MERS(中東呼吸器症候群)がなぜ韓国で?

昨日は原稿を書きながら長野新幹線で往復という慌ただしい1日。今日も休日出勤で朝から晩まで一般聴衆や学生さんの相手します。

というわけで要点だけ。韓国で2次・3次感染が出て大問題になっているMERS(中東呼吸器症候群)について。

結論から言うと、今回は「中東」の問題というよりも韓国の保健衛生体制がなぜ感染拡大を止められなかったか、そもそもなぜ韓国人が多く中東にいるのかといった点に私としては関心が向く。中東で感染爆発が起こっているとは言えないからだ。もちろん、感染源が日本にとっては近くに来たというのは危険ではあるし、世界全体から見ても、感染源の広がりは深刻な危険をもたらす。しかしウイルスの変異によるヒト−ヒト感染力の強まりといった病原体そのものの変化はまだ確認されていない。

MERSについては昨年の流行の時期に短く記していた。

「MERS(中東呼吸器症候群)はラクダでうつるらしい(2014年2月25日)」

「メッカ巡礼とパンデミックの関係(2014年3月1日)」

2012年以来、春から初夏にかけて毎年感染者が出ている。中東では今年が特に多いわけではない。しかし今回は韓国人の帰国者を感染源に院内感染で2次・3次感染が進んだ。ここで封じ込めに失敗すれば中東の外に新たな感染源を作ることになるため、強く関心を寄せていく必要はある。

韓国での感染の事例は、中東以外の国ではイギリスとフランスに次ぐもので、東アジアでは初めてである。しかも中東の外では最大規模の2次・3次感染が生じたことが憂慮される。

ただし、病原体としてのMERSが変異して感染力が強まったといった事実はまだ確認されていない。もしそのような事実があれば次の段階に入ったことになる。そうでなければ、MERSそのものや中東の問題というよりは、一人の中東訪問帰国者の感染者から2次・3次と感染を拡大させることを許した韓国の医療・保健衛生の制度や患者や医師の行動の問題として、日本での今後の対応に生かすためにも注視する必要があるだろう。

MERSは感染症としては一般に次のような特徴を持つ。私が短時間で資料に目を通した限りでは、昨年までと変わっていない。

(1)大部分の感染者はサウジアラビア人である。それ以外の国の感染者も大部分がサウジアラビア渡航・滞在の際に感染したとみられる。
(2)治療薬やワクチンがなく、発症者の3割から4割が死亡するという致死率の高さが特徴。ただし、感染に気づいていないか、病院で診療を受けない事例が多くありそうなことを考えれば、感染者の致死率はもっと低くなる。
(3)コウモリからヒトコブラクダを通じてヒトに感染するルートが知られている。
(4)ヒトからヒトへの感染は起こりにくく、大部分が院内感染か家庭内での感染である。

未解明の部分が多いようだが、中東のヒトコブラクダの多くがMERSウイルスに感染して抗体を持っており、ウイルスがヒトコブラクダと濃密に接触するヒトに感染するようになり、さらに、感染力は弱いもののヒトからヒトへ感染するようになった模様だ。病気のラクダを治療して感染したと見られる事例が知られる。

以上は私が知る限りの事項のまとめですので、感染の広がりの詳細や、潜伏期間や感染力・経路、治療法などの正確なところは、下記のような公的機関のホームページを参照してください。
国立感染症研究所(基礎情報)http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/alphabet/mers/2186-idsc/5703-mers-riskassessment-20150604.html
厚生労働省(Q&A)http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers_qa.html
厚生労働省(アップデート)http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html

日本で関心を集めるのは、単に感染症が恐ろしいというだけでなく、「中東の病気がなぜ韓国で?」という疑問が湧き、「韓国で流行すれば日本にもくるのではないか」と恐れるからだろう。

しかしウイルスの大きな変異がなく感染力が低いままであれば、韓国で感染者が出ていても、それが日本に及ぶルートはかなり絞られてくる。(1)日本人が韓国に行って韓国の病院で院内感染する、(2) 韓国人の感染者が発症前あるいは発症後に日本に渡航して日本の病院で院内感染を広める、といった想定される経路はかなり特殊で、可能性はそれほど高くなく、対策 の用意さえしておけば、パニックになる必要はないのではないかと思う。

「なぜ」の方は、中東に出入りしていると感覚的にわかる。要するに韓国企業の中東進出が著しいのである。企業が進出するだけでなく、「人が多く行っている」ことが、日本と比べた時の特徴だ。おそらく日本と比べると一桁は多い数の韓国人ビジネスマンが中東を出入りしている。

例えば、ドバイで世界一高いビルが建ちましたね。ブルジュ・ハリーファ(ハリーファ・タワー)。

Burj Khalifa

あれの建設を請け負ったのもサムスン建設でした。サムスンが全体を請け負って、人も多く出しつつ、各国・各社の技術や労働者を集めてきて、現地の財閥ゼネコンと組んで建設した。

日本企業は韓国が親請けした大規模プロジェクトに、「納入業者」として入る場合が増えてきている。発電所ならタービンとか、都市交通システムなら列車車両とか。高度な技術やノウハウを必要とする中核的な部分を担っているので、必ずしも「下請け」という雰囲気ではないが、プロジェクト全体やインフラを全面的に担ってリスクを負い利益を得ているわけではない。

それは端的に言うと、日本は中東に大規模に人を送り込むことはできない国なのである。環境が過酷で社会文化的なギャップが大きく政治的な不安定性や不透明性がある中東で、現地の人たちや各国からの労働者達と揉まれてやっていけます、やっていく気があります、という日本人を大人数集めることは難しい。そういう人材が育成されにくいという制度の問題と、そもそもそんなことをやろうという人が少ないという主体の意志の問題は、鶏と卵のような話であって、どっちが原因でどっちが結果かはわからないが、とにかく中東で大きなプロジェクトをやろうとしても現地に行って事業を完遂してくれる人材を集めることが難しいことは確かだ。

ごく一部、日揮のように、かなりの人員を集めて現地に送り込んで巨大プラントを何年もかけて作って引き渡して帰ってきてまたよそに出かけていく、ということを大規模にやり続けていける企業があるが、それは例外。そういう企業には、日本社会の中では珍しい、外向けアニマル・スピリッツが強い人たちが集まってきます。

韓国の場合は、よほどの学歴か、コネでもない限りは就職が難しいので、それぞれが必死にアラビア語とかロシア語とかスペイン語とかできて現地でガツガツやってくる能力を身につけて就職する。現地に何年でも行って来いと言われることを当然と考える人たちがいっぱいいるのでサムスンなどはどんどん受注できるんですね。

このことは、2000年前後に、中東で日本人留学生や駐在員たちのコミュニティを避けて人知れず庶民街で勉強していた時以来、感じているものです。

中東で中の下ぐらいの階層のエリアに行くと、日本人がいない代わりに、とにかくいっぱい韓国人留学生がいたものである。欧米人や日本人が中東で苦労する、慣習やインフラ不備による不快感やギャップをそれほど感じていない様子で、野心的に、実践的に勉強していた。日本の場合はアラビア語ができたって一流企業に就職できなかったから、学者になりたいというような人しか中東に勉強に来なかった。韓国の場合は、語学を身につけて就職→過酷な現場で通訳から叩き上げて中堅社員に、といったキャリアを想定する人たちが大勢来ていた。

かつてはイランのIJPCのように、日本企業が総力を挙げて中東に大規模に人を送り込んで大規模プロジェクト全体を主導するという時代があったが、そのような時代はもう過ぎたということなのですね。韓国だって世代が変わるとどうなるかわからないが。

日本企業では「たとえ経営陣が大規模プロジェクトを受注してきても、組合が許してくれない」などという話も聞く。また、大規模なプロジェクトを請け負って事業を完遂させるまでのリスクを負えなくなっているのではないか。そこで、利幅は限られているがリスクは低く、人員も限定される納入業者の立場に甘んじるしかなくなっている。もちろん、それは産業の高度化とも言えるし、高度技術にシフトして、投資収入やライセンス収入に依存するようになるという、先進国が進まざるを得ない方向に進んでいるとも言えるのだが、人的資源の「空洞化」の側面があることは否めない。

韓国の場合、感染者との接触者がそれを隠して中国に入国したりしているのを見ても、中東に来ていたバイタリティのある人たちを思い出して、さもありなんという気がしてくる。

ちなみに中国人は韓国よりさらに一桁多い数が中東に行っている。それではなぜMERSウイルスの感染・発症例が出ていないのか?という疑問がありうる。

さあ、なぜだかわかりません。偶然まだ感染者が出ていないのかもしれない。感染者が出ていても隠しているという可能性がないではないし、気づかれずに亡くなっていたり治っていたりするという可能性がないわけではない。

ただ、現地情勢を見ている限りでは、中国と韓国では企業の中東での進出の仕方が違うので、現地社会との接触のあり方が違うのではないかとは推測できる。中国企業は確かに膨大な数の中国人労働者を連れてくるが、空港に降りるとそのままバスに乗せて砂漠の中の現場に連れて行ってしまう。だから現地社会との接触があまりなく、そのため感染が起きていないのではないかとも考えられる。

英語でかなりわかりやすいまとめが出ていたので幾つか紹介。

What You Need to Know About MERS, The New York Times, June 4, 2015.

感染症としてのMERSの特性を簡潔にまとめた上で、巡礼などサウジ特有の社会文化との関連性も主要な論点を網羅している。

As MERS Virus Spreads, Key Questions and Answers, National Geographic, June 4, 2015.

主に医学的・疾病対策的な側面からの詳しいルポ。読み易いが読み応えがある。今後の対策として、人間ではなくラクダにワクチンを打つ方法なども紹介されている。

ザッカーバーグは読書会の課題図書にイブン・ハルドゥーン『歴史序説』を指定

マーク•ザッカーバーグのフェイスブック上の読書サロンA Year of Booksで次に取り上げるのはイブン・ハルドゥーンの『歴史序説』だという。

https://www.facebook.com/zuck/posts/10102158767549321

これはもちろん話題になっている。

http://english.alarabiya.net/en/media/digital/2015/06/02/What-s-Zuckerberg-reading-A-book-by-Muslim-historian-Ibn-Khaldun.html

http://www.businessinsider.com/mark-zuckerberg-the-muqaddimah-2015-6

このブログでもチュニジア紀行文の連載で『歴史序説』を取り上げましたね。ザッカーバーグの使っている写真もチュニスのブルギバ広場のイブン・ハルドゥーン像です。

http://ikeuchisatoshi.com/i-1319/

http://ikeuchisatoshi.com/i-1320/

ブログで記しましたが、日本では責任を持つべき岩波文庫が、『歴史序説』を品切れにして恬然として恥じない。これって『コーラン』が絶版、みたいな話ですよ。これ抜きにしてイスラーム文明を語れるはずがない。中東諸国の混乱を理解するためのヒントも、イスラーム世界が宗教を相対化するための視点も、ここに秘められている。


イブン・ハルドゥーン(森本公誠訳)『歴史序説 (1)』 (岩波文庫)

「英語圏ではすぐ手に入る」ということの意味、彼我の差を、感じてください。

システムで負けてるんです。欧米と違って中東で手を汚していない云々とか日本人の魂とか根性とか細かさが美質だとか気質とか言う前に、システムで対抗してくださいエラい人たち。

すでに各種の英訳が継続して入手可能になっていることを前提に、ザッカーバーグのような訴求力のある人が一声かけると、一層売れる。産業の好循環ができている。

日本だとこれが縮小循環で、非力な私が「これいいよ」と声かけるだけでも例えば数十人が競って買ってしまえば、もう手に入らなくなる。

ザッカーバーグに言われてこんな分厚い本を何千人、いや何万人が「試しに読んでみようか」となって、それに供給するシステムがちゃんとある国にかなうと思いますか?

別の話だが、とあるアメリカの田舎の実業家と交流プログラムで会話させられた時、ハンチントン『文明の衝突』について、「自分は難しい本の良し悪しはわからないが、この本を読んで、自分の子供たちがティーネイジャーになる前に、ハンチントンが示した文明圏をなるべく多く見せてあげたいと思ったんだ」と語り、すでに4つ回った、来年はインドに行くことにしている、といったことをつらつらと語るのを聞いて、その大らかさと突き抜け方に感銘を受けた。

日本だとちまちまと「ハンチントンのここが違う、あれが違う」「アメリカの世界支配のイデオロギーだ」とか文句つけて、知識人たる者ハンチントンを蔑んで見せないといかん、という空気に順応しないといけなくなる。そうではなくて「文明というものがいくつもあるらしいから、自分はそれを知らなかったから、子供達には頭が出来上がってしまう前に見せてあげたい」と考えて本当に連れ歩いてしまうような人がいる国、そういう国に日本もなればいいし、なれると私は思っている。


サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』

実は、私は授業で学生に読ませたい本については、意識的にブログで紹介しなかったりしたこともあるんです。すみません。市場にちょっとしかない本を一般読者が好奇心でもって購入すると(すばらしいことです)、日本は本の出版と流通に問題を抱えているから、職業的に今すぐ手にとって線を引いて読んでいなければならない学生の手に渡らないということになり、教育に差し支えるので。

でも今後は手加減しないことにします。学生は好奇心旺盛なオジ様・大姉様・おジー様BAR様方に買い負けるな。得るものは若いうちに読んだ方が大きいはずだ。

なお、イブン・ハルドゥーン『歴史序説』の訳業を成し遂げた森本公誠先生は、イブン・ハルドゥーンの伝記を書いている。これは今読んでも高い水準。文庫版には、僭越ながら私が解説文を寄せさせていただきました。足元にも及ばぬ者が紙幅を費やしたことは恐縮至極だが、せめて普及にお役に立ちたい。

これも品切れっぽいが、Kindle版は買えます。


イブン=ハルドゥーン 講談社学術文庫

チュニジアの風景(20)空港でもう一度呑む

やれやれ長かったチュニジア滞在も終わり。帰るぞ。

空港で、搭乗ゲートに近づくにつれて値段が高くなるので、パスポートコントロールを抜けてすぐのところのデリで何かチュニジア産品の写真を、と思って立ち寄ったら、ランチの時間終わったので食事はないよ、あっちいったら食事あるから行け行け、と店員たちがやたらと追い出そうとする。こちらはチュニジア製のワインなどの写真を撮りたいだけなので、いろいろ取り揃えてあるこっちの店の方がいい。

ははーん。この店はセルフサービスでレジで支払う仕組みなので、チップが成立しないので店員に積極的に客を呼び込むモチベーションが働いていないのだな。

押し問答しながら冷蔵ショーケースからあれこれ取り出して支払い。「ユーロかドルか」と聞くので「チュニジア・ディナールで支払う」と答えると「そんなもの持って帰ってどうする。両替しないのか」などという。「また来るんだよ!」と答えてとにかく支払いを済まして並べる。

空港で飲む3

チュニジアといえばやはり再び、ビールはセルティア、モルナーグのロゼ、そして西部アイン・ガールスィー(ガールスィーの泉)から採ったミネラル・ウォーター。

店員さんたちもくつろぎモードで映り込む。

いろいろ角度を変えて撮影していると、向こうでヒソヒソ言っている。

空港で飲む1

どうやら友好人士らしいと結論が出たようで、レジを預かるシェフよりポテトチップのサービスがつきました〜。

レジのところで胸を張ってエッヘンしてます。アラブ男のプライド。

空港で飲む2

ウェイターも並んで胸を張る。

搭乗時間がきました。

チュニス・カルダゴ空港

しばしのお別れ。

**おまけ**

チュニジア近郊電車の客

その目には何が映っているのでしょう。

チュニジアの風景(19)裏窓

チュニジア連載も終わりに近づいてきました。

今回は、のどかで綺麗なだけではないチュニジア社会の一面を・・・・

チュニジアでの滞在先の一つ、中心部のとある部屋の裏窓から見える光景。

裏窓その1

大通りから細道に入ったところにある小さな広場。駐車場みたいになっています。

そこの奥の店なのかガレージなのか曖昧な場所でしばしば人がたむろして何やら相談している様子。

これは何かあるなーと思って暇なときにちらちら見ておりました。

そうしたらある日・・・

裏窓その2

ん、なんだ?警察官風の二人に挟まれて黒服の男が・・・・

裏窓その3

ははーん、捕まってます。

大きいビニール袋を持っていますから、大通りで無許可で店を出していたのか。あるいは何かもっと重大な禁止物を商っていたのか、あるいは盗品か。

裏窓その4

連れられて行ってしまいます。

裏窓その5

行ってしまいましたー。

2010年末、11年初頭のチュニジアの政権崩壊は、こういった露天商への警察の取り締まりへの反発からの焼身自殺をきっかけに全国で暴動が起こったことによって引き金を引かれたのでした。それが今に至るアラブ世界の激動のきっかけだった・・・・

今のチュニジアは、こういった取り締まりへの反発がデモに至るような雰囲気ではありません。政権が倒れ民主的制度と取り入れたことで、政治状況は変わりました。ですが、社会の問題は変わらずに存在するということですね。

チュニジアの風景(18)露天市場

旧市街の観光客向けのスークや、目抜き通りの店で、庶民が買い物をしていることはあまりない。

旧市街の奥深く、横道を歩いて行った先にぽっかりと広がる空き地に、露天市が立つ。

露天市場へ

庶民市場1

庶民市場4

粗末な板や段ボールの上に商品を置いている。

庶民市場5

庶民市場2

庶民はこういうところで買い物するわけですね。

庶民市場11

庶民市場3

庶民市場7

庶民市場8

庶民市場9

露天市場の周りの店は問屋のようで、入るとこんな感じの陳列の仕方。

庶民市場棚1

もちろん新市街ではこういったスーパーマーケットがあって、こっちで多くの人たちが買い物しています。

買い物はモノプリ

チュニジアの風景(17)スークでお買い物

こちらは地元向けの店。

靴屋さん

女性用のブーツ屋さんですね。

私はあんまり観光客向けの店に近寄らないしカメラを向けないので写真がありませんが、チュニジアで土産物を買おうとすると、革製品ではスリッパをよく売っている。ただ、旧市街のスークでふっかけられたり値切ったりしても、本当に良いものを買えるかどうかわからない。

そんな時、とある隠れ家のような場所に行くと、最高級のこれはというものを飾ってあります。値段はスークの店で買うよりも何倍かするのでしょうが、良いものであることは間違いない。

チュニジア最高級革細工

チュニジアの風景(16)旧市街を歩く

私はあまりアラブ諸国の旧市街のスークを歩いたりしないのだけれども(観光客向けだから)、チュニスの場合は旧市街を通らないと用事が済まないことも多く、急ぎ足で何度も歩いた。

旧市街の東西主要な道は二本ありまして、一本は観光客向けの店が多い。

カスバ観光客

常に各国からの客でごった返しています。混雑してくると列を作ってノロノロ歩かないといけないことも。

カスバ庶民市場

一方、地元の人向けの店が並ぶ道もある。日中の荷物の運搬もこっちの方が激しい。

カスバの賑わい2

賑わってます。

カスバの横道1

こんな横道がいっぱいある。アーケードみたいになっている。

カスバ横道

一般の家に向かう道。

チュニジアの風景(15)旧市街に向かう

旧市街を歩いてみよう。

ブルギバ通りの西の端からもう少し行くと、フランス門がある。ここが旧市街への入り口。

フランス門へ向かう1

フランス門へ向かう2

渋滞する車の間をすり抜けていく。

チュニス旧市街フランス門

欧米語でフランス門と呼ばれているが、アラビア語ではバーブル・バハル(海の門)。

フランス門をくぐる

海の門をくぐると・・・

フランス門1

噴水のある広場へ。

フランス門2

楽しそう。

フランス門の配達

旧市街に卵の配達か。

フランス門前広場

こんな感じの店が、これから入る路地に並んでいる。

フランス門前広場2

さあ旧市街に踏み込んでみよう。

カスバ入り口

チュニジアの風景(14)フランス風レストランでの朝食

高級なホテルで朝食。19世紀のパリをそのまま残したようだ。

チュニジア食朝食

オレンジジュースを絞ってもらった。

チュニスホテル天井

天井がきれい。

チュニスホテルの朝食

この日は商談している人たちもいた。

チュニジアの風景(13)ミントティーに松の実を

チュニジアではミントティーに松の実(ピニョン)を入れます。普通のミントティーが「ナアナーア」ですが、「ピニョン」と頼むと入れてくれます。高くなりますが、一風変わって美味しいですよ。

チュニジア食紅茶に松の実

チュニジアの風景(12)魚が旨い

チュニジアはアラブ世界で例外的に魚が美味しい。

チュニジア食魚スズキ

スズキでしょうか。さっとグリルした新鮮な魚がうまい。やはり焼きサラダが添えられている。

チュニジア食スズキ2

こっちも同じ魚かな。

チュニジア食魚グリル

いろいろ魚介ミックスグリル。

チュニジア食アブーザッルーク

お高い店でイカのグリル。

別の店で、魚のクスクスを頼んだら、タイが綺麗な姿煮でやってきて感動したのだが写真を撮り逃がした。

チュニジアの風景(11)ブリックを食べてみよう

チュニジアといえばブリック。

チュニジア食ブリック

サクッとした皮にナイフを入れると半熟卵と肉汁がこぼれ出る。

チュニジアの風景(10)前菜はハリッサ

チュニジアで飲む(その2)

どこのレストランでも飲み屋でも、前菜というとこのハリッサという赤いディップみたいな前菜が出てくる。唐辛子が効いている。辛さは店によってまちまち。

チュニジア食前菜はハリッサ

たいていは上にツナが載っている。オリーブの実が添えられていたり、オリーブ・オイルに浸してあったりする。

チュニジア食前菜ハリッサ高級

高級レストランの前菜にもやはりハリッサがちょびっと(スィーディー・ブーサイードの「アブー・ザッルーク」)。

チュニジア食前菜

前菜によく添えられている、玉ねぎとセロリと白菜の中間ぐらいな野菜。ばりばり食べます。

チュニジア食焼きサラダ2

チュニジア名物焼きサラダ。

チュニジア食焼きサラダ

こっちでも。

チュニジア食飲み屋のつまみセット

簡素な前菜セット。ソラマメのふかしたのも。

チュニジア飲み屋セルティア

チュニジアのビールといえばセルティア。泡が多すぎたのでしばし待つ。

チュニジアの風景(9)酒が飲めるぞ

チュニジアは酒が飲めます。

薄暗い酒場で地元ワインをいただく。

チュニジア酒場2
シャトー・モルナーグのロゼ

チュニジア酒場1
マゴンの赤

チュニジア飲み屋4
思い思いにくつろぐ。

ブルギバ広場飲み屋街
夜更けの飲み屋街。そろそろどこも閉店。ブルギバ通りの横道。

チュニジアの風景(8)色鮮やかな扉

チュニジアといえば、色鮮やかな、風合い豊かな、ドアで有名。

絵葉書とかでも様々に売っています。

いくつか写真を撮ってみました。あくまでも偶然通りかかったところだけ。

チュニジアのドア1

チュニジアのドア2

チュニジアのドア3

チュニジアの風景(7)雨に打たれるイブン・ハルドゥーン像

イブン・ハルドゥーン像について書きかけて、『歴史序説』日本語訳が文庫でまで絶版(なんのための文庫なんだろう)と知って絶望してしまったが、気を取り直してチュニジア報告。

ブルギバ広場のイブン・ハルドゥーン像。ちょっと別のアングルで見てみましょう。

正面から、少し引いたところから。

ん?

イブン・ハルドゥーン像3

有刺鉄線が写っていますね。

実は、ここのところ、ブルギバ広場のイブン・ハルドゥーン像は、こうして有刺鉄線で囲まれてしまっているのです。

もう少し引いて横から。

イブン・ハルドゥーン像とフランス大使館

見えにくいかもしれませんが、ぐるっと有刺鉄線で囲まれてしまっています。

これはテロ対策でしょう。

といっても、イブン・ハルドゥーン像がテロで狙われるというのではないでしょう。写真の背後の赤みがかった建物が、フランス大使館で、おそらくここを狙ったテロを防止するか、この前でのデモを阻止するために、イブン・ハルドゥーン像のある一体に有刺鉄線を張って、入りにくくしているのです。

大聖堂イブン・ハルドゥーン像前

ちなみに、イブン・ハルドゥーン像を挟んで、フランス大使館とブルギバ広場の反対側で向かい合うのは、カソリックの大聖堂(Cathedral of St. Vincent de Paul)です。大司教を擁する、最高位の大聖堂です。

イスラーム世界の社会と政治を宗教的ドグマにこだわらずに客観視したイブン・ハルドゥーンの像が、フランス大使館とカソリック大聖堂に挟まれて、内務省当局が張った有刺鉄線に囲まれ(守られ)てかろうじて存立し得ているように見えるのは、現在のアラブ世界の混迷を象徴しているようであります。

そう思って、上のように、イブン・ハルドゥーン像が雨に打たれている寂しい写真を撮ってみました。