【コメント】『毎日新聞』朝刊、米空爆シリア拡大について

今朝の朝刊ではもう一つ、『毎日新聞』にコメントが載っています。忙しくて紙面を確認する暇もなく過ごし、夕方になってやっと羽田空港ラウンジで日経、毎日の寄稿・コメントを確認。

オバマ米大統領:シリア空爆表明 池内恵・東大先端科学技術研究センター准教授(中東地域研究、イスラム政治思想)の話

ネットでも公開されていたので、張り付けておきます。

 ◇打倒は長期化

 シリアでの空爆はイスラム国の逃げ場をなくすことが目的だ。イラクで米国がイスラム国を攻撃しても彼らはシリアに避難してしまうからだ。空爆ではシリア内での勢力拡大を食い止めることができても、シリアからの排除はできないだろう。イスラム国打倒は長期化せざるを得ないだろう。イスラム国の勢力拡大はシリア北部の油田を押さえたことが大きい。シリアは混乱状態で、原油の密輸で大量の資金が手に入る。また、動画サイトなどで自らの力をアピールするイメージ戦略がうまく、イラク北部の武装勢力を吸収し、欧米からも戦闘員が集まっている。

【寄稿】本日のオバマの対イスラーム国でのシリア空爆許可演説について『フォーサイト』に事前に書いてあります

日本時間今朝10時(米東部時間9月10日夜9時)から、オバマ大統領が対イスラーム国の戦略、特にシリアへ空爆の範囲を広げる件で、注目度の高い演説を行った。【一部分の映像

オバマ910演説

事前に内容は予想できていたので、今日未明のうちに『フォーサイト』に論評を出してあった。

池内恵「オバマのシリア介入演説は米国と世界をどこに導くのか」『フォーサイト』2014年9月11日

実際の演説はやはり予想通り。一方ではレトリックでもはや「ブッシュか?」とすら思われるような表現を多用しつつ、もちろん地上軍派遣は否定し、シリアでやることは、イエメンやソマリアでやってきたことと同じ、といった説明をした。世論一般の「超大国なんだから何でも解決できるだろう」という素朴な自負心に応えつつ、保守派の切歯扼腕をなだめつつその過剰な期待を冷まし、「オバマよ、お前も戦争大統領だったのか」と逆恨みをすでに買っているリベラル派の反発を避ける方向性。

“We will hunt down terrorists who threaten our country, wherever they are”
“This is a core principle of my presidency: If you threaten America, you will find no safe haven.”

だそうです。

「どこにいても捕まえるぞ」
「アメリカを脅かす者に聖域はない」

ですね。

しかしまあ、副大統領のバイデンさんは確か先日、地獄の門まで追いかける、といったらしいし、そっちの方が「ブッシュ的」で、オバマさんはやはり上品というべきか。不良の喧嘩みたいな役割を演じる大統領ポストの一つの側面には向いてないよね。

幅広い同盟を組んで、現地の同盟者にやってもらうよ、という方面は、例えば

“This is not our fight alone”

“American power can make a decisive difference, but we cannot do for Iraqis what they must do for themselves, nor can we take the place of Arab partners in securing their region.”

目的も手段も明確で、出口戦略心配ありませんよ、は例えば下記のように。
“Our objective is clear: We will degrade and ultimately destroy ISIL through a comprehensive and sustained air strikes strategy.”

メディアに煽られて国民が、「地上戦やらないなら空爆大賛成」になってしまい(ワシントン・ポスト紙の世論調査では7割以上がイラク空爆支持、6割5分がシリアへの空爆拡大も支持)、「弱腰」「戦略ない(と自分で口滑らしたせいもあるが)」と批判されて、7日のNBCのプライム・タイムのインタビュー番組Meet the Pressで今日の演説予告をしてしまい、大々的な開戦演説みたいのをせざるを得なくなっていたオバマ大統領。まあもともとメディアを使って風を起こして大統領になった人だから仕方がないともいえるが。

直前に演説の内容をほとんどメディアに配ってしまったりして、「大演説」「大戦略」への期待値を下げるメディアコントロールをしたようだ。

どうしようもない状況に手をこまねいていると「戦略ない」「立場分かってんのか」と罵られるが、やると言えば「もっとやれ」と右派に煽られ、しかし「出口戦略はあるのか」と問い詰められでも現地に頼れる同盟者がいないじゃないか実際の現地の同盟者はイランになってしまっているけどそのことは今は言っちゃまずいよねうふふとか書かれても、みんな本当だってことはオバマ大統領はもちろんわかっているだろうけど、黙って耐えるしかない。アメリカ大統領もつらいよのう。

『フォーサイト』の連載では、雑誌のタイトルも意識して、重要なことについて事前に書いて、逆にあまりフォローアップはしない。起こった後にはいくらでも報道されるからね・・・と思ったら日本語ではあまり報じられなかったりする。事前の解説も事後のまとめもやれ、などという読者がいたとしても、購読料(とそれに基づく原稿料)を考えたら、絶対無理と分かってくださいませ。ボランティアでやっているようなものですから。

しかしこのブログでは時間ができたら経緯や詳細についての続報など、やってみるかもしれない。

【寄稿】「イスラーム国」の衝撃──『中央公論』10月号

イスタンブルから帰国して以来、あまりに忙しくて更新できないでいた。「中東の地政学的リスクの増大」についての関心が高まり、セミナーやレクチャーに駆け回っている。その間にも仰せつかっている各種報告書の執筆が相次ぎ、論文や著書の執筆が滞っている。危機的である。

それでも一つ成果が出た。9月10日発売の『中央公論』10月号に、イラクとシリアでの「イスラーム国」の伸長の背景と意味を論じた、長めの論稿を寄稿しました。

池内恵「「イスラーム国」の衝撃──中東の「分水嶺」と「カリフ制国家」の夢」『中央公論』2014年10月号(9月10日発売)、第129巻10号・通巻1571号、112-117頁

中央公論2014年10月号

本日は差し迫った仕事があるので、解説などを書く余裕がありません。包括的に書いてあるので、手に取ってみてください。

【寄稿】週刊エコノミストの読書日記(第4回)学術出版の論理は欧米と日本でこんなに違う

イスタンブールで会議中。講演を終えて一瞬中座して書きかけの論文を送信。完全に日本時間・仕事とこちらの時間・仕事を同時に並行してこなしています。内容は重なっているが。

まだ現物を手にしていないが、『週刊エコノミスト』の読書日記の連載第4回が、8月25日(月)発売の最新号に掲載されているはず。

池内恵「学術出版の「需要牽引型と供給推進型」」『週刊エコノミスト』2014年9月2日号、69頁

こんなに忙しくしているのも、日本の場合、学術的知見を、商業出版社・一般雑誌を通じて世に出す経路が豊富にあるから。

編集者は読者の需要に応えて、それに適合した書き手と内容とパッケージで提供しようとする。日本では編集者が媒介して、「需要牽引型」で学術書が作られている面がある。

これはアメリカとは対照的。

アメリカでは一般向け雑誌や商業出版社から声がかかる学者なんて、日本でも広く知られているようなごくごく少数の人に限られると言っていい。

ではアメリカのその他の学者はヒマかというとそんなことはない。大学と専門学会・学術書を出す大学出版会・学術書を一定部数買い上げる大学図書館の三角形が存在して、コンスタントに、手堅い学術書を世に送り続ける。その工程に載せてなんとか本を出すために、アメリカの研究者は、特に若手・中堅は、すごく忙しくしている。

アメリカでは一冊の本を出すののに、着想して調べ始めてから10年かかるのはざらだが、予算を取って調査をして資料を集めて学会発表を繰り返して各地を転々とし、論文にして査読を通して出版したうえでそれを書籍の出版社を見つけて書いて査読を通して・・・といった作業を考えると、ものすごく忙しくして競争にさらされていないと、10年にたった一冊の本でさえも、出ない。

日本でもそれはやるのだが、それと並行して様々な商業出版の可能性が出てくる場合があり、何らかの拍子にその需要が高まると、だんだんそちらが忙しくなる。商業出版社から出るものでも、ものによっては非常に学術的にできる。また、大学出版会から出るからと言って必ずしも常に学術的な基準を満たしていると限らないのも日本の事情。

アメリカでは「一般読者が知りたがっているから」という要因は、大学出版会にほぼ限定された学術出版の工程において、全く考慮されわけではないようだが、原則としては二の次・三の次であり、作り手であり品質評価の排他的な担い手である大学・専門学会の都合が最優先され、そこでは大学出版会と大学図書館が不可分のステークホルダーになっている。つまり「供給推進型」で学術出版が行われている。

まあどっちにも利点とデメリットがある・・・・てな話を中心に書きました。

週刊エコノミスト2014年9月2日号

【寄稿】イラクの「宗派紛争」について

ブログの更新の間隔が空いてしまいました。夏休み、ということではなく、ものすごく忙しい時にこうなります。

『潮』の9月号にイラク政治や「イスラーム国家」について寄稿しました。

池内恵「緊迫のイラク情勢と国際社会」『潮』2014年9月号(通巻667号)、140-145頁

編集部がまず私に質問を行い、また私の方からそれに応えつつ講義をするように盛り込むべき論点や情報を考えながらしゃべり、テープ起こしを編集して文章にしたものを、さらに私が書き直しています。

紙幅の都合で十分に論じきれないこともありますが、通常の雑誌よりは長く誌面を取ってもらっているのではないか、また、基礎から説き起こしているのではないか、と思います。

今回の議論のうち重要と私が思うポイントの一つは、「イラクの現在は宗派紛争なのか?」という問題。

私の考え方は、これは『中東 危機の震源を読む』(新潮社)などを見て頂ければいいですが、2005年頃からずっと書いていますが、下記のようなものです。

(1)宗派紛争(「宗教コミュニティ間の紛争」という社会・政治的意味での)は現に存在している。
(2)宗派紛争(「宗教・宗派間の教義をめぐる争い」という宗教的意味での)はほとんど存在しない。ただし上記の社会政治的な意味での紛争が生じた後には教義的な意味づけをして扇動する者たちが出てきて一部では本当に教義をめぐる闘争になる場合もある。

この両方を理解しないといけないということです。

中東専門家は、往々にして「一般の報道・認識は間違っている」と言いたがり、この問題については「宗派紛争なんてない」と言います。

それを通じて、なんだかイラクについて(あるいはシリアについて、レバノンについて、パレスチナについて)の報道が間違っており、政策も根本的に間違っている・・・というような印象を醸し出します。そこから、一般聴衆には、とにかく中東は理解不能なことが多い、という印象を受ける人が多いようです。

なんだかいつも専門家に説教されているような印象がありますね。

でも、これはかなり単純な誤解や印象操作、論点ずらしで成り立っている議論なんです(ご本人たちに論点をずらしている意識がないような様子が怖いですが。。。業界の同調圧力に依存した教育って恐ろしい。意図してやっていないということは、間違ったことや結果として嘘となることを言っていいということにはなりません)。

確かに、イラクの紛争の「原因」が「教義をめぐる宗派紛争だ」ということはないでしょう。

私の『潮』の記事でも、宗派紛争が教義の対立として起きているわけではないとかなり周到に解説してあります。

しかし「根本原因は宗教・教義の違いじゃないんだよ」という議論が、いつのまにか「そもそも宗派紛争などないのに欧米の報道が間違っていて、それを口実に介入がくるぞけしからん反対運動しよ~」といった方向に議論が脱線してしまうと、かなり間違いや不適当な部分を含んだ論説になってしまいます。

そもそも「宗派紛争」とは英語の「sectarian strife」や、アラビア語の「fitna ta’ifiyya」を日本語訳して流通している概念です。もともとの「宗派」という言葉(の原語)は、宗教の「教義」ではなく、社会政治的な宗教・宗派のコミュニティあるいはそのようなコミュニティへの帰属意識を核にしたさまざまな政治現象という意味の「sect; sectarianism」あるいは「tai’fa; ta’ifiyya」なのです。

正確に「宗派コミュニティー間紛争」と訳すべきだ、と私は遠い昔に書いたことがありますが、まあ実現しないでしょう。

「宗派紛争」と言っているんだから「教義」を問題にしているんだろう、という観念は、単に日本語に翻訳した後の語感から想像して一部の論者が勝手に議論していることなのです。

ですので、それに対して「別に教義論争をして争っているわけではないですよ」と正すのはいいですが、「宗派紛争そのものが存在しない」と議論する(あるいは暗示的に匂わせる)のは、間違っています。社会政治的な紛争としての宗派紛争は現に存在しているのですから。もともと英語やアラビア語の宗派紛争は社会政治的な意味で言っているんです。宗派紛争が「ない」というんだったら社会政治的な意味の宗派紛争がない、と示さないといけないが、それはできない。だって厳然とあるから。

「それぞれの宗派の中でも派閥があるから宗派紛争じゃないよ」という議論も、議論として成立していませんね。論点ずらしと論理混乱による見かけ上の議論の典型です。

「各宗派が『一枚岩』に他の宗派と争う(というかなり劇画的な)事態以外は宗派紛争ではない」という無茶な定義を勝手に(しかも明示せずに)置いて、「それとは違うから宗派紛争ではない」と言っているわけです。おかしいでしょう。こんなことばっかりです中東論は。

それを補正するのが私の仕事みたいになってしまっています。

こんなことはいい加減にやめたい。しかしやめると別の人がもっと変なことを言いに出てくるので、それを未然に阻止するためにメディアにほどほどに出ているというのが私の主観的認識です。

中東問題の議論は、現地の現実が複雑というよりも、論者の論理が複雑(かつ肝心なところにバグがある)なので分かりにくい、という場合が多いのではないでしょうか。

論者(専門家)が、「ふつうそれはないだろう」というような変な論理構成で議論し、しかも前提となるあり得ない定義などを説明しないので、「普通の論理では説明できない世界」「論理を超えた世界」であるかのように、一般読者・聴衆には映ってしまいがちです。

そうではなく、もっと筋道を立てて、「宗派の教義が紛争の根本の原因ではないとしても、実際に紛争が生じるときに、なぜ亀裂・対立軸が宗派や宗教コミュニティ間に走りがちなのだろうか?」と考えていった方が生産的なのではないでしょうか。これは突飛な論点、勇ましく上から説教したり他者を指弾できるネタではないかもしれませんが、人類社会に関するはるかに深遠な問題にかかわっていると思いますよ。

それを考える作業は時間がかかりますが、実り多いものと思います。

てっとり早く「宗派紛争など存在しないのに欧米の介入が作り出した・・・」といった議論をして、世論に対して説教をし、自らの存在意義を確認したいというのは研究者の性ですが、そういったことの先には、たいしたものは待っていません。せいぜいが自己満足と業界の仲間との結束感であり、背景ではそういう方面で議論をしている業界の偉い人への阿りが裏打ちしています(まあそれが一番重要なんだ、と本気で心の底から思い込んでいるらしいき人たちがいるのも確かなんですが・・・そういう人たちには大学という世界にいる資格はない、と私は本気で思っています。というか、別にいなくていいじゃないですか。よそにはもっと儲かって脚光を浴びる業界がありますよ。そちらにいかれたら?というだけのことです)。

論理的に整理しておきましょう。

(1)「宗派紛争なんかないのに報道・論評が間違っている」という議論は、日本における「宗派紛争」という観念についての言説批判、でしかありません(しかも言説批判として不適切である)。これまでの中東研究・中東論は、ある種の「研究イデオロギー」(業界の存在意義を高めるための主張)として、こういった言説批判を活発にしてきて、「それ専門」という人たちも特定の世代に多いので、それが当たり前だと思っている人もいるかもしれませんが、そうではありません。中長期的には調整・是正されざるを得ない一時的な現象です。

(2)それに対して「なぜ教義をめぐっては対立していないのに、社会政治的な宗派紛争が起こるのだろうか。また、それが教義をめぐる闘いに転化する場合は、どういうメカニズムにおいてなのだろうか」という方向での探究は、実際に中東で生じている現象に取り組む作業です。こちらが本来の中東研究です。こちらに取り組むことが、どれだけ短期的に業界での評判が悪くなろうが、長期的には有意義なことです。

そういった基本的な研究者倫理とか、その前提となる「生き方」の問題は、大学で特定の授業とか先生から学んだのではなく、長い時間をかけて、家にいる父の姿や言葉から学んていたんだな・・・と今となっては思います。

大学での教育の価値を否定しているように見えかねませんが、そもそも大学は授業といった公式ルートだけから物事を伝えているわけではないからね。そして非公式なルートからも何事かが伝わってしまうのが大学という場の良い所なんだと思うよ。

とある同僚の偉い先生が、「大学は知のロンダリングをするところだ」と言っていましたが・・・表現はどうあれ、真実だなあ、と思いました。通常はつながらない、伝わらないものを、大学といういい加減な袋に放り込んでぐしゃぐしゃとかき混ぜると、何か別のものになって出てくる、というわけです(大きなお金が動く理系の業界の先生が「ロンダリング」と言うと迫力があります)。

そういった「何か」を伝える場所はこの世の中に大学だけではないけど、大学はもっとも有効な場だと思う。

このことについてはそのうちまた。

【寄稿】読書日記の第3回は、モノとしての本の儚さと強さ

論文が難航して大変なことに。本も書かねばならないんですが。

しかし明日は朝7時30分から会合が入ってしまった。誰だそんな時間から働きたがっているのは。

それはさておき。『週刊エコノミスト』の読書日記の連載第3回。本日発売です。

池内恵「なくなってしまうからこそ本は買われる」『週刊エコノミスト』2014年7月22日号(7月14日発売), 69頁

5号に一度回ってくるこの連載の私の番は、電子書籍版やネットには載りませんので、ご興味のある方は本屋で今週中にお買い求めください。

まさにこれは今回のテーマで、「モノ」としての本・雑誌は、なくなってしまったら手に入らない。それは不自由のように感じられるが、実はそれが大事なのだ、という点を考えてみた。どういう風に考えたかは本誌で。

第1回以来、私の番だけ連続もののように書いていて、メディア環境も出版も、本の形も、全てが急激に変わっていく中で、どのような手段でどんな本をいつどのように読むかを考え直していく、というのが共通テーマ。

もちろん電子書籍を敵視しているのではない。ウクライナ情勢、イラク情勢について電子書籍で取り寄せた本なども紹介しております。

今号の特集は「地図で学ぶ世界情勢」。

エコノミスト2014年7月22日

本ブログでも地図特集に力を入れてきました。まだ何回分も用意してあるが、時間がなくてアップできていません。競争だ。

【寄稿】イラク情勢12のポイント『中東協力センターニュース』

『中東協力センターニュース』6/7月号に分析コラムを寄稿しました。

池内恵「急転するイラク情勢において留意すべき12のポイント」『中東協力センターニュース』2014年6/7月号(第39巻第2号)、67-75頁

近いうちに、ウェブ上でPDFで公開されます。
【追記7月4日:公開されました。ダイレクトリンク

連載「「アラブの春」後の中東政治」の第7回。

連載のこれまでの回についてはをココを参照してください。

「アラブの春」についての政治学的・国際関係論的な分析なら、論理的にそんなに長くは連載は続けられないと思っていたのだが、現実がどんどん先へ進むので終わらないでいる。すでに現地は「ポスト・ポスト・アラブの春」ぐらいになってしまっているが。政治学や現状分析では極力扱わない(我田引水になるので)でいた、私のもう一つのテーマ「グローバル・ジハード」関連の論文をそのままコピペしてきても中東政治の現状分析になるという状況に至っております。政治学と思想史の二刀流でやっていれば常にどちらかが社会的に求められる、という漠然とした読みから専門分野を構築してきたので、予想通りと言えばそうなのですが、実際にこんな状況になるとは当然予測しておりませんでした。予想していたら株とか買って儲けられそうだ。

しかしカリフ制関連株ってなんだろう。きっとあると思う。

今回の内容は、このブログで書いた「イラク情勢を見るために~20項目走り書き」(2014年6月19日)、と同時期に書いたもので重なる部分もあるが、12項目に絞って、それぞれをより入念に書き込みました。

①テロを多用する過激な集団がこれまでになく大規模に武装・組織化した。
②「国際テロ集団」にとどまらない幅広い領域支配を行おうとしている。
③アル=カーイダと組織は決別・自立化したが思想は継承・発展させた。
④スンニ派主体の北部・中部4県の統合の不全が背景にある(2005年憲法体制の不全)。
⑤イラクに各国から過激派集団を呼び込む聖域となる可能性がある。
⑥事実上の国境の引き直しとなりかねない。
⑦クルド問題が連鎖して紛糾しかねない。
⑧イランの勢力伸張と宗派間対立の中東地域への拡散。
⑨米国の威信・実効性の低下。
⑩「米・イラン同盟」が事実上成立すれば他の同盟国の反発必至。
⑪GCC諸国の苦境と反発と動揺を注視。
⑫中東国際秩序の再編か。

といった点に絞って、急ぎ考えをまとめておいたものです。

井筒俊彦論がアンソロジーに再録されました

国際日本文化研究センターに勤務していた時代にカイロで開催した研究大会で発表し、『日本研究』に掲載した井筒俊彦論が、井筒をめぐるアンソロジーに再録されました。

池内恵「井筒俊彦の主要著作に見る日本的イスラーム理解」『井筒俊彦』(KAWADE 道の手帖)2014年6月、162-171頁(初出は『日本研究』第36集、2007年9月)


『井筒俊彦: 言語の根源と哲学の発生』(KAWADE道の手帖)

なかなか多面的な仕上がり。今度じっくり読んでみよう。

【寄稿】『週刊東洋経済』に寄稿──米側の限定介入の原則、ISIS側の分裂要因

出ました。昨日発売の『週刊東洋経済』にイラク情勢について解説。

池内恵「ISISがイラク侵攻 中東全体の秩序脅かす」『週刊東洋経済』2014年7月5日号(6月30日発売)、22-23頁

週刊東洋経済2014年7月5日号

その後ISISは、地域的限定を取って「イスラーム国家」となったと主張しているので「IS」と略してもいいのだろうが、実効支配の範囲があまりに狭いので、現実的にはあたかも全世界を覆うカリフ制国家であるかのようにISと呼ぶのは政治・国際関係分析上は憚られる。そもそも「イスラーム国家」なら「イスラーム国家」と言えばよくてISと略す必要もないのではないかとすら思う。それに「イスラーム国家」は一般概念なので、ISISだけがこの呼称の独占権があると主張するにはいくらなんでも勢力範囲が狭すぎるだろう。分析上は当分ISISと呼び続けておく。

少し紙幅に余裕があったので、オバマ政権のテロ対策の原則論から見れば、米国のイラクへの介入は限定的なものとなるだろうという点をやや詳述しておいた。

5月28日のウエストポイント陸軍士官学校での演説では米国内向けの議論としてテロを主要な脅威と位置づけて見せたが、同時に、直接的に対処するのはあくまでもテロが「米国に対する直接的な脅威」となった場合だけであることをはっきりさせていた。

テロが最大の脅威だ、というのは、中国とかロシアとか台頭する修正主義国家が多々あるのを考えるとなんだか安全保障演説としては軽量すぎる感じだ。外交関係を考えなくていい相手として「テロ」を便利な仮想敵「国」にしているようだ。

6月19日のイラク対策指針は明らかにこの演説での原則を踏まえており、予想通り限定的なものとなった。

さらに、6月22日の米CBSニュースでISISのイデオロギーから彼らが「中・長期的な脅威である」と評価していると明言した。オバマ政権が示してきた理論的指針と施策からは、米国が脅威認識を抱いて対テロ戦争に力を入れてくる」のではなく、「米国にとっての短期的な脅威ではない」と認識しているということが重要。つまり、バグダードを制圧されてイラク全土がISISの国になってしまう、といった耐え難い状況以外では大規模な介入はしない、ということ。直接的な介入は、「実際に米国人が人質に取られたから奪還作戦を行う」といった単刀直入なものが多くなるだろう。情報収集ミッションは盛んにやるだろうけど。マーリキー政権に出て行けと言われたのでできていなかった情報収集活動を、今度は帰ってきてくれと頼まれたので盛大にやって観察・蓄積しておく、ということになるのだろう。

また、ISISの急激な支配領域拡大は、思想・統治手法あるいは長期的な戦略目的を異にする連合するスンナ派諸勢力と相いれなくなって仲間割れする可能性を抱え込んだのではないか、という点も指摘しておいた。ISISを一時的に受け入れてマーリキー政権の支配を跳ね除けようとする諸勢力が、今すぐ仲間割れしていくとは限らないが、中央政府からより大きな権限配分を勝ち取っていけば、逆に「ISISを掃討する側」に転じる可能性はかなりある。

これらはそれほど際立った論点ではないが、現時点で欠かせない、と思ったがすでに掲載紙が届いたころには時間が過ぎているな。とはいえこういう雑誌は着実に一般読者に広めるには有益。

そもそも際立ったことを言うことが執筆の目的ではありませんので。中東論を突飛なことを言って自己主張・アイデンティティのよりどころにする議論が、中東研究を「こじらせ」てきました。淡々と生きましょう。

【寄稿】ISISとイラク情勢についての解説『産経新聞』

今朝の産経新聞「正論」欄にコラムが掲載されました。

池内恵「「テロ組織」超えたイラク過激派」産経新聞2014年6月26日朝刊

内容は、イラク情勢についての基本的な事実のまとめです。

紙幅が限定されているので、基礎事項をまんべんなく入れると字数がほぼ消化されてしまいます。そうはいっても新聞コラムとしては最大限のスペースを確保しているとは思いますが。

(6月30日発売の『週刊東洋経済』7月5日号には、1000字ぐらい多いので、いくつか若干踏み込んだ部分を含めた原稿を出してあります。出たらまたお知らせします)

産経新聞の「正論」欄は、執筆者リストに入っているので不定期に執筆しています。多くは中東で事態が切迫した時に、主張というよりは解説を執筆しています。

(執筆者の写真は執筆者リスト入りを依頼された2005年当時のものが使われています)

【追記:下記に本文テキストを張り付けておきます】

「テロ組織」超えたイラク過激派

 イラク北部・西部で急速に勢力を伸張させる「イラクとシャームのイスラーム国家」(ISIS)は2011年末の米軍撤退以来、忘れ去られていたイラク問題を国際政治の中心に再び押し戻した。

 ISISは、イラク戦争後に現れた反米武装集団を起源とし、宗派間の敵対意識を扇動してマーリキー政権に対抗することで頭角を現した。07年から翌年にかけての米軍増派攻勢でいったんは活動が下火になったものの、11年の「アラブの春」の社会・政治変動の波を受けてシリアが混乱すると、そこを拠点に勢力範囲を広げて息を吹き返し、再びイラクでの活動を活発化させていた。

■軍事的、政治的対処が必要

 ISISは国際テロ組織、アル=カーイダから思想的に刺激を受けているが、エジプト人のアイマン・ザワーヒリーが指揮するアル=カーイダの中枢組織からの指令には服しておらず、アル=カーイダが認めるシリアでの組織「ヌスラ戦線」とも対立している。

 イラクでの現在の勢力範囲や活動実態から、ISISを「国際テロ組織」と呼び続けるのは適切ではないだろう。内戦状況にあるシリアとイラクでの軍事的・政治的な勢力の一つととらえ、軍事的な攻撃だけでなく政治的な対処を行う必要がある。

 世界各地からムスリムのジハード(聖戦)義勇兵を集め、自爆テロや暗殺、敵対勢力の兵士の殺害などを行っているという意味で、ISISの中核部分が「国際テロ組織」であることは間違いない。また、その思想は、2000年代半ばに、アル=カーイダの理論家が構想した、治安が揺らいだ世界のイスラーム地域に浸透して大規模に組織化・武装化する「解放された戦線」を作り上げるというヴィジョンを、実現に移しているものと見ることができる。

 だが、単なるテロ組織ではイラクの北部・西部の広範な地域に支配領域を広げることはできないだろう。旧フセイン政権を構成したバアス党・軍・諜報関係者を中心とした秘密組織「ナクシュバンディーヤ教団軍」が結成され、マーリキー政権相手の武装闘争を水面下で組織化していると報じられるが、ISISはこれとの連携により勢力を広げたと見られる。

■首都や南部の制圧は困難か

 急激に支配地域を拡大したISISだが、首都バグダードの制圧や、南部への勢力伸張には困難を伴うだろう。ISISが比較的容易に制圧したのは、イラク北部から西部にかけてのニネヴェ、サラーフッディーン、アンバール、ディヤーラの4県である。

 これらはスンニ派が多数を占める県であり、現在のイラクの体制を定めた05年10月の憲法制定国民投票で過半数あるいは3分の2以上が反対票を投じていた。シーア派やクルド人が多数を占めるその他の県ではいずれも圧倒的多数が賛成した。イラクの宗派・民族の間で現体制の根本的な理念や制度をめぐる意見は大きく割れる。

 マーリキー首相は分裂した国論をまとめるのではなく、逆に宗派間対立を利用し、多数派のシーア派の支持を取り付けて政権を維持してきた。より広くスンニ派を取り込んだ政権を成立させなければ事態の解決は考えられない。しかし、スンニ派の旧フセイン政権支持層にも根強い支配者意識、優越意識があり、取り込みは困難を極める。ISISを前面に押し立てた軍事攻勢でスンニ派主体の地域支配を固めたことで、スンニ派の旧支配層は勢いづき、交渉による解決を一層困難にするだろう。

■イランが米空白埋める危険

 また、北部3県で自治政府を構成するクルド人は、ISISの伸張に直面したイラク政府軍が撤退したのを受け、キルクークなど自治政府の外でありながら歴史的にはクルドの土地とみなしてきた範囲に、クルド人民兵組織ペシュメルガを進駐させており、イラク政府あるいはスンニ派の諸勢力との将来の紛争が危惧される。

 ISISがイラク北部・西部からシリア北部・東部にかけての勢力範囲を固定化すれば、両国にまたがるスンニ派地域での事実上の国境再画定となりかねず、その場合は隣接するスンニ派が多数派のヨルダンも不安定化しかねない。また、クルドの独立機運を抑え込むことも不可能になるだろう。

 マーリキー政権がISISの掃討作戦を行えば、イラクやより広いアラブ世界では、シーア派対スンニ派の全面的な宗派間戦争と受け止められかねない。ここで気になるのはイランの介入である。

 オバマ米政権は国際テロを主要な脅威としつつも、それが直接米国に及ばない限りは現地政府に主な対処を委ね、背後からの支援に回る姿勢を見せている。理論的には正しいが、実態として効果が上がるかどうかは未知数である。米国の消極姿勢が生んだ力の空白をイランが埋め地域覇権国としての地位を高めれば、サウジアラビアなどスンニ派のアラブ諸国が危機感を強め、イラクやシリアやレバノンでの代理戦争を宗派紛争を絡める形で一層激化させ、さらなる混乱をもたらす危険性がある。
(いけうち さとし)
産経新聞2014年6月26日朝刊

【寄稿】イランがイラク介入で米国に協力持ちかけ『フォーサイト』

イラク情勢について、13~14日の動きを、イランの介入を中心にささっとまとめました。

池内恵「イラク内戦に介入するイランが米国に囁く「協力」」『フォーサイト』中東の部屋、2014年6月15日

2005年に『フォーサイト』(当時は月刊・紙媒体だった)に書いた「イラクのどこに希望を見いだすのか 「新国家」成立を左右するキルクーク問題」『フォーサイト』2005年12月号、をフォーサイトの過去記事から引っ張り出して読んでみると、対立の基本構図は全然変わっていないな、と思いました。

2005年末に成立した現体制で不満を持つ中部と北部の4県のスンナ派勢力の取り込みができないまま、テロとか宗派紛争とか、米軍のサージ(増派攻勢)で抑え込んだりといったことをしているうちに時間がたってしまったわけです。米軍が2011年末に撤退すると、マーリキー政権は強硬策しかとらずに不満を放置。ついにISISが台頭してしまった。

また、先日のテレビ朝日に対するコメントで、イランが介入し、それを米国が黙認して、むしろサウジとかが米国から敵視されるようになったらすごい変化ですね、といったことを「専門家ならだいたいこう思うでしょ」程度の想像で話したら、番組で使われていましたが、それがすでに現実になりかけている気配もあります。

オバマ政権がイランとの合意に賭けていますから。イランもあまーいささやきをしています。

2005年の憲法制定以来、テロや宗派紛争はあっても、問題の構図は変わらなかったイラクを巡る情勢が、一気に動き出しているのかもしれません。

以下に本文の冒頭を張り付けておきます。【追記:のちに無料公開に切り替わりましたので、全文を張り付けておきます。ただし英語などへの参考記事へのリンクは貼っていないので、フォーサイトから辿って行ってください】

 6月10日にイラク北部モースルを制圧したISIS(イラクとシャームのイスラーム国家)は南下してバグダードに向かった。これに対してマーリキー首相は13日にサーマッラーを訪問して軍・部隊にテコ入れした。同日の金曜礼拝ではイラクのシーア派宗教指導者の最高権威シスターニー師の声明が読み上げられ、シーア派信徒に祖国防衛のための義勇兵として参集するよう呼びかけた。サーマッラーに配置されたイラク国軍部隊はISISの襲撃予告を受けて多くが離脱してしまったようだが、マーリキー政権支持派の民兵組織やシーア派義勇兵を動員してISISの攻勢を食い止めているようだ。

 ISISの勢力範囲は、スンナ派が大多数を占める4県、すなわちニネヴェ、アンバール、サラーフッディーン、ディヤーラで急速に拡大したが、その外では住民の支持をそれほど得られないだろう。イラク戦争後の体制を定めた2005年10月の憲法制定国民投票では、これらの県では軒並み過半数あるいは3分の2が反対票を投じていた。それに対してクルド3県や、シーア派が多い9県、そして首都バグダードやキルクークではいずれも圧倒的多数が現憲法に賛成票を投じた【「イラクのどこに希望を見いだすのか 「新国家」成立を左右するキルクーク問題」『フォーサイト』2005年12月号】。2006年以降急激に増えたテロや宗派紛争、そして過激派の伸長は、現体制の制度の枠内で政治を行うことにそもそも否定的なスンナ派諸勢力と、シーア派主体の現政権が、妥協を拒否し対決し続けているところに由来する。

 気になるのがイランの動きである。13日、イラン革命防衛隊の高官で、シリアやレバノンの紛争に介入してきたクドゥス部隊を統率するスレイマーニー少将がバグダード入りし、マーリキー政権高官や、民兵組織の指導者、アンバール県のスンナ派部族指導者などと会合を持ったと報じられている。イランはすでに先遣隊2000人を送り込んでいるとも明かしている。マーリキー政権もイランに支援を仰ぐ可能性を公にしている。

 米オバマ政権もISISのイラクでの伸張は米の国益を脅かすと言明、軍事的なものを含む対処策を検討しているが、イランの素早い動きに先を越されている。イラクのマーリキー政権はシーア派主導でイランの影響力が強いとはいえイランの支配下にはなかった。基本的には米国の支援によって軍事・安全保障を支えられており、マーリキーが首相の座に長期間座っていられた原因の一つも、米国から見て「イランに近すぎない」からだ。

 しかしこのままでは、マーリキー政権はイランに頼らざるを得ず、ISISの伸長を好機に、イラクの政権や国土全体にイランの影響力が増大することになる。米国がふんだんに供与した兵器や設備を使って、イランに支えられたマーリキー政権が、イランの反米活動の先兵となってきた革命防衛隊やバシジ(民兵)と共にスンナ派の過激派と戦うというのは、少し前なら想像もできなかった非現実的な光景だ。

 しかし中東への直接的な介入を忌避し、イラン核開発問題での合意を政権の外交成果としようとするオバマ政権の意志が明確になっている現在、イラクをめぐってイランと米国が同盟するというシナリオすら全く想像不可能なものではなくなっている。

  「泣く子も黙る」コワモテのスレイマーニー少将の暗躍に並行して、イランが繰り出しているのは「甘いささやき(charm offensive)」である。匿名の高官が米国との協力の可能性をささやくだけでなく、ついには14日にロウハーニー大統領自身が「米国と協力する用意がある」と明言した。

 うますぎる話である。

 アメリカの力を利用し、イスラーム主義過激派の挑戦を逆手にとって、イラクに勢力圏を築く、というイランの「地政学上の合気道」のお手並み拝見というところか。

(池内恵)

【寄稿】ISISはイラク国家の崩壊を導くか?『フォーサイト』

イラク情勢について、『フォーサイト』で基本的な見方をまとめました。

池内恵「イラクとシャームのイスラーム国家(ISIS)はイラク国家を崩壊させるか」『フォーサイト』専門家の部屋、2014年6月13日

 6月10日にイラク北部モースルを、イスラーム主義過激派集団の「イラクとシャームのイスラーム国家(ISIS)」が掌握した。ISISの勢いは収まらず、南下して、バイジーやティクリートといったイラク中部の主要都市を制圧し、首都バグダードに迫ろうという勢いである。

 2003年のイラク戦争以後、テロが止まず不安定と混乱でぐずつくイラク情勢だが、ISISの伸長が、全体構図に玉突き状に変更を迫り、周辺諸国や地域大国を巻き込んだ内戦に発展する危険性がある。

「国際テロ組織」の範囲を超えた武装民兵組織

 ISISは「アル=カーイダ系の国際テロ組織」と通常形容されるが、現在の活動はそのような形容の範囲を超えている。昨年3月にはシリア東部の主要都市ラッカを制圧し、今年1月にはイラク西部アンバール県のファッルージャを掌握、県都ラマーディーの多くも支配下に置いていた。

 確かに組織の発端はイラク戦争でフセイン政権が倒れたのちの米駐留軍に対抗する武装勢力の一つとして現れた「イラクのアル・カーイダ」だった。しかしシリア内戦への介入をめぐって、ビン・ラーディンやその後継者をもって任ずるアイマン・ザワーヒリーの「アル・カーイダ中枢」とは対立し、袂を分かっている。

 自爆テロを多用する手法には共通している面があるが、それは手段の一部であり、領域支配といったより大きな政治的野心を持つに至っているようである。イラク北部・西部や、シリア東部での活動ではテロを実行するだけでなく、内戦・紛争の混乱状況の中とはいえ、局地的に実効支配を試みている。所在を隠したテロ集団ではなく、政治勢力の一角に場所を確保する存在となりつつある。

【以下はフォーサイトで…】

ISISの背景や関連する問題については、次のような文章も書いています。
シリアのアル=カーイダ系組織の不穏な動向『フォーサイト』2013年4月12日
シリアの地場のイスラーム系諸民兵集団が連合組織を結成『フォーサイト』2013年11月23日
シリア問題を「対テロ戦争」にすり替えようと試みるアサド政権『フォーサイト』2014年1月23日

【寄稿】1945と1989:年号から読む国際秩序~『文藝春秋』7月号

6月10日発売の『文藝春秋』7月号に寄稿しました。

『文藝春秋』はコンビニにもあるんですね、ということを初めて意識しました。

池内恵「必須教養は「アメリカの世界戦略と現代史」」『文藝春秋』2014年7月号、320-327頁

「教養」特集という、ブックガイドと並んでよく月刊誌でやっているような特集の枠で依頼を受けたのですが、意識としては『フォーリン・アフェアーズ』で行われているような議論を日本の読者にもわかるような形で書き直しました。

「教養」と依頼を受けても皆目見当がつかないし、そもそもひどく忙しくて曖昧なテーマに対して何かを書くという余裕がないので、編集部の方に来てもらい、語りおろし的なことをやった上で、いつも通りほぼ全面的に書き換えています。編集部が聞き取ってその中からテーマと並べ方を決めたうえで私が書き直しているので、自分一人で最初から書き起こしたら書かなかったであろうテーマや論点が入ります。編集部から提示される草稿を見るのは毎回かなりの精神的な苦痛、というかショックを受けます。私一人で書けば絶対に書かなかったであろう論点が大きく前面に出ていたり、過剰に政治的な姿勢が強く出ているようにまとめられていたりするからです。

しかし落ち着いて考えると確かに、意味のある論点ではあり、日本で求められている論点でもあるのだな、とそれなりに納得します。そのうえで、研究者として致命的なダメージを受けることがないように、語彙を正確にし、必要なバランスを取り、一定の理論的な脈略にもつなげるために、せっせと書き直すわけです。

編集部は「教養」のうち「世界史」的な方面を私に受け持たせたかったようで、特に「年号」をいくつも出させようとしていましたが、そもそも私は思想史なのであまり年号を気にしたことがない。年号を特定できるような「事件」で世の中が動くとは考えていません。

また、世界史というと年号を覚えさせられた記憶しかない、という受験の呪縛を、読者には解いていただきたいものですから、衒学的にいろいろな年号を並べることはいたしません。

しかしもちろん「年号」には意味があるわけで、編集部に無理やり「年号」を吐き出させられていると、それなりに有益な議論につながりました。

結局「1945」が最も大事という、一見当たり前の結論になります。で、思想史的にも、国際関係論的にも、1945を基軸にしたものの見方を再認識することは、現在の日本にとって必要なことと思われます。

もう一つ年号を出せと言われれば、「1989」ですね、ということになりました。

これもまたありふれているとみられるかもしれませんが、そもそも突飛なことを言おうとは思っておりませんので・・・

しかし国際社会を基礎づける「規範」がどのような基準に基づいていてそれがどのような変容の過程にあって、そこで日本はどうふるまうべきか、と考えるには、「1945」と「1989」の意味をしっかり理解しておくことは不可欠でしょう。

安倍首相の「戦後レジームからの脱却」という思想が秘める求心力と危うさ、あるいは「弱腰」が危惧される米オバマ政権とどう関係を保つか、あるいは中東情勢を見るにも、ウクライナ問題を見るにも、そして東アジア・東南アジアでの日米中の関係を見るにも、「1945」と「1989」に端を発する、国際社会の支配的な価値規範とその変化を軸に考えていく必要があります。

突然依頼されて突然編集部にインタビューを取られ、急いで書き直したので、5月に読んで考えていたことがストレートに出ている面があります。

『フォーリン・アフェアーズ』誌の電子版を取っているのですが、その5/6月号で興味深い論争がありました。

ネオコンサーバティブ的な思想傾向も感じられるリアリストのウォルター・ラッセル・ミードがオバマ政権への批判を込めて、「地政学の再来」を論じたのに対して、リベラルな多国間主義を基調とするジョン・アイケンベリーが反論するという形の論戦です。

Walter Russell Mead, “The Return of Geopolitics: The Revenge of the Revisionist Powers,” Foreign Affairs, May/June 2014.

G. John Ikenberry, “The Illusion of Geopolitics: The Enduring Power of the Liberal Order,” Foreign Affairs, May/June 2014.

この二つの論稿は、国際関係論のリアリストとリベラリストの考え方を、かなり単刀直入に(粗野に?)分かりやすく示しているという意味でも興味深いものです。これらとあとフォーリン・ポリシー誌などに出ている関連する議論をまとめてブログで紹介しようかなと思っていましたがまったく時間と余裕がなく残念に思っていたところ『文藝春秋』編集部がやってきたので、「年号」で読む世界史にかこつけて、噛み砕いて話をしました。

大枠としては
(1) 「1989」をめぐってはフクヤマ『歴史の終焉』とハンチントン『文明の衝突』が、冷戦後の国際秩序とその規範についての、対立するがどちらも部分的には多くを説明できる思想だったよね。ウクライナ問題を見ても、フクヤマのいうリベラルな民主主義という規範の広がりと、文化・文明的な断層の強固さの両方が表面化してせめぎ合っている。

(2) でも「1989」で決定的にすべてが変わったとする見方には異論があって、現実的にはその異論には説得力があり、なによりも実効性がある。つまり、「1945」を基準・起点にした支配的価値観や国際関係の諸制度と、それを支える米国中心の覇権秩序の中に、私たちは今もいるということは変わりがなかった。

(3) アイケンベリーはそれを「1945年秩序」と定式化した。彼は「1989」では大して物事は変わらなかった、という説の代表的論者で、実際にそれは現実の国際秩序を反映した議論だし、政策論的影響力もある。

ここでのアイケンベリーの議論は『リベラルな秩序か帝国か アメリカと世界政治の行方』(上下巻、勁草書房、2012年)で詳細に論じたものと基本的に変わっていない。秩序は変わっていないと論じ続けているわけである。

(4) 「1945」を大前提とし、「1989」をそれに次ぐ大きな画期とする世界史の流れの中で、日本はどういう立場なんでしょうね?「1945」のどん底から「1989」には頂点に達していた。それぐらいの変化が二つの年号の間にはあった。しかし「1989」は国際社会の規範や制度を決定的に変えるものではなかった。そして「1989」以後の変化を受けて、中国やロシアは「修正主義」の立場をとっている。しかし両国は「1945」の秩序では有利な立場におり、そこに戻ろうとする。日本は「1945」以降の歩みと、「1989」の時点での立場においては、最大限有利になった。しかしその後足場を弱めているだけでなく、うっかり「1945」の時点の秩序に戻されてしまうと不利を蒙る。それを考えると、米国への対し方も、中国との距離の取り方も、歴史認識問題への対処法も、軸が定まるのではないかな?

こういった国際社会の規範という軸で考えると、1945と1989以外の年号は全く覚えなくていいとすら言える。世界史は論理であって暗記モノではないのです。

といったことを、まったく別の表現で語っています。総合雑誌ですので、行ったり来たりしながらけっこう長々と語っているので詳しくは本文を読んでください。

なお、中東だけを見ていると1945年の画期性は見えにくい。中東研究者としての我田引水的業界利益誘導では「イラン革命があった1979年が決定的だ」とか叫ばないといけないのかもしれないが、そういうことはする気がない。

米国が覇権国である事実など、中東の現実は中東の外で決まっている面が大きい。だからやはり1945年は重要なのだ。

これを入稿してしまった後の5月28日に、オバマ大統領がウエストポイント陸軍士官学校の卒業式で演説を行いました。現在の国際政治を見る視点という意味では、私がいろいろと解説するのを読むよりも、オバマの演説を10回読んだ方がいいような気もしますが、オバマ演説の日本向けの解説として『文藝春秋』の拙稿を読んでいただいてもかまわないかと思います。

オバマのウエストポイント演説は、まさにアイケンベリーをそのまま援用したかのような議論によって、「弱腰」批判をはねつけています。一言でいえば「パワーに支えられた多国間主義」でしょうか。多分本当にアイケンベリーが演説にアドバイスしているのではないか。

この演説で、オバマは要するに「1945年秩序」は健在でますます強いよ、と言っているわけです。

演説の組み立て方については、いつも通り非常に理論的で緻密で、何よりも、学問的な通説を踏まえています。オバマは本当に大学の先生みたいだな、という感想を持ちましたが、もちろん重要なのはオバマの演説に見られる個人的なスタイルや性格ではなく、実際にアメリカが政策として何をやるかです。

大統領が「言っていること」とアメリカが「やること」との関係は複雑微妙なので、この演説の政治外交的・安全保障上の意味はまだ測りかねていますが、少なくとも二期にわたるオバマ政権の外交政策の理念はこれで示されたと思います。その結果は「アイケンベリー」だったんだね、というところが、いかにも「大学の先生」らしくて、個人的には納得と共に感慨深いものがあります。オバマ政権も終幕に向かっているんだねえ。とはいっても米大統領の任期の最後の方は国際政治もどたばた動くことが多いので、気を抜くわけにはいきません。

「1945年秩序」が現在をどう形作っているか、その後何が変わったのか、ということを考えながら、例えば先週あったノルマンディー上陸作戦70周年記念式典のニュース(NHKBS1なら欧米各局のさまざまな報道が見られました)を見ると、単なる儀式としてではなく、緊迫した国際政治のせめぎ合いを感じ取ることができて、面白かったのではないかと思います。