イエメンのドキュメンタリーの行方

おはようございます。本日も論文準備のため出勤です。寒いです。平日は大学事務やら、いろいろな依頼に応えたり断ったり引き受けると事務作業とか面会して打ち合わせとかこないだの講演の文字起こしを直せとかものすごい大量の雑務が積もっているのでほとんど仕事にならない。皆さん、何が重要なことか、ちょっと考えてください。

それはともかく、先日、イエメン問題についていいドキュメンタリーがある、という紹介をしたところ、

「イエメン情勢を現場から解読するドキュメンタリー」(2015/03/31)

「もう見られなくなっています」という声が読者からちらほら。

サファー・アハマドのThe Rise of the Houthisですね。

時間がなくてコメント欄にはほとんど反応できない(大部分スパム&思い込みコメントだしねえ・・・「コメントの墓標」)が、このドキュメンタリーについては私ももう一度見たかったので、残念で、何度かBBCのページを見直して、どこかに映像がないか検索してみた。記事の中の映像画面は、まず「表示できません」のようなものに代わり、ついで予告編のような2分程度の短いものに差し替えられてしまった。確かに、かなり価値の高いコンテンツだからねえ・・・NHKBS1の「BS世界のドキュメンタリー」で放送権を買って見せてくれるのを待つしかないかな、と思っていた。

そうこうしているうちに、米公共放送PBSも、看板番組のFrontlineでサファー・アハマドのドキュメンタリーの放送を盛んに宣伝し始めた。BBC/Frontlineの共同制作と謳うようになってきた。4月7日に、おそらくBBC放送のとほぼ同じものを、PBSで大々的に放送したようだ。“The Fight for Yemen,” Frontline, PBS, April 7, 2015.

しかしPBSのホームページでドキュメンタリーの本編を見ようとしても、「権利の関係であなたの地域では見られません」といった画面が出る。BBCの方は、たぶん、PBSが放送する関係で、全編無料公開を引っ込めたのだろうと想像する。

PBSはサファー本人の見解を詳細に聞いたインタビュー“On the Ground in Yemen: Six Questions with Safa Al Ahmad,” Frontline, PBS, April 7, 2015Youtubeではここ】の方は現在全世界向けに公開している。これも傾聴に値する。異論はあると思うけれども。例えば、現地の権力闘争に、深い利害関係と影響力があるサウジが介入しているだけで、イランの介入は具体的ではなく、宗派紛争でもない、という議論には、立場によっては異論があるだろう。しかし欧米とアラブ世界の知識層にまたがるグローバルな市民社会の主流の「啓蒙された」議論はサファーのものに近いだろう。現在のイエメンについて、現地の実態に触れながら、一定の距離をとって議論する際の基本的な論点や立場が示されているのではないかな。

ジャーナリストとかコメンテーターっているのは、こういう水準のものなの。そういう人は日本には、ほとんど全く、いません。それはつまり、市民社会の質が低いということなのです。取材によって現象の中から支配的な論理を抽象化できないジャーナリストは、ジャーナリストではありません。「俺は誰々に直接インタビューしたことがあるんだ」といった自慢話はいらん。そこで何をあなたが見出したか、それを的確に言葉と映像で伝えられるか否かが、ジャーナリストの評価基準である。この評価基準そのものをわかっていないで番組を作る人たちは、ジャーナリストではない。

もちろんデマに踊り踊らされるコメンテーターとかも、いりません。もっと能力がある人を探してくるのがテレビ局の義務ですし、能力のない人は能力のある人に追い落とされることが、競争社会の必要なメカニズムです。

こういうことを書くと、最近は「政府の息のかかった文化人から圧力がかかった」とか言い出す人がいるんだよな、ジャーナリストを称する人たちの中に。「声が大きい一部の学者」とかね。そんなことを、政府の権力で電波を割り当ててもらったテレビ局の、何千万人に向けて発信される画面で特権的に言える立場に立っている人たちが、「声が大きい」人の全くの個人のブログでの発言に「圧力」を感じる、感じてそれを(これをまた特権的に確保したメディアの場とか、業界人のしょうもない会話の中で)クレームするというのは、言論人が内面化して備えるべき基本的な前提を身につけていないということを意味します。近代社会の言論人として成立する以前の、子供の議論。しかしこれが多いんだな。

言論とは、「弱者」の立場になりすまして他人を黙らせる競争をするものではありません。なお、「弱者」の立場に立てば相手が仕方がなく黙る、という手法が通用するのは、弱者を尊重するという規範が何はともあれ通用しているからです。

その規範を実質上の強者が乱用し始めれば、本当の弱者の権利は消滅します。権利というものは、市民社会が質を保つことを一つの重要な条件として守られているのです。気をつけましょう。

さて、サファーのイエメン情勢のドキュメンタリーについては、イエメンでも非常に注目されたようで、BBCでインターネット上で公開された時は現地でもかなり視聴されたようである。

探してみると、ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックスのブログでは3月30日に、このドキュメンタリーに関するプレビューが掲載され、的確な批評・紹介がなされていた。これもなかなか興味深いコラムだ。

Robert F. Worth, “Yemen: The Houthi Enigma”

PBSは上にあげた「サファーへの6問6答」以外に、ニュース番組Newshourでもドキュメンタリーの一部の映像を紹介し、サファーにインタビューしている。こちらはトランスクリプトも付いている。NHKBS1のワールドニュース・アメリカでも多分やっていたのではないかと思う。

BBCでもドキュメンタリーのメイキング的なことをサファーが寄稿している。

こういった関連記事、周辺情報、反響・批評などを読んで、あとはNHKBSで放送してくれるのを待つしかないのか・・・と思っていたところ、、、

今朝BBCの記事をもう一度見てみたところ、いつの間にか末尾にTo watch the full Documentary click here の一文が付け加えられており(多分数日前はなかった)、hereのところをクリックするとこのユーチューブ画面に飛んで、全編見られるようになっていました。めでたし。
https://www.youtube.com/watch?v=Y7HQRyJDTPo