カンヅメ状態で本を執筆すること4日目。佳境に入ってきました。イラク情勢についてもアップデートしているので、いくつか報告書を書きました。イラクで何が起こっているのか、現在の動きが何を意味するのか、将来的にどのような影響を及ぼしていくのかについて、だいたい次のようなポイントから見ています。走り書きメモをアップしておきます。
1.ISISの伸張は、直接的にはイラク内政においてマーリキー政権の支持層に多いシーア派との間の宗派紛争を引き起こしかねないことが危惧されるが、それにとどまらず、玉突き式に中東情勢に紛争や変動を引き起こす可能性がある。
2.ISISの中核部分は、アル=カーイダの思想に触発され、2003年のイラク戦争後にイラクで出現した「イラクのアル=カーイダ」をはじめとする諸武装集団の組織や人員から派生したものだ。
3.ISISがイラクの政府軍に対して有利に戦闘を行うほどの大規模な組織化を行い、高度な武力を備えて複雑な作戦行動をとるまでに拡大・進化したのは衝撃的である。
4.ここまでに拡大・高度化したISISをなおも「国際テロ組織」としてのみとらえることは適切ではない。当人たちが実際にテロ組織としての姿勢をソーシャル・メディアを使って誇示していることと、マーリキー政権やイランや欧米メディアがテロ組織としての恐ろしさを伝えていることの両方の要素が絡んで、実態が見えにくくなっている。
5.ISISとそれに呼応した勢力は、イラクの特定の地域において幅広い領域支配を行おうとしており、イラクの政治的文脈の中で確立した政治勢力になろうとしている。
6.その過程で、国際テロ組織としての発展とは別の、政治的な連合関係を構築し、一定の住民の支持を集め始めていると言える。ISISが少数の過激なイデオロギーを信奉する集団から、より幅広い支持者・支援者を持つ集団に変わりかけている可能性がある。
7.それによって、領域支配が固定化する可能性もあるが、イデオロギーを共有する強固な集団ではなくなるため、政治的・政策的・戦略的な立場の総意から分裂・仲間割れもありうる。ISISの中核は依然として強固な宗教イデオロギーを抱いた集団で、過酷な統治を行おうとするため、住民からの反発や、後から加わった勢力との同盟の解消によって瓦解・雲散霧消する可能性もある。
8.アル=カーイダというよりは1990年代前半にアフガニスタンで台頭したターリバーンと似てきている。政権を取るまでに行くのには、連合の分裂を回避し、住民の支持をつなぎとめる政策を持続的に打つ指導者と組織が必要だが、そのようなことが可能か、まだ分からない。
9.ISISはアイマン・ザワーヒリーが率いるアル=カーイダ中枢とは、組織としては自立化したが思想は継承・発展させた。イスラーム世界の腐敗した政権の揺らぎの隙をついて「開放された戦線」で大規模な武装化・組織化を行うという将来構想は、アル=カーイダの思想家(スーリーなど)が提示していた。ザワーヒリーはインターネットで「口先介入」をするだけで組織力や統率力がなく実績を挙げていないので実際の指導者とは言えなくなっている。
10.2005年末に成立した現行の体制に対して、当初からスンニ派主体の北部・中部4県は反対してきた(憲法制定国民投票はこの4県だけで反対票が過半数あるいは3分の2以上)。この4県が恒久的に不利な立場に置かれる制度・運営を行っていることが、現在の混乱の背景の制度的な要因と考えられる。イラク国家統合には大勢の再編・憲法改正が必要ではないか。
11.ISISの領域支配が定着すれば、シリア東部からイラク西部にかけて、世界各国から過激派集団を呼び込む聖域が成立しかねない。
12.シリア東部とイラク西部を切り取った、事実上の国境の引き直しが生じれば、同様の動きがヨルダン、サウジにも波及しかねない。
13.同様の動きはイラク北部のクルド地域にも連鎖しかねない。キルクークを掌握したクルド勢力とイラク中央政府の関係は将来的には緊張する。
14.この機会にイランが介入を深め、イラクを軍事的な勢力圏とすれば、アラブ諸国のスンナ派の反発から、宗派間対立が中東地域全体へ拡散する。
15.イラクでもおそらく実効性のある対処策を採れない米国の威信の低下は進む。
16.イランが米との部分的な「同盟」を呼びかけている。米国とGCC諸国との離反を狙うゆさぶりとして効果的。米国内の反サウジ、GCC軽視の世論を喚起すると共に、サウジをはじめとしたGCC諸国には、危機意識と米国への反発が高まる。
17.サウジをはじめとしたGCC諸国はISISを支援している、あるいはその台頭の原因となっているとして、イラクのマーリキー政権やイラン、そして欧米諸国から批判を受けている。この批判には正当な面とそうでない面がある。政府が直接支援しているとは言えない。しかし民間人の資金・義勇兵が参加していることは確かだ。
18.米・GCC間の離反が進めば、米国の支援を体制維持の根本的な支柱とするGCC諸国は不安定化する可能性がある。
19.「アラブの春」の各国の体制変動と動揺は、イスラーム主義過激派の大規模な武装化や組織化を可能にする「開放された戦線」を成立させた。アラブ各国に現れたこのような秩序が弛緩した空間にアル=カーイダに触発された諸組織が浸透しつつある。
20.そこから触発されてイラクの分裂、イランの伸張、サウジアラビアの動揺、米国の影響力の後退といった帰結が生じれば、ペルシア湾岸をめぐる地域大国と域外超大国のそれぞれの勢力と相互関係の大きな組み換えをもたらす可能性があり、それを通じて中東の地域国際秩序が生じるかもしれない。