「地図で見る中東情勢」のシリーズが長らくお休みしていました。忙しかったからね・・・
久しぶりに一つ。
トルコはシリア北部に「安全保障」地帯を設ける、というのを対「イスラーム国」での介入と協力の条件としてきましたが、7月22日のオバマ・エルドアン電話会談の前後に、米国がトルコに「安全保障」構想に同意を与えたと報じられています。
「安全地帯」の範囲についてはトルコの『ヒュッリイエト』紙などが伝えていましたが、『ワシントン・ポスト』紙が地図にしてくれましたので、ここで拝借してご紹介。
“U.S.-Turkey deal aims to create de facto ‘safe zone’ in northwest Syria,” The Washington Post, July 26, 2015.
黒白点線(というのでしょうか)で囲ってあるあたりに、トルコが米国と協力して「安全地帯」を設けるというのです。
ここから「イスラーム国」を排除するというのが「安全地帯」の表向きの意味ですが、トルコは今のところ、地上部隊は投入しないと表明しています。軍が消極的なのではないかと思います。
もっぱら空軍戦力で「安全地帯」を設定するということは、実態はこのエリアに「飛行禁止エリア」を設けるということが主体のオペレーションとなります。「イスラーム国」は空軍を持っていないので、実際には「安全地帯」の設定によって、アサド政権がこのエリアから排除されることになります。アサド大統領の退陣を解決策の必須要件とするトルコにとって、「安全地帯」の設定は、「イスラーム国」対策だけでなく、アサド政権対策という意味があります。
さらに、地図を見ていただくと、「安全地帯」の黒い部分、白点線の枠で囲まれたところの左右を見ますと、緑色に塗られています。ここにシリアのクルド人が多く居住しています。
シリアのクルド人は、東側の、ハサカより北のエリアと、西側の、アアザーズの北西とに分かれて飛び地のようになっています。
なんでこうなっているかというと、クルド人はシリア北部とトルコ南東部の一帯(それ以外にイラク北部・イラン北部などにも)に住んでいまして、本来は連続的な土地に住んでいますが、これがトルコ・シリアの国境線によって分断されたので、主従エリアがシリアでは飛び地になってしまっているのです。
シリアのクルド人は、オスマン帝国の崩壊の際、トルコ共和国が独立戦争で自力で領土を確保して国境線を引いたときに、シリア側に取り残された形です。
ですので、状況が許せばトルコ南東部のクルド人と一体化して独立を要求しかねない、とトルコは警戒しています。
出典:http://www.geocurrents.info/geopolitics/state-failure/isis-advances-kurds-retreat-northern-syria
クルド人が多数派を占める土地は、この地図では薄紫で塗られています。ハサカ北方のカーミシュリーを中心とした地帯と、コバニ周辺と、アフリーンを中心とした地域です。シリアが内戦でアサド政権の統治が弛緩する中で、これらの三箇所でクルド勢力が実質上の自治を確保しかけています。
別の地図でも。
出典:http://www.geocurrents.info/geopolitics/state-failure/isis-advances-kurds-retreat-northern-syria
さらに、クルド民兵組織YPGが勢力を強めて、テッル・アブヤドやアイン・イーサーといった「イスラーム国」が占拠していた地域を制圧することで、三つの飛び地のうち、東の二つがすでに繋がりかけているのです。そうなると、クルド人が必ずしも多数でないエリアまで、将来のクルド自治区→独立クルド国家に含まれてしまいかねません。
例えばこの地図。
出典:http://www.geocurrents.info/geopolitics/state-failure/isis-advances-kurds-retreat-northern-syria
シリアのクルド人が求めるシリアでの最大版図はこのようなものだそうです。三つの飛び地が結合していますね。これを「Rojava(西クルディスターン)」とクルド人側は呼んでいます。
トルコが設定するシリア北部への「安全地帯」は、このようなシリアでのクルド人の主張する最大の勢力範囲を、分断するような形になっています。
クルド人がいるのはシリアだけではないので、周辺諸国の地図の上にクルド人の居住するエリアを塗った地図を見てみましょう。
出典:http://www.geocurrents.info/geopolitics/state-failure/isis-advances-kurds-retreat-northern-syria
一般に「クルド人」と呼ばれる人たちの間にも、細かな系統の違いがあり、一枚岩ではありません。しかし赤っぽい色で塗られているところには、その中でもクルド人意識が強い人たちが住んでいます。シリアを超えてトルコ南東部やイラク北部やイラン北西部、遠く離れたイラン北東部やアゼルバイジャンにも住んでいます。
この中で、シリア北部とトルコ南東部は、地理的にも最も容易に結合してしまいそうです。
そこでトルコは「安全地帯」の設定で、シリア北部でのクルド人の支配地域の間に楔を打ち込み、一体化を阻止しようとしているように見えます。