2月3日に公開された「イスラーム国」の殺害声明ビデオによってヨルダン空軍パイロットのムアーズ・カサースベ中尉の殺害が明らかになりましたが、ムアーズ中尉は1月3日にすでに殺害されていたことがヨルダン政府によって明らかにされています。
1月27日に公開された脅迫映像では、ムアーズ中尉が今回のビデオで焼殺に使われている檻の中にいる写真を、後藤さんが掲げさせられていることから、以前から殺害されていたことは明らかです。
こうなると、犯行グループが2・3・4本目の脅迫映像で持ち出した、サージダ死刑囚の釈放との交換での人質釈放の仄めかしは、ヨルダン政府に対する罠であったことがわかります。
1月28日付のブログの記事(「人質殺害脅迫の犯行グループが期限を24時間に:生じうる交渉の結果を比較する」)では、交渉論からあり得る4つの可能性を論理的に抽出して検討しました。それは「ムアーズ中尉が生きているか死んでいるかわからない」事を前提にしていました。その前提の上で4つの可能性が考えられました。
「死んでいる」場合は、(1)(2)と(4)の可能性しか存在しません。「生きている」場合にのみ、さらにいろいろな好条件が重なると、かろうじて(3)になりうる(しかしその場合も政治的な負の帰結は大きい)というものでした。
1月28日のブログから抜粋して見直してみます。
(1)非常に悪い結果
イスラーム国:ムアーズ中尉(パイロット)を殺害、後藤さんを殺害。ヨルダン政府:サージダ死刑囚を釈放→ヨルダン政府の体面失墜、武装集団の威信高揚。死刑囚を釈放したのに対して、相手方は殺害した遺体を送りつけてくる、という最悪の結果は、中東諸国が他のイスラーム主義武装集団と行った交渉ではあった。ヨルダン政府は、「イスラーム国」が本当にムアーズ中尉が今も生きているのか、生きて返す意思があるのかを、必死に見極めようとしているだろう。ヨルダン政府にとっては、そこが絶対に譲れない一線だ。日本人人質を併せて解放してもらえるかどうかは、あくまで副次的な要素だろう。
(2)悪い結果
イスラーム国:ムアーズ中尉を殺害、後藤さんを解放。ヨルダン政府:サージダ死刑囚を釈放→ヨルダン政府は、日本の金でヨルダン人パイロットを売ったと嘲笑・非難される。
(4)このままでは最も可能性が高い、悪い結果
人質が殺害され、ヨルダン政府は死刑囚を解放しない。ヨルダン政府の方針は守られるが、日本政府の目的は達せられない。
上記三つのいずれも悪い結末のうち、(4)が比較の上ではまだマシというものでした。
パイロットについて交渉の余地があるかのような希望を持たせる「イスラーム国」側の脅迫によって、(3)という実際には存在しない選択肢が提示されたというのが、今回の日本・ヨルダンへの脅迫の実態でした。
(3)最良に見えるが実際には重大な帰結を付随する結果
イスラーム国:ムアーズ中尉を解放、後藤さんを解放。ヨルダン政府:サージダ死刑囚を釈放→日本にとっては良い結果に見えるが、イスラーム国はサージダを宣伝に活用し、おそらく仲介者を通じて資金も受け取る。ヨルダン政府は死刑囚への寛大な措置と、日本人人質も救った英明さを強調できるが、アンマン・テロ事件の重要実行犯を解放する超法規的措置で、威信を問われる。日本政府は、ヨルダン政府に大きな借りを作り、金銭面だけでなく、政治的、そして人的支援を、ヨルダン政府に一旦緩急ある時求められる。
(3)の選択肢が存在するためには、「パイロットが生きている」という条件が満たされないといけません。パイロットが生きているかどうか分からないと、最悪(1)の結果になることが怖くて、ヨルダン政府は死刑囚を釈放できません。最終的にヨルダン政府は釈放の決断をしませんでした。パイロットが生きていることを確証できないだけでなく、生きていないとする情報が多くあったのでしょう。
そして、実際に以前からパイロットは殺害されていて、人質の生還をかろうじて可能にする可能性を含んだ(3)の選択肢は、最初から架空のものだったということが、2月3日に出てきたパイロット焼殺映像によって明らかになりました。