井筒俊彦論がアンソロジーに再録されました

国際日本文化研究センターに勤務していた時代にカイロで開催した研究大会で発表し、『日本研究』に掲載した井筒俊彦論が、井筒をめぐるアンソロジーに再録されました。

池内恵「井筒俊彦の主要著作に見る日本的イスラーム理解」『井筒俊彦』(KAWADE 道の手帖)2014年6月、162-171頁(初出は『日本研究』第36集、2007年9月)


『井筒俊彦: 言語の根源と哲学の発生』(KAWADE道の手帖)

なかなか多面的な仕上がり。今度じっくり読んでみよう。

カタール・ドーハの国営モスク

今日はあまりに忙しく、ブログに文章を書く時間なし。

代わりに3月末に行ったカタールの写真を何枚かアップしましょう。

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ムハンマド・アブドルワッハーブ・モスクの中庭。大雨の後で、水面に回廊が反射して幻想的です。

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ミナレット。

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湾岸らしい、おなかおっきいお兄さんとミナレット。

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キブラ(カアバ神殿の方向)を示すキブラ(壁の窪み)に向かって礼拝

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オイル・マネー(正確にはガス・マネーか)の精粋というべき巨大建築物でした。

しかしなんで超伝統主義のワッハーブ派の祖を、カタールが国家として顕彰しているんでしょうね。

王柯先生の著作


王柯『東トルキスタン共和国研究―中国のイスラムと民族問題』東京大学出版会、1995年

今日は東大出版会の本の紹介が重なりました。

無事のご帰還を祈ります。

先日は、楊海英『モンゴルとイスラーム的中国』(文春学藝ライブラリー)、2014年2月刊、をご紹介しましたが(「モンゴルとイスラーム的中国」2月19日)、いずれも日本留学で学者となった先生方です。

日本の学界は、適切に運営・支援が行われれば(←ここ重要)、中国に極めて近くに位置して情報を密接に取り込みながら、自由に議論し、客観視できるという強みがあり、欧米へのアドバンテージを得られます。

中国に最も近いところにいる自由世界の橋頭保として日本は輝いていたいものです。

井筒俊彦のイスラーム学

あまりに忙しくて、中東情勢も、トルコ・途上国経済ウォッチングも、ウクライナ情勢横睨みも、合間に続けているけれどもブログにアップする時間が取れない。

それはそうと、本来の本業のイスラーム思想で、鼎談が出ました。

池内恵×澤井義次×若松英輔 「我々にとっての井筒俊彦はこれから始まる 生誕一〇〇年 イスラーム、禅、東洋哲学・・・・・・」『中央公論』2014年4月号(1566号・第129巻第4号)、156-168頁。

日本で「イスラームを学ぶ」というと、最初に手に取る人も多いであろう井筒俊彦。私自身もそうだった。

井筒俊彦のオリジナリティに私も大いに憧れる。

格調高く生き生きとした井筒訳『コーラン』 (岩波文庫)
は今でも最良の翻訳と言っていい。

『「コーラン」を読む』(岩波セミナーブックス→岩波現代文庫)ではコーランのほんの数行の章句の解釈が分厚い一冊に及んで尽きない、人文学・文献学の宇宙を垣間見せてくれる。

そして『イスラーム思想史』 (中公文庫BIBLIO)こそ、イスラーム世界に向かい合う際に座右に置いておいて無駄はない。

個人的には井筒俊彦『イスラーム文化−その根柢にあるもの』(岩波文庫)の、井筒の、井筒による、井筒のための、独断と価値判断に満ちた、一筆書きのような思想史・社会論が好きだ。「井筒個人のイスラーム観」は、このようなものだったと思う。

他の本では、概説のために、ある程度は網羅したり(でもイスラーム法学については興味がないから書かないとか数行で済ませたり)、ある方法論に則って順序立てて書いたりしているが、『イスラーム文化』は、講演ということもあり、さらっと彼の頭の中にある「イスラーム」の歴史と方向性を描いている。言わずもがなだが、「シーア派重視」「神秘主義こそ宗教の発展する道」ということですね。

だが、現代の中東社会の中でイスラーム教やイスラーム思想がどのような影響をもっているかを研究する際には、井筒のイスラーム思想史論がそのまま現地のムスリムの大多数から現に信仰されているものであると考えると間違える。

というか、教育の高いインテリにも「異端だ」と言われてしまう。

井筒を受容したイランのイスラーム思想はかなり変わっているからね・・・革命で無理やりイスラーム化しないといけないぐらい西洋化した国ですし(文化は日本などよりはるかに西欧化・アメリカ化しています)。そういう国でこそ受け入れられた最先端のポスト・モダンな解釈だということ。

私は別に井筒を批判しているわけではない(それどころか日本が誇るイスラーム思想だと思っている)。ただし、それはイスラーム世界の大多数の人にはまだ受け入れられないでしょうね、とは言わざるを得ない。

井筒の言っていることだけを読んでそれが「イスラーム」だと思い込んで、現実のアラブ世界の政治についてまで論評してしまう人が出ると、しかも「現代思想」の分野ではそれが主流だったりすると、頭を抱えます。

でも、そこが学問的には、「ビジネス・チャンス」だったりするんだけどね。

そうこうしているうちに井筒とイスラーム世界を同一視するような「現代思想」は絶滅しかけている。

でも井筒は生きている。

井筒から遠く離れてしまったように見える私の最近の仕事も、本当はどこかで、井筒を通してイスラーム学に入ったあの頃とつながっている。そんなことも想い出すきっかけになった鼎談でした。

あまりブログという形態では思想について語りにくいな、と思っているので、思想史に興味がある人は、例えばこの『中央公論』の鼎談を読んでみてください。

エイズとC型肝炎にも勝利したエジプト軍

インターネットの時代になって、怖いのは、どこの国でも、夜郎自大に自国民を威圧してこられたエラいさんの、実態としてはトホホな水準の発言や、それをもてはやす一部の人の行状が、一瞬にして世界中に晒されてしまい、デジタル的に永遠に保存されて複製され、取り返しがつかないこと。

日本でも最近続発していますが、こういった方面で人後に落ちない(?)のはエジプト。

2月22日に、エジプト軍の軍医のかなり偉い人(少将:軍医としては最高レベルでしょう)のイブラーヒーム・アブドルアーティー(Ibrahim Abdel Aaty)が記者会見して、軍の医学研究所が、C型肝炎もエイズも、血液検査もせずに探知し、治癒する技術を開発した、と大々的に発表。エジプト軍は「エイズに打ち勝った」と、軍の公式会見場で声を張り上げ、スィースィー国防相・元帥からもご支援いただいている、と謳い上げるアブドルアーティー将軍の前に、翼賛体制を支持し、ナショナリズムで盛り上がるエジプトの記者たちからは拍手の連続(ビデオは軍政を批判する勢力が字幕をつけてアップしたものです)。

「C-FAST」とかいう機械。棒みたいなもので、患者に触れもせずにC型肝炎とエイズを探知し、治療できるという。もともと爆発物探知機だったものを発展させたのだという。

この発表をエジプト軍としても全面サポート。昨年の7・3クーデタ以来、軍のイメージアップ作戦で重用されているイケメン報道官アハマド・アリー大佐も、公式フェイスブック・ページでこれを称賛し、マンスール暫定大統領、そして最高権力者のスィースィー国防相もこの装置のプレゼンを受けご満悦、というところまで流してしまった。

インフルエンザのH1N1ウイルスにも効くとまで言っているらしい。

Egypt’s military claims AIDS-detecting invention, Ahram Online, 23 February 2014.

しかし、どうみてもこれはオカルト科学の一種だろう。「ダウジング」という分野で、もともとは、特殊な能力を持った人が、なんらかの形状の棒を持って鉱脈や水脈の上を通ると棒が勝手に反応する、というやつ。それが医学にも応用できる、という話になっていたとは知らなかった。

歴史を遡れば「占い棒」として人類史上ずっと、底流で続いてきた信仰の一つの流れだろう。

私はオカルトの分野には個人的にはまったくなんの興味も持ったことがない人間で、詳しくもない。霊感とか幽霊とか感じたことも見たこともない。

が、「エジプトの社会思想におけるオカルト思想の影響」に関しては、「専門家」で「オーソリティ」と言ってもいいと思う(威張れませんが・・・)。

1990年代後半のエジプトの思想・世論を研究した時に、結果として、「ある意味で、一番有力なのは陰謀論とオカルト思想」という厳然とした事実を突き付けられ、こんな本を書くしかなくなってしまいました。

『現代アラブの社会思想 終末論とイスラーム主義』(講談社現代新書、2002年、大佛次郎論壇賞受賞!!)

そのようなわけで、忙しいんだが、エジプトでオカルト思想が、政治的に意味がある水準にまで盛り上がった時には、解説をせざるを得ない(←誰が頼んだのか)。

なお、こういった「科学」に取り組んでいる人は世界中にいて、似たような「発見」が、針が振り切れた科学者から発表されては黙殺される、ということが、時々起こる。

アブドルアーティーさんも、軍の研究所でどうやらすごく長い間これに取り組んできたらしく(本人は「22年間」と言っている)研究所には「先達」もいるらしいということが記者会見の映像から分かる。

そして、格調高き英ガーディアン紙が、これをそれなりに信憑性の高いものとして報じてしまった

“Scientists sceptical about device that ‘remotely detects hepatitis C'” The Guardian, 25 February 2013.

タイトルだと「科学者は懐疑的」となっているが(これはイギリスのデスクがつけたのでしょう)、本文はこの探知機・治療器をかなり信憑性の高いものとして扱ってしまっている。ガマール・シーハー(Gamal Shiha)博士というエジプトの最高水準の肝臓病専門家という人の話も取り上げ、さらにエジプト以外でもいろいろな治験例があってそれなりに検証されているようなことを書いてしまっている。

しかし記事を書いたのは科学記者ではなくて、カイロ特派員。

エジプトの雰囲気に呑まれてしまったのでしょう。エジプトの医学界・科学行政で権威の高い、影響力のある、しばしばメディアに登場する人たちが、軒並み「すごい」と言っているのだろう。特派員が現地の現実を忠実に伝えたら、確かにこういう記事になってもおかしくない。

確かに、エジプトの科学研究の上の方にいる偉い人たちや、それを取り巻く知識人たちが、こんなことを言って盛り上がっていそうなことは、かなり想像できる。言っているだろう。みんながみんなそうではないし、すごく優秀な人はいっぱいいるけど、そういう人はコネがなかったり、偉い人にひざまずいたりできなかったりして偉くなれず、外国に行ってしまう。外国に行けなかった人はひどい生活をして、くすぶっている。

ガーディアンの科学記者たちは大慌てでブログで火消しに走っている。
Scientists are not divided over device that ‘remotely detects hepatitis C’
(C型肝炎の遠隔探知機について、科学者の意見は分かれてないよ)
Hepatitis C detector promises hope and nothing more
(C型肝炎探知機は希望以外の何も約束しない)

もちろん、どんな手法であれ、C型肝炎やエイズが探知したり治療できたりするというのであれば、すばらしいことだ。それがこれまでに想像されていなかったやり方であっても、検証可能な厳正な治験を経て立証されれば、科学の進歩に寄与するはずだ。

ただ、今回の話は、そのような手順を踏んだとは思えない。

そして、出ました!陰謀論。はい、セオリー通りに出てきましたよ。

“AIDS-detecting device’s inventor says was offered $2 billion to ‘forget’ it.” Egypt Independent, 25 February 2014.

ビデオはここから(シュルーク紙のホームページで民間テレビ局バラドの映像をアップしている)

エジプト人、そして偉大なるエジプト軍の優秀さを世界に知らしめて引っ張りだこになったアブドルアーティー少将はテレビ出演して、「20億ドルを提示されたが断った」と語る。単に20億ドルを提示されたというのではなくて、この発明をもみ消そうとする国際陰謀の魔の手にかかりそうになって、エジプトの諜報当局の助けを借りて逃げ延びた、という。だめだこりゃ。

In a TV interview on the privately-owned Sada al-Balad satellite channel on Monday, that he was then offered the money to ‘forget’ about the device. “I told them to note that it was invented by an a Muslim Egyptian Arab scientist, but I was told to take the check and the device will be taken to any country. I said okay and then escaped back to my country. The intelligence service protected me,” he said.

単に阿呆な話、というよりも、軍政のプロパガンダと翼賛メディアのヒステリア、という文脈で出てきた話なので、政治分析の重要な傍証として取り上げる意義のある問題です。

(1)もともとエジプトではこういったオカルト/陰謀論を庶民だけでなく、高等教育を受けた知識層の一定の部分が信じている場合があり、コネ社会なのでそういう人が有力になると誰も止められない。

(2)現在の政治的背景として、軍礼賛とナショナリズムでメディアや知識層が高揚しており、エジプトの山積する難題に対して「軍万能説」を盛んに流している。

というのを前提にして、

(3)根深いオカルト説と、現在の軍政・翼賛化の流れが合致して、以前からこういう説を唱えていた軍医さんに光が当たり、大々的に発表する場が与えられ、広く報じられるに至ったのだろう。

ということが推測される。

エジプトのアラビア語紙では「快挙」と祝賀・礼賛モードなのに対して、政府系でも英語紙は当初から懐疑的に伝えている。本音で「エジプトではよくある話」と思って信じていないのだろう。アラビア語紙の方はひたすら時流に乗る。

逆に、ガーディアンの特派員が現地のヒステリアに呑みこまれているのが面白い。

さすがにエジプト大統領府の科学担当の顧問も、「科学研究の国際的な手順を踏まないといけない」と恐る恐る火消しに出た上で、
“Egypt presidential advisor: Army health devices for virus C & AIDS must comply with int’l standards,” Ahram Online, 25 February 2014.

どうやら軍からもOKが出たらしく「この発表はエジプトの科学にとってのスキャンダルだ」と全面否定に転じた。マンスール暫定大統領もスィスィー国防相も詳細を知らされていなかった。そして「これは外国の新聞がエジプトのイメージを国際的に損なうのに利用される」と危惧している。しかしエジプトの軍政の一面がこのようなものであることはすでに十分広報されてしまった。

“An issue this sensitive, in my personal opinion, could hurt the image of the state,” Heggy said, adding that foreign newspapers could utilise the announcement to harm Egypt’s image internationally.

“Claims of cure for HIV, Hepatitis C are a ‘scandal’: Egypt presidential advisor,” Ahram Online, 26 february 2014.

でも記事を読んでみると、軍医・工兵部門の高官にはこの発明の支持者がかなりいるようだ。

英語紙の記事自体が、国際常識とローカルな権力構造の間で引き割かれて、一貫した文体を見い出せないでいるようだ。

「エジプト軍万能説」を信じている、あるいは信じているふりをするエジプト人は多いし、それを真に受けるエジプト専門家や報道関係者も多いが、実態はこの程度。文民のテクノクラートも内心は辟易しているだろうが、口には出せない。

エジプト研究をしてきた人間としては、「うちのエジプトがご迷惑をおかけしています」と菓子折りを持ってご近所を廻りたい気分です。

モンゴルとイスラーム的中国

見本が届いたばかりの、最新の寄稿です。


楊海英『モンゴルとイスラーム的中国』(文春学藝ライブラリー)、2014年2月20日刊(単行本は2007年、風響社より刊行)

ここに「解説」を寄せました(425-430頁)。

イスラーム世界を専門にしているといっても、中国ムスリムは私にとって最も未知の世界。勉強させてもらいました。

中国西北部、モンゴル系やウイグル系のムスリム諸民族を訪ね歩く。「民族」が縦糸、スーフィー教団の系譜が横糸か。

全体を通して導き手となるのは、回族出身で、文革期に内モンゴルで遊牧生活を送った作家・歴史家の張承志。

独特の文体。オリジナルな研究というのは通り一遍の解釈を拒むもので、解説を書くのは大変でした。