シリアの「中道」勢力はどこに?

ちょっとおもしろいな、と思った記事。

「アサド政権元官僚が、置き去りにされた一般シリア人を代弁すると主張(Ex-Official Claims to Speak for Sidelined Syrians)」『ニューヨーク・タイムズ』1月18日(電子版)に出ていました。たしか無料で月何本か読めるのではないかな。

より細かなインタビュー記事はここ

ジハード・マクディスィーというのは、シリア問題を追いかけている人にとっては馴染みの名前と顔。
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元シリア外務省報道官。完璧な英語で、どんな不利な状況でもアサド政権を擁護する弁舌を振るっていました。有名なのは、2012年5月のホウラ村付近での虐殺の際、アサド政権側民兵の関与を全否定し、「ウソのツナミだ」と叫んだ

ホウラの虐殺に対してシリア政府は、「調査委員会」なるものを設定し、「反政府側による親アサド派の虐殺」「国際介入を呼び込むための自作自演」と散々宣伝し、ドイツの『フランクフルター・アルゲマイネ』がこの説に乗っかったせいもあって、「反政府派の自作自演」説が広まり、シリアの人道状況に対する関心が低まるきっかけとなりました。

その後の国連の調査や、ドイツの『シュピーゲル』誌の調査などで、やはりアサド政権側民兵の犯行ではないかと見るのが主流になっていますが、世界中の人はそれほどシリアに継続的に関心を持っていないため、一度焼き付けられた印象はそう簡単に変わりません。

日本では、「南京大虐殺はなかった」「従軍慰安婦は捏造だ」といった議論を支持する右派層を中心に、シリアに対する何の知識もないとみられる人たちが、「ホウラの虐殺は捏造」というアサド政権の主張と、これを宣伝する一部のアサド政権大好き専門家の発言を妙に素直に鵜呑みにして、一気にアサド政権支持に回った・・・という悲劇が展開しました。「欧米のメディアは偏向している」と言える素材なら何でもいい、ということですね。

しかしアサド政権による捏造説に安易に乗っかると、自分たちの主張もそのような強権的な立場による無根拠で卑劣な主張、と見られてしまって、国際社会ではかえって逆効果になる可能性が、きわめて高いと思います。日本の立場はあくまでも、国際社会の良識ある立場に沿わせて主張していくことが、国益を最大化するためには絶対に必要でしょう。

アサド政権の宣伝工作の大ヒットと言える「ホウラの虐殺捏造説」で大活躍したジハード・マクディスィー報道官は、その後、辞任して国外に亡命。自分の言っていることがウソと分かっているからこそ、相手を「ウソのツナミだ」などと言っていたんだろうなあ、と思わされました。

ただしマクディスィーは反政府派にも明確には与せず、中立の立場を保って機会をうかがっていたようです。政治的な実力者ではないでしょうが、シリア政府の「顔」として最も重要な時期に頻繁に出てきていたので、関係者であれば皆知っています(少なくとも顔と語り口だけは)。

アサド政権派と反政府派で「生きるか死ぬか」の闘争を繰り広げてしまっている現状で、マクディスィーさんはそのどちらにも与しない中道派の顔となれるのでしょうか。

御厨貴『知の格闘』に参加して格闘

出ました。


御厨貴『知の格闘──掟破りの政治学講義』(ちくま新書)

御厨貴先生が2012年に行った、最終講義シリーズの書籍化です。6回の講義に、それぞれ一人コメンテーターがついて、私は第6講の「映像という飛び道具──メディアと政治」でコメンテーターを務めています。

最終講義というとひたすらお説を拝聴するだけで、さらに言えば、古くなった学説や思い出話を延々と聞いてうなずいたりしなければならない堅苦しい儀式となりそうなものですが、そういうことはやりたくない、だけど最終講義という枠を使って何か面白いことをやりたい、という御厨先生の遊び心が生み出した本です。中身は、学問と政治の表話と裏話が錯綜していて、実はかなり高度です。

コメンテーターたちは、御厨先生は偉い先生なんだから持ち上げなければいけないんだが、単に褒めているだけでは「君、つまらないね」と赤点つけられるという苦しい立場に立たされました。

さらに御厨先生のあとがきで「誰が褒め上手かわかったぞ」などということまで書いてある。誰とは書いていませんが。誰でしょうか。

直接の弟子でも、同じ学派でもなんでもない私に発言の機会を与えていただけたのは、感謝しています。私以外のコメンテーターは、(もちろん、建築家の隈研吾さんを除けば)正統的な法学部政治学科の出身の皆さんです。「色物」を何パーセントか混ぜておく、というのが御厨先生のバランス感覚なのでしょう。このことは私のコメントの趣旨でもあります。

シリーズの最後になって、「最終講義だったんだけど評判が良いから客員として毎年やることになった」というアナウンスが御厨先生自身からあって、最後の年だからと懸命に支えたお弟子さんたちを脱力させた(と思うが)という大どんでん返しの瞬間も記録されています。ほどよく高揚感ある中に終了、続編に期待、という明るく前向きな本です。お人柄ですね。