【寄稿】ウィルソン・センターのアラムナイ・ページにコメントが掲載

2009年に研究員として滞在したワシントンDC のウッドロー・ウィルソン国際学術センター(Woodrow Wilson International Center for Scholars)が最近立ち上げた、元研究員の同窓会ネットワーク(Alumni Network)の ブログ(Alumni Spotlight)に、コメントが掲載されていました。

“Satoshi Ikeuchi: Impact of the Islamic State and Global Jihadism,” Alumni Spotlight, October 23, 2017. 

2009年後半にウッドロー・ウィルソン・センターに所属して、支給される滞在費(月額を日本円にすると、これまで給料としてもらったことがないような結構な額なのですが)の大部分を費やして、ど真ん中、議会図書館と最高裁判所の裏に陣取り、ワシントンの政策決定の動き方、政策のアイデア競争を支えるシンクタンクとその背後の党派や資金源などをつぶさに観察する機会がありました。

ウィルソン・センターは50周年。大学ともシンクタンクとも違う、米国の政治と学術をつなぐ、類似したもののない独特の制度として定着しています。

2009年の滞在時の経験は、2011年初頭に勃発した「アラブの春」、その後の民主化の試みやムスリム同胞団の台頭、そして「イスラーム国」の出現などに際して、中東の現地の動きだけでなく、米国の反応をよりいっそう仔細に見極めなければならなくなった時に、大いに役に立ちました。「米国の中東・イスラーム政策」が、私のその後の継続的な研究テーマにもなっています。ある程度ながくやっていると、私があるテーマに取り組んで何かをするというよりは、テーマの方が私のことを助けてくれるような、そんな気になることがあります。

2007年だったでしょうか、私を米国に呼びたいとおっしゃる方、お世話してくださる方がいて、いろいろ工夫していただいたことで、ニューヨークとワシントンDCをかなりゆったり回って見聞を深め、ワシントンDCではジョンズ・ホプキンスのSAISに短期間ですが籍を置いたことにしてもらって調査して発表したり、大使館から、DCの学生たちまでの、さまざまな人たちに会うこともできました。

その後、2009年の夏いっぱいを、これまたどなたかが推薦してくださったようで、米国のアスペン研究所(The Aspen Institute)の年に一度の大きなイベントであるAspen Ideas FestivalSocrates Program Seminarに、若い学者・実務家の卵が推薦されて来るAspen Ideas Festival Scholarとして招待していただいて(今どういうプログラムになっているか知りませんが、当時は、ビジネスクラスのチケットが送られてきて、ホテルも会場の一番いいところに用意されていて、高額の参加費は全額免除、義務は、スカラーのリストプロフィールがプログラムに記載され、名札に小さくスカラーと書かれて、会場の好きなところをウロウロしていていろいろなセッションを傍聴して積極的に発言し、議論をふっかけて来る参加者がいたら相手する、という感じのものだったので、最高に恵まれていましたね)、政治家・官僚・学者・ジャーナリストが非公式に意見をすり合わせるための場の設定について、体感したことも、ウィルソン・センターでの調査に先立つ、目を開かせる体験であり、アメリカでの公的な議論の仕方に馴染むための、絶好のイントロダクションとなりました。

ウィルソン・センターやアスペン研究所やSAISなどへの訪問・在籍の機会は、ほとんど(あるいは全く)会ったこともない方々の推薦や尽力があって実現してきたものでした。「池内は中東だけではなく米国もやるといい」という、かなり多くの人たちの後押し、導きがあって、米国の最良の部分に触れられたことは、私の研究にいろいろな形で影響を及ぼしています。

それらの経験を栄養として成果を出し、世の中一般に向けて発表することが、どこかで私の仕事に目を留めてくださって、機会を与えようと取り計らってくださった方々への恩返しと考えています。

【寄稿】東大出版会の『UP』3月号に、「シーア派とスンニ派」および宗派主義の政治について

寄稿しました。

池内恵「中東の紛争は『シーア派とスンニ派の対立』なのか? 宗派主義という課題」『UP』第47巻第3号・通巻545号、東京大学出版会、2018年3月、40−46頁

「中東問題はシーア派とスンニ派の宗派対立である」と、よく言われますが、それは本当なのか。どの部分で本当で、どの部分では本当ではないのか。イラク戦争後のイラク新体制をめぐる紛争と、「アラブの春」後の中東諸国の混乱で、「シーア派とスンニ派の対立」「宗派対立」といった言葉は人口に膾炙するようになりましたが、実態はどうなのか。より適切な分析概念は何なのか。考察しました。

これは次に出る私の本の主題でもあります。

また、この論考は、「文献案内」として、大学の授業などで中東の近年の政治について考えていく際の、副読本のように用いることができるように工夫してあります。「アラブの春」後の政治変動をめぐる文献を、(1)大規模デモによる社会からの異議申し立ての原因や効果、(2)統治する側に回ったイスラーム主義勢力、(3)政軍関係、(4)国際的介入、などに分類して紹介した上で、近年の動向として、(5)宗派主義論の研究が多く現れていることを示してあります。中東について、最新の研究動向を追いながら現実を見ていくようなタイプの授業の、副読本、文献案内となるように考えて書いた論考です。

大学が変化していく中で、必ずしも各教員が自分の専門分野そのものだけを教えるのではなく、変化するニーズに応えて授業をしていくという傾向がある中で、中東現代政治を、大学の教養課程で、今では容易に手に入る英語文献に取り組みながら、勉強していけるための道しるべとして書いてみました。

【寄稿】『季刊アラブ』に、アラブ政治の「啓蒙専制君主」へのトレンドについて

日本アラブ協会が発行する『季刊アラブ』の新年号の巻頭に寄稿しました。特集「2018 中東情勢を読む」の一部です。

池内恵「『啓蒙専制君主』の時代に『イスラーム国』消滅後の中東」『季刊アラブ』2018年冬号, No. 162, 2−4頁

エジプトのスィースィー大統領やサウジアラビアのムハンマド皇太子が、独裁的な統治手法を用いるのと同時に、宗教面での自由化や改革を唱導する趨勢について、それがアラブ世界の政治社会と規範理念の根本的な変化をもたらすのか否か、検討するための歴史・思想的枠組みについて考えてみました。この問題は引き続き要検討、といったところです。アラブ諸国の現実を見る際に一つの検討要素として欠かせないところと思います。

【寄稿】トランプ大統領のエルサレム首都認定宣言について

寄稿しました。

池内恵「米トランプ大統領のエルサレム首都認定宣言」『中東協力センターニュース』2018年1月号, 1−7頁

2017年12月6日のトランプ大統領によるエルサレム首都認定宣言のテキストを、それ以前の米大統領の仲介姿勢と比較して、どこが変わってどこが変わっていないか、まとめておきました。その後の展開についてはまた別の論考で分析していきます。

『PHPグローバル・リスク分析』の英語概要

昨年末に発表した『2018年版PHPグローバル・リスク分析』ですが、各種専門家の間で大変好評だったのですが、「これは英語版も出した方が良い」というご要望がこれまでになく強く寄せられました。これもご時世でしょうか。

元来がこの企画は、英語圏でいくつもこういった年頭のリスク分析・予測が行われているのに対して、「日本にとっての」リスクという観点から独自に日本社会に向けて発信するという趣向なので、英語版は発信していませんでした。

しかし日本からはこのように見えているということを発信しておくことにも意味はあるかと思います。PHP総研が追加の投資を行なって、概要の英語版を作成し、ウェブサイトで公開してくれました。英語版の監修も参加した分析者たちが行なっています。

英語版のダウンロードはこちらから

【寄稿】今年も『PHPグローバル・リスク分析』に参加

本日発表されました。

『2018年版PHPグローバル・リスク分析』

これに執筆者として参加しました。

この分析レポートは合議によって作成されているため、どの部分を誰が特に執筆分担したかは公開されておらず、またどの部分にも実際複数の人の手が入っています。所属先との関係で名前を出せない人も含めて多くの専門家が参加しています。

とはいえ私が特に関与していそうなところは10のうち二つぐらいでしょうかね。

今年取り上げた10のリスク源は、こんな感じになっております。

報告書PDFへの直接リンク

Global Risks 2018
1.「支持者ファースト」のトランプ大統領が溶解させるリベラル国際秩序
2.中国が主導する新たな国際秩序形成の本格化
3.全世界で顕在化するロシアの多極化攻勢
4.米朝中露四カ国協議成立により核クラブ入りする北朝鮮
5.サウジの「暴走」が引き金を引く中東秩序の再編
6.欧州分断の波がBREXITから大陸へ
7.米国の関与後退でラ米に伸びる中国「一帯一路」構想
8.高まる脅威に追いつけない産業分野におけるサイバー防衛地盤沈下
9.離散IS戦闘員のプランナー化とドローン活用でバージョンアップするテロ脅威
10.「EVシフト」のインパクトが書き換える自動車産業地図

また、これらの10のリスクに関する分析に加え、その前に世界地図を俯瞰したリスクの地勢図やオーバービューがあり、リスクに関わる話題にふれたコラムも取り混ぜられています。例えば流行りのフィンテックについても。

そのためレポートの全体構成は次のようになっています。

<目次>
はじめに
リスク俯瞰世界地図
グローバル・オーバービュー
グローバル・リスク2018
【コラム】「慢心」の中で、米国市場に蓄積される「買われ過ぎリスク」
【コラム】FinTechによる「闇の中央銀行」の出現

2013年以来、毎年秋から年末にかけてこのプロジェクトに参加させてもらって勉強しております。年々日程の厳しさが増しますね。

過去のものについては次のエントリからどうぞ。【2014年版】【2015年版】【2016年版】【2017年版

【刊行】『アステイオン』30周年記念選集(全4刊+総目次)

そういえばこちらが刊行されていました。

山崎正和・田所昌幸(監修)『アステイオン創刊30周年ベスト論文選 1986-2016 冷戦後の世界と平成』(全4刊+総目次)CCCコミュニケーション, 2017年11月17日刊行

軽快なフランス装で重厚になりすぎず、しかし雑誌『アステイオン』に冷戦末期からポスト冷戦期の長い期間に移りゆく国際社会と文化に向き合った数々の論稿の粋を集めた、歴史が詰まった箱です。

私も編集委員の一人として、30年間のバックナンバーを通しで読み、収録作品の選定に幾分かの貢献をしました。あくまでも幾分か、という程度ですが・・・

この雑誌はサントリー文化財団の全面的なバックアップによって編集されています。財団が行ってきた事業、すなわちサントリー学芸賞や研究助成やフェローシップなどを通じ形作られた研究者への多様なネットワーキングから自在に情報を汲み出し、サントリー学芸賞の審査委員やサントリー文化財団の理事などとして深く関わってきた先生方の培うネットワークを辿って、国内・国外から執筆者・論文を集めてきてくれます。

私のようなヒラの編集委員は安心して編集会議に参加し、せめて議論を活発に盛り上げる、という程度の役割に留まります。むしろcontributing editorとして積極的に論文・エッセーを寄稿することが期待されているようです。これについても上の世代の先生方が次々に論文や連載や対談の企画を提案して来るので、それほど出動する機会は多くはないのですが。

サントリー文化財団に蓄積された文化資本に、阪急コミュニケーションズ(現在はCCCコミュニケーションズの一部)のプロフェッショナルな編集者の手が加わって、確実に質の高い製品となって読者の手に届きます。それで毎号の価格はほんの形だけの1000円という・・・

しかしこの30周年論選は、全4巻+別冊(総目次)のセット売りのみでバラ売りなし。本当に少部数しか刷っていないため、価格は高くなりますが、意外に、さほど宣伝しなくともすでに注文が来始めているというので、手元に置いておきたい方はお早めにどうぞ。まあ、売れてしまったらそう簡単には増刷しないのではないですかねえ・・・

私も一本論稿を収録していただいた(第Ⅰ巻の政治・経済(国際編)に)のと、編集委員として別冊(総目次)にエッセーを寄せています。

池内恵「『ポスト冷戦期』を見届けた後」『アステイオン創刊30周年 ベスト論文選1986−2016 冷戦後の世界と平成 総目次』2017年11月17日, 112-116頁

池内恵「『アラブの春』がもたらしたもの」『アステイオン創刊30周年 ベスト論文選1986−2016 冷戦後の世界と平成 第Ⅰ巻 政治・経済(国際編)』2017年11月17日,  767-782頁

実はこの別冊に収録されているエッセーは、他の編集委員のものはすでにアステイオン84号の「特別企画」に掲載されているものの再録なのですが、私もその号で書くはずだったものが、特集の責任編集のために疲れ果て、他の仕事も多く、アステイオンの30年のバックナンバーを全部読んで論を立てるという大作業を完遂することができず、一人だけ掲載を見送りました。ですので、今回がオリジナル原稿ということになります。

この別冊には、編集委員の苅部直先生の、『アステイオン』の創刊者で「名誉永世編集委員」と言ってもいいであろう山崎正和先生との対談も収録されています。

そして、恐竜のようなかつての知識人たちの若い頃の写真が多く収録されており、当時の闊達な議論を彷彿とさせる、貴重な読書体験です。

1986年の高坂正堯の論稿に始まる第Ⅰ巻政治・経済(国際編)の最後に近いところに「アラブの春」の最初の1年に関する論稿を載せることができて光栄でした。

そして本巻の締めくくりには、私が責任編集の労を取らせていただいた特集「帝国の崩壊と呪縛」(第84号・2016年春号)から、池田明史先生と岡本隆司先生の論稿が収められています。少し歴史に何かを残せたような気がしています。

【寄稿】『外交』で中東情勢をめぐる座談会

座談会の記録が刊行されました。

外務省が発行する『外交』(かつての『外交フォーラム』が民主党政権時代にリストラされたものの後継誌です。現在は三度都市出版の企画・発売に戻っています)に掲載されました。

池内恵・今井宏平・田中浩一郎・岡浩「『ポストISIL」に潜む新たな混迷」『外交』Vol. 46, 2017年11月30日発行, 「外交」編集委員会(編集), 外務省(発行), 都市出版株式会社(企画・発売), 116-129頁

岡浩・外務省中東アフリカ局長(前トルコ大使・アラビア語研修でサウジアラビアに二度の勤務経験のある方です)と、イラン分析の田中浩一郎さん(最近慶應義塾大学SFCに拠点を移されました)、年初に中公新書からトルコ現代史を刊行された今井宏平さんと、ご一緒しました。サウジアラビアやレバノンの動向など、対談で将来の見通しとして話していたことが、編集作業の間にも現実化して、未来形を現在形・過去形に直していく作業で校了寸前まで気が抜けませんでした。

局長室の場所を提供していただき、我ら研究者が喋りまくるのを静かに頷いて聞いていらした中東アフリカ局長が印象的でした。いや、いい加減疲れますよね、この中東情勢の展開の早さと破天荒さ。

【寄稿】『アステイオン』に自由主義とイスラームの関係について

かなり力の入った書評を寄稿しました。

池内恵「イスラームという『例外』が示す世俗主義とリベラリズムの限界」『アステイオン』第87号, 2017年11月25日, 177-185頁

書評の対象としたのは、Shadi Hamid, Islamic Exceptionalism, St. Martin”s Press, 2016です。

私は『アステイオン』の編集委員でもあるのですが(contributing editorみたいな感じですかね)、今回の特集も力が入ったもので、かつ他に類を見ないものと思います。張競先生の責任編集で、グローバル文学としての華人文学を、独自の人脈から幅広く寄稿を得て、堂々の刊行です。

これはサントリー文化財団の支援がないとできませんね。

【寄稿】『文藝春秋オピニオン』の2018年版に「イスラーム国」後の中東について

寄稿しました。大変忙しくて、ちょっとお知らせが遅れてしまいました。

池内恵「『イスラーム国』後の中東で表面化する競合と対立」『文藝春秋オピニオン 2018年の論点100』2018年1月1日(発行), 文藝春秋, 38-41頁

奥付の発行期日は来年1月1日となっていますが、2017年11月9日発売です。

例年寄稿している『文藝春秋オピニオン』の2018年度版ですが、今年は「2018年の10大テーマ」の6番目になりました。

面倒ですが一応確認しておきますと、思い出せる限り2013年版から寄稿しているのですが、私の担当するテーマの順位は36→48→70→6→7→そして今年は6に戻っております。別に番号が重要度を示すわけではないのですが、文藝春秋編集部がどのように中東・イスラーム問題を位置づけているかは、日本の世論のある部分の推移を示しているとは言えるでしょう。

「イスラーム国」が2014年6月のモースル占拠で国際政治の中心的課題に躍り出た後の2015年版(2014年11月発売)では「70位」と、なんともはんなりとした対応をしていたのですが、2015年1月20日の脅迫ビデオ公開に始まる日本人人質殺害事件の政治問題化と、奇しくも同日に文藝春秋から刊行された『イスラーム国の衝撃』によって、この問題の位置づけが一気に(少なくとも文藝春秋内部では)上がり、2016年版では一気に6位に躍り出、同程度の認識が3年間続いたようです。来年はどうなるのでしょうか。「イスラーム国」はタイトルに入らないでしょうが、中東問題が大問題であり続けることは変わらないと思います。

「10大テーマ」となると、『文藝春秋』の読者に馴染みのある対象と書き手が並ぶので、よくまだ「イスラーム国」と中東をこの位置に選んでくれたものです。新聞やテレビでは「イスラーム国」のモースルとラッカが陥落する話は分かりやすいように見えるのか、そこだけは報じられます。クルドやトルコやサウジやシリア・アサド政権やロシアや米・トランプ政権などの動きが複雑に絡んだその後の中東情勢は、複雑すぎて記者が記述することが不可能なのかもしれません。

目次を見ますと、書き手のラインナップが、テーマ以上に、濃い。。。

私の前が石破茂先生、その前は宮家邦彦さん、わたいの後ろが冨山和彦氏で、その後ろに佐藤優・櫻井よしこ・藤原正彦と続くという、こってりしたラインナップです。私はこの中の置かれると非常に線の細いあっさりした書き手と見えるのではないでしょうか。

何かと評判の三浦瑠麗さんも、論点15「『政治家の不倫』問題の本質はどこにある」と、近年ライフワークとして掴んだ(かに見える)「女性と権力」に真っ向から取り組んでいます。

従来よくあった、オヤジの「権力と女性」問題ではなく、働く女性論にも一般化させたん女性政治家論により「女性と権力」という問題を浮き立たせた新機軸の発掘で、他の追随を許さない地位を確保しています。来年は私よりも前に載っているでしょうね。それも良きかな。

さて私の方は地味にしかし分析と見通しの提示として実質のある内容を心がけまして、「イスラーム国」が領域支配を縮小していく中で、今後の中東情勢について展望したものです。中東国際政治が変動する中で、最も重要なのはサウジの内政であり、そこにイスラエルを絡めて米トランプ政権を抱き込もうとする動きが出る、それと北朝鮮危機とがリンクされれば・・・といったスペキュレーションを含む本稿は10月前半に書いていたのですが、それが部分的に現実化していくので、10月25日の最終校了直前に細かく修正しました。

【掲載】時事通信にラッカの「イスラーム国」拠点陥落についてコメント

時事通信にコメントを寄せました。シリアのラッカの「イスラーム国」拠点を、米国に支援されたSDF(シリア民主軍)の部隊が制圧したというニュースへのコメントです。地方紙各紙に掲載されていくと思われますが、時事通信のウェブサイトでも公開されています。

「◇シリアでも「クルド問題」起きる」時事通信(2017/10/18-21:22)

ラッカの陥落はそれなりに重要な画期ですが、現在のシリア情勢・中東情勢の焦点は別のところにある、といったことをお話ししました。

そもそも「ラッカはイスラーム国の首都」という通説は根拠が不確かです。「イスラーム国」の理念からは、2014年7月にカリフ位を宣言し、金曜礼拝で演説を行ったモースルが、カリフ政体の首都でしょう。

全世界を覆うカリフ制政体を構成する「州(wilaya; 英語で言うstate)の一つとしてシリアがあり、シリアの州都(’asima; capital)であったのがラッカということでしょう。連邦制とstate capitalという観念が理解される英語圏ではある程度容易に理解できることが、日本ではうまく理解できず言葉にもできないようです。

しかし「ラッカは首都」という翻訳上の誤解に基づき、「首都だから重要」と論じていくのは、循環論法でしょう。そういう報道には(いまさらですが)釘を刺しておきました。とはいえ、メディアの報じ方に注文をつけると「面倒くさい人」ということになり、コメントが載らなくなる傾向があります(世代が代わるとまた依頼してくるようになるので、そのことはあまり気にしていません)。

現状では「イスラーム国」が「州」を称していた領域での「州都」は、ラッカ陥落で全て失われた、という意味づけです。

【講演要録】「イスラーム国」が形作る「まだら状の秩序」について

一昨日の毎日メトロポリタンアカデミーでの講演について、昨日の『毎日新聞』に記事が掲載されていました。

「毎日メトロポリタンアカデミー『まだら状の拡大』 池内氏がISの「今」解説 /東京」『毎日新聞』2017年9月21日

以下記事の本文を記録しておきます。

第297回毎日メトロポリタンアカデミー(毎日新聞社主催)が20日、豊島区のホテルメトロポリタンであり、イスラム政治思想・中東研究で知られる池内恵(さとし)東京大学准教授が「イスラム国(IS)はどこへ行った」と題して講演した。

池内氏は「イスラム教徒17億人すべてがISではない」としながらも「イスラム教は元来平和的な宗教ではあるが、法として現実には軍事や政治に深い関わりがある」と解説した。さらにISの出現と領域支配の変遷について地図を用いて分析。組織的には弱体化が見られるが、今後、インターネットなどによる感化を通じて自発的に名乗り出るISの誕生について指摘し、世界各地に「まだら状の拡大」ともいえる状況が出現していると述べた。【吉岡杏奈】

【資料】ある外交官の「アラブ外交」観 1980年から1994年にかけて

8月24日に、まずツイッター「中東ニュース速報」で簡易に メモがわりに連投ツイートして次にフェイスブックで体裁を整えてまとめておいた、一風変わった本の読書メモが、かなり読まれているようなので、外交史・日本中東関係史上のかつて支配的だった、今ももしかすると色々な形で残っているかもしれない「通奏低音」を伝えるために、ここに掲載しておきたい。

* * *

研究室の本を整理していて、あまり手元に置いておきたくないがメモしておかないとどこかに行ってしまい取り出せなくなり、思い出せなくなりそうな、なんとも始末に困る本の要所をメモしたので、ここに貼っておく。

日本外交の中で「アラブ問題」「中東問題」の占める位置は近年大きく変わったようにも見えるが、より広い社会の中での位置づけという意味では、結局はさほど変わっていないようにも見える。
これについて外交官(志望学生)の主観という面の一時点での記録を、資料として留めておきたい。
毎年一人は割り当てられる、キャリア外交官のアラビア語研修について、特に米国一辺倒の時代には、複雑な思いを抱えていた場合があったようである。
端的な例が、1980年に入省し、後に民主党代議士となった末松義規氏の著作『ボクが外交官を棄てた理由』(KKベストセラーズ、1994年)に示されている。

「理由」はおそらく「ワケ」と読ませるんであろう、いかにもいかにもな昭和の語法である。

かつて日本での「アラブ問題」「中東問題」の扱われ方がどのようなものであったか、端的に示されている部分を、ほんの一部、抜き出してみよう。【 】内が原文より。

末松代議士にとっては「黒歴史」感ある記述が満載の本だが、あくまでも歴史資料として扱っているのでご容赦願いたい(なお惻隠の情から、辞めると告げた時の上司の発言を著者が聞き取って記したとされる部分や、家族の反応については、転記していない)。

【語学選定はまだ大学在学中の一月ごろに行われた。霞ヶ関に合格者が集められた。当日、採用が決まったひとりひとりに、研修で何語を習得するかが言い渡される。【中略】希望はアラビア語だなどという者はひとりもいなかったと思う。】
(末松義規『ボクが外交官を棄てた理由』38頁)

【僕の前の同期がアラビア語に決まったときは、内心、皆、しめたと思ったはずだ。その場にいた全員からワーッと拍手が沸き起こったからだ。不幸なやつがこれでひとり減ったというわけだ。ホッとしたところで僕の順番。てっきり中国語をやるようにと言われるとタカを括っていたのだが、面接官の言葉に一瞬、青ざめた。「キミもアラビア語をやってくれ」
ショックに、しばらく黙り込んでしまった。「はい、わかりました」とはとてもじゃないが言えなかった。「しばらく考えさせてください」、と言うのがやっと。】
(末松義規『ボクが外交官を棄てた理由』39頁)

【かなりの時間、それでも僕は頑強に抵抗した。
最後に、「私は、ああいうわけの分からない国の人とはつき合えません。私自身、気が弱いんです。もし、どうしてもとおっしゃるなら、自分の進退も含めて考え直させていただきます。」】
(末松義規『ボクが外交官を棄てた理由』39頁)

・・・回顧録といっても選挙に出る時の自己紹介を兼ねた選挙本なので、正確を期して書いたかどうかは怪しい。「有権者にウケる」というところが主眼であったのかもしれない。しかしこの当時アラブ関連に従事することを蔑むような発言を大っぴらにすることが「ウケる」と思われていたことは示すだろう。
私見では、9・11事件とイラク戦争を経て、日本の外交官にとっての「中東」の意味は変わったのではないかと思う。日本外交の主軸が今もって日米外交であることに変わりはないものの、米側は対テロ戦争と中東問題にかかりっきりで、日本もそれにある程度は関与させられるので、対米外交に従事するには中東が分かっていないと話にならないだろう。
今なら「お前アラビア語研修ね」と言われたら、大変だあと思いつつも「よし!」と思う新人外交官も多いだろうし、アラビア語研修だったので重要な任務を多く課されてラッキーだったな、と思っている人もいるのではないか。こういう変化は外交文書には残らないが、外交史家は記録しておいて欲しい。

【寄稿】新潮選書50周年企画に短文を寄せました

新潮社の『波』に寄稿しました。

「[新潮選書50周年特別企画]選書著者が答える『私にとって選書とは何か?』」に短文を寄せています。

今年は新潮選書創刊から50周年。これを記念して『波』で特集を設定して、そこにこれまでの執筆者が短文を寄せています。

猪木武徳先生(『自由の思想史 市場とデモクラシーは擁護できるか』)や、苅部直先生(『「維新革命」への道 「文明」を求めた十九世紀日本』)など。

椎名誠さん、池澤夏樹さん、片山杜秀さんなども短文を寄せています。

私も『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』の書き手として、この本を第一弾に新潮選書のフォーマットを利用して立ち上げていこうとしている「中東ブックレット」シリーズのマニュフェストのようなものを書きました。

ブログやSNSで情報を伝えることができる時代に、選書というフォーマットはどのように役に立てるか、がテーマです。

そういえば昨年の6月も、新潮選書のフェアに文章を寄せていました。あれもかなり力が入った特集でした。

池内恵「SNS時代こそ選書の出番」『波』2017年9月号(第51巻第9号・通巻第573号), 82頁

【寄稿】『中東協力センターニュース』7月号にシリア内戦の競合する停戦枠組みについて

忙しさに紛れて、少し通知が遅れてしまいましたが、シリア内戦への停戦調停に関する分析を『中東協力センターニュース』に寄稿しています。

この論考をほぼ書き終えてから7月半ばにヨルダンのアンマンに出張に行き、国際会議に参加していたのですが、ちょうどその頃、ヨルダンでの交渉からシリア南部での部分停戦の合意が米・露・ヨルダンの間でまとまったので、関連する情報も集めることができました。

池内恵「シリア分割への道? 競合する停戦枠組み」『中東協力センターニュース』2017年7月号, 8-14頁【クリックするとPDFで論文が開きます

【談話】今朝の日経新聞に中東情勢をめぐって

今朝の日経新聞に談話が掲載されました。

「混迷深まる中東 どこへ サウジ、イスラエル接近も 東京大学准教授 池内恵氏」『日本経済新聞』2017年7月4日朝刊

聞き手は日本経済新聞編集委員の松尾博文さんでした。エネルギーや中東が専門で、現地特派員・支局長も経験した方で、以前から知り合いで私も普段から記事を読んでいることもあり、大変話が弾みました。紙幅の都合から、サウジとイスラエルの接近という、話をした中で一番際どいところを中心にして掲載されましたが、このインタビューを機会に中東情勢全体の現状と見通しについてまとめる機会になりましたので、有益でした。

全く偶然なのですが、明日の夜10時から、日経の系列テレビ局BSジャパンの「日経プラス10」に出演して、「イスラーム国」のイラクでの支配領域の陥落後の中東情勢について話をすることになりましたので、そちらで時間をとって話してみたいと思います。