シリア問題をめぐるジュネーブⅡ会議でテロリズムが論点に

1月22日から、スイスのモントルーで、シリア問題をめぐる「ジュネーブⅡ会議」が開かれている。

これについては『フォーサイト』に分析を寄稿したのだけど、その一部を下記に。

アサド政権は何年かかったとしても軍事的に勝利しようとしているため、ジュネーブⅡでまともに話し合う気はない。もっぱら「反体制勢力はアル=カーイダ系のテロリストだ」というプロパガンダで、欧米の介入を阻止しようと考えているようだ。

実際これは効果的で、アル=カーイダの名を出すだけで欧米世論は浮足立ち、アサド政権の存続黙認、という雰囲気になっている。

ワシントン近東研究所のデイビッド・シェンカー研究員は、ジュネーブⅡ会議に先立って会議の方向性を見通したコメントで「もしジュネーブでわれわれがテロリズムについて話し合っていたら、われわれは失敗したということだ」と述べていた。

会議初日、アサド政権はまさにこの「失敗」に持ち込もうと盛大に危機感を煽った。

アサド政権は2011年に反政府デモが始まった当初から、「反政府派は武装したテロリストだ。アル=カーイダだ」と言い続け、残酷な弾圧を正当化してきた。

3年間に渡り、大規模な内戦が続き、国土の大きな部分が焦土と化すうちに、実際に数千人程度のアル=カーイダ的な思想に感化された義勇兵が外国から集まってきている。

そもそもアサド政権は、シリアに国際的なジハード主義者の義勇兵が介入してくることを当初から歓迎していた。

アサド政権は2011年の暮れに、拘留していたアル=カーイダの指導者を釈放した。当初はアサド政権に対する脅威となっても、やがては今のように、国際社会を恫喝したり懐柔したりするのに使えると踏んでいたのだろう。そのことは当時から専門家が観察し論じていた。

釈放が報じられた中でもっとも著名なのは、アブー・ムスアブ・アッ=スーリーだった。

2011年12月頃に行われたとみられるスーリーの釈放に関する記事には、英語では、ごく一例を挙げるだけでも、次のようなものがある。

Bill Roggio, “Abu Musab al Suri Released from Syrian Custody: Report,” The Long War Journal, February 6, 2012.
Murad Batal al- Shishani, “Syria’s Surprising Release of Jihadi Strategist Abu Mus’ab al-Suri,” Terrorism Monitor 10-3, February 10, 2012.
“Abu Musab Al-Suri speaks on his Pakistan detention,” The Arab Digest, February 24, 2012.
“Report: Syria’s Assad Releases Alleged al-Qaida Mastermind of 2005 London Bombings,” Haaretz, February 5, 2012.

スーリーは2004年に『グローバルなイスラーム抵抗への呼びかけ』という1600頁に及ぶ著作をインターネット上で発表ており、「グローバル・ジハード」の代表的な理論家である。

スーリーの理論は、一方で「一匹狼型」のテロを扇動しつつ、他方で紛争地域に「開かれた戦線」という聖域を見出して大規模な武装化・領域支配の権力を掌握する、というものだ。

つまり、一方では、昨年のボストン・マラソン・テロのような「一匹狼型」のテロを世界各地で引き起こさせる方向で宣伝活動を行う。個々の攻撃の規模は小さいが、敵の社会に恐怖心を植えつける効果がある【「「ボストン・テロ」は分散型の新たな「グローバル・ジハード」か?」2013年4月25日】

他方で、内戦や秩序の弛緩した地域を見つければ、これを世界中のジハード戦士が集まる聖域として、大規模な組織・武装化を行って領域支配の権力掌握を図る。これをスーリーは「開かれた戦線」での闘争と名づけていた。

2004年に『グローバルなイスラーム抵抗の呼びかけ』でこの理論を発表した時点のスーリーの現状認識は、「開かれた戦線」は現在の時点では存在しないため、「一匹狼型」のテロを各地で引き起こすことに専念し、機会が来るのを待つというものだった。ターリバーン政権下のアフガニスタンに確保していた活動の聖域が、 2001年に米国の大規模な攻撃を受けて消滅するといった事態を受けてのものだった。

しかし、2011年の「アラブの春」後の政治的混乱は、スーリーが遠い将来に望見した「開かれた戦線」の出現を、予想外に早期に実現した。

その最たるものがシリアである。

ただし、最終的にアル=カーイダ系の組織がシリアで領域の一円支配を確立する可能性はまずない。シリアの土着のイスラーム系の反政府組織は昨年11月22日、「イスラーム戦線」を結成し、アル=カーイダ系の「ヌスラ戦線」や「イラクとシャームのイスラーム国家(ISIS)」と一線を画そうとしている。イスラーム戦線とアル=カーイダ系組織との間には衝突も報じられている。

結局は、アル=カーイダ系のグローバル・ジハード主義者の介入は、反政府勢力の戦列を混乱させ、国際的な印象を悪化させてシリア問題から手を引かせる効果しかない。

反政府抗議行動を封殺できないと見たアサド政権が、早期にスーリーを釈放したのも、このような展開になれば、アサド政権の有用性を国際社会に売り込めると読んでいたからだろう。

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スーリーの思想・理論については池内恵「グローバル・ジハードの変容」『年報政治学』2013年第Ⅰ号、2013年6月、189-214頁、池内恵「一匹狼(ローン・ウルフ)型ジハードの思想・理論的背景」『警察学論集』第66巻第12号、2013年12月、88-115頁、などに詳述してある。