture given to Yomiufi Shimbun last month was translated on The Japan News. The comment revolves around the mechanism behind the spontaneous proliferation of global jihadists in dis-contiguous pockets of disturbances.

“Radicals spontaneously join ISIL network.” The Japan News, April 12, 2015.

元になる日本語のインタビューはこれ。
「【インタビュー】読売新聞3月25日付「解説スペシャル」欄でイスラーム国とチュニジアについて」(2015/03/26)

これを英語向けに表現を改め、論理を明確にしています。日本語の新聞は非常に曖昧な表現が多用される。そのまま英語に訳されると、私が朦朧とした論理の人だと思われて致命的ですので、ぴしぴしと書き改めました。

ちなみに日本語版のこのインタビューを拡大して、この本の日本の出版・文化現象としての意味を縦横に語ったのが、有料版の別立てインタビュー。

「「読売プレミアム」で長尺インタビューが公開」(2015/03/28)

実はこれはもっと読んでほしいなあ。よそでは言わないことを言っています。お試し版でも登録してみてください。

『現代アラブの社会思想ーー終末論とイスラーム主義』が9刷に

『現代アラブの社会思想ーー終末論とイスラーム主義』の第9刷が、先月から市場に出ています。

Kindle版も出ていました。

9刷の部数は2100部、と細かい。新しい帯が付いています。

累計は5万6100部になりました。

2002年の1月に刊行されてから13年間、よく長く生き続けてきました。長く生き続けるということこそが、評価の一つと思っています。

この本は、自分自身の研究者としての歩みを振り返る時に、忘れることのできない本です。

なによりも、あの時点でしか書けない本でした。

あらゆる研究者は、最初の研究で、最もオリジナルなものを出さねばなりません。世界中でまだ誰も言っていないことを言わないといけないのです。

しかしなかなかそれはできません。思想史であれば、大抵の影響力のある思想テキストは全て隅々まで読み尽くされ、論文の対象にされ尽くしているからです。

私の学部から大学院にかけてのエジプトでの資料収集で、いくつかのテーマと資料群が浮かび上がりましたが、その中で言及することが最も厄介で、かつ先行研究がない対象が、アラブ世界に広がる、膨大な終末論文献でした。

この本の後半部分を構成し、最もオリジナルな部分は、2001年11月に刊行されていた論文「前兆・陰謀・オカルト──現代エジプト終末論文献の三要素」末木文美士・中島隆博編『非・西欧の視座』(宝積比較宗教・文化叢書8、大明堂、2001年、96-120頁)からなります。

宗教学・思想史の固い叢書に、全く新しい、つまり評価の定まっていないテーマと資料についての、全く無名の著者による論文の収録を認めてくださった編者の先生にはひたすら感謝しておりますが、それを新書という一般書の枠に収めるというものすごく無茶な構想を受け入れた、当時の講談社現代新書の編集者の大胆さも、今振り返ると、傑出したものでした。

そして、2002年1月という時期に出せたことが、何よりも今となってはかけがえのないことです。時間を巻き戻すことはできません。今なら、もっと完成度の高い、整った形で書けるかもしれませんが、それを2002年に戻って出すことはできません。

研究者は生まれてくる時代を選ぶことはできません。

自分が大学院にいる間に現れてきた、まだ他の研究者が触れていない対象に、誰よりも早く手をつけて成果を出さなければならないのです。

中東と、あるいは学術の世界をリードする欧米と、言語や情報のギャップのある日本の研究者として、中東の思想や政治をめぐって誰よりも早く新しいテーマに取り組んで成果を出すことは、至難の技です。

その中で、この本とその元になった論文は、結果として、欧米でこの文献群を用いたまとまった研究が出るのに先んじて発表した形になりました。

その後数年すると、現代の終末論文献を扱って学界に名乗りを上げる若手研究者が、米国でもフランスでも現れてきました。あと数年ぼやぼやしていたら、私の本は「後追い」になってしまったでしょう。

でも当時は日本では「後追い」が普通で、むしろ、全く欧米の先行研究がないものをやると、評価されなかったりしたのです・・・「欧米の権威」がやっていることを輸入するというのが主要な仕事だったのですから。

その後、このテーマは結果的に「欧米の権威」が扱うものとなりました。一つ目はこれ。
David Cook, Contemporary Muslim Apocalyptic Literature, Syracuse University Press, 2005.


Kindleでもあるようです(David Cook, Contemporary Muslim Apocalyptic Literature (Religion and Politics))。

クックさんは短い論文の形では、私より早く現代の終末論文献の存在に着目していたようです。しかしまず古典の終末論について本を出してから、現代の終末論文献に本格的に取り組みました。

古典終末論について書いたのはこの本です。
David Cook, Studies in Muslim Apocalyptic, The Darwin Press, 2002.

クックさんは私と同年代ですが、その後、 米テキサス州のライス大学の准教授になりました。そして、終末論についての研究を一通り発表したのち、ジハードの思想史に取り組んでいます。
David Cook, Understanding Jihad, University of California Press, 2005.

紙版は増補版(Understanding Jihad)が出版される予定のようですが、Kindleでは初版が買えます。研究上は初版が重要です。もちろん、その後の「イスラーム国」に至るジハードの拡大をどう増補版でとらえているか、クックさんの研究がどう進んでいるかにも大いに興味がありますが。

「終末論からジハードへ」という研究対象の変遷は、イスラーム政治思想の内在的構造化が、必然的な道行きと思います。

フランスでも同じ素材で研究が出ました。
Jean-Pierre Filiu, L’apocalypse dans l’Islam, Fayard, 2008.

英訳はこれです。
Jean-Pierre Filiu, tr. by M. B. DeBevoise, Apocalypse in Islam, University of California Press, 2011.

フィリウさんはパリ政治学院で学位を取って母校で教鞭を執っている人です。この著者は研究者になったのは私より遅いのですが、年齢はひと回り上(1961年生まれ)で、まず外交官として中東に関わったとのことです。

私は、フィリウさんが外交官をやめて大学院生になったかならないかぐらいに、のちに彼の指導教官となるジル・ケペル教授に会いに行く機会がありました。その際に出たばかりの私の『現代アラブの社会思想』を見せて、日本語なのでケペル教授は当然読めませんが、資料の写真を多く入れておいたのと文献リストを詳細につけていたことで、扱った文献について話が盛り上がりました。

ケペル教授もこの文献群の存在は認識しており、この文献を扱った本を出したことについては、けっこう驚いているようでした。後に、自分のところに来た学生がこの文献群をテーマとして選ぶ際に、微妙に影響を与えたかもしれません。といってもフィリウさんは私よりずっと以前から中東に関わっているので、とっくにこの文献群の存在と影響には着目していたでしょう。

その後フィリウさんは活発に中東論者・分析家として活躍しています。

私について言えば、この本を書いたのは、日本貿易振興会アジア経済研究所の研究員になって1年目の年でした。終身雇用のアカデミックな研究所に就職して、普通なら放心してだれてしまうところでしたが、就職して半年で9・11事件に遭遇し、中東の激動が始まるわさわさとした予感の中で、衝き動かされたように書きました。

クックさんやフィリウさんのような学者が研究を完成させる前に、このテーマについて論文と本を出しておけたことは、今振り返ると、当時の自分を褒めてあげたい気持ちになります。当時は他国の研究者との競争など考えず、ただ無我夢中に論文や著書刊行の機会を求めて、与えられた機会に必死に出しただけだったのですが。

また、この本が広く知られるための後押しとなったのが、この年の暮れに大佛次郎論壇賞を受けたことでした。

どなたかが候補作にあげてくださったのですが、それを審査委員の一人、米国で長く研究をしてきたある先生が、強く推してくださったことで、一気に流れが決まったという裏話を聞きました。どうやらかなりの番狂わせであったような雰囲気でした・・・

当時は「研究員」という立場で賞をもらうことはまずないというのが、日本の言論界の暗黙の前提でした。当時の日本は今よりずっと不自由で、序列を気にするガチガチの社会だったのですね。

また、端正でリベラルな学究の先生が、このような野蛮なテーマを扱った破天荒な学術研究を一番に推してくださったという話も、一般的な印象とは合わないかと思います。

しかしかなり経ってから米国の学術界や社会一般との接点ができるようになったころに気づいたことは、その先生は、この本の出来がいいからとか、完成されているからといった理由でこの本を推したのではないだろう、ということです。

そうではなく、一番変わった説を打ち出している、一番若い人の候補作に、米国での当然の作法として、機会を与えるという意味で賞を与えただけなのでしょう。

米国の社会は、何か人と違うことを考えている人が、一歩前に踏み出して発言しようとした時に、その機会を与えてくれる社会です。何かをやってやるぞという若い人に、まず一回は機会を与える。それが自然に行われています。

機会を与えられて発言を許されたということは、それだけでは何も意味しないのです。その発言が意味のあるものか、社会に何か違いを与えられるか、その後の活動で真価を証明して初めて、その人と作品は評価を得られる。

機会を与えられたということだけでは、評価されたということを意味しないのです。

このあたりは、「発言」があらかじめ「立場」によって決まっており、その評価も立場の上下をもってあらかじめ決まっていかのような前提を抱いている人が多い日本では、あまり理解されていないことかもしれません。そのような前提の下では、発言の機会を確保しているということ自体がなんらかの「上」の立場であることを意味し、すなわち内容の評価を意味するという、強固な観念が生まれます。

米国の社会にも、その社会が生む国際政治の政策にも、悪いところはいくらでもあるでしょう。しかし、「若い人が新しいことをやろうとしているときに、一回は機会を与える」という米国の社会の根っこに強固に定着した原則は、素晴らしいものだと思いますし、それが米国の活力や競争力の源であると思っています。

そのような米国的な発想により、大量の出版物の渦の中で押し流され消えそうになっていたこの本が、拾い上げられ、翼に風を送られたかのように再び浮上したことは、奇跡的であったと思います。この本が今後も飛び続けられるように、私がたゆまず風を送り続けることが、機会を与えてくださった先生に応えることになるのだと思っています。

「シャルリ・エブド事件を考える」(『ふらんす』特別編集)に寄稿しました

1月7日のシャルリ・エブド紙襲撃殺害事件に関して、白水社から刊行された論集に寄稿しました。

私の寄稿したものは、ブログ・ウェブ等の議論の再録ではなく、一連の議論を振り返ってどこに思想的・知識社会学的課題があるかについての論考です。自由な社会を形成し維持するための基本的な知的姿勢について、考えるところを書いています。

雑誌『ふらんす』の特別編集という名目で軽装版ですが、書籍です。

池内恵「自由をめぐる二つの公準」鹿島 茂、関口 涼子、堀 茂樹 編『シャルリ・エブド事件を考える ふらんす特別編集』2015年3月刊、130−133頁

この論集については、今は時間がありませんが、いつか論じることがあるかもしれません。

「イスラーム国」の表記について

*フェイスブック(https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi)で日本時間2月14日14時30分頃に投稿した内容ですが、長期的に参照されるようにこちらに転載しておきます。

*「イスラーム国」「IS」「ISIL 」「ISIS 」「ダーイシュ」のそれぞれの由来と、それぞれを用いる場合の政治的意味は、『イスラーム国の衝撃』の67−69頁に詳述してあります。

NHKは「イスラーム国」を今後「IS=イスラミックステート」と呼ぶことにしたという。

 日本の事情からやむを得ないとは思いますが、言葉狩りをしてもなくなる問題ではありません。長期的には問題の所在の認識を妨げてしまうのではないかと危惧します。短期的に勘違いする人たちを予防するために仕方がないとは言えますが、しかし、低次元の解決策に落ち着いたと言わざるを得ません。

(1)「イスラーム」と呼ぶとイスラーム諸国やイスラーム教徒やイスラーム教の教義と同一であると思い込んでしまう人がいる→どれだけリテラシーがないんだ?
(2)「国」と呼ぶと実際に国だと思ってしまう人がいる→同上。

 本当は「イスラーム国」を称する集団が出てきてもそれにひるむことなく、どのような意味で「イスラーム」だと主張しているのかを見極め、「国」としてどの程度の実態があるのかを見極め、どの程度アラブ諸国の政府・市民、イスラーム世界の政府・市民に支持されているのかを見極め、日本としての対処策を決めていく、というのが、まともな市民社会がある大人の先進国ならどこでもやらなければならないことです。

 今回NHKは政府と一般視聴者の抗議に負けて、市民社会での認識を高める努力を回避しました。それは結局日本の市民社会がその程度ということです。

 私は括弧をつけた「イスラーム国」を用いつづけてきました。『イスラーム国の衝撃』でもタイトルと見出し(これは出版社が決める)以外は「 」を徹底してつけました。本人たちがそう呼んでいるのだから仕方がない。それが普遍的に「イスラーム」でも「国」でもないことは、「 」を付ければ明瞭です。「俺には明瞭ではない」という人は、実態とは異なる名称を伝える紛らわしい情報を「俺にとって心地良いから」よこせと言っているだけです。

 NHKが「イスラーム国」に共感的だから「イスラム国」と呼んできたなどという事実はまったくありません。組織の当事者たちが「イスラーム国」と呼んでおり、世界の中立性の高いメディアも英語でそれに相等する表現を用いているから、日本語でそれに相等する「イスラム国」の表記を用いてきただけでしょう。

 「イスラム国」と呼ばれていればそれがイスラムそのものでイスラム全体で国なんだろう、などと思い込む消費者の側に大部分の問題があります。「俺が勘違いしたのはNHKの責任だ」などというのももちろん単なるクレーマーの横暴な主張にすぎません。ただ、現実の日本社会の水準はそれぐらいだから、それに合わせて報道することを余儀なくされた、報道機関の敗北でしょう。

 ただし、ここで苦肉の策で、中立性を保とうという努力が認められます。要するにより徹底的にBBCに依拠したのですね。BBCはIslamic Stateとまず呼んで、その後はISと略す。NHKはまず「IS」と呼んで、カタカナで「イスラミックステート」と説明をつける。
 
 しかし元々はアラビア語の組織名なのに英語訳に準拠するのは、ぎこちないですね。まあグローバルな存在だから英語でいいという考え方も成り立ちますが、苦肉の策であることに違いはありません。

 BBCは英語だからIslamic Stateと呼んでISと略すのが当然ですが、NHKで日本語の中にここだけ英語略称のISが出てきて、組織名の英語訳であるイスラミックステートがカタカナで出てくる理由は、説明しにくい。NHKの国際放送であれば自然に聞こえますが。

 なお、政府・自民党のISILは明らかに米政府への追随です。米系メディアはISIS とすることが多い。

 アラビア語の各国のメディアは「ダーイシュ」とすることが大多数になっている。これは明確に敵対姿勢を示した用語であり、「イスラーム国」側・共鳴者は「ダーイシュ」と呼ばれると怒ります。

 グローバルなアラビア語メディアであるアル=ジャジーラは「Tanzim ”al-Dawla al-Islamiya”」と、括弧をつけて、冒頭に「組織(tanzim)」を付しています。最近は単に「Tanzim “al-Dawla”」と略すことも多くなっている。「「国家」と自称する組織」ですね。「イスラーム」であるならばそれは絶対的に正しい存在だ、と思う人がアラブ世界の大多数なので、「イスラーム」とはなるべく呼ばないようにしつつ、「ダーイシュ」という各国政府の用いる罵り言葉は使わないようにしているのですね。BBCと似ていますが、よりアラブ世界の実態に即した用語法です。

 BBCでは昨年から、Islamic Stateと略称ISで一貫している。世界標準とはその程度の水準のことを言うのです。

 最新のニュースでも、タイトルでIslamic Stateと書いています。

Islamic State: Key Iraqi town near US training base falls to jihadists

 本文の最初で、

Islamic State (IS) has captured an Iraqi town about 8km (5 miles) from an air base housing hundreds of US troops, the Pentagon says.

 と書かれている。まず「Islamic State」と書いておき、その後「IS」とする。今回NHKは、より英語そのままに(ただし略称を先に出してくる)準拠することにしたのですが、日本語としてはややこしくなりました。

 「イスラム国」という言葉を遠い日本で言葉狩りしても、組織の実態は変わらない。かえって日本側で、謎めいた「IS」という略称のみが出回って実態を理解する能力が落ちる可能性がある。長期的には日本の市民社会の水準を上げるためには役に立たない。

 ただし、日本は「救世主」を「キリスト様」にしてしまってそれが終末論的な救世主信仰であることを忘れた(知らないことにして受け入れた)国だから、同じようなことは随所に起こっているのだろう。

 NHKも最初はBBCに準拠して日本語訳して「イスラム国」としていたが、とんでもない誤解をする政治家や評論家までが出てきて、反発して消費者として抗議したりする人も増えたので、ついに英語そのもので表記することにしてしまったというわけです。

 もちろん「イスラム国と呼ばない」というのも日本社会の意思表示ではあるので、それはそれであり得る選択かとは思います。ただ、そうすることで外国の実態を見えなくなる可能性は知っておいたほうがいいでしょう。

 昔はごく一部の人しか外国の実態を見ることはなかったので、超訳をいっぱいして日本語環境の中の箱庭仮想現実を作ってきました。情報化・グローバル化でそれが不可能になったことが、現在の知的・精神的な秩序の動揺を引き起こす要因になっていると思います。苦しいですが、もう一歩賢くなって、自分の頭で考えるようになるしかないのです。

 日本で「イスラム国」と呼ばなければシリアやイラクやリビアやエジプトの「イスラーム国」を名乗る勢力の何かが変わるかというと、変わりません。日本政府やNHKや日本企業などが「イスラーム国」を作り出してそう呼んでいたのであれば、日本で呼び方を変えれば何かが変わるでしょうが、今回はそういう事態とは全く違います。

 日本政府やNHKに抗議して呼び方を変えさせるよりも、「イスラーム国」そのものに抗議して名前を変えるか行動を改めるかさせるのが、正当な交渉の方向でしょう。また、「イスラーム国」の活動を十分阻止しておらず、黙認していると見られる周辺諸国の政府に抗議して政策を変えさせるのも、本来ならあるべき抗議活動なはずです。

 それらの政府は国民の言うことなど聞かないのかもしれませんが、だからといって遠い日本の政府や報道機関に話を持ち込んでも、知的活動や言論を阻害するだけです。

『イスラーム国の衝撃』の主要書店での在庫状況を調べてみました

「サポートページ」を立ち上げてみたのだが、そもそも「書店に行っても置いていなかった」「インターネット書店では品切れ」のため手に入らないという声がかなり届く。

増刷がかかっており、1月28日に2刷、1月30日に3刷が流通するとのこと。もう少し待ってください。

ただ、いくらなんでも初刷1万5000部が1日ですべて売り切れたとは思えない。ネットから直接買える経路では売り切れたにしても全国の書店にはまだあるはず。

それで調べてみました。

在庫状況は、文藝春秋のウェブサイト上の『イスラーム国の衝撃』のページの下の方から辿っていくことができます。
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166610136

確かにインターネット書店は軒並み売り切れ。1月21日頃にはほとんどすべてのインターネット書店で売り切れていたようです。

中古書店が新品らしきものを1200円〜3000円弱で売りに出している(1月24日現在)。供給が間に合わない間に生じた時限的市場を果敢に開拓しています。
コレクター商品
中古品

丸善・ジュンク堂では全国の店舗での前日集計の在庫状況が一覧で出てくるので便利だ。
http://www.junkudo.co.jp/mj/products/stock.php?isbn=9784166610136
あるという表示がされている。このデータが現実を反映していたらの話ですが。

紀伊国屋では各店舗の在庫状況が、オレンジのアイコンをクリックすると出てくる。
https://www.kinokuniya.co.jp/disp/CKnSfStockSearchStoreSelect.jsp?CAT=01&GOODS_STK_NO=9784166610136

ない店もあるが、ある店もある。

やはり、完全に売りつくしたのはインターネット書店であって、全国のリアル書店の倉庫にはあるはずなんですよね。

これは新書の棚が、一冊あたりで、狭くなっていることが理由です。各出版社が、経営が苦しいので新書をあまりもたくさんの点数を出しすぎなんです。一冊ごとの質が下がるだけでなく、一点あたりの陳列面積が狭くなる。

そうするとこの本のように一時的に爆発的に売れている場合、売場に出してあるものが売れて補充されない間に本屋に行った人は、棚にないのでないものと考えてしまう。そうなると書店で買わずにインターネット書店で買うようになる。しかしそうするとインターネット書店に一度に殺到するので、品切れになって入荷期限未定ということになり、品薄感が仮想的に高まる。

出版社が、自分の経営のために、一時しのぎで膨大な点数の新書を出すことで、必要な本を流通させる機能を書店が果たせなくなっています。出版社が本屋を殺しているんです。

各出版社は粗製濫造の本の出版点数を減らし、一点あたりを大事に作って、長く、たくさん売っていくべきです。

そうすれば隣国ヘイト本や、学者もどきの現状全否定阿保ユートピア本など、煽って短期的に少部数を売り切るタイプの本はなくなっていきます。

元来が出版のあり方について一石を投じるつもりで書いた本でしたが(その意図や、事前の出版社との折衝で何を問題視し何を要求したかなどは、そのうちにここで書きましょう)、結果的に出版界の池に巨石を放り込んだ形になりました。

この本の発売日に、本書の帯に偶然掲載しておいたJihadi Johnが出演する脅迫ビデオが発表されたという、私の一切コントロールできない事情によって販売を促進したという面は多大にありますが、それ以外にも、本ブログでの問題提起が予想外に大規模にシェアされていった現象が大きな影響を及ぼしています。

興味深い現象です。続けてウォッチしていきましょう。

コメント『毎日新聞』1月10日付朝刊

昨日1月10日の『毎日新聞』朝刊に掲載されたコメントをこのエントリの末尾に貼り付けておきます。1月9日付の『産経新聞』へのコメントと重なるところがありますが、『毎日』の方では、今後の展開を中期的な時間軸で捉え、「政教分離を明示的・意識的に受け入れる」層と「政教分離を拒否して過激化する」層が分化する可能性を指摘しています。もちろんその真ん中で迷う人が多数と思いますが、明確にこの分化が外からも内からも促進されるだろうと予想しています。「そうしてはならない」という議論が正しくないと考えるのは、現実にそうなるであろうという現状分析上の見解に加え、イスラーム教の教義は政教分離を認めていないし、解釈によって認めることは極めて困難であるという前提を認識していないことからくる誤った(機能しない)処方箋であると考えるからです。

「イスラーム教」と「イスラーム教徒」は明確に分けてください。イスラーム教の場合、神の啓示した文言は不変なので、明文規定にあるものを、イスラーム教徒が変えるということはできません。「イスラーム教では〜だ」と私が書くときは、「イスラーム教徒の全員がそう考えている、行動する」ことは意味しません。ただし、イスラーム教の教義上、「イスラーム教徒が批判したくてもできない要素」であることを意味します(実際には世界全体の大多数のイスラーム教徒はそのような根本的な要素を批判しようとは思っていませんが)。

今回のような「宗教への挑戦者を制圧するジハードおよび勧善懲悪」といった概念は、個々の信者としては、自分が実際に行うわけではない場合も、他の信者が実施することを制止する教義上の根拠は脆弱です。現実的にも、阻止すれば自分も背教者として糾弾され、脅かされる可能性が高いにもかかわらず、なおも必ずジハードや勧善懲悪の実施を阻止しろ、とイスラーム教徒に要求することはできません。歴史上も今もイスラーム教徒は戦ってばかりいたわけではないのですが、それは「ジハードをしてはいけない」という教義があったから戦っていなかったのではなく、ジハードを「しなくてもいい」という法学解釈で戦わないことを許してきたのです。現在は、そのような解釈を行う穏健な宗教者の言うことを聞かない人が多くおり、コーランやイスラーム法学の支配的な学説を引いて強硬な解釈を行う宗教者が多く出てきて、彼らの影響力が抑えがたくなっています。根本的な教義を引いてくるだけに、穏健な解釈をする側としては論駁することが難しく、うまくいっても「見解の相違」に持ち込むしかないのです。その場合も「ジハードを阻害する者へもジハードを行う」と名指しで攻撃される危険があるので、どうしても発言は抑制的になります。穏健派の宗教者の非難声明がどうしても煮え切らない印象があるのはこういった理由があります。

強硬な解釈の余地がなくなるように、根本的な教義を変えようとすれば、とてつもない宗教改革が必要です。そもそもそのような宗教改革を世界全体のイスラーム教徒の大多数が現在は望んでいません。多数派として住んでいる圧倒的多数のイスラーム教徒にとっては現行の法体系でさほど支障がないのです。もしフランスのイスラーム教徒だけが変えようとしても変えられません。

フランス人となっていて、教義は自分の力では変えられないが、自分自身は政教分離を受け入れるという人は多数います。「イスラーム教は政教分離をしないことが教義なのだから、個々のイスラーム教徒に政教分離を強いるのは抑圧だ」との見解がフランスでも社会的合意として取り入れられれば、イスラーム教徒でかつ政教分離を志向する人は、背教宣告に怯えなければならなくなり、自由を著しく侵害されます。サウジアラビアやエジプトではそれでも構わない(かどうかわかりませんが、そうしておきましょう)としても、フランスでもそのような原則を導入しなければ差別だ抑圧だ、という主張を私はいたしません。なお、露骨に政教一致を主張するイスラーム教徒をフランス社会は受け入れないでしょう。それを「差別だ」と糾弾することは、フランス社会の成員でない私にはできません。

「フランスのアラブ人には政教分離に賛同している人もいる」という議論で、イスラーム教の解釈は実は世俗主義に親和的だから、問題視してはいけない、批判してはいけないと議論する人がいますが、逆です。「フランス国民となるためには政教分離してください」と要求し続けてきたので、イスラーム教の教義では許されにくいにもかかわらず、一定数が政教分離を受け入れてきたのです。イスラーム教の教義を一切勉強せずにフランスのムスリム問題を語るような人が、話を混乱させています。

下記がコメント本文です。

「クローズアップ2015:仏週刊紙襲撃 「自由」と「信仰」深い溝 池内恵・東京大准教授の話」『毎日新聞』2015年01月10日 東京朝刊

 ◇価値観の摩擦続く−−池内恵・東京大准教授(中東地域研究、イスラム政治思想)

 今回の事件は、西洋とイスラム社会の間にある根本理念の対立を顕在化させたと思う。西洋近代社会はキリスト教などの宗教の支配から脱し、神ではなく、人間が理性的に社会を作るという規範を作った。いわゆる政教分離であり、特にフランスでは革命を経て、神を批判しても罰せられない表現の自由を得た。

 一方で、イスラム教には聖典「コーラン」や預言者ムハンマドなどの宗教的権威を傷つけてはならないという教義がある。殺人は認めていないが、教義を守らない人には守らせなくてはいけないという考え方だ。

 西洋各国はイスラム教徒に対し、信仰は内面にとどめて公的には自国の理念や制度に従うべきだとしてきた。そのことが難しいことに薄々気づいていたが、今回の事件で問題が表面化し、正面から向き合わざるを得なくなった。個々の人間は平等だという理念に従い、多くの移民を受け入れてきたが、イスラム諸国からの移民の増加を抑制しようとする動きは強まっていくと思う。一方で、メディアも多少萎縮し、挑発するような言動は一時的に減るのではないか。

 西洋のイスラム教徒の間では政教分離に同調する人と、教義に忠実で過激化する人の分裂が加速するだろう。歴史的にみて西洋が表現の自由で妥協する可能性はなく、イスラム世界が政教分離を受け入れることも近い将来には実現しない。西洋各国の国内での摩擦は今後も続くだろうし、今回のような事件が再び起こる可能性はある。(談)

コメント『産経新聞』1月9日朝刊

シャルリー・エブド紙襲撃事件について『産経新聞』1月9日朝刊に掲載されたコメントを下記に再録します。インターネット上では前日夜に公開されていたものです。

なお、普通に読めばわかるように、私は移民を抑制しろなどとは言っていません。価値観の根本的な相違が露わにされると、移民の抑制論への支持は一層高まるだろうという予測を記しているだけです。すでにフランスにしてもイギリスにしても、中道右派と左派のいずれも移民抑制論に転じており、「どう抑制するか」の手法で争っている(そもそもどうしたら抑制できるのか分からない)段階ですので、これは予測というほどでもなくて、すでに定まった趨勢がより強まるだろうと言っているだけです。今すでにいる人を政策的に排斥するという話ではありません。

なお、人道的な理由での難民受け入れは、大規模に行い続けているので、「西欧が偏狭になった」といった議論は行き過ぎと思います。それを言ってしまうと日本は「昔も今も変わらずものすごく偏狭」の一言で終わってしまいます。難民も移民も原則受け入れていませんので。「受け入れに限界がある」と言っただけで「排斥だ」と言われてしまう西欧の基準は、ダブルスタンダードがあちこちにあっても、やはり非常に高いものがあります。そのような基準を設定してかなり実現しているところから西欧の指導力が生まれていることは認めざるを得ません。

もちろん例えばイギリスの移民問題に関する学会の一定の人たちが、移民抑制に向かう保守党・労働党双方を(もちろんそれ以外の極右政党も含めて)「移民に対して否定的になった」と批判するのは、それは個人の思想信条の自由です。そういった移民問題の研究者が、実際に移民社会の一部が公然とシャリーアの施行を要求することがどれだけ深刻な意味を持つのか、ホスト社会にとっても受け入れ難いのか、という点をまともに論じません。

移民の「過激化」(といっても多くはシャリーアの施行を要求している「だけ」ですが)に影響を及ぼすイスラーム教の政治イデオロギーをまともに受け止めていることはほとんどありません。まるでイスラーム政治思想は「誤謬」であって、そのようなものを信じるのは何かの過ちであり、一部の過激な狂信者だけであり、そのような狂信に追い込む原因は、社会や政治問題であると説くのです。それはかなり無理をした(おそらく間違っていることがやがて証明される)仮説に過ぎません。

実際には、シャリーア施行を要求する「過激派」の人の大部分は「え?故郷のパキスタンでもやっているだけのシャリーア施行ですよ?イスラームは普遍なんだからイギリスでも施行しないといけないに決まっているじゃないですか。しかもウチのあたりの街区なんて住民の9割以上ムスリムなんだから、施行して当然ですよね?そこに住んでいる少数派の人の方がわれわれに従うべきなんですよ」と言われて愕然、というところから「多文化主義は失敗した」「移民を制限しよう」という話になっているのに、こういった問題意識を持つ人を全て「極右だ」と言ってしまっては話がややこしくなっています。また、シャリーアの施行を主張する人はイギリスの多数派の考えからは「過激派」「狂信者」「ならず者」に見えるのかもしれませんが、コミュニティでは「宗教に熱心な人」ということになる。

こういった厄介な現実を伝えるイギリスのメディアを、全部「イスラモフォビア」と言って本を書いていた日本の研究者もいた。

そういう研究者は、「シャリーアの施行は当然だ」「イスラーム教が中傷されたら戦うのが義務だ」と考える人が存在するということが信じられないか、都合が悪いから言わないだけです。単に全く知らないという場合も多い。合理的な説明要因の外にあるとされる宗教的思想が政治的選択・行動の要因であると議論することは、ある種の学問を欧米でやっている人からいうと、やりにくい、評価されないという問題が背後にあります。そういった微妙なところを、外部の日本人の研究者がイギリスとイスラーム世界の両方を見て指摘してあげればいいのだが、普通はイギリスの研究者に従属して受け売りしているだけの人が大多数。で、先方の学界動向が変わると、日本の研究者の次の世代が出てきてまたそれを受け売りする。悲しき近代。

日本は逆に、文化本質主義が強すぎて、思想(あるいは漠然と「歴史」)と行動との関係を一直線で捉えすぎな一般的な風潮がありますが、欧米の現在の社会科学系学会では思想を政治的な選択の決定要因として取り入れることには強い抵抗があります。しかしそれも、長い歴史から見れば、一時的に、過度に合理的選択を強調していた時代だったと振り返られることになるでしょう。学問なんてそんなものです。現実によって反証されて、発展していくんです。

さて、下記がコメント本文です。

「西洋社会に拒絶感、移民抑制も」『産経新聞』2015.1.8 20:45

 ■東京大学准教授、池内恵(いけうち・さとし)氏の談話

 今回のテロ事件により、西洋社会は、これまでなるべく直視しないようにしてきた問題に正面から向き合わざるを得なくなるだろう。すなわち西洋近代社会とイスラム世界の間に横たわる根本的な理念の対立だ。

 西洋社会において、イスラム教徒の個人としての権利は保障されているが、イスラム教徒の一定数の間では神の下した教義の絶対性や優越性が認められなければ権利が侵害されているとする考え方が根強い。真理であるがゆえに批判や揶揄(やゆ)は許されないとの考えだ。

 一部の西側メディアは人間には表現の自由があると考え、イスラムの優越性の主張に意図的に挑戦している。西洋社会は今後も人間が神に挑戦する自由は絶対に譲らないだろう。それがなくなれば中世に逆戻りすると考えているからだ。

 根本的な解決を求めれば結論は2つ。イスラム教に関してはみなが口を閉ざすと合意するか、イスラム世界が政教分離するかだが、いずれも近い将来に実現する可能性は低い。

 ただ現実的にはこうした暴力の結果として表立ったイスラム批判は徐々に抑制されるだろうし、イスラム教徒の間に暴力を否定する動きも出る。それによる均衡状態だけが長期的にあり得る沈静化の道筋だろう。

 西洋社会は、個々の人間は平等という理念に従い多くの移民を受け入れてきた。だが、こうしたテロにより、一定数のイスラム教徒が掲げる優越主義への拒絶感が高まり、中東などからの移民受け入れが抑制される可能性もある。

パリのテロは「イエメンの」アル=カーイダの広めたローン・ウルフ型ジハードの実践例

1月7日のシャルリー・エブド紙襲撃殺害事件は、ゆるいつながりを持つ人物による警官殺害事件を惹起した。両方の犯人たちは、人質を取って別々の場所に立て籠もった(後者の犯人はユダヤ教徒向けスーパーを占拠して人質17人を取った)上で、1月9日、特殊部隊の突入と銃撃戦により死亡した

突入の経緯といった現地でしかわからないことについてはここでは論じない。重要なのは、すでに明らかになってきている背景や原因である。

立て籠もりの最中に、それぞれの犯人が報道機関と通話した記録が出ている。この事件が実際に何であったか、背景や原因は何かは、実際の犯人に関する情報を元に議論しなければならない。下記の記事などは最初の手がかりになる。

“French forces kill newspaper attack suspects, hostages die in second siege,” Reuters, Fri Jan 9, 2015 7:28pm EST.

シャルリー・エブド紙襲撃殺害事件では、犯行の目撃者から、犯人が「イエメンのアル=カーイダ」の一員だと自称したというニュース(「仏テロ犯が「イエメンのアル=カーイダ」と称したという情報」2015/01/08)があった。

立て籠もり中の外部のメディアとの通話記録でも、イエメンのアル=カーイダとの関係を主張している。弟の方のシャリーフ・クワーシー容疑者が、イエメンに行ってアンワル・アウラーキーから資金提供を受けたと語っている。イエメン系アメリカ人のアウラーキーは2011年9月に米軍の空爆により死亡しているので、直近のことではない。スリーパー・セル的にフランスに戻され、数年間の潜伏により捜査機関の監視が薄れた後に、なんらかの指示を受けたか、あるいは自発的に、今回の犯行を起こした可能性がある。

一方、ユダヤ教徒向けスーパーに立て籠もった後続の警官殺害事件犯アミーディー・クーリバーリーの方は、メディアとの通話で、「イスラーム国」に対するフランスの軍事行動の停止を要求した。シャルリー・エブド紙への襲撃犯と過去に電話連絡をしていたと認めると同時に、直近には電話していないとも言っているので、それが事実なら、緊密な連携というよりは、知り合いの犯行をメディア上で知り、「呼応」して後に続いたものと言える(通話の全文のアラビア語訳、AFPの配信)。

「イエメンのアル=カーイダ」との関係についての国際メディアの報道が日本で翻訳され翻案される過程で、「イエメンの」という部分の意味は捨象されていた。ここにも英語圏メディアと日本の情報力の差は著しい。

「イエメンのアル=カーイダとの関係」という情報に対して日本では「アル=カーイダなんですね、テロなんですね、ビンラーディンなんですね」と反応してしまうのだが、世界標準では報道機関もウェブでの議論も「イエメンの」に反応する。

イエメンのアル=カーイダすなわち「アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)」は、イエメン国内で武装蜂起や領域支配を狙っているとともに、世界各地でのローン・ウルフ型テロを雑誌『インスパイア』で明示的に、詳細に、扇動してきた。「イエメンの」と聞いた瞬間にピンときて、ローン・ウルフ型のジハードの手法が実践されたのではないか、と仮説を立てて裏を取っていくのが、世界標準のジャーナリストと報道機関の基本動作だ。日本では8日や9日の段階でこれらの情報に適切に反応できる報道機関は一つもなかった。

事件の本筋はグローバル・ジハードの思想が実践に移されたというところにある。「欧米社会がムスリムに冷たい」などという点を犯行の直後から活発に議論する情緒的(かつ極めて危険な暴力黙認の)反応が日本ではかなり大きく、人間が権威に屈従せず、暴力の脅しに怯まず発言していくという意味での言論の自由(「報道の自由」「言論の自由」を言論機関に属する人や、インターネット上で「自由」を享受する人々が理解していない事例を数多く見聞きしたので、ここであえて説明をつけておいた)に対する決定的な挑戦であるという点を語れる論客・ジャーナリストがほとんど見られなかった。これは先進国のメディア・言論空間で日本に特有の現象であることを知っておいたほうがいい。

なお、こういった指摘に対しては、「何が悪いんだ日本は最高だ。欧米中心主義はもう古い」と言い出す人たちが右翼にも左翼にもいることは承知している。

日本は右傾化しているのではなく、内向化し、夜郎自大になり、かつそれぞれの勢力や組織が硬直化し、組織に属する一人一人が失点を恐れて萎縮し、帰属集団の漠然とした「空気」の制裁を恐れて各人が発言をたわめているだけである。そのような社会では「言論の自由への挑戦」が深刻に受け止められないのは当然だろう。そのような自由を、国家の介入にも宗教権力の圧力にもよらず、各個人が内側からすでに放棄しているからである。おそらく、すでに捨ててしまっているものに対する挑戦の存在は認識できないのだろう。

なお、私は絶望はしていない。日本は国家や宗教規範が発言と思考を縛っているのではないため、個人のレベルで自由を獲得することはまだ可能だ。日本では社会の同質化圧力による言論統制が非常に強いこと、それによる弊害によって、社会が国際情勢を認識し判断する能力において、先進国の中で落ちこぼれやすいことを自覚した個人が、今後道を開いていってくれるものと信じている。その意味では、日本は自由にも「格差」が生じる社会となるだろうと予想している。

(ちなみに、欧米社会は弧が確立していない人には等しく冷たいですよ。イスラーム教徒よりも、生暖かい帰属社会を求める日本人の留学生や駐在者の方がつらいのではないかな。イスラーム教徒は、住んでいる社会がどうであろうと神の下した真理を自分は信奉している、と信じて揺るがないがゆえに、様々な異なる環境で自己を確立して居場所を切り開いていく。生暖かい同情など期待していない。また、日本社会は冷たいどころかよそ者を有意義な規模で受け入れていないので、日本の言論空間に瀰漫する、フランスに対する妙な優越心、無根拠な「上から目線」がどこからくるものか判然としない。外部の視点からは、それは結局テロの暴力を背景にして欧米に対して優位な立場に立ったような気分になっているものとすら見られかねない)

イエメンのアル=カーイダの影響を受けたローン・ウルフ型のテロであれば、一定期間の間に連鎖することがあっても、物理的には小規模な銃撃や爆破となるだろう。短期的には社会的緊張を強いられるものの、体制を揺るがすような暴動や社会秩序を崩壊させる武力紛争に発展するとは考えられない。本質はテロであり、イラクとシリアでのイスラーム国や、イエメンでのAQAPのような領域支配や大規模な紛争に至るものではない。

ただし、これに刺激され、世界各地のアル=カーイダ系の組織が同様にローン・ウルフ型テロを呼応して指令する動きが、競って行われる可能性があり、当面は最高度の緊張が続くだろう。

そのような次元で考えた上で「不安を煽ってはいけない」と言える。不安を煽ってはいけないということは、犯人の信念や動機を、それがイスラーム教の教義の特定の(それなりに有力で根拠のある)部分に根ざしているということを報じたり論評してはならないということではない。このことを報道機関も言論人も、ウェブ空間で不用意に実名で勇ましく威嚇的発言を行う素人論客も理解していないようである。実態を知るから適切な対処策を決めることができ、落ち着くことができる。事実を知らせなければデマを否定する根拠が得られない。

グローバル・ジハードの理論は、先進国で分散的に各個人・小組織がテロを行うことを推奨する(同時に、アフガニスタンや、現在のシリアやイラクのような途上国の紛争地では大規模に武装し組織化して聖域とすることを目指している)。先進国での小規模の、相互に組織的関連が薄いテロの頻発により、見かけ上は「現象」として大きな運動があるように見えるが、個々の事件の規模は軍事的には小さい。象徴的な意味を持つ暗殺によって威嚇効果を高め、メディアの関心を集め、社会的な動揺をもたらすことが主要な効果である。そのような実態を見極めた上で、暴力に対処できる体制を整え、連鎖的な事件を封じ込めていく必要が有る。

シャルリー・エブド紙事件の犯人のイエメンでの訓練歴については欧米の政府当局からの情報が1月8日には報道されている。
Mark Hosenball, “Suspect sought in Paris attack had trained in Yemen – sources,” Reuters, WASHINGTON Thu Jan 8, 2015 5:19pm EST.

Eric Schmitt, Michael S. Shmidt and Andrew Higgins, “Al Qaeda Trained Suspect in Paris Terror Attack, Official Says,” JAN. 8, 2015.

1月9日にはイエメンの政府当局からも犯人のイエメンでAQAPに訓練を受けたことを認める発言が出ている。

Mohammed Ghobari, “Exclusive: Paris attack suspect met prominent al Qaeda preacher in Yemen – intelligence source,” Reuters, SANAA, Fri Jan 9, 2015 8:24am EST.

1月9日には、AQAPが犯行声明ではないが、犯人とのつながりを認め、事件を称揚する発言を行っている。

Sarah EL Deeb, “Al-Qaida member in Yemen says group directed Paris attack,” Associated Press, Cairo, Jan 9, 5:02 PM EST.

これらの情報から、現時点では、今回の事件は、イエメンのAQAPがローン・ウルフ的なジハードへのイデオロギー的なインスピレーションを与え、訓練と資金提供の面で過去に支援したというところまでは、明らかになってきているといえよう。AQAPが直接的に指令した組織的犯行であるかどうかは、現時点では分からないが、密接な指揮命令関係がない可能性もある。そうなれば、特定の組織を追い詰めるだけでなく、過激派の間に共有されているイデオロギーとその根拠として用いられている教義をどう批判し影響力をなくすかが、対処上の課題となる。

仏テロ犯が「イエメンのアル=カーイダ」と称したという情報

仏シャルリー・エブド紙へのテロ事件について、3人の襲撃犯のうち10代の一人が投降したようですが、主犯とみられる30代の二人(指名手配されているCherif Kouachi 32歳とSaid Kouachi 34歳)は逃走中のままです(CNNでこの兄弟のプロフィールをまとめています)。

本日のエントリに加えてもう一点。

犯人の背景についてはまだ確定的なことは言えませんが、一つ気になる情報は、銃撃の際に犯人のうち二人が自分は「イエメンのアル=カーイダの一味だ」と言ったという話です。真偽の程は定かではありませんが、興味深い情報です。

“Terrorists shouted they were from al-Qaeda in the Yemen before Charlie Hebdo attack,” The Telegraph, 7 Jan 2015.

「二人」というのは30代の兄弟のことなのか。

「イエメンのアル=カーイダ」というのは、おそらく、一般に「アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)」と現在呼ばれている組織のことを指します。イエメン南部で勢力を確保している組織で、アル=カーイダの中枢とも最も関係が深い、後継組織の一つと言えます。ビン・ラーディン自身が、家系がイエメン系ということもあり血縁や支持基盤を持っています。また、サウジ政府との武力闘争に敗れた「アラビア半島のアル=カーイダ」がイエメンに逃れ、2009年1月に「イエメンのアル=カーイダ」と合同してAQAPを結成したことから、サウジ人の活動家を多く含んでいます。

今回の犯人はフランス育ちでアルジェリア系と見られます。この場合、「イエメンのアル=カーイダ」あるいはAQAPに過去や現在属していたり接触があった可能性もありますが、それだけでなくAQAPが発信したグローバル・ジハードの思想、特にローン・ウルフ型テロの扇動に感化されている可能性があるのではないかと考えます。

AQAPはイエメンの政府や国内の諸勢力と軍事的な対立を続けるだけでなく、グローバル・ジハードの拠点となり発信源となる意志を明確にしている組織です。

グローバル・ジハードの活動として有名なのは、英語の機関紙『インスパイア』を刊行していることです。

これについては次の論文に詳細に書いてあります(リストの上から二番目の論文)。

池内恵「一匹狼(ローン・ウルフ)型ジハードの思想・理論的背景」『警察学論集』第66巻第12号、2013年12月、88-115頁

ローン・ウルフ型のテロをグローバル・ジハードの思想と組織論において定式化したのはシリア出身のアブー・ムスアブ・アッ=スーリーですが、スーリーの著作の主要部分の英訳を(テロ対策研究者による英訳を無断引用して再録しているのですが・・・)、『インスパイア』は連載して掲載しています。2013年のボストン・マラソン・テロの際も、犯人の兄弟のうち生き残った弟が、『インスパイア』を読んだと供述したと報じられています(下記の分析は無料公開中)。

池内恵「「ボストン・テロ」は分散型の新たな「グローバル・ジハード」か?」『フォーサイト』2013年4月25日

スーリーの原理論については、下記の論文などで書いてあります。

池内恵「グローバル・ジハードの変容」『年報政治学』2013年第Ⅰ号、2013年6月、189-214頁

池内恵「「指導者なきジハード」の戦略と組織」『戦略研究』第14号《戦略とリーダーシップ》、戦略研究学会、2014年3月20日、19-36頁

このような前提を踏まえると、もし「イエメンのアル=カーイダだ」と自ら称したという情報が事実なら、イエメンに直接渡航して組織に入っていたのではなく/だけではなく、イエメンのAQAPの発信するローン・ウルフ型の「個別ジハード」の思想(スーリーが定式化した)を実践したと言っていた可能性があります。

なお、「イスラーム国」の戦闘員がシャルリー・エブド紙へのテロを礼賛したという記事もあります。

仏週刊紙テロ:イスラム国戦闘員「勇敢な戦士、最初の一撃」『毎日新聞』2015年01月08日東京夕刊
「ロイター通信によると、過激派組織「イスラム国」の戦闘員は「預言者を冒とくした者への報復だ」と述べ、仏週刊紙襲撃事件を正当化した。戦闘員はロイターに対して「勇敢な戦士たちによる最初の一撃だ。さらに攻撃は続く」などと銃撃を評価。有志国連合によるイスラム国への空爆に参加するフランスを「十字軍の一員」とみなし、「攻撃されるに値する」などと主張した。」とのことです。

この話と、犯人が「イエメンのアル=カーイダ」への所属なり過去の関係なりを主張した(もし事実であれば)ことは、私が考案している理論上は、大いに両立します。「イスラーム国」としては、直接つながりがない組織の行動を支持して、もし犯行当事者が「イスラーム国」への加入や忠誠や支持を表明すればそれはそれでいいし、そうでなくとも、グローバルなジハード運動の一部としてエールを贈りあっているだけでも十分です。

アル=カーイダと「イスラーム国」はどう違うのか、とよく聞かれます。もちろん違いはありますが、思想的には多くの部分で共通しています。組織として路線対立や別系統の指導者に従っているということと、理念的に同じような体系の中にいるということは両立するのです。組織が違うから考え方も違うはずだと前提にする必要はありません。

「アル=カーイダがAで、「イスラーム国」は非Aである」という答えを、「池上彰」的にみなさん求めたがりますが、物事がそんなきれいに分けられるはずがありません。

実際には、アル=カーイダも「イスラーム国」も、より大きな「グローバル・ジハード」という概念の中にあると考える方が適切です。「グローバル・ジハード」の思想と運動の中にA, B, C,と様々な形態がある。それらの形態の中を、個々のジハード主義者は情勢に応じて渡り歩くと考えたほうが現実的です。そこにはある共通性と限られた範囲の幅がある。スーリーのような理論家は、それを一方で「個別ジハード」とし(客観的に見ると「ローン・ウルフ」型のテロ)、他方でイラクやシリアのような「開放された戦線」への結集と概念化した。そういった幾つかの行動類型や組織を、個々のジハード主義者が、置かれた状況や、流行や雰囲気などに応じて選び取っていく。

ある一つの事件について、一つのアル=カーイダ系組織と直接・間接のつながりがある一方で、「イスラーム国」(の中の特定の人物や組織)が共感を示したり、場合によっては「我々の一味だ」と主張することは、それほど予想外ではありません。両方ともグローバル・ジハードの一部だという暗黙あるいは自明の認識があるので、当人たちは特に不都合を感じないのでしょう。分析したり報道したり捜査したり起訴したりする側としては、どれか一つのはっきりとした組織に属していてくれた方が楽ですが、現実には対象はそのようなものではありません。

なお、『イスラーム国の衝撃』も、このような視点で書かれています。「イスラーム国」そのものや、イラクやシリアそのものも重要ですが、その背後にある「グローバル・ジハード」こそが今とらえるべき対象で、その一つの形態が「イスラーム国」であり、その活動の機会がイラクやシリアである、ということです。そのような見方をしておくと、イラクやシリア、イエメンやソマリアやナイジェリア、そしてフランス、イギリス、ベルギー、オーストラリア、カナダなどで生じてくる幾つかの異なる形態の現象が、統一的に一つの現象として理解できるようになりますし、今後何が起こってくるかも、概念的には把握できます。そこから適切な対処策も考え始めることができます。

コメント『毎日新聞』にシャルリー・エブド紙へのテロについて

フランス・パリで1月7日午前11時半ごろ(日本時間午後7時半ごろ)、週刊紙『シャルリー・エブド』の編集部に複数の犯人が侵入し少なくとも12人を殺害しました。

この件について、昨夜10時の段階での情報に基づくコメントが、今朝の『毎日新聞』の国際面に掲載されています。

10時半に最終的なコメント文面をまとめていましたので、おそらく最終版のあたりにならないと載っていないと思います。
手元の第14版には掲載されていました。

「『神は偉大』男ら叫ぶ 被弾警官へ発泡 仏週刊紙テロ 米独に衝撃」『毎日新聞』2014年1月8日朝刊(国際面)

コメント(見出し・紹介含む)は下記【 】内の部分です。

【緊張高まるだろう
池内恵・東京大准教授(中東地域研究、イスラム政治思想)の話
 フランスは西欧でもイスラム国への参加者が多く、その考えに共鳴している人も多い。仮に今回の犯行がイスラム国と組織的に関係のある勢力によるものであれば、イラクやシリアにとどまらず、イスラム国の脅威が欧州でも現実のものとなったと考えられる。イスラム国と組織的なつながりのないイスラム勢力の犯行の場合は、不特定多数の在住イスラム教徒がテロを行う可能性があると疑われて、社会的な緊張が高まるだろう。】

短いですが、理論的な要点は盛り込んであり、今後も、よほどの予想外の事実が発見されない限り、概念的にはこのコメントで問題構図は包摂されていると考えています。

実際の犯人がどこの誰で何をしたかは、私は捜査機関でも諜報機関でもないので、犯行数時間以内にわかっているはずがありません。そのような詳細はわからないことを前提にしても、政治的・思想的に理論的に考えると、次の二つのいずれかであると考えられます。

(1)「イスラーム国」と直接的なつながりがある組織の犯行の場合
(2)「イスラーム国」とは組織的つながりがない個人や小組織が行った場合。グローバル・ジハードの中の「ローン・ウルフ(一匹狼)」型といえます。

両者の間の中間形態はあり得ます。つまり、(1)に近い中間形態は、ローン・ウルフ型の過激分子に、「イスラーム国」がなんらかの、直接・間接な方法で指示して犯行を行わせた、あるいは犯行を扇動した、という可能性はあります。あるいは、(2)に近い方の中間形態は、ローン・ウルフ型の過激分子が、「イスラーム国」の活動に触発され、その活動に呼応し、あるいは自発的に支援・共感を申し出る形で今回の犯行を行った場合です。ウェブ上の情報を見る、SNSで情報をやりとりするといったゆるいつながりで過激派組織の考え方や行動に触れているという程度の接触の方法である場合、刑法上は「イスラーム国」には責任はないと言わざるを得ませんが、インスピレーションを与えた、過激化の原因となったと言えます。

「イスラーム国」をめぐるフランスでの議論に触発されてはいても、直接的にそれに関係しておらず、意識もしていない犯人である可能性はあります。『シャルリー・エブド』誌に対する敵意のみで犯行を行った可能性はないわけではありません。ただ、1月7日発売の最新号の表紙に反応したのであれば、準備が良すぎる気はします。

犯行勢力が(1)に近い実態を持っていた場合は、中東の紛争がヨーロッパに直接的に波及することの危険性が認識され、対処策が講じられることになります。国際政治的な意味づけと波及効果が大きいということです。
(2)に近いものであった場合は、「イスラーム国」があってもなくても、ヨーロッパの社会規範がアッラーとその法の絶対性・優越性を認めないこと、風刺や揶揄によって宗教規範に挑戦することを、武力でもって阻止・処罰することを是とする思想が、必ずしも過激派組織に関わっていない人の中にも、割合は少ないけれども、浸透していることになり、国民社会統合の観点から、移民政策の観点からは、重大な意味を長期的に持つでしょう。ただし外部あるいは国内の過激派組織との組織的なつながりがない単発の犯行である場合は、治安・安全保障上の脅威としての規模は、物理的にはそう大きくないはずなので、過大な危険視は避ける必要性がより強く出てきます。

私は今、研究上重要な仕事に複数取り組んでおり、非常に忙しいので、新たにこのような事件が起きてしまうと、一層スケジュールが破綻してしまいますが、適切な視点を早い時期に提供することが、このような重大な問題への社会としての対処策を定めるために重要と思いますので、できる限り解説するようにしています。

現状では「ローン・ウルフ」型の犯行と見るのが順当です(最近の事例の一例。これ以外にも、カナダの国会議事堂襲撃事件や、ベルギーのユダヤ博物館襲撃事件があります)

ただし、ローン・ウルフ型の犯行にしても高度化している点が注目されます。シリア内戦への参加による武器の扱いの習熟や戦闘への慣れなどが原因になっている可能性があります。

ローン・ウルフ型の過激派が、イラクとシリアで支配領域を確保している「イスラーム国」あるいはヌスラ戦線、またはアフガニスタンやパキスタンを聖域とするアル=カーイダや、パキスタン・ターリバーン(TTP)のような中東・南アジアの組織と、間接的な形で新たなつながりや影響関係を持ってきている可能性があります。それらは今後この事件や、続いて起こる可能性のある事件の背後が明らかになることによって、わかってくるでしょう。(1)と(2)に理念型として分けて考えていますが、その中間形態、(2)ではあるが(1)の要素を多く含む中間形態が、イラク・シリアでの紛争の結果として、より多く生じていると言えるかもしれません。(1)と(2)の結合した形態の組織・個人が今後多くテロの現場に現れてくることが予想されます。

本業の政治思想や中東に関する歴史的な研究などを進めながら、可能な限り対応しています。

理論的な面では、2013年から14年に刊行した諸論文で多くの部分を取り上げてあります。

「イスラーム国」の台頭以後の、グローバル・ジハードの現象の中で新たに顕著になってきた側面については、近刊『イスラーム国の衝撃』(文春新書、1月20日刊行予定)に記してあります。今のところ、生じてくる現象は理論的には想定内です。

豪立て籠もり犯は「一匹狼」型の模倣犯・呼応犯か──黒旗は別物です

12月15日朝から、オーストラリア・シドニー中心部のリンツ・ショコラ・カフェでの立て籠もり事件は、つい先ほど、現地時間16日午前2時ごろ(日本時間午前1時頃)までに、治安部隊が突入して鎮圧したようで、事件そのものは終結に向かっている。

犯人はイランからの難民として渡航したMan Haron Monisと特定されている。

Australian hostage taker named as Iranian refugee charged with assault, Reuters, Dec 15, 2014 10:23am EST

オーストラリアは中東からの移民社会の規模が大きくなり、統合の不全や一部の過激化により社会不安と摩擦を引き起こすようになっている。過激化した説教師とその信奉者が問題視される事例が、特にシリア内戦への義勇兵を輩出し始めてから、増えている。

今年9月には、「イスラーム国」に共鳴して、オーストラリアで人質を取り、公開斬首を行ないビデオ撮影をして流通させる計画が発覚し、大規模摘発が行われ、有罪判決も出ている。

“Terrorism raids carried out across Sydney, Brisbane,” The Sydney Morning Herald, September 18, 2014.

“Public beheading fears: Tony Abbott confirms police believed terrorists planned ‘demonstration killings’,” The Sydney Morning Herald, September 18, 2014.

“Terror raids: 800 police and two men charged,” The Sydney Morning Herald, September 18, 2014.

“Terror raids: Recruiter Mohammad Baryalei behind Islamic State plot to murder Australians, police say,” The Sydney Morning Herald, September 19, 2014 .

“Terrorist conspiracy: five Sydney cell members lose conviction, sentencing appeals,” The Sydney Morning Herald, December 12, 2014.

今回の事件の真相は現段階では分かりようがないが、「追いつめられた」と意識した、従来から破壊衝動や反社会的行動を抱えていた個人が暴発した可能性がある。

昨日深夜に帰宅して民放ニュースを確認した限りでは、日本の報道では「黒旗」に注目が集まり、「イスラーム国」との関連は?といった切り口で報じられていたが、おそらく「イスラーム国」との直接的な関連はない。

むしろ、この旗を見る限り、直接の関係はない、呼応犯・模倣犯ではないかと推測される。

豪立て籠もりと黒旗3
出典:The New York Times

だから重要ではないかというと、そうではなく、むしろ、現在のグローバル・ジハードは、直接の関係がない組織や単独犯が勝手に、自発的に、「個別ジハード」を行なって社会に脅威認識を与えるところを重要な要素としている、という点は口を酸っぱくして説明してきた。

今回の黒旗を見て「イスラーム国」か?関連は?という議論は的外れで、むしろ正反対にこの種の黒旗しか持ち出していないということは、直接シリアやイラクから指令されたとは考えにくい、と即座に判断できる。

黒旗の種類と由来については、下記エントリを見ていただきたい。

「「イスラーム国」の黒旗の由来」(2014/10/04)

今回の事件で犯人が人質らに掲げさせた黒旗に白く染め抜かれているのは「シャハーダ」と呼ばれるイスラーム教の信仰告白。「アッラー以外に神はなし、ムハンマドはアッラーの使徒なり」という定型の文言を良く知られた書体で記してある。

イスラーム国だとその下にムハンマドの印章をあしらったシンボルマークが記されるが、今回の旗にはない。脱出した人質によると、犯人の交渉条件の一つが「イスラーム国の旗を持ってこい」だったという情報もあるが、これが本当であれば、かなり間抜けな話だ。

印章なしの黒旗は、国際的なイスラーム主義組織「イスラーム解放党(ヒズブ・タハリール)」が用いてきたことで知られますが、ビン・ラーディンが主導したアル=カーイダも用いてきました。しかし近年、アル=カーイダの「再ブランド化」の試みが進む中で、アル=カーイダとの関係を有する組織の旗でも、印章が付いたものが増えています。「イスラーム国」に参加していない組織でも、この印章付きの黒旗を掲げることはよくあります。

逆に、イスラーム国と組織的つながりがあれば、印章なしの黒旗をあえて掲げることはないでしょう。

役に立つのがこの記事。

“Flag being held by Lindt Chocolat Cafe hostages is not an Islamic State flag,” The Sydney Morning Herald, December 15, 2014.

この記事では、各種のイスラーム組織で使われる黒旗を、比較対照した写真を載せてくれています。

豪立て籠もりと黒旗1
豪立て籠もりと黒旗2

この記事では、専門家の端的な発言が引用されています。

“If this was centrally organised from Syria or Iraq they would not be using that flag.”
(シリアかイラクの中枢から組織されたのだったら、この旗は使わないだろう)

私もそう思いますが、「イスラーム国」に勝手に共鳴してやった、正確な旗すら用意していなかった、という犯人が出てくることは、それはそれで危険です。

印章なしの「旧バージョン」の旗はオーストラリアの過激化した若者の間に広まる兆しがある。例えば、9月23日に警官二人を刺して射殺された犯人アブドルヌウマーン・ハイダル(Abdul Numan Haider)は、フェイスブックに黒旗を掲げた写真を投稿していたことが分かった。

最新の流行のムハンマド印章付きの旗を手に入れたかったができなかった、という程度の犯人であれば組織的な背景はなさそうだが、暴発する「ローン・ウルフ(一匹狼)」型テロの脅威を再確認した形だ。

【寄稿】『文藝春秋』12月号にて「イスラーム国」をめぐる日本思想の問題を

今日発売の月刊『文藝春秋』12月号に、「イスラーム国」をめぐる日本のメディアや思想界の問題を批判的に検討する論稿を寄稿しました。

池内恵「若者はなぜイスラム国を目指すのか」『文藝春秋』2014年12月号(11月10日発売)、第92巻第14号、204-215頁

文藝春秋2014年12月号

なお、タイトルは編集部がつけるものなので、今初めてこういうタイトルだと知りました。内容的には、もちろん各国の「若者」の一部がなぜ「イスラーム国」に入るのかについて考察はしていますが、若者叩きではありません。むしろ、自らの「超越願望」を「イスラーム国」に投影して、自らが拠って立つ自由社会の根拠を踏み外して中空の議論をしていることに気づけない「大人」たちへの批判が主です。

*井筒俊彦の固有のイスラーム論を「イスラーム教そのもの」と勘違いして想像上の「イスラーム」を構築してきた日本の知識人の問題

*「イスラーム国」が拠って立つイスラーム法学の規範を受け止めかねている日本の学者の限界はどこから来るのか(ここで「そのまんま」イスラーム法学を掲げる中田考氏の存在は貴重である。ただしその議論の日本社会で持つ不穏な意味合いはきちんと指摘することが必要)

*自由主義の原則を踏み越えて見せる「ラディカル」な社会学者の不毛さ、きわめつけの無知

*合理主義哲学と啓示による宗教的律法との対立という、イスラーム世界とキリスト教世界がともに取り組んできた(正反対の解決を採用した)思想問題を、まともに理解できず、かつ部分的に受け売りして見当はずれの言論を振りかざす日本の思想家・社会学者からひとまず一例(誰なのかは読んでのお楽しみ) といったものを俎上に載せています。すべて実名です。ブログとは異なる水準の文体で書いていますので、ご興味のある方はお買い求めください。 「イスラーム国」「若者」に願望を投影して称賛したり叩いたりする見当はずれの「大人」の批判が大部分ですので、これと同時期に書いたコラムの 池内恵「「イスラーム国」に共感する「大人」たち」『公研』2014年11月号(近日発行)、14-15頁 というタイトルの方が、『文藝春秋』掲載論稿の中身を反映していると言っても良いでしょう。 『文藝春秋』の方は12頁ありますが、これでも半分ぐらいに短縮しました。

*「イスラーム国の地域司令官に日本人がいる?」といった特ダネも、アラビア語紙『ハヤート』の記事の抄訳を用いて紹介している。もっと紙幅を取ってくれたら面白いエピソードも論点もさらに盛り込めたのだが。 おじさん雑誌には、おじさんたちの安定した序列感によるページ数配分相場がある。それが時代と現実に合わなくなっているのではないか。 原稿を出してやり取りをする過程で、これでも当初の頁割り当てよりはかなり拡張してもらいました。しかしそれを異例のことだとは思っていない。まだ足りない、としか言いようがない。 はっきり言えば、このテーマはもうウェブに出してしまった方が明らかに効率がいい。ウェブを読まない、日本語の紙の媒体の上にないものは存在しないとみなす、という人たちはもう置いていってしまうしかない。なぜならばこれは日本の将来に関わる問題だから。 国際社会と関わって生きている人で「日本語の紙の媒体しか読みません」という人はもはや存在しないだろう。 私としては、『文藝春秋』に書くとは、今でも昔の感覚でいる人たちのところに「わざわざ出向いて書いている」という認識。 なぜそこまでするかというと、ウェブを読まない、しかし月刊誌をしっかり読んでいる層に、それでもまだ期待をしているから。少なくとも、決定的に重要な今後10年間に、後進の世代の困難な選択と努力を、邪魔しないようにしてほしいから。 時間と紙幅と媒体・オーディエンスの制約のもとで、その先に挑戦して書いていますので、総合雑誌の文章としては、ものすごく稠密に詰め込んでいます。多くの要素を削除せざるを得なかったので、周到に逃げ道を作るような文言は入っていない。 それにしても、この雑誌の筆頭特集は、年々こういうものばかりになってきている。 「特別企画 弔辞」(今月号)に始まり・・・ 世界の「死に方」と「看取り」(11月号) 「死と看取り」の常識を疑え(8月号) 隠蔽された年金破綻(7月号) 医療の常識を疑え(6月号) 読者投稿 うらやましい死に方2013(2013年12月号) これらがこの雑誌の主たる読者層の関心事である(と編集部が認識している)ことはよく分かる。よく分かるが、こればかりやっていれば雑誌に未来がない、ということは厳然とした事実だよね。 今後の日本がどのようにグローバル化した国際社会に漕ぎ出していくのか、実際に現役世代が何に関心をもって取り組んでいるのかについて、もっとページを割いて、掲載する場所も前に持っていかないと、このままでは歴史の遺物となってしまうだろう。 その中で、芥川賞発表は誌面に、年2回自動的に新しい空気を入れる貴重な制度になっている。 しかし普段取り上げられる外国はもっぱら中韓で、それも日本との間の歴史問題ばかり。朝日叩きもその下位類型。基本的に後ろ向きな話だ。 そのような世界認識に安住した読者に、国際社会に実際に存在する物事を、異物のように感じとってもらえればいいと思って時間の極端な制約の中、今回の寄稿では精一杯盛り込んだ。 15年後も「うちの墓はどうなった」「声に出して読んでもらいたい美しい弔辞」「あの世に行ったら食べたいグルメ100選」とかいった特集をやって雑誌を出していられるとは、若手編集者もまさか考えてはいないだろうから、まず書き手の世代交代を進めてほしいものだ。 しかし『文藝春秋』の団塊世代批判って、書き手の実年齢はともかく、どうやら想定されている読者は「老害」を批判する現役世代ではなく、団塊世代を「未熟者」と見る60年安保世代ならしいことが透けて見えるので、これは本当に大変だよなあ、と同情はする。