仏テロ犯が「イエメンのアル=カーイダ」と称したという情報

仏シャルリー・エブド紙へのテロ事件について、3人の襲撃犯のうち10代の一人が投降したようですが、主犯とみられる30代の二人(指名手配されているCherif Kouachi 32歳とSaid Kouachi 34歳)は逃走中のままです(CNNでこの兄弟のプロフィールをまとめています)。

本日のエントリに加えてもう一点。

犯人の背景についてはまだ確定的なことは言えませんが、一つ気になる情報は、銃撃の際に犯人のうち二人が自分は「イエメンのアル=カーイダの一味だ」と言ったという話です。真偽の程は定かではありませんが、興味深い情報です。

“Terrorists shouted they were from al-Qaeda in the Yemen before Charlie Hebdo attack,” The Telegraph, 7 Jan 2015.

「二人」というのは30代の兄弟のことなのか。

「イエメンのアル=カーイダ」というのは、おそらく、一般に「アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)」と現在呼ばれている組織のことを指します。イエメン南部で勢力を確保している組織で、アル=カーイダの中枢とも最も関係が深い、後継組織の一つと言えます。ビン・ラーディン自身が、家系がイエメン系ということもあり血縁や支持基盤を持っています。また、サウジ政府との武力闘争に敗れた「アラビア半島のアル=カーイダ」がイエメンに逃れ、2009年1月に「イエメンのアル=カーイダ」と合同してAQAPを結成したことから、サウジ人の活動家を多く含んでいます。

今回の犯人はフランス育ちでアルジェリア系と見られます。この場合、「イエメンのアル=カーイダ」あるいはAQAPに過去や現在属していたり接触があった可能性もありますが、それだけでなくAQAPが発信したグローバル・ジハードの思想、特にローン・ウルフ型テロの扇動に感化されている可能性があるのではないかと考えます。

AQAPはイエメンの政府や国内の諸勢力と軍事的な対立を続けるだけでなく、グローバル・ジハードの拠点となり発信源となる意志を明確にしている組織です。

グローバル・ジハードの活動として有名なのは、英語の機関紙『インスパイア』を刊行していることです。

これについては次の論文に詳細に書いてあります(リストの上から二番目の論文)。

池内恵「一匹狼(ローン・ウルフ)型ジハードの思想・理論的背景」『警察学論集』第66巻第12号、2013年12月、88-115頁

ローン・ウルフ型のテロをグローバル・ジハードの思想と組織論において定式化したのはシリア出身のアブー・ムスアブ・アッ=スーリーですが、スーリーの著作の主要部分の英訳を(テロ対策研究者による英訳を無断引用して再録しているのですが・・・)、『インスパイア』は連載して掲載しています。2013年のボストン・マラソン・テロの際も、犯人の兄弟のうち生き残った弟が、『インスパイア』を読んだと供述したと報じられています(下記の分析は無料公開中)。

池内恵「「ボストン・テロ」は分散型の新たな「グローバル・ジハード」か?」『フォーサイト』2013年4月25日

スーリーの原理論については、下記の論文などで書いてあります。

池内恵「グローバル・ジハードの変容」『年報政治学』2013年第Ⅰ号、2013年6月、189-214頁

池内恵「「指導者なきジハード」の戦略と組織」『戦略研究』第14号《戦略とリーダーシップ》、戦略研究学会、2014年3月20日、19-36頁

このような前提を踏まえると、もし「イエメンのアル=カーイダだ」と自ら称したという情報が事実なら、イエメンに直接渡航して組織に入っていたのではなく/だけではなく、イエメンのAQAPの発信するローン・ウルフ型の「個別ジハード」の思想(スーリーが定式化した)を実践したと言っていた可能性があります。

なお、「イスラーム国」の戦闘員がシャルリー・エブド紙へのテロを礼賛したという記事もあります。

仏週刊紙テロ:イスラム国戦闘員「勇敢な戦士、最初の一撃」『毎日新聞』2015年01月08日東京夕刊
「ロイター通信によると、過激派組織「イスラム国」の戦闘員は「預言者を冒とくした者への報復だ」と述べ、仏週刊紙襲撃事件を正当化した。戦闘員はロイターに対して「勇敢な戦士たちによる最初の一撃だ。さらに攻撃は続く」などと銃撃を評価。有志国連合によるイスラム国への空爆に参加するフランスを「十字軍の一員」とみなし、「攻撃されるに値する」などと主張した。」とのことです。

この話と、犯人が「イエメンのアル=カーイダ」への所属なり過去の関係なりを主張した(もし事実であれば)ことは、私が考案している理論上は、大いに両立します。「イスラーム国」としては、直接つながりがない組織の行動を支持して、もし犯行当事者が「イスラーム国」への加入や忠誠や支持を表明すればそれはそれでいいし、そうでなくとも、グローバルなジハード運動の一部としてエールを贈りあっているだけでも十分です。

アル=カーイダと「イスラーム国」はどう違うのか、とよく聞かれます。もちろん違いはありますが、思想的には多くの部分で共通しています。組織として路線対立や別系統の指導者に従っているということと、理念的に同じような体系の中にいるということは両立するのです。組織が違うから考え方も違うはずだと前提にする必要はありません。

「アル=カーイダがAで、「イスラーム国」は非Aである」という答えを、「池上彰」的にみなさん求めたがりますが、物事がそんなきれいに分けられるはずがありません。

実際には、アル=カーイダも「イスラーム国」も、より大きな「グローバル・ジハード」という概念の中にあると考える方が適切です。「グローバル・ジハード」の思想と運動の中にA, B, C,と様々な形態がある。それらの形態の中を、個々のジハード主義者は情勢に応じて渡り歩くと考えたほうが現実的です。そこにはある共通性と限られた範囲の幅がある。スーリーのような理論家は、それを一方で「個別ジハード」とし(客観的に見ると「ローン・ウルフ」型のテロ)、他方でイラクやシリアのような「開放された戦線」への結集と概念化した。そういった幾つかの行動類型や組織を、個々のジハード主義者が、置かれた状況や、流行や雰囲気などに応じて選び取っていく。

ある一つの事件について、一つのアル=カーイダ系組織と直接・間接のつながりがある一方で、「イスラーム国」(の中の特定の人物や組織)が共感を示したり、場合によっては「我々の一味だ」と主張することは、それほど予想外ではありません。両方ともグローバル・ジハードの一部だという暗黙あるいは自明の認識があるので、当人たちは特に不都合を感じないのでしょう。分析したり報道したり捜査したり起訴したりする側としては、どれか一つのはっきりとした組織に属していてくれた方が楽ですが、現実には対象はそのようなものではありません。

なお、『イスラーム国の衝撃』も、このような視点で書かれています。「イスラーム国」そのものや、イラクやシリアそのものも重要ですが、その背後にある「グローバル・ジハード」こそが今とらえるべき対象で、その一つの形態が「イスラーム国」であり、その活動の機会がイラクやシリアである、ということです。そのような見方をしておくと、イラクやシリア、イエメンやソマリアやナイジェリア、そしてフランス、イギリス、ベルギー、オーストラリア、カナダなどで生じてくる幾つかの異なる形態の現象が、統一的に一つの現象として理解できるようになりますし、今後何が起こってくるかも、概念的には把握できます。そこから適切な対処策も考え始めることができます。