ウクライナ問題(7)沿ドニエストルでもロシア編入への動き?

プーチン大統領は上下両院や連邦政府高官を集めた演説で、クリミア編入への法的措置を取るよう指示を出したとのことなので、やはり本日(18日)未明に載せたエントリ「ウクライナ問題(6)クリミアの次は沿ドニエストル(モルドバ)に注目」の分類での(1)だったようです。

また、このエントリでは、今のところモルドバ(沿ドニエストル Transnistria; Trans-Dniester)は平穏、と書いておきましたが、沿ドニエストルでもロシアへの編入を求める動きが表面化しているようです。

“Moldova’s Trans-Dniester region pleads to join Russia,” BBC News, 18 March 2014 10:38GMT.

 Irina Kubanskikh, spokeswoman for the Trans-Dniester parliament, told Itar-Tass news agency that the region’s public bodies had “appealed to the Russian Federation leadership to examine the possibility of extending to Trans-Dniester the legislation, currently under discussion in the State Duma, on granting Russian citizenship and admitting new subjects into Russia”.

A pro-Kremlin party, A Just Russia, has drafted legislation to make it easier for new territories to join Russia. The party told the Vedomosti newspaper that the text was now being revised, in order not to delay the rapid accession of Crimea to Russia.

 ロシアの姿勢の正統性を演出するための側面からの陽動作戦なのか、あるいは以前からもある話を、西欧側がロシアの脅威を感じて敏感に取り挙げているだけなのか。私はこの地域が専門ではないのでよく分かりません。

 そもそもウクライナを背後から揺るがす工作の一環かもしれません。ウクライナ側は、沿ドニエストルでロシアが活動家(工作員?)を募集してウクライナのオデッサに送り込んで攪乱工作をしている、といった主張をアル=ジャジーラに対して行っているようです。

汎アラブ・メディアやトルコ系メディアはこの問題を欧米からともロシアからともちょっと違った横からの、しかし非常に近いところにいる視点で見ている様子があって、興味深いものです。

“Europe fears pro-Russian referendums after Crimea,” World Bulletin, 14 March 2014.

ウクライナ問題(6)クリミアの次は沿ドニエストル(モルドバ)に注目

 お昼休みにウクライナ情勢チェック。当面はクリミアの帰属に焦点が当たっている。
 
 3月11日にクリミア自治共和国議会で独立宣言採択。
 3月16日の国民投票でウクライナからの分離・独立及びロシアへの編入の承認。
 3月17日にロシア・プーチン大統領がクリミアを独立国として承認する大統領令に署名。←今ここ。

 今日(3月18日)夜にはプーチンが上下両院の議員や連邦政府幹部らが出席する連邦会議でクリミア問題について演説するという。

 この演説の内容が、次のどれになるかが、近い将来の展開を分けそうです。

(1)クリミアの編入を行うと宣言し、そのための法的手続きの開始を命じる。
(2)クリミアの独立を称賛、援助を惜しまないと宣言。

 (2)であれば、編入カードを残したまま欧米との交渉の余地を残す意図を示した、宥和的なものとして欧米側では受け止められるだろう。(1)だと当分の間制裁合戦などで国際政治経済が荒れそうですね。ロシアはメディアを使ってかなり盛り上げてしまっているので、「編入してください」という決議・国民投票が曲りなりにもあるのに、プーチンは「まあ待て」と言えるのかどうか。

 日本は頭を低くしているしかないですが、経済制裁に追随する必要はあり、制裁への報復だとか言って日本企業の資産が凍結や接収されたりすると困ります。

 合弁企業で日本の持ち分が凍結された上に、働くだけ働かされ続けたりして。

 さて、その次はどうなるか、ロシア専門家やウクライナ専門家【~日本にもいらっしゃいます~】【クリミア半島奪取でロシアの得た勘定と失った感情】の議論をいろいろ読んでみている。
 
 クリミアにワッペン外した軍を送り込んで制圧、というロシアの行動はいかにも荒っぽくてお友達になりたくない感じがするが、しかし欧米も国際法・秩序の原則に挑戦するものとして批判はしても、実際に実力行使でクリミアからロシアの影響力を排除するとは思えない。

 ロシアによるクリミアの国家承認に限定するのであれば、欧米側はクリミアを承認しないと言い続け、当分の間制裁をしつつ、やがては現状黙認、となってしまいそうだ。編入の場合は当分の間比喩的には「冷戦」的な激しい言葉のやり取りと制裁合戦による関係冷却化が続くだろうけど、「もともとロシアのものだったんだし」というところもある。

 ただ、これがロシアの拡張主義の第一歩で、今後、ソ連だのロシア帝国だのの再興を目指していく、ということになると西欧諸国は黙っていられないだろう。
 
 そうなるとロシアの「クリミア後」に何をしたいのか、意図を探るのが、次の段階の展開を見通すのに不可欠だ。クリミア併合は一回きりの現象で、周辺諸国には影響を与えないのか。それともロシアはこれを皮切りにどんどんせり出してくるのか。

 もちろん「東部ウクライナへの侵攻」なんてことがあれば意図は明白だし混乱は計り知れないが、たぶんそんなことしないでしょう。

 クリミアを承認するだけでなく編入し、さらに、他のロシア系列の「非承認国家」を編入していく動きが始まるのであれば、欧米は最高度の警戒態勢に入り、文字通り「新冷戦」が始まることになってしまうかもしれない。

 現在の段階(独立宣言、ロシアだけが承認)のクリミアと同様の国は、グルジアから独立を宣言してロシア軍の軍事力で維持されていて実質上はロシアだけが承認しているアブハジア、南オセチアがあり、モルドバから実質上独立しロシア軍が駐留しているがロシアは公式には承認していない沿ドニエストル(英語ではTransnistria)がある。

 特に、ウクライナと隣接するモルドバの沿ドニエストルについて、ロシアが公式に承認する、さらに編入する、といった動きがあるのであれば、クリミア後の次の一歩ということになり重大な意味を持つ。その動きがないのであれば、当面は、事態はクリミアに限定されるとみていいのではないのか。

 現状ではモルドバ(沿ドニエストル)情勢は変化なし、だそうです。

 以上は黒海沿岸諸国の専門家トマス・ド・ワールさんの下記の分析を読んでまとめてみたものです。専門家って大事ですね。

Thomas de Waal “Watching Moldova,” Eurasia Outook, Carnegie Moscow Center, March 12, 2014.

リビアの謎のタンカーは米海軍特殊部隊が拿捕

 リビア東部の民兵集団が占拠した石油施設から原油を船積みして追っ手を振り切って外洋にでたタンカー「モーニング・グローリー号」が、3月16日深夜に米海軍特殊部隊SEALSが強制的に乗り組んで拿捕した模様です。

“U.S. forces seize tanker carrying oil from Libya rebel port,” Reuters, March 17.

“UPDATE 3-U.S. forces seize tanker carrying oil from Libya rebel port,” Reuters, March 17.

 この件について、『フォーサイト』にまとめておきました。

「リビア反政府民兵のタンカーが米海軍特殊部隊によって拿捕」『フォーサイト』2014年3月17日

有料ですが、素材は主にLibya Heraldから、

“Oil stoppages cost Libya over $10 billion – Abufunas,” Libya Herald, 31 December 2013.

こういった記事をひたすらちくたく読んで整理したものです。ですので、こういった元記事を読んでいただいても良いです。

 前回のものは無料公開になりました。「リビア東部の「自治」勢力から石油を船積みした「北朝鮮船籍」タンカーの行方は」『フォーサイト』2014年3月12日

 このブログでは「リビアの石油のゆくえ」でも続報を書いていましたが、一応このタンカーについては国際市場への密輸を阻止したようです。

 タンカーの行方を把握し、ミサイル駆逐艦ルーズベルトを拠点とする特殊部隊によって制圧した米国は、リビア中央政府への支持と、国民統合への支援の意志と能力を見せたと言えるでしょう。

 しかしリビアでは、賃金未払いへの抗議とか、部族の中央政府への要求とか、民兵集団による地域主義・利益配分の要求とか、選挙されながら結果を出していない国民全体会議(議会)への解散要求とかで、しょっちゅう石油施設が閉鎖されています。

 それに対して中央政府はしばしば「最後通牒」を突き付けて「軍部隊で突入するぞ」とか言っていますが、実際には突入しないで誰かが仲裁して「まあまあ」と収めているようです。

それを「生ぬるい」といって別の所でデモが起きてそのまま政府施設や石油施設を占拠しちゃったり、占拠が解除された場所にまったく違う勢力が入ってきて占拠したり、そもそも取り押さえるはずの軍部隊が元来は民兵集団上がりで、しょっちゅう占拠する側に回る、というカオス的だがなんとなく自生的秩序がある状態が続いております。

 まあ分離主義になるより、中央に要求を出しているだけ、国民統合の観点からはマシとは言えます。その意味で、今回米軍の実力行使で国際石油市場への独自の輸出ルート確立を阻止したのは良かったでしょう。

 しかしこういった原則・基準は国際政治のパワーバランスや規範の推移の中で変更が可能なもので、1990-91年の湾岸危機/湾岸戦争以来、米国と協力してきたイラク北部のクルディスターン地域政府(KRG)は、トルコを経由した密輸を実質上黙認されようとしています

 そんな話も、トルコを軸に解説していきたいですが、事実関係だけなら例えば、経産省の外郭団体に組織された「イラク委員会」のホームページには、イラクとトルコをめぐる外務省の公電(新聞切り抜き)が抜粋で載っていますから、それを昨年11月頃から、そのような意識で見ていくと、何が起こっているのかぼんやり浮かび上がってきます。