2011年の「アラブの春」の勃発以来、『UP』では発表の場、思考の場を与えていただきました。
ここで一連の寄稿をリストにして整理してみたいと思います。
まず、チュニジアとエジプトでの政権崩壊と、アラブ世界全域への社会変動の波及で騒然としていた時期に、政治学からの分析の視角について、単発で書いたものがこれです。
池内恵「アラブ民主化と政治学の復権」『UP』第462号(第40巻第4号)、東京大学出版会、2011年4月、42‐50頁
政権の動揺の仕方やその後の展開を、(1)メディアの変容などに根差す中間層の厚さや性質、(2)政権の反応を左右する要素としての政軍関係、(3)宗派や部族などの社会的亀裂、といった点を提示しておきました。ここで書いていたことが、その後の展開に照らしてあまりに外れていたら、私も「アラブの春」をめぐる比較政治分析にそれほど力を入れることもなかったかもしれません。
さほど間をおかず、2011年夏には、その後、短期集中での連載を依頼され、現状分析に基づいた先行研究の再検討を主題に「『アラブの春』は夏を越えるか」という緩~い連載タイトルで、3号連続で書きましたしました。
《「アラブの春」は夏を越えるか》
(1)
池内恵「中東の政変は「想定外」だったか 「カッサンドラの予言」を読み返す」『UP』第465号(第40巻第7号)、東京大学出版会、2011年7月、33‐40頁
(2)
池内恵「『理論』が現実を説明できなくなる時」『UP』第466号(第40巻第8号)、東京大学出版会、2011年8月、22‐29頁
(3)
池内恵「政治学は『オズィマンディアスの理』を超えられるか」『UP』第467号(第40巻第9号)、東京大学出版会、2011年9月, 12-20頁
しかし先行研究の問題は明らかとはいえ、そうなるとこれから何を手掛かりにアラブ政治を分析していけばいいのか。現実を見ながら自分で分析枠組みを考える、これまでのものでなおも有効なものを拾い上げる、という作業が必要となりました。これにはかなりの準備作業が必要でした。
多少はその準備作業ができたかと思われた2012年半ばから、見切り発車ながら、2カ月に一度というペースで、偶数月に「転換期の中東政治を読む」という、事態の変化次第でどうとも変えられる連載タイトルで、終着点もなく、回数も決めずに走りだしました。
《転換期の中東政治を読む》
(1)
池内恵「エジプトの『コアビタシオン』」『UP』第478号(第41巻第8号)、東京大学出版会、2012年8月、13-22頁
第一回はエジプト。やはりアラブの春と言えばエジプト。話題が尽きませんし、イスラーム主義勢力が公的政治空間に参加を許され、ついこないだまで投獄されていたムスリム同胞団が選挙で台頭し、ムルスィー大統領を誕生させる。それと軍部がどう「コアビアシオン」するか、という前例のない事態を観察しました。
(2)
池内恵「『アラブの春』への政権の反応と帰結──六ヶ国の軌跡、分岐点とその要因」『UP』第480号(第41巻第10号)、東京大学出版会、2012年10月、36-43頁
政軍関係の比較で、「革命」期の「アラブの春」の展開はかなり整理できる。このあたりはかなりまとまりの良い論文です。ただしまとまりがいいということは、世界中で研究者が同じようなことを考えているということですね。世界の最先端に遅れないでいることに意味はありますが、オリジナリティを出すにはもうひとひねり必要です。
(3)
池内恵「エジプト『コアビタシオン』の再編」『UP』第482号(第41巻第12号)、東京大学出版会、2012年12月、37-44頁
連載三回目で早くもエジプトが激動。ムルスィー大統領がエジプトの強大な大統領権限を行使して軍に対して優勢に立ったかに見えました。
(4)
池内恵「エジプト政治は『司法の迷路』を抜けたか」『UP』第484号(第42巻第2号)、東京大学出版会、2013年2月、28-38頁
ムルスィー大統領やムスリム同胞団の足を引っ張ったのは、司法。司法の独立性は民主主義の一つの柱ですが、判事が政治的に中立でなく、旧憲法体制を根拠に新憲法制定をことごとく邪魔するという事態。「司法と政治」という分析視角は途上国の政治を見るために有益ではないでしょうか。
(5)
池内恵「イスラーム主義勢力の百家争鳴」『UP』486号(第42巻第4号)、東京大学出版会、2013年4月、51-57頁
政治的自由化が進んだ各国でのイスラーム主義の台頭をまとめました。
(6)
池内恵「正統性の謎──アラブ世界の君主制はなぜ倒れないか(上)」『UP』488号(第42巻第6号)、東京大学出版会、2013年6月、32-40頁
「アラブの春」で政権が倒れなかった、比較的揺れが少なかった諸国は、産油国であるか、君主制であるか、あるいはその両方であることが多い。産油国はどのような意味で安定しているのか、君主制だから安定していると言えるのか。これは「アラブの春」が比較政治学に提示した一つの課題でしょう。二回にわたって取り挙げました。
(7)
池内恵「『石油君主国』とその庇護者──アラブ世界の君主制はなぜ倒れないか(下)」『UP』489号(第42巻第7号)、東京大学出版会、2013年7月、39-46頁
産油国・君主制についての二回目。快調なペースですね。
(8)
池内恵「エジプトの7月3日クーデタ──「革命」という名の椅子取りゲーム」『UP』第490号(第42巻第8号)、2013年8月、東京大学出版会、24-32頁
そうこうしているうちにもう一度エジプトで大変動が。ムスリム同胞団を放逐し、軍部が一気に台頭。
このころからシリア問題で紛糾してオバマ政権が政策大転換、さらにイランとの和解に乗り出して、ことは中東に留まらず、中東発の世界政治構造転換の様相を帯びる。そういった点でのメディア向けの論稿なども書かねばならなくなり、しかし同時に私個人的には長年延ばしてきた重要な論文締め切り複数がもはや抜き差しならないところに来る。
息切れして、2012年10月号掲載予定だったのが、一回休み。
(9)
池内恵「アラブ諸国に「自由の創設」はなるか──暫定政権と立憲過程の担い手(上)」『UP』第494号(第42巻第12号)、東京大学出版会、2013年12月、33-40頁
一回休むと4か月間があるのだが、その間に、もはや「革命」の段階を振り返っている時期ではない、と移行期の4ヵ国比較論を構想し、書きはじめたら膨大な作業になりました。
最終的には先日お知らせした(「【寄稿】アラブの春後の移行期政治」)『中東レビュー』に掲載された論文になりましたが、その準備段階の作業を『UP』連載で行った形です。
(10)
池内恵「アラブ諸国に「自由の創設」はなるか──暫定政権と立憲過程の担い手(下)」『UP』第495号(第43巻第1号)、東京大学出版会、2014年1月、41-45頁
前回一回休んで書いていた4ヵ国移行期比較が長くなり過ぎたので、上・下で二号連続で掲載。もう偶数月がどうとか言っていられません。ぜえぜえ。
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さらにたたみかける論文締め切りの嵐で追い込まれ、『UP』誌上では音信不通となり・・・
・・・今回の最終回となりました。ああよく死なずに済んだ過去半年。
(11)
池内恵「移行期政治の「ゲームのルール」──当面の帰結を分けた要因は何か」『UP』第498号(第43巻第4号)、東京大学出版会、2014年4月、38-45頁
というわけで、最終回は、『中東レビュー』で書いた移行期政治の「ゲームのルール」についてさわりの部分を記したり、連載を振り返ったり、今年後半には出したい本の宣言をしたり、この連載ではじめてエッセー風になりました。それまでは毎回論文の準備稿みたいでした。
毎号大変でしたが、いいトレーニングになりました。