朝日新聞「耕論」へのインタビュー、安倍外交の評価

本日の『朝日新聞』朝刊に、長めのインタビューが掲載されています。

「(耕論)安倍外交、夏の宿題 田中均さん、池内恵さん、春名幹男さん」『朝日新聞』2019年7月19日

「耕論」というページで、「安倍外交、夏の宿題」と題された共通テーマで、田中均さん(日本総研国際戦略研究所理事長、元外務審議官)、春名幹男さん(ジャーナリスト)と並び、「中東情勢に貢献の機会も」というタイトルで、インタビューが掲載されています。

産経新聞(電子版)にフォーラムでの討論の概要が

産経新聞(電子版)の記事で、7月3日に行われた日本国際問題研究所と一橋大学国際・公共政策大学院共催のフォーラムが紹介されました。

「【国際情勢分析】ディール優先のトランプ手法、イランは見切ったか 安倍首相は“ほろ苦”仲介デビュー」『産経新聞』(電子版)2019年7月19日

私の発言部分に言及されているのは次の箇所です。

【■中東を俯瞰するビジョンを

 座談会の討論で、中東情勢に詳しい池内恵・東京大学先端科学技術研究センター教授は、首相の仲介外交の意思表明から約2週間でイラン訪問を実現した外務官僚の労をおもんぱかりながらも、「中東の物事のまわり方はさらに速い」と指摘。中東の平和と安定は武装勢力などの非国家主体も交えた多国間の勢力均衡の上にかろうじて成立していることを踏まえ、「2週間あれば、あらゆる勢力が日本の訪問を無力化する手を打ってくる。現状のやり方を続けると確実に毎回(今回のタンカー攻撃のように)何かをやられる」と警鐘を鳴らした。

さらに、イランが、シリアでは民兵や軍事顧問を派遣して政府側を、イエメンでは反体制側の武装組織フーシ派をそれぞれ支援するなどして地域情勢を不安定化させているとされることなどから、日本が仲介外交を成功させる上では、イランとの2国間の友好関係を維持するだけでなく、スピード感をもって多国間外交を展開することが必要だと訴えた。】

【コメント】日本経済新聞ウェブサイトにイランについて

短くコメントが掲載されました。

松尾博文「なぜ米国はイランを憎むのか」 (ニュースこう読む)2019年7月12日

記事では米イラン関係の歴史的な展開を紐解きつつ現在の緊張の高まりに触れる文脈で、次のようなコメントが引用されています。

【だが、ホワイトハウス内にはイランの体制転覆を志向し、そのための軍事攻撃も辞さない考えがあるとされる。イスラエルやサウジアラビアなど、イランと敵対する中東の親米国も強力な対応を迫る。

イランはこうしたネットワークを、関係者の名前に入る文字を取って「Bチーム」と呼ぶ。イランとの緊張の急速な高まりの背後でこうした関係者や関係国の意向が働き、その上にトランプ大統領が乗ってきたと考えられる。

だが、中東での戦争に足を取られるのは、来年の大統領選挙で再選を目指すトランプ氏にとってプラスにならない。6月に米軍の無人偵察機が撃墜されたことを受けて立案された報復攻撃を、トランプ氏は10分前に取りやめたという。Bチームの一員であるアラブ首長国連邦(UAE)も緊張の政治的解決に向けた交渉を呼びかけた。

東京大学の池内恵教授は「強硬策に突き進んできたBチームの中に疑心暗鬼が生まれているのではないか。最大限の圧力をかければイランは(交渉に)戻ってくるという筋立てはおそらく破綻した」と見る。】

日本国際問題研究所・一橋大共催のフォーラムに登壇 ペルシア湾情勢について

日本国際問題研究所と一橋大学国際・公共政策大学院が共催するフォーラムに登壇しました。

イラン緊急座談会-ペルシャ湾の緊張緩和に向けて日本はどうすべきか (2019-07-03)
中山泰則 日本国際問題研究所所長代行
辻昭弘  外務省中東第二課課長 「イランを巡る情勢と安倍総理のイラン訪問」
[パネリストの討論]
貫井万里 日本国際問題研究所研究員 「イランの動向」
池内恵  東京大学教授 「中東の戦略環境へのインプリケーション」
秋山信将 一橋大学国際・公共政策大学院院長/日本国際問題研究所客員研究員 「イラン核合意の行方とアメリカの意図」

事後の概要報告はこちらから

【寄稿】Voice6月号の「総力特集」に寄稿 中東地域秩序の再編について

PHP研究所が発行する雑誌『Voice』6月号の特集「新しい国際秩序と令和の日本」に、長めの論考を寄稿しました。最近取り組んでいる、中東の地域国際秩序再編についての分析の成果の一部です。

池内恵「繰り返す「アラブの春」と新しい中東の秩序」『Voice』2018年6月号(5月10日発売), 68-75頁

目次のうち、私の寄稿している「総力特集」の部分を拡大すると、このような具合です。

「総力特集」とあるのは大げさではなく、なにしろ田中明彦先生、中西寛先生という、いずれも「座れば座長」「口を開けば基調講演」「書けば巻頭」という押しも押されぬ特大巨頭が並んで本格的な論考を寄せていますので、研究会などで先生方と会うと「Voiceに書いていたね!まだ池内君のところまで読み進めていないけど」と本当に言われたりします。

実際に雑誌を手に取っていただくと分かりますが、今回の総力特集及び他の特集を含む全体構成は、雑誌の記事・特集というだけでなく、PHP研究所の研究部門「PHP総研」が行ってきたプロジェクトの副産物的な性質があります

直接的には、PHP総研の「新世界秩序」研究会での調査研究の成果が、出版部門の「総力特集」の企画に取り入れられているようです。この研究会の提言は、下記の報告書として昨年10月に発表されています。

【提言報告書】自由主義的国際秩序の危機と再生―秩序再編期の羅針盤を求めて

また、もう一つの特集「統治機構改革2.0」の方は、PHP総研の「統治機構改革」研究会の知見を踏まえているようです。こちらは今年3月に報告書を出しています。

【提言報告書】統治機構改革1.5&2.0―次の時代に向けた加速と挑戦―

そして、「総力特集」の中に寄稿している私と、ロシア政治分析の畔蒜さんは、「PHPグローバル・リスク分析」に例年参加して、年末に翌年のリスク予測を発表してきています。

今回の「総力特集」は「新世界秩序」研究会が扱った大枠の問題と、グローバル・リスク分析でやっている地の這うような観察・分析とを組み合わせたような形になっています。

PHPグローバル・リスク分析の最新版はこれです。

「グローバル・リスク分析」2019年版

ブログでも毎年、報告書が出るたびに、取り上げてきました。【2019年版についてはここから

今読み直してみると、「白人優越主義によるテロ」の危険性の指摘や、米イラン関係の緊張で、謎の破壊工作事件が頻発するといった可能性について、それなりに的確に指摘しえていたと思います。

今回の『Voice』の特集への寄稿は、編集段階からある程度ご相談を受け、シンクタンクの成果を一般雑誌に反映させ、政策をめぐる論壇の形成を目指していく、という趣旨に賛同してのものです。

この機会にぜひ、雑誌を手に取りつつ、こういった背後にある調査プロジェクトの報告書にも目を通しながら読んでいただけると嬉しいです。

【寄稿】2019年版『PHPグローバル・リスク分析』に参加

今年も発表されました。

2019年版『PHPグローバル・リスク分析』2018年12月19日

毎年、暮れになると、翌年に注意すべき10のリスクを選んで発表するPHP総研のグローバル・リスク分析ですが、これに2014年版(つまり2013年暮れに発表)以来毎年関わらせていただいています。

といっても毎年他の参加者にひたすら引っ張ってもらうのですが(参加者一覧が表紙にありますが、所属先の関係で名前を出せない方もいます)。

議論の結果、今回はこの10のリスクが選定されました。

Global Risks 2019

1.米中間で全面化するハイテク覇権競争

2.大規模スポーツイベントへのサイバー攻撃とネット経由のIS浸透

3.米中対立激化で高まる偶発的な軍事衝突リスク

4.複合要因が作用し景気後退に転落する米国経済

5.自国第一主義が誘発する欧州統合「終わりの始まり」

6.大国間競争時代に勢力伸長を狙うロシア

7.焦る中国の「手のひら返し」がもたらす機会と脅威

8.増幅する朝鮮半島統一・中立化幻想と米韓同盟危機

9.米国の対イラン圧力政策が引き起こす中東不安定化

10.米中覇権「再規定」の最前線になるラテンアメリカ

詳細はリンク先からPDFで全文を(無料で)ダウンロードしてお読みください。PDFダウンロードへの直接リンクもここに貼っておきます

以前は中東やイスラーム世界に関わるリスクが議論の中で4つぐらいは出て来て、この分野ばかり突出しないように一つ減らしたり複数を合算したりして、3つか2.5個程度に収めるのに苦労したものですが、今回は1あるいは1.5個ぐらいですね。中東にリスクがなくなったわけではないのですが、リスクがリスクとして織り込まれ予想されて、「もう慣れた」というような状態でしょうか。おかげで執筆義務が減って楽に。

とはいえ、どのリスク項目を誰が書いたかは明記していないのが、このレポートの形式です。

番外のコラムで明らかに私が書いたな、と分かるようなものも収録されていますが。。。来年一年間で問題化されるかどうかは分からないが、長期的にはリスクとしてありそうなものについて、書いてみました。

昨年版はここから。このページからさらに以前の年の分析の紹介にリンクされていて、遡ることができます。

【寄稿】今年も『PHPグローバル・リスク分析』に参加

本日発表されました。

『2018年版PHPグローバル・リスク分析』

これに執筆者として参加しました。

この分析レポートは合議によって作成されているため、どの部分を誰が特に執筆分担したかは公開されておらず、またどの部分にも実際複数の人の手が入っています。所属先との関係で名前を出せない人も含めて多くの専門家が参加しています。

とはいえ私が特に関与していそうなところは10のうち二つぐらいでしょうかね。

今年取り上げた10のリスク源は、こんな感じになっております。

報告書PDFへの直接リンク

Global Risks 2018
1.「支持者ファースト」のトランプ大統領が溶解させるリベラル国際秩序
2.中国が主導する新たな国際秩序形成の本格化
3.全世界で顕在化するロシアの多極化攻勢
4.米朝中露四カ国協議成立により核クラブ入りする北朝鮮
5.サウジの「暴走」が引き金を引く中東秩序の再編
6.欧州分断の波がBREXITから大陸へ
7.米国の関与後退でラ米に伸びる中国「一帯一路」構想
8.高まる脅威に追いつけない産業分野におけるサイバー防衛地盤沈下
9.離散IS戦闘員のプランナー化とドローン活用でバージョンアップするテロ脅威
10.「EVシフト」のインパクトが書き換える自動車産業地図

また、これらの10のリスクに関する分析に加え、その前に世界地図を俯瞰したリスクの地勢図やオーバービューがあり、リスクに関わる話題にふれたコラムも取り混ぜられています。例えば流行りのフィンテックについても。

そのためレポートの全体構成は次のようになっています。

<目次>
はじめに
リスク俯瞰世界地図
グローバル・オーバービュー
グローバル・リスク2018
【コラム】「慢心」の中で、米国市場に蓄積される「買われ過ぎリスク」
【コラム】FinTechによる「闇の中央銀行」の出現

2013年以来、毎年秋から年末にかけてこのプロジェクトに参加させてもらって勉強しております。年々日程の厳しさが増しますね。

過去のものについては次のエントリからどうぞ。【2014年版】【2015年版】【2016年版】【2017年版

【寄稿】イスタンブル・アタチュルク空港のテロについてコメント(毎日新聞)

6月28日にトルコ・イスタンブルのアタチュルク空港で起きた銃撃・自爆テロについて、6月30日の『毎日新聞』朝刊の国際面(8面)にコメントを寄せていました。その後すぐ7月1日にバングラデシュのダッカで日本人が巻き込まれるテロ事件があったので、忘れられてしまいがちですが、重要な事件です。

池内恵「IS包囲網へ加わり、標的に」『毎日新聞』2016年6月30日朝刊

 トルコが過激派組織「イスラム国」(IS)に標的になったとみられる要素は三つある。トルコはISと正面から事を構えるのを避ける傾向があったが、南東部スルチで昨年7月に起きたテロ以降、IS支持勢力への摘発を強め、敵視された。

 6月初旬から米国の支援を受けたクルド主体の武装勢力がトルコ国境近くでIS支配下のシリア北部のマンビジュを攻撃しているが、トルコは表だって反対せず、近辺で連動してISと戦っている。

さらに、ここ数日でエルドアン政権は大きくかじを切った。ロシア軍機墜落事件について露側に謝罪し、不和になっていたイスラエルとの関係改善も進めた。さらに、トルコの支援するムスリム同胞団の政権を倒したエジプトの軍主導の政権にも歩み寄った。

いずれも国内のクルド人勢力を支援しかねない国だ。それでも歩み寄ることで当面の敵をISに絞り、IS包囲網に加わることを明確にした。ISは(トルコの方針転換で)トルコが決定的に敵側に回ったと認識したかもしれない。

ダッカ事件をめぐって(2)テロとデマの時代

ダッカ事件については、『フォーサイト』で背景と全体像を解説した以外は、Facebookで記事をシェアしたり、NewsPicksで流れてくる日本語の記事をシェアしたり(自動でフェイスブックとツイッターに流れる。その逆はない)していましたが、日本での議論を見ていると、事実に基づかない、しかし願望や思い込みに基づいた議論が容易に提起され、容易に広まっていき、独特の「空気」を作っていき、それを見て消費者におもねるメディア産業の付和雷同を誘う(あるいはそもそも記者やディレクターの水準がSNSの素人と大差ない)場合が多いことに、いつもながら気づかされました。

そしてそのような状況を放置することが重大な帰結につながりかねないことは、直前の英国の国民投票の結果から、いっそう明らかになっていました。英国人がこれまで過度にと言えるまで得をしていた条件を捨て去るような判断を行ってしまう。そこには「二番手エリートの焦りとルサンチマン」が大きく関わっています。

ファラージュのような三・四番手以下の少数政党の党首や、ボリス・ジョンソンのように与党保守党内で出世が頭打ちの人物が、なんら成算がないにもかかわらず、離脱論と反エスタブリッシュメントで世論を煽り、いざ離脱が過半数になると、役割を終えずいずれも逃亡してしまう。

「二番手エリート」がポピュリズムで目先の出世を図る時に、社会全体がどれだけ損失を被るか。目の当たりにしました。

これについて、EU研究と宇宙政策、最近は経済制裁・貿易管理でイランにも強い、鈴木一人さんのブログのポスト「『デマ』時代の民主主義」が非常に参考になりました。

鈴木一人「『デマ』時代の民主主義」ブログ「社会科学者として」2016年6月26日

このコラムは、他のサイトに転載されていきます。

http://www.huffingtonpost.jp/kazuto-suzuki/lies-politics_b_10699690.html
http://blogos.com/outline/181095/

鈴木さんとしては様々な専門的な著作ではなくこのブログ・ポストで注目されることは必ずしも本意ではなかろうとは思います。いつも緻密な概念と、慎重な言葉遣いで議論する鈴木さんが(今回も慎重ですが)、しかし言わねばならなかったんだろうな、と思いました。

これに触発され私も、英国のEU離脱をめぐる国民投票については言いたいことがあったので、長めのポストをFacebookに投じてみました。その際には、待鳥聡史『代議制民主主義 ーー「民意」と「政治家」を問い直す』(中公新書)の紹介という形で行いました。

6月28日 23:15 https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205256784258192

これはずいぶんたくさん読まれたようです。

また、アゴラにも転載されます。アゴラとの間では、私のFacebookアカウントへのポストから、アゴラ編集部が見繕って転載することへの許可を出してあります。転載の際に、Facebookへのポストにはタイトルが付いていませんので、アゴラ編集部がタイトルをつけてくれます。

何が転載されるか、どういうタイトルがつくか、私はほとんど全く関与していませんので、何が誰にどう届くかわからない、運を天に任せた「瓶詰通信」と私は読んでいますが・・・

ここに、Facebookに載せてアゴラに転載されたポストの本文を貼り付けておきます。

池内恵「EU離脱はEUでなく、民主主義の仕組みの問題」『アゴラ』2016年06月29日 06:00

英国のEU離脱国民投票可決で大騒ぎしていますが、これは本質的にEUの仕組みの問題というよりも、民主主義の仕組みの問題です。離脱票を投じる人が「EUのせいでこうなった」と思っていることの多くが実際はEUのせいじゃないんですから。

あるいは、そのことは実は分かっているけど、政治的思惑で「EUのせいだ」と言ってみたり、エスタブリッシュメントに対する「No」の意思表示として住民投票を使っている。筋金入りの英国独立万歳と言っている人以外の、中間で揺れている人たちの多くは、自国のエスタブリッシュメントやブリュッセルの官僚に対して「No」という意志は示したいけれども、本当に英国がEUから出てしまうと困る、だから離脱賛成票49.99%で思いっきり焦らせて、EU本部に対しても更に譲歩させられればいいな、というつもりだったのだろう。

移民・難民問題だって、英国の場合は、いくら過去10年ほど東欧から労働者が大挙してきているのが目立つとは言っても、文化的な摩擦は起こしていない。

それよりもはるかに数が多く、一部で摩擦があるのは、南アジアや中東やアフリカなど旧植民地・英連邦諸国からの移民で、これはEUのせいではない。嫌なら英国の法律を変えればいいだけである。

英国の移民問題は英国が世界中で植民地主義支配をしたツケが回って生じているのであって、EUの政策が寛容だからではない。ツケと言ったって、利益のほうがはるかに大きい。旧植民地諸国に行けば英国の法律や学位がそのまま通用して、旧植民地の諸国が苦労してお金をかけて学校で育てたお医者さんとかを英国に頭脳流出させてこき使い、逆に英国人は外国語を喋れなくても英連邦諸国を中心に世界中に出稼ぎに行ける有利な立場にいる。それがEUとも互換性があると更に有利、といううまい話だったはずだが、藪蛇の離脱投票で、EUから勝ち取ってきた好条件は取り上げられてしまいそうだ。

現在問題になっているシリア難民などは、英国は「対岸の火事」として見ていればいい立場だった。まず圧倒的な自然の壁としてドーバー海峡が止めてくれているし、西欧大陸側がなんとか押しとどめてくれている。英国は経済移民を選択して受け入れ(その多くは英連邦諸国から、あるいは湾岸産油国など英国が支配していた国から)、問題含みの政治難民についてはむしろ自然の障壁とEUの制度的障壁によって護られて来た、いわば「いいとこ取り」をしてきたはず。

それによって得た利益が庶民にまで届いていない(気がする)というのは確かだろうし、エリートの側がそのような庶民を顧慮しているように見えないのも確かである。しかしEUがなかったら、英国の庶民の暮らしはもっとずっと酷かっただろう。だってかつての大英帝国を支えた産業革命時代以来、ろくに新しい産業が育っていない地方が多いのに、それでもなぜかまあまあの生活をできている。それはなぜかというと英国に都合のいいシステムを作って、途上国からも大陸ヨーロッパからも吸い上げてきたからでしょう。もちろん、それで潤うのはもっぱら上層だと言っても、上の方の産業があるから、庶民もつましくても極貧にはならずに過ごせてきたのではないかな。

・・・などといった論点をめぐる判断と意思決定は、単純なYes, Noをめぐる投票では表出・集約され得ない。そもそもEUというのは「ダシ」にされているにすぎないのだから。

確かに不満はあるだろうし、現在の世界がそのままこれでいいとは思わない人が多いという意志は表出されたが、そのせいで現状のつましい生活を可能にしている制度すらぶち壊してしまう、あるいは実は英国人が不当に得ていた利益を返上してしまうことになって今更慌てている、ということになると、直接投票による民主主義の危うさを如実に示した事件という側面がより重要なのではないか。

・・・で、この本。昨年の、議会での多数決は民意を反映していないと論じ、デモや国民投票による「直接民主主義」を安易に寿ぐ風潮に対して、選出された議員たちによる討議と意思決定のクッションを入れた「代議制」の意味を十分に嚙みしめる必要性を説いていたのだが、今こそ改めて読んでみると実に味わい深いだろう。

この本に各新聞などが出す論壇賞的なものが与えられていないのも解せないところ。本当にアクチュアルな問題を先の先まで考えて書いた本だと思います。

直接民主主義は、実態としては、ある程度以上複雑な社会では、論点や争点の適切な設定や、事実についての認識を広く社会に行き渡らせることができないまま実行に移される他なく、多くにとって意図しない結果をもたらします。

直後のダッカでのテロに際しての、SNSやNHK及び民放テレビの番組報道でなされた議論には、一部の極論を繰り返す「知識人」に煽られて、基本的な事実を理解しようとしないどころか、荒唐無稽な陰謀論の種が撒かれる素地が浮かび上がってきました。テロの威嚇と、日本社会を構成する多くの人の外国に関する無知につけ込んだこういう議論は、事件が起こるたびに出てくるので、多くの場合は放置しているのですが、しかし繰り返し事件のたびに威勢のいい極論や、陰謀論や、印象操作の議論が繰り返されているのを放置しておけば、やがて、国民の多くが誤った認識に基づいて、決定的な危機に際して、自傷行為というしかない判断を下しかねません。

そこで、Facebookで短時間で、いくつか書いてみました。

7月3日 22:24 (https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205283557687511)

デマクラシーの時代。
イギリスの現在は日本の未来かもしれない。
鈴木さんのブログから転載したハフィントン・ポスト自体がデマの拡散源にしばしばなるが、そういうところに入り込んで中和しないといけないのが専門家の役割なのか。
【「デマ」を信じることで、自らの不満や怒りを収め、それらの感情を代弁してくれていると溜飲を下げ、それを信じ込むことで「デマ」が作り出す幻想に身を委ねることで心の安寧を獲得するということも、SNSの中では多く見られる。】

それでもなお、歪み、かつ思慮の浅い思い込みによる見当はずれな議論がSNSだけでなく、それらを反映した民放番組などに溢れるようになると、次のような基本的な事実について記して注意を喚起する必要が出てきました。1997年のルクソール事件の話です。かつてアラブ人は親日的だった

そもそも「アラブ人」と「バングラデシュ人」や「アフガニスタン人」を混同して議論するなど、メディア産業に従事する人たちの議論は、とてつもない誤謬と浅薄な思い込みに溢れていました。まさにデマの時代の民主主義の難しさを痛感しました。

7月3日 23:15 https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi/posts/10205283800973593

これはアゴラにまた転載されました。その際には次のようなタイトルが付いています。

池内恵「デマの時代の民主主義」『アゴラ』2016年07月04日 06:05

しかしこれはちょっと困ったことで、なぜかというと、もともと「デマの時代の民主主義」とは、鈴木一人さんのブログのタイトルや議論の内容を指して私が使っていたものです。それを、転載とはいえ、私の記事のタイトルにされてしまうと、元々の鈴木さんのブログに読者がたどり着けなくなったり、この問題について誰が何を言っているかが分かりにくくなります。それで末尾に「付記」を後から追加しました。以下がアゴラに転載された本文と付記です。

 

当たり前すぎることもしつこく言わなくてはいけない、デマの時代の民主主義においては、「ルクソール事件」について再確認しましょう。

1997年11月17日、エジプトのルクソールのハトシェプスト女王葬祭殿で、「イスラーム集団」が観光客を襲い、58名の外国人を殺害した。そのうち10人は日本人だった。
なお、エジプト人で殺害されたのは4名のみ。

遺跡の閉ざされた敷地で、丸腰の外国人を追い詰め、順に殺害し、刃物で切り裂いた。「日本人である」ことなどもちろん助かる理由にはならなかった。日本人の旅行者の多くは、新婚旅行中のカップルだった。命乞いをする観光客たちを無慈悲にいたぶって殺害していった様子が伝わる。

いうまでもなく、ルクソール事件は、9・11テロよりも、イラク戦争よりも、自衛隊派遣よりも、「イスラーム国」への対峙よりも、前である。それらよりもとっくの昔に日本人はジハード主義のテロの対象になっていた。

当時、非常に大きく報じられたはずである。ただし、事件の意味については、適切に解説されなかったと記憶している。

「かつてアラブ人(あるいはイスラーム教徒、等々)は親日であり、日本の何らかの政策によってテロの対象になった」などという言説は、基礎的な情報を踏まえずに行われているものであり、考慮に値しない。

しかし「値しない」と言って放置していると、ある時に熱に浮かされて、社会が誤った選択をしてしまうかもしれない。

デマの時代の民主主義とは、このように、最低限の情報も踏まえずに嘘を言い切る、不満を募らせた(小)エリートたちが、社会を奈落の底に導く危険を、常に秘めている。

【転載にあたっての付記(池内恵)】

この項目は、鈴木一人さんの「『デマ』時代の民主主義」に触発された応答として書かれたものです。最初の応答と併せてお読みください。アゴラへの転載のタイトルは「デマの時代の民主主義」としてありますが、この用語は鈴木一人さんによるものなのでより詳細は、ぜひ鈴木さんの「社会科学者として」ツイッターをフォローしてみてください。

ダッカ事件をめぐって(1)背景と経緯

地図シリーズはほんのちょっと中断して、7月1日(金)の夜9時40分頃(現地時間)にバングラデシュのダッカで起こったカフェの襲撃大量殺害事件について、これまでに書いてきたことをまとめておきましょう。

ここのところ突発的な事件への対応としては、Facebookでコメンタリーを書くことが多くなっています。それは、イスラーム世界をめぐる事件が頻発するのと、本業の論文・授業・講演・単行本の執筆が忙しくて、ブログにログインして書式を整えて書く時間すらなくなっているからです。イスラーム世界ではテロもデモも政変も、現地の休日で週末の金曜日に事態が動くことが多く、ちょうど日本ではテレビのニュース番組がなかったり、新聞が週末編成になって即応性に欠けたり、週明けが新聞休刊日で発行されていなかったりすることから、組織的なメディア企業があまり機能しておらず、その間に私がダイレクトに読者に情報を届けることが恒例化しています。

週末にダイレクトに読者に届けるといっても、その時間は本来は私が論文や本を執筆するために割り当てていた時間なので、ここ数年のように週末ごとのように中東やイスラーム世界で何か事件が起きて中断されると、私の今後に差し支えます。

なるべく連絡コストをかけずに公益に資する情報を提供するには、もっとも時間と労力のかからない媒体を選ぶのが最適ですが、そうすると、今のところはFacebookでしょうか。しかしFacebookでは、アカウントを持っている人しか読めないということや、後から検索してもあまりうまく引っかかってこないので、自分が書いた文章すら、短時間では回収できない、という問題があります。

ですので、これから数日かけて、このブログで、7月1日夜(現地時間)発生のダッカ事件に際して、Facebookや、新潮社の『フォーサイト』で書いた文章をここに採録して、データベースの用に供します。ここに載せないものはFacebookを丹念に見ていくと載っています。

まず、『フォーサイト』では、ダッカの事件に至る、バングラデシュでここ数年断続的に生じてきた、鉈や銃を用いた襲撃・惨殺事件を中心に、背景をまとめました。

池内恵「ダッカのカフェ『ホーリー・アーティザン・ベーカリー』へのテロ事件の要点」『フォーサイト』2016年7月3日

また、現地紙を中心に、初期の報道から興味深い部分をまとめました。

池内恵「ダッカのテロはインドで「イスラーム国」への呼応テロを刺激するか」『フォーサイト』2016年7月3日 13:23

池内恵「ダッカのテロの組織と犯人像(初期の報道)」『フォーサイト』 2016年7月3日 18:00

【発表】『PHPグローバル・リスク分析』2016年版

『2016年版 PHPグローバル・リスク分析』が、本日午後、発表されました。

PHPグローバル・リスク分析2016年版

私も末席で参加させていただき、普段あまり顔をあわせる機会がない様々な業界の皆様の、談論風発に大いに触発され、ほんのわずかですが貢献もいたしました。

「グローバル・リスク分析」プロジェクトは2012年から始まって今回が5回目。私は2013年版から参加させてもらっています。

今年はこれまでと少し趣向を変え、10のリスクについて、箇条書きスタイルで一枚にまとめ、単刀直入な見やすさを重視しています。オーバービューを地図に埋め込んだり、各専門家が一致できる10のリスク以外にも「ブラックスワン」の出現の兆候となるノイズあるいはシグナルに耳を澄ますための「Buzzwords」といった新コーナーを設置。これまでは各リスク項目について、それをリスクとみなす文脈やインプリケーションをかなり詳細に書き込んできたのですが、読む側も書く側もマンネリ化してくるといけないので、ここらで新機軸です。

PHP総合研究所のウェブサイトから、10の項目だけここに書き写しておきます。【全文はここをクリックするとPDFでダウンロードできます

年明けには、イアン・ブレマー氏のやっているユーラシア・グループの「世界の10大リスク」も発表されることでしょう。対照させてみてください。

また、こういった定時観測は、過去のものから順に読んでいくと面白いです。PHP総研のウェブサイトで2012年版から全て見られます。昨年のものについてこちらから

◆グローバル・リスク2016
リスク1. 中国経済悪化と国際商品市況低迷に挟撃されるアジア中進諸国
リスク2. 止まらない中国の海洋進出が招く緊張の増大と拡大
リスク3. 深まる中国依存と主体思想の狭間で揺れ動く北朝鮮
リスク4. テロと移民問題がもたらすEUの亀裂と反統合の動き
リスク5. グローバル化するISILおよびその模倣テロ
リスク6. 加速するサウジアラビアの国内不安定化と原油市場の混乱
リスク7. 地域覇権をめざし有志連合内で「問題児化」するトルコ
リスク8. 選挙イヤーが宙づりにする米国の対外指導力
リスク9. 金融主導グローバル化の終焉で幕が開く、大企業たたきと「P2P 金融」時代
リスク10. 加速するM2M/IoTが引き金を引くサイバー脅威の現実化

【寄稿】トルコのシリア国境の町スルチュでクルド勢力を狙った自爆テロ

連休も講演をすませてあとは必死に論文書きをしていたが終わらず。いや、そのうち二本は終わったんだが大きいのが二本終わっていない。限界までやっているんだがなあ。

しかし日々のニュースは見ておかないとついていけなくなる。論文にも関係あるし。

没頭しているとこのブログにはほとんど手をつけられないのだが、英語やアラビア語のニュースはPC画面ではこの横に表示されるツイッターの窓@chutoislamで、空いた時間の一瞬をついてリツイートしてあります。また、『フォーサイト』では日本語でニュースの要約・解説をする「中東通信」をやっています。

最新のものは、池内恵「トルコのシリア(コバネ)との国境の町スルチュで支援団体の集会に自爆テロ」『フォーサイト』2015年7月20日

それにしてもややこしい。シリア北部のコバネの戦闘は注目を集めましたが、「イスラーム国」から奪還する勢力となったクルド人勢力に対して、コバネと接するトルコ側で自爆テロ。それもトルコ側とシリア側で同時にやっている・・・

トルコ政府からいうと「トルコ側でもシリア側でもクルド勢力は一体」ということを同時攻撃で見せつけられたわけで・・・「イスラーム国」はサウジやクウェートではシーア派を狙って、被害者と中央政府を分断する戦略ですが、同じことをトルコではクルド人を狙うことでやっているように見えます。これは効果がありそう。トルコ側のクルド人が「トルコ政府は頼りにならない」と武装化する→トルコ政府はトルコ側とシリア側のクルド勢力を攻撃→クルド勢力が一体化して独立武装闘争へ・・・なんてことにならないようにお願いしますよ。本当に行ける国がなくなってしまうではないか。

でも、この調子だと次にイスタンブールが狙われそうなのが怖い。あんな大きな都市だから、万が一テロがあっても自分が巻き込まれる可能性は極めて低いのだが、一回テロがあれば政府の「退避勧告」みたいな話になってしまいかねない。

チュニジアの危険度引き上げ

7月10日、日本の外務省が、チュニジアの危険情報を引き上げました。

チュニジア渡航延期勧告2015年7月10日
(7月10日の最新の危険情報)

《なお、外務省のホームページはPCで見ている時にスクロールしにくいので、改善の余地ありですね。マウスを画面内のどこに置いていてもスクロールすれば下まで見られるようにしてほしい。急いで見る時に操作に手間取る》

イギリス外務省も観光客にチュニジア全土に「どうしてもという場合以外の渡航取りやめ」を要請し、トマス・クックなど主要旅行代理店が今夏の予約受付を停止し既存ツアーもキャンセル、現地からの引き上げ便を手配して旅程の途中で顧客を帰国させているようです。

英国民の退避の様子を伝えるBBCの記事にはチュニジア危険情報の略図があります

チュニジア危険情報英外務省7月9日

英国務省の危険情報ホームページ(チュニジアの項)ではより詳細です。

チュニジア危険情報英国無償HP2015年7月9日

日本外務省と地理的にはほぼ同じ塗り分けですね。渡航回避の緊急性の度合いについては異なるものさしであるようですが。

6月26日のテロの直後は、「テロに屈しない、生活様式を変えない」という原則を示していた英国も、チュニジアの治安当局がテロを防ぎきれない、という情報判断をした模様です。これは治安当局の能力の限界もあると同時に、多くのジハード主義者が隣国リビアあるいはイラク・シリアから帰還しているということをおそらく意味しているものと思います。これはかなり由々しき事態です。

今回の日本外務省の危険度評価引き上げを3月のバルドー博物館襲撃の時点での日本外務省の危険情報と比べてみてください。

チュニジア危険情報地図(小・広域地図ボタン付き)
(今年3月の時点のもの)

違いは、これまでは西部のカスリーン県と南部の国境地帯以外のチュニジアの主要部は第一段階の「十分注意」(黄色)だった(ただし3月のバルドー博物館へのテロを受けて首都チュニスが第二段階「渡航の是非を検討してください」に急遽引き上げられていた)のが、7月10日の危険度引き上げで、チュニジア全土が第二段階になり、カスリーン県と国境地帯は従来通り第三段階の「渡航の延期をお勧めします」になったこと。

ただ、カスリーン県の南のガフサは、しょっちゅう掃討作戦をやっているので、カスリーン県並みにもう一段階危険度を上げてもいいんじゃないかとも思うが。ガフサ県を含む散発的に掃討作戦が行われている県については列挙して注意喚起はされているが。大きな県なので全体が危険ということはない。

チュニジアは戦争をやっているわけではないので、最終の第四段階の退避勧告(赤色)になっているエリアはない。

しかしいざテロや掃討作戦が起これば、その瞬間その場所は危険になることは間違いない。問題はいつどこでそういう状態になるかが、攻撃する側が場所を選べるテロという性質上、定かでないことだ。

こうなると、仕事で行くなら十分に注意して、時期と場所を慎重に選んで、かつ一定のリスクを覚悟して行くしかないが、不要不急の観光は避けましょう、ということにならざるを得ない。

外務省のリスク情報の読み方については上記地図を転載した3月のこの記事を参照してください。

帰国しました:中東諸国のリスク

10日間ほど、アラブ首長国連邦で資料収集に没頭していましたので、ブログの更新が減っていました。

ちょうど帰国したところです。

現地調査は、次の次の次ぐらいに取り組んで成果を出す課題について、今のうちに見て、考えて、調べるために行うものですから、すぐにどうだったこうだったとブログに書くことはありません。ただいま資料を整理し、消化中です。

合間に手早く撮った写真などは、以前チュニジアについて試してみましたが、ブログの素材として用いるかもしれません。それはまた時間が出来た時に。あくまでも副産物ですので、調査の本体は論文や本になります。

短い現地滞在中に、国際的に大きなニュースとなった事件が相次ぎました。日本ではそれほど報じられていないかもしれませんが、中東、西欧、米国のメディアでは今でも事件後の状況を注目して見ています(並行してギリシアのデフォールト問題のカウントダウンで盛り上がっていますが)。

6月26日(金) クウェートのシーア派モスクへの自爆テロ、チュニジア・スースのビーチ・ホテル襲撃、フランス・リヨン近郊の化学工場への襲撃

6月29日(月) エジプト・カイロ郊外ヘリオポリスで検事総長が爆殺される

7月1日(水) エジプト・カイロ郊外10月6日市でムスリム同胞団の幹部ら13名を治安部隊が殺害
        エジプト・シナイ半島北部シャイフ・ズワイドで「イスラーム国」の「シナイ州」を名乗る勢力がエジプト軍の拠点複数を一斉に攻撃、エジプト軍と交戦

ただし、これらに並行して、イエメン内戦とリビア内戦が激しく続いており、私がいたアラブ首長国連邦を含むアラブ湾岸産油国(GCC)はこの二つの内戦に深く関与しているため、それらは上記のテロと同様に注目されていました。

「イスラーム国」のプロパガンダに影響されたとみられる、クウェートのシーア派モスクへの攻撃は、宗派紛争を惹起しGCC諸国の社会・政治を内側から揺るがす可能性があるため、連動・連鎖反応ががあると危機的です。

イラク南部からクウェート、バーレーン、サウジアラビア東部にかけてのシーア派が多く住み、巨大な油田を抱える地帯に混乱を及ぼすことを全力で防ぐのが、ペルシア湾岸のアラブ産油国(GCC)の共通の安全保障上の課題として、大きく見えてきています。

今回の渡航先を選ぶ際には、クウェートとチュニジアを真剣に検討した上で、リスク懸念からやめておきました。2月に行ったチュニジアにもう一度行って、リビアの内戦からの波及の程度を見てみたいと思っていましたが、「イスラーム国」がチュニジアの安定を揺さぶる宣伝を行い、チュニジア国内に呼応する勢力が曖昧ながら存在する以上、滞在中の安全確保が万全にできないと判断して見送りました。クウェートとバーレーンの宗派間関係も見ておきたかったのですが、5月にサウジ東部で相次いだシーア派モスクへのテロ以後は、標的がクウェートにも拡大する可能性があったため、これも回避しました。

もちろんイラクやシリアは論外です。

エジプトについては、広い国ですから、滞在中にどこかでテロや辺境での衝突があっても直接に被害を受ける可能性は低いですが、以前よりも爆破の起きる場所が多様化しているため、安全の確保に確証が持てません。特に・軍・警察関連の施設とその周辺は危険を伴います。6月30日から7月3日にかけての、2013年のクーデタ関連の象徴的な日付には局地的・突発的な騒乱状態が予想されたため、安全上の制約から自由に動き回ることができないのであれば成果も得られにくいとみてエジプトもまた渡航を回避しました。

しかしこうしてみると、アラブ諸国で行けるところがどんどんなくなってしまいますね。

現状ではアラブ首長国連邦とオマーンとモロッコが、残された数少ない安心できる場所といえるでしょうか。ヨルダンは目立ったテロ事件は最近起きていませんが、台風の目の中に入ると風が止む、といった状態です。

外国人労働者の方が居住者の多数を占めるこの国は、国家というよりは多国籍企業やグローバル・シティとして捉えた方が良いこともあります。しかし近年に、シリアやイエメンやリビアに直接の軍事介入をするなど、従来とは違う、国際政治・安全保障上の存在感を増しています。それがどれだけ実体を伴ったものなのか、持続可能なのか、追っていろいろ考えてみましょう。

MERS(中東呼吸器症候群)がなぜ韓国で?

昨日は原稿を書きながら長野新幹線で往復という慌ただしい1日。今日も休日出勤で朝から晩まで一般聴衆や学生さんの相手します。

というわけで要点だけ。韓国で2次・3次感染が出て大問題になっているMERS(中東呼吸器症候群)について。

結論から言うと、今回は「中東」の問題というよりも韓国の保健衛生体制がなぜ感染拡大を止められなかったか、そもそもなぜ韓国人が多く中東にいるのかといった点に私としては関心が向く。中東で感染爆発が起こっているとは言えないからだ。もちろん、感染源が日本にとっては近くに来たというのは危険ではあるし、世界全体から見ても、感染源の広がりは深刻な危険をもたらす。しかしウイルスの変異によるヒト−ヒト感染力の強まりといった病原体そのものの変化はまだ確認されていない。

MERSについては昨年の流行の時期に短く記していた。

「MERS(中東呼吸器症候群)はラクダでうつるらしい(2014年2月25日)」

「メッカ巡礼とパンデミックの関係(2014年3月1日)」

2012年以来、春から初夏にかけて毎年感染者が出ている。中東では今年が特に多いわけではない。しかし今回は韓国人の帰国者を感染源に院内感染で2次・3次感染が進んだ。ここで封じ込めに失敗すれば中東の外に新たな感染源を作ることになるため、強く関心を寄せていく必要はある。

韓国での感染の事例は、中東以外の国ではイギリスとフランスに次ぐもので、東アジアでは初めてである。しかも中東の外では最大規模の2次・3次感染が生じたことが憂慮される。

ただし、病原体としてのMERSが変異して感染力が強まったといった事実はまだ確認されていない。もしそのような事実があれば次の段階に入ったことになる。そうでなければ、MERSそのものや中東の問題というよりは、一人の中東訪問帰国者の感染者から2次・3次と感染を拡大させることを許した韓国の医療・保健衛生の制度や患者や医師の行動の問題として、日本での今後の対応に生かすためにも注視する必要があるだろう。

MERSは感染症としては一般に次のような特徴を持つ。私が短時間で資料に目を通した限りでは、昨年までと変わっていない。

(1)大部分の感染者はサウジアラビア人である。それ以外の国の感染者も大部分がサウジアラビア渡航・滞在の際に感染したとみられる。
(2)治療薬やワクチンがなく、発症者の3割から4割が死亡するという致死率の高さが特徴。ただし、感染に気づいていないか、病院で診療を受けない事例が多くありそうなことを考えれば、感染者の致死率はもっと低くなる。
(3)コウモリからヒトコブラクダを通じてヒトに感染するルートが知られている。
(4)ヒトからヒトへの感染は起こりにくく、大部分が院内感染か家庭内での感染である。

未解明の部分が多いようだが、中東のヒトコブラクダの多くがMERSウイルスに感染して抗体を持っており、ウイルスがヒトコブラクダと濃密に接触するヒトに感染するようになり、さらに、感染力は弱いもののヒトからヒトへ感染するようになった模様だ。病気のラクダを治療して感染したと見られる事例が知られる。

以上は私が知る限りの事項のまとめですので、感染の広がりの詳細や、潜伏期間や感染力・経路、治療法などの正確なところは、下記のような公的機関のホームページを参照してください。
国立感染症研究所(基礎情報)http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/alphabet/mers/2186-idsc/5703-mers-riskassessment-20150604.html
厚生労働省(Q&A)http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers_qa.html
厚生労働省(アップデート)http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html

日本で関心を集めるのは、単に感染症が恐ろしいというだけでなく、「中東の病気がなぜ韓国で?」という疑問が湧き、「韓国で流行すれば日本にもくるのではないか」と恐れるからだろう。

しかしウイルスの大きな変異がなく感染力が低いままであれば、韓国で感染者が出ていても、それが日本に及ぶルートはかなり絞られてくる。(1)日本人が韓国に行って韓国の病院で院内感染する、(2) 韓国人の感染者が発症前あるいは発症後に日本に渡航して日本の病院で院内感染を広める、といった想定される経路はかなり特殊で、可能性はそれほど高くなく、対策 の用意さえしておけば、パニックになる必要はないのではないかと思う。

「なぜ」の方は、中東に出入りしていると感覚的にわかる。要するに韓国企業の中東進出が著しいのである。企業が進出するだけでなく、「人が多く行っている」ことが、日本と比べた時の特徴だ。おそらく日本と比べると一桁は多い数の韓国人ビジネスマンが中東を出入りしている。

例えば、ドバイで世界一高いビルが建ちましたね。ブルジュ・ハリーファ(ハリーファ・タワー)。

Burj Khalifa

あれの建設を請け負ったのもサムスン建設でした。サムスンが全体を請け負って、人も多く出しつつ、各国・各社の技術や労働者を集めてきて、現地の財閥ゼネコンと組んで建設した。

日本企業は韓国が親請けした大規模プロジェクトに、「納入業者」として入る場合が増えてきている。発電所ならタービンとか、都市交通システムなら列車車両とか。高度な技術やノウハウを必要とする中核的な部分を担っているので、必ずしも「下請け」という雰囲気ではないが、プロジェクト全体やインフラを全面的に担ってリスクを負い利益を得ているわけではない。

それは端的に言うと、日本は中東に大規模に人を送り込むことはできない国なのである。環境が過酷で社会文化的なギャップが大きく政治的な不安定性や不透明性がある中東で、現地の人たちや各国からの労働者達と揉まれてやっていけます、やっていく気があります、という日本人を大人数集めることは難しい。そういう人材が育成されにくいという制度の問題と、そもそもそんなことをやろうという人が少ないという主体の意志の問題は、鶏と卵のような話であって、どっちが原因でどっちが結果かはわからないが、とにかく中東で大きなプロジェクトをやろうとしても現地に行って事業を完遂してくれる人材を集めることが難しいことは確かだ。

ごく一部、日揮のように、かなりの人員を集めて現地に送り込んで巨大プラントを何年もかけて作って引き渡して帰ってきてまたよそに出かけていく、ということを大規模にやり続けていける企業があるが、それは例外。そういう企業には、日本社会の中では珍しい、外向けアニマル・スピリッツが強い人たちが集まってきます。

韓国の場合は、よほどの学歴か、コネでもない限りは就職が難しいので、それぞれが必死にアラビア語とかロシア語とかスペイン語とかできて現地でガツガツやってくる能力を身につけて就職する。現地に何年でも行って来いと言われることを当然と考える人たちがいっぱいいるのでサムスンなどはどんどん受注できるんですね。

このことは、2000年前後に、中東で日本人留学生や駐在員たちのコミュニティを避けて人知れず庶民街で勉強していた時以来、感じているものです。

中東で中の下ぐらいの階層のエリアに行くと、日本人がいない代わりに、とにかくいっぱい韓国人留学生がいたものである。欧米人や日本人が中東で苦労する、慣習やインフラ不備による不快感やギャップをそれほど感じていない様子で、野心的に、実践的に勉強していた。日本の場合はアラビア語ができたって一流企業に就職できなかったから、学者になりたいというような人しか中東に勉強に来なかった。韓国の場合は、語学を身につけて就職→過酷な現場で通訳から叩き上げて中堅社員に、といったキャリアを想定する人たちが大勢来ていた。

かつてはイランのIJPCのように、日本企業が総力を挙げて中東に大規模に人を送り込んで大規模プロジェクト全体を主導するという時代があったが、そのような時代はもう過ぎたということなのですね。韓国だって世代が変わるとどうなるかわからないが。

日本企業では「たとえ経営陣が大規模プロジェクトを受注してきても、組合が許してくれない」などという話も聞く。また、大規模なプロジェクトを請け負って事業を完遂させるまでのリスクを負えなくなっているのではないか。そこで、利幅は限られているがリスクは低く、人員も限定される納入業者の立場に甘んじるしかなくなっている。もちろん、それは産業の高度化とも言えるし、高度技術にシフトして、投資収入やライセンス収入に依存するようになるという、先進国が進まざるを得ない方向に進んでいるとも言えるのだが、人的資源の「空洞化」の側面があることは否めない。

韓国の場合、感染者との接触者がそれを隠して中国に入国したりしているのを見ても、中東に来ていたバイタリティのある人たちを思い出して、さもありなんという気がしてくる。

ちなみに中国人は韓国よりさらに一桁多い数が中東に行っている。それではなぜMERSウイルスの感染・発症例が出ていないのか?という疑問がありうる。

さあ、なぜだかわかりません。偶然まだ感染者が出ていないのかもしれない。感染者が出ていても隠しているという可能性がないではないし、気づかれずに亡くなっていたり治っていたりするという可能性がないわけではない。

ただ、現地情勢を見ている限りでは、中国と韓国では企業の中東での進出の仕方が違うので、現地社会との接触のあり方が違うのではないかとは推測できる。中国企業は確かに膨大な数の中国人労働者を連れてくるが、空港に降りるとそのままバスに乗せて砂漠の中の現場に連れて行ってしまう。だから現地社会との接触があまりなく、そのため感染が起きていないのではないかとも考えられる。

英語でかなりわかりやすいまとめが出ていたので幾つか紹介。

What You Need to Know About MERS, The New York Times, June 4, 2015.

感染症としてのMERSの特性を簡潔にまとめた上で、巡礼などサウジ特有の社会文化との関連性も主要な論点を網羅している。

As MERS Virus Spreads, Key Questions and Answers, National Geographic, June 4, 2015.

主に医学的・疾病対策的な側面からの詳しいルポ。読み易いが読み応えがある。今後の対策として、人間ではなくラクダにワクチンを打つ方法なども紹介されている。

外務省の海外安全情報の読み方ーーリスクを測る・基礎編(付録:ケニア・ガリッサの危険度)

シリアで人質に取られ殺害された二人の日本人の事件に際しては、「危険な地域になぜいった」「危険な地域に入ろうとする人を止める方法はないのか」といった問題が浮上しましたが、3月18日のチュニジア・チュニスのテロでは、比較的安全とされている地域に世界中の観光客と一緒にツアーで行ったら銃撃されて殺害された、という事態でしたので、「どこへ行ったら安全なのか」「どうやって危険を察知したらいいのか」という問題に関心が及び始めています。

個人の観光客のレベルでも、海外でのリスクをどう測り、身を守るかが、グローバル・ジハードをはじめとしたテロの拡散により、大きな課題となっています。

今日は基礎的な情報源として、外務省が発信している、安全(危険)情報の読み方を、記しておきます。完全・十分とは言えないですし、これだけでリスクをなくすことができるわけではないですが、これを見ておくことは、最低限必要な情報を入手するための手がかりとなります。

この記事のアップロードに合わせて「リスク」のカテゴリを新設しました。今後、私の目に付いたリスク情報を発信したり、リスク情報を個人や組織が読み解く手がかりや関連書籍などについて掲載する予定です。

【この項目は本来、4月3日朝に自動アップロードするために事前に書いて設定してありました。当初は北アフリカの事例を素材にしていましたが、4月2日にケニア東部ガリッサでシャバーブとみられる組織が大学を襲撃し死傷者が多く出ているため、ケニアの事例を加えました】

まず「外務省海外安全ホームページ」のトップページを見てみましょう。

http://www.anzen.mofa.go.jp/

「中東」や「アフリカ(北部)」といった地域ごとに分かれています。


地図をクリックして、「アフリカ(北部)の地域渡航情報」を表示してみましょう。

http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcareahazardinfo.asp?id=14


例えば、3月18日のバルドー博物館のテロがあった「チュニジア」をクリックしてみましょう。 

http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcinfectionspothazardinfo.asp?id=113#ad-image-0

そうすると、このような地図が出てきます。

チュニジア危険情報地図(小・広域地図ボタン付き)

この地図をクリックすると、拡大した地図が別ウィンドウで立ち上がり、各県・地域の危険度を詳細に見ることができます。

使い方のポイントを記しておきましょう。

1.基本は各国別に表示されている

→県や地域による危険度の違い・グラデーションに注意しよう。

国によっては、非常に細やかに、危険度が高い地帯とそうでもない地帯を塗り分けてくれていることがあります。かなり正確で、根拠があるものです。

→ただし、国境を越えた、複数の国にまたがる脅威の所在が見えにくいきらいがある。

注意すべきなのは、基本は国ごとに危険度が指定されているため、グローバル・ジハードのように国を超えて組織や人が離合集散する脅威については、見えにくいことです。

ある程度広範囲に見る方法はあります。例えば、世界地図→「中東」あるいは「アフリカ(北側)」などの地域単位の地図に進んだところで、地図の中の「危険度表示」をクリックしてみましょう。そうすると、すべての国の危険度が色分けされるので、相対的にどのあたりが危険か、感覚的にある程度わかってきます。

また、各国の地図を表示させた最初の地図の下にある、「広域地図表示」のボタンをクリックしてみましょう。再びチュニジアの地図を見ると、下にありますね。

チュニジア危険情報地図(小・広域地図ボタン付き)

下のボタンをクリックする。

そこでは隣国のリビアやアルジェリアの国境付近が表示されます。拡大したり動かしたりできます。そこで「周辺国危険度情報」のボタンをクリックしましょう。

そうすると、このように、国境の向こう側の隣国の危険度も表示されます。そうすると国境のこちら側に波及してくる事態も、ある程度推測できます。

チュニジア広域危険情報

しかしそれでも、基本は国ごとに色分けしてあるので、限界があります。

例えば、モロッコは全面が黄色の第1段階「十分注意してください」です。しかし隣国のアルジェリアとの国境を越えると、ちょっと赤っぽい第2段階の「渡航の是非を検討してください」になります(アルジェリア南部では第3段階の「渡航の延期をお勧めします」になります)。

モロッコ広域危険情報

私はこのモロッコの危険情報が間違っていると言いたいのではないのですが、素人考えでも、国境のこちら側は一体が安全で、国境を越えると突然一面に危険になる、ということがあるのか、疑問が出てきます。

もちろん、原則的には国ごとに分けるべきでしょう。ある場所の危険度は、その国の中央政府がどれだけ国土の隅々まで管理しているか否かにかかっていることが多いですから、中央政府が安定している国は、隅々まで安定していると考えられます。隣国の中央政府が不安定・弱体化していれば、ほんの数キロ離れた国境の向こう側では突然危険度が高くなる、ということもありえます。

しかし、中央政府が安定している国でも、隣国が極めて不安定だと、国境付近や、地理的な要因から中央政府の管轄が及びにくい地域において、部分的に治安が悪化する可能性があります。均質に一つの国の中が安全だとか危険だとか言うことができない状況が生まれてきています。

外務省の海外安全情報でも、可能な限り一国内の危険度にもグラデーションをつけている場合があります。県単位で、あるいは地域単位で塗り分けている場合があります。アルジェリアの北部と南部、さらに国境地帯での、危険度の違いなどです。

チュニジアはもっとも細やかに危険度に差をつけていて、これはかなり精度が高いといえます。ただし、3月18日の事件が首都チュニスで起こったということを除けば。チュニスは事件が起こるまで、危険度1の「十分注意してください」でした。これが事件後に危険度2に引き上げられました。

さて、4月2日に、ケニア東部のガリッサで、大学に武装集団が押し入って銃を乱射し、多くの死傷者を出す事件が発生しました

この機会に、ケニアの安全(危険)情報を見てみましょう。ケニアのページを見ると、「危険情報」のところに目立つように文書がリンクされており、クリックすると地図付きで文書が表示されます。地図を拡大して、「周辺国危険情報」もクリックしてみると、このようになります。

ケニア広域危険情報

危険情報を読みますと、東部のソマリアとの国境地帯、ダダーブ難民キャンプ、そしてガリッサに、最高レベルの赤色で塗られる、「退避勧告」が出されていることが分かります。地図にも明確にこれが示されています。

●ソマリアとの国境地帯、北東地域ダダーブ難民キャンプ周辺地域及び北東地域ガリッサ郡ガリッサ
 :「退避を勧告します。渡航を延期してください。」(継続)

また、国境地帯を含む各県には、上から二番目の「渡航の延期をお勧めします」の危険情報が出されています。

●北東地域ワジア郡、ガリッサ郡(ダダーブ難民キャンプ周辺地域及びガリッサを除く)及び沿岸地域ラム郡(ソマリアとの国境地帯を除く)
 :「渡航の延期をお勧めします。」(継続)

このように、海外に行くときは、旅程表に含まれる国とその地域にどの程度の危険情報が発せられているか、確認しておくといいでしょう。

2.広域情報を読んでみよう

→必ずしも高いレベルの危険情報が出ていない国でも、地域を横断して突発的に危険が及びうることが予想されている場合は、「広域情報」が提供されていることがあります。

各国のページに、地図には描かれてはいませんが文章で、国を横断して生じてくる可能性のある脅威・危険の所在について特記してあります。例えば、モロッコは全土が黄色の第1段階とされていますが、「広域情報」と「スポット情報」で、潜在的・突発的な脅威の存在が特記されています。ここを読んでおくと、一国ごとの危険度の塗り分けを越えた、流動的な危険の所在が見えてきます。

●【広域情報】 2015年03月19日
ISILから帰還した戦闘員によるテロの潜在的脅威に関する注意喚起

◆【スポット情報】 2015年02月03日
モロッコ:テロの脅威に関する注意喚起

→ただしこういった情報は、予備知識がないと何のことかわからないかもしれません。

読み取り方がわからない時、分かる人に聞いてみましょう。大使館・総領事館に聞いてみると、意外に親切に教えてくれる(かもしれない)。

本当はリスク情報をより細やかにして、渡航者が観光客であるか、ビジネスで行くのかなども考慮した上で情報を発信する企業などが育つといいのですが。

3.しばしば事後になってしまうが:渡航情報(危険情報) を読んでみよう

大事件が起きた時などは、渡航情報が特に発せられて、ホームページの上の方の目立つところに載っています。今なら、3月18日のチュニスのテロを受けて、チュニスの危険度が引き上げられたことが、外務省の安全情報のホームページに特に告知されています。

事件の後では遅いではないか、という考え方もあるが、そもそも秘密組織の行動を予測することは困難です。当事者たちが意図を隠すからです。一つ大きな事件が起きた後は便乗犯も出てきますし取り締まりも厳しくなりますから、衝突が連鎖したり反作用が生じたりする。特に注意が必要です。

チュニジアについての渡航情報(危険情報)の発出 (2015年3月19日)

4.大前提として:首都の重要施設、ランドマークはいかなる国でもテロの潜在的対象

→これは外務省としてはおそらく一番書きにくいことだと思うのですが、首都は常に高い確率でテロのターゲットになります。
しかし外務省では安全情報で首都の危険度を上げることは、おそらく躊躇しているでしょう。

首都は通常主要な空港があり、経済活動の多くが行われるため、首都を危険と認定すると多くの交流が途絶えてしまいかねないという事情があります。観光客はどこに行くにしてもまず首都を通ることが一般的です。それが一番便利だからです。相手国政府は首都の危険性を認定されることを非常に嫌いますので、外交関係上も、首都の危険度を引き上げるのは勇気がいります。

また首都は規模が大きいため、テロなどが生じても実際に遭遇する確率は低いとはいえます(ただし、小さい国であらゆるものが首都のある地域に集まっている場合などは、首都で何か事件に巻き込まれる可能性がある)。

実際、チュニジアも首都チュニスの危険度は一番下の「十分注意」に止められていました。それが3月18日のバルドー博物館でのテロを受けて下から2段階目に引き上げられたのです。

ケニアの例でも、見にくいですが、地図を拡大すると、首都ナイロビは現在のチュニス同様、下から2番目(上から3番目)の、「渡航の是非を検討してください」になっています。2013年9月21日にナイロビのショッピング・モール「ウェストゲート」が襲撃された事件があったことなどから、引き上げられているのでしょう。

→そもそも観光客はテロの対象になりやすいということは、厳しい現実ですが、知っておいたほうがいいでしょう。観光名所やランドマークで事件を起こすと国際的な注目が集まるため、テロ実行者にとって効果が大きくなります。海外からの観光客はほぼ必ず丸腰ですから、反撃してくる可能性のない、いわゆる「ソフトターゲット」です。

また、観光客を狙うことで経済的な打撃を与えることによる政治的な効果を目論む勢力が活動を活発化させている国・地域の場合、現地の一般人よりも観光客の方が身に危険が及ぶ可能性が高い場合があります。

これを言ってしまうと、そもそも観光客だからこそ危ないということになってしまいます。観光名所やランドマークに行くからこそ観光になるのであって、それを避けるということになるとなんのために観光に行っているかわからなくなる。この問題には解決策がありません。そもそもそのような不自由を生じさせることがテロの目的なのですから。

(まあ私個人は町の食堂で現地の人と喋りながら新聞を読んでいるだけで観光になる人間なので、一番リスクが低いのですが・・・)。