ワシントン・ポスト紙のデービッド・イグネイシアスのコラムが、分かりやすく面白かったのでメモしておく。
オバマの来日(アジア歴訪)の評価には諸説あったし、実際に各国の会談で何が話し合われたかとか、それが今後の国際政治にどのような影響を与えていくかについては、その場にいた人にしか分からないし、時間がたってみないと分からないことだ。ここではより広い背景として、オバマ政権の外交をめぐって、ワシントンで定着した「雰囲気」「共通認識」を読み解いていこう。
「弱くなったアメリカ」という印象は日本でも一般レベルにまで浸透しつつあるので、イグネイシアスの議論は一見してそれほど意外なものではないかもしれない。
昨年のシリア問題での「弱腰」、対イラン交渉での「宥和姿勢」、そして打つ手に欠くウクライナ情勢と対ロ政策・・・といった一連の出来事の中で、米国の覇権の衰退の「印象」は世界的に広がり、そこにオバマ大統領の政治姿勢が特に要因となって作用しているのか、あるいはもっと根底的な米国そのものの弱さが露呈しているのかは、米国でも世界各国でも議論の的になっている。
日本でも、これまで抑えられていた反米感情の噴出が、左右両方の議論に出てきている。
そんな中で、米国のリベラルな秩序原理による覇権の持続を志向し、オバマ大統領にかなり好意的で、オバマが叩かれているときにもかなり無理して擁護論を買って出る傾向の強いイグネイシアスが、ここにきてオバマにかなり厳しい言葉を投げつけている。最終的には支持して応援しているんだけれども。
タイトルは「オバマは対外政策の悩みの種を自分で撒いている」といった意味。
最初の段落では、オバマのアジア歴訪のハイライトだったフィリピン・マニラでのオバマの発言に触れながら、
Everything he says is measured, and most of it is correct. But he acts as if he’s talking to a rational world, as opposed to one inhabited by leaders such as Russia’s Vladimir Putin.
(意訳)「彼の言っていることはいつも正しいんだよ。でも行動がね~。世界は理性的な人たちばかりだと思っているみたいなんだよ。実際には世界はロシアのプーチンみたいな指導者ばかりなんだけれど」
プーチンのウクライナ政策が「理性的」でないかどうかは議論があるだろう。少なくとも軍事的・安全保障上の戦略合理性という意味では理性的だと言いうる余地がある。経済的に中長期的に持続可能かというと理性的でない、というのは欧米の議論だけでなくロシア側の学者も内心は認める人が多いかもしれない。ただしここでのイグネイシアスの「理性的」という言葉にはアメリカの議論の当然の前提として「リベラルな」という要素が含まれている。その意味ではプーチンは「理性的でない」ように見えるだろう。
イグネイシアスは基本的に米国中心のリベラルな国際秩序が今後も支配的であり続けることを支持している人であると思うが、リベラルな側が一時的であれ劣勢に立たされているという点を認める。プーチンのような相手に対して、オバマはあまりにもリベラルで理性的すぎるというのだ。世界政治には厳然とパワーポリティクスの要素があり、ロシアはそれを前面に押し出してきている。
In the realm of power politics, U.S. presidents get points not for being right but for being (or appearing) strong. Presidents either say they’re going to knock the ball out of the park, or they say nothing. The intangible factors of strength and credibility (so easy to mock) are, in fact, the glue of a rules-based international system.
(意訳)「パワーポリティクスの領域では、米国大統領は正しいことによってではなく、強いこと(あるいは強く見えること)によって得点を挙げるのだ。大統領は「場外ホームランを打ってやる」と言えばよい。さもなければ何も言うな。力と信頼性(これを嘲るのは簡単だ)という、目に見えない要因が、ルールに依拠した国際システムを成り立たせているのだ。」
「オバマの言葉」の卓越性は広く知られている。私も中東政策をめぐって、有名な「カイロ演説」やエルサレムでの演説などいくつか読み込んでみたことがある。実によくできている。感動的だ。言葉の上では。それが行動による裏付けを伴うものであれば、本当にオバマ政権は「変化」を世界に及ぼせるという期待を呼び覚ますに十分だった。
しかし大統領の任期も終盤に来て、「オバマの言葉」がどれだけ行動による実質を伴っているか、大いに疑問が付されるようになっている。そしてオバマ大統領やその政権の資質と能力によるのか、あるいは米国の相対的な国力の低下によるのか、華々しい言葉と裏腹の貧弱な実施能力、あるいは意志の欠如が、世界各国で印象づけられている。2013年の中東政策はそれをもっとも鮮明にした。同じことがウクライナ問題をめぐっても、あるいは中国をめぐる東アジアでも起こりかけているのではないか、と世界中の視線が集まっている。
イグネイシアスはここで、行動への能力や意志とかけ離れた、華々しすぎるオバマの言葉を控えよと論じている。相手がプーチンなので、昔のヤンキーの喧嘩みたいになっているが・・・でっかいホームランを打ってやるぞと言うか、そうでなければ黙ってろ、というのだから。
ここで重要なのは、でかいことを言えというのではなく、言うこととやることを一致させて、できないことなら言うな、ということだろう。これは世界中でオバマに言いたい人がいっぱいいるだろう。
Under Obama, the United States has suffered some real reputational damage. I say that as someone who sympathizes with many of Obama’s foreign policy goals. This damage, unfortunately, has largely been self-inflicted by an administration that focuses too much on short-term messaging.
(意訳)「オバマ政権下では、米国はかなり手ひどく評判を損ねた。オバマの対外政策の目標に共感する私にしてそう言わざるをえない。この損害は、不幸なことに、オバマ政権の自傷行為だ。政権は短期的なメッセージにこだわりすぎるのだ。」
リビアのベンガジで米国の総領事館が襲撃され大使が殺害された2012年9月のベンガジ事件の際のオバマ政権の対応が再検討されて今また政治問題になっている。この問題の本質は、オバマ政権がメディア向け広報戦術の「スピン」を気にかけすぎたことだ、というのがイグネイシアスの批判だ。巧みに言いつくろったことで、かえって印象操作で失策を隠蔽したと批判される原因になっている、という。
そして、これは単なるミスではなくオバマ政権の本質にかかわるものではないかと示唆している。
the administration spent more time thinking about what to say than what to do.
「オバマ政権は何をするかよりも何を言うかに時間をかけすぎている」
明確にオバマを支持している論客のイグナチエフは、しばしば政権から最新の情報をリークされてコラムを書き、ワシントンの政策論のフレーミング(枠組み・方向づけ)や、観測気球を揚げる役割を果たしている(と広く認識されている)。いわばオバマ政権の広報戦術の実施部隊みたいな人なんだが、その彼にしてこんなことを言い始めている。
しかし反オバマに回ったというよりは、ワシントンや同盟国の首都(日本を含む)のオバマ大統領・政権に対する不満・不信感があまりに強いのを察知してガス抜きに走っているような印象を受ける。認識ギャップの修正、期待値の下方安定化ですね。
じゃあオバマはどうしたらいいか?と言うと、「でっかいホームランを打て」というのではなく、「慎重であれ」と一転して矛先が鈍る。
How can Obama repair the damage? One obvious answer is to be careful: The perception of weakness can goad a president into taking rash and counterproductive actions to show he’s strong.
「弱いという印象を跳ね除けようとして、強く見せようとするあまり、短兵急な、逆効果の政策に走ることがあるからね」という。で、
One of Obama’s strengths is that he does indeed understand the value of caution.
「そのことは大統領も十分わかっていらっしゃいます」とな。結局お仲間なんですね。
“Say less and do more” is how one U.S. official puts it. That’s a simple recipe, and a correct one.
「多くを語らずに、多くを為せ」というシンプルなやり方が、正しいやり方だ、という。これからは無口なオバマが見られそうですね。すでに訪日・訪韓でもそんな感じでした。無口で小食。
で、ウクライナをめぐって強硬な発言でプーチンと競り合って見せたりせずに、米国の強みである経済でじっくり追い詰めろ、とアドバイスしています。
しめくくりに再び、
The counter to Putin is strong, sustainable U.S. policy. To a battered Obama, three words: Suck it up.
「ボコボコにされたオバマだが、ここはぐちゃぐちゃ言わずにじっと耐えろ」だって。
基本的にオバマ政権の政策に賛成であるイグネイシアスのような論客からも、「語りすぎたオバマ」の、言葉と行動のギャップから来る米国の威信の過度な衰退への危機意識が高まっているようです。
なお、ウクライナ問題をめぐって「最終的には経済要因が重要だ」から「プーチンの政策は持続的ではない」というのは英語圏の有力メディア・論客の議論の最大公約数のようで、イグネイシアスもこの立場のようだ。それに対しては、「非合理的」なものを含む安全保障の論理、特に地政学的な要因を強調して反論する議論も、これまた英語圏の一部の有力な論客から出ている。この論点についてはいくつも面白い論稿が出ているので、また考えてみたい。
(関連本)
オバマとイグネイシアスが念頭に置くであろう、アメリカのリベラル派の考える「国際秩序」とは?