【イスラーム政治思想のことば】(10)サウジの新皇太子(次期国王)への「バイア(忠誠の誓い)」

6月21日朝、サウジ、そして中東を揺るがす発表がありました。サルマーン国王が、皇太子のムハンマド・ビン・ナーイフを更迭し、実子のムハンマド・ビン・サルマーン副皇太子を皇太子に昇格させたのです。

そのサウジ内政や国際関係に及ぼす影響については別の場所で考えましょう。ここでは「イスラーム政治思想のことば」シリーズの一環として、皇太子の任命の正統性を確保するために、現在サウジ発のメディア報道やSNS上で溢れている言葉を紹介しましょう。それは「バイア(忠誠の誓い;bay’a; oath of allegiance; pledge of allegience)」という言葉です。

サウジの王政は統治の正統性を示すために、イスラーム法に基づく政治思想を援用することが多くあります。全イスラーム教徒の共同体(ウンマ)を指導する「カリフ(あるいは「イマーム」)」を名乗ることはないまでも、聖地メッカとメディナを実効支配していることから、「二聖モスクの護持者(Khadim al Haramayn; Custodian of the Two Holy Mosques)」を称号として掲げています。

そして、政権の根拠に、有力者そして国民全体から「忠誠の誓い(バイア)」を受けている、ということを誇示して、支配を正統化しています。

国王が亡くなって次の国王が立つ時に、まず然るべき王族や宗教学者の有力者が「バイア」を行なってみせます。今回は、国王ではありませんが、次期国王となることが確実な皇太子を任命した、それもこれまでの実力者の皇太子を存命のまま更迭して、国王の年若い実子を昇格させたということから、盛大にバイアの儀式が行われました。

バイアによって正統な権力が成立するという観念の定式化とその手続きについては、イスラーム政治思想を体系化したイスラーム法学者マーワルディーの『統治の諸規則』のイマームの定立に関する記述にまとめられていますし、イブン・ハルドゥーンの『歴史序説』でも、主要なスンナ派法学者の定説に基づいてこの概念が紹介されています。

サウジアラビアでは前国王のアブドッラーの時代に、次期国王あるいはその前提として皇太子を選出する際に、まず初代アブドルアジーズ王の直系男子の子孫からなる王族会議(王族の中でも中枢の家系のみ)で選出する形式をとることになりましたが、この次期国王選出のための特別な王族会議も「忠誠委員会(Hay’a al-Bay’a; Allegiance Council)」と名付けられています。まず王族の中の有力家系の代表が「バイア(忠誠の誓い)」を新たな皇太子・次期国王に対して行って「選出」し、選出された者が忠誠の誓いを受け入れる、という形式を踏んで、王権が立ち上がるのです。

あたかもカリフ(イマーム)を選出するようにイスラーム法上の「バイア」と似通った手続きで国王・次期国王を選出することで、サウジ王家は自らのイスラーム法上の正統性を印象付けようとしています。

スンナ派ではカリフの政治権力を前任者が次期(息子でもいい)を指名(つまり世襲)することすら正統な「選出」であるとしている、現実の実効支配を重視する現実追認の傾向が目立つ体系ですが、有力者による合議(シューラー)の上、政治権力者を選出してバイアし権力者はバイアを受け入れる、という手続きをとることは重視します。現実に人々が従わない権力はその役割を果たせないと考えるからです。血統だけで継いでいくことには意味がなく、実力を伴って、イスラーム教を護持する役割・義務を果たして初めて、権力者であると考える。

そうなるとまず、前任者から後任者の指名(サウジの今回の場合は国王による息子の皇太子任命ですね)が行われた上で→忠誠委員会による合議の上でのバイア→大臣や知事や宗教学者の有力者などによる、より広い有力者によるバイア→国民全体のバイア、と忠誠の誓いを誓う人々の輪を広げていく形をとります。

今回はサウジ王家の、あるいはアラブ部族の権力継承の慣例を破り、これまで制度化されていた継承の規則も一部変更してまで行う皇太子任命ですから、各階層のバイアを確実にすることは重要です。忠誠委員会でも、現在の34名の定数のうち31名がムハンマド・ビン・サルマーンの皇太子任命に賛成した、と発表されていますから、つまり全会一致ではないわけです。そうなるとより一層、国民の各階層から、多数がバイアしているということを示さなければなりません。

さらに今回は、これまで皇太子だったムハンマド・ビン・ナーイフが、解任されたといえども存命ですから、これがバイアするかどうかが重要です。

そこで、前皇太子の更迭と新皇太子任命の発表があってから間もなく、ムハンマド・ビン・ナーイフ前皇太子が新皇太子にバイアした、との報道が国営通信社によってなされます。サウジ政府は、ムハンマド・ビン・ナーイフ前皇太子がムハンマド・ビン・サルマーン新皇太子にバイアする場面を撮影して、これを各メディアを通じて大々的に宣伝し、インターネットで拡散させました。サウジ王家内部が分裂している、あるいはそこから、それに呼応する国内勢力がある、という印象を万が一でも内外に与えては不安定化につながると危惧して先手を打ったのでしょう(この映像についてもサウジの在外反体制派は、軟禁されたムハンマド・ビン・ナーイフ前皇太子が強制されているだけで、都合の悪いところを映さないようにしている、と腐しています)。

サウジ政府の英文広報紙というべきSaudi Gazetteは一連のバイアについて次の記事で伝えています。

“Generational shift: Princes, officials, ulema, citizens pledge allegiance to Prince Muhammad as crown prince,” Saudi Gazette, June 22, 2017.

新皇太子任命が発表された時点では「忠誠委員会」のみがバイアしている状態です。そこで、さらに御触れを出して、まず王族のより広い成員に対して、当日夜にサファー宮殿でバイアを受け付けるぞ、と伝えたということですね。ここに非王族の政府高官や高位の宗教者も来なさいという国王の御触れはこのようなものです

王宮でのバイアの様子は、例えばこの記事から。アラビア語が読めなくても映像や写真を見れば様子が伝わってきます

最終的に全国民がバイアすることを求められるのですから、この王宮でのバイアに、一般市民も原理的には来ていいはずですが、おそらく身分が低い者が行くことはあまり想定されていないでしょう。

上記の記事にもありますが、各地の王子・知事(王族の場合が多い)は新皇太子に代わってバイアを受けよとの王の御触れも出ています。

バイアの儀式といっても簡略で、礼をして握手するだけですが、これはコーランの表現にも多いアラブ人の「商取引」で、契約を締結する際に握手する慣行をおそらく引き継いだものでしょう(そもそも「バイア」という言葉は「売り買い」を意味する言葉です。臣民は王に服従を「売る」代わりに安全の保証といった見返りを買うのです。なお、コーランでは、信仰も神と人間が行う商行為であって、て、神の命令に従って現世で義務を遂行することで、来世での幸福を「買う」かのような表現が多く見られます)。

政府の音頭取りに応じ、SNS上では「私は皇太子ムハンマド・ビン・サルマーンにバイアする」という一文がハッシュタグとなって流通し、バイアの様子を拡散したり自らSNS上でバイアをして見せたりする発信が相次いでいます。

原則は目下の臣下が権力者に服従を誓い、権力者がそれを受け入れるという形式ですが、映像で見てみると、はるかに年上で実力者の前皇太子(57歳)に対して、第三世代の王族の中でも最年少の部類に属す新皇太子(31歳)は、いちおう一瞬だけ跪いて見せ、握手の最中も最後まで頭を相手より下げているなど、傲慢に見られないように務めています。同様に、メッカのサファー宮殿で行われた、王族や政府高官たちによるバイアの場でも、王族の中での目上の人や、平民でも長年主要閣僚を務めた重鎮に対しては、結構頭を下げてみせています。

こういう絶妙な間合いの取り方は、アラブ人の兄弟・従兄弟・友人などの間の関係に、日常的に見られることです。一族の中で羽振りのいい男は、それ以外を従えるのですが、それは金銭的にもその他も何かと面倒を見る義務を伴います。目下の親族については普段から何かと目を配っておいて、住むところの世話から職探し、娘の縁談まで、何かと便宜を図ってやらないと、親族からも叛逆されます。

そのため、一族のリーダー格は、毎日のように、親族や、あるいは血縁関係がなくとも盟友関係にある友人や、世話を焼いている子分の家を、ぐるぐる巡回していたりします(逆に定期的にそれらの配下から訪問を受ける応接間=マジュリスが家にあったりします)。そういうのに同行して観察したことがありますが、アラブの男であるってことは、大変なんですね。大物は大きな態度で羽振り良くして見せていないといけない。そうしないと馬鹿にされるのです。みなさんプライドがありますから、子分格は、親分が親分っぽくないと容赦無く馬鹿にし、逆心を抱きます。人間は自由であり、プライドを持つのです。

かといって偉そうにしすぎてもいけない。人を従えるアラブ男はこの絶妙のバランスを身につけています。このあたりは私には計り知れないところです。

というわけで、今日も地回り行くか、という風情の知り合いに人類学的興味でついて行くと、一軒一軒、慕ってくる親族や子分のところを回るのですが、あの家はお金に困っているらしい、といった情報を、回りながら自然に集めて行く。そして困っているらしい家に来ると、迎えに出た子分(といえどもその家の当主)があたかも「バイア」のように頭を下げて手を差し出してくるところを、抱擁するように握り返しながら、さりげなく、目にも留まらぬ速さでどこからか出してきた札を握らせます。本当に「いつどこから出してきた!」と叫びたくなるような速さであり円滑さです。それは優雅ですらあります。

そしてこの渡し方が難しい。まず、親分が子分にお金を渡して庇護しているというところは、相手にはもちろん、第三者にもある程度は伝わらないといけない。それによってああ親方様はありがたい、苦しいということをちゃんと理解してくれて援助してくれてこれでなんとか病気の息子を病院に連れて行ける・・・と一同安堵するのです。

しかし、それによって相手が公衆の面前で、あるいは小なりといえども従えている家族の前で、屈従を強いられたと見えてしまうこともまた、避けなければならないのです。

人間は神以外には従属しない、というイスラーム教の信仰を誰もが内在化していますから、わずかばかりの金をこれ見よがしに恵んで尊厳を踏みつけにした、と相手あるいは第三者に受け止められては、大変なことになります。お金を渡してある相手ほど、お金を恵まれることによって屈服させられ、人間の尊厳を奪われている、という思いを蓄積させていることがあり、ある時突然敵になる、ということが結構あるのです(だったらお金なんか渡さなければいいじゃないかというと、そうではなく、渡さなければあいつはケチだ大物ぶっているけどたいしたことない、と陰口を叩かれ、離反されるらしいのです。面倒くさいですね)。

あくまでも、あたかも対等の男同士が友情を確かめ合っていて、しかし余裕があり寛大な男が、相手の窮状を偶然知って、運良く神から与えられていた自らの富を喜んで分け与える、相手はありがたく神の恩寵を受ける、という形が、ほんの一瞬の挨拶の際に交わされる握手と共に受け渡される数枚の折りたたんだ札によって表現されていなければなりません。アラブで男であるって大変なことなんです。私にはとても勤まりません。

大変ですが、津々浦々の「大物」のアラブ男は、この作法を身につけていることも確かです。どうやって身につけるんでしょうね。それは私にも完全にはわかりませんが、やはり最初は家庭の中で兄弟と切磋琢磨しながら、そして一族や地域社会の中で、揉まれながら身につけていくのでしょう。努力だけではなく、天性の才能が磨かれて開花するのでしょう。これを身につけられないと、あるいは天性として備えていないと、やがて脱落して、従う側に回ることになります。

アラブ人の兄弟というのは、必ずしも長男が自動的に偉いわけではなく、体の大きさとか頭の良さとか商才とかコミュニケーション能力とかに総合的に優れた者が、やがて台頭して兄弟、そして一家・一族を率いるようになります。

サウジだけでも、全国の津々浦々の家庭に始まる、アラブ男たちの「マウンティング」の膨大な積み重ねがあって、多くの「バイア」を集める男たち同士がさらに戦ういわばトーナメント戦を勝ち抜いた、全国の最高峰が、ムハンマド・ビン・サルマーンなわけです。そう考えると、映像で見る限り、もしかするとあまりにそっけなく、あっけなくも見えるバイアの儀式に、実はどれだけの重みがあるか、見えてくるでしょう。

「イスラーム政治思想」というと、近代西洋の政治思想のようにあたかも書斎の思想家が緻密に書いたテキストの中にあるように想像する人がいるかもしれませんが、思想をこね回した作品は、実はほとんどありません。あっても影響力は皆無です。実際には、アラブ社会のこのような人間同士のコミュニケーションの中で生まれる権力が政治思想の本体であって、その上澄みを言語化し定式化したのが有力な思想テキストと言えるでしょう。

【寄稿】『ブリタニカ国際年鑑』2017年版に昨年のイスラーム教の動向について

今年も、『ブリタニカ国際年鑑』の宗教のセクションの、「イスラム教」の項目を寄稿しました。

池内恵「イスラム教」『ブリタニカ国際年鑑』2017年版、2017年4月、206頁

過去1年のイスラーム世界・イスラーム教についての特筆すべき動向をピックアップするという趣向で、2014年版に最初に依頼を受けて以来、連続して4年執筆しています。期せずして、年に一度のまとめの機会になっています。

今年選んだのは、
「グローバル・ジハード現象の拡散」
「反イスラム感情とトランプ当選」
「イスラム教は例外か」

でした。

「グローバル・ジハード現象の拡散」は、中東から欧米にもまたがる「イスラーム世界」における、前年から引続く事件の連鎖を取り上げました。私としてはもう飽きているのですが(なんて言ってはいけませんね)。

「反イスラム感情とトランプ当選」は、昨年から今年にかけて「イスラーム」が国際社会の中で最も顕著に政治問題化された事例として、年鑑で記録しておくことにそれなりの意味はあるでしょう。

「イスラム教は例外か」というのは、イスラーム教に対する研究や論説の次元での新動向を取り上げたものです。従来の西欧や米国でリベラル派の間で通説であった、「イスラーム(アラブ・中東)例外論を否定する」という議論に対して、米国の移民系市民のリベラル派の論客の中から、イスラーム教がその支配的な解釈において「リベラルではない」という意味では、欧米のリベラル派の想定する「宗教のあるべき(本来の)姿」、あるいは「宗教と政治とのあるべき(本来の)関係の姿」からは「例外」となるがまずこの現実を認めてから対処しないとうまくいきませんよ、という議論が出てくるようになったので、それをキャッチしました。これについては論文や学会発表でより深く取り組んでみようと思います。

ちなみに、過去3年には以下の事項を選んでいました。

2016年版
「『イスラム国』による日本人人質殺害事件」
「グローバル・ジハードの理念に呼応したテロの拡散」
「イスラム教とテロとの関係」

2015年版
「『イスラム国』による領域支配」
「ローンウルフ型テロの続発」
「日本人イスラム国渡航計画事件」

2014年版
「アルジェリア人質事件」
「ボストン・マラソン爆破テロ事件」
「『開放された戦線』の拡大」

何事も積み重ね、ということの意味が、いい意味でも悪い意味でもここのところ分かるようになって来たお年頃ですが、『ブリタニカ国際年鑑』も、自分のテーマでの論文を中断して取り組むのは、毎年辛いものがあるのですが、それでも書いておいてよかったといつか思う日があることを願っています。

年に1度の「定期観測」を、日本語の国際年鑑での「イスラム教」の項目という「定点観測」を兼ねてやっているという具合です。

そういえば、『文藝春秋オピニオン』に、2013年版以来、毎年寄稿し続けているのも、年に1度の中東・イスラーム世界をめぐる日本語での論壇の関心事の定時・定点観測のように機能しはじめているかもしれません。

『ブリタニカ国際年鑑』の方は「イスラム教」の項目、という枠や紙幅は変わらず、その中で私自身が3つ何を選ぶかが、少なくとも自分にとっては有意義な指標となっています。

『文藝春秋オピニオン』は、編集部がその年の中東・イスラーム世界に関する日本の論壇にとって有意義と感じられるもの(かつそれを池内に書かせたいと感じられるもの)を選び、本の中でどこに置いてどれだけの紙幅を割り振るかを決めるのですが、その結果、どのテーマがどれだけの長さでどこに配置されたかが、年ごとに変化していきますので、それが長期的には何らかの指標になるかもしれません。

まあそのうち依頼されなくなるというのも一つの指標でしょうか。

『中東協力センターニュース』が3ヶ月に1回の定時観測で、『フォーサイト』が月刊誌時代には月に1回、ウェブになってからは日々にミクロな変化を記録、という形になっているのと併せて、定時観測・定点観測を異なるサイクルで、異なる形式で複数続けているのが現状です。

【寄稿】『朝日新聞』オピニオン欄でイスラーム主義活動家の主張にセカンド・オピニオンを

本日の『朝日新聞』朝刊のオピニオン欄に、コメントが掲載されています。

「奉じる「自由」の不自由さ 東京大学先端科学技術研究センター准教授・池内恵さん」『朝日新聞』2016年10月21日付朝刊

私のコメントは、この日のオピニオン欄の大部分を占めるターリク・ラマダーンへのインタビュー「イスラムと欧米 イスラム思想家、タリク・ラマダンさん」に付された、背景解説のようなコメントで、いわば「セカンド・オピニオン」を提供したものです。

スイス出身・エジプト系の著名なイスラーム主義活動家ターリク・ラマダーンが、先月来日して、各地で講演などを行ったのですが、その際に彼にインタビューした朝日新聞社の国末憲人さんが、いわば「裏をとる」形で私に解説とコメントを要請し、それに私が応じたため、このような形式の紙面が実現しました。

イスラーム主義の思想家は、時と場合に応じて、相手の知識の程度に応じて、読者・聴衆の抱く(想定された)固定観念に応じて、実に巧みに戦略的に言葉を使い分けます。

そのため、イスラーム教の基本的かつほぼ変更不能な規範と、一時的にその思想家がその場に応じて言っていることとの間の、あるいは「言わないこと」との間の、食い違いがあるのか否か、あればそれは何であるか、どれほど重大なのか、その食い違いによって論者はどのような効果を生じさせているのか、かなりそのテーマに関する議論に習熟し、かつ意識して基準を定めて取り組まないと、正確に理解することも言語化することもできません。

イスラーム主義思想家が繰り広げている言語闘争とはまさにそのような、ズレをうまく突いてくるものです。そのような闘争を行う言論の自由はありますが、同時に、理解した上で受け入れるなり、問いかけを返すなりしないといけません。

私のコメントは「イスラーム教の規範を西欧社会で受け入れるなら、非リベラルな規範の部分も受け入れるということを認識して覚悟した上で受け入れるんですよね?」と釘を刺すものとなりました。

世界各地で行われている主張と問いかけのぶつかり合いの一端を紙面に反映させられたことは、稀なことですが、新聞の社会的機能を有益に担えた事例でしょう。

この機会に、国末さんと、今世界で起こっていること、西欧で起こっていることの深い部分について、徹底的に議論をし、ある程度の認識の共有をできたことは、非常に有益でした。今後もこのような稀な機会は逃さないようにしようと思っています。

【寄稿】『ランボー3』のアフガニスタン 『うえの』4月号

取り急ぎ。寄稿です。

池内恵「『ランボー3』とアフガニスタン現代史」『うえの』2016年4月号、No. 684、32−34頁

『うえの』という月刊の小冊子です。「上野のれん会」加盟の諸店舗に行くと置いてあるのではないかな。定価200円と書いてありますが、部数がある限り、お客さんには無料でくれるのでは。たぶん。

あら、ホームページもあるじゃない、奥様。

表紙はこんな感じ。

うえの2016年4月号

内容は、アフガニスタン現代史を読み解くのに、意外にも、ハリウッド超大作バカ映画っぽい『ランボー3 怒りのアフガン』がかなりいいとこついている、という話。

『ランボー3 怒りのアフガン』といえば、、、

これです。

ランボー怒りのアフガン1

なんでこんな無粋な内容を老舗商店街の小粋な小冊子に書くことになったかというと、上野公園の東京国立博物館で「黄金のアフガニスタン−守りぬかれたシルクロードの秘宝−」展が4月12日から開催されるのです(〜6月19日)

『うえの』では東京国立博物館の特別展に合わせて、関連するテーマでエッセーを依頼するらしいのです。たしか以前にエジプト展の時にもご依頼を受けて書いています。それなので、せっかく再びご依頼いただいたので、つい引き受けてしまいました。

とてつもなく忙しくて気が遠くなりそうなのですが、アフガニスタンといえば『ランボー3 怒りのアフガン』を今見てみると、これが結構面白い、脚本がうまくできている、という話なら新たに調べないでも短い時間で書ける。この映画で1980年のソ連について語られていることは、2000年代以後のアメリカにもそのまま通じる、といった話を、授業とか講演とかでよくしていますから、その下調べに基づいて、一瞬でエッセーを書くならできるかも、と頭の端で考えて引き受けてしまったのです。実際に締め切り日になっても、その一瞬の時間も取れないので、また書くなら書くでかなり頭を捻らないといけないので、かなり焦りましたが。

老舗商店街の月刊小冊子といえば、代表的なのはこの『うえの』と、あと銀座の『銀座百点』がありますね。文系の文筆家にとってはこういうところで力を抜きながら芸を見せるのはある種、腕の見せどころ、と思うのですが、分野が大きく違う私などにもたまに書かせてもらえるというのはありがたいものです。

「守りぬかれた至宝」を壊す側の論理を書いたというのもなんですが、展覧会については学芸企画部長さんが文章を寄せていますし、黄金の秘宝の写真も掲載されています。

安田純平さんのビデオ声明について

シリアで消息を絶っている安田純平さんについて、私は個人的には面識がなく、安田さんの交友関係も知らないので、何も情報を持っていませんが、安田さんのものとみられる映像については、Facebookで書いておきました。私にはこれ以上のことは分かりませんし、言うことができません。無事の帰還を祈っています。

安田純平さんが、どの程度、英語を正確に話すのか、私は知らない。ビデオでの発言のこの部分は、英語の語法が不確かなので、意味を正確に理解することは難しい。

“I have to say to something to my country:When you’re sitting there, wherever you are, in a dark room, suffering with the pain, there’s still no one. No one answering. No one responding. You’re invisible.”

しかし、シリア内戦の対立関係と、3月14日に開始されたジュネーブでの和平協議を背景に解釈すると、ほぼ想像できる。「アサド政権の攻撃によってシリアの人々が苦しんでいるのに、日本は何もしていない。日本の声が聞こえてこない」と訴えているのではないか。和平協議によってアサド政権の存続が認められようとしているタイミングで、この映像が発信されたのは、和平協議に反対する意思を伝えるためかもしれない。

「国際社会がアサド政権による空爆や殺害に反対してくれない」という批判は、シリアの反体制派が共通して表明する立場であり、和平協議に参加していないヌスラ戦線の立場でもある。もし安田さんがヌスラ戦線の拘束下にあるのであれば、安田さんがこのように話すのは理解出来る。

また、安田純平さんもある程度反体制派に共感しており、アサド政権による市民の殺害を批判する立場なので、「強制されて言わされている」だけではなく、本心で言っているのかもしれない。

ヌスラ戦線は、ISとは異なり、人質を殺して映像を発信することそのものを、目的にはしていないはずだ。人質を殺せば、シリア反体制派に対する日本の世論は悪くなる。安田さんを生かしておき、日本国民や日本政府に対するメッセージを伝える報道官とすることが合理的だ。私は彼らがそのように決断をすることを願っている。

【テレビ出演】本日の「NHKクローズアップ現代」でグローバル・ジハードの拡散について

本日3月16日午後7時30分からNHKクローズアップ現代「テロ“拡散”時代 世界はどう向き合うか」に出演し、グローバル・ジハードの拡散と拡大のメカニズムについて解説します。(再放送は日付変わって17日の午前1時3分〜)

番組予告はここから

クローズアップ現代

番組予告ではテロの「標的」がソフトターゲットになっていることを強調しているようですが、私自身の解説は、テロの「主体」の側が拡散し分散型・自発的呼応型になっていること、さらにそれがイラクやシリアなどで領域支配を「拡大」することによって、聖域・拠点を得て、拡散にもさらに強度を増したハイブリッド型になっているといった基本ラインを説明しようと思っています。

また、クローズアップ現代のリニューアルも近づいている間近ですので、2001年の9・11事件以来の世界の変動についても振り返ってみたいですね。長かったような、短かったような。

【掲載】『読売新聞』12月4日付朝刊の「『イスラム国』を分析する」に談話が掲載

昨日の読売新聞朝刊にインタビューが掲載されました。

池内恵(インタビュー構成:国際部 深沢亮爾)「石油が資金源 阻止困難」『読売新聞』2015年12月4日朝刊

解説面(13面)の「論点スペシャル」に掲載された「『イスラム国』を分析する」を共通テーマとした3人のインタビューのうち一人です。今回は国際面が拡張した形で、国際部と各地の特派員が記事を作っています。私以外には、アブドルバーリ・アトワーン(在ロンドンのパレスチナ系アラビア語紙『クドゥス・アル・アラビー』の元編集長、『イスラーム国』やグローバル・ジハードに関する著作多数)、リチャード・バレット(テロ対策企業ソウファーン・グループ副社長)で、なかなかいい取り合わせです。

なお、インタビューで、この問題にはまだ詳しくない記者が構成しているため、私が自分で書くならあえて書かないようなことも書いてあります。12版までは私の校閲が入っておらず、13版からは私が修正して許可したものです。全国の大都市部では13版が行きわたっていると思います。(東北には12版が行ってしまっているという情報もありましたが、本日5日に講演で立ち寄った仙台で、買っておいてもらった紙面を確認したところ、少なくとも仙台中心部では13版であることを確認できました。津野先生ありがとうございます!)

タイトルの「石油が資金源」というのも、最近重点的に空爆の対象とされているが故に、この問題が世界的に関心を集めてそればかり報道されているというところに引っ張られているのではないかと思いますが。しかし今現在の「イスラーム国」をめぐる世の中の関心を記録するという意味では、やはり意味があるのではないかと思います。

【アンケート】もし新版が出たら、買います?『イスラーム世界の論じ方』

【御礼】ブログ・フェイスブックでの皆様の「いいね」の支えもあって、『増補新版 イスラーム世界の論じ方』が、中央公論新社から、2016年5月6日に、値段据え置きの2600円で、発売されることになりました。厚く御礼申し上げます。

新しい表紙はこのようなものになりました。

【ここまで2016年4月30日追記】

本日は、いつもこのブログやフェイスブックを読んでもらっている皆さんに、お聞してみたいことがあります。

この本なんですけど。大幅に論文を加えて、ほとんど1冊分ぐらい加えて新版が出たら、どれぐらいの人数が買ってくれるのでしょうか?装丁も新しくします。

『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2008年)

この本は、イスラーム教と政治に関する私の主要な論文を集めつつ、2004年から2008年までに書いた短めの論考をテーマごとにまとめて整序して、 2008年の11月に出版され、2009年には第31回サントリー学芸賞(思想・歴史部門)をいただきました。2刷りまで行きましたが、売り切れて品切れ となっています。

初版も2刷りもそれほど多くはなかったので、持っている人は多くはありません。ただ、こういった学芸書にしては読みやすいのとテーマが一部の方の興味を引いたのか、研究者が書いた通常の本に比べると何倍も売れました。それでももちろん、累計1万部もいっていません。今年1月以来、『イスラーム国の衝撃』が多くの読者を得てからも増版されず、売り切れて、アマゾンでも9000円といった高値がついています。(今気づきましたが、アマゾンの「買取サービス」では、現時点で3149円となっており、定価の2600円より高い値段で買い取ってくれるところもあるようです。なお、この形のままで増版されることはありませんので、お持ちの方はそのまま持っておかれることをお勧めします)

これを増刷しないのかと出版社とやりとりしていますが、中央公論新社というところは実に固い会社で、石橋を叩いても渡るのを躊躇します。そのような固い会社だからこそ私も大切な原稿をお預けしてきたという事情があります。別にたくさん売りたいわけではなく、本当に必要とする人の手に、確実に、しっかりしたものを届けたいのです。中央公論新社からは『アラブ政治の今を読む』(2004年)以来の二冊目の論集でもありました。

『イスラーム世界の論じ方』は、時論集と論文集の要素を併せ持っています。時論集の部分を読むことで、なぜ論文集の部分が書かれているかも分かるようになっています。論じられている対象(中東政治・社会)について、日本に十分に・適切に伝わっていない情報の伝達を行いつつ、伝達された情報に基づいた私自身の理論的考察を同じ本で提供しているという、自己完結型の、この時点では日本のメディアで提供される中東情報の制約から、他に適切な方法がないと思って行った、異例の編集がなされたものです。そのような本が出版され、思いがけずもサントリー学芸賞をいただいたこと自体が、ある種の奇跡的な事件と思っております。

現在、この本に収録されている論考・論文は全てそのままにして、さらに、その後に書いた、グローバル・ガバナンスやグローバル・ジハードについての論文や、「イスラーム教と西洋近代」といった問題についての論文を追加して、ほとんど一冊付け加えたぐらいにして、新版を出そうと考えています。

どれぐらいの人が買ってくれるものでしょうか。

値段は、どれだけ部数が出るかによって大きく変わります。といってもベストセラーになる必要など全くないのです。5000部ぐらい行き渡ればそれでいいと思っています。それぐらい売れると分かっていれば、出版社はまともな手の届く値段をつけてくれます。「売れないかもしれない」という不安に怯えた出版社は、とてつもなく高い値段で少部数にしようとしがちです。そうやって本が売れなくなっていくという、悪循環です。

少部数だと各地の本屋にも行き渡らず、あっても一冊ぐらいしかない。それも棚にも差されずに倉庫のダンボール箱の中に放置されたりして、一定期間が過ぎると返本されて戻ってきて、移動の間に傷ついて廃棄処分になったりします。読者にとっては探し出すことすら困難です。

皆さんがもしこの本の新版を買いたいという意思がありましたら、そしてフェイスブック上で「いいね」を押すという意思表示をしてくれましたら、割にまともな値段でお手元に届くかもしれません。私としては何が何でも3000円以内に抑えたいと思っていますし、本当なら2600円という、当初の値段に抑えたいのです。以前に買っていただいた方も、もう一冊新しい本として買っていただいてもいいぐらいの追加部分があります。

もし本が出ることになりましたら、どの書店に行けば売っているかということまで含めて、刊行の状況をフェイスブック上でお伝えして、欲しいけど買えなかったとか、本屋に行ったけど見当たらなくて無駄足を踏んだといったことは極力ないように、配本の仕方、売り方まで工夫しますので。

【テレビ出演】BS-TBS「週刊報道LIFE」でパリの同時多発テロ事件を解説

本日夜9時から、BS-TBSの日曜夜の報道番組「週刊報道LIFE」(9:00~9:54生放送)に出演する予定です。

BS-TBS週刊報道LIFE

テーマはパリの同時多発テロ事件とその影響について。

ウェブ上の番組案内ではこのように記されています。

「パリ同時多発テロを緊急特集。
120人以上が犠牲となった、これまでにない大規模なテロ。
イスラム過激派との関連は、そして今後の展開は…
気鋭のイスラム研究者、池内恵・東大准教授が
最新情報を交えてスタジオ生解説。」

急遽予定していた番組内容を差し替えてパリのテロ事件を特集するということですので、いろいろ考えたのですが、出先から戻って出演することにしました。

本当は、この週末は大きな文章仕事の山場だったのですが。しかしテロですでに邪魔されているので、もうこうなったら今しか調べられないことを調べて考えます。

テレビ出演は労力がかかって研究の進展には必ずしも助けにならないこともあるので、それほど頻繁には行っておりませんが、この番組の前身の「週刊BS-TBS報道部」には2月1日と3月22日に出演して、「イスラーム国」による人質殺害と、チュニジアのバルドー博物館のテロについて、それぞれ解説しました。

2月1日の出演については、このブログには出演情報が記されていないが、当時おそらくフェイスブックでは出演告知をしていたのかな。人質事件の情報分析であまりに忙しかったものですから。2月1日にBS-TBSで話した内容の一つがこれ。脅迫ビデオを見れば、「軍事か非軍事か」などということを「イスラーム国」側は問題にしていないことが明瞭だ、という話

この番組とのご縁は、『フォーサイト』(新潮社)がウェブになる前の月刊誌だった時代に連載「中東 危機の震源を読む」を設けてもらってお世話になった、堤信輔元編集長がコメンテーターになっているため。今回、堤さんも本来は出演予定ではなかった回ですが、急遽出てきてくださるそうです。

イスラーム世界では金曜日に物事が動きやすいのですが、日本では「土・日は堅苦しいニュースは見たくない」という一般聴衆の感情を慮って(なのか)、軒並みニュース番組は休みます。そのため、金曜日に起こったイスラーム世界の出来事についての土・日の報道が要領を得ず、月曜日にはもうニュースの旬としての時期が過ぎているので報じられない、ということを繰り返しています。24時間ニュース局ができれば問題は解決するのですが、需要がないのでしょうね。いつまでたっても日本のBBC は現れません。特に土・日は地上波ではニュース番組がほとんどなく、テレビを情報源としている人たちにとっては情報が途絶します。それに新聞休刊日が重なったりすると、要するにテレビ局も新聞も記者が休んで当直の人しかいない状態になるので、あらゆる意味で情報の流通が悪くなります。ワーク・ライフ・バランスは大切ですが、メディアの人ぐらいは土日に働いてもいいんじゃないの?と思いますが。ニュースは365日24時間全力で追いかけて発信する体制を作り、平日に交代で休めばいいじゃないですか。

その中で日曜日にまともにニュースを扱おうとする番組企画があると、ちょっと無理してでも出演してみようかな、という気になったりします。

【地図】パリ同時多発テロ事件の発生地点詳細

11月13日夜にパリで起きた同時多発テロについて、情報や有用なリンクを『フォーサイト』の「池内恵の中東通信」でまとめてあります(当面このコーナーは無料です)。

池内恵「パリの同時多発テロの攻撃の波はひとまず収まる」《池内恵の中東通信》『フォーサイト』2015年11月14日12:00

中東通信では文中に盛り込めなかった(リンクでは示してあります)地図を、ここに載せておきましょう。

ニューヨーク・タイムズ紙は早速、グーグル・マップ上にテロが行われた場所を示してしてくれています。

パリ同時多発テロ地図NYT

出典:“The Attacks in Paris: What Happened at Each Location,” The New York Times, November 13, 2015.

記事の中では、ストリート・ビューを駆使して幾つかの現場を特定しています。

パリは旅行で行かれた人も多いでしょう。観光客が歩いていて全くおかしくない中心部の主要な場所が狙われています。

フランスのメディアが出してくれる地図は、より詳細に場所を特定しています。Agence IDEというところが作ってくれたこの地図は、爆破や銃撃の行われた住所(通りの名)と死者数が記されていて、もっとも見やすいものと思います。

パリ同時多発テロ2015年11月13日地図IDE

【寄稿】トルコのシリア国境の町スルチュでクルド勢力を狙った自爆テロ

連休も講演をすませてあとは必死に論文書きをしていたが終わらず。いや、そのうち二本は終わったんだが大きいのが二本終わっていない。限界までやっているんだがなあ。

しかし日々のニュースは見ておかないとついていけなくなる。論文にも関係あるし。

没頭しているとこのブログにはほとんど手をつけられないのだが、英語やアラビア語のニュースはPC画面ではこの横に表示されるツイッターの窓@chutoislamで、空いた時間の一瞬をついてリツイートしてあります。また、『フォーサイト』では日本語でニュースの要約・解説をする「中東通信」をやっています。

最新のものは、池内恵「トルコのシリア(コバネ)との国境の町スルチュで支援団体の集会に自爆テロ」『フォーサイト』2015年7月20日

それにしてもややこしい。シリア北部のコバネの戦闘は注目を集めましたが、「イスラーム国」から奪還する勢力となったクルド人勢力に対して、コバネと接するトルコ側で自爆テロ。それもトルコ側とシリア側で同時にやっている・・・

トルコ政府からいうと「トルコ側でもシリア側でもクルド勢力は一体」ということを同時攻撃で見せつけられたわけで・・・「イスラーム国」はサウジやクウェートではシーア派を狙って、被害者と中央政府を分断する戦略ですが、同じことをトルコではクルド人を狙うことでやっているように見えます。これは効果がありそう。トルコ側のクルド人が「トルコ政府は頼りにならない」と武装化する→トルコ政府はトルコ側とシリア側のクルド勢力を攻撃→クルド勢力が一体化して独立武装闘争へ・・・なんてことにならないようにお願いしますよ。本当に行ける国がなくなってしまうではないか。

でも、この調子だと次にイスタンブールが狙われそうなのが怖い。あんな大きな都市だから、万が一テロがあっても自分が巻き込まれる可能性は極めて低いのだが、一回テロがあれば政府の「退避勧告」みたいな話になってしまいかねない。

【寄稿】『フォーサイト』の連載を再開 ギリシア論から

昨日予告した、『フォーサイト』への寄稿がアップされました。

池内恵「ギリシア――ヨーロッパの内なる中東」《中東―危機の震源を読む(88)》『フォーサイト』 2015年7月8日

今回は、無料です。久しぶりの寄稿ということもあり、また分析ではなく自由な印象論、政治文化批評でもあるので、まあ気軽に読んでもらおうかと。ご笑覧ください。

中東問題としてのギリシア危機

今話題のギリシア債務危機。「借金払わないなら出て行け」と言うドイツの世論とそれに支えられたメルケル政権、言を左右し前言を覆し、挙げ句の果てに突如、交渉提案を拒否するよう訴えて国民投票に打って出たギリシアのチプラス政権、それに応えて圧倒的多数で交渉提案を否決してしまう国民。確かに面白い対比です。ユーロ離脱の決定的瞬間を見たい、といった野次馬根性もあって、国際メディアも、中東の厄介なニュースを暫し離れてギリシアに注目しています。

ギリシア問題は、一面で「中東問題」であるとも言えます。もちろん狭い意味での現在の中東問題ではありませんが、根幹では、オスマン帝国崩壊後に近代国際秩序に十分に統合されていない地中海東岸地域に共通した問題として、中東問題と地続きであると言えます。

私はギリシアは専門外なので、深いところはわからないのだが、目に見える表層を、特に建築を通じて、素人ながら調べてみたことがある。

そこでわかったことは、現在のアテネなどにある「ギリシア風」の建物は大部分、19世紀に「西欧人」特にドイツ人やオーストリア人の建築家がやってきて建てたということだった。途中からギリシア人の建築家が育ってきて、ドイツ人やオーストリア人建築家の弟子として引き継ぎはしたものの。

1832年のギリシア王国建国で王家の地位に就いたのはギリシア人ではない。なぜかドイツ南部のバイエルン王国から王子がやってきて就任した。なぜそうなったのかは西欧政治史の人に聞いてください。

それで王様にドイツやオーストリアの建築家がついてきて、ギリシアのあちこちに西欧人が考える「ギリシア風」の建物を建てたのである。

例えば、「ギリシア問題どうなる」についてのBBCなど国際メディアの特派員の現地レポートの背景に(私は6月末の本来の債務返済期限のカウントダウンの際には日本に居なかったので日本のニュース番組でどう報じていたかはわからないが、多分同じだったと思う)必ずと言っていいほど映り込むギリシア議会。

これです。

ギリシア議会

いかにも「ギリシア的」ですね。

でもこれ、ドイツ人の建築家が19世紀前半に建てたんです。ドイツから来た王様の最初の正式な王宮でした。

近代西欧に流行した建築様式としての、古代ギリシア(+ローマ)に範をとった「新古典様式」の建築です。西欧人の頭の中にあった「古代ギリシア」を近代ギリシアに作っていったんですね。

ギリシアの「ギリシア風」建築の多くがドイツ人など近代の「西欧人」が設計したものであるという点については、マーク・マゾワーのベストセラー歴史書『サロニカ』を『外交』で書評した時に、本の内容はそっちのけに詳細に書いてしまった。

『外交』の過去の号は無料で公開されています。このホームページの第12号のPDFのところの下の方、「ブックレビュー・洋書」というところをクリックすると記事がダウンロードされます。『外交』に2年間、12回にわたって連載した洋書書評の最終回でした。

池内恵「ギリシア 切り取られた過去」『外交』Vol. 12, 2012年3月, 156-159頁.

現在の世界の歴史家の中で、学者としての定評の高さだけでなく、一般読者の数においてもトップレベルと思われるマゾワー。その「ギリシアもの」の代表作で、英語圏の読者には最もよく知られて読まれている『サロニカ(Mark Mazower, Salonica, City of Ghosts: Christians, Muslims and Jews 1430-1950)』は、第一次世界大戦によるオスマン帝国の最終的な崩壊の際の、現在ギリシア領のテッサロニキ=当時のサロニカが被った悲劇を描いている。サロニカ=テッサロニキは、アナトリア半島のギリシア人(ギリシア正教徒)と、現在のギリシア側のトルコ人(イスラーム教徒)の「住民交換」とその過程で生じた多大な流血の主要な場であった。

マゾワーの本はやっと翻訳され始めている。まずこれ。Governing the World: The History of an Idea, 2012の翻訳が『国際協調の先駆者たち:理想と現実の二〇〇年』として、NTT出版から刊行されたところです。

続いてNo Enchanted Palace: The End of Empire and the Ideological Origins of the United Nations, 2009『国連と帝国:世界秩序をめぐる攻防の20世紀』として慶應義塾大学出版会から刊行される予定だ。

さらに、Dark Continent: Europe’s Twentieth Century, 1998の翻訳が未来社から出る予定であるようだ

これらはいずれも、国連や国際協調主義の形成といった、国際関係史の分野のものだが、ぜひ著者の狭い意味での専門である、ギリシア史・バルカン史の著作にも関心が高まるといいものだ。

「中東」としてのギリシアについて、それがオスマン帝国の崩壊によって生まれたものという意味で中東問題と根が繋がる、といった点についての論考は、近く『フォーサイト』(新潮社)に掲載される予定です。

そんなにオリジナルな見解ではなくて、今日出席した鼎談でも、元外交官の中東論者が同じようなことを仰っていた。中東を見ている人がギリシアに行くと共通して思うんでしょうね。

『フォーサイト』に長く連載してきた「中東 危機の震源を読む」(『中東 危機の震源を読む (新潮選書)』として本になっています)と「中東の部屋」ですが、「イスラーム国」問題が人質問題として日本の問題になってしまったあたりから、個人としての日本社会向けの発言という意味もあって、その他いろいろ思うところがあって、個人ブログやフェイスブックを介した、読者への直接発信に労力を傾注してきた。

直接的な情報発信は今後も続けていこうと思うのだが、しかし、個人ブログで何もかも書いてしまうと、媒介となるメディアが育たない。私の議論を読む人は、私の議論だけでなく、ある程度は質と方法論を共有した他の専門家の議論にも触れて欲しい。

今後はもう少し、これまで縁のあった媒体を中心に、間接的な発信を再び強めていこうと思う。

そうはいっても、私の本来の任務である論文・著書の刊行義務がいよいよ重くのしかかってきているので、あまり頻繁にというわけにはいかないが。

そこで、ギリシアの中東としての意味や、建築史の搦め手から見たギリシア近代史といった、緩やかな話題からリハビリ的に『フォーサイト』への寄稿を再開してみようと思っている。

グローバル・ジハードの連動か:金曜日に3件のテロ(チュニジア、クウェート、フランス)

Braking News Al Jazeera Eng

本日、6月26日の金曜日、中東各地に加え西欧でも、グローバル・ジハードに感化されたか呼応したと見られるテロが並行して生じています。相互の関連は不明です。関連がなくても(むしろ関連のない人と組織が)、呼応してテロを連動させることがグルーバル・ジハードの基本メカニズムです。

(1)チュニジアの西海岸の主要都市スース近郊のビーチ・リゾートにあるホテル(Riu Imperial Marhaba hotel)を狙ったテロで少なくとも27人が死亡(GMT13:00前後)。なおも銃撃戦が続いているという報道もある。
http://www.aljazeera.com/news/2015/06/gunmen-attack-tourist-hotel-tunisia-150626114019519.html
http://www.bbc.com/news/world-africa-33287978
http://www.bbc.com/news/live/world-africa-33208573

(2)クウェートのクウェート市でシーア派のイマーム・ジャアファル・サーディク・モスク(Imam Ja’afar Sadiq Mosque)が爆破され、少なくとも8人が死亡。
http://www.aljazeera.com/news/2015/06/deadly-blast-hits-kuwait-mosque-friday-prayers-150626103633735.html
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-33287136

(3)フランスのリヨン近郊サン=カンタン=ファラヴィエール(Saint-Quentin-Fallavier)で米国系企業Air Productsの工場が襲撃され、少なくとも一人が殺害された。犯人は一人が銃撃戦で射殺され、一人が逮捕されたとする報道がある。「イスラーム国」の黒旗を掲げていた、車に爆発物を積んでいたとの報道もある。勤め先の上司を殺害し遺体の首を切断して襲撃現場に置き、メッセージを残したとされる。
http://www.theguardian.com/world/live/2015/jun/26/suspected-terror-attack-at-french-factory-live-updates
http://www.bbc.com/news/world-europe-33284937

クウェートの事件については、ラマダーン月の金曜日で集団礼拝に多くの人が集まるのを狙ったと見られる。サウジアラビア東部州で先月続いたシーア派モスクへのテロがクウェートに波及したことになる。

https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10203169783844486
https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10203171393244720
https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10203171435885786

チュニジア・スースの事件については、ラマダーンと暑気払いを兼ねて金・土曜日の週末を現地人も外国人居住者も近郊リゾートなどで過ごすことが多いところを狙ったのだろう。

フランス・リヨン近郊の事件については、ローン・ウルフ型の小集団による自発的な犯行の可能性が高いが、詳細はまだ確定できない。

なお、池内はチュニジアにもクウェートにも、フランスにもいませんので、関係者はご安心ください。

チュニジアは今年2月の調査の裏を返し、3月のバルドー博物館襲撃事件以降の雰囲気を知りたかったが、明らかにチュニジアの安定を揺るがそうとする扇動が行われていて、呼応する集団がいることが感じられる状況では、身を守る手段を持っていない以上回避しました。

イラクとシリアの「イスラーム国」の活動が次に波及するのであれば、アラブ湾岸産油国のシーア派を抱えた国になるので、クウェートとバーレーンも調査の候補にしていたが、これも結局回避していました。直前まで検討して、最も危険が少ないところに渡航して、安全な距離をとって観察しています(前回のチュニジア渡航ではまだ安全だったチュニスからリビア情勢を見ていました)。

My lecture on the spontanuous mechanism of participation-mobilization of global jihadists

A short lecture given to Yomiufi Shimbun last month was translated on The Japan News. The comment revolves around the mechanism behind the spontaneous proliferation of global jihadists in dis-contiguous pockets of disturbances.

“Radicals spontaneously join ISIL network.” The Japan News, April 12, 2015.

元になる日本語のインタビューはこれ。
「【インタビュー】読売新聞3月25日付「解説スペシャル」欄でイスラーム国とチュニジアについて」(2015/03/26)

これを英語向けに表現を改め、論理を明確にしています。日本語の新聞は非常に曖昧な表現が多用される。そのまま英語に訳されると、私が朦朧とした論理の人だと思われて致命的ですので、ぴしぴしと書き改めました。

ちなみに日本語版のこのインタビューを拡大して、この本の日本の出版・文化現象としての意味を縦横に語ったのが、有料版の別立てインタビュー。

「「読売プレミアム」で長尺インタビューが公開」(2015/03/28)

実はこれはもっと読んでほしいなあ。よそでは言わないことを言っています。お試し版でも登録してみてください。

『現代アラブの社会思想ーー終末論とイスラーム主義』が9刷に

『現代アラブの社会思想ーー終末論とイスラーム主義』の第9刷が、先月から市場に出ています。

Kindle版も出ていました。

9刷の部数は2100部、と細かい。新しい帯が付いています。

累計は5万6100部になりました。

2002年の1月に刊行されてから13年間、よく長く生き続けてきました。長く生き続けるということこそが、評価の一つと思っています。

この本は、自分自身の研究者としての歩みを振り返る時に、忘れることのできない本です。

なによりも、あの時点でしか書けない本でした。

あらゆる研究者は、最初の研究で、最もオリジナルなものを出さねばなりません。世界中でまだ誰も言っていないことを言わないといけないのです。

しかしなかなかそれはできません。思想史であれば、大抵の影響力のある思想テキストは全て隅々まで読み尽くされ、論文の対象にされ尽くしているからです。

私の学部から大学院にかけてのエジプトでの資料収集で、いくつかのテーマと資料群が浮かび上がりましたが、その中で言及することが最も厄介で、かつ先行研究がない対象が、アラブ世界に広がる、膨大な終末論文献でした。

この本の後半部分を構成し、最もオリジナルな部分は、2001年11月に刊行されていた論文「前兆・陰謀・オカルト──現代エジプト終末論文献の三要素」末木文美士・中島隆博編『非・西欧の視座』(宝積比較宗教・文化叢書8、大明堂、2001年、96-120頁)からなります。

宗教学・思想史の固い叢書に、全く新しい、つまり評価の定まっていないテーマと資料についての、全く無名の著者による論文の収録を認めてくださった編者の先生にはひたすら感謝しておりますが、それを新書という一般書の枠に収めるというものすごく無茶な構想を受け入れた、当時の講談社現代新書の編集者の大胆さも、今振り返ると、傑出したものでした。

そして、2002年1月という時期に出せたことが、何よりも今となってはかけがえのないことです。時間を巻き戻すことはできません。今なら、もっと完成度の高い、整った形で書けるかもしれませんが、それを2002年に戻って出すことはできません。

研究者は生まれてくる時代を選ぶことはできません。

自分が大学院にいる間に現れてきた、まだ他の研究者が触れていない対象に、誰よりも早く手をつけて成果を出さなければならないのです。

中東と、あるいは学術の世界をリードする欧米と、言語や情報のギャップのある日本の研究者として、中東の思想や政治をめぐって誰よりも早く新しいテーマに取り組んで成果を出すことは、至難の技です。

その中で、この本とその元になった論文は、結果として、欧米でこの文献群を用いたまとまった研究が出るのに先んじて発表した形になりました。

その後数年すると、現代の終末論文献を扱って学界に名乗りを上げる若手研究者が、米国でもフランスでも現れてきました。あと数年ぼやぼやしていたら、私の本は「後追い」になってしまったでしょう。

でも当時は日本では「後追い」が普通で、むしろ、全く欧米の先行研究がないものをやると、評価されなかったりしたのです・・・「欧米の権威」がやっていることを輸入するというのが主要な仕事だったのですから。

その後、このテーマは結果的に「欧米の権威」が扱うものとなりました。一つ目はこれ。
David Cook, Contemporary Muslim Apocalyptic Literature, Syracuse University Press, 2005.


Kindleでもあるようです(David Cook, Contemporary Muslim Apocalyptic Literature (Religion and Politics))。

クックさんは短い論文の形では、私より早く現代の終末論文献の存在に着目していたようです。しかしまず古典の終末論について本を出してから、現代の終末論文献に本格的に取り組みました。

古典終末論について書いたのはこの本です。
David Cook, Studies in Muslim Apocalyptic, The Darwin Press, 2002.

クックさんは私と同年代ですが、その後、 米テキサス州のライス大学の准教授になりました。そして、終末論についての研究を一通り発表したのち、ジハードの思想史に取り組んでいます。
David Cook, Understanding Jihad, University of California Press, 2005.

紙版は増補版(Understanding Jihad)が出版される予定のようですが、Kindleでは初版が買えます。研究上は初版が重要です。もちろん、その後の「イスラーム国」に至るジハードの拡大をどう増補版でとらえているか、クックさんの研究がどう進んでいるかにも大いに興味がありますが。

「終末論からジハードへ」という研究対象の変遷は、イスラーム政治思想の内在的構造化が、必然的な道行きと思います。

フランスでも同じ素材で研究が出ました。
Jean-Pierre Filiu, L’apocalypse dans l’Islam, Fayard, 2008.

英訳はこれです。
Jean-Pierre Filiu, tr. by M. B. DeBevoise, Apocalypse in Islam, University of California Press, 2011.

フィリウさんはパリ政治学院で学位を取って母校で教鞭を執っている人です。この著者は研究者になったのは私より遅いのですが、年齢はひと回り上(1961年生まれ)で、まず外交官として中東に関わったとのことです。

私は、フィリウさんが外交官をやめて大学院生になったかならないかぐらいに、のちに彼の指導教官となるジル・ケペル教授に会いに行く機会がありました。その際に出たばかりの私の『現代アラブの社会思想』を見せて、日本語なのでケペル教授は当然読めませんが、資料の写真を多く入れておいたのと文献リストを詳細につけていたことで、扱った文献について話が盛り上がりました。

ケペル教授もこの文献群の存在は認識しており、この文献を扱った本を出したことについては、けっこう驚いているようでした。後に、自分のところに来た学生がこの文献群をテーマとして選ぶ際に、微妙に影響を与えたかもしれません。といってもフィリウさんは私よりずっと以前から中東に関わっているので、とっくにこの文献群の存在と影響には着目していたでしょう。

その後フィリウさんは活発に中東論者・分析家として活躍しています。

私について言えば、この本を書いたのは、日本貿易振興会アジア経済研究所の研究員になって1年目の年でした。終身雇用のアカデミックな研究所に就職して、普通なら放心してだれてしまうところでしたが、就職して半年で9・11事件に遭遇し、中東の激動が始まるわさわさとした予感の中で、衝き動かされたように書きました。

クックさんやフィリウさんのような学者が研究を完成させる前に、このテーマについて論文と本を出しておけたことは、今振り返ると、当時の自分を褒めてあげたい気持ちになります。当時は他国の研究者との競争など考えず、ただ無我夢中に論文や著書刊行の機会を求めて、与えられた機会に必死に出しただけだったのですが。

また、この本が広く知られるための後押しとなったのが、この年の暮れに大佛次郎論壇賞を受けたことでした。

どなたかが候補作にあげてくださったのですが、それを審査委員の一人、米国で長く研究をしてきたある先生が、強く推してくださったことで、一気に流れが決まったという裏話を聞きました。どうやらかなりの番狂わせであったような雰囲気でした・・・

当時は「研究員」という立場で賞をもらうことはまずないというのが、日本の言論界の暗黙の前提でした。当時の日本は今よりずっと不自由で、序列を気にするガチガチの社会だったのですね。

また、端正でリベラルな学究の先生が、このような野蛮なテーマを扱った破天荒な学術研究を一番に推してくださったという話も、一般的な印象とは合わないかと思います。

しかしかなり経ってから米国の学術界や社会一般との接点ができるようになったころに気づいたことは、その先生は、この本の出来がいいからとか、完成されているからといった理由でこの本を推したのではないだろう、ということです。

そうではなく、一番変わった説を打ち出している、一番若い人の候補作に、米国での当然の作法として、機会を与えるという意味で賞を与えただけなのでしょう。

米国の社会は、何か人と違うことを考えている人が、一歩前に踏み出して発言しようとした時に、その機会を与えてくれる社会です。何かをやってやるぞという若い人に、まず一回は機会を与える。それが自然に行われています。

機会を与えられて発言を許されたということは、それだけでは何も意味しないのです。その発言が意味のあるものか、社会に何か違いを与えられるか、その後の活動で真価を証明して初めて、その人と作品は評価を得られる。

機会を与えられたということだけでは、評価されたということを意味しないのです。

このあたりは、「発言」があらかじめ「立場」によって決まっており、その評価も立場の上下をもってあらかじめ決まっていかのような前提を抱いている人が多い日本では、あまり理解されていないことかもしれません。そのような前提の下では、発言の機会を確保しているということ自体がなんらかの「上」の立場であることを意味し、すなわち内容の評価を意味するという、強固な観念が生まれます。

米国の社会にも、その社会が生む国際政治の政策にも、悪いところはいくらでもあるでしょう。しかし、「若い人が新しいことをやろうとしているときに、一回は機会を与える」という米国の社会の根っこに強固に定着した原則は、素晴らしいものだと思いますし、それが米国の活力や競争力の源であると思っています。

そのような米国的な発想により、大量の出版物の渦の中で押し流され消えそうになっていたこの本が、拾い上げられ、翼に風を送られたかのように再び浮上したことは、奇跡的であったと思います。この本が今後も飛び続けられるように、私がたゆまず風を送り続けることが、機会を与えてくださった先生に応えることになるのだと思っています。