【寄稿】『アステイオン』第84号の特集「帝国の崩壊と呪縛」を編集

編集委員を務めております『アステイオン』第84号が本日刊行されます。Kindleもあります。

『アステイオン』はサントリー文化財団が編集する学芸雑誌で、現在は年二回刊行。私は学生時代から読んでいました。今回は30周年記念号でもあり、各編集委員が30年分を読み直して、これまでの論文の歴史的意義を掘り起こすという企画があります(しかし、私だけは、下記特集の編集に専念させていただいて、30年読み返し論考は辞退させていただきました…残念)。

今回は私は特集の責任編集の番が回ってきましたので、特集の構成と、「巻頭言」の執筆を担当しています。


『アステイオン』第84号(2016年)

今回の特集は「帝国の崩壊と呪縛」と題してありましてなんだかおどろおどろしいですが、分野や地域を異にする素晴らしい書き手の皆様にご寄稿いただきました。無理な注文を聞いていただいて深く感謝しております。

「帝国論」はすでに研究がかなり深まった分野ですが、この企画は帝国そのものよりもその「崩壊」「崩壊後の影響」に重点を置こうというものです。

近代の国際システムをつくる主体であった西欧の帝国と、その外縁あるいは外部・仮想敵であったロシアやオスマン帝国、そしてそこから離れたところにいた東アジアの諸王朝や、さらに近代の後半に西欧国際秩序に参入して遅れて帝国化した日本などでは、帝国そのもののなりたちも、帝国の崩壊の仕方も異なっています。現在の政治問題の多くが、それぞれの帝国の「壊れ方」にかなり依存しているのではないか、という関心から、今回の特集企画を考えています。これに関連して学会のパネルを企画したりなど、少しずつ発展させて行く予定です。(『【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)もその一環と言えます。どうせやるなら賑やかにぶち上げてから進みましょう、ということで)

『アステイオン』第84号の「巻頭言」をここに貼り付けておきます。

【2016年は、1916年に合意されたサイクス=ピコ協定から100年の節目にあたる。おりしもサイクス=ピコ協定を基礎にして引かれた中東の国境線と国家の溶解が進み、中東の地域秩序が揺らいでいる。
揺らぎは一時的・過渡期的なものなのだろうか。あるいはあってはならない異常事態なのだろうか。
むしろ、われわれは近代の歴史を帝国の崩壊、それも繰り返し起こる崩壊として見てみることで、視界が開けるのではないか。

われわれは近代の歴史を、なんらかの「発展」として捉えがちだ。主権国家や国民や、自由や民主主義や人権といった、近代の発展の目的に向かって、個人が、人間集団が、社会が、国家が、国際社会が、それぞれに発展していくものとして歴史を見出していく。そこに障害がある問題が現れれば、取り除き、先に進めばいい。そのように考えてきた。
しかしここに考え直してみる余地がある。近代史はむしろ、前近代から引き継いできたものの絶えざる崩壊と見る方がいいのではないか。崩壊の後に打ち立てたと思った何ものかも、さほど時を置かずしてまた崩壊する。そして崩壊のたびに、近代国家ではなく、その前の帝国の残骸が現れる。帝国は繰り返し崩壊することで近代にその残影を晒し続ける。帝国の呪縛にわれわれは今も囚われている。

われわれが直面し、乗り越えようとしている様々な問題は、領土問題であったり、国境問題であったり、あるいは民族問題であったり、宗派問題であったりする。それらを、帝国の崩壊という共通の文脈の上に置き直してみることで、それぞれの異なる問題の背後に隠れていた、なんらかの共通の構図が浮き彫りになるかもしれない。そして、解決のためにあまりに多くの障害があると思われている問題にも、共通の理解が不可能であるかのように見えている問題にも、様々な帝国の崩壊と、それぞれの崩壊のさせ方から発生した問題としてとらえ直すことで、議論の共通の土台や、突破口が、見いだせるかもしれない。】

 

アステイオン84号