今回は、『イスラーム国の衝撃』についての書評、書評に近い反響をまとめておきましょう。全部把握しているわけではないので、他にも出ているのを知っていたら教えてください。順次加えていきます。
普通は本を出すと、出版社は広告を出し、新聞社などに送ります。新聞や雑誌の書評欄で取り上げてもらうと、書店でも特設コーナーに置いてくれたり、図書館が選書の際に参考にするなど、売れ行きが伸びるとされています。
ただ、そもそも出版点数が増えすぎているということと、新聞や雑誌で取り上げるまでのタイムラグが、早すぎる最近の出版サイクル(分かりやすく言うと本が出てから賞味期限切れになるか市場から消えるまでの期間)と合わなくなっていること、新聞や雑誌の訴求力が以前ほどではなくなっていることなどから、書評という制度についても考え直す必要があるとは常々思っています。
また、『イスラーム国の衝撃』についていうと、1月20日という発売日に先立って、まず1月7日のシャルリ・エブド紙襲撃殺害事件が生じて日本でも議論が沸き起こり、それによってインターネット書店で予約が埋まり、その上で、発売日当日に日本人人質殺害予告映像が出たという経緯。さらに、その映像に映っていた「ジハーディー・ジョン」の写真を偶然ながら『イスラーム国の衝撃』の帯に用いており、帯には残酷な殺害映像についての記述があることも記されていたという、特殊な事情があります。そのため、文化部・学芸部の管轄の書評によって本が社会に知られるという通常のプロセスを踏む前に、政治部・社会部や国際部の事件報道と論評で取り上げられて注目されることで、本が市場から消えていってしまいました。
この本の刊行と同時に研究対象そのものがインターネット・メディア上で直接日本社会に対して発信し始め、研究対象が日本の政治闘争の一部となり、メディア・スクラム的な爆発的な報道の対象となってしまったことで、そういった事象を読み解くための参考書としてこの本が切実に求められる客観的状況が生じてしまいました。全てが特殊であったため、逆に通常の書評による議論にそぐわなくなってしまった感はあります。
そのような特殊状況下で、この本についての情報伝達は、大部分が紙のメディアではなくインターネット上のブログやSNSで行われました(私自身の発信も含めて)。時期的にもインターネットでの書評が早かったため、まずインターネット媒体での書評の例を挙げておきます。
とはいえ、この本は本来は、ひと月かけてじっくり読んで書評が出て、それを見て考えて読者が買って読んで、数年間は読み続けられ、10年後にこの問題を振り返る時にまた読まれる、という従来の本の出版のあるべき姿を目指しています。そのような息の長い出版という営為を支える紙媒体での書評という制度は、やはり今後も不可欠と思いますし、ゆっくりとしたペースでの理解・評価が定着していくことを望んでいます。
1.インターネット媒体での書評
ネット上では罵倒・中傷も含めて無数に言及されてますが、影響力が大きかったのは次の二つと思います。本が出てすぐに、徹底的・的確に読み解いて表現していただいたことが、ネット上での適切な情報伝播を決定付けたと思います。
「「イスラーム国の衝撃」を易しくかみ砕いてみた」《永江一石のITマーケティング日記》2015年1月28日
この書評は、アル=カーイダは『ほっかほっか亭』で「イスラーム国」は『ほっともっと』だ!という至言を残しました。それだけ覚えている読者もいるでしょう。間違いではありません(が、本も読んでね)。
「イスラム国・テロ・経済的可能性」《新・山形月報!》2015年1月30日
山形さんとは少し前に『公研』で対談して「イスラーム国」についての見解を一方的に話した経緯があったので、言わんとするところや前提条件を汲み取ってくださいました。これもすごい反響でしたね。考えてみれば、対談をしていたのはご自身がピケティを最高速度で訳している最中。そんなところに対談にもお付き合いくださり、さらに、ピケティ本の大ベストセラー化とメディアのピケティ狂想曲発動でもみくちゃにされている時期に、この本を読んで書いていただいて、本当に助かりました。
『公研』は一般にはあまり流通しておらず、入手しにくいが、山形さんらしき人物がインターネット上に対談のテキストを載せてくださっているようだ。このテキストが完成版なのかどうかも確認していないが、ものすごーく忙しい山形さんを1時間捕まえてまくし立てた感を残した編集だったので、こんなものだろうと思う。あまりに頭のいい山形さんには「イスラーム教の基本を解説」みたいなことはする気が起きないので、二箇所ほど、ものすごい基本的な解説をすっ飛ばしている。まあ、よく言われていることだから書かんでいい。豆知識ではなく本当に関係のある情報に直行している対談です。非営利の雑誌だからこそ可能になった企画ですね。そのうちこの対談について解説したい。
2.新聞書評
刊行された日付順に並べていきましょう。ニュースとなったことで、普通なら「方法論は思想史と比較政治学」などと銘打っている本を取り上げなさそうな新聞が書評してくれています。無記名で記者が書いているところが多い。
しかし早いところでも、人質事件がすでに終結してしまっている時期からなんですね。「分析・議論は現場(ウェブ)で起こっているんだ!」という感は否めない・・・
『日刊ゲンダイ』2015年2月3日、「「イスラーム国の衝撃」池内恵著」
『電気新聞』2015年2月6日朝刊、《焦点》
これは「書評欄」とは銘打っていませんがコラムの全編で、この本を詳細に紹介していただきました。職場の先端研の広報担当が発見してくれました。先端研ならではの媒体チェックですね。でも確かこの新聞は田中均さんのコラムが載っていると聞いていますので、国際情勢には敏感なのではないでしょうか。
『日本経済新聞』2015年2月8日朝刊、「イスラーム国の衝撃 池内恵著 闇深める過激派の背景と狙い」
記者が書いてくれたようです。「簡にして要を得た」という表現がぴったりの紹介と思います。「何が起こっているのか」をつかまないと、「イスラーム国」やらシャルリー・エブド紙事件やらについての論評は迷走しますし、「何を対象にしているのか」を読み取らないと書評は的外れになります。この本は「グローバル・ジハード」についての本で、「イスラーム国」はグローバル・ジハードの一つの現象、という基本を踏まえてくれている書評は非常に有益でした。
『東京新聞』2015年2月15日、《3冊の本棚》「「イスラム国」本、読み比べ」(評者・幅允考)
ロレッタ・ナポレオー二とone of the 「正体」s とセットで紹介。
『信濃毎日新聞』2015年2月15日、《かばんに一冊》(選評・佐々木実)
内容の要約と、類書の紹介。
『産経新聞』2015年2月21日、《書評倶楽部》「 『イスラーム国の衝撃』池内恵著」(評者・野口健)
アルピニストの野口健さん。お父様は元外交官でエジプトでのアラビア語研修や駐在経験があり、チュニジア大使・イエメン大使などを歴任した野口雅昭さん(ブログ「中東の窓」は中東情勢に、専門家・業界人でなくとも触れることができる貴重な「窓」です)。中東に縁と土地勘のある方は実はいろいろなところにいるのです(ご両人とも特にお会いしたことはありません)。
【3月28日追加】
『読売新聞』2015年2月22日朝刊、「『イスラーム国の衝撃』 池内恵著」
見落としていたので追加しました。『読売新聞』でも短評で紹介していただいていました。せっかくですので全文を貼り付けておきます(ウェブには3月3日掲載)。
日本人2人の殺害で大きな衝撃を与えたイスラム過激派組織「イスラム国」。
事件発生とほぼ同時期に出版された本書は、その組織原理、思想、メディア戦略や資金源などを解説。「イスラム国」の行動は多くのイスラム教徒の反発を呼ぶ一方、伝統的なイスラム法の根拠に則(のっと)っているため、一定の支持を得る可能性があるとする。また残酷な宣伝映像の背後には綿密な計算や技巧があるという。(文春新書、780円)
『朝日新聞』2015年2月22日、《時代を読むこの3冊》「憎悪の連鎖、絶つために」 (評者・津田大介)
「池上彰本」とのセットで紹介。
『朝日新聞』2015年03月01日朝刊、「イスラーム国の衝撃 [著]池内恵 あおりには分析、渦巻く情報整理」(評者・荻上チキ)
(こちらにも転載されているようです)
「ISの成り立ち、思想や主張、広報戦略、戦闘員の実態、過去の活動歴などを、多角的に議論している。読みやすく、それでいて深い。まずは本書を熟読したうえで、セカンドオピニオンとして2冊目を探すのが吉だろう。」
『朝日新聞』のこの書評は、ウェブ空間での1月20日から10日間ぐらいで形成されたコンセンサス(「ほっともっと」論と山形浩生さんの比較紹介で早期に定式化されていますが)を、新聞の紙面に載せたということで、新聞の紙面・論調構成に対して外部有識者の制度が機能した例と見ていいのではないでしょうか。