米国のヘーゲル国防長官が4月4日に来日し、昨日(4月5日)夕方には安倍首相と会談した。国際的にはかなり注目されている訪日なのだけれども、肝心の日本での報道は、全部見たわけではないけれども、低調。
例えば毎日は、
「安倍首相:アジア重視堅持歓迎 米国防長官に」『毎日新聞』2014年04月06日東京朝刊
この記事では、首相側から「中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発などを念頭に『米国がアジア太平洋重視政策(リバランス)を堅持していることを歓迎する』と表明」したとされ、その上で「両氏は日米同盟を一層強化していくことで一致した」という。
また、首相から「集団的自衛権の行使容認に向けた憲法解釈変更を検討」していることを説明して、ヘーゲル国防長官から「歓迎する」という応答があったという。
また、首相から「『アジアの安全保障環境が厳しさを増す中、(ヘーゲル氏の)今回の来日で日米の強力な同盟関係は不変だというメッセージを出してほしい』と述べた」という。
そして普天間問題についてのやり取り。
国際的にみて重要なのは、「ウクライナ情勢を巡っては『力を背景とする一方的な現状変更の試みは決して容認できない』との立場を確認」した、と辛うじて一文で触れている点。
その上で、
「北朝鮮の核開発に対し、韓国を含めた3カ国で緊密に連携することでも一致した」という。
で、だからなんだという分析は一切載っていない。
興味深いのは、ほとんどすべてが「首相側から」何を言ったかという点に終始していること。それに対するヘーゲル国防長官の反応については、この記事からは良く分からない。米側がなんて言っているのかが聞きたいのですが。
朝日ではもっと短くしか触れられていない。
「米国防長官が安倍首相と会談 普天間問題などで意見交換」『朝日新聞』(デジタル版)2014年4月5日20時34分
安倍・ヘーゲル会談の全体像については、「東アジア情勢や米軍普天間飛行場の移設問題について意見交換した」という意味づけ。
集団的自衛権、普天間、と短く触れた上で、ヘーゲル国防長官が「私のアジア歴訪の理由の一つは、この地域に対する米国のコミットメントを再び保証するためだ」と述べたとされる。
重要なのは、この記事では、中国問題について非常にあいまいで(「中国の海洋進出」について話し合われた、とあるが誰がどういう姿勢なのかが分からない)、ウクライナ問題については、どんなやり取りがあったのかどころかやり取りがあったか否かすら、一言も触れられていないこと。
もしかすると紙面では、あるいはデジタル版のどこかほかの記事では、触れられていたのかもしれないけれども、私は探し出せていない。社論として他にキャンペーンを張りたいことが多分あるので、肝心なことが紙面から押し出されて、載らなくなる。あるいは、今の外交・安全保障上の問題そのものを、読者に認識させたくないのかもしれないとすら邪推させてしまう。
どうも埒が明かないので、もう一方の直接の当事者である米国の視点での意味づけを、ためしにニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストから見てみよう。
まずワシントン・ポスト。
冒頭から、ロシアのクリミア併合を受けて、米国との同盟が信頼に値するのか不安を感じ、再確認を求める米同盟国の一つとして日本を見ている。
On his fourth trip to Asia as secretary of defense, Chuck Hagel is attempting to reassure allies in a region brimming with territorial disputes amid concerns about Russia’s takeover of Crimea.
Spooked by the speed and ease with which Russia annexed the peninsula last month, close U.S. partners in the region are questioning the strength of security cooperation agreements with Washington.
グローバルな視点からは、日本は、米国との安全保障関係上、サウジアラビアとか、イスラエルとか、トルコとかと似た立場にあって、似たような懸念を持っている、と見られています。
そういう文脈への意識が日本の新聞では見られないのは、残念です。もっぱら中国と韓国との関係が感情的にクローズアップされますが、もっと広い視野も提示してほしいものです。
さらに、ニューヨーク・タイムズの記事。
“U.S. Response to Crimea Worries Japan’s Leaders,” The New York Times, April 5, 2014.
これは「そのものずばり」ですね。
タイトルは、「米国のクリミア問題への対応は、日本の指導者を不安にさせている」。
この記事では、現在の日米関係の懸案事項を、グローバルな視野においては、ウクライナ情勢と根を同じくする問題としてとらえている。クリミア併合をめぐって米国が言葉の上ではロシアを批判しつつ、実際の行動ではロシアの行動を抑制する能力あるいは意思がなさそうに見えている点が、どう日米関係に影響するか、という問題設定がなされている。
問題となっているのは、ウクライナをめぐって、米国が冷戦終結後に行った約束を反故にしたこと。ここでの「約束」とは、冒頭に触れられている1994年の「ブタペスト覚書」である。冷戦時代に旧ソ連の内部だったウクライナに配備されていた核兵器を、1991年に独立したウクライナが廃棄する代わりに、米国の当時のクリントン大統領が、ウクライナの領土保全を「尊重する」と約束した。
しかし実際に2014年にロシアがウクライナからクリミアを武力の威嚇の下で奪取すると、米国はこれを黙認する姿勢である。米側はブタペスト覚書については「拘束力がない」と知らんぷり。
これでは日米安保条約に基づいて、中国の脅威から守ってくれるという約束も、いざとなると履行されなくなるんじゃないの?と日本側が思っても当然だよね、と米側、というか世界中の国際政治に関係する人は思っている。ヘーゲル訪日で最大の議題はこれだよね、と誰もが思っているので、そこのところどうなの?とあちこちに聞いてみました、という趣旨の記事。
記事はこういう風に書いてほしい。
で、米側の匿名の軍関係者に聞くと、日本側がしきりに聞いてきている、「同じことがウチについても起こるんじゃないの?」と。
Japanese officials, a senior American military official said, “keep asking, ‘Are you going to do the same thing to us when something happens?’”
そうなると、今回のヘーゲル訪日の要点は、米側が日本に対して、日米同盟の意義と堅固さをどれだけ「再確認(reaffirm)」することができるか、ということになる。ヘーゲル訪日に至る、日米防相会談や軍参謀総長レベルでのやり取りなどを、この問題のすり合わせの過程としてこの記事では触れている。
で、これまでのやり取りでは北朝鮮のミサイルの脅威に関しては両国の一致した対処に何ら揺らぎがないことが確認されている。まあ当然ですね。
しかし日本側は、対中国、特に尖閣問題について米側が日米安保条約の範囲とすると確認することを求めている、というのが記事の後段のヤマ場のところですね。
But in meetings over the last few weeks, Obama administration officials said, Japanese officials have been seeking reassurances that the security treaty will apply to the Senkakus.
対中国の問題になると米側も口を濁すようになる。尖閣が占領されたら米国は守る、とは米国は絶対に言わない。その言わない感じがどう英語で表現されるかが、次の部分などに見えますね。
American officials say there is a wealth of difference between Ukraine and Japan, and between Crimea and the Senkakus. What is more, they say, there is a big difference between the Budapest Memorandum and the mutual security treaty with Japan that was signed in 1952 and that has redefined American-Japanese relations in the 60 years since.
ウクライナに与えた約束と、日米安保条約じゃ全然質が違うよ、といった形で間接的に「安心しろ」と言っているわけです。
その後のところでは、そういった形でとりなされても、日本側では、でもなあ、クリミア問題への米国の対応を見ていると、米国には中国に立ち向かう意志がないだけじゃなくて、能力もないんじゃないの?と思い始めている、という点が記されています。予算強制削減があって軍が縮小しているところに、対ロシアで東欧に重点配備しなければならないとなると、米のアジアを重視する、という政策も頓挫してしまうのではないかな、という恐れが日本側にあるという。
そして、日本側がそういう不安を抱くのと同時に、中国側は勢いづいているだろう、と日本側は予測することになる。
Specifically, some analysts said they feared China might feel emboldened by the American response to Crimea to try something similar in Senkaku/Diaoyu.
そういった不安感が高まっているのだから、ヘーゲル訪日、そして4月23(あるいは24日早朝)-25日に予定されているオバマ訪日の際には、東シナ海での問題はクリミア問題とは別なんだ、とはっきりと日本防衛の再保証を米国がすることを日本側は要求している、という。
Japanese experts said Mr. Hagel, and also Mr. Obama when he visits Tokyo later this month, might be pressed for not only verbal assurances, but also some sort of symbolic action to show that America would handle a crisis in the East China Sea differently from the one in Crimea.
もしそうならないとどうなるの?もし、米国の保証がないがゆえに中国が増長して、いっそう事態を悪化させて、ついに衝突が生じて、そしてやっぱり米国はクリミア問題に対するように知らんぷりだったら、どうなるの?というところを誰もが考えるわけですが、それは、日本側の宮家邦彦さんのコメントで強烈に暗示させてこの記事は終わります。
“If Japan is attacked, and the Americans decline to respond, then it is time from the Americans to pull out” of their bases here, Mr. Miyake said. “Without those bases, America is not going to be a Pacific power anymore. America knows that.”
「日本が攻撃されて、アメリカが対応することを拒んだら、その時はアメリカが日本から基地を引き上げる時ですよ。日本の基地がなければ、アメリカはもはや太平洋の大国ではなくなりますよ。ご存知ですよね」
かなりきわどい発言ですね。
安倍首相のブレーンとして知られる宮家氏は、公式発言とは別の、安倍政権の「本音」を何らかの意味で反映していると米側では思われているのでしょう。
日本側の政権に近い人がここまで言わなければならないほど、オバマ政権の同盟政策への信頼性は低下していますよ、という点は、米側でもかなり多くの人に受け入れられ、共有される論点だろう。
日本側もなんとか米側に伝えようとして表現がきつくなるし、米側の新聞もセンセーショナルに報じて売りたいから大げさに煽り気味になるとは言える。だからこういった記事がどれだけ現実を反映しているかは、多少割り引いてみるという姿勢を持った方がいい。だが、現在の日米の安全保障関係をめぐる論点の基本構図はこういうものだ、と知っておいた方がいい。
それにしても、引用されている宮家氏の発言は米側の文脈では強烈。
まず、「太平洋の大国ではなくなる」。
これって、米国がまだ西欧の列強に大きく後れを取っていた19世紀半ば、ペリーが来る前の時代に戻ってしまうということ。
これが反米論者なら「バイバーイ、太平洋の向こうに帰ってくださーい」と言うところだろう。
宮家発言は、それでもいいんですか?といいたげな、親米派からの挑発的な発言に見えます。
そしてこんなことも連想。オバマ大統領は2009年11月に来日した際の演説(サントリーホール演説)で、自らを「米国の最初の太平洋大統領(America’s first Pacific President)」と呼んだが、現在の雰囲気では、「米国の最後の太平洋大統領」になってしまうという、最悪の冗談みたいな終わり方になりかねない。
さらに、オバマ大統領は3月25日にオランダのハーグでの記者会見で、ロシアを「地域大国」に過ぎないと発言したが、もし中国が太平洋の覇権国となるならば、米国も北米から大西洋にかけての「地域大国」になってしまうことになる。
それでもいいんですか?と日本側が米側に選択を突き付けている様子が、うまく反映されたのが、ニューヨーク・タイムズの記事だろう。
日本側の国際情報戦略も頑張っているな、という気がする。
なお、今回は米国の新聞のみを紹介しましたが、世界の多くの国ではこのように見ていると思います。