昨日は「石油の密輸」について、イラクやシリアを中心に、トルコやイランへのルート、運搬方法について書いてみた。
どこで誰がどんなふうに密輸していくら儲けている、というだけの話としてこの話題を終わらせてしまうのはもったいない。こういった特殊な政治状況下での密輸の話は、より大きな、資源の産出と流通をめぐる国際政治を、地政学的に見ていく際の、周辺部のやや例外的な事象として位置づけると意味が出てくる。
資源の産出と流通をめぐる国際政治・地政学は、特にトルコを軸に見ていくと面白い。トルコが重要なアクターとして参加している、石油・天然ガスの国際的なパイプラインをめぐる国際政治を、地政学的な視点から見ていこう。
書き始めると長くかかる話なので、手が空いた時の連載という形で、見切り発車してしまおう。
昨日はタンカートラックやポリタンクでえっちらおっちら運んでいく様を描写したりルポを紹介したりしたが、国際政治上の大きなインパクトを持つには、この次元でやっていては足りず、ほとんど「誤差」の範囲にとどまってしまう(その誤差の範囲でも「イスラーム国」ぐらいは養えてしまうのだが)。
石油や天然ガスの産出あるいは運輸に関わることによって、本当に国際政治にインパクトを与える主体となるには、(1)パイプライン、あるいは(2)タンカー船(液化天然ガス運搬船も含む)といった高価で大規模な設備を使って、(3)国際市場に、(4)公式な形で恒常的に流通させる営為に何らかの形で正式に関与する必要がある。
資源の国際市場に、(価格安定への寄与といった無形のものを含めた)インフラの次元から主導的な役割をはたして国際政治上の有力なパワーたりえている国と言えば、中東ではまずサウジアラビアだし、イランも状況が許せばいっそうパワーを持つだろう。イラクだって・・・国がまとまって安定しさえすれば資源国として政治的にもパワーを発揮できそうなものだが。
資源とその供給の物理的手段や国際市場の制度設計をうまく主導することで国際政治上のパワーに転化させている代表がロシアだろう。
現在のロシアとウクライナをめぐる紛争と、そこから派生したロシアと欧米の対立にも、資源の供給をめぐる制度の支配が関わっている。分かりやすく言えば、石油・天然ガスの国際的なパイプライン網が、現在のところロシア優位で出来上がっていることが、紛争・対立においてロシアにレバレッジを与えている。同時に、紛争・対立の進展の中では、石油・天然ガスの国際的なパイプライン網をロシアが支配的に構築していることが問題化され、その状況を変化させようとする動きが出てくる。それに対するロシアの対抗策がさらに状況を変えていくことにもなりうる。
まどろっこしい言い方になっていますが、ウクライナをめぐるロシアと欧米の対立の中で、トルコの地政学的な重要性は上がっていますよ、というのがこのような前置きから直接的に導き出しておきたい当面の帰結です。
それだけだと、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な因果関係で「トルコが重要でーす」と中東研究者が言っているように聞こえるかもしれない。しかしトルコをめぐるパイプラインの国際政治は、単にウクライナ紛争との絡みだけでなく、イラクやシリアの紛争との絡みでも活性化している。
今現在の国際政治を揺るがす二つの課題であるウクライナ問題とイラク・シリア問題の両方について、トルコは絶妙(あるいは危険な)ロケーションにあり、まさに地政学的重要性が顕在化している。特に、地政学的な要因が大きく作用するパイプラインをめぐる国際政治が、トルコを焦点に顕在化してくる兆しがある。
つまり、ウクライナ絡みでも、イラク・シリア絡みでも、トルコは重要な鍵を握っていて、特にパイプラインをめぐる国際政治がそこに絡むと、さらにややこしいが面白くなる。
~地球儀を俯瞰して考えるグローバル人材になりたい人は、ぜひ話を聞いていってください~
あるいは
~なるべく難しいややこしいことを考えたい頭のいい人は、ぜひこの問題に挑戦してみてください~
ということです。
まずこの写真を見てください。
これは2009年1月1日にロシアがウクライナへの天然ガス供給を停止し、ウクライナを経由して天然ガスを得ていた西欧諸国も供給が途絶して大混乱になった際の報道に付されていた写真。新幹線の中央管制室のような部屋で、ロシアから西欧にかけてのパイプライン網がスクリーンに表示されている。
トルコの話は?というと、そのうち出てくるので待っていてほしいのですが、ひとまずこの写真ではスクリーンの右下あたりのグレーのところですね。
ロシアが黒ーく塗られていて、ウクライナが赤。ロシアからウクライナにかけては緑色の線で表示されたパイプラインが最も多く走っていることが分かりますね。
トルコはというと、画面の端っこで、緑色の線もまばらだ。国際的なパイプライン網においては周辺部ということです。
トルコの話に行く前に、ロシアから西欧にかけてどれぐらい密にパイプライン網が引かれているかというと、ある程度概略化した地図でもこんな感じです。
パイプラインの太さや方向を省略して、同じ赤い線で全部引かれているので、エネルギーの専門家でないと、この地図を見ただけでは、どっちからどっちに天然ガスが流れて、どれぐらいの量で、といったことが分からない。しかしじっと見ていれば、ロシアから西欧への天然ガスのパイプラインが、多くはウクライナを経由して、ハンガリーやスロヴァキアを経てオーストリアに至るということが分かる。それほど密ではないが、ベラルーシを経由して、ポーランドを経てドイツに至る経路もある、ということも見えてくる。
2009年1月の西欧ガス危機は、結局2~3週間ほどでロシア・ウクライナ間の交渉がいちおう妥結して、ガスの供給が再開され、収束したものの、問題の火種は残っており、それが2014年のウクライナ危機として再燃し、今度はロシア対欧米の対立に発展してしまったことは周知のとおり。
ロシアとウクライナの根深いややこしい関係については、私はスラブ世界の専門家ではないので多くを記さないが、ロシアとウクライナの関係がこじれると、決まって天然ガスの供給と価格をめぐる紛争が勃発し、ひどい時にはガスの供給の停止、とばっちりで西欧諸国への供給も減少・途絶といった事態になることぐらいは分かる。
ロシアはウクライナに対して通常は「友達(というか「弟分」「家来」)価格」で売っていて、しかし関係がこじれると、「他人だとか対等だとか言うんだったら市場価格払え!」とプーチンさんがキレてみせ、ウクライナの方は「じゃあ西欧に助けてもらうよ」とか言って出て行ってみたり、「やっぱロシア兄さん助けて」と戻ってきたりしてふらふらしている(素人の野次馬的見方です。正確な分析は専門家の議論を参照してください)。
そのたびに天然ガスの供給が途絶えたり、パイプラインの圧力が不安定化したり、途中で抜き取られて西欧の最終消費地まで届かなかったり、といった問題が生じてきたのです。
重要なのは、天然ガスや石油のパイプラインは設置するのにお金もかかり、設置してしまうと方向とか量とかをそんなに臨機応変に変えられないので、供給国と需要国は相互に依存関係になること。そして「相互」の依存とはいっても、場合によっては支配・従属的な関係になる。ロシアとウクライナの場合、ウクライナにとっては天然ガスを安く売ってもらって得しているとはいえるが、ガスを止められてしまうと冬を越せないし、もっと高い値段でよそから買ってくると財政が破綻してしまうので、ロシアに依存し、いわば「薬漬け」にされている状態になって、政治的な自立性を弱めることになる。要するにガスを止められると政権が倒れるような状態になってしまう。
ウクライナを経由してロシアからガスを買っている西欧諸国も、経済制裁などでロシアの政治的な態度を変えたいという時も、ガスの供給をロシアに依存しているため、行動を制約される。
もちろんロシアにとっても、ウクライナを通さないと西欧に石油が売れないのであれば、ウクライナに依存しているという面がある。あるいは西欧諸国にしかガスを買ってもらえない仕組みになっていれば、西欧の需要や政治的意思に依存することにもなりかねない。
また、パイプラインでつながった供給国・需要国とその外との関係もかなり固定化され、経路依存性が高まる。ロシアは西欧に向けて縦横にパイプラインを張り巡らせたことで、それ以外の供給国が西欧という世界で有数の需要地域の市場に入ってくるのをかなりの程度阻止していると考えられる。初期投資が莫大にかかるので、ロシアに対抗して西欧向けのパイプラインやあるいはLNGの施設を建設して売り込みに来る国が出てくる可能性は、純経済的には、大きく制約される。
さて、2008年から9年にかけてのロシア・ウクライナの天然ガスをめぐる紛争、中でも2009年1月の供給停止の際には、トルコの潜在的な可能性についてはそれほど議論されなかったと思う。なぜならば、紛争がロシア・ウクライナ二国間に留まり、西欧諸国は「迷惑をこうむった第三者」という立場だったので、むしろロシアと西欧が協調して、ウクライナを介さないで直接天然ガスをやり取りできるルートを構築するという方向性が後押しされることになった。
2009年の紛争で価値を高めたのは、パイプラインの新路線「ノルド・ストリーム」だろう。
バルト海にパイプラインを引き、ロシアからドイツへ直接天然ガスを通してしまうというプロジェクトで、ウクライナもベラルーシも経由せず、さらにバルト三国もポーランドも経ずに、ヨーロッパの最大の消費地のドイツにガスを通してしまう。
ノルド・ストリームは、供給が安定するというだけでなく、「ロシアとドイツの接近」という、地政学的に大きな意味を持つ動きでもあった。
地図の出典で示した2008年のヨーロッパ議会での議論では、リトアニアとポーランドが「環境問題」を理由に計画を阻止しようとしていることが分かる。もちろん実際に環境問題もあるだろうが、バルト三国とポーランドを迂回してロシアとドイツが直接通じて相互に依存し、共通利益を固定させる、ということが地政学的・安全保障上、周辺諸国にとって不穏な問題となったのではないか、と推測される。
しかし西欧諸国から言えば、ノルド・ストリームによって供給は安定するし、ロシアとドイツが相互依存関係になることでヨーロッパの過去の大戦の原因となった対立を回避できるという見方も有力だった。
2011年9月にはノルド・ストリームの開通式が行われたが、そこにはロシア側ではプーチン首相(当時)が参加すると共に、ドイツ側では2005年の首相退任後、06年にロシア側のこの事業のパートナーであるガスプロムの子会社に超高給で天下っていたシュレーダーが出席した(すごい癒着だ。もちろん当人にとっては大義があるのだろうけれど)。
しかし2014年のロシア・ウクライナ間の紛争は前回とは異なった。ウクライナでの親ロシア的政権の崩壊、親ロシア勢力によるクリミアの分離・ロシアへの編入、そして東部ウクライナの地位をめぐってロシアが欧米と激しく対峙する事態に至った。
その中でドイツは米国などの対ロ圧力強化要求に苦慮している。本当にロシアに経済制裁をするのだったら、ノルド・ストリームを止めないといけないはずだ。
前回の紛争では西欧がウクライナを迂回してロシアのガスを手に入れる方向性を強めたのだが、今回の紛争は、長期化すれば、西欧がロシアのガスへの依存を脱却するために別の供給源やルートを確立する方向性が前面に出てきかねないものとなっている。
そこで有力な候補となるのがトルコである。
トルコは石油や天然ガスの供給・輸出国ではないが、重要な経由国となりうる。まさにヨーロッパとアジアにまたがる地政学的に重要な場所にいるがゆえに、資源供給の源である中央アジア・西アジアと、大消費地である西欧との間で、パイプライン網の新たな中枢として、戦略的に重要な地位を占める可能性が常にある。
もちろん「うまくやれれば」「運や偶然にも左右されるが」「いくつかの重大なボトルネック・限界を超えられれば」の話であるが。
2009年の時点でも、トルコへのパイプライン新路線の敷設によって、ロシアと西欧をめぐる関係が大きく変わりうることは、もちろん注目されていた。トルコを軸にした国際パイプライン網の再編に賭けて長期間活動してきた企業や勢力があった。
この地図では、2009年の時点で、ノルド・ストリーム計画と競合あるいは並行して進められていた、主要なパイプライン計画が図示されている。
緑色の線がノルド・ストリームであるのに対して、赤色の線がトルコを起点にブルガリア、ルーマニア、ハンガリーを通ってオーストリアに至る、いわゆる「ナブッコ・パイプライン」計画。
しかしナブッコ・パイプラインは現在も完成・操業開始には至っていません
2009年の段階では、トルコはロシアと西欧を中心にしたパイプライン網の末端で、ロシアからの供給の途絶や乱れの影響を最終消費地として受ける立場でしかなかったと言えます。
この地図のように、2009年の天然ガス危機では、ロシアからウクライナを経て、南欧に枝分かれしてルーマニアやブルガリアを通ってきたパイプラインの末端で、供給が減って「強く影響を被った国」の一つとして色分けされています。
しかし現在のロシアと欧米の対立が長期化・激化すれば、トルコは西欧に天然ガスを供給するパイプラインの上流に位置し、供給の安定に重要な役割を果たす日が来ないとも限りません。もちろんそのためには、ロシア以外の供給源を安定的に確保するという条件を満たさなければなりませんが。
あるいはそのような潜在的に有利な立場から、トルコが西欧とロシアの双方に対してこれまで以上の政治・外交的な影響力を行使する場面も出てくるかもしれません。
ここに、イラクとシリアでの紛争の激化という別の要素が加わることで、トルコを起点としたパイプライン網の潜在的な重要性や可能性がさらに増してきています。
これまではロシアから西欧に至る「幹線ルート」から見ると末端のローカル線のように見られていたトルコとその周辺の既設・新設・計画中のパイプライン網が、地政学的な重要性の高まりから、より意義深いものとして現れてきたと言えます。もちろんそこには政治的なリスクが多大に含まれているのですが。
次回はそのあたりを、トルコからイラクやシリアに至るパイプライン網をより詳細に見ながら考えてみましょう。